かの有名な「夏が過ぎ風あざみ」という歌詞の「風あざみ」というのは有名なミュージシャンの造語であり、風があざみに吹いて揺らしているという意味が込められている。その様子はまさに少年時代の夏を彷彿とさせ、その後の歌詞で夏休みの終わりを感じさせる。こんな歌を作れるなんてやっぱり天才というのはいるんだなと今更ながら優介はしみじみと思うのだった。
「なに辛気臭い顔してんだよ優介」
優介の自室のベッドに何の遠慮もなく寝転がり、これまた優介の本棚から勝手にとった漫画を読みながら隆盛が聞いてくる。それ自体は別に問題ない。いや、問題ないと思うのは優介が隆盛に洗脳され始めているせいかもしれないが、それよりなにより優介は言いたいことがあった。
「そりゃ辛気臭くもなるだろ!この間やっと二カ月もある夏休みに入ったと思ったらいつの間にかあと一カ月しかないんだぞ!どうしてこうなった!」
「それは、かくかくしかじかだろ」
適当に答え、隆盛は再び漫画に視線を戻す。
「適当すぎるだろ!少しは話に付き合ってくれてもいいだろうが!」
「夏も終わりだってのに暑苦しいねえ。流石優介パイセンだ」
「うるせえ!」
「仕方ねーなー」と隆盛は漫画を閉じ、起き上がる。
「どうしてって。優介が風邪引いたからだろ」
「そうだよ!でも普通たかが風邪で2週間も引きずるなんて思わないだろ!」
「人にうつされた風邪ってのは気持ち的に重症な気がするからな。俺も中学の時望にうつされた時は死ぬかと思った」
「だろ!?なのにうつした本人は今ごろ博多ラーメン満喫中だぞ?こんなのおかしいよ、異議あり!」
「あーもーうるせ―な。文句があるなら狭霧ちゃん本人に言えよ」
「携帯も持ってない奴にどうやって文句言うんだ!」
なぜ優介がこんなにうざったい感じになっているかというと、話は一カ月前、行方不明になった麻耶を探し、事故に遭ったあの7月26日付近に戻る。あの後、検査を終えて優介が退院した翌日、麻耶が高熱を出し倒れたところまではまだよかった。あの雨の中傘もささずに優介を探し続けていたのだから風邪を引いても無理は無い。
だが、問題はその後。ひきこもり属性がカンストしているお隣さんは病院には行きたくないと駄々をこね出した。しかも理由が「人ごみに行きたくないから」。普通なら「注射が嫌だ」とか「薬が嫌だ」とかじゃないのだろうか。
ともかく、そういうわけで駄々っ子狭霧麻耶は自宅療養に徹することになったのだが、薬を飲ませたりご飯を作ったりする誰かがいなくてはいけない。とはいっても夏休みなのだから誰だって予定の一つや二つあってもおかしくない。悠里と望は全国大会、隆盛はスポーツカウンセラーに関する集中講義があり、蘭子も何やら忙しそうにしている。となると残る麻耶の知り合いといえば消去法で優介しかいないわけで、夏休みにこれといって用事のない優介には断る理由が何一つなかった。
しかしながら優介の手厚い看病もむなしく、麻耶の風邪は2週間近く治らなかった。市販の薬と素人の看病で治るほど風邪はあまくなかったのだ。そんなこんなでなんとか麻耶は完治したが、今度は優介が風邪を引いてしまった。しかもなんの罰ゲームなのか症状は麻耶より悪い。流石に麻耶に看病させてぶり返させるわけにもいかない。そして隆盛達は予定がびっしり。となると残された道は一つ。優介は一人で風邪と戦うことになった。そして完治するのにこれまた2週間。計4週間、つまるところ一カ月棒に振ったわけだ。そして麻耶はというと、先日何か用事があると言って蘭子と福岡へと旅立ってしまった。人ごみに行きたくないと駄々をこねたのは一体どこの誰だったろうか、不思議でならない。
「まあでも、狭霧ちゃんが福岡まで行くなんて4月には考えられなかったよな」
「それはまあ、確かに」
蘭子に頼まれた麻耶の世界を変えてほしいという願い。それが少しずつとはいえ形になってきているのではないだろうか。そう思うと少し嬉しくなって頬がゆるむ。
「なにニヤニヤしてんだよ?」
「う、うるさい。そういえば望先輩とはどうなった?」
無理やり話題を変える。
「何わかりきった事聞いてんだよ。ちゃんと仲直りしたって。」
「あーそうだな、愚問だったな。ごめんごめん」
「しっかりしろよ全く」
「あはは……ってそういうことじゃねえ!それは知ってんだよ!その後を聞いてんの!」
「はい、ノリツッコミ頂きましたー」
隆盛がわざとらしく拍手する。
「そうじゃなくて、なんか進展無かったのか?」
「別に、なにも。進展も何もモトカレとモトカノの関係だぞ?今更何を進展させるんだよ」
「大会の日に『バスケをしてるお前が好きだ』なんて恥ずかしいこと言ってた奴の言葉とは思えないな」
八つ当たり気味に煽ってみる。
「病室で女の子に抱きしめられて二人きりになったのに何もしなかったヘタレパイセンには言われたくないな」
「うぐっ」
そしたら、エグいカウンターを喰らう羽目になってしまった。
「冗談だって、そんな落ち込むなよ。それに望とは一応毎日連絡取ってるよ」
「そっか、ならよかったよ」
とりあえず二人の関係は良好のようだ。この分だと深奥バスケ部も今年は全国制覇出来るかも知れない。来週に麻耶も悠里たちも帰ってくるはずなので、盛大にパーティーでもしてやろうかなどと考えていると、郵便受けがカタンと音をたてた。
「なんか来たな。優介、取ってきて」
「お前、家賃半分払わせるぞ……」
ぼやきつつも玄関口で郵便を受け取る。どうやらハガキのようだ。
「ええと……『深奥祭のお知らせ』か」
「あーそっか。もうそんな時期か」
後ろから隆盛がハガキを覗き込む。『深奥祭』は文字通り『深奥大学学校祭』のことで、毎年10月に行われている。学生たちが模擬店をやったりライブをやったり、外部からゲストを呼んだりと結構賑やかなイベントで、優介も去年客として参加したのを憶えている。
「時が経つのは早いもんだな」
「なんかすごくジジ臭いっすね優介パイセン」
隆盛の冗談は無視してハガキをテーブルの上に放る。学祭は楽しみだが、別に優介が何かするわけではない。「よっこらせ」と座布団に座りテーブルの上のパソコンを起動する。
「お、執筆活動ですか?」
「うん。夏休みが終わったらまた賞に応募しようと思って」
「そうかい。まあ頑張れよ」
「言われなくても頑張ってるって」
新しい小説の執筆の調子はすこぶる良い。既に構成の半分まで書けており、かなり自信もある。
「でもなーなんか足りないんだよな」
「足りないって、何がだよ?」
「なんつーか、この小説の狙ってる読者層って中学生から大学生くらいなんだけど、そういう層の意見が聞きたいっていうか」
「俺とか天草がいるじゃん」
「でもさ、隆盛達は俺の事を知っているわけだし、そういう一種のフィルターがあるんじゃないかなってさ」
「要するに全く関係ない、第三者の感想が欲しいって訳か」
「そうなるな」
「なら、それちょうどいいんじゃないか?」
隆盛が指差したその先には、さっきのハガキが置いてあった。
学祭が何の関係があるのだろうか。しばらく隆盛の意図が分からなかったが、ハガキの裏側の「出店大募集」の文をみてようやく理解した。
「そうか、学祭で本をだすのか!」
「え、冗談だったんだが」
「いや、いいよそれ、ナイスアイデアだ!個人じゃ厳しいかもしれないけど文芸部とかに頼めば販売自体は可能だよ!」
「お、おう。そうだな」
「よーし、やってやるぜ!そうと決まれば準備準備!」
こうして、優介の新しい挑戦がスタートする。
***