ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて 作:からんBit
ハルキはシェルダーをモンスターボールに戻す。
「…………」
口では何も言わずにいるハルキであったが、奥歯がギリギリと音を立てる程には悔しがっていた。
「ハルキが……負けた……」
「ポケモンキャンプで初敗北じゃね?」
「あのボロボロのキバゴが勝った」
周囲でひそひそと小声でされるやり取り。
それも、今のハルキの耳には届かない。
大人に混じってポケモンバトルをしてきたハルキにとって敗北は珍しいことではない。
だけど、相手が同年代となると話は変わる。
ハルキの誕生日は4月2日。春に産まれたことで『春樹』という名前をもらったのだ。
同学年の中で一番最初にポケモンをもらえるハルキにとって、同級生は常に自分の後輩だった。
それはタクミ相手でも変わりない。
しかも相手は一度は負かした相手。
そんな奴に負けたことが、ハルキのプライドを刺激した。
「………………」
ハルキは頭の中で次に出すポケモンについて考える。
バトルを挑まれた時は新しい手持ちを試すためにシェルダーとカイロスで挑むつもりだった。
だが、このままで終わらせるわけにはいかなかった。
『絶対に勝つ』と挑まれたバトル。
『絶対に負けるわけがない』と高をくくっていたバトル。
『
タクミの言葉が脳裏を駆け巡る。
「行くぞ!!ヒトカゲ!!」
ハルキのボールからヒトカゲが飛び出てくる。
「カゲ……」
鋭い目つきを飛ばすヒトカゲ。
「キバッ!!」
それに対してすぐに臨戦態勢を取るキバゴであったが、タクミはそんなキバゴを後ろに下がらせた。
「キバゴ。交代だよ」
「キバ?」
「ここは……フシギダネで行く」
タクミがそう言ってフシギダネのモンスターボールを取り出す。
キバゴはタクミの顔を見上げ、フシギダネのモンスターボールへと視線を移した。
キバゴはまだ戦えた。
体力は十分だし、ヒトカゲ相手にリベンジを果たしたい気持ちもある。
だが、キバゴはフシギダネが自分と同じように、もしくはそれ以上に必死に特訓を積み重ねてきたのを見てきた。
「キバッ!!」
キバゴはフシギダネのモンスターボールに向け、サムズアップをしてみせる。
そして、キバゴは両腕の“ダブルチョップ”を一振りで解除し、ポテポテと走って後ろに下がった。
キバゴは観戦しているミネジュン達の間にまで下がり、ペタンと尻もちをついて手を振った。
「キババァ」
声援を送ってくるキバゴにタクミの頬に自然と笑顔が浮かんでくる
「……よしっ!!いくぞ!フシギダネ!!」
モンスターボールから飛び出たフシギダネは両足でしっかりと地面を踏みしめ、ヒトカゲに視線を定めた。
「ダネフッシ!!」
ヒトカゲはフシギダネが苦手とする【ほのおタイプ】。しかも相手は“かえんほうしゃ”を覚えていて、動けないフシギダネは
それでも、タクミはフシギダネを選んだ。
フシギダネも選ばれることを望んでいた。
「フシギダネ……覚えておいて、今日が僕らの本当に本当の最初のバトルだ!」
「ダネェ!!」
気合いの入れた鳴き声を返すフシギダネ。
やる気満々のタクミ達。
だが、そんな彼らを見るハルキの方は平常心ではいられなかった。
「……タクミ君……」
「ん?なに?」
「……なんで、フシギダネ?なんで!?なんでそのフシギダネなの!?相性最悪で、足が悪くて、どう見ても弱っちいそのフシギダネなの!?」
確かに相手からすれば、舐めているとしか思えないだろう。
だが、タクミがフシギダネを繰り出したのは単にフシギダネのリベンジマッチを演出したかったからではない。
「決まってるじゃん。勝つためだよ!!」
挑発ともとれるタクミの自信に満ちた言葉。
その台詞にハルキの顔が真っ赤に燃え上がった。
「ふ……ふ……ふざけんなぁ!!ヒトカゲ!“かえんほうしゃ”だぁ!!決めろぉおおおお!!」
「カゲェエ!!」
ヒトカゲの口から火炎が噴き出る。
真正面から迫りくる橙色の熱の塊。
それはタクミの狙い通りだった。
ヒトカゲ対フシギダネのバトル。
相手が最初に放ってくるであろう攻撃は最初から予想していた。
ヒトカゲの対策は十分に練ってきた。次の指示も決まっていた。
タクミの鋭い声が飛んだ。
「フシギダネ!!!」
その声がフシギダネの身体に電流を走らせたかのように動かした。
炎に対する恐怖心も、バトルに対する苦手意識も、足が動かないという劣等感も今のフシギダネには存在しない。
「“やどりぎのタネ”だ」
「ダネ!!!」
フシギダネの背中からタネが放たれる。
だが、ヒトカゲの“かえんほうしゃ”はもう目前まで迫っていた。
「そんな攻撃無駄に決まってんだろぉ!!」
ハルキの勝ち誇った声がした。
「フシギダネ!」
タクミの指示は間に合わない。
“かえんほうしゃ”の炎は容赦なくフシギダネの姿を飲み込んだ。
“かえんほうしゃ”の熱で煙があがり、陽炎がフィールドを歪ませる。
ハルキはその炎の軌跡を見て、勝利を確信していた。
「……タクミ君、さっさとキバゴとバトルさせてよ」
「え?なんで?」
「なんでって……フシギダネは負けたろ!だったら次のポケモンを……」
「ん?何言ってるの?」
「だから……」
イライラと声を荒げるハルキ。その後ろからハルキの友人が声を張り上げた。
「ハルキ!!違う!!上だ!!!」
「えっ?上?」
ハルキは友人が指さす先を追って視線を上にあげた。
その瞬間、タクミの声が飛んだ。
「今だ!!フシギダネ!!」
「ダネフッシ!!!」
ハルキとヒトカゲの視線の先。
そこには、太陽を背にして、空中を舞うフシギダネがいたのだった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
スタンプラリーの初日の夜。
キバゴの『正面突破』という作戦に難色を示しながらも、ミネジュンとマカナは特訓に協力することを了承してくれた。
「とりあえず、キバゴはそれでいくとしてさ。フシギダネにも同じことをさせるつもりじゃないよな?」
「さすがにそれは無理だよ。いくらなんでもフシギダネにそんな無茶させたら身体を壊しちゃう」
タクミの台詞を聞いたマカナは『キバゴは無茶させていいのだろうか?』と思ったが、口には出さなかった。
そのキバゴはというと、晩御飯が足りなかったのかタクミにすがりつくように飛びはねていた。
「キバッ!キバッ!」
「え?まだご飯欲しいの?ダメ、流石に食べ過ぎ」
「…………キバッ!」
キバゴは諦めきれなかったのか、テントに向けて駆け出す。キバゴはテントのどこにポケモンフーズが置いてあるかのをとうの昔に把握していた。
ただ、タクミだってキバゴの行動原理は把握している。
タクミはキバゴが駆け出そうとした直後にはその足首を捕まえていた。
「コラ、ダメだって言ってるだろ」
「キバキバキバァッ!」
足から逆ポケモンにぶら下げられたキバゴをタクミは容赦なく小突く。
マカナはそんな2人を見て、話を戻した。
「……だったら、どうする?……“はっぱカッター”とか“タネばくだん”とか……覚えるまで頑張る?」
「確かにこっちも『遠距離ワザ』を身に着けるってのは悪くないとは思うけど……結局、
「……確かに……」
首をひねるマカナとタクミ。
その間もタクミの腕の中でキバゴが暴れ続ける。
「あぁ、もう!キバゴ!いつまで暴れてるんだよ!」
親しき中にも礼儀あり
鬱陶しくなってきたタクミはキバゴを掴んだ足を振りかぶった
「キバッ!?」
「フシギダネ!パス!」
「ダネ……」
「おりゃああああ!」
「キバァァァァァ!」
激しい言葉遣いとは裏腹にふんわりと投げられたキバゴは綺麗な放物線を描いてフシギダネの“ツルのムチ”に絡め取られた。
「フシギダネ!捕まえといて!」
「ダネ」
空中で雁字搦めにされたキバゴは少しの間は逃げ出そうともがいていたが、途中で不可能だと気づいたらしい。
「……キバァ……」
大人しくなったように見えるキバゴ
だが、フシギダネもキバゴの性格はなんとなくわかってきていた。
大人しくしているのが演技である可能性を考え、絡みつけたムチを緩めるようなことはしない。
「まったく……キバゴは本当に」
「ハハハハ!きっとタクミに似たんだな!」
「なんでだよ!?僕はここまで食い意地張ってない!」
「いやいや、ソックリだって!ハハハハ!」
やんややんやと言い争う男子をマカナは微笑みながら見ていた。
マカナもキバゴとタクミはよく似ていると思っていた。
表面的な関係性だけなら『しっかり者の兄』と『やんちゃ坊主な弟』という兄弟のようにも見える。
だが、負けず嫌いであるところとか、案外周りをよく見ているところなど、内面の根本的なところはよく似通っている。
そんなことを思っていたマカナの肩をフシギダネの“ツルのムチ”が軽く叩いた。
「……なに?」
「ダネダ」
マカナが振り返ると、フシギダネが“ツルのムチ”で器用にポッドを掴んで差し出してきていた。
マカナのコップがちょうど空になっていたのだ。
「……あ……ありがとう」
「ダネ……」
「……お前……気が利くね」
褒めようと手を伸ばすと、照れたようにプイと顔を背けるフシギダネ。
だが、逃げるわけではないので、こちらから触れてあげれば撫でられるままになる。
つくづく素直じゃないフシギダネである。
「だけど……フシギダネって力持ちだね……」
「ダネ?」
マカナはフシギダネの“ツルのむち”へと目線を向けた。
片方の“ツルのむち”には紅茶の入ったポッドを持ち、もう片方ではキバゴを掴んだまま頭上にまで持ち上げている。
「……重くない?」
「ダネダ」
フシギダネはムチを伸び縮みさせて頭上のキバゴを振り回してみせた。
「キバァァァ!」
キバゴが悲鳴をあげて目を回していたがマカナも特に気にしない。
彼女も段々とこの扱いに慣れてきているようだった。
「一本でこれ……すごい……」
「ダネフッシ……」
フシギダネは『こんなこと大したことない』とでも言いたげな顔をして、もう一本の“ツルのムチ”を伸ばしてポッドをテーブルの上に戻した。
「……あの……タクミくん」
「ん?どうしたの?」
「……ちょっと気になったんだけど」
「うん」
「キバゴって……体重どれくらい?」
「えっと……」
タクミは腕を組んで首をひねる。
思い出しているのは頭の中に記憶している図鑑の内容ではなく、つい先日に風呂場で一緒に体重を計った時の出来事であった。
「この前は確か17.3kgだったよ」
「……フシギダネは?」
「えっと、フシギダネの平均体重は7kgぐらい。でも、それがどうかしたの?」
「……あ……大したことじゃ……ないんだけど」
「ん?」
「……フシギダネの“ツルのムチ”って……体重の2倍くらいのポケモンも持てるんだなぁ……って……」
「…………え?」
「……それだけ……ただ……それだけ……ちょっと思っただけ……その……あの……タクミくん?」
タクミの身体が固まっていた。
タクミの視点が地面の一点で止まっていた。タクミは指先を自分の唇に触れた姿勢で硬直している。
彼の頭の中では今まで見てきたフシギダネの姿が次々と閃いては消えていっていた。
そして、タクミは短い熟考の末『あること』に気が付いた。
「……そうか……もしかして……フシギダネ!!」
「ダネ?」
「ちょっと頼みがあるんだけど!!」
「ダネ?」
「キバ?」
フシギダネが首をひねり、宙に浮いたままのキバゴが目をパチクリと瞬いた。
「これ!!持ち上げられる!?」
タクミは近くにあったサッカーボール大の岩を指さす。
「ダネ?」
フシギダネは首を反対側に傾けて眉間に皺を寄せた。
『その指示に何の意味があるのかわからない』と言いたげな顔ではあったが、ひとまずフシギダネはその岩へと目を向けた。
「フッシ!」
フシギダネはその岩を見て、“ツルのむち”を引っ込めた。
「あ、いや。そうじゃなくて、“ツルのむち”を使って……」
タクミはフシギダネの“ツルのむち”がどれだけの力を発揮できるのかを知りたかったのだ。
だが、タクミがそれを言い切る前にフシギダネは別の行動へと移っていた。
「ダネッ!!」
フシギダネは“やどりぎのタネ”を岩の下にめがけて打ち込んだのだ。
「えっ?」
“やどりぎのタネ”は一気に成長し、枝を伸ばし、ツタを伸ばし、上にある岩を抱え込むような籠状の姿に成長した。
「ダネダ」
『これでいいのか?』といった表情で見上げてくるフシギダネ。
だが、タクミは目の前で起きたことを頭に理解させるのに必死で、フシギダネの声など聞こえていなかった。
「すごい……すごいっ!!フシギダネ!お前こんなこともできるの!?」
「ダネ?」
「じゃっ!じゃあ!“ツルのむち”で自分の身体を持ち上げたりとかできる?」
だが、タクミの興奮とは裏腹にフシギダネは急に痛みを堪えるような顔をした。
「……あ……ごめん……そうだよね……」
“ツルのむち”で自分の身体をサポートできるなら、最初からやっている。
それが出来ないから、フシギダネはこうして足を引きずって歩いているのだ。
タクミは無神経なことを言った自分を責めながら、フシギダネの頭へと手を伸ばしかけた。
その時だった。
ミネジュンが大きく手を叩いて声を張り上げたのだ。
「そうだよ!!その手があるじゃねぇか!!」
「え?」
「“ツルのむち”だよ“ツルのむち”!それで自分の身体を引っ張ったり、投げたりすればフシギダネだって動きながら戦えるじゃん!!」
「いや……でも、今フシギダネができないって……」
「できないんだったら、できるように特訓すればいいじゃん?」
タクミはその言葉にポカンと口を開けてミネジュンを見上げた。
「え?俺なんか変なこと言った?」
「……私も……いい考えだと思った……」
「………………」
タクミは再び黙り込んでしまった。
『出来ないことは出来ない』
だからこそ、別の場所に勝機を見出そうと頭をひねっていた。
しかし、本当にそうなのだろうか。
フシギダネ本当に全てのことが『出来ない』のか?
それは1つの先入観だった。
タクミは今までアキが歩けるように努力している日々を知っている。
辛いリハビリを頑張ってきた。副作用の大きい薬も使ってきた。
それでもアキは今も歩くことができなかった。
そんな彼女を見続けてきた先入観。
『出来ないことは出来ない』
その呪縛に最も捕らわれていたのは実のところタクミ本人だった。
「フシギダネ……やってみるか?」
「……ダネ!」
そして、その夜にフシギダネの方針も決まったのだった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
宙を舞ったフシギダネは“ツルのむち”を一本伸ばし、ヒトカゲをからめとる。
「カ、カゲッ!」
「フシギダネ!右だ!!」
「ダネダァ!!」
そして、フシギダネはもう一本の“ツルのむち”を地面の『あるポイント』に向けて伸ばした。
そこには最初にフシギダネが放った“やどりぎのタネ”が一本の背の低い木へと成長を遂げていた。
フシギダネはそこに“ツルのむち”を巻きつけ、姿勢を制御しながら地面に飛び降りる。
そして、その反動を利用してヒトカゲを空高くに投げ上げた。
「カゲェエ!!」
成すすべなく宙を飛ぶヒトカゲ。
地面に着地したフシギダネはすぐさま次の行動へと移った。
「フシギダネ!“やどりぎのタネ”!!」
「ダネダネ!!」
次々と“やどりぎのタネ”を発射し、フィールド内に何本もの木を成長させていく。
成長した木は“ツルのむち”で掴む為のポイントになる。それはフシギダネが“ツルのむち”をフックショットのように使って移動するための下準備だった。
“ツルのむち”を使っての移動法。
タクミとフシギダネはこの移動方法を練習し続けてきた。
言葉に表せば単純な移動方法かもしれないが、バランスを保ったまま一本の“ツルのむち”で身体を素早く引っ張るのは簡単なことではなかった。
スピードが速すぎればそのまま木に激突する。遅すぎれば地面を引きずられて要らぬ怪我を負う。
着地に失敗すれば致命的な隙になり、そもそも“ツルのむち”にかかる負担も計り知れない。
普通のフシギダネではきっとこの短期間でこんな曲芸のような戦い方をマスターできなかったであろう。
だが、このフシギダネは長年“ツルのむち”を手足代わりに使い、研究所の手伝いをしてきた。
その経験は決して無駄ではなかったのだ。
「ヒトカゲ!“かえんほうしゃ”で姿勢を保て!!」
「カゲッ!」
ヒトカゲは空中で“かえんほうしゃ”を放ち、その反動で体勢を整えた。
両足で着地したヒトカゲはフシギダネをにらみ上げる。
ほとんどダメージを負っているようには見えないが、今の攻防の間にフィールドの状況は一変していた。
既にバトルフィールドの至る所でフシギダネの“やどりぎのタネ”が成長していた。
「フシギダネ!回り込め!!」
「ダネ!!」
フシギダネは右側の木を掴み、フィールドを滑るように飛んでいく。
「くそっ!ヒトカゲ!!逃がすな!“かえんほうしゃ”!!」
「カゲェ!!」
フシギダネの移動する軌道を先読みしていた”かえんほうしゃ”。
「フシギダネ!左側!!」
「ダネッ!!」
フシギダネは別の木を“ムチ”を掴んで回避する。
「逃がすな!!そっちだ!」
「フシギダネ!真正面!!」
「ダネェッ!」
フィールド中を飛び回るフシギダネ。
タクミは的確に指示を飛ばしてヒトカゲの攻撃を回避させ続ける。
そして、隙あらばヒトカゲの横を通過する際に“ツルのむち”の一太刀を浴びせていく。
足が悪いはずのフシギダネが繰り出す『ヒット&アウェイ』
それは、フシギダネの“ツルのむち”の技術もさることながら、フィールドを広く俯瞰しているトレーナーの指示があってこその攻撃であった。
「フシギダネ!今だ!!“たいあたり”!!」
「ダネッ!」
外側から振子のように大回りに身体を旋回させ、フシギダネの渾身の“たいあたり”が命中する。
「カゲェッ」
「くそっ!!ヒトカゲ!!全体攻撃だ!!“やどりぎのタネ”を焼き払え!!」
「カゲッ!!」
ヒトカゲが体勢を整え、横薙ぎに“かえんほうしゃ”を放ってきた。
周囲に生えていた“やどりぎ”が次々と消し炭に代わり、フシギダネを飲み込もうと迫りくる。
「フシギダネ!上だ!!」
「ダネ!!」
フシギダネは地面に向けて“ツルのむち”を叩きつけ、その反動で空中へと飛び上がる。
これがフシギダネが最初に見せた『大ジャンプ』の正体だった。
「ダネダァ!!」
フシギダネは空中で身体に捻りを加え、その勢いのままに“ツルのむち”大きく伸ばした。
身体の回転を遠心力に変え、その力を乗せてヒトカゲに叩きつける。
“ムチ”はヒトカゲの首筋に重い一撃を与えて吹き飛ばした。
そして、フシギダネは“ツルのむち”で衝撃を和らげつつ着地してみせる。
「ダネッ!!」
「よっし!!いいぞ!!」
「ダネダネ!!」
フシギダネの元気な声が返事をしてくる。
それだけ自由に動き回れることが嬉しいのだ。実際にバトルができることが楽しいのだ。
フシギダネの表情から今この瞬間こそが最高の時間なのだということが伝わってきていた。
そんな、フシギダネの攻撃を受けたヒトカゲ。
ヒトカゲは歯を食いしばり、鋭くフシギダネを睨みつけながら立ち上がってくる。
それと全く同じような表情でハルキがタクミを睨みつけていた。
「タクミ君……それが、この4日間で得た特訓の成果ってこと?」
「そうかもね。僕とフシギダネで掴んだ新しいバトルスタイルだ」
「“ツルのむち”で飛ぶ……いい考えだとは思う!!でも、見ろ!!」
ハルキは腕を大きく横に振り、バトルフィールドから立ち昇る煙を振り払った
「もう“やどりぎ”はほとんど焼き尽くした!!その戦法は使えないぞ!」
確かに先程の“かえんほうしゃ”はフィールドで成長していた“やどりぎのタネ”のほとんどを焼き払っていた。
生き残っている“やどりぎ”も消し炭のようにボロボロになり、もはや“ツルのむち”で掴むこともできない。
「それに、もう隙は与えない!!“やどりぎのタネ”を打ち込ませたりなんかしない!!これで振り出しだ!!ヒトカゲ!!」
「カゲッ」
ヒトカゲが突進の構えを見せる。
ヒトカゲはフシギダネが絶対に避けられない程の至近距離まで近づいて勝負をかけるつもりだった。
“ツルのむち”での移動ができなくなったフシギダネにそれを回避する手段はない。
これで確実に決まるはずだ。
少なくとも、ハルキはそう確信していた。
「いけぇ!ヒトカゲ!真正面から焼き尽くせ!!」
「カァァゲェエエエ!!」
そして、ヒトカゲが最初の一歩を踏み出した。
だが、既にこの時にはこの勝負の命運は全て決まっていた。
「フシギダネ……やっぱりお前はすごいや」
「ダネ!!」
次の瞬間。
ヒトカゲの足元から“やどりぎのタネ”が突然成長を始めた。
「カ、カゲッ!」
ヒトカゲの周囲から3つもの“タネ”が成長をはじめ、ヒトカゲの身体を雁字搦めに絡めとる。
成長したツルに手足を縛られ、ヒトカゲはその場から一歩たりとも動けずに横倒しになった。
それを目の前にしたハルキは今起きた出来事がまるで理解できなかった。
「これは……どういうこと!?」
「へへへ、実は”やどりぎのタネ”ってのは、放った後もある程度コントロールできるんだよ」
通常の『絡めとるツタ』のように成長させたり、岩を持ち上げる『籠のような木』にすることもできたりする。
そして、『成長しないタネ』のままで地中に埋めておくこともできる。
「そんなのは知ってる!でもいつ!?いつ“やどりぎのタネ”をそこに打ち込んだっていうのさ!?」
「決まってるだろ……『最初から』さ!!」
「え……」
フシギダネは動けなくなったヒトカゲの周囲に再び“やどりぎのタネ”をばらまいていく。
「僕らがずっと特訓していたのは“ツルのむち”での移動の練習だけじゃない。僕らが一番時間を費やしたのは“やどりぎのタネ”の配置の方だ」
いくら動けるようになったところで、“ツルのむち”の動く起点がでたらめだったら、その機動力は決して生きることはない。
フィールド全体の中でどれだけの間隔で、どの位置に“やどりぎ”を成長させるかを考えるのが一番大変だった。
「そんな中で一番的確な位置を編み出したのはフシギダネ本人だよ」
長年、研究所でお手伝いをしてきたフシギダネ。フシギダネは広い空間の中でどこに何があるか、どの程度の距離にあるのかを逐一把握して仕事をしてきた。今では一目見ただけでおおよその距離感を把握できる。
“ツルのムチ”で物を取ったり運んだりするフシギダネにとってそれは自然に身に付いた技能だ。
今となっては、フシギダネは視界の一切無いテーブルの上にあるポットですら簡単に手に取ることができる。
細かな気配りの効く性格と視野の広さ。
その二つを合わせ、バトルの為に昇華させればそれは立派な才能になる。
『空間把握能力』
それが、フシギダネが今までの経験で培ってきた能力だった。
的確な位置に“やどりぎのタネ”を配置し、成長していない“タネ”の場所へとヒトカゲを誘導していく。
それはこのフシギダネがこんな生き方をしてきたからこそたどり着くことができた戦法だった。
「このフシギダネの強さは“ツルのむち”の器用さや力強さじゃない。フィールド全体を広く把握し、自分の有利な環境にもっていく『制圧力』!それこそがこいつの力さ!!フシギダネ!!決めろ!!“たいあたり”」
「ダネェッ!!!」
フシギダネはヒトカゲの周囲で成長した“やどりぎのタネ”を“ツルのむち”で手繰り寄せ、その勢いのままヒトカゲに真正面から全力でぶつかった。
「カゲェッ!!」
吹き飛ばされるヒトカゲ。
ハルキの目の前にまで飛ばされたヒトカゲは地面に横たわり、目を回してしまった。
ヒトカゲはもうこれ以上戦えない。
誰がどう見ても戦闘不能であった。
「……………………」
横たわるヒトカゲ。まだ戦える様子のフシギダネ。
勝った。勝った。間違いなく勝った。
その実感が徐々にタクミの身体に満ちていく。
タクミは腹の奥から湧き上がってくる熱量を拳の中に握り込んだ。食い込んだ爪の痛みすらどうでもよかった。
身体が熱くて、目頭が熱くて、吐息が火傷しそうな程に熱かった。
そして、タクミは感情のままに吠えた。
「よっしゃあああああああああああああ!!」
両手を振り上げて声をあげるタクミ。
その時、フシギダネの“ツルのむち”がタクミの身体に巻き付いた。
「え?」
「ダネェエエエエエエエエ!!」
タクミの目の前に全速力で“ツルのむち”を手繰り寄せて突っ込んでくるフシギダネが迫っていた。
「ゴバラッ!!」
「ダネッ!!」
タクミの鳩尾に狙いすましたかのように頭突きをかましてきたフシギダネ。
フシギダネは満面の笑みを浮かべ、嬉し涙まで流してタクミの服に顔を押してつけて感動を表現していた。
だが、いかんせんタクミの方は止まった呼吸をなんとかするのに必死でフシギダネのことを気にかける余裕は残されていなかった。
こうして、タクミの初勝利は非常に『痛かった』ものとして生涯心に刻みつけられることとなったのだった。