ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて 作:からんBit
フシギダネに突撃されたせいで一時的に呼吸が止まってしまったタクミ。
「ぜぇっ……ぜぇっ……ぜぇっ……ちょっと、フシギダネ……どいて……」
「ダネ」
フシギダネが胸の上からどき、少しは呼吸しやすくなったものの、一度止まった横隔膜がなかなか動いてくれない。肺の奥に空気が入らず、泣きそうになるほどの呼吸苦を味わう。
そんなタクミに手を伸ばす人がいた。
「……ん……」
「あ、ありがと……ハルキ君……」
怖いくらいの無表情で手を伸ばすハルキ。彼の白目は真っ赤に充血しており、今にも泣き出しそうなのが伝わってくる。
「……ありがとうございました」
彼は不自然な程に感情を押し殺した声でそう言った。
そんなハルキに対して、タクミは息が苦しくてほとんど声にならないような状態で礼を返す。
「うん……ぜぇっ……ぜぇっ……ありがと」
そして、挨拶をするや否やハルキはすぐさま手を離し、背を向けて歩き出していく。
「お、おいハルキ?大丈夫か?」
「うるさい!」
「え?ハルキ、泣いてんの?」
「うるさいって!泣いてない!!」
ハルキはそのまま友人達に囲まれながら洞窟の奥へと歩いていき、そして遂には見えなくなった。
そして、ハルキ達の話し声が完全に聞こえなくなってから、タクミはその両腕を大きく空に向けて突き上げた。
「…………やった……」
そして、タクミはそのまま力尽きたかのように草むらの中に倒れ込む。
「……やった……勝ったよ」
両手を握りしめるタクミ。
本当はハルキに謝ってほしかった。
フシギダネやキバゴに頭を下げて欲しかった。
でも、勝った今となってはそんなことは些細なことのように思えた。
ハルキがどんな考えを持とうと、フシギダネとキバゴは強かったという事実は変わらない。そのことを知らしめることができたのだから、それで良かった。
それに何より、フシギダネに自信を取り戻させてあげることができたのだ。
それに勝るものは何もなかった。
タクミは地球界にいるアキに良い土産話ができたと思い、肩の力を大きく抜いた。
次の瞬間だった。
「タクミィイイイイイ!!!」
「キバァアアアアアア!!!」
「ダネェエエエエエエ!!!」
「ゴハッ!!」
タクミの頭上からキバゴとフシギダネとミネジュンがほとんど同時に降り注いできた。
「やったぜぇええ!勝ったぞぉおお!!ハルキの奴に勝ったぞぉおおお!!さすが俺の親友だぜ!!このこのこの!!」
「キバ!キバキバキバ!!」
「ダネッ!!」
「やめ、やめろ!いたっ!痛いって!!離れろぉお!!」
ミネジュンは舞い上がったエネルギーの赴くままにタクミに賛辞の張り手を何度も叩きつけてきた。
キバゴはさっきのバトルの興奮が冷めないのか何度もタクミの腹を殴り続けてくる。
フシギダネは感謝の抱擁のつもりなのか、タクミの身体を“ツルのむち”でギリギリと締め付けてきていた。
少し遅れてきたマカナはこの旅の中で一番の笑顔でタクミ達を見下ろしていた
「フフフ……嬉しかったんだね……」
「マカナ!笑ってないで止めてよ!!」
「……フフフ……わかった」
マカナはそう言って一番止めやすいキバゴを腕に抱いて持ち上げた。
それを見て、フシギダネも我に返ったのかいそいそとタクミの胸から降りた。
「タクミィイイイイイイ!俺は!俺は嬉しっくてよおおお!」
「ああもう!わかったから離れろってのぉおおおお!!」
結局、ベタベタとまとわりつくミネジュンを外すのが一番大変であった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
その後、タクミ達は何度も欠伸をしながら山を降り始めた。
まだ時間があるのでチェックポイントを回っても良かったのかもしれないが、連日の特訓での疲れが今更になって出てきていた。
「ふあぁああ……流石に眠いなぁ……」
タクミが何度も目を擦りながらそう言った。
「そりゃそうだよ。昨日なんか完全に徹夜だったしな。まぁ、その特訓の甲斐あってハルキに完全勝利だ!いやぁ、でもすげぇバトルだったな!キバゴが突っ込んでった時は鳥肌立っちゃったぜ!」
「……私も……【こおりタイプ】のワザに向けて突っ込むとは思わなかった」
そのことに関してはタクミもバトル中の自分の判断に苦笑いだ。
「いや……うん……流石に無茶し過ぎたよ。バトル中は全然気にならなかったけど、今思うと、とんでもない賭けだもんね」
「えっ!?お前あれ自信あったんじゃなかったの!?まったく躊躇いなく突っ込んでったけど」
「いや、あれはなんというか特訓でそればかりしてたから、そのまま身体が動いたというか……」
『正面突破』という馬鹿げた作戦。今回は上手くいったから良かったものの、毎回これをやる訳にもいかないだろう。流石にこれではキバゴの身体がいくつあっても足りない。
まだまだ、タクミ達はトレーナーとして歩き出したばかり。戦術の幅を広げていくのはこれからだった。
「……それに……フシギダネも……よく頑張った……」
「うん」
タクミはフシギダネのモンスターボールを手にして見下ろす。
ボールの中できっと熟睡しているであろうフシギダネ。
フシギダネはこの4日間、寝る間も惜しんでフィールドの作り方を考えていた。
フシギダネの特訓の半分は紙面の上で考えるようなものであっただけ、体力の限界を考慮せずにひたすら頭を回し続けてきたのだ。
タクミ達の睡眠不足の原因の大半はフシギダネの戦術を考えていたからだった。
「配置の微妙な距離感とかは全部フシギダネが自分で調整してたから。僕らの出る幕じゃなかったよね」
「でも、タクミがいたから、フシギダネはここまで来れたんだと思うぞ。正直、俺がフシギダネのトレーナーだとしてもここまで色々なこと考えてやれなかったと思う。タクミはやっぱすげぇよ」
「な、なんだよ急に……やめろよ!」
「あっ!照れてる!照れてやがる!」
「うるさい!」
じゃれ付き合いながら歩いていくタクミとミネジュン。
そして、オーキド博士の研究所が見えてくる頃になり、ふとマカナが気になっていたことを口にした。
「……あの……タクミ……」
「なに?」
「……タクミが怒ったわけ……聴いてもいい……」
マカナが躊躇いがちにタクミの横顔を覗き込む。
隣にいたミネジュンからも笑顔が消える。
2人は真剣な目でタクミを見つめていた。
その視線を感じながら、タクミは小さく息を吐き出した。
2人とはこの4日間、ずっと一緒にいた。
悲しみに暮れるタクミを元気付け、寝る間も惜しんでバトルの特訓に付き合ってくれた。
そんな2人に真実を黙っていることがタクミにもそろそろ苦しくなっていたところだった。
アキのことを話すのは秘密のノートを見せるような気恥ずかしさがあったが、タクミは全てを包み隠さずに話すことにした。
「うん……実はね……」
タクミは2人に地球界に残してきた自分の大切な友人のことを話した。
彼女とフシギダネを重ね合わせていたこと。
足が動かないことを言われたのが我慢ならなかったこと。
自分の抱いている本当の夢のこと。
「だから……えと……うん。こんな感じ」
そう言ったタクミは頬を少し染めながら明後日の方向へと顔を向ける。
「…………なにそれ……」
ふと、後ろを振り返るとマカナが目を大きく見開いていた。
普段からほとんど表情に変化のないマカナ。目に見える程に大きな変化が表れているのは珍しい。
「……なにそれ……いい話」
「そ、そうかな?」
マカナはそう言って何度も頷いた。
彼女の鼻息が荒くなり、頰も興奮で少し赤らんでいた。
「……私も……そのアキちゃん……に会ってみたい」
「えっ、ほんと?」
「……うん……友達になってみたい」
「それなら大丈夫だよ。すっごいいい奴だから」
「……ほんと?」
「うん」
普段から外に出る機会のない彼女。友人など数える程度しかいない。
タクミが友達を連れて遊びにいけばいいのかもしれないが、身体が弱く、人見知りなところのある彼女に自信をもって紹介してあげれる友人がタクミにはいなかった。タクミの友達はミネジュンをはじめとして、騒がしくて少しガサツなところのある元気な連中ばかりなのだ。
今までも何度かミネジュンぐらいなら紹介してもいいと思うこともあった。
だが、そう思った矢先にアキの方が体調を崩したりして、タイミングが合わなかったのだ。
この『地方旅』が終わる頃にもう一度検討してみようとタクミは思っていたが、なんならテレビ電話でも会わせてみるのもいいのかもしれない。
「……でも……会えないか……私……大阪だし」
「それなら、ホロキャスターの番号があれば連絡できるでしょ。一度、電話でいいからアキと話をしてみるのもいいし」
「……私……番号……知らない……」
「え?あっ、そういえば僕らもホロキャスターの番号も交換してないんだった。交換しようよ」
「あっ、俺も俺も!」
タクミ達は足を止め、その場でホロキャスターの番号を交換した。
お互いの番号を手に入れた三人。
その時、タクミはミネジュンが口の端にニヤニヤとした笑みを浮かべていることに気がついた。
「なるほどな。タクミが時々急いで帰ってたのってそのアキちゃんのところに行ってたからなんだな」
「えっ、あっ、まぁね」
「ほー……へぇー……親友のこの俺にも内緒で女子と会ってたんだなぁ?」
ガバリと肩を抱いてきたミネジュン。
タクミは『やっぱり来た』と思いながら、無理矢理歩き出した。
「さぁさぁ!早くオーキド研究所行って寝よう!僕もう疲れた!」
「まてよ〜タクミ〜お前そのアキちゃんのこと好きなんだろ〜?そうなんだろ〜?」
「さぁ行こう!早く行こう!!」
タクミはミネジュンの手を振り払おうとするが、ミネジュンはすぐポケモンその手を掻い潜ってタクミに腕を巻きつける。
「なぁなぁってばぁ!言うまで離さねぇぞぉ!!」
「いや、だから、その……大事な友達……だよ」
「つまり好きってことだろ?」
「いや、だから、好きとか、そんなんじゃ……」
「タクミに好きな子がいるんだぁ!ヒューヒュー」
「うっさい、うっさい!」
タクミはミネジュンの手を振り払い、オーキド研究所に向けて走り出した。
「あっ!逃げるなぁ!待てってばぁ!」
タクミを追いかけ、ミネジュンも走り出す。
そんな二人に置いていかれまいとマカナもリュックを背負い直して走り出した。
色々なことがあったスタンプラリーも終わりの時間が近づいてきていた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
ポケモンキャンプの子供達が続々と帰ってくるオーキド研究所
スタンプラリーを終え、早めに戻ってきたトレーナー達は皆が一様に晴れやかな顔をしていた。
自分達の力でこのスタンプラリーを乗り越え、一つのことを達成したという成功体験は子供達を大いに成長させた。スタンプを8つ集めたトレーナーには景品としてモンスターボール詰め合わせが渡されていた。
皆が様々な種類のモンスターボールに目を輝かせている隣でタクミ達は自分達のホロキャスターをマサ先生へと見せていた。
マサ先生はホロキャスターに表示される彼らの足跡を見て、反射的にため息をこぼしそうになった。
なにせ、彼らはこの4日間ほとんど同じ場所から動いていないのだ。これは、スタンプラリーの趣旨をまるっきり無視した行動に他ならない。
だが、見上げてくるタクミ達の様子を見てマサ先生は眉をハの字に曲げただけで何も言わなかった。
彼らはオーキド研究所に到着したことで一気に眠気がきたのか、立ったまま今にも眠り出しそうなぐらいに疲弊していたのだ。タクミとミネジュンの後ろにいるマカナに至っては完全に目を瞑っている。
そんな彼らを見て、マサ先生は説教とため息の代わりに苦笑いを浮かべた。
「まったく……お前らがどんな4日間を過ごしたのか作文を読むのを楽しみにしておくよ。ほら、さっさと中で休め」
「ふぁあい」
欠伸を噛み殺し損ねたミネジュンとタクミの返事。マカナの方は一言も発することなく無言のまま身体を引きずるようにしてオーキド研究所の中へと入っていった。
その後ろ姿を呆れたように見送るマサ先生であるが、その表情の中にはどこか諦めたような笑顔が含まれていた。
そんなマサ先生にオーキド博士が声をかけた。
「おやおや、タクミ君達も戻ってきたのかの?」
「ええ、まぁ。でも、スタンプを一個も集めてきませんでしたがね」
「ふむ、それはいかんのう。スタンプラリーは『旅』における必要なことが詰まっておるというのに」
そんなことを言うオーキド博士であるが、その顔は全く怒ってはいない。
マサ先生もその冗談に付き合うかのように肩をすくめた。
「面白がってますね。オーキド博士」
「むむっ、そんなことはないぞ」
「顔に出てますよ」
マサ先生がそう言うと、オーキド博士は取り繕うことをやめて笑い出した。
「いやいや、わしも長年ポケモンキャンプを見てきたがあそこまで徹底した新人トレーナーを見るのは初めてでのう」
「徹底?」
「うむ。これをみるといい」
オーキド博士は端末をマサ先生に見せた。そこに表示されたデータではタクミ達がいかにポケモン達と限界ギリギリまで自分達を追い詰めていたのかが示されていた。
「これは、あいつららしいと言えばそうですかね……」
「あの子たちを怒らないであげてくれるかのう。これも立派な『旅』の形の1つじゃ」
「わかってますよ。斎藤 タクミと峰 ジュンのことは1年生の頃から見てきたんです。ことポケモンにおいて、あいつらが中途半端をするような奴じゃないことは自分が知ってます……他の学校の子まで巻き込むとまでは思っていませんでしたが」
マサ先生はタクミ達に付き合っていた女子のデータを表示させる。
江口 マカナ
彼女の担任の先生と話をしなければならないだろう。
ポケモンキャンプが終わるまでにしなければならない仕事はたくさんありそうだった。
マサ先生はオーキド博士に端末を返し、研究所の方へと足を向けた。
「オーキド博士、子供達の様子を見てきます」
「うむうむ」
オーキド博士は研究所に戻っていく教師の背中を好々爺とした笑顔で見送った。オーキド博士もタマムシ大学で教鞭をとる教師の一人。マサ先生の生徒を良く見ている仕事ぶりに感心すると同時に、賞賛する気持ちを抱いていた。
そして、研究所の中に足を踏み入れたマサ先生は目の前の光景に再び呆れたようにため息を吐いた。
「まったく……お前らは……」
研究所には帰ってきた子供達がゆっくりと眠れるように、大広間に布団を敷き詰めていた。
だが、タクミ達3人はそこまで到達することができなかったようだった。
研究所に入ったところにあるロビーのソファでタクミ達はすし詰め状態で眠っていた。
マカナは端の方で丸くなり、タクミはソファに突っ伏すように倒れ込み、ミネジュンはソファの大半を占領して大の字で大口を開けていた。
そして、なぜかその周囲には彼等のポケモン達がソファの隙間を埋めるかのようにして眠り込んでいた。
唯一姿が見えないのがミネジュンのディグダぐらいで、残りのポケモン達はそれぞれのトレーナーに身体を寄せて寝息を立てている。
少し目を離した一瞬でどうしてこんな状態になったのかマサ先生には想像もできなかった。
だが、こんな狭い場所で寝ていては身体を痛めてしまう。
かといって起こすのも可哀そうである。
「さて……それじゃあ、こいつに頼むかな……」
マサ先生は自分のモンスターボールを放り投げた。
中から現れたのは『ぞうふくポケモン』のランクルスであった。
「ランクルス、彼等を運んでやってくれるか?できるだけ、穏やかにな」
「ランラ~ン」
ランクルスの身体を覆う特殊な液体がエスパーの波動を受けて波打った。ランクルスの放った力は子供達とポケモンを全て宙に上げ、そのまま研究所の奥へと運んでいく。
そんな状態でも一切目を覚ますことのない子供達に向け、マサ先生は自分が最初に『旅』に出た時のことを思い出していた。
マサ先生が子供の頃は『ポケモンキャンプ』なんてものもなく、いきなり『地方旅』に放り込まれた。
最初は戸惑うことの連続で、道に迷って何日も野宿した。ようやくポケモンセンターにたどり着いた時、マサ先生も同じように入り口のソファでぶっ倒れて眠ってしまったのだった。
「……やっぱり『旅』ってのはいいもんだな……」
「ランラン?」
「なんでもないさ。ランクルス……そうだ。今度、久しぶりにバトルにでも行くか?」
「ラン!!」
マサ先生は大広間へと子供達を運ぶ。
布団が敷き詰められたその場所ではタクミ達と同じように力尽きた新人トレーナー達が死んだように眠り込んでいた。