「それじゃあ、出会いを祝してかんぱーい!」
隆盛の言葉によって各々がコップを掲げる。とはいっても中身はただの炭酸飲料。この前の事もあって、麻耶のいるところに酒を持ち込むことはタブーになっていた。
「か、かんぱーい……」
「どうしたの優介?元気ないねー」
隣に座る摩耶が聞いてくる。
「どうしたもこうしたも、なんでたった二日であんなに散らかるんだよ!」
買い出しを終えて摩耶の部屋に訪れてみると、再びゴミ屋敷と化していた。そのため、悠里が自室で鍋の準備を行い、優介は部屋を片付けるはめになってしまった。時間にして1時間程度とはいえかなりの重労働だった。
「ごめんごめん。でも今日はゴミはそんなになかったんだし良いじゃん♪」
摩耶はちっとも反省していないようだ。この調子だと明日にはまたゴミ屋敷が誕生しているのではないだろうか。
「え?あれゴミじゃなかったの?じゃあなにがそんなに散らかって……」
「い、いや!ほら、あれだ!教科書とか!」
優介は必死に誤魔化す。誤魔化さなくてはいけないわけが優介にはあった。
「え?でも狭霧ちゃん教科書なんてもってなくね?」
だが、とっさについた嘘は隆盛によって簡単に葬られる。
「ちょっと。なんで嘘言うのよ」
「隠さなくてもいーじゃん。どうせ下着とかなんだし」
「ぶっ!」
まさかの不意打ちに優介はむせる。厳密に言えば下着だけでなく衣類全般がふっちらかっていたのだが、麻耶の発言は明らかに勘違いされるものだった。
「さ、桜井……」
予想通り悠里は顔を真っ赤にしてわなわなとふるえている。
「ま、まてって!下着だけじゃなくて衣服全般だから!」
「でもそれって下着も含まれてるわけだよな?」
隆盛は完全に状況を楽しんでいる様子だ。
「爆弾投下すんな!これ以上は俺のSAN値がピンチだから!」
「桜井のバカ!変態!下着マニア!」
「変な称号つけるな!下着は全部摩耶にやってもらったっての!」
「でも優介下着拾った時顔真っ赤にしてたよねー」
摩耶に関してはわざとなのか天然なのかもはや不明だ。
「お前も爆弾魔か!彼女いない歴イコール年齢の男子にしては善戦した方だろうが!」
「童貞宣言乙です優介パイセン」
「人の事言えるのかお前は!」
これ以上やっていると本当におかしくなりそうなので優介は鍋に意識を戻す。
が、既に鍋の中身は半分も残っていなかった。
「おい!なんでこんなに減ってるんだよ!」
「あーわりい。美味すぎて自制効かなかったわ」
隆盛が腹をさすりながら答える。
「速すぎるだろ!まだ食べ始めて30分もたってないぞ!」
「ねぎ残しといてやったぜ☆」
「やったぜ☆じゃねえ!ただの嫌がらせじゃねーか!」
「でも本当によく食べるよね」
悠里が呆れ半分感心半分といった様子で言う。隆盛はドヤ顔で「だろ?」とグッドサインを送る。
「ホントすごいねー、隆盛ってスポーツとかやってたの?」
これだけ食べるのだから摩耶の疑問は最もと言えるし、優介も隆盛からサッカーをやっていたことは聞いていた。だが、隆盛の反応は意外なものだった。
「別に?大したことはやってなかったさ」
そう言った隆盛の視線は一瞬悠里の方に向いた気がした。だがそれに気付いたのはどうやら優介だけのようだ。
「いや、隆盛お前」
「そういや、天草のとこは新入生入りそう?」
明らかに隆盛は優介の言葉を遮ってきたが、優介もそれ以上追及する気にはなれなかった。
「ん?そうだね、入学式の日にビラ配ったら結構受け取ってくれたし、見学来てくれる子も多いし、もう入部決めてくれた子もいるよ」
「そっかー。じゃあ新人戦と7月の大会に向けての人員補充は上手くいきそうだな」
隆盛は普通に話していたが悠里は何か疑問に思ったところがあったのか首をかしげていた。
「どうした悠里?」
「いや、手島よくしってたね、7月に大きな大会があるって」
確かに、運動部なら大会はいっぱいあるだろうが、自分が所属しているわけでもない部活の大会の時期まで把握しているものだろうか。実際優介は7月に大きな大会があるなんて全く知らなかった。そう思い隆盛の方を見ると、なんだか困った顔をしていた。
「そういや、隆盛俺の家のテレビでバスケの試合見てたよな。バスケ好きだったのか?」
隆盛はいつもプロからアマチュアまで様々なスポーツ中継を見ている。その中にはバスケットも含まれていた。もっともテレビを貸した憶えは無いのだが、もう文句を言うのは諦めた。
「そうそう!結構面白いんだよなー。まあ見る専門だけど。後は野球とかも、最近メジャーに昇格した選手いるだろ?初試合初打席でホームラン打ったんだよ。あれはみててしびれたなー」
その試合は優介も一緒に見ていた。だが、その選手がホームランを打った時、隆盛はそんなに感動していただろうか。よく覚えていないが「おーすげー」くらいだった気がする。
その後しばらくはスポーツの話をしながら新たに入れた食材が煮えるのを待っていた。摩耶はあまり興味がなかったのか、パソコンをいじりだした。相変わらずよくわからない。そんな時、不意に携帯が鳴った。
「ラインか?」
「いや、違うみたいだ」
画面には『あなたのお気に入り小説が更新されました』と表示されている。どうやらブックマークしている小説投稿サイトからの通知だったようだ。まだ鍋も煮えていないし、サイトをひらく。
「お、ヒキ子先生の小説じゃん。優介も読んでんだ」
隆盛が画面をのぞきこんでくる。ヒキ子とはペンネームで、正しくは森ヒキ子。『引きこもりの異世界放浪記』の作者だ。
「むしろそれはこっちのセリフだよ。隆盛小説とか読むんだな」
「そりゃ読むって。バイトの休憩時間とか結構暇だし」
「あーその小説私も読んでる。バスケ部の人の中でも結構人気なんだよね」
さすが、というべきだろうか。これだけ評価が高い作品だと身近に読者がいるのもおかしくない。改めてヒキ子先生の凄さがわかる。
「えへへ」
唐突に摩耶が頬をかく。
「なぜお前が照れる……」
「だってそれ書いてるのボクだし」
「え?」
「へ?」
「は?」
優介たちは間抜けな声を出す。今、麻耶は何と言っただろうか。確かに聞きとったはずの言葉がどうしたことか理解できない。もう一度頭の中で摩耶の言葉を繰り返す。「それ書いてるのボクだし」。
「ええええええええ!?」
悠里が驚いた声を出す。隆盛も普段の余裕ある表情からは想像できないような顔をしている。だが、何故か優介は二人ほど驚かなかった。
「ほ、本当に?本当に狭霧さんがヒキ子先生なの?」
「そうだよ?ほら」
そう言って摩耶が見せてきたパソコンの画面には『森ヒキ子 ユーザーページ』と表示されていた。このサイトでは作者それぞれにユーザーページが設けられており、さらに既に登録されている名前は使えない。ということは摩耶がヒキ子であるのは確かだ。森ヒキ子という名前も引きこもりから来ているのだろう。小説の内容もまた然りだ。
「すげーな狭霧ちゃん。まさか文学少女だったとは」
「どうもありがとう♪」
摩耶は本当にうれしそうだ。身ばれ、というか自分でばらしてきた訳だが、特に恥ずかしがる様子もない。むしろかなり得意気だ。
「本当にびっくり。でもそれなら聞きたいんだけどさ」
「なに?」
「出版社から話とか来ないの?」
確かに、このサイトから作家デビューした例もたくさんある。悠里の言うとおり、麻耶の作品にも出版社から話が来てもおかしくない。
「結構来るよ」
摩耶はサラッと答える。
「え、じゃあ断ってるの?なんで?」
その質問に対して、麻耶はなんだかとてもはかなげな顔をした。出会ってからそんな顔の摩耶を見たのは初めてで、初めて見たその表情に優介はくぎ付けになっていた。それに気付いたのか、麻耶はすぐにいつもの笑顔を見せた。
「だって、自由に書きたいし」
自由に。それはおそらく心からの言葉なのだろう。だからこそ優介にはその言葉がとても重くのしかかった。普通に生きると決めた時から、多少の不自由は当たり前で、仕方のないものだと信じて疑わなかった。自由というのは子どものわがままで、すべて思い通りに行くはずなんてない。でも、目の前の彼女は自由そのもの。そう感じた。自分のやりたいように、自分の好きなことで自分の才能を発揮している。少し違うが悠里もそれに似ていると思ったのは、彼女がバスケットに本気だからだろう。二人の共通点は本気で、信念を持って取り組めることがあるということ。すぐ近くにいる二人が、優介には遥か遠くの存在に感じた。