天草悠里は困っていた。依然待ち合わせ場所には微妙な空気がながれている。
今日は12月25日。世間で言うところのクリスマス。今年大学に進学した悠里にとっては大学生としての初めての冬。事の始まりは一週間前、講義終わりの教室でのことだった。
***
「ねえねえ、悠里は24日のパーティーこれる?」
そう尋ねてきたのは同じバスケ部に所属する友人だった。
「パーティー?」
「そ、バスケ部の一年生でやろうって話になってさ!もちろん男子も来るからリア充ムードも満喫できるんだぜ?」
少し口調が不安定なのは彼女もクリスマスムードで浮かれているからだろうか。
もちろん悠里もみんなでイブを過ごしたいのはやまやまなのだが……
「ごめん、その日バイトいれちゃって……」
「えー!?イブにバイトって……それでも女子大生なの?」
「女子大生をなんだと思ってるのよ……」
「だってイブだよ?そこにバイト入れるなんて敗北宣言も同義じゃん!」
流石にそれは言いすぎではないだろうか。クリスマスだって働いている人がいるから世の中成り立っているわけだし、なんて言うと卑屈だとか言われそうなので黙っていることにした。
「あ、もしかしてバイトってのは嘘で本当は男と出かけるとか?」
「え!?ち、違うって!」
「その反応はあやしー」
「本当にちがうって!私に彼氏いないの知ってるでしょ!」
それにたいして彼女は肩をすくめ大げさに首をふる。
「ほんとに、悠里にしても望先輩にしても、なんでこんな美少女達にかぎって彼氏がいないんだろ。もったいな~い」
「べ、別にいいでしょそんなの!」
「でもさー、気になってる人くらいいるんじゃないの?」
その言葉に、とある男子の方に視線がいってしまう。その男子は楽しそうに友人と会話していたが、こちらの視線に気付いたのか悠里の方を見てくる。ドキッとして視線をそらす。向こうはよくわからないといった感じだったがすぐに友達との会話に意識を戻す。
「なになに?ひょっとしてあの人?」
「ち、ちがうから!てか次講義取ってたでしょ?はやく行きなって」
「えー、パーティーはー?」
「来年はちゃんと行くから!」
友人は「絶対だよ!」と念押しして教室を出ていった。
「はあ……パーティーやるならもっと早く言ってくれればよかったのに……」
「パーティーがなんだって?」
急に話しかけられてびっくりする。声の方を見ると、先ほど視線が合ってしまった男子、桜井優介が立っていた。
「さ、桜井……脅かさないでよ」
「あ、ごめん。でもさっきこっち見てたから、なにか用かなと思って」
「な、何でもないから!」
「そうか?」
優介と出会ったのは今年の春。同じアパートのお隣さんだったので挨拶に行ったことがきっかけだった。話してみると同じ心理学科だとわかり、履修登録を一緒にやったり、レポートの相談をしたり、醤油を借りたりしながら交流を深めていった。といっても別に優介に恋心を抱いているかというとそうでもない。でも、なぜか少し気にしてしまう。そんなよくわからない感じだった。
「もうすぐクリスマスだね」
「?急にどうしたんだ?」
「桜井はクリボッチ?」
「いちおう隆盛と食事に行くことにはなってるけど」
「ひょっとして、そっち系?」
「違うわ!」
優介は憤慨する。
「そういう天草は?さっきパーティーがどうとか言ってたけど」
悠里は優介に事情を説明した。
「あーバイトかー。それは仕方ないな」
「敗北宣言だって言われた」
「別にそんなことないだろ。クリスマスだって働いている人がいるから世の中成り立っているわけだし」
さっきの自分とまったく同じ思考をしている優介をみて、ふきだしてしまった。
「え、なにその反応」
「別に~」
優介は首をかしげたがすぐにこう言ってきた。
「それじゃあ、25日は?なんか予定ある?」
「え?ないけど……。何?」
「その日は隆盛と遊びに行く予定なんだけど、よかったら天草もこない?」
「え、でも……」
「家でごろごろしたかった?」
「ごろごろなんてしません!」
「じゃあ行こうよ」
そんな訳で、悠里の25日の予定は決まったのだった。
***
そんなわけで25日の今日、待ち合わせ場所にきたのだが、そこにはまだ優介は来ておらず、優介の友人である手島隆盛の姿しかなかった。隆盛は悠里を見つけるとちいさく会釈してきた。悠里もそれに答え、隣で優介を待つことにした。
それからの間、二人の間には一切の会話は生まれなかった。そもそも悠里は隆盛がどんな人物なのかほとんど知らない。知っているのは優介の友人であることと、彼が一年浪人して入学したことだけ。何が好きだとかどういう性格かなんて事はまったく知らない。それゆえの沈黙だった。
「きょ、今日は誘ってくれてありがとうございます……」
なんとか声を絞り出しそう伝える。
「誘ったのは優介だろ?ならあいつに言ってやって」
「そ、そうですか」
「君、確かバスケ部だよね?」
「あ、はい」
「そっか」
聞いてきたわりには随分とそっけない返事だった。
「バスケ、楽しいか?」
「それはもちろん」
「そっか」
またもそっけない返事。
「優介、好きか?」
「はい。……てちょっと!」
思わず流れで肯定してしまった。ユウスケとバスケの語感が似ていたせいだろうか。
「ち、ちがいます!今のはながれでつい……」
すると隆盛はさっきまでの態度とは一変して、大きく笑いだした。
「すまんすまん。ちょっとからかいたくなっただけだから気にすんなって」
急な態度の変化に驚いたが、思い出してみると学校で優介といる彼はこんな風に笑って優介をからかっていたようにも思える。
「手島さんってちょっと変わってますね」
「クリスマスに男に誘われてホイホイ来ちゃうのも普通とは言い難いけどな」
「なっ!それは……」
「あと敬語はやめてくれ。同じ学年なのにさん付けとかされると悲しくてお兄さん泣いちゃうぞ?」
敬語を辞めろと言っているのに年上アピールをしてくるのは何かのギャグなのだろうか。優介なら何かツッコミを入れたりするのだろうか。
「あ、そうだ。あとで優介とライン交換しときなよ。昨日、伝えることがあるのに連絡できないって困ってたぞ」
それなら直接言いにくればいいのにと思ったが、よく考えたらバイトが終わる時間も伝えていなかったので、尋ねてこれなかったのだとわかった。
「それで、伝えることってなんです……なに?」
「それはね~」
隆盛はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「俺この後用事あるから今日は二人で出かけてね☆ってこと」
「はあ!?」
どういうことだろうか。優介は隆盛と出かけるから一緒に来ないかと言っていたはずだったのに、隆盛はこれから用事だと言う。
「俺は恋する乙女の味方だっぜ☆」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ手島さ……手島!」
「なんだい?」
「手島は、桜井の事どう思うの?」
自分でもなんでそんな事を聞いたのかは分からない。だが、聞かなければいけない気になっていた。
「なんだいそんなことか」
隆盛は空を仰ぐとこう答えた。
「つまらない奴だなって思うね」
その時の隆盛の喋り方はどこか自嘲気味だった。言葉以上の気持ちがあるのだと直感的に思った。
「え?」
「それじゃあ、あとは二人でごゆっくり~」
「ちょ、ちょっと~!」
あれから時は流れ、悠里たちは2年生となった。今になってもあの時の隆盛の言葉の意味はわからないけれど、その言葉のせいで悠里はますます優介を気にするようになっていた。
優介を見ていればいつかその本当の意味がわかるはずだから。