「ごめん。まった?」
体キャンの玄関で待つこと2時間。暇つぶしにインストールした携帯ゲームも既に4章の大詰めというところで悠里はやってきた。
「待ったよ。1時間オーバーで」
「だ、だよね、ごめん……」
「2時間も何してたんだよ」
「そ、それは、シャワー浴びて髪乾かしてメイクして……」
それだけで2時間もかかるだろうか。男子の優介には理解できない世界だ。
「そんなに気合い入れなくても、そこのスーパー行くだけだろ?」
「べ、別に良いでしょ!桜井のバカ!」
「なんで俺は罵倒されたんだ……」
理不尽だと思ったが、これ以上話しているともっと怒らせてしまうかもしれないので優介は玄関を出る。悠里もそれについてくる。
「あっ」
歩きだした矢先、悠里が何か言いかける。
「どうした?忘れ物?」
「べ、別になんでもない」
「いや、なんか思ったから言ったんじゃないのか?言えよ。気になるじゃん」
「だ、だから本当に何でもないって!」
これ以上追及しても悠里は答えてくれそうにない。諦めて歩くことにした。
「や、やっぱり何でもなくない!」
「いや、どっちだよ」
なんだか最近の悠里はどこかおかしい。妙に難しい態度をとる。
「その……車道側歩いてくれるんだなって」
「え?それだけ?」
「な、なによそれだけって!気になるって言うから言ったのに!桜井のバカ!」
また怒られてしまった。車道側を歩いていたのは特に深い意味は無く、男女が歩くときはこうするのが普通だと思っていただけなのだが。そもそもそんなことを気にして言ってきたのは悠里が初めてだった。
「そういえばさ、お前望先輩に俺の噂してただろ」
「え!し、シテナイヨソンナコトー」
悠里はしどろもどろに答える。どこか顔も赤く見える。
「いや、さっき望先輩が言ってたじゃん。俺、あまく……悠里以外にバスケ部の知り合いいないんだけど?」
「そ、それはその……」
悠里はなかなか答えてくれない。
「はあ、まあいいけどさ。あんまりへんな事は言わないでくれよ?」
「言わないけど……」
「けど?」
「今、天草って呼ぼうとしたでしょ」
「そ、ソンナコトナイヨー」
今度は優介がしどろもどろにってしまう。
「嘘。絶対呼ぼうとした。狭霧さんにはそんなことないくせに」
「そ、それは摩耶は初対面だったし。あま……ゆ、悠里は一年間ずっと名字で呼んでたから癖がぬけなくて」
「むー」
「ご、ごめんって悠里。ほ、ほら!スーパーついたぞ!なに鍋がいいかなー」
必死にごまかすが悠里はジト目でこっちを見てくる。
「桜井はなんか希望とかある?」
スーパーに入り、入口のカートにかごをのせ食品コーナーへ進みながら悠里が聞いてくる。
「そうだなー、しおちゃんことか?」
「なんかジジ臭いね」
「ジジ臭くない鍋の方が珍しいだろ!」
「それもそうだけど。私は醤油味がいいな」
流石何度も醤油を借りていくだけある。
「なんか今失礼なこと考えてなかった?」
「べ、別に。じゃあ醤油にするか」
「それじゃあ材料はどうしようか?」
「そうだなあ、とり団子、白菜、シイタケ、人参、えのき、エトセトラ……」
そう言いながらかごに入れて店内を回る。
「あとは、ネギかな」
悠里が長ネギを手に取る。
「あー、その。俺、ネギ苦手なんだよなー」
「え、そうなの?桜井って好き嫌い無いんだと思ってたー」
確かに優介はあまり好き嫌いは無い。だが、ネギだけはどうしても苦手で、学食の月見うどんもわざわざネギを抜いてもらうほどだ。
「でも、ネギなしってのもねえ。一本くらいは我慢してよ」
「まーそうだな。俺が食べなきゃ良いだけだし」
「ごめんね」
そう言って悠里はネギの選別を始める。優介はその間隣の白菜を適当に眺めていた。
「そういえば、一昨日私が帰った後って何してたの?」
ネギを選び終わった悠里が聞いてくる。
「えっと、その後隆盛も帰って、昼飯食べてから俺も帰ったよ」
「むっ」
「え、何その反応は」
「昼ごはんって、狭霧さんに作ってあげたの?」
「いや、麻耶が作ったオムライス。あいつああ見えて料理上手くてさ、びっくりしたよ」
突然悠里がネギを3本かごにねじ込んだ。
「お、おい!そんなにいらないだろ!」
「別に良いでしょ。桜井が食べなければ」
「お、怒ってる?」
「怒ってない!」
どう見ても怒っている。これも年頃の女の子にはよくあることなのだろうか。それを判断するには優介には情報も経験も全く足りなかった。
***
「結構な量になっちゃったな」
「そうだけど、手島はこれでもぺろっといけちゃうんだよね……」
「まったくだ。あいつには3分の2は払ってもらわないとな」
そういいながら悠里の持っている袋に触れる。
「いや、ここで桜井がもったら私きた意味ないじゃん」
そういえば悠里には荷物持ちの為に来てもらっていたのだった。
「いや、でもなんか悪いし」
「なにそれ、桜井って矛盾多いよね」
悠里は笑ってそう言う。
「別にそんなことは……」
「あるって。今みたいなところとか、狭霧さんのこととか」
確かに今だって摩耶のことだって優介が何か行動しなくてもなんとかなることだ。荷物を余計に持たなくても悠里は運んでくれるだろうし、麻耶のことも放っておけば蘭子や保護者がなんとかするかもしれない。むしろ普通に生きたいのならそういった面倒は避けて通るべきだ。でも、優介は自分から踏み込んで行った。まるで何かを求めるように。
「確かに、そんなことあるかもな……」
「まあでも、そこが桜井のいいところだと私は思ってるよ」
「天草……」
「また」
「ご、ごめん悠里」
「まあいいや、早く帰ろうよ。一度お鍋洗っておきたいし」
「そうだな」
そう言って二人は歩きだす。
「なあ、悠里はなんで大学に進学したんだ?」
「どうしたの急に?」
「いや、このまま黙って歩くのも暇だなーって思って」
実際は一昨日の摩耶の言葉が気になったからでもある。『これ以上必要ない』。その言葉の意味が優介にはわからなかったから。
「桜井には言ってなかったけど、私の実家って農家なの」
「え?そうなの?」
悠里の言うとおり、全くの初耳だった。
「うん。だから本当は高校卒業したら家を継ぐことになってたんだけど、私なんとなくこのまま一生農家として生きていくのが良いことなのかわからなくなっちゃって。それで両親の反対を押し切ってこの大学に来たの」
「なるほど。醤油はそのせいか」
「うん。最低限の仕送りはくれるけど、他の事は自分で何とかしろって言われてて。バイト掛け持ちしてもやっぱりカツカツなんだよね」
「だから、ハイツ諏訪部なんだな」
「そうだね。家賃が破格の安さだからね。それに……」
「それに?」
「バスケがしたかったから」
そういえば悠里は小学校のときからバスケットをやっていると言っていた。深奥大学は偏差値こそ低いが運動部はとても強く、バスケ部も毎年全国大会に出るほどだと聞いている。
「そっか。悠里はすごいな」
「なにそれ、ひょっとしてバカにしてる?」
悠里は頬をふくらます。
「ち、ちがうってそんなことない。」
「じゃあ、なに?」
「俺とは全然違うなって。ちゃんとやりたいことがあって、そのために頑張ってて、自分の意志があって。本当にすごいと思ってる」
「そんなこと……」
「あるよ」
それにひきかえ自分はなんだ。何のために大学に進学したんだ。そんな思いが押し寄せてくる。
「でもね、バスケやってても凄い人はたくさんいて、特にキャプテンなんか本当にすごくて。そういうの見ると本当にこの道を選んで良かったのか不安になったりもするんだ」
「望先輩ってそんなに凄い人なのか?」
「そりゃもちろん!中学の時から何度も全国に行ってて、バスケやってる人なら知らない人はいない程なんだよ!」
悠里がこんなに目を輝かせて喋る光景をこれまでに見たことがあっただろうか。それほどにバスケットは悠里にとって大切ということなのだろう。
「なんか、いいよな。そうやって夢中になれるって」
「そうかな?桜井は高校のときとか部活やってなかったの?」
「やってない。高校は帰宅部で、中学の時に1年だけテニスをやってた」
「ひょっとして、怪我したの?」
悠里は申し訳なさそうに聞いてくる。
「してないよ」
「じゃあ、なんで?」
「夢中になれなかったんだ。テニスじゃなきゃ駄目だって思えなかった。ただ周りが部活やってるからって理由でやっても上手くなれるはずなんてないし、テニスじゃなくても世の中にはいろんなものがあるって思ったんだ。だから、普通でいいかなって、そう思うようになった」
優介自身、昔はスポーツ選手とか漫画家とかに所謂夢やあこがれを抱いていた。テレビや雑誌で見るその人たちは本当に充実しているように見えたから。でも、普通に進学して普通に就職する人だって充実した人生を送ることはできる。そう気付いた時、それでいいと、それが賢い生き方だと思うようになったのだ。
「そっか。でも、私は桜井にも夢中になれるものがいつか見つかったらいいなって思ってるからね!」
悠里はそう言って背中をたたく。やはり運動部はこういうのが普通なのだろうか。ものすごく痛い。