お隣さんは引きこもり!?   作:たけぽん

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21. すれ違い

 7月にはいってからもう1週間たつ。優介の気持ちとは裏腹に空はからっと晴れわたり、都心部では30度以上の気温を記録している。道を歩く人々はTシャツ短パンがデフォルトになっている。そんな中、昼食の買物を終えた優介はレジ袋をもってハイツ諏訪部の前の坂道を上っていた。もうじき定期試験もあるので気持ちを切り替えなければいけないとは思っているがなかなかそうもいかない。落選したことを知った悠里は頑張って励ましてくれたが、その心づかいが痛くもあった。

 

「ほんと、ダセーよな……」

 

ぼやいているとメールの着信音が鳴った。差出人は麻耶。今は試験勉強をするからと言っておいたのだがはたして何の用だろうか。

 

『小説の事でどうしても意見が聞きたいの!ちょっとでいいからボクの部屋に来てくれない?』

 

胸がチクリと痛んだ。きっかけをくれた麻耶の期待を裏切ったどころか小説を書いたことすら伝えていない。でも、いまさらそれを言う気にもなれなかった。

 

『わかった。昼飯食べたら行く』

 

だから、虚勢を張るしかなかった。

 

昼食を終えて約束通り麻耶の部屋に行くことにした。インターホンを押すとすぐに返事が返ってきてその数秒後ドアが開いた。

 

「いらっしゃーい」

「おう、お邪魔しま……っておい!」

「なに?」

「なに?じゃねえ!ななななんつう格好してんだよ!」

 

麻耶は太ももくらいまでのTシャツしか身にまとっていない。それはあまりにも刺激が強すぎて、優介は思わず目をそらす。

 

「念のために聞くが、履いてるよな?」

「水色」

「そこまでは聞いてねえよ!そんな恰好で男を呼ぶな!」

「だって暑いし」

「限度があるだろ!」

「まあまあ、上がって上がって」

 

強引に手を引かれ部屋に引き込まれる。なるべく麻耶の方を見ないように床に座る。ふと、違和感があることに気付いた。

 

「片付いてるな……」

 

ここ一カ月は一度も麻耶の部屋には行っていなかったのでてっきり散らかり放題だと思っていたが、部屋は綺麗に整頓されている。

 

「あ、気付いた?すごいでしょ」

 

麻耶はえっへんと胸をはる。

 

「おお、ついに掃除の意義に気付いてくれたか……」

「悠里がやってくれたんだよね」

「おい!せっかく感心してたのに……って悠里が?」

 

悠里と麻耶は互いに優介を介した友人の友人といった関係だと思っていたがいつのまにそんなに仲良くなったのだろうか。

 

「優介はレポートで忙しいからって言って週一で掃除してくれてさ」

「そうなのか……」

 

バスケの練習にバイトとただでさえ忙しいというのに優介と麻耶の二人の部屋まで片付けてくれていたなんて、頭が上がらなくなる。

 

「なんか悠里に申し訳ないな」

「ボクも最初はそう言って断ったんだけど、『私が私のためにやりたいだけだから』ってさ」

「どういう意味だ?」

「さあ、自分で考えたら?」

 

以前悠里に麻耶の事について言われたセリフだが、あの時も今も考えてもわからない。「お人好しじゃないから」という言葉の意味も優介たちの部屋を掃除することが悠里のためだという事も。

 

 

「わからないんだ?」

「麻耶にはわかるのか?」

「ボクも女の子だからね」

「どういう関係があるんだよ……」

「まあ、分からない方がボクにはいいかも」

「え?」

「なんでもないよ。それより小説の話なんだけど」

 

麻耶はさっさと話題を切り替えてパソコンの画面を見せてくる。釈然としないものの取りあえず画面をのぞく。内容は麻耶が投稿している小説の最新話のようだ。

 

「これ、俺にみせてもいいのか?」

 

優介は麻耶の担当編集でもなんでもない。ただの読者でしかない人間に投稿前の話を見せることに抵抗は無いのだろうか。

 

「えーだって優介は特別じゃん」

 

麻耶は無邪気に笑う。その笑顔は反則だと思いつつも特別という言葉に浮かれてしまう。

 

「それで、これがどうかしたのか?」

「あ、うん。3ページめの8行目の表現がどうしても気に入らなくて、なんか他の方法ないかな?」

「3ページめの8行目……ここか」

 

言われた部分を確認する。見たところかなり重要なシーンの様だ。

 

「……これ、なんか変か?」

 

何度も見返してみるがかなり良く出来ているとしか思えない。どこが気に入らないのだろうか。

 

「えー、優介なら分かってくれると思ったんだけどな~」

 

その言葉に胸が痛む気がした。それはまるで優介では麻耶のレベルに遠く及んでいないということを見せつけられているようだったっから。

 

「……別に、俺は作家でも何でもないから」

「でも優介は……」

 

麻耶の言葉は携帯の着信音で遮られた。麻耶は携帯を持っていないので鳴ったのは優介の携帯だとすぐにわかった。画面を見ると知らない番号が表示されていた。とりあえず通話ボタンを押して応答する。

 

「もしもし」

「あ、もしもし。私、松風出版の西園といいます。桜井優介さんの携帯で間違いないでしょうか」

 

 

反射的に会話が聞こえないように麻耶から距離をとる。

松風出版は先日優介が応募したまじかる文庫を有する出版社だ。その出版社が優介に用事といえば、思いつくことは一つしかない。

 

「もしもし?」

「あ、すみません。はい、桜井です」

 

声が震える。手も震える。何より心が震える。

 

「今回はまじかる文庫大賞へ応募いただき誠にありがとうございます」

「い、いえ、こちらこそ」

「結果に関しては残念でしたが、これからも頑張ってください」

 

ひょっとして、これはいいニュースなのだろうか。心が躍るのを感じた。

 

「はい、ありがとうございます!」

 

だが、次に西園が発した言葉で優介の期待は打ち砕かれた。

 

「それでですね、お伺いしたいんですけど桜井さん、ご近所に狭霧麻耶さんって方いらっしゃいませんか?」

「え……」

 

なぜ、ここで麻耶の名前が出るのだろうか。

 

「なんで……」

「桜井さん?」

「あ、いえ、えっと?」

「申し訳ありません、話が急すぎましたね。桜井さんの住所と狭霧先生の住所が同じアパートだったので」

 

応募した小説には当然だが優介の住所が書いてある。だが、それなら麻耶の住所はどこで知ったのだろうか。その疑問も西園が『先生』と言ったことからだいたい予想がついた。

 

 

「一応知り合いですけど……」

 

麻耶を横目で見ながら正直に答える。

 

「そうですか、よかったです。実は、狭霧先生はうちで『月末のバルコニー』という本を出されているのですがご存知ですか?」

 

優介には西園がどういう話をしたいのか分かってしまった。

 

 

「……はい。まだ読んではいませんが」

 

分かっているはずなのに、何故か電話を切ることが出来なかった。

 

 

 

「とてもいい作品ですよ」

「そうなんですか」

 

望から受け取ったその本は、まだ開いてもいない。それはきっと、読めば麻耶との差を感じてしまうから。そんなことは露知らず西園は言葉を続ける。

 

 

「そこでお願いしたいのですが、桜井さんから書いていただけるように口添えしていただけないでしょうか」

「いや、なんで俺なんですか」

「弊社のほうから何度もお願いはしているんですがなかなか聞きいれて貰えなくてですね」

「……」

「それでですね……」

 

 

その後も西園はなにか言っていたが、それはもう優介の耳には届いておらず、気付けば電話は切れていた。

 

 

 

 

 

「優介?どうしたの?」

 

麻耶が不思議そうに問いかけてくる。

 

「……」

「ねぇ、優介ってば」

「……なんでもない」

「でも、電話出てからさっきと雰囲気違うよ?」

 

頭の中で何かが破裂しそうだ。これ以上麻耶と話していてはいけないと頭の中で警報が鳴り響く。

 

「ねぇって」

「……お前はいいよな麻耶」

「……え?」

「才能があって自由に描きたいもの描けて」

「ど、どうしたの急に?」

「そのくせ描きたくなくなったら出版社の誘いも断れる。自分に才能があるって分かってるからできることだよな」

「……」

「……それに比べて俺は」

「……もしかしてさっきの電話、松風出版の人?」

「……ああ」

 

理性で止めようとしても今の優介を動かすのは心に生まれたどす黒い感情のみだった。

 

「……どうして優介に電話がきたの?」

「お前にまた本を書くように口添えしてくれって」

「……そういうこと。うん。ならわざわざ言うこと聞く必要ないよ。ボクはもう出版社で本を出すつもりはないから」

 

麻耶は淡々と答えている。

 

「……なんで」

「っていうかほんとにそれだけの要件で電話がき……」

「なんでだよ!」

 

狭い部屋の中いっぱいに声が響く。もう優介には自分の感情をコントロールするだけの力は残っていなかった。

 

「そ、そんな怒鳴ることないでしょ?」

「お前には才能があるんだよ!才能がある奴がそんなチャンスを棒に振ることしていいわけないだろ!」

「え……」

 

俺とは違って。と頭の中でリフレインする。いや、そんな余裕すらなかったかもしれない。

 

「自分の本を出版するなんて一握りの奴ができることだ……。それをわざわざ断るなんて……お前の死んだ両親はどう思うだろうな」

「……え?」

 

言ってから気が付いた。言ってはいけないことを口にしてしまった。それを話す準備はまったく出来ていなかったのに。

 

 

「……なんで?」

 

麻耶の表情から驚きは消えたが、別の感情が現れている。

 

「なんで優介が、僕の親のこと知ってるの?」

「それは……」

 

言い訳の言葉は一つとして出てこない。

 

「もしかして、蘭ねえから聞いたの?」

 

蘭ねえというのは蘭子の事で間違いない。そもそもそれ以外の人物が麻耶の過去の事を優介に話すわけがない。

 

「じゃあ……優介がボクの部屋に来たのは、蘭ねえに頼まれたから?」 

 

かなり飛躍した解釈だが、確かに今の話から考えるとそうなってもおかしくない。そもそも一年以上も接点のなかった隣人が急にあいさつのためだけに訪れるなんて無理のある話だ。それでも麻耶がそれを信じたのはきっと、同年代の友人ができることを心の底から望んでいたからなのだろう。

 

「……」

 

そんな麻耶の気持ちを無自覚とはいえ利用してだましていたことは事実だ。麻耶と親しくなった今でも、それは何ら変わらない。だから、何も言えなかった。

 

「……ボクと友達になったのは、ボクに小説を書かせるためだったの?ボクをまた大人の道具にするためだったの?」 

 

はたから見れば何の根拠もない、ただの被害妄想にも思える発言だ。だが、狭霧麻耶という人間が歩んできた道には幾度となくあったことなのだ。

 

「それは……!」

 

でも、それは絶対に違う。優介が蘭子に頼まれたのはそんなことじゃないし、そんなことの為にこの4カ月麻耶と過ごしてきた訳じゃない。

でも、どこかで麻耶に嫉妬の感情を向けていたかもしれない。なんのとりえもない優介にとって、才能をもちながらそれを使わない麻耶の態度はどこか気にいらなかったのかもしれない。

だから、即座に否定出来なかった。

 

それがまずかった。

 

「ボクと優介のこれまでは、ウソだったの……?」

 

麻耶の眼には、大粒の涙があふれていた。

 

「麻耶、俺は……」

「出ていってよ……ボクの部屋から、ボクの心から、ボクの世界から!出ていってよ!」

 

麻耶のその言葉に、優介は何も言えなかった。

 

 

大切なものが、壊れてしまった。

 

 

 

 

 

 

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