人生で初めてされた告白。その相手が悠里になるなんて。そもそも予想できる告白なんてものは無いのかもしれないが。
「……」
「なんか言ってよ。凄く恥ずかしいじゃん」
悠里の顔は真っ赤になっている。それでも平静を保ちながら話している。
優介としてもなにか言いたいのだが、口がパクパクと動くだけで音にならない。
「お、俺は……」
やっと声が出てきた。だが、後に続く言葉が何一つ思い浮かばない。それくらい悠里の告白は突然だったから。
「返事は、今はいいよ」
「じゃ、じゃあなんで今言ったんだ……?」
「私は、自分の気持ちにウソはつきたくないから」
「……!」
「だから、桜井も自分にウソついちゃだめだよ」
ウソ。そう、麻耶の決めたことだからそれで納得したなんてウソだ。優介は心の底から麻耶と一緒にいたい。それはきっと、才能も小説も関係ない、もっと深い気持ち。
「でもね、桜井」
「なんだ?」
「私は、桜井がどうしたいかも、なんでそう思うかもわかってる。でもね、ちょっとずるいかもしれないけど、私と一緒に歩く未来もほんの少しでいいから考えてほしいな」
月の光に照らされた悠里の表情は、たまらなく綺麗に見えた。思えば悠里はいつも優介を助けてくれた。麻耶のことで悩んでいた時も、小説の事で迷っていた時も、隆盛と望の喧嘩の時も。いつもいつも、優介を支えてくれたのは悠里だった。
それなのに、気付けなかった。
「……悪いな。大切なことだったのにずっと後回しにしちゃって」
「ううん。今言えたからいいよ。でも……」
「でも?」
「学祭が終わるまでには、返事してほしい……かな」
悠里のことをどう思っているか、その答えを出すには少し時間が必要だ。
「わかった。学祭が終わったらちゃんと返事するよ」
「うん。ありがとう。それと、ごめんね、原稿の締め切り3日後なのに余計に考えさせるような事言っちゃって」
「あ」
「え?な、なに?」
「原稿、終わってないんだった……」
いろいろありすぎて原稿の事も、締め切りの事も頭から抜け落ちていた。
「だ、大丈夫なの?」
心配する悠里をよそに、優介は大きな声で笑い出した。
「え、ちょ、ちょっと、桜井?大丈夫?頭が限界突破しちゃったの?」
「いや、なんか分かんないけど、すげえやる気があふれてくるんだよ。これなら後一日もあれば書き終わりそうだ!」
どうしてこんなに満ち溢れているかと聞かれれば、明確な答えは無い。強いて言うならふっきれたから、だろうか。
麻耶は言っていた。学祭は最高の思い出にしたいと。それは優介だって同じだ。だから、本気で、全力でそれに答えたいのだ。
***
それから時は流れ、ついに10月27日、深奥祭当日を迎えた。宣言通り、優介は原稿を完璧に復元し、文芸部に提出した。そして隆盛の作ってくれた宣伝ポスターを掲示板にはって歩き、準備は完了した。
時刻は午前8時、文芸部のブースになっている小さな教室は、装飾を行う文芸部員によって賑わっていた。ただ、一つおかしいことがある。何故か部員全員がパジャマタイプの着ぐるみを着ている。クマ、猫、犬、猿、エトセトラ……とにかく様々な動物があくせく装飾作業をしている。
「これは、どういうことなんだ、良太郎?」
そんな疑問を口にする優介の隣でいすに座り、作品のレイアウトに試行錯誤しているのは心理学科2年、文芸部副部長の山田良太郎(やまだ りょうたろう)。優介と隆盛とは顔なじみで、結構仲がいい。今回、優介と麻耶の作品の出品を許可してくれたのも彼だ。
「部長の指示だ。普通の客は文芸部の展示を見に来る確率が低い。だからビジュアルから攻めていこうと」
「なるほど……ちなみにお前の着ぐるみ、それ何の動物?」
「……ドラゴンだ」
「せめて動物に統一しろよ!」
「部長には逆らえない。逆らえば即クビだ」
「なんだそのブラック企業は……」
「しかもその部長は良太郎の愛しのハニーなわけだしな」
教室の入り口からきゅうりの浅漬けをくわえた隆盛がやってきた。
「げ、手島!」
「なんだよ、その歓迎してないみたいな態度は」
「歓迎していないからだ」
「なんでだよ。俺だって宣伝ポスターを書いた仲間だろ?それとも愛しのハニーとの時間を邪魔されたくないのか?」
「だ、誰が愛しのハニーだ!」
後ろから隆盛の頭にチョップを喰らわせたのは文芸部の部長、3年生の吉岡愛美(よしおか まなみ)だ。良太郎とは恋人同士で、優介たちとも面識がある。
「手荒い歓迎っすね吉岡先輩」
「お前が手荒くさせているんだ!」
「まあ、そうカリカリせずに。きゅうり、食べますか?」
「いらん!」
「てか隆盛お前、そのきゅうりどうしたんだよ?」
まだ準備中なのでどの模擬店も何も売っていないはずなのだが、隆盛の手にはきゅうりがはいった用器がある。
「なんか、写真部の女の子がくれたんだよ」
「手島は女たらしだからな」
「失礼だな良太郎。俺は別に何かした覚えはないぜ?」
とはいっても、実は隆盛はかなり女子ウケがいい。一緒に行動することが多い優介には周りから隆盛に向けられる女子の視線がいかに多いかわかっている。
「それにしても、桜井が小説を出品したいと言った時には驚いたぞ。出来上がった作品を見せてもらったがなかなかに面白かった」
良太郎が称賛してくれる。
「文芸部副部長に褒められるなんて素直にうれしいな」
「それにもう一人の……狭霧麻耶君だったか?彼女の作品もまたものすごく面白かった」
愛美もうんうんと頷く。
「でも、本当にありがとうございます吉岡先輩。部外者の出品を許してくれて」
「気にするな桜井君。同じ小説を愛する者の願いを我が文芸部は無下にしたりしない。それに、君が提案してくれたシステムの恩恵をうけられるのだからウィンウィンだよ」
優介が提案したのはSNSを使用した感想箱。各作品の一番最後のページに乗せたアドレスから専用のアカウントに飛ぶと、好きな時間に匿名で感想を投稿できるようになっている。
「ふあああああ」
思わず気の抜けたあくびをしてしまう。
「桜井、寝不足か?」
「あ、ああ。まあそんな感じ」
「興奮して眠れないことでもあったのかい?」
「……はい」
「そうだよな、これから人生最後の大勝負だもんな」
「勝手にころすな!」
隆盛はニヤニヤしながら2本目のきゅうりを口にする。
それと同時に教室のスピーカーからアナウンスが流れた。
『学祭実行委員会です。まもなく第43回深奥祭の開始時刻になります。模擬店を行う学生の皆さんは準備をお願いします』
「お、もうそろか。それじゃあ俺は適当に回ってこようかね」
隆盛は空になった浅漬けの用器をゴミ箱に捨て、教室から出て行った。
「桜井も行っていいぞ。4時くらいからお前のシフトだからそれまでに戻ってきてくれ」
良太郎からシフト表を受け取る。
「おう、それじゃあ後でな」
「桜井君、ちょっと待ってくれ」
優介が椅子から立ち、教室を出ようとしたその時、愛美に呼び止められた。
「なんですか?」
「今日だけとはいえ君も文芸部の一員だ。つまり、私の管轄内ということだ」
「は、はあ。まあそうですね」
「それなら、分かっているよな?」
「え?」
満面の笑みを浮かべる愛美に軽く恐怖を抱いたのであった。