ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて 作:からんBit
『地方旅』が始まって二日目。
ポケモンセンターとの距離を見誤り、野宿をすることになったタクミであったが、朝起きて早々に問題が発生していた。
「キ~バ~ゴ~~~~お前な~~~」
非常に渋い顔でキバゴを見下ろすタクミ。その隣では、フシギダネがこめかみに青筋を浮かべ、鬼のような形相でキバゴを睨んでいた。
「ダネダネダ!」
抗議するように吠えるフシギダネ。
そして、両者の視線に晒されているのは地面にペタンと座って明後日の方向を向いているキバゴであった。
「キバ……」
素知らぬ顔ですっとぼけようとするキバゴであるが、その隣に散らばっているオボンの実の茎が物言わぬ証拠であった。
「キバゴ!お前の分は1個だけだって言ってたろ!!フシギダネの分まで食べちゃって!」
「キバキバ!キバキバ!」
何か言い訳をしようとしているキバゴであるが、弁明の余地はない。
キバゴは間違いなくオボンを2個食べており、『傷ついた野生ポケモンに譲った』とか、『腐ってたから捨てたのだがそれを黙っている』とか、そう言った美談めいた裏話がないことは確認済みだ。
タクミが朝起きたらキバゴがテントの片隅でオボンの実を両手にもって美味しそうに頬張っていたのだから間違いない。咎められた瞬間に証拠隠滅しようとオボンを飲み込んだ瞬間までバッチリと見ている。
それでもなんとか誤魔化す道を探ろうとしているキバゴにタクミはかなりご立腹であった。
当然、フシギダネも自分のきのみを食べられたのだからその怒りは収まらない。
「キバゴ、お前は朝ご飯は抜き」
「キバァ!?」
キバゴが『そこまでするぅ!?』という目で見上げてきたが、当然のお灸だ。
だが、タクミは苦虫を10匹程噛み潰したような顔をして鼻息を吹き出した。
「と言いたいとこだけど。旅を始めて2日目でいつ野生ポケモンに出会うかわかんない。お前に空腹で倒れられたら困るから御飯は食べていい」
「キバ……」
安堵のため息をつくキバゴ。だが、タクミとフシギダネの留飲は下がらない。
「ただしキバゴ!この罰でどこかで受けてもらうからね。具体的に言うと、どっかでおやつを減らすから」
タクミがそう言うと、フシギダネが『当たり前だ』と言わんばかりに大仰に頷いた。
「キ、キバ……」
項垂れるキバゴを見ながら、タクミとフシギダネはほぼ同時にため息を吐きだした。
「さぁ、御飯にして、さっさと片付けて、さっそく出発しよう。今日中にはポケモンセンターにつきたいしね」
本来、昨日のうちにたどり着く予定だったポケモンセンターまではここから半日程かかる。
到着は昼頃になるので、歩みを止めるのには少し早いのだが、タクミはそこで一泊する予定だった。
ミアレシティとハクダンシティを繋ぐ4番道路はまだまだ距離があり。抜けるのにはまだ数日かかる。
最初の旅路ということもあり、タクミは無理はしない方針であった。
なにせ、ポケモン界の道はほとんど舗装されておらず、山を切り開いて作ったような間道のような道ばかりだ。
できるだけ起伏の少ないように作られてはいるものの、それでも峠を越えるため坂道を進むことも多い。
一応、4番道路とは別ルートでミアレシティとハクダンシティを繋ぐ道もあるにはある。舗装され、ポケモン除けがなされ、車が行きかうような歩きやすい道だ。地球界からもたらされた技術がふんだんに盛り込まれた交通路でポケモン界の都市間の行き来は大分楽になったらしい。だが、タクミはそういった道を使うつもりはなかった。ポケモン界に来たというのに、野生ポケモンのいない道を歩いてなんの意味があるのか、という話だ。そこを使うのはポケモンリーグ開催に間に合わなくなりそうな時の最終手段にしようとタクミは誓っていた。
簡単なサンドイッチの朝食をとり、終始ピリピリした空気のフシギダネとキバゴを宥め、テントを早々に片付けてタクミは再び4番道路を歩き出した。
空は快晴。風は軟風。間道の左右からは時折ポケモンの声が聞こえ、稀に好奇心旺盛なポケモンが顔をのぞかせる。タクミは風に流されるように飛んできたフラベベ達に手を振りながら先を急いだ。
GPS機能を搭載したタウンマップを確認しながら歩き続けていると、道の先にポケモンセンターが見えてきた。ドームのようなデザインの建物に巨大なPの文字看板が立つポケモンセンターだ。
『地方旅』に地球界から大勢のトレーナーが入り込んできてはいるものの、ポケモン界のジムは多く、ルートも無数にある。それに、出発のタイミングも人それぞれであることもあり、ポケモンセンターはそれ程混雑しているわけではなかった。
タクミは念のためにキバゴとフシギダネの健康チェックをジョーイさんにお願いし、その間ロビーで紙の地図を引っ張り出していた。
「……思ったより時間かかるな……ハクダンシティまでは予定より2日程長くかかりそうだ。ということは次のポケモンセンターの位置は……」
タクミはタウンマップの履歴を見ながら昨日までに踏破した距離とこれから進む距離を計算してハクダンシティまでの予定を修正していく。
「帰り道はどうしよう……最短ルートを歩いてきたけど、せっかくカロス地方に来たんだし、サイホーンレースとかも見ていきたいよな……それに他の道でポケモンを探してもいいし……そう考えると、やっぱこっちを通って……まぁ、帰りはジム戦に勝ってから考えるか……」
タクミはぶつぶつと独り言をつぶやきながら、地図に書き込みをしていく。
それから電話ボックスに向かい、両親に最初のポケモンセンターに到着したことを伝え、ホロキャスターで友人達にメッセージを送っておく。
ミネジュンからは『今は森の中で仲間をゲット中』と返信があり、マカナからは『多分、今日も野宿』と少々心配になる返事があった。まぁ、マカナのルートが最初のポケモンセンターまでの距離が一番遠いのはわかっていたことだった。
ちなみにアキからは『無事に着いて良かった。私は授業視聴中』と返ってきたのでそれ以上メッセージを送るのは控えることにした。
そうこうしているうちにキバゴ達の健康チェックが終わった。
「はい、あなたのポケモンはみんな元気になりましたよ」
「ありがとうございます」
モンスターボールを確認して、ベルトのホルスターに詰めていると、ジョーイさんが話しかけてきた。
「あなた、この辺じゃ見ない顔ね。『地方旅』の途中?」
「はい。出発したばかりです」
「そうなの。じゃあ無理はしないようにね。旅に出たばかりは体調を崩しやすいんだから」
「わかりました。とりあえず、今日はここに泊まります」
「その方がいいわ。それじゃあ、部屋をとっておくわ」
「お願いします」
身分証がわりのポケモン図鑑を渡して部屋を確保してもらい、タクミはちょっと遅めの昼食を取ることにした。
ポケモンバトルフィールドも併設されているこのポケモンセンター。
フィールドが見える場所でビュッフェ形式の昼食をとるタクミであったが、生憎バトルは誰もやっていなかった。
タクミの隣ではキバゴとフシギダネも食事をしていたが、朝のことが尾を引いているせいか険悪なムードが消えていない。トレーナーとしてどうにかするべきかもしれなかったが、そもそもキバゴが悪いので、フシギダネにキバゴが自分から謝るまではタクミも口を出すつもりはなかった。
そんな時、タクミは不意に声をかけられた。
「ねぇ、ここ空いてる?」
「え?」
見上げると、そこには半そで短パンと、軽装の少年が立っていた。
およそ同年代くらいの相手にタクミは愛想よく返事をした。
「いいよ」
「ありがと。いや、突然ごめんね。さっき君が『地方旅』を始めたばっかりって話してたのを聞いちゃってさ」
「それじゃあ君も?」
「ああ!俺はメイスイタウンのジャミル!よろしく」
「よろしく!僕は地球界のタクミ」
そう自己紹介すると、ジャミルは大きく目を見開いた。
「おぉお!君、地球界の人間なの!?初めて見たよ!!」
「えっ?そうなの?」
「ああ、俺の町って結構田舎でさ。ジムもないし地球界からやってくる人なんてほとんどいないんだよ」
「へぇ」
「でもさ、地球界もポケモン界も人間は全然変わらないんだな」
「そりゃね。だから、もしかしたら地球界の人とも会っても気づいてないだけなんじゃないの?」
「それはそうかも。なぁなぁ、地球界ってポケモンが一匹もいなかったって本当なのか?」
「うん、そうだよ」
「どっひゃー、マジかー……信じられないなー……あっ、でも野球とかサッカーとかはあったんだよな?」
「うん、それは僕も驚いた。まったく違う世界だったのに、流行りのスポーツは一緒で、ルールとかまでほとんど同じだったんだよね」
「そうそう」
「あっ、そうだ僕からも聞いていい?ポケモン界の学校って3種類しかないんだよね。初等学校と高等学校、それと大学」
「うん。10歳で『地方旅』に出るまで5年間の初等学校と、『旅』から帰ってきた後に入る同じく5年間の高等学校。でも、『旅』の後で学校に入るのは半分ぐらいだよ。旅の間に目標が見つかって働きだす人が多いからね」
「へぇ……でもまぁ、地球界でも学校は色々あるし、そんなものなのか」
お互いに知らない世界で育った者同士であり、出発したばかりの『地方旅』の仲間ということもあって、2人の話は随分と弾んだ。そして、話が終われば次にやることはトレーナー同士の暗黙の了解で決まっていた。
「そうだ、ここで会ったのも何かの縁だし。ポケモンバトルをやらない?」
「いいね。望むところだ」
タクミとジャミルは不敵な笑みを浮かべながら席を立つ。
タクミはリュックに地図を突っ込み、腕を回して肩の緊張を解いた。
「それで、ルールはどうする?」
タクミがそう聞くと、ジャミルがタクミに両手を合わせて小さく頭を下げた。
「そこんところなんだけどお願いがあるんだ!」
「なに?」
「俺、さっき2匹目の手持ちを加えたばっかりなんだ。だからさ、ダブルバトルってのをやってみたいんだ。いいか?」
「ダブルバトル!いいね!や……」
『やろう』と意気揚々と返事をしようとしたタクミの台詞が喉元で止まる。
「あぁ……ダブル……ダブルか……」
「ん?どうかしたのか?タクミにはキバゴとフシギダネがいるんじゃねぇの?」
「いや、うん、まぁ、そうなんだけど……」
タクミがキバゴとフシギダネに目線で尋ねる。
「キ、キバ……」
「ダネッ!」
どこか消極的に見えるキバゴと逆に戦意に溢れているフシギダネ。
いつもと正反対の光景に、タクミは苦笑いをした。
「あぁ、その、別に問題は無いんだけど……」
「ん?」
「今朝、キバゴとフシギダネが喧嘩しちゃって」
タクミはそう言ってバツが悪そうに笑う。
ジャミルもまた「それはお気の毒様だな」と、曖昧な笑顔を浮かべた。
「どうする?別に俺はダブルにこだわらないけど」
「いや、せっかくの申し出だし。受けるよ……キバゴが謝るきっかけになるかもしれないし」
「いいのか?負けても恨みっこなしだぞ」
「もちろん!」
タクミはキバゴとフシギダネを一度ボールの中に戻し、2人してポケモンセンター脇のバトルフィールドへと出ていった。昼をわずかに過ぎた頃合い。天気は良いが、ギャラリーはいない。それでも、タクミとジャミルにとってはバトルできるだけで最高であった。
「俺から行くぜ!!出てこい!ホルビー!ヤヤコマ!」
ジャミルが投げ上げたボールから2匹のポケモンが飛び出してくる。
「ホビッ!」
「ヤコヤコ!」
ホルビーとヤヤコマ。図鑑を開いてそのポケモン達を手早く確認し、タクミは乾き始めた唇を舌でなぞった。まだまだ『新人』のタクミ。何回やってもポケモンバトルには独特の緊張感が伴う。
「よし、行ってこい!キバゴ!フシギダネ!」
「キバッ!」
「ダネ……」
バトルとなって気持ちを切り替えたように見えるキバゴであるが、やはり横目にフシギダネの顔色を伺っている。
フシギダネもまたバトルの目つきにはなっていたが、不貞腐れているのがわかる。
こういう時はトレーナーがしっかりしないといけないというのはわかるが、正直に言えばこの2人の手綱を握り切る自信はあまりなかった。
やっぱりダブルバトルを受けたのは失敗だったかもしれない。
そんなことを思いつつも、バトルをやるからには常に勝利を目指すのが礼儀。
タクミは気合いを入れなおした。
バトルフィールドに備え付けられている審判AIが起動する。
「フィールドスキャン、フィールドスキャン、バトル承認、バトル承認!時間無制限!バトル開始!!」
ゴングの音ががなり、審判AIが旗をクロスさせる。
「ヤヤコマは空から、ホルビーは地面からだ!行け!!」
「ヤコッ!」
「ホビッ!」
バトル開始と同時にヤヤコマが空高く飛び立ち、ホルビーが自慢の耳をドリルのようにして地面へと潜り込んだ。
「……これは……」
いきなり的を散らされた。タクミは「なるほど」と呟く。ジャミルがダブルバトルを望んだ理由が分かった気がした。
「キバゴ!お前はホルビーを……って、キバゴ……なにしてるの?」
「キバキバ!!」
キバゴはなぜかフシギダネの背中に上り、頭上のヤヤコマを睨みつけている。
まるで『上は任せろ』とでも言っているつもりなのだろうが、生憎とフシギダネのこめかみの青筋は見えていないらしい。
「ダネダ!!」
スパンと音がしてキバゴが“ツルのムチ”で叩き落とされる。
「キバ……」
「ダネダ!!」
「……キバゴ、フシギダネ……2人とも……」
いきなり仲間割れ一歩手前のようなキバゴとフシギダネ。ガックリと肩を落とすタクミ。
それを見たジャミルは指示を出していいのかどうか悩んだまま、気まずい顔をしていた。
「えと……続けていい?」
気が付けばヤヤコマも低い位置に降りてきてホバリングしている。
ホルビーも地面に開けた穴から顔をのぞかせて、心配するように目を細めていた。
ジャミル達の優しさが今は辛かった。
「いいよ、続けよう」
「よ、よっし。ホルビー!“あなをほる”!ヤヤコマ!上をとれ!」
ジャミルの指示に従い、ホルビーは再び地面の中に、ヤヤコマは上空へと飛び上がった。
「キバゴ!フシギダネ!今は今朝のことは忘れるんだ!いいな!!」
「キバッ!」
「ダネ」
だが、ホルビーは地面の下で、ヤヤコマは空の上。こうなってしまっては、遠距離攻撃の無いタクミのポケモンは直接攻撃する術がない。ならば、狙うのはカウンターただ1つ。
キバゴはフシギダネの左後ろに回り込み、フシギダネの死角をカバーする。
「そこだ!ホルビー!飛び出せ!」
「ホビッ!!」
突如、キバゴとフシギダネの横の地面が盛り上がり、中からホルビーが飛び出した。
耳をドリルのように回転させて突っ込むホルビー。狙いはフシギダネだ。
「キバゴ!カバーだ!」
「キバッ」
キバゴがフシギダネをホルビーから守れる位置へと身体を挟み込む。
防御態勢をとるキバゴ。キバゴの耐久力ならホルビーの攻撃を受け止めて反撃できる。だが、そうは問屋が卸さなかった。
「させるな!ヤヤコマ!“でんこうせっか”」
太陽を背にしていたヤヤコマが上空から弾丸のような勢いで突っ込んでくる。
「フシギダネ!“ツルのムチ”で受けろ!」
フシギダネが“ツルのムチ”を伸ばす。だが、ヤヤコマはその隙間をすり抜け、キバゴの脇腹へと嘴を突き立てた。
「キバッ!」
横からの不意打ちにキバゴの姿勢が揺らぐ。そのせいでキバゴの守りに僅かに間隙が産まれる。その守備の揺らぎ目掛けて、ホルビーが一気に駆け抜けた。
「ダネッ!」
ホルビーの攻撃を受けたフシギダネの身体が衝撃で傾いたかのように見えた。だが、フシギダネは伸ばしていた“ツルのムチ”でホルビーのドリルの切っ先を逸らし、最小限のダメージで切り抜けていた。
どうやら、最初からキバゴの防御など信用していなかったようであった。
タクミは頭を抱えたい気持ちを飲み込んだ。
「キバゴ!大丈夫か!?」
「キバキバッ!」
ヤヤコマの攻撃を受けてひっくり返っていたキバゴが飛び起きる。
その両腕には既に“ダブルチョップ”を纏っていた。
キバゴはヤヤコマの攻撃を受けた時に自分の判断でワザを使って反撃していたのだ。
タクミの指示なく最適な行動をしてくれるキバゴに感謝であるが、どうしても今日はキバゴを誉める気にならないタクミであった。
最初の攻防が終わり、ヤヤコマはすぐさま空へと逃げて太陽の中に身を隠す。
ホルビーもまた、地面に穴を空けて地中へと戻っていった。
「思った以上に厄介だな」
空と地面の同時攻撃。しかも、視界の外からの攻撃にタクミの顔が渋くなる。
ポケモン達の連携が生きてこそのダブルバトル。ジャミルは『地方旅』に出たばかりだと言っていたが、既にこの一度のやり取りだけでホルビーとヤヤコマが連携の練習を重ねていることが伺えた。
ポケモンに慣れているからこそ、ポケモンへの指示も素早く、バトルの組み立ても上手い。
こういう細かいところでポケモン界と地球界の人間には差が出る。
1つ1つは小さな差に過ぎないかもしれないが、バトルという場ではそれが如実に現れる。
だが、だからといって地球界のトレーナーだって何もできないわけではない。
「フシギダネ!“やどりぎのタネ”だ!」
「ダネ?」
フシギダネが怪訝な表情でタクミを振り返る。
今のフシギダネのバトルでは“やどりぎのタネ”による戦術は主に2つだ。フックショット移動の起点にするか、罠として地面に埋め込むかだ。
だが、相手は空を飛んでいるヤヤコマとバトルフィールドのどこから飛び出てくるかわからないホルビーだ。今回ばかりはフシギダネで起動戦を仕掛けても利は薄い。罠としてばらまいたところで、引っ掻かかってくれるはずもない。
だから、タクミが想定していたのはもう少し別の使い方だった。
「フシギダネ!」
タクミは掌を地面に向け。左右に手首を数度振ってみせた。
ジェスチャーによる意思伝達であったが、フシギダネはまたもや小首を傾げる。
タクミの意図が伝わらなかったらしい。
「フシギダネ。だから……」
作戦の内容を口にするのは少々憚られたが、この際そうも言ってられない。
だが、タクミが喋ろうとしたその瞬間だった。
キバゴが素早くフシギダネに耳打ちをした。
「キバキバキバキバキバ……」
「ダネ?ダネダ!」
フシギダネは何かを察したかのように“やどりぎのタネ”を周囲に打ち込んでいく。
一見すると手あたり次第にタネをばらまいているようにしか見えず、ジャミルはニヤリとほくそ笑んだ。
「当てずっぽうか?それじゃあヤヤコマにもホルビーにも当たらないぜ」
構わなかった。タクミの目的は別にある。
キバゴがこちらの意図をくみ取ってフシギダネに伝えてくれたか否かは定かではなかったが、タクミにはなぜか確信があった。
「フシギダネ!ホルビーに集中!キバゴ!フシギダネの上でヤヤコマを警戒だ!」
「キバッ!」
「ダネッ!」
キバゴがフシギダネの上に乗る。先程とは違って、フシギダネもキバゴを払い落したりはしなかった。
「へぇ……」
ジャミルはそれを見て、嬉しそうに唇の端を持ちあげる。
「ちゃんとタクミの指示なら聞くんじゃん」
バトルの前は自信なさそうにしてたタクミ。だが、一度バトルになるとポケモン達はちゃんとタクミの指示を聞く。ジャミルはタクミがちゃんとトレーナーしているのを見れたのが自分のことのように嬉しかった。
「だけど、だからこそ、手加減はしないぞ!ホルビー!もう一度“あなをほる”」
ジャミルの指示に地中でホルビーが狙いを定める気配が伝わってくる。
空を見上げればヤヤコマが既に臨戦態勢だ。
「……さぁ……どうなるかな……」
問題は自分の戦術が上手くいくかどうか。
「ダネ……」
フシギダネもホルビーが飛び出した瞬間を狙おうと、気を張り巡らせる。
ヤヤコマの監視はキバゴに一任する。キバゴならタクミが指示を出さなくても、迎撃してくれる。
地響きの音に耳をすませ、フシギダネと呼吸を計る。
そして、フシギダネの右側の土が盛り上がった。
「フシギダネ!右だ!!」
「遅いぞ!ホルビー!突っ込め!」
先程と同じように耳をドリルのようにして、飛び出してきたホルビー。
完全にフシギダネの死角を狙った攻撃。まともにくらえば一撃もあり得る速度だった。
だが、そこで計算違いが起きた。
ホルビーのスピードが地面を突き破った瞬間に急激に減速したのだ。
「ホビッ!?」
「えっ!?なんだ!?ツタ!?」
ホルビーの身体に無数の木の根が絡みついていていた。それは網のようにホルビーを捕らえ、地面に縫い付けるかのようにしてホルビーの動きを封じた。
それはタクミが撃ち込ませた“やどりぎのタネ”だ。
フシギダネはタネを地面の表層ギリギリの場所に網のように成長させていたのだ。ホルビーが地面の下から飛び出してきた瞬間を絡めとる罠だ。
タクミの指示を完璧に把握してくれたキバゴに感謝をしつつ、タクミは指示を飛ばす。
「フシギダネ!!“ツルのムチ”」
「まずい!ヤヤコマ!フォローしてくれ!」
ヤヤコマがホルビーに絡みついた根を外そうと突進してくる。
「フシギダネ!ヤヤコマが先だ!キバゴを打ち上げろ!」
キバゴがフシギダネの上から軽くジャンプし、フシギダネの“ツルのムチ”の上に乗った。
「キバッ!」
“ツルのムチ”をジャンプ台のように扱うつもりのキバゴ。
キバゴは足に力を込め、“ダブルチョップ”にエネルギーを集中させる。
そして、思いきり飛ぼうとした。
「キバァッ!……キバ?」
なぜかキバゴは飛べなかった。
キバゴはフシギダネに足を掴まれて、空中で逆さづりになっていた。
「キバ?」
キバゴとフシギダネの目が合う。
フシギダネは斜目でキバゴを睨み“ツルのムチ”でキバゴの足を掴んでぶら下げる。
「ダネ……」
そして、フシギダネは投げ縄のように“ツルのムチ”をぶん回しだした。
「ダ~~ネネネネネネネネネネ!!!」
「キババァァアアアアアアアア!」
そして、フシギダネは遠心力が最大なった瞬間にキバゴを投げた。
「ダネッ!!!!!」
「キバァァァアアア!」
今朝の仕返しなのだろうが、少しやりすぎな気もするタクミであった。
だが、フシギダネの狙いは完璧だった。目を回しながらもキバゴは空中でなんとか姿勢を整え、ヤヤコマへと攻撃を叩きつけた。フシギダネの投擲にキバゴの攻撃力を乗せた攻撃だ。クリーンヒットした一撃はヤヤコマをフィールド外まで吹き飛ばした。
「キバぁ……」
「ヤコぉ……」
目を回しながらもフラフラと立つキバゴと、フィールドの外で動かなくなったヤヤコマ。
「ヤヤコマ、戦闘不能!」
審判AIの声を聞きながら、タクミは改めてフシギダネに指示を飛ばす。
「フシギダネ!ホルビーにトドめだ!“ツルのムチ”」
「ダネダ!!」
既に“やどりぎのタネ”でかなり体力を奪われていたホルビーはフシギダネの一撃で昏倒した。
「ホルビー、戦闘不能!よって勝者、キバゴ&フシギダネ!」
「よっし!!だけど……まぁ……ほんとにお前らは」
「ダネ」
「キババァ……」
喜ぶタクミ、少しは留飲が下がったフシギダネ、そして軽傷のはずなのに疲れ果てているキバゴ。
『地方旅』に出て最初のバトルは勝利に終わった。だが、なんとなく釈然としないタクミであった。
バトルを終え、握手を交わしたタクミとジャミルは再びロビーに戻ってきていた。
「いやぁ、タクミすげぇのな。“やどりぎのタネ”をあんなふうに使うポケモンなんて見たことないぜ」
「ありがと。でも、キバゴがしっかり僕のジェスチャーをくみ取ってくれてよかったよ」
「あの掌ヒラヒラか?あれが“やどりぎのタネ”の指示だったのか、わかんなかったなぁ。いやぁ、なんていうか『負けた』っていうより『ぶったまげた』って感じだ」
「そう言ってくれると嬉しいけど……最後のあれはね」
「ぶん投げてたな」
「ぶん投げてた」
タクミは自分の隣にフシギダネをおろした。
ソファの上で悠々と横になったフシギダネ。そのソファの下ではキバゴが困り顔でフシギダネを見上げていた。
「気になってたんだけど、どうして喧嘩になったんだ?」
「えーと、それは……」
タクミはジャミルに今朝の経緯をかいつまんで説明した。
「なるほどな、それじゃあ、ほい、これ」
「あ、オボンの実。いいの?」
「ああ。良いバトルさせてもらったからな。キバゴ」
そう言ってジャミルはキバゴにオボンの実を手渡した。
「ほれ、これで仲直りするんだぞ」
「キバ」
両手でオボンの実を受けてとったキバゴ。
その時、キバゴのお腹がぐぅ~と音を立てた。
「…………」
「…………」
タクミとジャミルが無言でキバゴを見下ろした。
『まさか自分で食わないよな?』
2人の目は不信感に染め上げられていた。
「キバキバ!」
さすがに心外だったのだろう。キバゴは抗議するように手をブンブンと振り回した。
そしてキバゴはオボンの実を大事そうに抱え、それをフシギダネの方へと持って行く。
キバゴはソファの上によじ登り、フシギダネの隣に座り込み。深々と頭を下げ、キバゴはオボンの実をフシギダネに差し出した。
「キバァ……」
「…………」
しっかりと反省の姿勢を見せるキバゴ。
だが、先程からキバゴの腹の虫は収まっていない。
「ダネ………」
フシギダネは溜息をつきながら、“ツルのムチ”でオボンの実を受け取った。
「ダネダ、ダネダネ!!」
そして、オボンの実をジャグリングしながら、フシギダネは厳しい声音でキバゴに問いかける。
それをキバゴは慌てて何度も頷いた。
「キバッ!キバッ!」
「ダネ」
そんなキバゴにフシギダネも矛先を収めたのか、フシギダネはオボンの実を二つに割ってその半分をキバゴに差し出した。
「キバ?」
「ダネ」
「キバァ!」
フシギダネは顔を背けながらオボンの実の半分を自分で頬張る。
キバゴも嬉しそうにオボンを受け取り、嬉しそうに頬張る。
それを見て、タクミとジャミルはホッと息を吐きだした。
「これで一件落着だな。タクミ」
「ありがとジャミル」
「礼なんかいいって。その代わり、次会った時もバトルしてくれよ」
「うん」
タクミとジャミルはそう言って笑い合う。
「それにしても、タクミって強いな。地球界のトレーナーなのに」
「え?」
「あっ、わりぃ、その、他意はないんだ、でも、なんていうかその……」
「わかるよ。地球界のトレーナーで活躍してる人ってほとんどいないもんね」
地球界出身のトレーナーがチャンピオンになった例はなく、四天王にすら届いた人はいない。
ジムリーダーなら何人かいるが、どれも活躍しているとの話は聞かない。
それだけ地球界とポケモン界のトレーナーのレベルが違うのだ。そのことで優越感をもって馬鹿にしてくる人間もいるし、挑発してくる人もいる。タクミはポケモン界を行き来することの多い父親からそんな話を聞かされていた。
「タクミはやっぱリーグを目指してるの?」
「うん、目指すはポケモンリーグ本戦出場!」
「すげぇな。でも、地球界出身の新人トレーナーでリーグ本戦に出れるのって、毎年1人いるかいないかだぞ」
「へへっ、今年は3人ぐらい入るかもよ」
「ほう、なかなか言うじゃん。応援してるぜ」
「ありがと。ジャミルはリーグは目指してはないの?」
「まぁな。俺は、この旅でカロス中にあるカフェを巡りたいんだ」
「カフェ?」
「そっ、俺は将来自分のカフェを開くことが夢なんだ。その為にカロスのあちこちを巡って最高に美味しい紅茶とそれに合うメニューを探す。俺はそのためにホルビーと旅に出ることにしたんだ」
「へぇ……」
誰しもが最強を目指して旅をするわけではない。だが、歩く先には必ず夢がある。
ポケモン界の人達にとって10歳の『地方旅』は自分の人生と向き合い、目標を決めるための大事な時間なのだろう。旅行気分がどうしても抜けない地球界のトレーナーとはその点が大きく違う。
地球界の新人トレーナーが結果を残せないのも、やはりそう言った心構えの問題もあるのかもしれなかった。
「それじゃあ、この後はミアレシティに行くの?」
「おう!もちろんだ!あそこはカフェの町だからな、巡って巡って巡りまくるぜ!!タクミはこのままハクダンシティ?」
「うん、人生最初のジムへの挑戦だ」
「そっか。じゃあ、明日の朝にはお別れだな」
「うん。でも、ジャミルに会えてよかったよ」
「俺もだ。すげぇ刺激になった。そうだ!俺の育った街で作った紅茶を持ってんだ。飲んでくれねぇか?」
「よろこんで!」
旅とは出会いと別れの繰り返し。
ほんの半日の間にも、交流があり、友情が産まれる。
そんな日々を積み重ねることもまた『地方旅』の醍醐味だ。
タクミの旅はまだまだ始まったばかり。