ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて 作:からんBit
ハルキに敗れたタクミ。
キバゴとフシギダネは少し休めばすぐに意識を取り戻した。
辛そうにはしていたが、大きな怪我もなく、タクミは安堵のため息をついた。
ただ、洞窟の前にいればそのうちハルキが戻ってくるかもしれない。
スタンプラリーのチェックポイントのこともあり、タクミ達はその場を離れ、予定通り、川の方へと歩を進めた。
その間もタクミは二つのモンスターボールを握りしめたまま俯いていた。
「………………」
タクミの胸に様々な感情が渦巻く。
負けたくない相手に負けた屈辱。
一方的なバトルを経験した敗北感。
そして何よりもフシギダネとキバゴに無茶なバトルをさせてしまったことに対する罪悪感と申し訳ない気持ちが溢れていた。
「……ごめんな……」
自分の都合でバトルをさせてしまって。
余計な怪我を負わせてしまって。
「……ごめんな……」
何度もモンスターボールに向けて謝り、泣きながら歩くタクミ。
そんなタクミの前を行く二人はお互い何度も目を合わせるものの、なかなか声をかけられずにいた。
三人は川岸を歩き続ける。
そして、そろそろチェックポイントの近くに来たであろうタイミングでマカナがミネジュンに声をかけた。
「……ミネジュン」
「なに?」
「……なんで……タクミくん……あんな怒ったの?」
「…………」
珍しく口数が少ないミネジュン。
実はミネジュンも驚いていた。
最初はポケモンをバカにされたから怒っていたのかとも思っていたが、どうもそれだけではなさそうな雰囲気があった。
今までどんなに『ポケモンリーグのチャンピオンになる』という夢をバカにされようがタクミはそれを笑って受け流してきた。キバゴのことをバカにされれば多少感情的にもなっていたが、自制できるような範囲だった。そんな彼があそこまで怒り狂った姿を見たのは初めてだった。
確かに今までもタクミとミネジュンは何度か喧嘩してきた。
小さなことで泣きながら殴り合ったこともあった。
だけど、そんな大喧嘩もここ2年はやった覚えはない。
あそこまで感情をむき出しにしたタクミを見るのはミネジュンも久しぶりであったのだ。
どうしても譲れない何か、タクミの心の琴線を震わせる何かをハルキが言ったのだと、ミネジュンは思っていた。
ミネジュンは打ちひしがれているタクミを振り返る。その重い表情から彼の傷心具合が伝わってくる。冗談の一つ二つで気分が上向いてくれそうにはなかった。
「………………」
だが、ミネジュンはそんな親友が立ち直るのをただじっと待ってられるような性格はしていなかった。
ミネジュンは頭をかきむしり、その場に立ち止まってタクミに指を突きつけた。
「あぁっもうっ!!タクミ!!!」
「えっ……な、なに?」
「なにじゃないだろ!!なにじゃ!!」
突然声を張り上げたミネジュンにタクミもマカナも目を見開く。
付近の山々にミネジュンの声が反響して山びこになって帰ってくる。
「お前!このままでいいのかよ!!」
「…………」
タクミは唇を噛み締めて俯く。
良いわけがなかった。
あんなことを言われたまま、ハルキに負けたままで終わらせられるわけがなかった。
だけど、タクミにはもう一度ハルキと戦いたいとは思えなかった。
「……でも……悪いのは……僕の方だ……」
タクミは絞り出すようにそう言った。
ハルキは確かに暴言を吐いた。
だが、先にポケモンバトルという手段を言いだしたのはタクミの方であり、フシギダネとキバゴに『喧嘩』を肩代わりさせてしまったことは許されざる行為だ。
罰を受けるべきはタクミ自身であることは本人が痛い程にわかっていた。
「そりゃ、さっきのタクミはなんかおかしかったし。お前も悪いとこ一杯あるけど……でも!!」
そのことはミネジュンもわかってる。
喧嘩両成敗という言葉もあるが、今回の出来事を罪の天秤に載せればタクミの方が重い。
「でも!!フシギダネとキバゴが弱いと思われたままでいいのかよ!?」
「……それは……」
「それに、お前はチャンピオンになるんだろ!」
「…………」
「それなのに!負けっぱなしでいいのか!!」
ギリ、と音がした。
タクミの奥歯が鳴った音だった。
「いいわけない……いいわけないじゃないか!」
タクミは目元をゴシゴシとぬぐい、声を張り上げた。
「僕だって悔しいよ!ムカつくよ!ポケモンのことを一目見ただけで全部を見通してる気になってるあいつがゆるせないよ!」
「そうだ!そうだ!」
ミネジュンが頷きながら拳を振り回した。
その隣ではマカナも激しく頷いてる。
「見返してやりたいよ!ギャフンと言わせたいよ!……あいつに……」
目を強く閉じれば瞼の裏に蘇る光景がある。
それは、いつもベッドの上にいる彼女の姿だった。
足は動かず。身体は病気がち。タクミが彼女の部屋を訪れると彼女はいつも窓の外ばかり見ている。
よく泣いて、しょっちゅう弱気になって、散々諦めかけて、それでも最後は歯を食いしばって前に進もうとする彼女の姿だ。
タクミはそんなアキに憧れたのだ。
「あいつに……勝ちたいよ!!」
力強く言い放ったタクミ。その声が山びことなって谷底に響き渡った。
「なら……やることは決まったな」
ミネジュンがタクミの肩をポンと叩く。
そして、親指を立てて満面の笑みを見せた。
「これから特訓しようぜ!!」
「うん!……って、え?これから?」
「そうだよ!チェックポイントも全無視だ全無視!とにかく特訓!特訓特訓特訓だ!!」
ミネジュンが腕を振り回す。
「やるぞぉおおお!このポケモンキャンプの間に絶対にハルキのやつに絶対に勝つんだぁぁ!」
あらん限りの声で叫ぶミネジュン。
そんな友人を横目にタクミは自分の胸に再び熱い炎が燃え上がってくるのを感じていた。
「うん!やろう!!」
タクミは意を決したように頷き、握っていたモンスターボールを見下ろす。
「……よし……」
タクミは自分の中のこの闘志が消えないうちにボールを高く放り投げた。
「出てこい、キバゴ!フシギダネ!」
モンスターボールが開き、タクミのポケモンが飛び出してくる。
「キバァ!」
「…………」
キバゴは出てくると同時にタクミの方へ飛びかかり、すぐ肩へと登ってきた。まだまだ元気が有り余ってる様子のキバゴにタクミはホッと息を吐く。
「キバゴ……もう一回一緒に戦ってくれるかい?」
「キバッ!!」
「ありがと……まぁ、お前のことはあんまり心配してなかったけど……」
「キバッ!?」
『えぇっ!?』という顔をするキバゴの頭を撫で、タクミは『とても心配していた』方へと目を向けた。
「…………」
フシギダネはタクミに背を向け、その場に伏せっていた。
「フシギダネ……」
「…………」
フシギダネの背中を見て、先程のバトルのことが蘇る。
あの時のフシギダネは心無い言葉を投げつけられ、精神的に追い詰められていた。
フシギダネはバトルを始める前から既に戦える状態ではなかった。
そのことはタクミもわかっていた。
それなのにタクミは怒りに任せてバトルを慣行した。
「ごめん……フシギダネ」
頭を下げるタクミ。
「ごめん……フシギダネ……僕は……君のトレーナー失格だ」
「…………」
「傷ついたよね……辛かったよね……ゴメン……」
フシギダネの背中からは何の感情も読み取れない。
振り向いてくれないフシギダネの背中は昨日出会った時と同じ、何かを諦めた背中だった。
そんなフシギダネに対して何をすべきか。
その答えは既に心の中にあった。
「……フシギダネ……でも、僕は君のトレーナーをやめたりはしないから」
フシギダネの身体がハッとしたように震えた。
「僕は君を投げ出したりしない。君を捨てたりしない……君と一緒に強くなりたい!!」
「……ダネ……」
「フシギダネ……次は……勝つよ!」
『次』
その言葉にフシギダネが振り返る。
「……ダネ……」
『次』という言葉。それはフシギダネの世界にはなかったものだった。
フシギダネは足が悪い。
だから『できないことはできない』のだ。
どれだけ治療を施しても、どれだけ頑張っても同じなのだ。
今できないことは『次』もできない。
何度も壁にぶつかり、何度も挫折を繰り返し、フシギダネは何かをやる前から諦めることが当たり前になっていた。達観したように見えるフシギダネの態度は誰よりも臆病な心の裏返しなのだ。
「ダネ……」
「フシギダネ。僕は……絶対に諦めないからね!!」
「キバァァァアア!!」
キバゴが同意するように吠える。
そんな彼等を見て、フシギダネは自分を連れ出してくれた相手の本質を少し理解できたような気がした。
『あぁ……こいつ……そっか……』
輝きを放つタクミの目。その奥に宿る情熱はもう泣いて謝るだけの少年の目ではなかった。
次を見据えて壁に立ち向かっていくトレーナーの目だった。
『こいつ……タフなんだなぁ……』
フシギダネは心の中で思う。
『俺も……なれるかな……こいつみたいなタフな奴に……』
フシギダネは足を引きずりながら、タクミに面と向かう。
『勝てるかな……アイツに……あのヒトカゲに……』
フシギダネの脳裏に鋭い目をしたヒトカゲの姿が蘇る。
自分を雑魚としか見ていなかったあのヒトカゲ。
一発の“かえんほうしゃ“だけで事足りると余裕ぶったあのヒトカゲ。
アイツに勝てるだろうか。
フシギダネはタクミの肩に乗るキバゴへと目を向ける。
「キバッ!!」
キバゴは渾身のガッツポーズを決めていた。
既に再戦する気満々のキバゴを見て、フシギダネは唇の端で笑う。
『俺もなりたい。こんな身体でも逆境を吹き飛ばせるような。そんな自分になりたい……』
フシギダネは強く頷き、地面を踏みしめた。
「ダネェェ!!」
大きく鳴き声をあげるフシギダネ。
「よぉし!やるぞぉぉ!」
「キバァァァア!」
「ダネェェエエ!」
3人の渾身の叫び声に川岸にいたポケモンが驚いて離れていく。
タクミ達はそんなことを気にもせず、ただ腕を空に向けて突き上げた。
「よぉし!!俺も頑張るぜぇえ!!」
元気なったタクミ達の輪の中にミネジュンが入り、一緒になって腕を振り上げた。
「ハルキに勝つ!絶対に勝つぞぉ!」
そんなタクミ達を遠巻きに見ていたマカナ。
彼女は自分の手を握りしめる。その手の中に握り込んでいたのは、タクミがフシギダネを元気づけた言葉であった。
『僕は……絶対に諦めないからね!!』
マカナは意を決するように目を見開き、タクミ達の輪の中に飛び込んだ。
「……私も……手伝う」
「え、いいの?僕ら、このまま本当にチェックポイント全無視するよ?もうスタンプラリーなんか完全にそっちのけで特訓するよ」
「……いい……私にも手伝わせて……」
「でも、本当に無理しなくていいんだよ?これは僕の問題なんだから」
タクミがそう言うと、隣のミネジュンから素早く張り手が飛んできた。
「あいたっ」
「馬鹿野郎!タクミ!なにが『僕の』問題だよ!これはもう『俺とお前』の問題だ!」
「……それも……違う……」
「え?」
「……私も……ゴースのこと悪く言われた……」
するとマカナは耳を赤く染めながら、俯いて拳を肩のところまで持ち上げた。
「……だ、だから……その……」
しどろもどろになりながらも必死に自分の言いたいことを伝えようとするマカナ。
「……こ、これは……もう……『私達』の問題……だから……頑張る!!」
そう言ってマカナは、他の皆と同じ高さで腕を突き上げた。
そんなマカナを見て、タクミとミネジュンは弾けるような笑顔を浮かべた。
「よっしゃぁああ!やるぞぉおおおお!!」
「おーーーー!」
「ダネェーーーー!」
「キバァーーーー!」
「お、おー……」
彼等の声が山々の中に木霊して消えていく。
ポケモンキャンプ2日目。だが、彼らの『旅』が本当に始まったのは今この瞬間なのかもしれなかった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
研究所の書斎で次のラジオの台本を確認していたオーキド博士。
書斎の戸がノックされ助手のケンイチが入ってきた。
「オーキド博士」
「ん?どうかしたかの?」
「あの、ポケモンキャンプに来ている生徒達の中で何人かが、研究所の敷地のかなり奥へと進みはじめたので報告に来ました」
「ふむ……見せてくれ」
ケンイチはオーキド研究所の全域が表示されている端末をオーキド博士に手渡した。
そこにはポケモンキャンプに訪れている生徒達の位置が事細かに表示されていた。
その大半が赤いチェックポイントを回るか、野生ポケモンがいるエリアをウロウロしている。
だが、その中でいくつかのグループがチェックポイントとはかけ離れた場所へと向かっていた。
「毎年恒例じゃのう。チェックポイントなんか気にせずにただひたすらに自分のポケモンと過ごすトレーナー達」
「はい。ですが、1つ気になるグループがありまして」
「これかの?」
オーキド博士が示したのは川の付近から離れ、チェックポイントが散らばる範囲の遥か外側にまで歩を進めているトレーナー達であった。
「はい。その中の一人が例のフシギダネをパートナーにしたトレーナーです」
「なるほど、タクミ君か……この付近は岩場が多い。心配か?」
「はい。危険な場所ではないですけど、研究所から離れすぎているので、万が一ということもあります。レンジャーに様子を見させてきてもよろしいでしょうか?」
「うむ」
ケンイチに端末を返し、笑顔でそう言ったオーキド博士。
それと対照的にケンイチの表情はやや硬い。
「どうしたんじゃ?あのフシギダネを新人トレーナーに託したことがそんなに不満かの?」
「いえ、そういうわけではありません……」
ケンイチも最初は『無理だ』と思い、なんとか諦めさせようとした。
だが、フシギダネの花が開くような笑顔を見てしまえばそんなことを言いだすことはできなかった。
それは、あのフシギダネがこの研究所に来て、初めて見せた笑顔なのだ。
トレーナーがポケモンを選ぶように、ポケモンもトレーナーを選ぶ。
フシギダネが自分の意志であのトレーナーについて行ったのだから、そこにそれ以上口を挟むのは無粋というものであった。
それはケンイチも頭では理解している。
だからといって、心配せずにいられるかというとそれはまた別の問題なのだ。
「まぁ、様子を見てみることじゃ。ポケモンキャンプの間には答えも出るじゃろう」
「そうですね。では失礼します」
ケンイチは頭を下げ、書斎を後にした。
ただ、扉を閉めた時に垣間見えた彼の横顔には『心配だ』としっかり書かれていた。
「これも親心かのう……」
オーキド博士は肩をすくめる。
あのフシギダネがこの研究所に来てから、フシギダネを誰よりも気にかけ、世話を焼いてきたのはケンイチであった。引き取ってくれるトレーナーが見つからなければ、ケンイチがトレーナーとなっていただろう。
だから、フシギダネとタクミのことが心配で心配で仕方ないのであろう。
「……まぁ、もっとも……いらぬ心配だとは思うがのう」
オーキド博士は自分のパソコンを立ち上げ、ポケモンキャンプにやってきた新人トレーナー達の情報を呼び出した。
「サイトウ タクミ、ミネ ジュン、エグチ マカナ……さてさて、三人でこんな場所で一体何をしているのやら」
そして、オーキド博士はモンスターボールに記録されるポケモンのバイタルサインをチェックする。
そこにはタクミのポケモンが一時的に体力を落としたことが明確に示されていた。
野生のポケモンとバトルしてもこんなに消耗することはない。
おそらく、規則を破ってトレーナーとバトルしたのであろう。
だが、オーキド博士にはそんな彼等にペナルティを与えるつもりはなかった
あのルールは地球界の学校が安全策として勝手に決めたルールであり、オーキド博士としては意味のないものと思っていた。
学校からすれば、彼らはまだ『生徒』のくくりなのだろうが、オーキド博士からすれば彼らはポケモンを手にした時点で既に『トレーナー』なのだ。トレーナーであれば、ポケモンバトルをするのは当たり前のことだった。
それに、ポケモンバトルはトレーナーを驚くほどに成長させる。
その上げ幅は新人であればある程に高い。
ポケモンを手にしたばかりの彼等はもっと多くの経験を重ねた方が良いというのがオーキド博士の持論であった。
彼等がどんな4日間を過ごして帰ってくるのかを楽しみにしながら、オーキド博士は再びラジオの台本へと目を落とした。