その後なんとか麻耶を引き離し、101号室に入った優介たちは彼女をベッドに寝かせ、尋問タイムに突入した。優介は正座させられ、尋問はかなりの時間続いた。その間優介はひたすら今朝からの出来事を説明し続けた。
「家賃半年滞納って……まじかよ」
「いや、それもだけど1年間一度も学校に行ってないって、ひきこもりってこと?」
二人はなんとも理解しがたいといった表情だ。
「ああ、すべて事実……らしい」
「めちゃくちゃだな」
隆盛があきれた口調でつぶやく。
「それで、桜井はどうするつもりなの?」
「とりあえず、大家さんに頼まれたことは伏せておこうと思う」
「まあ確かに、1年間引きこもってるってことは精神的に弱かったりするかもしれないしね」
「でもよお、最終的には家賃回収ねーと大家さんも困るだろ」
隆盛の言うとおり、半年分の家賃を回収しないとハイツ諏訪部は経営難に陥るかもしれない。それにこれからの3年間だって麻耶が家賃を払うかはわからないのだから早く説得しないと手遅れになりかねない。それでも家賃を払わないということは何らかの理由があるはず。それを無視して家賃を払えというのは優介にはできそうにない。ベッドに寝ている摩耶の方を見てみると、すやすやと眠っている。
「ホントに、どうしたらいいんだろう……」
大きくため息をつく。明後日からは学校も始まるので、部屋に引きこもっている摩耶の事だけに時間を割くこともできない。蘭子ももう少し早く言ってくれれば良かったのにと心の底から思っていると、隆盛が唐突に口を開いた。
「んで?優介は狭霧ちゃんのどこが好きなんだよ?」
「へ?」
「はあ!?」
隆盛の言葉に対して優介は間抜けな反応を、悠里は半ば怒ったような反応を示した。
「だってよ、いくら大家さんの頼みだからってこんな状況を見たら断るだろ普通。なのにまだ何とかしてあげようと思ってるってことはもう惚れてる以外あり得ないだろ?」
「なっ!お、お前な!俺だって本当は断りたくて仕方ないっつの!でも……」
「でも、なんなのさ?はっきりしなさいよ桜井!」
何故か質問してきた隆盛より悠里のほうが食いついてきている。
「でも……なんだかほっとけないんだよ……」
「やっぱり好きなんじゃねーか」
「さ、桜井……」
「どうしてそうなるんだこの恋愛脳ども!」
「でも実際優介がそんなに優しくする女子なんていないべ?」
「いや、いるよ!天草とか!」
「わ、私!?」
必死に反論を試みていた優介だったが、その言葉に悠里はとても動揺しているようだ。
「お、おい優介お前まさか……二股?」
「なんでそうなるんだ!いや、たしかに天草は可愛いけど!」
「か、か、可愛い……?」
「ほら、天草もなんとか言ってくれよ!」
そういって悠里の方に視線を戻すと彼女は心ここにあらずといった様子だった。
「お、おーい天草?」
「は、はい!」
「なんだよその返事は……」
「ご、ごめん!私友達と約束してるから!」
そう言うと悠里は足早に部屋を出て行ってしまった後に残された優介は状況が全く理解できていなかった。
「あいつ急にどうしたんだろう?」
「いや、流石にわかるだろ」
「え?隆盛にはわかるの?」
隆盛は呆れたような溜息をつくと優介の方に手を置いた。
「あのな、優介。今俺は狭霧ちゃんのどこが好きか聞いたよな?」
「あ、ああ。そうだな」
「その話題でお前天草の事も狭霧ちゃんと同じだみたいな事言ったよな?」
「言ったよ?」
「それって聞く人によっては間接的な告白だろ」
「は、はああああ!?」
優介もやっと状況を理解できた。つまり悠里は優介が摩耶と自分の両方に好意を向けていると思ってしまったということだ。
「ま、待て!俺がそういったのは日ごろしょうゆ貸したりしてることについてであってだな!」
「ならそう言えよ。ナチュラルに可愛いとか言われたらそりゃ勘違いもするって」
「え、俺そんなことも言った?」
「お前……無自覚でこんな状況作れるとか天才かよ……」
「そもそもこの話題にしたのはお前だろ!これから天草にどんな顔して会えばいいんだよ……」
「まあ、誤解だって言えば良いんじゃね?」
「なんて言うんだよ……。お前の事は別に好きなわけじゃないんだからな、とか……?」
「ナイスツンデレっす優介パイセン。っと、悪い。バイト先から電話来たわ。俺もそろそろ帰ることにするわ」
嘆く優介をよそに隆盛はそそくさと部屋を出て行ってしまった。
「はあ、どうしよう……」
「何をどうするの?」
「はうわ!?」
急に後ろから声がしたので変な声が出てしまった。振り向くとさっきまで眠っていた摩耶がベッドの上に体育座りしていた。
「なんだ、起きたのか……もう大丈夫なのか?」
「うーん。そもそもボクはなんで寝てたんだっけ?」
「いや、憶えてないならいい。あと俺が持ってきた酒はやっぱり返してくれ」
摩耶はよくわからないといった顔をしているが、一缶の半分程度であんなに酔っぱらう人間の家に酒を置いておくなんて危険すぎる。
「そういえばもうこんな時間だね。お昼食べないと」
時計を見ると既に2時を回っていた。
「もう一時間もたってたのかよ……」
優介も昼ごはんにしたいところだが、既にスーパーに行くほどの気力は残っていなかった。
「優介も食べてく?」
「へ?食べてくって、何を?」
「お昼ごはん」
「なんかあるのか?」
「ない。これから作るよ」
「誰が?」
「ボク以外に誰がいるのさ」
「お前、料理できるのか……」
ひきこもりという印象が先行してコンビニ弁当ばかり食べているものと思っていてたが、よく考えたら片付けたゴミの中にはスーパーの食材のパックなんかもあったことを思い出した。冷蔵庫から食材を取り出す摩耶を見ながら、優介は彼女に尋ねた。
「なあ、なんで引きこもりなんかしてるんだ?」
別に人嫌いなわけでもなく、明るい性格の摩耶が一年間も引きこもっている理由が優介には疑問で仕方なかった。それゆえの疑問だった。摩耶はこちらを振り向くと、すこしさみしそうな顔で言った。
「ボクには、これ以上は必要ないから」
その言葉の意味が優介には理解できなかった。必要ない。なにに対してのことだろうか。勉強、人間関係、趣味、そのどれもが麻耶にとって必要ないということだろうか。
「それならなんで大学に進学したんだ?」
「じゃあ、優介はなんで大学に進学したの?」
麻耶は料理をしながら言葉を返してきた。
「質問してるのは俺だろ」
「人に何かを聞くときはまず自分から言うべきだと思うけど」
「……別に、たいした理由はないよ。大抵の人は高校卒業したら進学するか就職するだろ?その2択からなんとなく選んだ。普通だろ?」
「そうだね、何も面白くなかったよ」
「お前が聞いたんだろ……」
「ハハッ。そうだね。ごめん」
笑いながら麻耶は皿に盛り付け、テーブルへと運ぶ。皿を覗き込むと見事なオムライスが乗っていた。
「す、すごく綺麗だな」
「えー別に普通じゃない?」
「これを普通といえるお前の女子力に脱帽するわ……」
優介もオムライスを作れないわけではないが、大体は盛り付けがうまくいかずなんとも微妙な出来になってしまう。それに引き換え麻耶のオムライスはしゃべりながら作ったにもかかわらず飲食店で出てくるレベルだ。
「ほらほら、早く食べて」
「お、おう」
とりあえずスプーンにのせて一口食べる。
「う、うまい」
「でしょ」
ものすごく美味しい。これが1年間の引きこもりの成果なのだろうか。
「そういえば、小説読んだけど」
半分ほど食べてからたまたま思い出したことを話してみる。
「ふーん。そっか」
しかし麻耶からのリアクションは限りなく薄かった。
「あれだな、面白かったよ。特に『俺のお母さん俺のこと好きすぎだろ』ってやつのラスト。あんなどんでん返しがあるとは思わなかったよ。後は『俺の同級生が全員俺の家族な件について』ってやつのメインヒロインの性格とかさ」
何の気なしに話していたが、ふと麻耶のほうを見てみると目を丸くしていた。オムライスもまったく減っていない。
「え、えっと。俺なんか変なこと言った?」
「ううん。でも小説渡したの午前中だよね?それなのに2つも読んだの?」
「いや、5つくらいかな?」
なにかおかしかっただろうか。面白い小説に夢中になって何冊も読むことなんて昔からよくあった話なので優介には麻耶の驚きに意味がわからずにいた。
「あはは、優介って面白いね。ボク、好きだよ」
「は、はあ!?」
まったく予想していなかった言葉に優介は面食らう。先ほどの隆盛との会話もあってか手のふるえが止まらない。
「人としてね♪」
「そ、そうか……」
「優介、顔真っ赤だよ?酔ってるの?」
さっきまで酔っていた人間にそんなことを言われた。
「お、お前がいきなり変なこと言うからだろ!あんまり軽い気持ちで好きとか言わないの!」
「嫌いって言ってほしかったの?ひょっとして優介ってマゾなの?」
「だからそういう話を軽々しく男子に言うなって!俺が変な気起こしたらどうすんだ!」
「大丈夫だよ。優介ってヘタレっぽいし」
「失礼極まりないな!」
「あ、でもさっきの天草って子への対応からすると意外と肉食系なのかな?」
「え、お前起きてたの?いつから?」
ひょっとして家賃回収の話も聞かれてしまったのだろうか。
「確かに天草は可愛いけど!ってところからかな」
「なんでそんな変なタイミングで起きたんだよ……」
「そんなこと聞かれてもわかんないよ」
「でしょうね……」
落胆しつつも、蘭子から頼まれてきたことを聞かれなかったことにほっと胸をなでおろす。
「あの子可愛いし、まんざらでもなさそうだったよね。付き合わないの?」
「いや、まんざらでもないっていうか単に困ってたようにしか思えないんだけど……」
「それとも隆盛っていう友達が本命だったり?」
「いや、俺ノーマルだからね?」
このまま話していると疲れそうなので再びオムライスに意識を向ける。麻耶もいじるのに飽きたのか食事を再開した。
「ふう。ご馳走様でした」
「お粗末様です」
「じゃあそろそろ帰るよ」
玄関のドアを開けようとすると麻耶に手を引かれる。
「ねえ、メアド教えてくれない?」
「いいけど、メアド?ラインじゃなくて?」
「ボク携帯持ってないからさ」
「それ、不便じゃないか?」
「ううん。だって基本的に外出しないから携帯の意味がないもん。パソコンで万事オッケーだよ♪」
確かに、引きこもりに携帯はまったく必要のないものかもしれない。あまりの説得力にうんうんとうなずいてしまう。
「えっと、じゃあメモ紙とかあるか?」
「ちょっと待ってて。えーと確かここに……」
部屋の中を探し回る麻耶を見ながら優介は改めて今日の出来事を振り返ってみる。家賃半年滞納、1年間不登校、優れた文才。
「なんていうか、普通って枠から大きくはみ出したやつだよな」
そうつぶやく優介の表情は、心の中とは裏腹に晴れやかな笑顔だった。