お隣さんは引きこもり!?   作:たけぽん

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17. 予期せぬ再会

6月中旬。すっかり気温も高くなり夏が到来したある日の昼下がり、優介は真剣な面持ちでポストの前に立っていた。その手に持った封筒がずしりと重いのは単に中身が多いからというわけでは無かった。

 

「やばいな、すげードキドキする」

 

封筒の中身は計140枚の原稿。優介が寝る間も惜しんで書きあげた公募用の小説だ。一昨日完成したこの小説は昨日一日かけて文にのねじれや誤字脱字を確認し、悠里に読んでもらいさらに確認した。悠里は「面白い」と言ってくれた。自分でも結構自信のある出来だと思っている。だがいざポストを前にするとそんな自信は跡かたもなく消え去ってしまった。

 

「よし、10数えよう。10、9」

 

意を決してカウントダウンを始める。

 

「8、7」

 

数えながら封筒をポストの入口に近づける。

 

「6、5」

 

入口に半分まで封筒を入れる。

 

「4」

 

ラスト3秒に入ろうとした瞬間急に携帯の着信音が鳴り響いた。

 

「のわあ!」

 

それに驚いた優介は思わず手を離してしまった。封筒はストンとポストに吸い込まれていく。

 

「おいおい……」

 

そうぼやきつつもほっと胸を撫で下ろす。これで出来ることはすべてやった。後は来月の雑誌での発表を待つだけ。少し気が緩んだところで着信音の鳴り続ける携帯をポケットから取り出す。画面を見ると隆盛からの電話だったので、通話ボタンを押して応答する。

 

「もしもし」

「お、やっと出たな」

 

隆盛の声はどこか浮ついているように感じた。なにかいいことでもあったのだろうか。

 

「ごめん。ちょっと手が離せなかった」

「ということは今は賢者中ですか。すみません優介パイセン」

 

浮ついていてもいつもの調子を崩さないのは流石だと言いたい。

 

「勝手に決め付けるな!書類をポストに出してたんだよ!」

「書類?」

 

あえて濁した言い方をしたが、隆盛には引っかかったようだ。なので即座に話題を変えることにした。

 

「それより、何の用だよ?いいことでもあった?」

「お前、この前俺が言ってたの聞いてなかったのかよ?」

「なんか言ってたっけ?」

「今日は新作ゲームがでるからドキがムネムネだって話だよ」

 

そういえばそんなことを言っていたような気がしたが生憎その時は小説の事しか考えていなかったのでほとんどの会話を憶えていない。

 

「そうだったか。それで、何のゲームだよ?」

「お前、本当に聞いてなかっただろ。なに、美少女二人にプロポーズでもされたの?」

「されてねえよ!……されてないよな?」

 

麻耶と悠里の言葉を思い出してしまい疑問形になってしまう。とはいってもあれは単に表現の仕方がそれっぽかっただけでそう言う意味ではないだろうが。

 

「なんで疑問形なんだよ?」

「な、なんでもないよ。それで何のゲーム?」

「ビクイレだよビクイレ」

「あービクイレか、もう新しいの出たんだな」

 

ビクイレとは「ビクトリーイレブン」というサッカーゲームで、実際のサッカー選手を使ってチームを編成し、育成や試合をするものだ。隆盛はこのゲームの熱狂的ユーザーで優介の部屋にも過去のビクイレのソフトが置きっぱなしになっている。

 

「そうそう。そしてついさっきそれを手に入れたワケ」

「なるほど。それで浮かれてるんだな」

「そうか?」

 

普段の隆盛はへらへらした態度と表情で底がみえないが、彼と一年以上友人をやっている優介には彼が本当にうれしい時の特徴が何となくわかるようになっていた。その一つとして今のような声の変化がある。

 

「まあいいや、そんでさ、さっそく家に帰ってプレイするわけなんだが」

「その後俺の家で対戦したいってことでいい?」

「流石、よくわかってるじゃん優介パイセン」

「何時に来る?」

「じゃあ8時くらいに」

「了解。それじゃあ後でな」

「おーう」

 

そこで通話は切れた。今でこそこんなにあっさり家に来ることを承諾しているが、最初のころは時間もお構いなしに訪問してくる隆盛に苦手意識を憶えていた。そんな二人をここまで親しくしたのもビクイレを始めとしたゲームだった。隆盛はたくさんゲームを持っていて、一度始めるとわき目も振らずに集中しクリアへ向かっていく。対戦ゲームでも優介の考えを全て見通したように完璧なプレイングをみせてくる。そのなかでもビクイレをしている時の隆盛は本当に楽しそうにしていた。ただ、今思うとその笑顔にはどこか影があったように感じる。前に言っていたサッカーをやめた話と関係しているのだろうが優介はそれを掘り下げようとは思わなかった。才能に押しつぶされる、なんて経験したこともないのに無責任な事は言えない。

 

「さてと、少し散歩でもするかな」

 

隆盛が来るのは夜だし、それまでは特にやることもない。あったとしても今はやりきったという余韻に浸っていたかった。適当に目的地を決め、歩き始める。周りはすっかり夏モードで、コンビニの前ではアイスを食べている野球部らしき男子たちが楽しそうに話している。それを見て思うことは二つ。一つは悠里の事。運動部というのはどこも夏には大会があるわけで、今日も悠里は練習しているはずだ。一緒に頑張ろうと交したあの約束。そのおかげで優介は小説を書きあげられた。だから、悠里にとってもそうであってほしいと心の底から願っている。

 

「まあ、まだ結果はわからないんだけどな……」

 

もう一つは麻耶の事。もし、両親が死ななければ、小説とは無縁の人生だったら、麻耶もあんな風に外で友達と遊んだり笑ったりしていたのだろうか。でも、もしそうだったら優介は麻耶とは出会っていなかった。麻耶といる日々は確かに楽しい。でも、それが麻耶の辛い過去の上に成り立っているということは変わらない事実な訳で、それを変えるのが蘭子から頼まれたことでもある。

 

「ホントに俺にできるのかな……」

 

もうすでに麻耶は大学2年生。そして今は6月。このままじゃどうやっても卒業できない。単位が圧倒的に足りないことがその原因だが、果たして今から真面目に学校に来て必要な単位をとれるだろうか。今まで単位を落としたことのない優介には想像できない。とはいっても麻耶には小説があるのだから、と考えてしまい思わず首横に振る。

 

「なに考えてんだ俺は」

 

麻耶は小説で稼いでいくつもりはない。それが社会という大きな力に対しての麻耶なりの抵抗であり、意志なのだ。もったいないとは思うが、それは優介の主観でしかない。麻耶の事を決めるのは麻耶自身。優介に出来るのはそれを見守ることぐらいだ。

 

「あ、桜井君」

 

目的地にしていた公園につくと、向かいのベンチに座っていた人物が声をかけてきた。

 

「こんにちは大家さん」

 

ハイツ諏訪部以外で蘭子の姿を見たのはこれが初めてだったが、考えてみれば蘭子だってこの街の住人なのだから出歩いていて当然だ。蘭子はベンチの隣を手で指し示し、「どうぞ」と促してきた。特に何も考えずにそれに従う。

 

「いい天気ですよね」

 

空を見上げながら蘭子が話しかけてくる。

 

「そうですね。暑いのはやめてほしいんですけどね」

「桜井君は夏、嫌いですか?」

「いえ、特に好きでも嫌いでも」

「私は好きなんです。夏。この季節は狭霧君に……麻耶ちゃんのお父さんに出会った季節ですから」

 

たしか麻耶の両親は蘭子と大学の同期で、蘭子は麻耶の父親に好意を寄せていたと言っていた。

 

「そうなんですか」

 

そんな返事しか、優介にはできなかった。

 

「聞きませんよね、麻耶ちゃんや両親のことについて。こちらから無理なお願いをしているんですから桜井君には聞く権利がありますよ?」

「あまり聞くと、今のあいつとの時間を楽しんでる自分が嫌いになりそうなので」

「優しいですね、桜井君は。そういうところ、狭霧君とそっくりです」

 

そこまで言ってから蘭子は「すみません、聞かなかったことにしてください」と俯いた。優介に気を使ってくれたのか、それとも昔の恋の話をするのが恥ずかしかったのかはわからないが、優介にはそれが救いだった。

 

「そういえば、最近は夜遅くまで頑張ってるみたいですね」

「え、なんでそれを」

「寝る前にハイツの見回りをするんですけど、毎日窓から明かりがもれていましたよ」

「なるほど……」

 

そこで会話が途切れそうになったので優介は小説の事を話すことにした。麻耶からきっかけを貰ったこと、それから毎日小説を書いていたこと、賞に応募したこと。

 

「なんだか、昔の事を思い出しました」

「昔の事?」

「麻耶ちゃんが小学生のころ、夏休みに会った時にいつも自作小説を読ませてくれたんです……ってすみません、また……」

「別にそれくらいはいいですよ。それで、その小説はどんなのでした?」

「いろいろなジャンルでした。恋愛やミステリー、SFなんかもあったりして、その中でも特に面白かったのが『月末のバルコニー』でした。とはいっても実際に世に出たものとは多少ちがうんですけどね」

 

蘭子はとても楽しそうに話していたが、10分くらいして用事があるからと去って行った。

 

***

 

それから自室に帰った後は、小説の事でそわそわしてしまい気を紛らわすためにゲームをしていた。隆盛と対戦するまえの予行練習もかねて過去のビクイレをプレイする。そんな事をしていると時計は7時をまわっていた。

 

「そろそろ隆盛くるし、こんくらいにしとくか」

 

そう思いゲームの電源を切る。ディスクをしまっていると携帯が鳴った。ラインが来たらしい。開いてみると望からだった。

 

『この前の本、使い終わったから貸してあげる!今からいってもいい?』

 

「隆盛が来るのは8時だし、それまでにこれるならいいかな」

 

『8時前にこれますか?』

『おけ。たしか部屋は天草の隣だったね』

『はい。そうです』

『ではいまからそちらへ向かうぞ!ドキをムネムネさせながら待っていたまへ!』

 

そのコメントから10分もたたないうちにインターホンが鳴った。ドアを開けると少し息を切らした望が立っていた。

 

「来ちゃった☆」

「それ、流行ってるんですか……」

「とりあえず水くれない?ダッシュしたからのどからから」

「あがってきますか?」

「やだ、桜井君大胆!」

「今水もってきますね」

 

だんだん望の扱いがわかってきたような気がする。そう思いながらもコップに水をいれて玄関に戻る。

 

「どうぞ」

「御苦労さま~」

 

コップを受け取った望は豪快に飲み干す。

 

「今日も練習だったんですか?」

「まあね~」

「悠里も頑張ってますか?」

「なになに?天草のこと気になっちゃう?」

「すぐそっちに持っていかないでくださいよ!」

 

なんで望こんなに悠里の話題をだすのだろう。これも流行っていたりするのだろうか。

 

「それより、そんなにダッシュして本は無事なんですか?」

「大丈夫だよ。しっかり鞄に入れてきたから」

 

「ちょっとまってねー」と望が鞄を探っていると、こちらへやってくる足音が聞こえた。

 

「わりい優介、はやくやりたくてもう来ちまっ……」

 

走ったのか息を切らしてやってきた隆盛はそこまで言って言葉を止めた。その驚いたような視線が向かっているのは優介では無い。

 

「なんで……」

 

声をかけられた彼女もまた隆盛に驚きの視線を向けている。

 

「隆盛……」

 

なぜ二人が互いを知っているのか、優介にはわからなかった。この二人が会っているところなんて見たことがなかった。

 

「えっと……?」

「悪い、今日は帰る」

 

優介が状況を飲み込めないまま、隆盛は走り去って行った。あとに残された優介と望の間には少し気まずい沈黙がおとずれた。

 

 

 

 

 

 

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