2日後。ついに新学期が幕を開ける。とはいっても、ガイダンスは春休み中に終わっているし、最初の一週間は履修登録期間なので、講義もほとんどがオリエンテーションで終わる。優介もこの日に履修しようと思っている講義はもう終わったので、隆盛と学食へきていた。深奥大学の学食はとても評判が高く、学内の人間だけでなく他校や一般の人もよく訪れる。優介はいつも食べる月見うどんの中サイズを、隆盛はカツ丼の大盛りを注文し席に着いた。
「また月見うどんかよ。たまには肉食えばいいじゃん」
「いいだろ別に。これがお気に入りなんだから。お前こそいつもいつもよく丼ものの大盛り食えるよな」
「これでも元スポーツマンだからな」
そんな会話をしているとポケットの携帯が振動した。
「なに、ライン?」
「いや、メール。」
「メールって……なに、スパムか?エロサイト見すぎた?」
「飯時までその発言はやめてくれるかな!普通のメールだよ!」
「いまどきメールって、親?」
「麻耶だよ。携帯持ってないからパソコンでメールくるんだよ」
「ほー?すっかりラブラブなんすね優介パイセン」
冷やかしてくる隆盛を放置しメールを開く。おとといメアドを教えてから送られてきたメールは「よろしく」くらいなもので昨日は一切音沙汰無しだった。てっきりあまりメールはしないものだと思っていたがなんのようだろうか。
『今日の晩御飯、お鍋したい!』
「唐突過ぎるだろ……」
困惑しながらも、特に予定も無いので了承の旨の返事を送る。するとものの数秒で返信が来た。
『昨日の二人も連れてきていいよ。面白そうだし!』
「面白いって、本当に面白がってるんだろうなあいつ……」
「狭霧ちゃんなんだって?」
「今夜鍋しようって、お前にもお誘いがかかってるぞ」
「鍋? なんだか季節外れのような気もするが……まあいいよ。今日はバイトもないしな」
「了解。後は、天草か……」
「がんばりたまえ、少年!」
隆盛を無視してうどんをすする。ところで、食材や鍋はどうするのかと思っていると、その後に『鍋と食材の準備は任せるねー』と提案者から今世紀最大級の丸投げメールを受信した。
昼食後、優介は悠里を探していた。この前の事もあって直接会うよりラインで伝えたほうがいいと思い送ったのだが結局昼休み中に既読はつかなかった。しかし放置するのも申し訳ないと思い今に至る。
「さて、どこを探せばいいやら」
今日は2年生の必修講義はもうない。となると教養科目や他学科の講義を受けている可能性が高い。とはいってもそれを全て調べるなんて事は不可能だ。となると悠里と親しい人物にコンタクトを取るのが一番手っ取り早い。
「そんな知り合いいないんだよなあ……」
別にぼっちとか友達が少ないわけではないが女子でラインを交換しているのは悠里しかいない。どうしようかと学内を歩いていると青いジャージを着た背の高い女子を見つけた。確か悠里の所属するバスケット部のジャージだ。知らない女子に話しかけるのはちょっと恥ずかしいが鍋の買い出しもあるし四の五の言っている時間もない。勇気を出してコンタクトを取ることにした。
「あのー、すみません。バスケ部の人ですよね?」
「ん?あ、君は桜井君だっけ」
「え?」
なぜ彼女は優介を知っているのだろうか。記憶をたどってみても目の前の人物と関わった記憶は全くない。
「あの、どこかで会いましたっけ?」
「えーひどくない?同じ心理学科じゃん」
「えっと……?」
「とはいっても私は3年生だけどね。これでも学科交流会とかで司会やってたんだけどなー」
そういえば1年生の時の学科交流会には先輩スタッフが結構いた気がする。その中でも会の一部始終を仕切っていた人物、確かその時もバスケ部のジャージを着ていた。
「あ」
「思い出したみたいだね。一応自己紹介しておくと心理学科3年、女子バスケ部キャプテンの高坂望(こうさか のぞみ)だよ。次忘れてたら罰金ね♪」
「す、すみません。ってか、高坂先輩はよく俺の名前知ってましたね。学科交流会でしか会ったことない下級生なのに」
「んー?まあ噂は聞いてたから。」
「俺、なんかやらかしましたっけ……」
「大丈夫大丈夫!悪い噂じゃないから!」
望は背中をバンバンと叩いてくる。流石運動部。とても力強い。
「それに……」
「?」
「ううん。なんでもないよ。それで、私に何か用かな?ナンパ?」
「違いますよ!」
「そんなに力強く否定されるとお姉さん傷ついちゃうなー」
「そ、それはすみません。それで、用件はバスケ部の天草悠里の事なんですけど」
「え!?天草!?なになに!?」
唐突に目を輝かせる望に優介はたじろぐ。とりあえず望は悠里の事を知っているようなのでほっと胸をなでおろし、話を続ける。
「ちょっと用事があって探してたんですけど、あいつのとってる講義とか聞いてませんか?」
「天草なら今日は体キャンで自主練するって言ってたよ」
体キャンとは体育用キャンパスの略称で教室や食堂のある本館とは別の建物で、運動部の部室や体育館、トレーニングルームなんかの設備がある2階建てだ。
「あ、そうなんですか。ありがとうございます」
「ちょうど私も行くところだったし一緒に行こうか?桜井君あんまり体キャン行かないでしょ?案内したげる」
「それじゃあお願します」
そんなわけで、優介は望一緒に体キャンへとやってきた。ここでは土足厳禁なのでスリッパにはきかえる。望下駄箱でシューズに履き替えていた。
「あんまり来ないけど、やっぱでかいなこの建物」
運動部は数も多いので、その分体育館は1階と2階両方にある。優介がここへ来たのは1年の時の球技大会が最後だ。
「おまたせー。確か天草は第一コートにいるはずだよ。行こうか」
「は、はい」
ここまで来て緊張してきた。この前の誤解を悠里はまだ引きずっているだろうか。そうなるとこちらもしっかりと誤解を解かないといけない。そのうえで鍋に誘うというのは結構ハードルが高い。そう思いながらも第一コートへ入っていく。
「えーっと、天草はー。あ、いたいた!あそこでシュート練してるよ」
指差された方を見ると青いジャージを着た悠里の後ろ姿があり、ちょうど今シュートをうったところだった。投げられたボールはリングに当たり少し跳ね上がったが、無事にネットを通過した。
「ナイスシュート、天草!」
望の声に悠里が振り向く。
「お疲れ様ですキャプテン。ってさ、桜井!?」
優介を見たとたん悠里は慌てふためく。そんな反応をされるとこちらもどうしていいかわからない。
「よ、よう」
取りあえず挨拶をしておく。悠里もためらいながら会釈する。
「なに?二人とも倦怠期?」
「ちょ、何言ってるんですかキャプテン!」
「そうですよ!そもそも倦怠期ってなんですか!どこのカップルですか!」
「か、カップルって、何言ってんの桜井!」
どうやらまた余計な事を言ってしまったようだ。
「まあまあ落ち着きなって二人とも」
「高坂先輩のせいでしょうが!」
「元気なツッコミだねえ。天草の言ってた通りだわ」
「ちょっとキャプテン!余計なこと言わないでください!」
どうやら望に優介の噂をしていたのは悠里だったようだ。
「そういえば、高坂先輩」
「てか、望でいいよ。バスケ部の子たちもそう呼ぶし、そっちの方が慣れてるから」
「じゃあ、望先輩」
「むっ」
悠里が不満そうな声を出したが優介には聞こえなかった。
「なにかな?桜井君」
「他の部員はいないんですか?」
第一コートには優介と悠里、そして望の3人だけで他にはだれもいない。
「ああ、まだ昼間だし、講義とかじゃないかな」
「そうですか」
「あ、私飲み物買ってくるからー。私がいない間に二人でいちゃついてるといいよ♪」
「こんなところでしませんって!」
「ここじゃなきゃするの!?」
なんだかデジャヴなやりとりだが、そんな二人をよそに望さっさと出て行ってしまった。
「……」
「……」
無言、沈黙。広い体育館には一切の音が無い。
「な、なにか用だった?」
沈黙を破ったのは悠里だった。
「あ、ああ。摩耶が鍋しようって言ってきてさ。天草と隆盛にも来てほしいみたいだったから。それに確か、天草大きい鍋持ってたよな?」
「まあ、持ってるけど」
「けど?」
「べ、別になんでもないし!」
何故だか悠里は不機嫌になってしまった。
「あーその……一昨日のことは悪かったよ。困らせたみたいで」
「べ、別に気にしてないから」
「いや、嘘だろ……」
「気にしてないって!」
明らかに気にしている様子なので、誤解を解くためにしっかり言っておくことにした。
「一昨日のあれは単に醤油の貸し借りをしてることについてであって、俺は摩耶も天草も友達だと思ってるわけで、その、ホントに他意はないんだ!すまん!」
深々と頭を下げる。
「頭上げてよ、笑っちゃうじゃん」
「な!お前な、人が真剣に謝ってるのに――」
「その代わり」
悠里の声のトーンが下がる。
「な、なんだ?」
「私の事も、その、名前で……」
「え?」
「だから!私も名前で、悠里って呼んでって言ってんの!」
悠里は半ばやけくそ気味に言う。
「いや、で、でも」
「キャプテンと狭霧さんは名前で呼んでるくせに」
「そ、それは成り行きで断れなかったというか……」
「差別」
ここまで言われるともう優介には返せる言葉が無い。
「わ、わかったよ。これから努力するって」
「今」
「随分と積極的だな」
「今」
冗談で誤魔化そうとしたが悠里はあえて聞こえないふりをしている。
「ゆ、悠里……」
「なに?聞こえない」
「悠里!」
「はい。おっけーです」
なんだかものすごく恥ずかしい。そう思いながらも鍋の話を続ける。
「それでだな、悠里」
「ひゃ、ひゃい!」
「ど、どうした?」
「べ、別に。名前で呼ばれるのがちょっと違和感なだけ」
「呼べって言ったのはお前だろ……」
「だ、だって、なんだか悔しかったから……」
「え?なんだって?」
「なんでもない!それで、何?」
何故かまた怒られてしまった。
「鍋は悠里のを使いたいってのと、買い出しに一緒に来てほしいんだけど」
「鍋は別に良いけど、私買い出しにいる?桜井も何が必要かくらい知ってるでしょ?」
「まあそうなんだけど、実は隆盛ってかなりの大食いなんだ」
「それは、まあ知ってたけど」
「あいつが満足してなおかつ全員に平等に取り分がいくようにするには結構買わないといけない」
そこまで聞くと悠里はジトーっとした目をする。
「つまり、荷物持ち?」
「やっぱり運動部の力があると助かるなーって。隆盛は去年落とした必修講義があるからあてにならないし」
「はあ、別に良いけど。男子としての威厳とかプライドは無いの?」
「ぐっ。こ、効率重視なんだよ俺は」
「はいはい。じゃあ準備するから1時間後に玄関でまってて」
「了解」
取りあえず悠里との誤解は解けたようなので安堵しながら第一コートを後にする。