お隣さんは引きこもり!?   作:たけぽん

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友人からリクエストを受けて書いてみました。時系列としては16話と17話の間らへんです。


番外編その2

「んーむにゃむにゃ……」

 

6月上旬のある土曜日、ハイツ諏訪部102号室で桜井優介は30分前から携帯のアラームをスヌーズにしては2度寝、スヌーズにしては3度寝、スヌーズにしては……と怠惰な朝を迎えていた。とはいってもそれにはちゃんと理由がある。麻耶に「優介の書いた小説が読みたい」と言われ、悠里に「桜井がやりたいことなら応援する」と言われてから、大学で講義を受けている時も帰宅してからもずっと小説に思考を巡らせていて、昨日も夜遅くまで執筆活動に励んでいたのだ。

しかし、そんな優介にお構いなしに再びアラームが鳴る。実に12回目の起床通告だ。

流石にこのまま寝ていると一日を棒に振りそうだ。なので優介はアラームをとめ、重い体を起こす。

それと同時にベッドの上に自分とは違うぬくもりが存在することに気付いた。そしてそのぬくもりは足元でもぞもぞと動き始めた

 

「え!?な、なに!?朝から心霊現象!?」

 

驚いて布団をがばっとめくる。そこには101号室の住人、狭霧麻耶がすうすうと寝息を立てていた。昨日寝た時は確かに部屋には優介しかいなかった。ドアにも鍵をかけていたはず。なのにベッドには麻耶がいる。はたから見るとうらやまけしからんとか言われるのだろうが実際問題これは軽くホラーだ。

 

「お、おい麻耶さん?起きてくれませんか?そして状況を説明してくれるかな!」

 

麻耶の体をゆする。これはひょっとして憶えていないだけで優介は大人の階段を上ってしまったということなのだろうか。だとしても、そんな大事な事を忘れたりするものなのだろうか。

 

「うーん……あと3年……」

「3年寝太郎か!寝てる間に俺が大学卒業するわ!」

 

仕方ないので麻耶の頬をぺちぺちと叩く。麻耶は何度か唸ってからようやく目を覚ました。

 

「ん~……あ、おはよう優介」

「おう、おはよ……じゃねえ!これはどういう状況なんだよ!説明してくれ!」

「ええ!優介憶えてないの?昨日ボクにあんな事したのに……」

 

麻耶は悲しそうに俯く。まさか、本当になんやかんやしてしまったと言うのだろうか。

 

「そんな……ウソだろ……?」

「あ、ばれた?」

「いや、ウソかい!びっくりさせんな!あやうく将来の心配しちゃっただろ!」

「将来って?」

「え、そ、それは……」

 

思わず麻耶と自分と赤ん坊の姿を想像してしまい首をぶんぶんと振る。朝からそんな妄想をする気力なんてないのだから。

 

「と、とにかく!お前いつから、というかどうやって入ってきたんだよ!」

「んーと、4時くらいかな?こないだ優介とやったゲームがしたくなって、ドアはしまってたから、窓から」

「は、窓から?」

「うん。窓から」

「どうして?」

「空いてたから」

「空いてたから、じゃねえ!それ不法侵入っていう立派な犯罪だからね!」

「それはさておき」

「さておくな!」

 

4月に出会ってから、麻耶とのやりとりはいつもこんな感じだ。破天荒な言動をする麻耶と、それに振り回される優介。こんなやり取りが始まってもう3カ月だと言う事実が未だに信じられない、というか信じたくない気もする。

 

「それにしても今日も暑いねー」

「まあ、夏だからな……ってそうじゃなくて!」

「よし、ゲームしよう」

「会話を安定させろ!なんで俺が一球投げたら三球返してくるんだよ!」

「今日もボコボコにしちゃうぞ~」

 

今度は一球も返さずに麻耶はゲームの接続を始め出した。それに文句を言おうとしたとき、インターホンが鳴った。

 

「あ、はーい」

 

とりあえず麻耶の事はおいといて玄関へと向かいドアを開ける。

 

「おはようございます。桜井君」

 

訪問者はハイツ諏訪部の大家である諏訪部蘭子だった。

 

「あ、おはようございます大家さん。今日も暑いですね」

 

無難な挨拶を交わす。朝っぱらから尋ねてくるなんててっきり友人である手島隆盛だと思っていたが蘭子が来るとは、いったいどういった用件だろうか。

 

「優介~、ディスクどこ~?」

 

蘭子に用件を聞こうとしていると、後ろから麻耶がやってきた。当然、麻耶と蘭子の祖先が合う。

 

「あ……」

「え、えっと……」

 

しかし、二人の間には一切の会話が生まれない。実を言うと、この二人には少し複雑な関係があって、現在かなり気まずい状況なのだ。詳しくは本編10話.「狭霧麻耶」を参照していただきたい。

 

「ごめん優介、ゲームはまた今度で良いや」

 

そう言って麻耶は優介と蘭子の脇を通って自室へと戻ってしまった。後に残された蘭子は何ともいえない表情をしている。

 

「あ、えーと。ところで大家さんは俺に何か用ですか?」

 

露骨すぎるが、話題を変えようと試みる。

 

「実はですね……桜井君にお願いがあって……」

 

なんだかものすごくデジャヴを感じる言葉だが、自分から聞いておいて今更遮ることもできない。

 

「来週、麻耶ちゃんの誕生日なんです」

「へ?」

「来週、麻耶ちゃんの誕生日なんです」

「えーと……?」

「桜井君って難聴なんですか?」

「普通です!それを俺に伝えに来た意図が分からないんですよ!」

 

麻耶の誕生日に関しては全く知らなかった、というより友人である隆盛の誕生日ですらはっきりとは憶えていない。そもそも大学生にとって知り合いの誕生日はそこまで重要でもない。何かあるごとに飲み会をしてカラオケをしてボウリングをするのが基本的な大学生……というと偏見だが、それくらい毎日会っている相手の誕生日を意識することなんて無いのだ。

 

「その……ですね。麻耶ちゃんにプレゼントをあげたいんです」

「プレゼント?」

「ええ。以前は毎年渡していたんですけど、ご両親が亡くなってからはあげられて無くて……」

 

確かに、大人や社会を避けている麻耶が素直に蘭子からプレゼントを受け取るとは思えない。

 

「それで、俺にどうしろと?」

「ぷ、プレゼントを選ぶの手伝ってくれませんか?」

「へ?」

「桜井君って難……」

「もうそれはいいですって!」

 

 

***

 

そんなわけで、朝食を終えた優介は蘭子と一緒に繁華街へと来ていた。

 

「それで、プレゼントは何を考えてるんですか?」

 

デパートの入り口で蘭子に尋ねる。だが蘭子は苦笑いを浮かべる。

 

「それが……ノープランなんです……」

「なん……だと……」

「桜井君は何がいいと思いますか?」

 

まさかの開幕丸投げ。といってももう数年間あげていないのだから悩むのも仕方ない。そう思い優介は頭を捻ってみる。

 

「ぬ、ぬいぐるみ……とか?」

「桜井君ってセンスないですね」

「辛辣すぎる!大家さんが聞いたんでしょ!」

 

まあ、確かに大学生の女子にぬいぐるみをあげるのはいかがなものか。

 

「やっぱり、女の子っぽいものがいいんでしょうか」

「ああ、それは確かにそうかもですね」

 

麻耶の部屋は本とパソコンと備え付けのものしかないので何か華やかなものがあるのはいいことかもしれない。

 

「それじゃあ、私にアイデアがあるのでついてきてください!」

 

蘭子に手を引かれる。この分だと自分はいらなかったかもしれないと優介は苦笑するのだった。

 

 

―――そして

 

「桜井君、これはどうでしょう?ピンクでフリフリで可愛いと思いませんか」

「えっと……その……」

「じゃあこれはどうですか?やっぱり白は清潔感ありますよね~」

「いや、その」

「桜井君、ちゃんとお返事してください!私真剣なんですよ!」

「なんで真剣に考えて下着屋なんですか!どうコメントしても俺が変態みたいになるでしょ!」

 

蘭子に連れてこられたのはランジェリーショップ。それも結構きわどい感じの商品が並んでいるところだ。さっきから周りの視線が背中に刺さっている。

 

「桜井君だって女の子っぽいものが良いって言ったじゃないですか!」

「極端すぎるでしょ!それをもらった麻耶はどんな表情で反応すればいいんですか!」

 

なんというか、今まで深くかかわることが無かったから知らなかったが、諏訪部蘭子という人物は大分おかしい人だ。もしかしたら麻耶の人格形成には蘭子が大きく関わっているのかもしれない。

 

「それじゃあ、桜井君は何がいいと思いますか?」

「これ、無限ループじゃないですよね?」

 

もう一度頭をひねってみるがあまり良い考えが浮かばない。

 

「以前はどんなものをあげていたんですか?」

「えーと、1歳の誕生日にはピカチュウのぬいぐるみをあげました。2歳の時はピカチュウの洋服、3歳のときにはピカチュウの絵本、4歳の時はピカチュウの自転車。それから……」

「なんでそんなにピカチュウ推しなんですか……」

「麻耶ちゃんと初めて会った時、ピカチュウの絵を描いてあげたら凄く喜んでくれたので。流石に小学校に上がってからは別のものにしましたけど」

「それなら、原点回帰でピカチュウがいいんじゃないですか?」

「ピカチュウの下着ですか?」

「いい加減下着から離れてくださいよ!」

 

 

――――そんでもって

 

 

「桜井君。今日はありがとうございました」

 

フードコートの席でドーナツを食べながら蘭子にお礼を言われる。

 

「いえ、お役に立てたようでよかったです。でも……」

「なんですか?」

「なんで、今年は麻耶にプレゼントをあげようと思ったんですか?」

「特に今年にこだわった訳ではないんですが、私、麻耶ちゃんの保護者なのになにもしてあげられてないなって思って。桜井君たちと一緒にいる時の麻耶ちゃんを見かけると、昔みたいに無邪気に笑うあの子を見ると、なにかしてあげたくなって……」

 

蘭子はゆっくりと感情を吐き出していく。だから優介はその手をそっと握る。

 

「大家さんは、十分麻耶のためになってますよ」

「桜井君……?」

「麻耶が今、俺たちと一緒に笑っていられるのは、大家さんがあいつをハイツ諏訪部に入居させてくれたからです。俺が麻耶の為に何かしてあげようと思っているのも、大家さんが俺にあいつの過去を教えてくれたからです。大家さんはずっと、麻耶の事を考えてくれていた。それがなにもできていないなんて、そんな風に俺は思いません。麻耶だってきっとそう思ってます」

 

 

蘭子だって、麻耶の保護者になっていなければ別の人生があったはずだ。結婚して幸せな家庭を築いたりだってできたのだ。でも蘭子はその選択肢より、麻耶と生きる道を選んだのだ。自分の全てをなげうってでも守りたい存在がいることの何がいけないのだ。

 

「桜井君……ありがとう。本当にありがとう……」

 

そう言って手を握り返す蘭子の瞳には、涙があふれていた。

 

***

 

翌週、麻耶の誕生日。優介は麻耶の部屋を訪れていた。

 

「優介、用事ってなに?」

「えっと……その……」

「ひょっとしてボクの下着盗んだとか?」

「ちがうわ!お前に渡すものがあるんだよ!」

 

そう言って手に持っていたピンクの袋を麻耶に渡す。

 

「これは?」

「今日、お前の誕生日だろ?」

「え、なんで知って……」

「いいから開けてみろって」

 

その言葉に首をかしげつつも麻耶は袋をあけ、中の箱を取り出す。その箱は綺麗な黄色で塗られている。麻耶がその箱を開けると、部屋に優しい音が広がった。

 

「これって……」

 

麻耶の手にあるのは、蘭子が選んだピカチュウの飾りのついたオルゴール。流れている曲は昔のポケモンのオープニングのアレンジ版。麻耶はしばらく曲に耳を傾ける。その表情は柔らかく、それでいて優しい笑顔だった。

 

「これ、優介が選んだんじゃないよね?」

「え?」

「だってボク、優介にピカチュウが好きだって言ったことないもん」

「あーそれはその……」

「これ、もしかして蘭ねえが?」

「……そうだよ。大家さんが、お前にって」

「そっか、蘭ねえが……」

 

麻耶はオルゴールをテーブルに置くと、優介の方に向き直った。

 

「ねえ、優介」

「なんだ?」

「お願いがあるんだけど」

 

――――そのまた翌週

 

大きく息を吸い、優介は管理人室のドアをノックする。

 

「はーい、どうぞー」

 

すぐに蘭子から返事が返ってくる。それを確認してから優介は管理人室に入る。

 

「桜井君?どうしたんですか?」

「大家さんに渡すものがあって」

「渡すもの?」

「これです」

 

そう言って優介はピンク色の袋を蘭子に渡す。蘭子は首をかしげつつ、袋を開ける。中に入っていたのは黄色く塗られた箱。蘭子がそれをあけると、軽快な音が鳴りだした。

 

「これは……」

 

それは、蘭子が麻耶に贈ったのと同じ、ピカチュウのオルゴール。ただ、流れている曲は最近のポケモンのオープニングだった。

 

「麻耶が、おそろいのものを買ってきてほしいって頼んできたんです」

「え……」

「あいつも、あんな態度とってますけど本当は大家さんに感謝してるんじゃないですかね」

「そっか、麻耶ちゃんが……」

 

蘭子はオルゴールを胸に抱きしめる。それを見て優介は思った。

 

――いつか、二人が心の底から笑いあえる日がくるといいな――

 

 


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