意気込んで始めたものの、時間もまた有限だ。あっという間に夏休みは終わってしまい、今日から後期の講義が始まる。
「ふああああ、寝みい……」
講義室の一番後の席で隆盛が大きなあくびをする。
「そりゃお前が『夏休み完結記念、朝までゲーム大会!』なんてアホな事やるからだろ!おかげでこっちも寝不足だよ!」
「あはは、悪い悪い。それにしても狭霧ちゃんどうしたんだろうな?」
「さあ……」
福岡に出かけていた麻耶は何か都合があるらしく、結局夏休み中ずっと帰ってこなかった。蘭子がついているから大丈夫だとは思うが、そのせいでパーティーはお流れになってしまった。
麻耶も気になるが優介にもやることがある。鞄から原稿用紙の束を取り出しぱらぱらとめくる。
「お、そっちも順調みたいだな」
「まあね。なにせ今回はいろんな人の目に留まるわけだし、半端なことは出来ないって」
「頑張るのは良いけど、また風邪とか引かないでよ?」
唐突に話しかけてきたのは悠里だった。
「おわっ、悠里!いつからそこに?」
「今さっきかな。てか、そんなに驚く?」
「ごめんごめん。そういえば、全国大会、残念だったな。あと少しだったのに」
深奥バスケ部の全国大会の結果はベスト8。最後にあたったチームが優勝したのだから実質順優勝と言えなくもない。
「ううん。負けちゃったけどそのおかげでみんなスイッチ入ったみたいで。次こそは全国制覇だって夏休みはずっと練習だったよ」
「そっか。来年の夏は望も引退だしな。頑張ってもらいたいもんだな」
「そうだね。もうキャプテンと一緒にバスケ出来る期間も長くないし、盗める技術は盗まないとね!」
悠里もやる気満々だ。望の次のキャプテンは悠里になるかもしれない。
「そういえば、結局あの時の悠里の話ってなんだったんだ?」
結局、風邪だの大会で遠征だので悠里の話を聞く時間は無かった。でも約束なのだからちゃんと聞かなくてはいけない。そう思っての質問だったのだが、悠里はというとなんだかもじもじしている。
「えっと……それは……ってこんなところで言えるかあ!」
「きゅ、急に大声出すなよ」
「ご、ごめん……でもその……」
悠里が尚ももじもじしていると急に教室がざわつきだした。
「おい、あれ誰だよ?」
「なにあの子、すげー可愛いじゃん!」
「編入生かな?てか俺と付き合ってくんないかな?」
どうやらざわつきの原因は講義室の前の方らしい。そちらを見てみると、一人の女の子がいた。背丈は優介よりも小さいだろうか。肩まで掛かった髪にはウェーブがかかっており、前髪も綺麗に整えられている。そして今時の女の子っぽいメイクをしている。その子は階段を上って講義室の後ろ、優介が座っている席の前までやってきた。
「おはよーみんな!」
元気に挨拶するその人物に優介たちは困惑する。
「えっと……?手島の知り合い?」
「いや、こんな超絶美女知らんぞ」
「ちょっとーひどいよ二人ともー」
女の子は口をとがらせる。それを見て優介はその正体に気付いた。
「ま……麻耶?」
「そうだよ。ボクだよ。おはよう優介」
「え、ええええええええええええええええええええ!?」
優介と悠里の声が木霊する。流石の隆盛でさえ目をパチクリしている。
「お、お前が学校に……?これは夢か?俺はゲーム中に寝落ちしたのか?」
「むー。ボクだってこの学校の学生なんだから来てもいーじゃん!」
「そ、それはそうだけど、じゃあこれは現実なのか?」
「何度も言ってるじゃん。じゃあこれで信じてくれる?」
そう言ってなぜか麻耶は優介に顔を近づけてくる。無意識に視線が麻耶の唇に向く。
「ちょ、ちょっとまて!こんなところで何する気だ!」
思わず目をつぶってしまいながら訴えかける。すると、唇に何かが当たる。おそるおそる目を開けると、唇に麻耶の人差し指が当たっていた
「あはは、冗談だって。でもそのドキドキは夢じゃないでしょ?」
「し、心臓に悪すぎる……」
「ちょっと桜井、何デレデレしてんの!」
「してないって!そんな余裕無かったつの!」
「ま、とにかく夢じゃねーんだな」
隆盛が話をひと段落させる。それにしても、麻耶が自発的に学校に来たのはもちろんだが、ここまでイメチェンしてきたことにも驚いた。男女関係なく、三日会わざれば刮目してみるべきだということだろうか。優介の視線に気付いたのか、麻耶がいたずらっぽく笑う。
「どうしたの優介、ボクそんなに可愛い?」
「えっ!?い、いやその……」
お茶らけて誤魔化そうかとも思ったがここは素直に伝えることにした。
「あ、あーその……凄く雰囲気変わって……その、すごくいいと思う。可愛いよ」
「そ、そう?あ、ありがとう……」
「なんで照れてるんだよ、お前が聞いてきたんだろ」
「いや、でもなんか恥ずかしくて……えへへ」
「一番恥ずかしいのはどう考えても俺だろ!」
周りの二人を見ると、隆盛はにやにやと生温かい視線をこちらに向け、悠里はむすっとしている。
「悠里さん?なんでそんなに怒ってるんでしょうか……」
「べ、別に全然怒ってなんかないわよ?」
「その表情でそれは流石に無理があるだろ……」
「だから違うって!桜井のバカ!」
一体今日までで何回バカと言われただろうか。ここまで来ると本当に自分がバカなんじゃないかと不安になってくるレベルだ。
「そうだよな、天草の場合怒ってるって言うより……」
「ちょっと手島!余計な事言うとキャプテンにあることないこと更にないこと言うわよ!」
「ほとんど虚言じゃねーか」
「う、うるさい!とにかくこの話は終わり!もうすぐ先生来るし!」
悠里が無理やり話を終わらせるのと同時にチャイムが鳴り先生が教室に入ってくる。それに合わせて学生たちは席に着く。優介は隆盛の前に座り、悠里はその左に座り、麻耶は右に座る。つまるところ優介の左右が埋まったわけだ。しかも長机に椅子が5つ並んでいるのにも関わらず麻耶たちは間隔を空けずにすぐ隣に座っている。
「あのー、ここ人口密度高くないですか?」
小声で左右に訴えかける。だが悠里はノートと教科書を眺め、麻耶は最近人気のライトノベルを読み始め、聞いていない。助けを求めるように後ろを振り向くと隆盛は既に机に突っ伏し夢の世界へと旅立っていた。
「あ、はい。そうですか。ワカリマシター」
こんな調子で、後期は大丈夫だろうか……。
***
「つーわけで、後期もよろしくってことで~」
「カンパーイ!」
隆盛の言葉に各々が炭酸飲料の入ったコップを掲げる。時刻は午後7時半、場所は優介の部屋だ。
「か、かんぱーい……」
「どうしたの優介?元気ないねー」
麻耶の言葉に猛烈なデジャヴを感じる。
「どうしたもこうしたも、なんで毎講義左右を埋めてくるんだよ!他の男子の視線が痛すぎて出血するかと思ったわ!」
結局、あの後全ての講義であのフォーメーションは展開され、優介は周りの男子に睨まれ、舌打ちされ、散々だった。
「おいおい、俺はそんな視線向けてないぞ」
「お前はずっと寝てたからね!というか起きてたら向ける気だったのか!?」
「まあ、面白そうだし」
「面白半分で人の心をえぐらないでくれるかな!」
後期に入っても隆盛は相変わらずのようだ。
「桜井、静かに。焼き音が聞こえないから」
「お、おう。ごめん」
ホットプレートを眺める悠里によって場は沈静化される。ホットプレートの上ではお好み焼きの生地(たこ入り)が焼かれている。
「それにしても、何故にお好み焼きにたこが?」
既に答えは出ているが、それでもツッコまずにはいられなかった。
「仕方ないだろ、たこ焼きの粉とお好み焼きの粉を間違えた奴がいるんだから」
「むっ。隆盛だってレジ通すまで気付かなかったじゃん」
「お前を心の底から信じていたんだよ」
「ふっ。ならば心理戦で私の勝ちだね!」
今回ゲストとして呼ばれた望が隆盛と買い出しに行ってくれたのだが、もう2度と頼まないと心に決めた優介だった。
「ってそれはそれとして、左右埋め尽くし問題が解決して無いんだが!」
「えー、優介は嫌だったの?」
麻耶の言葉に一瞬返答に詰まる。
「い、嫌じゃないけど!あれが続いたら俺の男友達が隆盛だけになるだろうが!」
「もともと桜井って手島以外に友達いたの?」
「いるよ!悠里が知ってるのが隆盛だけなんだよ!」
悠里は隆盛に「本当?」と視線を送るが隆盛は「知らん」と返す。
「お前ら、仏の顔も三度までって言葉の意味くらい知ってるよな?」
「三回も許してくれるのか。なら後一回は大丈夫だな」
「普通は一回目でやめるんだけどね!」
優介の叫びと同時に悠里がお好み焼きをひっくり返す。ひっくり返った表面は見事な焼き色だ。隣に座っていた麻耶が箸をもった手を伸ばす。
「おい、まだ裏面が焼けてないだろ」
「あ、味見だよ」
「生焼けの生地味見すんのか!斬新すぎるだろ!」
麻耶の手を膝に置かせる。すると悠里がクスリと笑った。
「なんか、この感じ凄く久しぶりだね」
「確かに、いろいろあって最後に集まって飯食ったのは5月だったっけ」
悠里の言葉に隆盛もうんうんと頷く。
「ちょっとー私だけ蚊帳の外なの?お姉さん泣いちゃうよ?」
望が口をとがらせる。
「悪い悪い。お詫びにお好み焼き味見していいぞ」
「それ生焼けじゃん!てかそのくだりもうやったじゃん!」
流石の望も隆盛の前ではツッコミに回らざるを得ないらしい。
そんなくだらないやり取りをしていると、お好み焼きは出来上がった。とはいっても5等分もすると流石に小さいので最初に隆盛、望、麻耶が3等分して食べ、その間に優介と悠里の分を焼くことにした。自分の分が焼けるまで暇なので優介は今朝チェックできなかった原稿を再び鞄から取り出した。
「あれ、それ優介の新作?」
「え?ああ、そうだよ」
以前と違い、麻耶たちに小説を書くことを隠そうとは思わなくなった。自分がやりたい事なのだから恥ずかしがる必要なんてないと分かったからだ。
「また賞に応募するの?見せて見せて!」
「お前、今お好み焼き食べてるだろ。後でな」
「そういえば優介、学祭のこと狭霧ちゃんに言ってないんじゃないか?」
そういえばそうだった。なにせ麻耶と再会したのは今日だったのでタイミングが無かった。
「学祭?ああ、そういえばなんかハガキ来てたね」
「そう。そして俺は学祭で小説を出品することにしたんだ」
夏休み中に文芸部の知り合いに一緒に出品する許可はとっておいた。後は小説を書きあげて製本するだけ。
「へえ、いいねそれ!ねえ、ボクも書いていい?」
「え?」
まさか麻耶からそんな申し出をされるとは思わなかった。
「学祭に出品するってことは場合によっちゃかなり注目される可能性もあるけど、いいのか?」
「うん!優介と一緒に出品したい!」
「おいおい。狭霧ちゃんも書くってなるとハードルめっちゃ上がるじゃんか。大丈夫なのか?」
隆盛の心配ももっともだが、今の優介はもう麻耶との実力差につぶされたりはしない。むしろ競い合うなら申し分ない相手だとまで思っている。
「私は応援するぞ桜井君!」
「わ、私も!また夜食作ったり片付けしてあげるから!」
「俺も宣伝くらいなら手伝えるぞ」
「みんな……」
あまりの感動に涙が出そうになるが必死にこらえる。
「よーし書くぞー!」
麻耶もやる気満々のようだ。
「ああ!俺もやってやるぜ!」
***
優介の決意表明の後、お好み焼きパーティーは1時間程度で終了した。もう暗いので隆盛と望は一緒に帰り、優介と悠里は洗いもの、麻耶はテーブルを拭いていた。
「♪♪♪」
「桜井、ご機嫌だね」
「まあな」
「私も練習頑張って、秋の大会は優勝を目指すよ」
「そっか、秋も大会だもんな」
「一緒に頑張ろう」という約束は継続中だ。でも、なんだか形になってきたと優介は感じていた。
「ふう。洗いもの終わり。狭霧さん。そっちはどう?」
「うん。もうピッカピカだよ」
悠里は麻耶からふきんを受け取り洗ってから干し竿にかけた。
「それじゃあ、私も帰ろうかな」
「あ、ボクも」
「そうか。じゃあまた明日な」
二人を玄関口まで見送る。
「ねえ、悠里。ちょっと話があるんだけど」
「え、私?なにかな?」
麻耶はちらっと優介の方を見たが、すぐに悠里に向き直る。
「まあ、それはボクの部屋で言うよ」
「ん?分かったけど……」
「それじゃあ優介、おやすみ!」
「おやすみ、桜井」
そういって二人は帰った。後に残された優介はテーブルの前に座り、パソコンを立ち上げる。今夜は徹夜かも知れない。でも、このワクワクは一晩徹夜したぐらいでは消えないだろう。