ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて 作:からんBit
ポケモンキャンプの終わりを告げる最後の会がオーキド研究所の前の広場で執り行われていた。
『ポケモンキャンプ』の終わりとはすなわち『地方旅』の始まりの儀式である。
オーキド博士の後ろには何台かのバスや大型バンが止まっており、子供達はそこから決められた地方へと旅立っていく。
近くの港からクチバシティに移動して別地方への船出に挑むメンバー。ワカバタウンまで車で移動して旅立っていく人達。そして、空港から遠くの地方へと向かう集団がタクミ達のグループであった。
タクミはオーキド博士がポケモン川柳に絡めた『ありがたくも割とどうでもいい話』を話し半分で聞き流しながらどこか遠くを眺めていた。尊敬してやまないオーキド博士であるが、ポケモン川柳という文化に関してはタクミは正直馴染めそうにはないのだ。
そして、最後にオーキド博士が子供達を大きく見渡してこう言った。
「それではトレーナー諸君……良い旅をして、良いトレーナーとなっておくれ。さぁ、君たちの冒険の始まりだ」
それに応えた子供達の返事は巨大な元気の塊となって山々にこだました。
今日、この瞬間から長い長い旅が始まる。一年をかけて、地方を巡る旅が始まる。
興奮に目を輝かせている人。子供だけで生活するという旅にどこかしら不安を抱えている人。今すぐにでも飛び出していきたいぐらいにはしゃぐ人。
様々な感情をそれぞれが抱いている。
だが、その誰もが目の前の冒険にワクワクしているという事実だけは揺るがなかった。
ポケモンと共に過ごす長い長い旅。
そのスタートが目前にまで迫っているということに誰もが胸を躍らせていた。
そして、それはタクミの友人達も一緒であった。
ミネジュンはいつも以上に煩く喋りまくっている。マカナは緊張しているのかいつも以上に口数が少ない。タクミの両隣にいる彼等の身体には驚くぐらいの熱量が宿っている。だが、2人の高揚はそんな身体的接触をせずとも、空気を介して伝わる。
そして、ついに決められた出発時間となった。
子供達が先生の先導に従って、バスへと順に乗り込んでいく。
新しい世界への旅立ちであり、1人で挑む挑戦の舞台。
あちこちで子供達が友人やライバルと別れを告げ、涙を流し、握手を交わし、夢を確かめあって拳をぶつけあっていた。
そんな中、タクミはオーキド博士に呼び止められた。
「タクミ君」
「は、はい!なんですか、オーキド博士!」
声をかけられて驚いたのか、必要以上に大きな声が出たタクミ。オーキド博士は苦笑いを隠しつつ、タクミに小さな封筒を手渡した。
「キバゴの保護を完了したとする書類じゃ。タクミ君が持っておいてくれ。とはいえ、今後必要になるものではないし、無くしたならもこの研究所に連絡を入れてくれれば代わりは出せるので、さして重要ではない。じゃが、まぁ、念のためにな。タクミ君の鞄の奥底に入れておいてくれ」
「はい!わかりました」
タクミは渡された茶封筒を鞄の内ポケットに差し込む。
そんな彼を見ながら、オーキド博士は好々爺とした笑みを浮かべた。
長年このポケモンキャンプを見てきたオーキド博士であったが、ここまで面白いトレーナーはなかなかいない。
傷ついたポケモンをパートナーにしたことから始まり。
『ルール』を破ってバトルして敗北し、そこから限界ギリギリまで自分を追い詰めてリベンジマッチを果たした。たった数日の間に随分とまあドラマチックな時間を過ごしたものだ。
確かにタクミはチェックポイントを一つも回らなかった。
数字の上では彼はこのポケモンキャンプを疎かにしたと評されても仕方がないかもしれない。
だが、彼とそのポケモンを見ればタクミがこのポケモンキャンプでいかに『トレーナー』として学び、成長したかがすぐにわかる。
オーキド博士はこうやってトレーナーが育つ時を間近で見られるからこそ、自分の研究所を『キャンプ』の開催地として提供しているのだ。
「タクミ君、キャンプは楽しかったかい?」
「はいっ!!!」
腹の底から絞り出したような返事。
オーキド博士は満足そうに「そうかそうか」と頷いた。
「『地方旅』も頑張るんじゃぞ。君がリーグに出場する日をワシも待ち望んでおるからな」
「はい、任せてください。僕はいつか絶対にチャンピオンになってみせます!」
『チャンピオンになる』
その言葉を聞き、オーキド博士は更に笑みを深くする。
不思議なことにその夢を地球界から来たトレーナーが口にすることは非常に少ない。
対して、ポケモン界のトレーナーなら多くの人間が旅立ちの日にその夢を口にする。
それをタクミが言葉にしたことがオーキド博士は何よりも嬉しかった。
「さて、タクミ君。そろそろバスに乗り込む時間じゃ。お父さんにもよろしくな」
「はいっ!オーキド博士、お世話になりました!!ありがとうございます!!」
「うむ」
タクミは大きく頭を下げ、皆と一緒にバスに乗り込んでいった。
タクミは他の皆と一緒に窓際に身を寄せ、オーキド博士やスタッフに向けて手を振る。
その中にケンイチの姿を見つけ、タクミは窓を開いて声を張り上げた。
「ケンイチさん!!フシギダネのこと!大切にしますから!!」
タクミが声を張ると、ケンイチは複雑な笑顔で手を振り返してきた。
ケンイチは確かにタクミとフシギダネのことが心配だった。
だが、それもスタンプラリー最後のバトルを見るまでだった。
フシギダネの強みを存分に生かし、弱味を補ったバトル。
そして、何より『あの』フシギダネが泣き笑いをしながらタクミの胸に飛びついていたのだ。
その記録を見せられては、ケンイチとしても彼をフシギダネのトレーナーとして認めるしかなかった。
「……君はもう……立派にフシギダネのトレーナーだよ」
ケンイチの声はバスのエンジンにかき消されてタクミには届かない。
だが、その台詞を横で聞いていたオーキド博士は「わしらもまだまだトレーナーじゃのう」と内心で思っていたのだった。
バスが研究所を離れ、マサラタウンから遠ざかっていく。
タクミ達の座席は行きのバスと同じ配置。ミネジュンが窓側で、タクミが通路側。変わったのは2人の席がバスの最後尾の5人掛けのベンチ席になったこと。そして、その真ん中にはマカナが座っていた。
だがバスがスピードに乗ってくると緊張していた糸がプツリと切れたように皆がうつらうつらとし始めた。マサラタウンの畦道が舗装された道に変わる頃にはミネジュンはタクミの肩にもたれかかって大口を開けており、マカナは硬直した人形のように眠っていた。あちこちの席で子供達が眠りはじめ、最初は騒がしかったバスの中も、いざ出発してみれば生徒の大部分が眠ってしまっていた。
行きのバスとは打って変わり、静まり返ったバスの中。
窓の向こうにポケモンが見えようと、ポケモンバトルが行われていようと、子供達は目を覚ますこともなく眠り続けた。
彼等がようやく目が覚めたのはトキワシティ近くの空港に到着した時だった。
「ふあぁ……もう着いたのか……」
ミネジュンが大あくびをしながら伸びをする。
「今回は……車酔い……大丈夫?」
既に起きていたマカナがそう尋ねる。
「え?そういえば行きは酷い目にあったな。うん、平気平気。この通り、何の問題もないさ!」
「……良かった……」
マカナはそう言って手元に準備していた酔い止めの薬をしまう。
目を覚ましていたタクミは2人の会話を聞きながら、マカナとの最初の出会いのことを思い出していた。
「そういえば、ミネジュンが車酔いしてたから仲良くなったんだったよね」
「え?そうだったけ?ってことは、もしかして、マカナと友達になれたのは俺のおかげ?マカナと一緒にスタンプラリー巡って、タクミの特訓が上手くいったのも、俺のおかげってことになるのか?」
「はい、調子のんな」
タクミはミネジュンの頭にチョップを振り下ろし、ミネジュンは大袈裟に痛がってみせる。
それを見て、マカナがクツクツと笑う。
このポケモンキャンプで何度も繰り返してきたやり取りであった。
3人はバスを降り、トキワシティの空港を見上げた。日本の国際空港規模の空港とそう大差のない施設であるトキワシティ郊外の空港。ここは各地方からの飛行機の発着所であり、カントー地方における他の地方からの玄関口でもあった。
ひと眠りして緊張もほぐれたタクミ達。これから乗るのが慣れ親しんだ『飛行機』ということもあり、ゲートセンターでゲートトレインに乗り込む時と比べれば然程気を張ることもなかった。
タクミ達はいつものように向かう地方ごとに分けられ、それぞれ担当の先生に連れられて飛行機に乗り込む。
そして、一度飛行機に乗ってしまえばもうそこからは先は監督者はいなくなる。
一応、現地ではポケモンセンターの職員が最寄のポケモンセンターにまで誘導してくれることになっているが、それ以外は全て各々の自由だった。
そうやって飛行機を待っている最後の時間。
タクミとミネジュンはここまで随伴しているマサ先生に声をかけられた。
「斎藤、峰」
「あっ、マサ先生」
マサ先生は仕事の時間に隙間を作って、タクミ達に声をかけた。
「作文読んだぞ。なかなか壮絶な『キャンプ』だったようだな」
ガタイの良い身体を揺らしながらマサ先生がそう言い、ミネジュンが胸を張った。
「そりゃもう!山あり谷ありシロガネ山ですよ!」
「なんだそれ?そんな諺あるのか?」
「知らね。適当言った」
「なんだそりゃ」
ミネジュンがペラペラとあることないこと喋っている間。
タクミはふと何かに気を取られたかのように明後日の方向へと目を向けていた。
「斎藤と峰は一緒にいたんだろ?斎藤の作文にもちょくちょく話が……斎藤?何見てんだ?」
「え、ああ、すいません。なんです?」
それから、マサ先生は作文の内容について少しばかり注意をして、それ以上に賛辞を送り、そして最後に言った。
「2人共、旅はいいぞ。先生もな10歳の時に行った。人生の宝だ」
「ええっ!先生って10歳だったことあんの!?」
「そりゃあるに決まってるだろ」
「想像できねぇ」
「まぁとにかく」
マサ先生はタクミとミネジュンの肩をパシンと叩いた。
「頑張ってこいよ」
「もちろんっすよ!!」
「行ってきます!!」
マサ先生は顔全体でニカッと笑い、そして他の地方にいく生徒達の方へと顔を見せにいった。
「……いい先生だね」
マカナがポツリと呟く。
「うん、ほんと。顔は怖いし、筋肉だるまだし、髭濃いけど。いい先生だよ」
「そうそう、家でヨメに尻に敷かれてて、娘に毛嫌いされて、洗濯物分けられてるらしいけどいい先生だよ」
「……その情報はいらなかった」
そうやって笑いあっているうちに、遂にタクミ達が飛行機に乗り込む時間になる。
タクミ達が立ち上がる。
すると、それと同時に見知った顔も立ち上がった。
「あ……」
「…………」
それはハルキ達の一団であった。
喧嘩に近いようなバトルをしてしまったこともあり、お互いの間になんとなく気まずい空気が流れる。
タクミとミネジュンは愛想笑いを浮かべつつ手を振り、マカナは顔色1つ変えずに小さく会釈した。
ハルキの方は完全にタクミ達を無視して先に手荷物検査を抜けてしまう。
タクミ達はお互い顔を見合わせて肩をすくめた。
「あいつらもカロス地方だったんだな。まぁ、なかなか会ったりしないよな」
「どうだろ。それにしても、ライバルばっかりだね」
「……それが『地方旅』」
タクミ達は苦笑いと呆れ笑いの間ぐらいの顔をしながら、手荷物検査を抜け、搭乗口へと向かっていく。
その時、ふとマカナがタクミに質問をした。
「……タクミ」
「なに?」
「……さっきから……何見てるの?」
「え……あぁ……」
タクミはそれを指摘され、恥じらうようにはにかんだ。
まるで宿題で答えを写した瞬間を見咎められたような顔であった。
マカナはタクミの視線の先を追い、小首を傾げた。
「……公衆電話?」
「あっ、いや……その……」
「……お母さんに……電話するつもりだったの?……さっき時間あったのに行かなかったの」
「いや、そうじゃなくて……母さんにはオーキド研究所から電話してる。だから、そうじゃなくて……」
タクミが言いにくそうにしていると、その話を聞いていたミネジュンがポンと両手を打ち合わせた。
「わかった!アキちゃんだ!」
「うぐ……」
辛うじてぐうの音はでたタクミであった。
「なんだよぉ、電話するなら言ってくれよ、ここからならテレビ通話ができるんだから、俺達だって顔合わせられるじゃん」
「いや……その……それはそうなんだけど。どっちにしろ、ダメだったんだ」
「え?ダメ?なんで?」
「いなかったんだよ……留守だった」
「あ、そうなんだ。そいつは残念だったな」
「うん……」
タクミはオーキド研究所を出る前に電話を借りて家族とアキの家に電話をしていた。
自分の家族の方は問題なく繋がり、母と父にキバゴ共々無事なことを伝えることができた。
だが、アキの家には何度電話しても繋がらなかった。
タクミの記憶では今日は病院の通院予定はなかったはずだった。
だが、思い返せば『キャンプ』出発前に彼女は熱を出して寝込んでいた。
また病態が悪くなって、病院に担ぎ込まれた可能性は少なからずあった。
しかし、朝早くからアキの家に両親揃って誰もいないとはなかなか不穏な状態だ。家族も病院に寝泊まりしてるとなれば、それはアキの病態が本格的に悪化したことに他ならない。
『地方旅』に行く直前だというのに、タクミの胸にはそれが朝からずっと引っかかっていた。
「……心配だね」
「うん」
どちらにせよ、アキが本格的に体調不良に陥っているのであればタクミにできることはない。
そうやって思いつめるタクミ。
ミネジュンはそんなタクミの顔色をくみ取り、それ以上からかったりはしなかった。
それがタクミにとって決して荒らしてはならない大事な部分であることが、解っているからだった。
だから、ミネジュンは話題を変えることの方を選んだ。
「タクミ、向こうついたら俺とバトルしようぜ!『地方旅』に出る前の前哨戦だ!俺、フシギダネとバトルしてみたいんだ!ってか気になってたんだよ、俺のズバットなら絶対に勝てると思ってさ」
「え?……あぁ……そっか、飛んでる相手か……」
「なっ、面白そうだろ」
「それは確かに」
ミネジュンの気遣いに乗っかり、タクミはポケモンの方に話題をシフトしていく。
そして、そんな会話の合間に喉奥につっかえていたため息を深く吐き出した。
今は悩んでも仕方ない。もし、タクミがアキのことを気にして旅を疎かにしたら、一番怒るのはアキ本人だ。
タクミはとにかく今のこの時間を楽しもうと、笑顔を作った。
そして、ついに飛行機に乗る時になった。
乗り込む直前に引率の先生から「頑張れよ」と固い握手と共に見送られ、タクミ達は飛行機に乗り込む。
タクミとミネジュンは隣の席、マカナは少し離れたところに座ることとなった。
機内の案内や緊急時の対応のビデオを見ながら、タクミはこの『キャンプ』のことを一つ一つ思い出していた、
色々な出会いがあった。色々なことがあった。
ライバルと出会った。新しい友人もできた。新しい仲間ができた。
口惜しい思いもした。歓喜に打ち震えた瞬間もあった。楽しいことも沢山あった。
この7日間の出来事を一つ一つが鮮明な思い出として脳裏に焼き付いている。
だが、こうして『キャンプ』が終わった今。どうしてもその記憶のアルバムに寂しさを感じてしまう。
そこにアキの姿があればと、どうしても思ってしまうのだ。
そんなことを考えるのは一緒に過ごしたミネジュンやマカナに悪いのだとは思っていても、その気持ちは拭い去ることができなかった。2年前にアキと出会ってからずっと一緒にポケモン界に行くことを夢見てきたのだ。だが、今このポケモン界にいるのはタクミ一人。
『キャンプ』の間はそんなことを考える余裕もない程の日々だったが、いざこうして少し時間に隙間ができるとタクミの顔に憂いの影を作る。
けど、アキの顔を見れば、こんなつまらない悩みも霧散していくだろうとは思うのだ。
長い旅の間でも、彼女と少しでも会話することができれば、それもまた思い出になる。
旅先で何か見つければお土産として郵送してもいい。写真を撮って送ってもいい。
それが少しでも彼女の闘病生活の支えになってくれればタクミも楽しく旅を続けられるだろう。
そんなことを思いながら、タクミはポケモン界の空を行く飛行機から窓の外を眺める。
「……顔……見たかったな……」
カロス地方についたらもう一度電話してみよう。
タクミはそう思っていた。
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カロス地方、ミアレシティ、ミアレエアポート
「タクミ!!タクミタクミ~~!!こっちこっち~こっちだってば!!こっち向いてよ!!タクミ~~~~!!」
その到着ロビーで電動車椅子に座って手を千切れんばかりに大きく振っていた少女の姿を見つけ、タクミの身体はピシリと完璧に硬直したのだった。