ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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トレーナーが旅に出れば7人のライバルあり

早めの昼食を終えたタクミ達はアキのクラスメイトのミーナと別れ、ポケモンリーグの出場登録をするためにポケモンセンターを訪れていた。ポケモンセンターはポケモンの治療やトレーナー達の集会所であり、ポケモンリーグ協会の役所でもある。ポケモン関係の事務処理の大半はこのポケモンセンターで行うことができる。

 

「はい、ここがポケモンセンターだよ」

 

アキに連れられてやってきたポケモンセンターはこの大都市に見合うだけの大きさの施設であった。

最早、小さなビル程もある巨大なポケモンセンター。ロビーには様々なポケモンを連れたトレーナーが溢れ、情報交換をしたり、ポケモンの交換を持ち掛けたりしていた。片隅にある巨大なスクリーンにはどこかの地方のポケモンバトルの様子が映し出され、白熱した実況が流れてきている。

タクミ達と同じように『地方旅』を行う新人トレーナーらしき人達も多く、タウンマップを見ながらジムやトライポカロンを巡る順序に頭を悩ませていた。

 

多種多様なトレーナーやポケモンが集うポケモンセンター

そこにタクミ達は半ば圧倒されていた。

 

「うわぁ。でっけぇ……地球とは比べもんにならねぇな。さすがポケモンの本場」

「……すごい……アローラとも全然違う」

 

ミネジュンとマカナはポカンと口を開けてポケモンセンターを見渡す。

そんな2人に向けて、アキはなぜか誇らしげに説明した。

 

「ここ、ミレアシティはカロス地方の中心地。どんなルートでジムに挑んだとしても、必ず3回以上は戻ってくることになる『地方旅』の要所でもあるんだよ。だから、やってくるトレーナーの数も半端じゃないのです」

「へぇ。それでこんなデカいのか……あっ、受付空いたみたいだ。俺、ちゃっちゃと登録してくる」

「……私も」

「いってらっしゃーい」

 

受付のジョーイさんに飛びつくように話しかけるミネジュン。

マカナその横で静かに自分のポケモン図鑑を出して無言で急かしていた。

そんな2人を見送り、タクミはアキの車椅子を人通りが少ない場所に移動させた。

 

「タクミは行かないの?」

「行くけど。それよりアキ、なんかすごいミレアのこと知ってるみたいなこと言ってるけど、アキってカロス地方に来て何日目になるの?」

「3日目だよ」

 

あっけらかんとした顔で言ってのけるアキ。

タクミは鼻からため息を噴出した。

 

「だよね」

「うん。しかも初日は入院して検査して、2日目にスクールに転校手続きとかいろいろあって、それで今日だからほとんど来たばっかりみたいなもんだよ」

「じゃあ、さっきのミーナは?」

「昨日できた友達」

「人見知りのアキが一日で友達作れるなんて、珍しいこともあるね」

「ミーナも私と同じで昨日転校してきたんだ。それで、一緒に過ごしている間に仲良くなっちゃった」

「へぇ……」

 

2人のあまりに気さくな様子から既に2か月ぐらいたってそうであったのに。

ミネジュンやマカナもそうであったが、アキは一度友達になってしまうと仲良くなるのは速いらしい。

ポケモンという共通の話題に詳しいというのはこういうところにも役に立っているようであった。

 

「でも、3日目にしてはミアレシティのこと知り尽くしてるよね」

「実はパンフで勉強しました。タクミが来るときに案内したかったからさ」

 

そう言ってアキは不器用なウィンクをしながらタクミを見上げてきた。

不意打ちの仕草に少しドキリとしながらも、タクミは平静を保つ。

 

「ありがと、おかげで助かった」

「ほんと?」

「うん。おかげで最高の旅の初日になりそうだよ」

「へへ、よかった」

 

そう言ってフニャっと笑うアキ。

もう一度心臓が高鳴る。

 

タクミはだらしなく緩みそうになる頬を引き締める為に奥歯を噛み締めた。

そして、気を紛らわせる為に全く別のことを考えようとする。

 

ポケモンキャンプでのつまんない失敗や、睡眠不足でやらかした自虐ネタなんかを思い出し、タクミは自分の心を落ち着けようとする。

 

そして、そうやって記憶を辿り、タクミは自分の胸の奥に引っかかりを覚えた。

 

「あのさ、アキ。1つ聞きたいんだけど……」

「ん?なに?」

「あのさ……」

 

だが、その時だった。

 

「タクミ君」

「えっ?」

 

突然、名前を呼ばれタクミは反射的に後ろを振り返った。

自分を名前で呼ぶ友人はアキとミネジュン、マカナだけだ。だが、彼等は基本的にタクミのことを『君』をつけて呼ぶことはない。他の友人達は自分のことを苗字で呼ぶし、そもそもカロス地方に来ているタクミの顔見知りはミネジュンしかいないのだ。

 

そんな中で、名前である『タクミ』に『君』をつけて呼ぶ人物。

 

そん相手など一人しかいない。

 

「ハルキ君」

 

そこには後ろに仲間を引き連れたハルキが鋭い眼光でタクミを睨んでいた。

一瞬、怯みそうになったタクミ。だが、すぐ隣にアキがいる。彼女の見ている前で情けない姿を晒すわけにはいかない。タクミは負の感情を胸の中に押し込めて堂々と胸を張った。

 

「ハルキ君どうしたの?」

「タクミ君、まだ出発しないの?」

「うん、ちょっと予想外の友達に会っちゃって」

「……へぇ」

 

そして、ハルキはタクミから隣にいたアキに視線を移した。

ハルキはアキの乗る車椅子に気づき、一瞬目を見開いた。

 

タクミは自分の口の中にわずかに苦い味が広がるのを感じた。ハルキとの喧嘩の原因となったフシギダネの一件。タクミが必要以上にブチキレたあの事件とアキのことを結びつけることはすぐできる。

タクミはハルキがまた余計なことを口にしたりしないかが心配であった。

 

だが、その心配は杞憂であった。

 

「……そっか……そういうことか……」

 

ハルキはそれだけを呟き、興味を無くしたようにアキからタクミへと目線を戻した。

 

「タクミ君もポケモンリーグを目指すんだろ?」

「うん。もちろん」

「俺はもうすぐにミアレシティを出る。お前より先に出る……」

「……うん」

 

タクミが曖昧に頷くと、ハルキは突然ビシリと人差し指をタクミに突きつけた。

 

「次はぜっっっったいに勝つからな!!」

 

ハルキの声がロビーに響き渡った。

 

「ぜったいに勝つから!!だから、この『地方旅』の途中で次に会ったら必ずバトルだ!!」

 

それはポケモントレーナー同士の勝負宣言。

 

ハルキの声は喧騒渦巻くロビーの中でもよく響いた。

近くを歩いていた数人が足を止め、遠くにいた人も何事かと耳をそばだてる。

その中心でハルキは目を赤く充血させ、泣き出す一歩手前のようになりながらも、悔し涙を流すまいと歯を食いしばっていた。

 

そんなハルキに向け、タクミは真剣な顔で頷き、握りこぶしを向けて応えた。

 

「もちろん!いつでもどこでも受けて立つ!!だからさ……」

 

そして、タクミは拳を開いてハルキに手を伸ばした。

 

「必ず会おう!!」

「……当たり前だ!!」

 

ハルキは駆け出すようにタクミの前に駆け込み、その手を乱暴に取った。

 

「次は負けねぇ!!俺はもっと強くなる!お前のキバゴにもフシギダネにも勝てるぐらい強くなる!!」

「僕だって、もっともっと強くなる!絶対に次も勝つ!!」

 

握手をしているうちにタクミの胸の内にわだかまっていた色々なことが溶けだしていく。

タクミは彼にフシギダネやキバゴのことを悪く言われたことなどもう気にしていなかった。

 

ハルキは『勝てるぐらいに強くなる』と言ってくれた。

 

それは、タクミのポケモンが強いのだと認めてくれた証だった。

 

お互いの手に跡が残るぐらい強く握手した2人はホロキャスターの番号を交換し、再戦を何度も誓い合った。ハルキ達は先んじてゲートステーションを出ていき、タクミは彼等を手を振って見送った。

 

彼等が自動ドアの向こうに消え、タクミはアキの方をチラリと見た。

 

「タクミ、あの人知り合いなの?」

「うん、まぁ、ライバルかな」

 

流石に『友達』とは言い難い。だが、もう嫌いな相手でもない。

競い合い、バトルを誓う相手というのなら『ライバル』という関係性が一番しっくりくる。

 

「ライバルばっかりだね」

「ライバルは多い方が絶対楽しい。アキもそう思うでしょ?」

「うん。やっぱり競い合う相手がいないとね」

 

そう言ってアキは虚空にむけて拳を振り、シャドーボクシングをしてみせる。

 

「ライバルは大事だよ。私がここまで来ようって思ったのも。タクミっていうライバルがいたからだもん」

「……うん……それで、そのことでちょっと聞きたいことが……」

 

タクミはもう一度話を切り出そうとする。

だが、どうも今日は巡り合わせが悪いらしい。

 

「あり?タクミ、登録してこないのか?」

 

ちょうどそこに戻ってきたミネジュンに話を遮られ、タクミは「あぁ、うん」と曖昧な返事をしながらトボトボと受付へと歩いて行った。

 

「どうしたんだアイツ?あっ、もしかして大事な話の途中だった?だとしたらゴメン!」

 

ミネジュンはアキに拝み手を向けるが、アキは苦笑しつつそれを否定した。

 

「ううん、違う違う。そんな大それたことじゃないの。ただ、タクミが……ね」

「タクミが?なんだ?」

「あぁ……その……」

 

アキは言葉を濁しながら、リーグの登録を待つタクミの背中をチラリと見る。

 

「……その……タクミが気を遣ってくれているだけ……それだけ」

「ん?どういうこと?」

「大したことじゃないってこと!それより、3人は今日にも出発するの?」

 

アキがそう聞くと、ミネジュンは腕組みをして歯をくいしばった。

 

「そのつもりだったけどなぁ……今すぐにでも旅立ちたいんだけどなぁ……もうちょっとミアレを見て回りたいんだよなぁ。なんか面白そうだし。ミアレジムも一目見てみたいし。ここのポケモンセンターにも一泊してみたいし」

 

おそらく、ミネジュン的には最後の1つが本音であろう。

ミネジュンの持っているポケモンセンターのパンフレットには宿泊施設の写真が乗っている。トレーナー用の一人部屋は大型のカプセルベッドだ。スペースこそ狭いものの、空調、音響、通信が完璧に備えられ、高級秘密基地のような雰囲気がある。

次にミアレシティに戻ってくるのは下手すれば数か月後だ。男の子なら一度はそこで一泊したいという気持ちはわからなくはなかった。

 

「マカナは?」

「……ブティックと……このケーキ屋いきたい」

 

マカナはミアレシティの地図を持ち出し、2か所のお店を指差した。

無表情で無関心のような顔をしておきながら、その下ではなかなかミアレシティにはしゃいでいるらしい。

 

「ふんふん。ミアレジムとブティックとケーキ屋『木漏れ日』ね。よしっ、私が案内してあげる!」

「いいのか!?」

「……ありがと」

「いいっていいって。というか、私もこんな歩くの初めてなんだけどね」

「えっ?」

 

そんな話をしているうちにタクミもリーグの参加受付を済ませて戻ってきた。

今日、ミアレシティに一泊するという提案はタクミにとっても願ったりかなったりであり、二つ返事で了承した。

 

「タクミもそれでいいの?」

「うん、僕もミアレシティを歩いてみたかったしね」

「ほんと?」

「うん」

 

アキはタクミの顔を下から怪訝な顔で覗き込む。その顔には『他に理由があるんじゃないの?』という疑問が書かれていたが、タクミはそれに気づくことなく小首を傾げた。

 

「なに?」

「……まぁ、タクミがいいならいいけど」

「えっ?」

「さぁ、いこう。ミアレは広いんだから。ぼやぼやしてたら日が暮れちゃうよ!!」

「ちょっ、アキ!?なんだよ?アキ!?」

 

アキはクルリと車椅子をその場で回転させ、ミアレシティに飛び出していこうとする。そんな彼女をタクミは慌てて追いかけた。それにミネジュンとマカナも続き、4人は再びミアレシティの喧騒の中へと飛び出していった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

ミアレのあちこちを歩き回り、太陽も西の空に沈みかける頃になり、タクミ達はポケモンセンターの前で一度解散なった。明日からタクミ達3人はジムを巡るために本格的に旅立つことになる。

タクミはミネジュンとマカナと別れ、アキを病院に送っているところだった。

黄昏時の赤い空に照らされて、何もかもが赤味を帯びたミアレシティ。昼間の賑やかな雰囲気はわずかに陰り、仕事帰りの人達のくたびれた背中が目立ちはじめる。

もう少しすれば、今日一日の疲れを癒すために大人達がパブやレストランに列をなすのだが、その時間にはまだ早い。昼と夜の狭間の中を車椅子を押して歩くタクミ。

 

そこからはアキの無防備な首元が見下ろせる。肉付きの悪い、今にも折れてしまいそうな肩と首。

彼女はタクミが車椅子を押してくれるのをいいことに、身体を車椅子に預け先程から寝息を立てている。

 

今日一日でミアレシティを縦横無尽に駆け回って疲れたのだろう。もともと病院暮らしで体力もないアキには少々酷だったかもしれない。タクミはその首筋に手の甲を軽く差し込み、熱が上がっていないことを確かめる。

 

「……熱はない……けど……」

 

タクミはあらかじめ聞き出していた病院へと車椅子を向ける。

ポケモンセンターからも、ポケモンハイスクールからも近いその病院は結構な大きさの施設であった。

アキが入院するような施設はいつもこれぐらいの大病院だ。タクミはアキの肩を揺らして、彼女を起こす。

 

「アキ、アキ!ついたよ」

「ん……んー……623号室」

「はいはい」

 

タクミは途中にあった自動販売機でミネラルウォーターを買い、アキの車椅子に乗せて病院の奥へと進んでいった。どんな世界にきても病院の構造というのはそう変わらない。タクミは迷路のような病院の中で標識を的確に探して、病棟のエレベーターに乗って6階のボタンを押す。

 

6階までエレベーターであがれば、ナースセンターに一声かけて外出から帰ってきたことを伝えて、病室の詳しい場所を教えてもらう。

 

手慣れたものだった。

 

そして、タクミはナースセンターから割と離れた4人部屋へと通された。

 

その部屋にはアキの他にもう一人入院患者がいるようだった。

タクミはベッドの隣に車椅子を寄せてアキを再度起こしにかかる。

 

「アキ、ついたよ」

「うん……ベッドに移して」

「いい加減目を覚ましなよ。自分でできるでしょ?」

「……うー……うー……タクミが冷たい」

「あぁ、もう、わかったよ。動かしてあげるから……この水を飲んで少しシャキッとして」

「はーい……」

 

タクミは先程買ったミネラルウォーターを渡して彼女に飲ませる。

 

「ぷは……はい、タクミ」

 

アキはそう言って、自分の両腕をキョンシーのように真っすぐ前に出した。

 

「うん」

 

タクミはアキの前に回り、その両腕の下から彼女を抱き上げる。真正面から抱き合うような姿勢になると、すぐさまアキは体重をタクミに預けてきた。タクミにもたれかかるような姿勢になったアキ。タクミは彼女の腰の下あたりに腕を回し、彼女の腰を引っ張りあげるようにして身体を持ち上げた。

彼女の腰があがり、彼女がわずかに膝を伸ばす。途端に震えだす彼女の足腰。彼女の足はこの程度の動きですら十分に行うことはできない。タクミはアキの体重の大部分を支えながら、彼女の腰を車椅子からベッドへと移した。

 

2年の間に何度もこなしてきたアキの移乗である。最初の頃は彼女と身体を合わせることに照れや恐れもあったが、2年もやっていれば最早慣れてしまっていた。

 

「……ありがと。送ってくれて。ふあぁ、疲れたぁ」

「お疲れ様。それと、案内ありがと」

「ううん、私もタクミの友達と話ができて楽しかったから」

「……うん」

 

大きく伸びをするアキ。その手首はやはり細いまま。スカートの先から突き出た足首はもはや骨と皮しか残っていない。

 

タクミはアキのベッドに腰かけ、窓の外に視線を向けた。

ミアレシティの夕暮れの中。ヤヤコマの群れが建物の上を飛んでいく。耳を澄ませば人々の喧騒に混じりどこからともなく、ポケモンの“くさぶえ”の音色も聞こえてきた。

 

タクミは手遊びをするように指を組んではほどくのを繰り返していた。

 

その時、タクミはふと視線を感じた。

 

タクミを見ていたのはアキの向かい側にあるベットの上にいる少女だった。

タクミ達よりも一回りは小さな女の子。その子は躊躇いがちにこちらの様子を伺っていた。

 

年齢的には小学校低学年ぐらい。絹のように滑らかな黒髪と目鼻立ちの整った顔。まだ幼くてもはっきりとわかる器量の良さ。わかりやすい日本美人だった。だが、タクミが目を向けていたのは彼女の容姿よりも、ベットの周囲に置かれている私物の量だった。

 

アキのベットの周囲にある私物は必要最低限だ。昨日今日入院したばかりなのでそれが当然だ。

それに対して、彼女の周囲にはおもちゃやDVDプレイヤーや可愛らしいアニメのポスターなどがあちこちに散らばっており、随分と生活感に溢れていた。

 

私物の量は入院生活が長くなればなるほどに増していく。

タクミはこの少女がアキと同じか、もしくはそれ以上の闘病生活を送っていることを察した。

 

タクミはその少女に優しく微笑みかける。

 

「こんにちは。僕はタクミ、斎藤 拓海。アキの友達なんだ」

 

タクミがそう言うと、その少女は一瞬目を見開いて、なぜか笑いをこらえるような顔をした。

 

「くく……くくく……」

「ん?あれ?僕なんか変なこと言った?」

 

振り返ると、なぜかアキも同じように笑いをこらえるような顔をしていた。

 

「アキ?」

「くふふふ、ルカちゃん。これがタクミだよ」

「……うん……わかった、この人だね」

「え?え?なに?アキ、僕の何を話したの!?」

「くふっ、気にしない気にしない」

「ちょっと!アキ!!感じ悪いよ!!」

「だから、別になんでもないって」

 

コソコソと笑う2人に対してタクミは仲間外れにされたような気分を感じてギリギリと奥歯を噛む。

眉間に皺を刻んだタクミを見て、アキは頬にニヤケ顔を残したまま、タクミの頭に手を伸ばす。

 

「そんな怒んないで。ほら、よしよし」

「ぐぅ……」

 

アキがタクミの頭をポンポンと叩く。

 

タクミとしてはその程度のことで許すわけがない。許すわけがないのだが、柔らかな手のひらで頭を撫でられるというのは何事にも代え難い安心感があるのだ。加えてアキがリズムよく手をふるたびに彼女の袖口から彼女自身の香りがふんわりと漂ってくる。

 

「それで、あの子を紹介してよ」

「はいはい。彼女は片垣(かたがき)瑠佳(るか)ちゃん。小学2年生。一番好きなポケモンはアチャモ!」

 

確かによくよく見れば彼女のベットの周囲にはアチャモのぬいぐるみが散乱している。それも5cmぐらいのキーホルダー程度の人形から等身大の本格的なものまでよりどりみどりだ。

 

「へぇ、そうなんだ。ルカちゃん……でいいかな?」

「うん」

「災難だったね。アキと同室で大変でしょ?」

 

タクミがそう言うと、アキがベットの上で「ふぇっ!?」と変な声をあげた。

 

「アキが迷惑かけてない?」

「そ、そんなことないよね、ルカちゃん!」

 

アキの縋るような視線を受けて、彼女はまたクスクスと笑って頷いた。

 

「うん、アキねぇちゃんはとっても優しいよ」

「ほらみなさい」

 

胸を張るアキであるが、タクミとしては少女の言葉に納得していない。

アキと同室になった人達の末路など、タクミは知り尽くしていた。

 

「ほんと?夜遅くまでポケモンの話されてない?聞きたくもないバトルの話とかされてない?」

「あ……」

 

アキから『しまった』といった感じの声が漏れた。

そして、そんなアキの態度を裏付けるかのようにルカの目が見事なまでに明後日の方向へと向いていた。

 

「やっぱりね」

 

予想通りの展開だったタクミはアキを半目で睨みつける。

 

「アキ、あんまり迷惑かけちゃだめだよ」

「め、迷惑なんかかけてないもん!ね?ね?ねぇ?」

「小さい子に強制しないの」

 

タクミはアキの頭に軽くチョップを落とす。

 

「あいたぁ……むぅ、別にそんな……消灯時間で怒られたぐらいだもん」

 

病院の消灯時間はどこでもだいたい10時。

確かに寝るには早い時間だ。長い夜をを持て余す気持ちはわかる。

だが、それより遅くまで起きて喋っていれば看護師さんに迷惑がかかってしまう。

 

「アキはポケモンの話になると止まらないんだからその辺は抑えてよ」

「はーい」

 

あんまり反省していなさそうなアキ。

そんな時、ふと廊下から複数の足音が聞こえてきた。

その足音はタクミ達の病室の前で止まった。

 

タクミが目を向ける。

そこに立っていたのは少し歳のいった中年の男性と、やけに目つきの鋭い少年であった。

多分、ルカの家族であろうとタクミはあたりをつけた。

 

父親の方は頬や喉元に深い皺が刻まれ、随分と老けているように見える。息子の方は見たところ年齢的にはタクミやアキとあまり変わらない。だが、眉間に常に皺を寄せ、ひたすらに目の前を睨んでいる視線からは年齢に不相応の凄味が感じられた。

 

だがそんな見た目よりも、その二人からどことなく垣間見える疲労感の方がタクミにとっては随分と印象的だった。

 

「あっ、パパ!お兄ちゃん!」

 

ルカがそう言ってベッドの端から身を乗り出す。

それを見て、男の子の方が慌ててルカの方へと駆け寄った

 

「ルカ、危ないから下がってなさい」

「お兄ちゃん。キャンプから帰ってきたんでしょ!?ポケモン貰ったの?『地方旅』にはいつ出発するの!?」

「ルカ、慌てるな。ひとつずつだ」

 

少年の声は随分と低い声だった。声変わりをする前の子供の声であるのは変わりはないのだが、声の端々に人の耳を引き寄せる深味があるのだ。

 

「ねぇ、ねぇ、最初のポケモン何もらったの?アチャモにしてくれた?」

「ああ、もちろんだ。約束だったからな」

「うわぁ!ほんと!見せて見せて!!」

「わかったから、ほら、あんまり大きい声を出さない」

 

片垣家が家族だけで話しはじめ、タクミは改めてアキに視線を戻した。

 

「そういえば、タクミはキャンプどうだったの?」

「ああ、そういえば話してなかったよね。一応新しいポケモン仲間にした。というか、最初の初心者用ポケモンだけどね」

 

そして、タクミは素早くモンスターボールを取り出し、真上に向かって放り投げた。

 

「出てきて、フシギダネ!」

「ダネフッシ!」

 

アキのベットの上に現れるフシギダネ。タクミはフシギダネの脇の下に両手を入れて担ぎ上げた。

アキとフシギダネの目線の高さを同じにし、タクミはフシギダネに話しかける。

 

「ほら、フシギダネ。この子がアキだよ。僕の大事な友達」

「ダネダ。ダネフッシ」

「へぇっ、フシギダネにしたんだ。そっかそっか、タクミをよろしくね、フシギダネ」

「ダネ」

 

フシギダネは“ツルのムチ”を器用に使い、敬礼のようなポーズを取る。

なんだか、最近フシギダネもこうやってポーズを決める癖がついてきている。キバゴの影響が出てきているようでタクミとしてはなんとも複雑な気分だった。

 

ポケモンを出したタクミ。それは必要以上の注目を集めていた。

特に反応を見せたのはルカであった。

彼女は病室に突如現れたポケモンに視線が一気に吸い寄せられていた。

 

「フシギダネ、フシギダネだ!!タクミにぃちゃん!触ってもいい!?」

 

興奮したルカがベットの端に寄り、手すりを乗り越えようとする勢いで前に出てくる。

あまりに前に出てくるものだから、前のめりに倒れそうになるルカ。

 

「ダネダッ!」

 

そんな彼女に向け、フシギダネが素早く“ツルのムチ”を伸ばした。

ルカの身体を素早く支えて、ベットから落ちないような命綱を確保する。

 

「うわぁっ!すごい凄い!フシギダネの“ツルのムチ”だ!」

 

フシギダネの“ツル”に巻かれて喜ぶルカ。

笑顔のルカにフシギダネも安堵の息を吐く。

 

こういう気遣いと判断の素早さがこのフシギダネのいいところだよな。

 

そんな思いを込めてタクミはフシギダネを片手で腕に抱き、空いた手でフシギダネの頭を撫でる。

 

「ダネ……」

 

頭を撫でるとすぐにそっぽを向くフシギダネ。

誉められても素直に喜べない性格もまた、このフシギダネの良さである。

 

「タクミにぃちゃん!フシギダネに触ってもいい?」

「えーと……フシギダネ、いい?」

「ダネ」

 

小さく頷いたフシギダネ。タクミはフシギダネを抱えたまま、ルカのベットの方へと近づいて行った。

 

「はい、フシギダネだよ。よろしくね」

「ダネダ」

 

律儀に頭を下げるフシギダネ。その頭にルカはおっかなびっくり手を伸ばした。

それをフシギダネは落ち着いた態度で受け入れる。

 

長い間、初心者トレーナーを見送り続けてきたフシギダネだ。

ポケモンに初めて触る相手を驚かせない雰囲気作りはお手の物だった。

 

「うわぁ、すごい、けっこうツルツルしてる」

「でしょ?あっ、そうだ、よかったら君も……」

 

『触ってみる?』

 

そう言おうとして、タクミはルカのベットの隣に立ち尽くしていた少年へと目を向けた。

 

だが、すぐさまタクミの身体はギョッと凍り付いた。

 

その少年はタクミが今まで見たこともない程に鋭い眼光でタクミを見ていたのだ。

 

そこに敵意はない。タクミに対する負の感情は乗っていない。

 

ただ、あまりにも深い絶望がその身に宿っていた。その目の中には光を灯さないような深い暗闇が潜み、全身からは全ての幸福など幻想であると訴えかけるようなオーラが見えそうだった。

何を考えているのかわからない彼の表情だが、その中に運命に対する憎悪や未来への失望などが隠れているような気がしてタクミは口の中に溜まった唾を飲み込んだ。

 

自分の両親に叱られる直前でもここまでは緊張しない。

教師に行き過ぎたイタズラを仕掛けた時ももう少し余裕があった。

 

それだけの圧迫感を目の前の少年は放っていた。

 

ただ、タクミはそれで折れるような精神構造はしていなかった。

そんな柔なメンタルでは赤の他人であるアキの傍に2年も寄り添うなんてことはできはしない。

 

タクミは目の前の圧に負けじと勇気を振り絞り、声をかけた。

 

「えと……こんにちは」

「………」

「僕は斎藤 拓海。地球界から『地方旅』で今日カロス地方に来たばかりなんだ。よろしく」

 

タクミはフシギダネをベットに降ろし、握手の為の手を差し出す。

 

だが、その少年はその手に見向きもせずに自分のモンスターボールを取り出した。

 

「邪魔だ……」

「え?」

 

そして、少年はモンスターボールを開く。

 

「チャモチャモ!!」

 

中から出てきたのは元気よく声をあげて飛びはねる『ひよこポケモン』

シンオウ地方の初心者用ポケモンの一匹である『アチャモ』であった。

 

「うわぁ!アチャモだ!!アチャモだ!!本物だぁ!!」

「チャモチャモ~」

 

ルカの興味がすぐさまそちらに移ったのを見て、フシギダネは小さく微笑んだ。フシギダネは自分の役目は終わったとでも言いたげに、ルカの身体に巻いていた“ツルのムチ”を外し、タクミを見上げた。

 

「ダネ」

「うん」

 

フシギダネを担ぎ上げたタクミ。

その真正面にルカの兄が立っていた。

 

「おい……」

 

鋭く、深い声で呼びかけてくる少年。

タクミは彼に向けてわずかに頭を下げた。

 

「ごめんなさい。余計なことしちゃったかな?」

「……頼んだのはルカの方だ。むしろ礼を言う。ありがとう」

 

短くそう返す少年。だが、その目はまるで笑っていない。

 

「その……」

「……片垣……龍之介(りゅうのすけ)

「え……」

 

彼はそれ以上は何も言わずに、タクミの脇を抜け、ルカのベットへと腰を降ろした。

 

「ルカ、ほら、アチャモはここを撫でられるといいらしいぞ」

「そうなの?ここ?気持ちいい?」

「チャモ!」

 

ベットに座る龍之介。

その横顔を見て、タクミはなぜか胸を締め付けられるような感覚を味わった。

 

タクミがベットから一歩離れると、すぐさま彼らの父親がタクミを追い出すかのように間に入り込んできた。

タクミには見向きもしないその父親。表情こそは見えないものの、白髪交じりの頭髪には溜め込んだ心労が見えるような気がしていた。

 

そして、ルカがしばらくアチャモと遊んだのを見計らい、父がこの病院のレストランに行くことを提案した。

 

「うん!行く!!アチャモも一緒にいいよね」

「ああ……」

「チャモチャモ!」

 

アチャモの小さな羽を握りながら手を振って出ていくルカ。

それを微笑みながら、しかし感情の読めない目で見守る龍之介。

そして、その後ろからついていく父親のくたびれた背中。

 

彼等はアキやタクミには目もくれずに病室を出ていく。

周りに気づかう余裕はなく、何かに追われるかのように憔悴しきった雰囲気。

ああいった家族をタクミは病院に通っているうちに何組か見たことがある。

 

タクミは片垣家の足音が十分に遠ざかってから小さな声でアキに尋ねた。

 

「……あの子……悪いの?」

 

アキは口の中で言葉を選らび、そして静かに呟いた。

 

「……うん……多分」

 

アキはそれ以上のことは言わなかった。

だけど、それ以上の言葉はいらなかった。

 

「……そっか……」

 

タクミはそれだけ言って目を瞑る。

 

あの子に残された時間は短いのだろう。

それはきっと、旅に出ることができない程に短いのだろう。

 

だが、それは決して他人事ではない。

 

赤く染まりゆく空に照らされ、何もかもが茜色になっていく病室。

フシギダネは気を利かせるように床に寝そべって目を閉じていた。

 

昼の喧騒が消え、夜の時間が始まろうとしているミアレシティ。

 

タクミは意を決したように口を開いた。

 

「……アキ……」

「……なに?」

「一つ……聞いていい?」

「……うん」

 

タクミは大きく息を吸いこむ。

 

「手術って……どういうことなの?」

 

どこからか、ヨルノズクの鳴き声が聞こえたような気がした。

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