2時間ぐらいたっただろうか。何とかごみをすべて分別し今日出せるものをすべてごみ置き場にもって行き、たまった食器を洗い、ファブリーズを撒き、部屋は普通と呼べるものいになった。
「いやー片付いたね。久々にいい汗かいたよ」
「いや、ほとんどやったの俺だろ!狭霧はごみ袋縛っただけじゃないか!」
「そうだったっけ?いやーありがとね優介」
「あのな……」
「まあとりあえず座ってよ。このお酒は冷やしとくから後で飲もうか」
勢いに流されて出された座布団に座らされる。麻耶は冷蔵庫からお茶を取りだしコップに注いでいる。その間片付けた部屋を見回してみるが、ひとつおかしなことに気づいた。
「なあ、ものが異常に少ないんだが、ひょっとしてごみと一緒に捨てちゃったりしたか?」
部屋には備え付けのものと服が入っているであろうたんす、そしてテーブルとパソコンしかない。
「ううん。大丈夫。元からこんなもんだったから」
「え?いや、教科書とか鞄は?」
「持ってないよ?」
「つかぬ事をお伺いしますが、狭霧って何年生?」
「たしか今年度から2年生」
「学科は?」
「心理学科かな」
2年生で心理学科。優介と同じだ。しかし1年生のときの学科交流会でも必修の講義でも麻耶を見かけたことはない。隆盛も悠里もそんな人の話をしていたことはない。そして思い当たったのが、最近うわさになっているハイツ諏訪部の心霊現象。
「なあ、ひょっとしてお前……」
「なに?」
「引きこもり……なのか?」
「そうだよ?」
「そうだよ?じゃねえ!それじゃあ最近噂の幽霊はお前か!」
おそらくは食料を買いに外に出たときに目撃されたのだろう。確かにこの貞子のような外見で夜にうろつけば誰だって勘違いする。
「え?そんなうわさが流れてたんだ。知らなかったよ」
「なんでお前はこの状況でそんなにへらへらしてられるんだよ……」
引きこもりというステータスはどう考えてもプラスじゃない。それを他人に知られるというのはマイナスなはずだが、麻耶はまったく気にしていないようだ。
「だいたい、1年間も引きこもって単位はどうしたんだよ」
「全部落とした」
「でしょうね!」
「でも、たとえがんばっても落とす人もいるしたいした問題じゃないでしょ?」
「問題なのはお前の態度だ!そのままだと卒業できないだろ!」
「大学生でも経験がない人は結構いると思うけど」
「なにを卒業する話だ!女の子がナチュラルにそういう話しちゃいけません!」
「ははっ、やっぱり優介って面白いね」
「どう考えても面白いのはお前だろうが!」
どうやらこの狭霧麻耶という人物は優介の常識を、というか世間の常識を大きく逸した存在らしい。ふたたび脳内に警報が鳴り響く。今ならまだ間に合う。
「あのさ、狭霧」
「麻耶」
「へ?」
「苗字じゃなくて名前で呼んでよ。ボクも優介って呼んでるんだし」
「いや、でもほら、さすがに出会ってすぐに名前で呼ぶのは俺にとってハードルが高いというか」
「いやなの?」
麻耶は真剣な眼差しでこちらを見てくる。優介は直感的に悟った。彼女からは逃げ切れないと。
「わかったよ、ま、麻耶」
「うん!これでボクたちは親友だね!」
段階を思いっきりすっ飛ばしているが、優介も麻耶に対して嫌な印象はない。かなり変わっているが、顔立ちも整っているし性格が悪いわけでもない。それに、ほうっておくとまたごみ屋敷を作りそうだ。蘭子の友人の娘らしいし危険な人物でもないだろう。
「あ、そうだ。掃除機をかたづけてなかったな。どこにおけばいい?」
「あ、それじゃあそこの扉の向こうにおいておいて」
「はいよ」
玄関横の扉を開けて掃除機を入れようとすると、何かが大量に崩れ、たちまち優介は飲み込まれる。
「のわあああ!」
「あ、ごめーん。そこかたづけてなかったね」
「いてて、ん?これは、本?」
手元にあった何冊かを見てみると、ライトノベルや漫画の単行本が大半を占めていた。 その中には優介も知っているような人気作から聞いたこともないようなものまで多種多様に存在している。
「それにしたってこの量はいったい……」
「あはは、ボク読書が好きなんだよね」
確かに部屋に引きこもっていてはやることもあまりないだろうし、これだけ本がたまるのも理解できる。
「……ん?」
手元の本を拾い上げているとA4サイズの紙の束がクリップでとめられているものがいくつか出てきた。
「これは、小説?」
「あーそれね。ボクが書いたやつだよ。全部没だけど」
「え、これ全部麻耶が一人で?」
「そうだけど?」
パラパラとめくってみると当たり前だが文字がぎっしり並んでいる。しかもその全てが300ページ前後まで書かれている。これが全部没とは、1年間引きこもっていたという事実が無ければとても信じられないだろう。
「優介って本好きなの?」
「え?あ、ああ。まあ人並みには」
「じゃあそれ全部あげるよ。適当に読んで適当に処分しといてよ」
「え?でもこれって大事なんじゃ」
「言ったでしょ、全部没だって。ボクにはもう不要なものさ」
「そ、それじゃあ貰って行くよ」
そんなわけで10束くらいの小説を受け取り、優介は自分の部屋に戻った。結局、蘭子に頼まれた事は全く達成できなかったが、ファーストコンタクトとしては上出来だろう。