ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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気に入らないんだからしょうがない

野生のポケモンが生息する洞窟エリアは思った程の広さはなく、複雑な道もなかった。

途中までは一本道だが、途中から二手に分かれ、片方は天井に穴の開いた大きな広場に続き、もう片方は反対側の出口に繋がっていた。途中に細道があったりするものの、迷うことはまずない単純な構造の洞窟だった。

ただ、細かな物陰が多く、小さなポケモン達が身を隠せるような場所がいくつもある。

ほんの小さな隙間にディグダが潜んでいたり、何気なく手をついた岩がイシツブテだったり、意識して探せばいたるところにポケモンを見つけることができた。

 

特に広場では最初に洞窟エリアを目指してやってきた他のトレーナー達があちこちでポケモンとバトルしてゲットに励んでいた。

 

ただ、タクミはそういった集団には参加しなかった。

 

タクミはキバゴとフシギダネを連れて歩きながら、野生のポケモンの観察ばかりを行なっていた。

ここにいる野生のポケモンは人間に慣れているのか、積極的に飛びかかってくることもなく、キバゴがいくら騒いでも逃げていくだけ。

歩き回る分には穏やかな冒険をすることができた。

 

ズバットが眠る細道。サンドが丸まる岩陰。パラスやパラセクトが集団で森から帰ってくるところにも遭遇した。

バトルして何かポケモンをゲットしても良かったのかもしれないが、キバゴやフシギダネが野生のポケモンを脅かさないように振る舞っていたので、タクミも敢えてバトルするようなことはしなかった。

 

「ダネェ……」

 

フシギダネは今までずっとオーキド研究所の周囲の狭い範囲しか見ることができなかった。

そんな彼にとってこれは彼の新しい世界への第一歩なのだ。タクミはフシギダネの興味の向くままに過ごさせてやりたかった。

そんなことをしている間に時間は過ぎ、約束の12時にタクミ達は元の場所へと戻ってきた。

 

「どう?満足できた?」

 

タクミが戻ってきた二人にそう聞く。

すると、ミネジュンの満面の笑みが返ってきた。

 

「おうっ!もうバッチリ!見てくれよ俺のポケモン!」

 

ミネジュンがボールを放り投げると、中からズバットとディグダが飛び出てきた。

 

「ズバッ!」

「ディグディグ!」

 

ズバットはすぐポケモンミネジュンの周りを飛び回り、ディグダはそれに追従するようにミネジュンの周りをぐるぐると回りだす。

 

「なんか、もう懐いてるみたいだね」

「ヘッヘー!まぁ、俺にかかれば、ざっとこんなもんよ!こいつらは、俺のケロマツのスピードについて来ようとした奴らなんだ!大したやつらだろ!?」

「あぁ、それで洞窟の中で徒競走してたんだ……」

 

最初にミネジュンとケロマツが洞窟内で全力疾走を始めた時は遂に頭のネジが飛んだのかと思ってしまった。

 

「それで、こいつらは何度もケロマツに勝負を挑んできてさ。そんなガッツを見せられたそりゃゲットするっきゃないよなって思ってな!お前ら、これから一緒に頑張ろうぜ!」

「ズバッ!」

「ディグ!」

 

その間も慌ただしく飛び回るズバットと動き回るディグダ。

その様子は普段から落ち着きのないミネジュンのポケモン版のようにも見える。

ポケモンとトレーナーは一緒に過ごすうちに段々と似てくると言われるが、どうやら今回は最初から似た者同士が出会ったようであった。

 

そして、そんなミネジュンとは対照的なポケモンを連れているのがマカナであった。

彼女の足元には静かにニドランが『おすわり』していた。

濃い紫色の体毛と額の鋭いツノ。ニドランの雄である。

 

「マカナちゃんはニドランを捕まえたの?」

「……うん……ズバットも捕まえようとしたけど……早すぎた……あと……」

 

マカナはふと後ろを振り返る。

 

「……あれ?」

 

マカナはキョロキョロとあたりを見渡す

 

「…………ゴース?」

 

マカナがゴースを呼び、後ろを振り返った。

 

「あ……」

 

そんな彼女の背中に黒い霧の塊のようなポケモンがくっついていた

『ガスじょうポケモン』と呼ばれるゴースだった。

ゴースはマカナの背中にぴったりと身を寄せ、タクミ達に向け音もなく笑ってみせた。

 

「……ゴース……どこ?……ゴース……」

 

それでもゴースを呼び続けるマカナ。

その声が徐々に寂しげなものになってきて、タクミとミネジュンはどうしようか顔を合わせた。

 

「……どこ……ゴース」

 

マカナの背中が項垂れる。足元のニドランが彼女の背中についたゴースを呆れたような顔で見上げていた。

タクミやミネジュンも同じような目でゴースを見やる。

 

複数の視線を受けたゴース。

最初は人をからかうような笑顔だったゴースの表情が次第に冷や汗をかいたようなものに変わる。

 

「……その……私……ゴース捕まえて……でも……いなくて……」

 

マカナが首だけで振り返りながらそう言った。

マカナの声が泣き出す直前のようになってきて、ゴースが更に焦りだす。

 

『うわっ、やばい!泣きそうだ!?どうしよう!?どうしよう!!?』

 

ゴースの声なき動揺が伝わってくる。

 

だが、そんなものゴースが飛び出てしまえば済むだけの話のはずだ。なのに、なぜかゴースは彼女の背中から離れようとしない。マカナがあまりに心配するものだから、出ていくタイミングを見失ってしまったのかもしれない。

 

なんとも間の抜けた『お化け』であった。

タクミはため息を吐き、代表して声をかけることにした。

 

「ゴース。もう出てきてあげたら?」

「……え?」

 

タクミがそう言うと、ゴースは奇妙な笑い声をあげて、彼女の背中から飛び出した。

 

「あっ、ゴース……どこにいたの……」

「ゴースゴスゴスゴス!!」

 

ゴースは最初から予定していたかのように笑い声をあげてマカナの周りを飛び回る。

 

「……この子がゴース……ちょっと困った子だけど……いい子だよ」

「そうみたいだね」

 

皆がゴースを見上げると、ゴースは気まずそうに視線を逸らしていた。

変わった性格のゴースであるが、悪い奴ではなさそうであった。

 

「……タクミ君は?……なにか捕まえた?」

「いや、僕はなにも」

 

肩をすくめたタクミにミネジュンは不思議そうな顔をした。

 

「えっ?じゃあ何してたんだよ?」

「フシギダネ達と一緒にちょっと冒険をね。な?」

 

タクミはそう言って頭の上に乗っているフシギダネの頬を撫でた。

 

「ダネ……」

 

フシギダネはタクミの頭の上で小さく頷く。

その顔はやっぱり少し不貞腐れたようなものであったが、緩んだ頬のせいで随分と説得力に欠けていた。

そんなフシギダネの顔を見て、ミネジュンとマカナも微笑む。

 

新しいポケモンを捕まえることだけが、トレーナーの役割ではない。

 

「さぁ、お昼にしよう!お腹すいちゃった」

「そうだな!俺も腹ペコ!!」

「……私も」

 

ポケモン達も同意するように鳴き声をあげる。

 

彼等はその場にリュックを降ろし、食事の準備をはじめる。

食事パックを火にかけている間、タクミは降ろしたフシギダネの後ろ脚を覗き込んだ。

 

「フシギダネ、足の調子はどう?痛んだりしない?」

 

頭の上に乗せていたので、変な姿勢になっていなかったかどうかを確かめようとそう尋ねる。

 

「……ダネ……」

 

フシギダネは自分の腰を振り、左足をぶらぶらと揺らす。

力の入らない左足は振子のように重力に従って揺れるばかり。

 

『今更これ以上悪くなるかよ』

 

そんな言葉が聞こえてきそうだった。

 

だが、タクミとしてはその油断こそが危険だと思っていた。

 

「いいかい、フシギダネ。足は動かないかもしれないけど関節は定期的の曲げたり伸ばしたりしといた方がいいんだよ?ちょっと“ツルのむち”を出して」

「ダネ?」

 

タクミはフシギダネの“ツルのむち”を左足へと持ってきて、左足に巻きつけた。

 

「ほら、こうすれば足を自分で曲げたり伸ばしたりできるでしょ……まぁ、やっぱり固まっているよね」

 

筋肉や関節は動かさないと質が固くなり、本当に動かなくなっていく。それは人間でもポケモンでも変わらない。

フシギダネがもう一度この足を動かせるようになるとは思えないが、筋肉が硬直すると血流が悪くなって足そのものが死んでしまう可能性だってある。

 

タクミはアキを長年見てきたおかげでこういった病気のことを必要以上に知っていた。

 

「フシギダネ、できるだけこうやって動かしておくことが大事なんだよ。あとはこうやって温めたりとか……」

「……ダネ……」

 

フシギダネの足の関節部分を両手でこすり、温めるタクミ。

タクミの両手から体温が伝わり、その熱が洞窟で冷えたフシギダネの身体に染みこんでいく。

 

そんなタクミの手の上に小さなキバゴの手が重なった。

 

「キバ!キバキバ!キバァァァ……」

「キバゴ、お前もやってくれるの?」

「キバ!!キバァァァ……」

 

まるで念を込めるような声を発しながらフシギダネの足をさするキバゴ。

 

「……ダネ」

 

フシギダネはそんなタクミとキバゴを不思議そうな目で見つめていた。

そして、何かを皮肉るように不貞腐れた笑みを放ちながら、フシギダネは“ツルのむち”でタクミの肩を叩いた。

 

「え?」

「ダネダネ」

「あっ!ご飯!!」

 

フシギダネに教えられ、料理パックを火にかけたままであったことを思い出したタクミ。

熱し過ぎになる直前でコンロから降ろし、タクミはホッと息をつく。

 

「ありがと、フシギダネ」

「……ダネ……」

 

タクミが撫でようとするとフシギダネは照れてそっぽを向く。

 

なんだか、こういう態度も慣れてきたな。

 

そんな時だった。

 

「あっ!タクミ君じゃん!!おーーーい!!」

「え?」

 

聞き慣れない声が洞窟の方から聞こえてきた。

知り合いの声ではない。だけど、相手はタクミのことを知っている。

 

このポケモンキャンプに参加している中でタクミの名前を知っている人は限られている。

 

タクミは声の主を予想して、眉間に皺を寄せた。

 

「タクミ君!どう?なんかポケモンゲットした?」

 

4,5人の集団が洞窟の中から日の光の下に現れる。

その先頭にいる人物はタクミが思った通り、行きのゲートトレインの中で出会った少年、羽根田 春樹(はるき)であった。

 

タクミは料理パックを地面に置き、ゆっくりと姿勢を起こした。

唇の端でなんとか笑顔を作って片手を上げる。

 

「いや、まだなんにも捕まえてないんだ」

「そうなんだ。明日になったらバトル始まるし、早めに捕まえた方がいいんじゃない?あっ、そうだ。俺が手伝ってあげようか?強いポケモンを探すコツとか教えてあげるよ?」

「あははは……それは、ありがたいね」

 

タクミはなんとか愛想笑いを浮かべながらできるだけ気分を平常心に保つ努力をした。

タクミは昨日のゲートトレインでキバゴを侮辱されたことを忘れていなかった。

 

「あっ、今からご飯なのか?」

「うん。ハルキ君達は?」

「俺達はもう洞窟の向こうで食ったんだ。これからこの洞窟で強いポケモンをゲットするつもりさ」

 

ハルキと話している間に彼の友人たちは今来た洞窟を振り返り、何を捕まえるか議論しているようだった。

 

その様子は普通のトレーナーと変わらない。

彼等だって、ポケモンに胸を躍らせる新人トレーナー達なのだ。

一方的に反感を持つのはよくない。

 

タクミは息を深く吸うことで腹の奥の熱量を沈めようとした。

 

その間に、ハルキがマカナの傍をふわふわと漂ってたポケモンに目をとめていた。

 

「って、ゴースじゃん!やっぱりこの洞窟ゴースいるんだ!?ねぇねぇ、このゴースは君が捕まえたの!?」

「……え……あ……うん……この洞窟で……」

「へぇっ!やっぱりいるんだ!!おーいみんな!この洞窟にゴースがいるってよ!!」

「えっ!マジで!?やっぱりな!思った通りじゃん!」

「じゃあやっぱり周囲のチェックポイント回ってここの近くでキャンプしようぜ!夜の方がゴースも出るだろうし!!」

 

盛り上がるハルキの友人達。

 

それを横目にハルキはマカナのゴースについて質問攻めにしていた。

 

「なぁなぁ、このゴース強いの!?」

「……え?」

「バトルして捕まえたんだろ?強かったか?珍しい技とか覚えてた?素早さとか……」

「……え、えと……」

 

あまりのペースにマカナが一歩下がる。

その隣ではニドランが静かにハルキ達を見上げており、ゴースはどうしたらいいかわからずにオロオロと揺れていた。

 

そんな彼女の態度にハルキはすぐポケモン身を引いた。

 

「あっ!ごめんごめん。ポケモンのこととなるとやっぱり気になっちゃって」

 

そう言ってハルキは「たははは」と快活に笑ってみせた。

 

「で?どうだった?」

「……この子……ちょっと……困った子だけど……」

 

マカナのその評価にハルキは首をひねった。

 

「困った子?えっ、もしかして弱いの?」

「……弱い……って……そうじゃなくて……」

 

何かを言おうとしたマカナであったが、それを制するようにハルキがゴースを見上げて言った。

 

「ああ、でも。確かに弱いかもね。ゴースって最終進化のゲンガーになると素早さが大事なんだけど。さっきからこのゴース見てたけど、煙の移動がやっぱりちょっと遅いもんね……うん、これは少し弱いゴースだね」

 

ピシリ、と空気が固まる音がした。

 

それはマカナから完全に表情がなくなったとか、タクミの顔色から笑みが消えたとか、ミネジュンの拳が握り込まれたとか、そういうことではない。

 

三人の意志が『拒絶』の二文字で一致した音だった。

 

「あっ、ねぇ、良かったら今夜一緒にこの洞窟でキャンプしない?俺達が強いポケモンの見分け方教えてあげるよ。強いゴースを一緒に捕まえようぜ」

 

ハルキは軽くウィンクをしながら、親指を立てた。

彼からすれば親切心で言っているのだろうが、その一言一言がタクミ達の神経を逆なでてしいる。

 

「タクミ君も一緒にどう?弱いキバゴだけじゃこの先困るでしょ?……って、あれ?フシギダネもいるじゃん。オーキド博士にもらったの?」

 

フシギダネに目を向けるハルキ。

タクミは咄嗟にフシギダネとハルキの間の位置に立った。

ポケモンの『強さ』を重視するハルキにフシギダネを見せれば、碌な言葉が飛んでこないことはわかっていた。

 

だが、手遅れだった。

 

彼はフシギダネの後ろ脚を覗き込んで、声をあげた。

 

「あれ……ん?……うわ!タクミ君!!そのフシギダネ交換してもらってきなよ!ほら、足引きずってるじゃん!うわ、ひっどい傷!」

 

フシギダネの様子を見て顔をしかめるハルキ。

 

タクミは奥歯を噛み締めた。『クソッたれ』と口の中で言葉が漏れる。

 

言葉の刃物を受けたフシギダネの瞳が僅かに細まる。

 

そして、フシギダネが笑った。

 

それは何かを諦めたような笑み。

 

研究所で旅立っていくトレーナー達を眺め続けていた時の歪んだ顔。

それは、一度は取り戻したはずの満面の笑顔が消えた瞬間だった。

 

タクミはそのフシギダネの顔を見て、悪態を飲み込んだ。

 

だが、ハルキの口はまだ止まらない。

 

そして、遂に彼は決して言ってはいけないことを言った。

 

「そんな不良品みたいなポケモン、返した方がいいよ!」

 

ブチリ、と何か太いものが切れる音が聞こえた。

それはタクミの理性の糸が本格的に切れた音だったのかもしれない。

 

「誰が……」

 

自分の口から零れ落ちた声。

腹の底に溜まっていたどす黒い塊を吐き出すかのようなしゃがれ声。

噴火寸前の火山が放つ黒煙のようなその呟き。

 

そして、遂にタクミが弾けた。

 

「誰が不良品だぁっ!!!」

 

タクミの怒鳴り声が辺りに響き、近くの林から数匹の鳥ポケモンが驚いたように飛び立った。

 

静まり返る洞窟前。

 

そのタクミのあまりの剣幕にハルキはもちろんのこと、ミネジュンやマカナまで呆気にとられたようにタクミの顔を見ていた。

 

腹の奥が煮えくり返っていた。頭の奥で血管が脈打つ激しい音が聞こえていた。全身の肌から汗が吹き出し、怒りに手足が震えていた。

 

「誰が!何が!何が不良品だってんだよっ!ふざけんじゃねぇよ馬鹿野郎!!」

「……えっ……いや……でも……」

「お前がなんでそんなこと言うんだよ!お前何様だよ!えぇっ!?」

 

あまりの感情の昂りにタクミの目に涙が滲む。こんな奴を前に涙を見せたくはなかったが、熱くなる目頭は止められなかった。

 

滲んだ視界に地球界にいる少女の横顔が浮かんできていた。

 

「足が動かないのが……まともに歩けないのがそんなに悪いことかよ!!!」

 

それはタクミの決して触れてはいけない逆鱗だった。

 

「いや……なにそんなキレてんだよ……泣いてるし」

「うるさい!うるさいうるさい!!」

 

タクミは手の甲で涙をぬぐいながらもハルキを睨みつける。

だが、ハルキの方はそんなタクミに身を引くばかりだった。

 

「いや……だってさ……足動かなかったらポケモンバトルでだって絶対不利じゃん……なぁ?」

 

ハルキは自分の友人達に同意を求める。

彼の友人達は急にキレたタクミに驚きながらも小さく頷いていた。

 

「だから……そんなフシギダネより、オーキド博士に別のフシギダネをもらったらいいと思ったんだよ……」

「『そんな』……『そんなフシギダネ』だと!!この野郎!!」

 

タクミが地面を蹴る。

その直後、ミネジュンがタクミの腕を掴んで羽交い絞めにした。

 

「タクミ!ちょっ、ちょっと待てって!!喧嘩すんな!」

「うるさい、離せよミネジュン!!」

「ちょっ、タクミ!どうしたんだよお前!らしくねぇぞこの野郎!暴れんなって!!いてっ!このっ!なにすんだこの野郎!!」

「……だ、だめ……ふ、二人が喧嘩しちゃ……だめ……」

 

ミネジュンとタクミの喧嘩に発展しそうになるところをマカナが止めに入ろうとする。

それを困ったように見ていたハルキ。

 

こんなことになった原因は自分にあるようなのだが、ハルキとしては酷いことを言った自覚はなかった。

 

「んだよ……」

 

ハルキも理不尽にキレられたようで気分が悪かった。

 

「ハルキ、もう行った方がいいんよ」

「このままここにいても喧嘩なるだけだし」

 

ハルキは友人達の勧めに従うように、タクミ達から一歩足を下げた。

 

「……そうすっか…………」

 

ハルキはあまり自分が悪いとは思ってはいなかったが、タクミに向けて軽く頭を下げた。

 

「なんか、悪かったね。ごめんな」

 

その言葉にタクミの目が見開かれた。

タクミの手が震えていた。

 

「……僕に謝ったってしょうがないじゃん……そうじゃないじゃん……なんだよそれ……」

 

元来た道を戻り、洞窟に入っていくハルキ。

 

彼の姿が洞窟の中に消えていこうとする。

タクミは大きく息を吸い込み、その背中に渾身の怒鳴り声を叩きつけた。

 

「ハルキ!僕と勝負しろぉぉおお!!」

 

ハルキが振り返る。タクミとハルキの目が合う。

 

「勝負?ポケモンバトルってこと?」

「そうだよ」

 

タクミはそう言ってハルキを睨みつけていた。

その後ろからミネジュンが必死にタクミを止めようとする。

 

「ちょっ、タクミ!ポケモンバトルは明日からだぞ!」

 

そんなことはタクミもわかっていた。だけど、タクミはそんな理屈を聞いていられる状態ではなかった。

 

「ポケモンバトルだ。もうトレーナーなんだろ?勝負を挑まれたら、受けるのがトレーナーだぞ」

「俺は喧嘩でポケモンバトルはしたくないんだけど?」

 

ハルキはそう言って呆れたように笑う。

 

「わかってる?ポケモンバトルって喧嘩じゃないんだよ?トレーナー同士がお互いに握手をできるようにするためのものなんだから」

「喧嘩じゃない……ただのトレーナー同士のポケモンバトルだ……どっちのポケモンが強いかを決めるバトルだ」

 

タクミはそう言って喉の奥から威嚇のように吐息を吐き出した。

 

ポケモンバトルが本来どういうものであるかなんて、タクミとて知っていた。

自分がトレーナーとして間違ったことをしようとしていることもわかっていた。

 

それでも、タクミはバトルを取り下げたりはしなかった。

 

タクミはただ認めさせたかったのだ。

 

『いらない』と言われたキバゴ。『不良品』呼ばわりされたフシギダネ。

そんなポケモン達が本当に弱いのかどうか、確かめさせたかった。

 

「ポケモンバトルは明日からだよ?」

「黙ってりゃバレないだろ」

 

ハルキがタクミの方へと戻ってくる。

ハルキの友人も彼を止めようとしているが、ハルキはその静止を振り切って再び洞窟から日の下へと出てきた。

 

「負けたらチクるのはなしだぞ」

「……誰にも言わないさ」

「あと、勝負を挑んできたのはそっちだからな?そこんとこ忘れんなよ」

 

タクミはミネジュンの腕を強引に振り切った。

それでも、ミネジュンは何度もタクミを止めようとしてくる。

 

「タクミ!バカ!この!もう!やめとけってのに!!」

「ミネジュン……ごめん……」

 

タクミはその手を振り払い、フシギダネを呼んだ。

 

「フシギダネ……行くよ!!」

「……ダネ、ダネダ」

 

だが、フシギダネはあまり乗り気のしないような顔を向けるばかりで動こうとしない。

 

今のフシギダネはタクミと共に外の世界へと足を踏み出したフシギダネではない。

心無い言葉に傷つき、研究所に1人で取り残されていた時のフシギダネに戻ってしまっていた。

 

だが、フシギダネがそんな精神状態であることすらタクミは気づけない。

 

「フシギダネ!」

「……ダネ……」

 

フシギダネはタクミの強い言葉を受け、渋々と言った顔で足を引きずりながらタクミの前へと歩く。

そんなフシギダネを見やり、ハルキは余裕の笑みを浮かべていた。

 

「それで、使用ポケモンは?」

「僕はフシギダネとキバゴだ」

「そう?まぁ、俺はポケモンをまだ一匹しか持ってないんだけど……じゃあ出てこい!ヒトカゲ!!」

 

ハルキがモンスターボールを放り投げる。

 

「カゲェ!!」

 

中から出てきたのは目つきの鋭いヒトカゲであった。

ヒトカゲはあまり戦う気のなさそうなフシギダネを見て、ハルキと同じような余裕の笑みを浮かべた。

 

「悪いけどさ。バレたくないし、速攻で終わらせるからな」

「やれるもんならやってみろよ!!」

「すぐ終わるさ」

 

洞窟の前の広場に緊張感が張り詰める。

ハルキの目は既にフシギダネの方に向いていた。ヒトカゲも冷静にフシギダネを観察し、足が悪いことを見抜いている。

 

そんな彼等に対してタクミはまだハルキを憎々しげに睨みつけているばかり。

彼の足元にいるフシギダネは戦うことを嫌がるように目を背けていた。

そんなフシギダネの方をタクミは見ようともしていなかった。

 

「フシギダネ!“ツルのむち”」

「ヒトカゲ!“かえんほうしゃ”!!」

 

フシギダネがムチを伸ばそうと身構える。だが、それより早くヒトカゲが口を開いた。

指示の声はタクミの方が早かったはずなのに、先に技を放ったのはヒトカゲの方だった。

ヒトカゲの口の奥から巨大な火柱が放たれる。

 

「ダネッ!!」

 

“ツルのムチ”の攻撃を行おうとしていたフシギダネ。

元々足が動かない上に技を出そうと硬直したタイミングで放たれた“かえんほうしゃ”。

それをフシギダネが避ける術はなかった。

 

“かえんほうしゃ”に呑まれるフシギダネの身体。

 

火が収まった時、そこには気を失っているフシギダネの身体が横たわっていた。

 

「あ……ふ、フシギダネ!!」

「勝負ありだよ。ほら、キバゴを出しなよ」

「くっ……くそっ!!」

 

タクミはモンスターボールの中にフシギダネをしまい、すぐポケモン後ろにいたキバゴを呼んだ。

 

「キバゴ!頼む!“ひっかく”だ!!」

「キバッ!」

 

真正面から突っ込んでいくキバゴ。

それをハルキは退屈そうに見下ろしていた。

 

「ヒトカゲ、“りゅうのいぶき”」

「カゲェッ!」

 

ヒトカゲの口の中に紫色に輝くエネルギーが収束していき、そして放たれた。

 

「キバッ……」

 

ドラゴンの形を象ったエネルギーの塊が広場を飛翔し、キバゴへと直撃する。

 

「キバァアアア……」

「キバゴ!!」

 

“りゅうのいぶき”という【ドラゴンタイプ】の攻撃を受けて吹き飛ばされるキバゴ。

キバゴの身体が宙に浮き、放物線を描いて落下する。キバゴはそのまま地面に叩きつけられ、数回バウンドして動かなくなった。

 

「キバゴ!キバゴ!!」

 

タクミは慌ててキバゴのもとに駆け寄り、抱きかかえた。

 

「キバゴ!大丈夫か!?」

「…………」

 

傷だらけのキバゴ。キバゴからの返事はない。

 

「キバゴ!キバゴ!!」

 

キバゴは目を閉じ、ぐったりとしたまま。

タクミはその身体を必死に揺り動かす。

 

その様子を見ていたハルキは頭をかき、ヒトカゲに声をかける。

 

「……ヒトカゲ、よくやった。戻ってくれ」

「カゲッ」

 

そして、ハルキはタクミの方に軽く頭を下げた。

 

「ありがとうございました。それじゃあ、俺もう行くから」

 

ハルキはため息を吐き、仲間達と共に洞窟の奥に消えていく。

 

「キバゴ!!キバゴォ!!!」

 

タクミがキバゴを呼ぶ声がただ虚しく周囲に響いていた。

 

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