お隣さんは引きこもり!?   作:たけぽん

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36. それぞれの答え

「それじゃあ後夜祭、いってみようか~!」

「オオ~!」

 

7時30分。予定通り後夜祭は始まった。学生たちは謎のテンションで大いに盛り上がっている。後夜祭では、ステージを使って音楽サークルのライブをしたり、豪華景品のビンゴ大会が行われる。去年優介がビンゴ大会で当てた電気ケトルは今でも現役だ。

だが、今年の後夜祭はライブにもビンゴ大会にも参加しない。もっと大事な用があるから。

校舎の階段を一段一段しっかりと上る。廊下を歩く足も、しっかりと地面を踏みしめる。

そしてやってきたのは小さな教室。今日、メイド喫茶しなもんに使われていた教室だ。

大きく深呼吸をしてから扉を開ける。

優介の到着に彼女はこちらへ振り向く。部屋に明かりは無く、窓から差し込む月明かりが彼女を照らしている。

 

「ごめん。待たせたか?」

「ううん。時間通りだよ」

 

天草悠里は微笑む。流石にもうメイド服ではなく、バスケ部の青いジャージを着ている。

 

「学祭もお終いだね」

「そうだな」

「桜井、楽しかった?」

「楽しかったよ。人生で1、2を争う楽しさだった」

「そっか」

 

少しの間二人は沈黙する。悠里は前髪をいじりながら再び口を開く。

 

「私も、桜井と回れて楽しかったよ」

「俺もだ」

「そっか」

 

再び沈黙が訪れる。無音の教室には、外ではしゃぐ学生たちの声がわずかに聞こえる程度だ。

 

「「あのさ」」

 

二人の声が重なる。それをきっかけに、またも沈黙してしまう。

 

 

「あのさ」

 

それでも、優介は沈黙を破った。破らなくてはいけない。悠里に自分の気持ちを伝えなくてはいけないから。

 

「うれしかった。悠里に好きって言われて。誰かに好きって言われることがこんなに嬉しいんだって、始めて知った」

「……うん」

「悠里はいつも俺の事を助けてくれたよな。いつも、凄く力貰ってた。差し入れのおにぎりもまじで美味しかった」

 

悠里は無言で頷く。

 

「悠里の言ったように、一緒に歩く未来も考えた。手を繋いだり、デートしたり、記念日を一緒に祝ったり。そんな未来がたくさん想像できた」

 

悠里は尚も無言だ。

 

「……でも、それでも、俺には好きな人がいる。たとえあいつがいなくなっても、俺はずっとあいつが好きなんだと思う」

「……」

「だから、ごめん」

 

悠里がギュッと手を握り締める。

 

「そっか。それが桜井の答えなんだね」

 

震えた声で、それでも笑顔で、悠里は言葉を発した。

 

「なら、それを伝えてあげないと駄目だよ?」

「……うん。言ってくる」

 

だが、足が動かない。何故だろうか、何故か分からないが足が震えている。

 

「早く行ってよ。そこにいられたら私、泣けないじゃん」

 

だが、優介は動けずにいた。

 

「あーもう!」

 

悠里がこちらへ駆け寄ってくる。優介の体をドアへ向かせ、力一杯背中を叩いてきた。

 

「行け!桜井優介!」

 

その言葉が発せられるとほぼ同時に、優介は走りだしていた。外ではちょうど花火が上がり、その光が廊下にも入ってくる。

 

走る

 

ずっと伝えたかったから

 

彼女に夢をもらったから

 

彼女とすごす時間が何よりも楽しかったから

 

笑ってる顔も怒ってる顔も泣いている顔も

 

全部全部

 

彼女がいなくなっても

 

ずっとずっと

 

いつまでだって

 

好きだから

 

走って走って、優介がたどり着いたのはハイツ諏訪部の101号室の前。彼女がここにいると誰かに聞いたわけじゃない。でも、ここに来た。すべてはここから始まったから。

息を整えながらインターホンを押す。一回、二回、三回。四回鳴らしたところで扉が開いた。そこにいる彼女はいつもと変わらない。いつも通りの狭霧麻耶だった。

 

「優介?どうしたの?後夜祭は?」

「お前こそ、後夜祭はいいのか?」

「うん。もうたくさん思い出はできたから、これ以上いると、お別れがつらくなるから」

 

そう答える麻耶が無理に笑っていることなんて誰が見ても分かることだ。ここで想いを伝えることはもしかしたら麻耶にもっと無理をさせることになるかもしれない。でも、言わなきゃ進めない。だから、優介は言った。

 

「俺、麻耶の事が好きだ」

 

麻耶が驚いたように目を見開く。その瞳は初めて会った時の何倍にも輝いて見えた。

 

「……ボクも、優介が好きだよ」

 

麻耶が、ゆっくりと想いを伝えてくる。その瞳には、涙が溢れていた。

 

「でも、ボクは福岡にいくから、優介とは付き合えないよ……ごめん」

 

その声はあの時の悠里と同じ様に震えていた。優介と麻耶が一緒にいられない現実は変わらない。でも、それでも。優介は言葉を続ける。

 

「俺さ、また賞に応募する。今度は絶対に受賞して見せる」

「……うん」

「そして、絶対に小説家になる。お前がくれた夢を叶えてみせる」

「……うん」

「だから、実力でお前の隣に立てたらその時は……」

「優介!」

 

優介の言葉はそこで途切れた。その唇は、麻耶の唇よってふさがれてしまったから。

遠くで鳴り響く花火の音ももう二人には聞こえていなかった。

 

***

 


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