ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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始まりの日、始まりの一歩

手術をする。

 

それはミアレエアポートで最初にアキが言ったことだった。

 

『あっ、それとね。今、ミアレの病院に入院してるんだ』

『入院!?なんでこっちに!?ちょっ、ちょっと待ってって話がわかんないって』

『今度手術になった』

『しゅじゅつ!?しゅじゅつって何!』

 

あの時は他にも聞きたいことが大量にあって、話を流してしまっていた。

だが、タクミの胸の中にはそれがずっと引っかかっていた。

 

「それに、スクールに通うって……本当に大丈夫なの?」

「…………」

 

そもそもアキは病気の治療を受けなければならなかったり、すぐに体調を崩したりして、学校に通えなかったのだ。そんな彼女がいくら病院から近いからと言って、スクールに継続して通うことができるとはタクミにはどうしても思えなかった。

 

彼女の病気が昨日今日で突然治るような都合のいいものでないことはタクミも知っている。

ポケモン界の医療でもその結論は変わらない。

 

『もしかして、辛い身体を押してここに来ているんじゃないのか』

『それどころか、最期だからこそやりたいことをやらせてもらってるような状態じゃないのか』

 

冷静になって考えれば考える程にタクミには悪い考えが浮かんでしまってきていた。

 

「アキ……どうなの……」

 

それは自分の死刑宣告を聞くかのように切羽詰まったような声だった。タクミはアキの方をまともに見ることができず、彼女に背を向け、自分の膝を見下ろしていた。握りしめた拳には玉の汗が浮かんでおり、自分の瞳は涙が粒を作る直前のようになっていた。

 

もし、アキの状態が悪化しているようであるならそれを聞くのはとても怖い。

だけど、聞かずにこのまま旅に出てしまうことはもっと怖かった。

 

そうやって身体を震わせ、うずくまるタクミ。その背中から伝わってくる重苦しい空気は10歳の子供が背負うものとは思えなかった。タクミは今にも不可視の重圧に潰れてしまいそうになっていた。

 

心の底から心配しているタクミの背中。

 

その背中をアキは指先で一筋、スッと撫ぜた。

タクミの背に鳥肌が立ち。背筋が一気に伸びあがる。

 

「ひゃう!!」

「あははは、『ひゃう』だって『ひゃう!』『ひゃう!』」

「アキ!!なにすんのさ!僕は真剣に……」

「ありがと。タクミ、心配してくれて」

「ん…………」

 

ずるい、とタクミは思った。

 

アキはこの世で一番自分が幸せなんだと言わんばかりに柔らかな微笑を浮かべていた。

そんな顔で『ありがとう』なんて言われたら、タクミは怒るに怒れなくなってしまう。

 

「タクミ、それ、ずっと聞こうとしてたんでしょ」

「……え、うん……」

「普通に聞いてくれればよかったのに」

「……それは……」

「気を遣ってくれたの?」

「……アキに……じゃなくて、どっちかというとミネジュンとマカナに……」

「あぁ、なるほど」

 

タクミはアキの人柄やエピソードに関しては2人にある程度話したが、病気の詳細についてはその大部分を伏せていた。タクミ自身もそれほど詳しくないということもあるが、なによりそれを知ってしまえばアキに対して『普通』に接することが難しくなりそうだったからだ。

 

アキのことは『車椅子に乗っているだけで、その他はなんの問題もない女子』という感じにしか伝えていなかった。

 

その2人の前で手術だの余命だのの話をすることは憚られたのだ。

 

「でも、タクミ。安心していいよ。手術するっていうのは『悪くなったから手術しなきゃいけない』っていうわけじゃないんだよ」

「……え」

「むしろ逆でね、私の足の病気……大分良くなっているんだ」

 

アキはそう言って自分のスカートをめくり、膝をさする。

真っ白な肌に痛々しい程に骨が突き出た彼女の膝。筋肉も脂肪もなく、細い静脈が蜘蛛の巣のように浮かび上がっている。歩くという機能どころか身体を支えることすら危ぶまれる足だ。だが、タクミはその痛々しい足から目を逸らすことはしなかった。

 

「良くなってるって、ほんと?」

「うん。薬とか、レーザーの治療で足の病気は小さくなってきてる……このまま、消えるぐらい小さくなる可能性もあるんだけど……それだと、いつ歩けるようになるのかわかんない。だから小さくなっている今のうちに手術で足ごと病気を切り落とそうってなったの」

「足を……切る……切断するってこと!?」

 

タクミの顔から血の気が引く。

まだ10歳でしかないタクミにとって、転んで足を切るだけでも相当の痛みなのだ。それが、足を切り落とすなんて話になればどれだけの痛みになるのか想像もつかない。

 

「うん、そうだよ」

「それ、大丈夫なの!?」

「大丈夫に決まってるじゃん。ちゃんとした先生が切ってくれるんだよ。それに……」

 

アキは一呼吸置き、まるで自分自身にも言い聞かせるように話し出した。

 

「ここで足を切って……病気を全部切り落として……義足にして……リハビリを頑張れば……歩くことができる。薬も副作用が弱いのに変えられるし、レーザー治療で毎日病院に通うこともなくなる……」

「でも……そんな……薬だけで病気が無くなる可能性だってあるんでしょ!!」

「あるよ……あるけど……」

「なら!!」

 

言いつのろうとするタクミにアキは静かに首を横に振った。

 

「ダメだよ、タクミ。それじゃあ、追いつけなくなっちゃうもん」

「追いつく……誰に?」

「誰って……タクミだよ」

「えっ、いや、僕はアキを置いていったりしないって!っていうか、いつも先に勝手に行こうとするのはアキの方じゃん!」

 

タクミがそう言うと、アキはくすぐったそうにクスクスと笑った。

 

「そうじゃないよ。そうじゃなくてさ……」

 

そして、アキはふと窓の外の夕焼けを見つめながら言った。

 

「私『地方旅』に行くタクミを見送って、思ったの。このまま、私がベットで寝てる間にもタクミは旅に出て、ジム戦して、リーグに出て、どんどん先に行っちゃう。タクミはチャンピオンになって私を待っててくれるって言ってくれたけど……」

 

その夢の話を持ちだされ、タクミは頬と耳元を赤くしたが、この夕暮れではその赤味にアキが気づくことはなかった。

 

「でも、やっぱり私は……私は……嫌だった。私はタクミと一緒に歩きたい、肩を並べていきたい……だから……少しでも早く歩けるようになるために私は手術を受けることにしたの。だから、タクミ……」

 

アキは不意にタクミの手を強く握りしめた。

 

「タクミ、わがまま言わせて」

「え……」

「タクミだけは……応援して欲しいの。タクミだけには『頑張れ』って言って欲しいの」

 

タクミの身体が硬直する。それは、手を握られたことで緊張したからではない。

 

『頑張れ』

 

それは、アキには言ってはいけない言葉の筆頭だった。

アキはいつも頑張っていた。頑張ってリハビリして、薬の副作用を堪え、寂しさに耐え続けてきた。

『頑張れ』と言ってもこれ以上何を頑張れというのかと思う程にアキは頑張っていた。

 

そのアキが『頑張れ』と言ってくれと頼んでいる。

 

「アキ……」

 

その時、タクミはアキの手が小刻みに震えていることに気が付いた。

指先は白くなり、冷や汗で冷たく湿ったアキの手。

 

それに気づき、タクミは自分の奥歯を噛み締めた。

 

アキだって怖いのだ。自分の決断に迷いがあるのだ。

 

手術の恐怖だってある。足を失う覚悟も決まっているかどうかだって怪しい。そして、手術をしたところで本当に歩けるようになるかどうかだって何もわからない。

不安に決まっている。怖いに決まっている。

それでも彼女は歩き出すために『頑張る』と言っているのだ。

 

「くそっ……」

 

本人がこんなにも戦おうとしているのに、他人である自分が狼狽えて泣きそうになっているなんて。

あまりに情けなさすぎて腹が立ってくる。

 

タクミはアキの手を両手で強く握り締めた。

 

「アキ!!」

 

タクミは大きく息を吸いこんだ

 

「頑張れ!頑張れアキ!頑張って、一緒に歩こう」

「うん……」

「僕はジムを巡って、バッジを手に入れて、絶対にリーグに出る。アキも頑張れ!勉強して、リハビリして、それで、アキも一緒にリーグに出よう」

「うん……うん……」

「アキは僕のライバルだろ。絶対にリーグでバトルしような!」

「うん!!」

 

アキの目から零れ落ちていく涙がタクミの両手に落ちていく。

その涙は熱くなっているタクミの体温に吸われて消えていく。

冷たく凍えていたアキの手はいつの間にか痛みを覚える程に熱くなっていた。

 

「アキ、頑張れ!!」

「うん!私、頑張る!!」

 

頑張っても頑張ってもどうにもならないこともある。

だが、タクミはつい最近それを覆したポケモンを知っている。

 

タクミは『自分は何も見てませんよ』とでも言いたそうなフシギダネをチラリと見る。

 

フシギダネはこのたった一週間で色々なものを『頑張って』克服したのだ。

 

アキだって、きっと上手くいく。

 

タクミは自分に必死にそう言い聞かせ、無理やりにでも笑っていたのだった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

ミアレシティの南側。

ペルルの噴水と呼ばれる、カロス最大規模の噴水を中心とした石畳の庭園が広がっている。その庭園を抜ければ本格的にミアレシティともお別れであった。

 

タクミ達は朝早くからポケモンセンターを出発し、病院に寄ってアキを連れだし、4人で石畳の上を歩いていた。

 

「それじゃあ、アキはまだポケモン持ってないのか?」

 

ミネジュンが驚いたようにそう言った。

アキはそもそも『地方旅』に参加する予定ではなかったから、色々と手続きをしておらず、10歳になるまではポケモン使用許可が降りないのだ。

 

「うん。誕生日がまだなんだよね。私3月産まれだから」

「ちぇっ、アキとバトルしてみたかったのにな」

「次に戻ってくるときは手続き終わってるだろうし、ポケモン貰ってると思うから、その時にね」

「おしっ!約束だぞ!!」

「うん、その時までにいっぱい勉強しとく」

 

ミネジュンと普通に話す彼女に昨日の思いつめた様子はない。

タクミは電動車椅子の持ち手を軽く握りながら、アキの顔色を伺っていた。

そんなタクミの視線にアキは当然気づいており、彼女はタクミの方を振り返って八重歯を見せるようにして不敵に笑ってみせた。

 

「タクミ、こっち見過ぎ」

「なっ!」

 

ハッキリと口に出され、タクミの頬が赤く染まる。

そして、そんなタクミを見逃すミネジュンとマカナではなかった。

 

「あれあれ~タクミく~ん、顔真っ赤だねぇ~そんなにアキと離れ離れになるのが嫌なのか?」

「そんなんじゃない!ニヤニヤするな!!」

「……タクミはミアレに残ってもいいよ……」

「マカナまで何言いだすんだよ!」

「……タクミがバッジを集められなければライバルが一人減る」

「当たり前の理屈を述べるように自然と毒吐くな」

 

マカナと随分打ち解けてきたせいか、彼女の口から辛辣な言葉が飛び出てくる割合が増えてきているような気がしていた。

 

「まぁまぁ、2人共。タクミは私を心配してくれてるんだから」

「そうだよね~タクミはお嫁さんのことが心配だもんね~」

「そんなんじゃないって言ってるだろ!!」

「はははははは!顔真っ赤だぜ、タクミ!」

「うるさい!!」

 

タクミは弄り倒されて憤慨しながらも、心のどこかで逆に安堵していた。

昨日のアキの姿をタクミは今も鮮明に思い出せる。アキがあの状態を引きずっているなら、タクミは自分が旅立ちを躊躇してしまうだろうと思っていた。

 

だが、アキはやっぱり強かった。タクミの心配は無用だったようだ。

 

そんな話をしているうちに、タクミ達は庭園の出口へとたどり着いた。庭園の境界を示す花のアーチには『良い旅を』の文字が針金を基盤にしたツタにより描かれていた。舗装された石畳はそのアーチで終わり、その外は舗装されていない剥き出しの土の道が続いている。視線をあげれば、目の前にはだだっぴろい草原。その中を蛇行することなく進む道。その道にはわずかな勾配がついており、遠くまでは見通すことができない。

 

「私はここまでかな……」

 

アキがそう言って車椅子のブレーキをかけた。

 

アキが立ち止まる。

 

タクミ達はそのまま歩き続ける。

 

タクミ達はそのアーチから一歩外に足を踏み出し、アキを振り返った。

 

「それじゃあ、ここでお別れだね」

「うん」

 

アキは小さく頷く。

そのアキに向け、ミネジュンが握手の為に手を伸ばした。

 

「そんじゃアキ、次に会った時はライバルだぜ!」

「うん。っていうか、ミネジュンさっきからそればっかり言ってるよ?」

「あれ、そうだっけ?でもいいじゃんいいじゃん!ライバル宣言は何回やったって」

「そうかな?」

「そうだって、がハハハハ!」

 

ミネジュンはアキの手をブンブンと振り回すように握手を交わした。

 

そして、次にマカナがアキと手を繋ぐ。

 

「……アキ、身体に気を付けて」

「うん。わかってるよ。マカナも旅の間、体調崩さないようにね」

「……うん……気を付ける……」

「旅のお話、楽しみにしてるからね」

「……それは……難しいかも」

「えっ?」

「……喋るの苦手」

 

至極真面目な顔でそう言ったマカナ。

思わぬ返答にアキだけじゃなくタクミとミネジュンも声をあげて笑った。

 

「まぁ、それでもいいから。旅のこといろいろ教えてね」

「……うん……ホロキャスターで時々連絡する」

 

マカナはそう言ってスッと彼女から手を離した。

 

最後にタクミがアキの前に立った。

 

「アキ」

「タクミ」

 

2人はパチンと景気の良い音を立ててハイタッチをした。

 

「頑張れよ、アキ!!」

「うん!タクミも頑張って!!」

 

2人の間にそれ以上の言葉はいらなかった。

大事なことは昨日の間に全て話した。

あとはただ、自分の道を信じて歩いて行くだけだ。

 

そして、タクミが一歩後ろに下がり、アキに半分背を向けながら歩き出す。

それを合図にミネジュンとマカナも手を振りながら歩き出した。

 

「アキ!またなぁ!」と、ミネジュンが飛びはねながら手を振っていた。

「……風邪引かないようにね」と言ったマカナであったが、その声は小さくアキには届かなかっただろう。

「行ってくる!!」と、タクミは拳を突き上げていた。

 

そんなタクミ達に向け、アキは声を張り上げた。

 

「次に戻ってくるときにはバッジをゲットしてきてよ~!みんなの武勇伝!待ってるからねぇ!!」

 

アキの言葉に返事をするように手を振るタクミ達。彼等はアキの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。アキもまた、彼等の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。

 

タクミ達は道に従って歩き、小高い丘を越えていく。ミアレシティが遠ざかり、プリズムタワーが青く霞んでいく。そして、町の大部分が地平の下に消えた頃、タクミ達は分かれ道へと差し掛かっていた。

 

「分かれ道だ」

 

ミネジュンがどこか嬉しそうにそう言った。

進むべき道は3つ。だが、誰も地図を広げようとはしない。

彼等はその道の先に何があるのかを地図を熟読して把握している。どの道を進んでも行き着く先はジムのある町だ。だからこそ、彼等はここで別れることに決めていた。

 

ミネジュンはその交差点の真ん中に立ち、真っすぐ前を指差した。

 

「俺はもちろんこのまま真っすぐいく!」

 

ミネジュンらしい選択だった。

 

「……じゃあ、私はこっち……」

 

マカナが右の道を指差す。

 

「それじゃあ、僕がこっちだね」

 

タクミが選ぶことになった左の道。

その先にあるジムの情報を頭の中で何度も復唱しながら、タクミは足を踏み出した。

 

「それじゃあ、みんな。またどこかで!!」

「……うん!」

「よっしゃあ!行くぜぇぇ!!」

 

彼等はしばらくお互いに手を振っていたが、すぐさま前を向いて歩き出す。

 

別々の町へと旅立っていく3人。そして、町の中に残る1人。

4人はそれぞれの別の道を行く。

だが、その到着点はポケモンリーグただ一つ。

 

困難な道だ。挫折もあるだろう。涙も流すだろう。

だが、それと同じくらい多くのことを成し遂げ、喜び、笑うだろう。

 

彼等はもう立派なポケモントレーナーなのだから。

 

「よっし!行くぞ!!」

 

逸る気持ちを抑えられず、自然と足早になっていくタクミ。

 

この道の先にあるのはハクダンシティ、ハクダンジム。

 

今、タクミの『旅』が始まったのだった。

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