お隣さんは引きこもり!?   作:たけぽん

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35. 優介の可能性

 

 

「す、すみません、これください……」

「300円ニナリマス」

「ど、どうも」

「アザッシター」

「桜井、それは営業妨害か?お前スパイか何かだったのか?」

 

時計は午後4時を回った。客足は完全ではないものの少なくなっていて、それはこの文芸部のブースも例外では無かった。そんな祭りの終わりを感じさせる雰囲気の中、優介は一足先に祭りを終えたような顔でレジに座っている。

 

「営業妨害?誰が?俺が?」

「今レジを任されているのはお前なのだから当然だろ」

 

隣でカタカタと電卓を打っていた良太郎がいつの間にか手を止めてこちらを恨めしそうに見ている。いつの間にか文芸部の着ぐるみ祭りは終わりを告げていた。

 

「俺、なんかしたっけ?」

「客への対応が完全にbotだったぞ」

「まじで?ごめん、気をつけるわ……」

「すみませんこれください」

「200円ニナリマス」

「変わっとらんわ!どうした!ついにツッコミ職人の名を捨てたか!」

「アザッシター」

「これは……重症だな」

 

優介がbot化している理由は後2時間足らずで本祭が終わり後夜祭が始まってしまうからだ。後夜祭には悠里に告白の返事をしなければならないというのに未だに気持ちが決まらない。悠里の事を意識しているのは確かだし、それが恋愛感情だということも理解できる。だが、それ以前から麻耶に抱いていた気持ちを無かったことには出来ない。つまるところ、今の優介の気持ちは宙ぶらりんなのだ。そんな自分に嫌悪感を抱いている今の状況で答えが出るはずもなかった。

 

「そんな状態じゃ客足が遠のく。もうレジはいいからこの段ボールを部室へ持って行ってくれ」

 

良太郎なりに気を使ってくれたのか、それとも戦力外通告なのか、どっちにしてもこのままレジをやるよりはいいだろう。優介は渡された段ボールを抱えて教室を出る。

 

「おわっ!」

 

出た瞬間に誰かとぶつかってしまったようで優介は間抜けな声を上げる。

 

「す、すみません、大丈夫ですか」

「え、ええ。すみません。前方不注意でした」

 

優介がぶつかったのは30代前半くらいの男性。白いシャツに黒いジャケットを着ていて、縁なしの眼鏡をかけている。どこかで見たような気がするが、どこで見たのかはっきりと思いだせずにいると、向こうから話しかけてきた。

 

「すみません。文芸部の桜井さんを探していたんですが」

「え?……桜井は俺ですけど?」

 

この男性が一体優介に何の用だろうか。そもそも何故名前が割れているのだろか。

 

「ああ、あなたでしたか!私、津田克也(つだ かつや)と言います。是非あなたと話したくて探していたんですよ」

「はあ、津田さん……?」

「武田シンノスケという名前で活動してます」

「えっ!あの武シン先生!?」

 

その名前を始めて知ったのは麻耶が講義中に読んでいたラノベを借りた時だった。独特の世界観と奇抜な展開で最近頭角を現してきた作家だとネットの記事で読んだことがある。おそらく顔をなんとなく知っていたのもネット記事のおかげだろう。

 

「えっと……俺に用事ってなんですか?」

「ここで立ち話もなんですし、向こうの休憩スペースでお話ししますよ」

 

休憩スペースの自販機でコーヒーを二つ買い、津田に差し出す。

 

「ああ、どうもすみません。……そちらの段ボールは?」

「あ、後で処理します!」

「そんなに緊張しなくてもいいですよ。作家と言っても一般人とそれほど違いはありません」

 

麻耶を見てきたせいでその言葉が正しいか判断に困るが、取りあえず小さく深呼吸して椅子に座る。津田もその向かいに座る。

 

「それで、桜井さんに用というのは……この賞についてのことです」

 

津田は鞄から一枚のチラシを出す。それは出版社の公募企画のチラシだったが、優介は何が何だか理解できていなかった。

 

「あ、すみません。どうにも私は会話の組み立てがヘタで……書く分にはなんともないんですけどね」

 

優介が混乱しているのを察してくれたようで、津田は笑う。

 

「ええと、君の事を知っているのはこれを読んだからです」

 

そう言って津田が鞄から出したのは優介の書いた小説だった。それを見て、ペンネームを考える暇が無くて本名のまま良太郎に原本を渡していたことを思い出した。

 

「いろいろ感想はあるんですが、一言で言うとかなり面白かったです」

「いえ、そんなことは……。もっと凄い奴もいるし……」

「この狭霧麻耶さんですね」

 

津田はもう一冊、麻耶の書いた小説をこちらに見せる。

 

「確かに狭霧さんの作品も面白かったです。完成度だけを言うなら桜井さんの作品は劣って見えてしまいます」

「……ですよね」

 

麻耶に追いつくことが並大抵のことじゃないことは重々承知している。だが、実際に言葉にされるとダメージは意外と大きかった。

 

「でもね、私は、いえ、私『たち』はあなた作品の方を評価しているんですよ」

「……え?」

 

驚く優介に対し津田は携帯の画面を見せてくる。それは、優介が文芸部に提案したSNSのアカウントだった。

 

「最近は便利ですよね。私の学生時代にもこれくらい便利なものがあれば良かったんですが」

「それで、このアカウントがなにか……?」

「このアカウントの投票システムですよ。面白いと思った小説に一人一票投票できます」

 

そんな機能を付けた覚えは無かったが、よく考えると優介が提案した後実際にアカウントを立ち上げたのは隆盛だった。隆盛なら面白半分でこういうことをしてもおかしくない。

 

「それで、この投票システムの現段階のトップを見てください」

 

津田が画面をスクロールすると1位の欄には優介の作品が出ていた。しかも2位の麻耶とはかなり票の差がある。

 

「……」

「『どうして?』といった感じですか?」

 

優介が答えられないでいると津田はゆっくりと話してくれた。

 

「私は桜井さん達の作品は今回の物しか知りません。それはあのブースに行ったほとんどの人がそうだと思います。そういう人たちは『続きが読みたくなる』作品を気に入ることが多いんです」

「続き……?」

「はい。桜井さんの作品は、まだ続きを書けるように出来ているんです。ご自分では考えてませんでしたか?」

「……いえ」

 

確かに、優介も自分で書いていてもっと続きが書きたいと思っていた。それが無意識のうちに作品にも出ていたということだろうか。

 

「一方狭霧さんの作品は完成しきっています。出版社からするとその方がありがたいんですが、読者からすると読んだ後に感じる高揚感に欠けるんです。つまり、桜井さんの作品には可能性が満ちているということです」

 

そこで津田はいったん話を切った。優介に話を咀嚼する時間をくれているのだろう。ゆっくりと津田の言ったことを脳内で整理する。

つまり、津田は優介の作品を大きく評価してくれていると言うことだ。現役の作家にそこまで言って貰えるなんて思ってもいなかったので、どう反応いしていいか分からない。

 

「それでですね、最初に言ったこの賞のことなんですが」

 

再びチラシが優介の前におかれる。

 

「これは神童出版が立ち上げようとしている文庫レーベルの公募企画のチラシです」

「え?立ち上げようとしている?」

「ええ。神童出版の偉い方がライトノベルに注目した結果、来年を目途に企画しています。私の知り合いがその企画の主要人物で、小説家の卵を発掘して来てくれと頼まれまして。現在投稿サイトなどでオファーをかけているんです。この公募企画もその一環です」

「それってつまり……」

「桜井さんの作品なら、十分受賞の可能性があると私は思っています。もちろんサポートもさせていただくつもりです。どうでしょう、やってみませんか?」

 

優介にとっては願ってもみない話だ。津田もここまで言ってくれているのだしやってみたい気持ちはある。

でも、それは今優介の中で最優先の事項とは言えなかった。それ以上に悠里と麻耶の事を考えてしまう。

 

「まあ、ゆっくり考えてくれていいですよ。応募締め切りもまだ先ですし。一応私の連絡先を伝えておきますね。考えがまとまったら教えてください」

 

津田は柔らかい笑みで連絡先を書いたメモを渡してくれた。

 

「すみません、せっかく言ってくれたのに……」

「いえいえ、こちらこそ急に話をもちかけてすみません。それでは、私は行きます。コーヒー、ごちそうさまでした」

 

津田はぺこりとお辞儀をすると休憩スペースを出て行った。残された優介はチラシとにらめっこしていたが、ふと足元の段ボールに気付いた。

 

「あ、これ部室に持ってくんだった」

 

***

 

昼間はあれだけ賑わっていた校舎内も、この時間帯はすっかり片付けに入っている。段ボールをつぶす学生、残り物を分配する学生、借りた機材を返す学生。そんな風景をぼんやりと眺めながら優介は文芸部の部室がある部室棟へと向かっていた。

 

「もう、終わりなんだな……」

 

楽しい時間はどうしてこんなにもすぐに終わるのだろうか。出来ることなら2ヵ月前にもどってもう一度準備から始めたいくらいだ。だが、そんなことは願ったところであり得ない。何事も始まった以上いつかは終わってしまう。だからこそ人は今この瞬間を全力で生きるべきなのだろう。

 

「俺は今、全力で楽しんでるのかな」

 

ぼやいていると、麻耶が歩いているのが見えた。幻覚かと思い目をこすってみるがやはり麻耶だった。その隣には一人の男子が歩いている。よくみるとそれは、メイド喫茶でウェイターをやっていたバスケ部の部員だった。

心臓が大きく跳ねるのを感じた。駄目だと分かっているのに足は勝手に動き、麻耶たちの後を追っていた。

麻耶とバスケ部の男子は講義に使われる大教室へと入って行った。優介は入り口から中を伺う。

 

「何やってんだ俺は……」

 

自分の行動に嫌悪感を抱きながらも、視線は教室の中にくぎ付けになっていた。

 

「話ってなにかな?」

 

誰もいない教室に、麻耶の声が静かに木霊する。

 

「お、俺……狭霧さんのことが好きだ!」

 

男子が意を決して想いを告げる。その声は震えているものの、真剣であることを必死に表していた。

 

「メイド服も凄く良かったし、それにいつも楽しそうに笑ってて……好きになりました!付き合ってください!」

 

優介はごくりと唾を飲み込んだ。ここで麻耶が告白に応じたら、自分はどう思うのだろうか。その答えを出す前に、麻耶は口を開いた。

 

「ごめんなさい。ボク、好きな人がいるんだ」

 

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