ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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ジム戦という厚い壁

4番道路を無事に抜けたタクミはハクダンシティへと足を踏み入れていた。

 

ハクダンシティはカロス地方の平均的な主要都市の1つだ。ミアレシティには及ばないが、4番道路で立ち寄った町よりかは遥かに大きい。そんなハクダンシティの町を歩くタクミの足元にはキバゴがトテトテと歩いており、ひっきりなしに周囲を見渡していた。普段はモンスターボールに入っているキバゴだがどうやら今日はタクミと一緒に歩きたい気分だったらしい。

 

そんなキバゴがタクミのズボンを引っ張った。

 

「キバ!キバキバ!」

「どうしたの?」

 

キバゴは何かに興味津々な様子でタクミを引っ張ろうとしていく。その様子は遊園地を目前にした幼稚園児のようでタクミは嫌な予感を覚えた。タクミはキバゴが引っ張っていこうとしている方向に目を向ける。

 

その途端、タクミは目を細めてすぐさま足を別方向へと向けた。

 

「そっちには行かないよ。それは後」

「キバキバ〜」

 

さすがのキバゴでもタクミを引きずる程のパワーはない。それでも諦めずにタクミのズボンの裾を引っ張るキバゴ。キバゴが行こうとしていたのはハクダンシティの街中に作られた大きな公園であった。花壇の迷路や巨大ジャングルジム、ローラースケートで遊べるサーキットなどがあり、キバゴが遊ぼうとしているのは明白だった。

 

「どんなにゴネてもダメ!ハクダンシティに着いたからにはまずはジム戦が先!終わったら遊んでいいから」

「キバ?」

 

『ホント?』と言いたげなキバゴの瞳。きゅるるん、と効果音が出そうなほどに涙を溜めた“つぶらなひとみ”にタクミは溜息を吐いた。初対面の相手ならほだされるかもしれないが、タクミはそれが演技であることを見抜いていた。映画のキメポーズを日頃から意識しているキバゴ。最近、意図的な表情を作ることにも上達してきている。

一体何を目指しているのか。

 

だが、ここでムチばかり叩きつけても仕方がない。

 

「わかった。約束する。ジム戦で勝てたら遊びに行こう」

「キバァ!」

 

諸手を上げて喜んだキバゴはすぐさまタクミ肩の上に這い上がった。

 

「キバッ!!」

 

自分と視線を合わせてきたキバゴとタッチを交わし、タクミはあらかじめ調べていたジムの方へと歩いていった。

 

なんの変哲もないハクダンシティの町並み。店先で買い物をする親子、ポケモンセンターの前で雑談しているトレーナー、塾帰りの子供達。どこにでもある普通の光景だ。

だが、これから初めてのジム戦に挑むと思うとその町並みもどこか自分を導くゲートのように見えてくる。

一歩、また一歩と歩いていくたびにタクミの心臓の鼓動が徐々に大きくなっていった。

 

不安は当然ある。まだ見ぬ強敵に挑むという期待感もある。

だが、それ以上にタクミの胸を満たしていたのははちきれんばかりの緊張感だった。

 

何もせずとも喉が渇いていき、指先が小刻みに武者震いを起こしていた。

 

ジム戦とはポケモンリーグが公認する歴とした公式戦なのだ。

正式な記録として残り、戦績としてタクミの経歴に刻まれる。

 

全ての始まりとなる第一戦目。

 

緊張するなという方が無理であった。

 

徐々に目が据わっていくタクミ。

そのタクミの横顔を見つめるキバゴ。

 

キバゴは少し難しい表情をしながら、自分の小さな掌を見下ろした。

そして、不意にキバゴがその手をタクミの頬にはたきつけた。

 

「いてっ!キバゴ!なにすん……」

 

文句を言おうとしたタクミはキバゴの顔を見て、口を閉ざした。

キバゴは腕を曲げ、力拳を見せつけるようなポーズをしながら、ニヤリと笑っていたのだ。

 

『俺に任せろ』

 

そんなことを言いだしそうなキバゴ。

タクミは笑い声に乗せて肺の中の息を吐きだした。

 

「キバッ!」

「ああ、大丈夫!やってやろうじゃん!!」

「キバァアア!」

 

気合は十分、固さは抜けた。

後は全力でぶつかるだけだった。

 

そして、タクミは博物館のようにも見えるシックな建物の前で足を止めた。

脇の看板には小さく『写真館』と書かれているが、その下にはポケモンリーグ公式印が押されており、間違いなくここがハクダンジムであった。

 

「いくぞ、キバゴ!」

「キバッ!!」

 

タクミは正面の自動ドアを開ける。

 

「ジム戦!お願いします!!」

 

開口一番にそう言うと、入り口のすぐそばにいた職員の人がニコリと笑った。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

町の外に出て自然の風景とポケモンの写真を撮りに来ていたハクダンジムのジムリーダー、ビオラ。活動的な7分丈のカーゴパンツとタンクトップに身を包み、カールさせたショートカットの金髪が森の中を吹く風になびいていた。彼女は今日の写真の成果に満足気な笑みを浮かべながら、少し休憩を入れいていたところであった。

今日はジム戦の予約もなかったこともあり、久しぶりにフィールドに出て趣味であり副業でもある写真に専念していたのだ。

 

スポーツドリンクを口に含み、タオルで汗をぬぐっていたビオラ。

ふと、その時ホロキャスターから呼び出し音がなった。

 

「あれ?ジムからだ。もしもし?」

「ビオラさん、休みの時にすみません……実は……」

 

電話口の向こう側でビオラに事情を説明する職員。

 

写真館となっているハクダンジムの廊下でベンチに腰かけて顔を真っ赤にしているタクミがいた。そんなタクミの肩をキバゴがなぐさめるようにポンポンと叩き、フシギダネが頭をよしよしと“ツルのムチ”で撫でていた。

 

ジム戦というのは突然やってきて「はい、やろう」ではできない。

 

あらかじめ電話して、日取りを決め、所持していジムバッチの個数などを事前に伝えておかなければならないのだ。ジムリーダーにも都合があり、準備が必要なのだから、それも当然であった。タクミはそのことを当然知っていた。何度もポケモンリーグの概要を読み込んできたのだ。だが、ジム戦初戦というのもあり、完全に舞い上がってしまい、そのことを完全に失念していたのだ。

 

気持ちだけが早まり、突っ走ってしまった初心者トレーナーによくあることであった。

 

その結果、タクミは恥ずかしさに打ち震えながら、相棒ポケモン達に慰められるという事態に陥っている。

ちなみにフシギダネが外に出ているのはキバゴが『自分だけでは足りないだろう』と言わんばかりに勝手に呼び出した。

 

そのことを聞いたビオラは苦笑しながら「わかった、バッジは0個の新人トレーナーなのね。だったら対応できる。今から戻るね」と告げ、電話を切った。

 

ビオラはその場で大きく伸びをして、楽しそうに笑う。

 

「もうそんな時期になったか」

 

新人トレーナー達がやってくる。

それはある意味、ポケモンリーグの始まりの合図でもあった。

 

「さぁ、今年はどんな写真が撮れるかな」

 

ポケモンリーグを目指すトレーナーとポケモン。

最高の被写体のテーマを前にビオラは胸が高鳴るのを感じていた。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

ハクダンジムの中央。黄土色の土を敷き詰めたクレイバトルコートを中心に植物園のように色とりどりの木々が立ち並ぶバトルフィールド。天井の窓からは温かな光が差し込み、植物たちに太陽を届けていた。

そんな植物達の合間を【むしタイプ】のポケモン達が悠々と過ごしていた。

 

そんなバトルフィールドの観客席でタクミは時々溜息を吐きながらちょこんと座っていた。

 

「タクミ君だったっけ?ジュースでも飲みます?」

「いえ……いいです……」

「ははは、遠慮しないで。オレンジュースでいい?」

「はい……」

 

恥ずかしさに打ち震える今は職員さんの優しさが染みわたる。

そこから数メートル距離を開けた場所でキバゴとフシギダネが「やれやれ」と苦笑いをしていた。

 

差し出されたオレンジュースをチビチビとすすっていると、しばらくしてバトルフィールドの反対側の自動ドアが開いた。タクミは一目見て彼女がハクダンジムリーダーのビオラであるとわかった。

 

「遅くなってごめんね。えーと、君がタクミ君でいいのかな?」

 

タクミはピシリと立ち上がり、その場で深々と頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい!予約もせずに突然来てしまって……えと、その、ごめんなさい!」

「ははは、いいのいいの。毎年のことだから」

「え?」

「毎年いるんだよ。君みたいなそそっかしい新人トレーナーがね。ジム戦、初めてなんでしょ?」

「は、はい!!」

 

タクミはバネ仕掛けの人形のように直立の姿勢になった。

ガチガチに固まった新人トレーナー。その初々しさにビオラは胸の内で笑いをこらえていた。

それは決して馬鹿にしているわけではなく、むしろ微笑ましいものとしてとらえていた。

 

だが、ジムリーダーという体面の為にビオラは不敵な表情を保つ。

 

「さて、それじゃあ。ジム戦を始めましょうか!」

「はいっ!よろしくお願いします!!」

 

竹を割りかねないような音量で返事をし、タクミは観客席から走り出した。

その途中でキバゴに手を伸ばし、フシギダネが伸ばした“ツルのムチ”を引っ掴む。キバゴは素早く肩に乗って身体を安定させ、フシギダネは背中に飛び乗って“ツルのムチ”でしがみつく。

タクミは2匹のポケモンを抱えたまま、バトルフィールドへと飛び降りた。

 

「へぇ……」

 

ポケモン達の身のこなしを見て、ビオラは気を引き締める。

今の一連の動きを見て、タクミがポケモンとの信頼関係をキッチリと築けていることに感心していたのだ。

 

新人トレーナーが陥りがちなことに、最初にいきなりポケモンを6匹手持ちに加えてしまうということがある。

 

ポケモンは生き物だ。自我がちゃんとあり、その日の体調や気分があり、好き嫌いもある。その1つ1つをしっかりと管理することは初心者には難しい。結果、6匹のポケモンにトレーナーの目が行き届かず、管理が中途半端になることが多いのだ。

そのことから最初は手持ちポケモンは3匹程度に絞った方がいいというのが一般的な通説だった。もちろん、個人差はあるし、逆にいきなり6匹から始めることで管理が上手になるという説もある。

 

一概には言えないのだが、新人トレーナーの相手をすることも多いビオラからすれば、手持ちを絞っているトレーナーの方が手強いという経験則があった。

 

「シャッターチャンスがありそうな相手ね」

 

それはビオラにとっては上級の誉め言葉であった。

 

相手のジムバッジ所持は0個。

 

その相手にふさわしいポケモンのモンスターボールを撫でるビオラ。

ビオラはタクミがバトルフィールドの内側に立ったのを確認し、審判役に付いてもらっている職員に目配せをした。

審判は頷き、ジム戦前の口上を述べ上げた。

 

「これより、チャレンジャータクミ対ジムリーダービオラのハクダンジム、ジム戦を始めます。使用ポケモンは2体。どちらかのポケモンが全て戦闘不能になった時点でバトル終了になります。ポケモンの交代はチャレンジャーのみ認められます」

 

ジム戦の決まり文句。

 

それを聞きながら、タクミは自分の感情がスッと落ち着いていくのを感じていた。

恥をかいて、間を開けたことで余計な緊張が抜けたのかもしれなかった。

 

「よしっ!」

 

気合いを込めるタクミを前にビオラはモンスターボールを手にした。

 

「いい表情ね。チャレンジャーはそうじゃなくっちゃ!さあ、行くわよ!アメタマ!!」

 

ビオラがフィールドにモンスターボールを投げ込む。

現れたのは【みず】と【むし】の2つのタイプを併せ持つアメタマだった。地球界のアメンボのような姿のポケモンであり、その両足で水面を滑るように動くとされている。だが、今のアメタマは土の地面の上でも滑らかに動いていた。図鑑の中だけではわからないことにいきなり出くわし、タクミは唇を舐める。

やはり、ジム戦。強敵には間違いなかった。

 

タクミは足元にいるフシギダネに呼びかけた。

 

「ここが【むしタイプ】のジムだから少し不安だったけど……相手は悪くない、頼むよ、フシギダネ!!」

「ダネ!」

 

フシギダネは頷き、後ろ脚を引きずりながらバトルフィールド中央へと歩いて行く。

その歩き方の不自然さにビオラに眉が跳ねる。

 

「あら?そのフシギダネ、怪我してるんじゃないの?」

「ええ、そうですよ。でも、気にしないでください!」

「ダネダ!!」

 

声を張り上げるフシギダネ。そのフシギダネの足の付け根に古い傷跡を見つけ、ビオラは「なるほど」と心の中で呟く。

 

足が悪い相手。そこを攻めるのはアンフェアという人もいるかもしれないけど、ポケモンバトルである以上相手の弱点を狙わないのは逆に失礼だ。それに、タクミとフシギダネの表情を見るからにそのことは百も承知という顔をしている。

 

だったら、ビオラはジムリーダーとして自分の全てをもって立ちふさがるだけだった。

 

ビオラは再び審判に目配せをし、頷いた。

 

「それでは!試合はじめ!!」

 

審判が手を振り上げる。

 

「フシギダネ!!“ツルのムチ”!」

「ダネッ!!」

 

素早く伸びた“ツルのムチ”。フシギダネがワザを出すまでの時間が今まで以上に短くなっていた。

アメタマを捕らえようと伸びる“ムチ”。だが、当然そのまま掴まるわけがない。

 

「アメタマ!かわして!!」

「アメッ!!」

 

アメタマは短いサイドステップを二度行って勢いをつけ、地面の上を一気に滑り出した。

 

「逃がすな!追うんだ!!」

「ダネダッ!!」

 

フシギダネの“ツルのムチ”が変幻自在に伸びる。

回り込み、打ち下ろし、薙ぎ払う。だが、その攻撃の全てをアメタマは回避してみせた。

 

「いい攻撃だけど、起点が1つなら回避は簡単よ!!アメタマ!“シグナルビーム”!」

「フシギダネ!飛べ!!」

 

アメタマの頭の突起から打ち出された“シグナルビーム”

フシギダネは“ツルのムチ”で大ジャンプをして、回避してみせた。

そして、それはただ攻撃を避けただけに留まらない。

 

「フシギダネ!“やどりぎのタネ”だ!」

「ダネ!」

 

フィールドを俯瞰できる位置に飛んだフシギダネ。これは“やどりぎのタネ”を的確に配置する為の大ジャンプでもあった。打ち込んだ“タネ”が成長して木になればそこを“ツルのムチ”によるフックショットの起点にすることができる。“ムチ”で動き回る戦術の為にもこの位置取りを取ることは重要だった。

フシギダネの“タネ”がフィールドのあらゆるところに埋め込まれる。“タネ”は埋め込まれた瞬間にすぐに成長を始めて背の低い木へと至る。だが、打ち込んだ“タネ”の一部は成長せずに地面に潜んだままであった。

 

ビオラはその2種類の“タネ”があることに気づいた。

そしてすぐさまその意図を悟り、ビオラはすぐさまアメタマに指示を飛ばした。

 

「アメタマ!止まって!!」

「アメッ!」

 

フィギアスケーターのように一回転して勢いを殺して止まるアメタマ。

既に成長をはじめている“タネ”は目くらまし、真の狙いは動き回るアメタマに罠の“タネ”を踏ませて絡めとることだろう。

 

だが、狙いがわかっているのなら対処方はある。

 

「アメタマ!フィールドに“れいとうビーム”」

「っ!!まずい!!」

 

タクミの背に鳥肌が立った。

だが、もう遅い。

 

「アメッ!!」

 

アメタマの背の突起から放たれた“れいとうビーム”。フィールドを覆うネットのように伸びた“ビーム”は瞬時に土のフィールドを氷のフィールドに変えてしまった。

 

「ダッ、ダネッ!」

 

着地したフシギダネの足が滑る。

だが、それ以上にまずいことになっていた。

フィールドが氷に覆われては、“タネ”が育つことができない。この際、氷の厚さや重さは問題ではない。“タネ”が育つための最低限の温度が足りないのだ。

既に成長しきった“タネ”は氷などに負けはしなかったが、罠として埋め込んだ“タネ”はもう使えない。

『手』を1つ封じられたのは間違いなかった。

 

「アメタマ!!畳みかけるわよ!フシギダネの左側から回り込んで!!」

「アメッ!」

「それは読んでる、フシギダネ!薙ぎ払え!!」

「ダネ!!」

 

フシギダネの左足が悪いのだからそちらを攻めてくることは予想がついていた。

フシギダネは“ツルのムチ”を伸ばし、自分の左側を薙ぎ払った。

 

“ツルのムチ”がアメタマに直撃する。

 

「アメッ!!!」

「アメタマ!大丈夫!?」

「アメッ!」

 

飛ばされたアメタマであるが、ダメージは軽そうだった。

相性的には威力はトントンだ。でも、氷の上ではフシギダネの踏ん張りがきかずにワザの威力が出ない。逆にアメタマは土の上よりも滑りが利き、衝撃を受け流しやすくなっている。

アメタマは素早く体勢を立て直し、攻撃準備を整えた。

 

「アメタマ!“シグナルビーム”!」

 

完全に直撃コースのビーム。これを真正面からは受けてはならない。

だが、今のフシギダネに左右への回避は無理だ。そもそも足が悪いうえに氷上では更に動きが取れない。

だったら残された選択肢は上しかない。

 

「フシギダネ!もう一度飛べ!!」

「ダネッ」

 

再び“ツルのムチ”で大ジャンプをするフシギダネ。

 

「そう、あなたは上に逃げるしかない」

 

ビオラがそう呟く。

翼を持たないポケモンが何の支えもない空中に飛び出すというのは身動きを封じられるのと同じことだ。

 

「アメタマ!“ネバネバネット”」

「アメッ!!」

 

アメタマの突起から蜘蛛の巣のような粘着性のある弾丸が放たれた。

 

「フシギダネ!“ツルのムチ”で防げ!!」

「ダネッ!」

 

数十発程放たれた“ネバネバネット”が壁や天井に張り付き、蜘蛛の巣のようなネットを形作る。

フシギダネは自分に向かってきたネットを“ツルのムチ”でなんとか撃ち落とした。だが、ネットが“ムチ”に絡みつき、動きが鈍くなっていく。

 

このままではマズい。なんとか“ムチ”が動けるうちに勝負を決めなければならない。

 

「フシギダネ!“タネ”を掴め!!一気に地上に降りろ!!」

「ダネッ!!」

 

フシギダネは“ムチ”を一気に伸ばし、地上の“タネ”を掴む。そして、フシギダネは左右に攻撃を回避しながらアメタマに迫った。“ネバネバネット”を放つために足を止めていたアメタマにフシギダネが強烈な“たいあたり”を見舞った。

 

「アメッ」

 

仰け反り、回転しながら滑っていくアメタマ。

ダメージは与えたが、この状況が有利になったとは思えなかった。

フシギダネの真骨頂は自分に有利なフィールドを形作る盤面制圧力だ。だが、そのフィールドの主導権が完全に相手に奪われている。とにかくこれを奪回する手を考えなければならない。

 

「なにか、なにか方法は……」

 

タクミは必死に頭を回す。しかし、その時間を与えてくれる程ポケモンバトルは悠長なものではない。

 

「アメタマ!反撃よ!“シグナルビーム”!」

「フシギダネ!もう一度ジャンプを!」

「ダネッ」

「遅い!!」

 

いつもなら間に合うタイミングであったが、“ツルのムチ”は“ネバネバネット”を受けて、重く、鈍くなっている。それでは間に合わない。フシギダネは“シグナルビーム”の直撃を受けた。

 

「ダネェッ!」

 

吹き飛ばされ、フィールドの外まで弾き出されるフシギダネ。

フシギダネは仰向けに寝転がり、そのまま目を回してしまった。

 

「フシギダネ!戦闘不能!アメタマの勝ち!!」

 

審判が宣言し、フシギダネの負けが決まった。

 

「……ありがと、フシギダネ。ゆっくり休んでくれ」

 

タクミはフシギダネをボールに戻す。

 

次のポケモン。

 

頼れるのは一匹しかいない。

 

「キバゴ、頼んだぞ」

「キバッ」

 

キバゴは氷の上に恐る恐るといった感じで足を乗せた。地球界で育ったキバゴ。神奈川では時折雪が降ることがあっても積もるのは稀だ。アイススケートに連れて行ったこともないので、凍った地面など経験したことはない。

それでもキバゴはバランスを保ちながら、氷の上に立った。

 

「キバゴ!行けるか!?」

「キバッ!!」

 

親指を立てるキバゴ。今はそれが強がりじゃないことを祈るばかりだった。

 

「試合開始!」

 

旗が振りあげられ、タクミの指示が飛ぶ。

 

「キバゴ!!まだフシギダネの“タネ”が生きてる!!飛び乗れ!!」

「キバッ!」

 

キバゴは両手も使って氷を滑り、成長して背の低い木に育った“タネ”によじ登った。

 

「キバゴ!“タネ”を渡って近づけ!!」

「キバッ!!」

 

キバゴは忍者のように木々の間を飛び、一気にアメタマまで接近した。

 

「アメタマ!かわして!」

「アメッ!」

「逃がすな!キバゴ!右の枝だ!!」

「キバッ!」

 

アメタマはフィールドを縦横無尽に飛び回る。だが、キバゴもタクミの的確な指示によりアメタマの先へ先へと移動していく。アメタマはキバゴを完全に引き離すことができない。それだけ、タクミの指示が正確なのと、フシギダネの“タネ”の配置がよかったのだ。

 

「やるわね!アメタマ!“れいとうビーム”」

 

距離を開けることを諦めたビオラはアメタマに攻撃指示を出す。

だが、それこそタクミが待ち望んだものだった。

 

「キバゴ!“ダブルチョップ”!!」

「キバァァ!!」

 

【こおりタイプ】のワザ。本来なら苦手であるはずの攻撃に対してキバゴは正面から突っ込んだ。

“ダブルチョップ”を纏った両腕を構え、一気にアメタマに向けて飛び込む。“れいとうビーム”を左腕で受けつつ、右腕を振り上げる。キバゴは足を止めたアメタマに向けてその右腕を大きく叩きつけた。

 

「キィィバァァアアア!!」

 

氷の粒が混じった粉塵があがり、キバゴとアメタマの姿が消える。

そして、いつものようにバク転をしながら飛び出してきたキバゴは、キメポーズと共に着地し、そのままスッ転んだ。

 

「キバババババッ!」

「何やってんだよ、お前は……」

 

今回は足元が氷の地面だったことで足を滑らせてしまったが、キバゴの勝利宣言には変わりなかった。

それを示すように粉塵が晴れると、そこには気を失ったアメタマが倒れてた。

 

「アメタマ!戦闘不能!キバゴの勝ち!!」

「よしっ!ひとまず一勝!!」

「キバァッ!!」

 

フシギダネの残してくれた“タネ”のおかげでなんとか戦える。

“れいとうビーム”を一発受けたが、体力はまだ十分にある。

 

まだ、勝ち筋は死んでいない。

 

タクミは何度も自分に言い聞かせた。

 

「へぇ、やっぱり、君。なかなか見どころあるじゃない」

「ありがとうございます!」

 

試合前の固さはどこへやら。ごく自然体に返事をするタクミにビオラは嬉しそうに笑う。

だが、その笑みはすぐさま好戦的なものに変わった。

 

「でもね……この子を越えられるかしら!!行くわよ!ビビヨン!!」

 

そして、ビオラのモンスターボールから出てきたのは紫色の羽を持つビビヨンであった。

 

「キバッ!」

「次の相手はビビヨンか……」

 

羽根を持ち、【むし】と【ひこう】を併せ持つビビヨン。

タクミは空を飛ぶ相手に奥歯を食いしばる。キバゴもまた『こりゃまずい』というようにうなり声をあげた。

今のキバゴは氷のフィールドで思うように身動きの取れない。それに対して、ビビヨンは空を飛んで氷のフィールドの影響を受けない。それに加え、三次元的に攻撃を仕掛けてくる相手はキバゴにとって極めて厄介だった。

 

「さすがに、自滅するような戦術は取ってこないか」

 

あわよくば次のポケモンは氷のフィールドに対応できなければいいな、とほんのわずかに期待していたタクミであったが、相手はジムリーダーだ。そう簡単にはいかない。

 

だが、それと同時にフシギダネを先発して良かったとも思っていた。

キバゴを先発していたら、相性の悪い【くさタイプ】のフシギダネでビビヨンを相手にすることになっていた。

 

「行くわよビビヨン!“ねんりき”!」

「ビビッ!」

 

ビビヨンの“ねんりき”が発動する。サイコエネルギーでキバゴの動きを止め、更にその身体を持ち上げようとする。キバゴの身体が見えない糸に宙づりにされるように浮かび上がっていった。

 

「キ、キバッ!」

「キバゴ!狼狽えるな!“ねんりき”ぐらい振りほどけ!!」

「キバ!」

 

キバゴは縫い留められていた身体を強引に動かした。足を強張らせ、筋肉を怒張させ、腕を震わせながら身体を広げていく。そして、キバゴの力が臨界点を越えた瞬間、キバゴを縛っていた戒めが弾け飛んだ。

 

「キィイィイイイイイバァァアアア!!」

「えぇっ!うそっ!」

 

“ねんりき”の力から解放され、氷の床に降り立つキバゴ。

キバゴはビビヨンを挑発するように手招きをしてみせた。

だが、氷の上では足元がプルプルと震えており、とても絵になるものではなかった。

 

「キバゴ!もう一度木の上に移動するんだ」

「キバッ!」

 

キバゴは両腕をついて、這うように移動して木の上へと移動しようとする。

だが、ジムリーダー相手にはそれすら簡単にはいかない。

“ねんりき”でのパワー勝負では不利であることを悟ったビオラはすぐさま次の指示を飛ばした。

 

「ビビヨン、作戦を変えるわ!“かぜおこし”!」

「ビビッ!!」

 

ビビヨンの羽根から強力な風が吹き出した。

それは、木を登りかけていたキバゴの身体を直撃する。

 

「キバッ!」

「キバゴ!こらえろ!!」

 

成長した“タネ”が風に煽られて揺れる。

キバゴはなんとかしがみつこうとするが、凧のように風に弄ばれるしかできない。

 

「キ、キバ……キバ……」

 

風はやむ気配はない。ビビヨンは体力が続く限り風を叩きつけ続ける気だ。

そして、キバゴの握力に限界が訪れた。

 

「キバァァアアアアア!」

 

キバゴが風に吹かれ、フィールドの端まで飛ばされる。

そして、飛んだ先にあったのは先程アメタマが発射していた“ネバネバネット”

蜘蛛の巣のような粘着性の糸に叩きつけられ、キバゴの身体が糸にまみれ、壁に磔にされた。

 

「キ、キバ!キバァア!!」

「キバゴ!早く動くんだ!!」

「キバァ!!」

 

だが、それは先程の“ねんりき”から抜け出した時のようにはいかなかった。

“ねんりき”相手なら膂力を用いて全力のパワーを発揮できたが、“ネット”は逆にもがけばもがく程に糸が身体の動きを鈍らせる。出鱈目に暴れるキバゴはその糸から抜け出せない。

 

そこに、ビビヨンの攻撃が迫る。

 

「ビビヨン!“ソーラービーム”!!」

「ビィィィィ!!」

 

【くさタイプ】最大威力の一撃。

 

それがキバゴを直撃した。

 

「キバゴォ!!」

「…………キバ……」

 

キバゴがその場に落下する。

 

「キバゴ!!キバゴ!!」

 

何度も名を呼ぶ。だが、タクミは心のどこかでわかっていた。

キバゴにはもう立ち上がる体力などないのだと。

 

「キバゴ!!」

「……キバ………………」

 

わずかに顔を上げたキバゴはそのまま気を失うように目を閉じた。

 

「キバゴ!戦闘不能!ビビヨンの勝ち!よって勝者!ジムリーダー、ビオラ!!」

「…………」

 

無情なる審判の宣言。

タクミはそれを聞くや否や駆け出し、すぐさまキバゴを抱き上げた。

 

「キバゴ………」

「キバ……キバキバ……」

 

うわ言のように声を上げ、両腕を動かそうとするキバゴ。

まだ戦おうとしているキバゴをタクミはギュッと抱きしめた。

 

「キバゴ、もういい……もういんだ。もう、終わったんだ」

 

その言葉が聞こえたかのように、キバゴは身体からフッと力を抜ける。

 

「…………ありがと」

 

タクミはキバゴをボールに戻し、掌をグッと握り込んだ。

熱くなった目元を袖でぬぐい、振り返る。

 

そこにはビビヨンを従えたビオラが不敵な顔で立っていた。

彼女が言わんとしていることはわかっている。

 

『これで終わり?』

 

そんなわけがなかった。

 

「……ビオラさん……また来ます……また、挑戦します」

「ええ。いつでも歓迎するわ。次はちゃんとアポイント取ってきてね」

「はい……」

 

痛いところをつかれたような苦笑いを浮かべながら、タクミはその場に背を向けた。

背が丸まらないように背筋を締めあげ、首を必要以上に上に向け、速足にならないようにしながらタクミはジムを出ていった。

 

「ふふ、なかなかいいトレーナーじゃない。ね、ビビヨン」

「ビビッ」

 

新人トレーナーの第一ジム戦。

初戦の突破率は3%とも5%ともいわれている。

だが、ビオラの体感では、アメタマを突破できるトレーナーが10%といったところだ。

そして、ビビヨンに勝ったトレーナーはここ最近記憶にない。

だが、2戦目、3戦目を経るごとに見込みのあるトレーナーはしっかりと強くなっていく。

新人トレーナーとは誰もが眠れる原石なのだ。その石が輝きを放つ時にこそ、最高のシャッターチャンスが訪れる。

 

「タクミ君か……さてさて、彼はどうかな」

 

ジム戦の壁を越えられず、ポケモンリーグ挑戦を諦めていくトレーナーも決して少なくない。

彼はどこまで到達できるのか。

 

ビオラは自分の首から下げているカメラを無意識のうちに撫でていた。

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