ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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ほんの些細なことだけど

ハクダンシティのポケモンセンターに駆け込んだタクミ。

キバゴとフシギダネをジョーイさんに預け、タクミは「よろしくお願いします」と頭を下げた。

治療が終わるまですることもない。

タクミはポケモンセンターのロビーに座り、大きく肩を落としていた。

 

思い起こすのは当然先程のジム戦であった。

 

「負けた……のか……」

 

手元にジムバッジがなく、ポケモン達が全員ジョーイさんに預けられているこの状況。

 

負けた以外に答えがなかった。

 

簡単とは思っていなかった。負ける可能性だってあることはわかっていた。

実際、地球界、ポケモン界問わず『地方旅』の初ジム戦でジムバッジをゲットできる人などほとんどいないのだ。

 

だが、それでもタクミは『勝てるかも』と漠然と思って勝負に挑んでいた。

 

具体的な根拠などない。宝くじを買ったら『当たるかも』と誰もが考えるように、楽観的に、そして短絡的にそう思っていた。

そして、その結果がこれである。自分は特別な存在でもなんでもなく、当たり前のように負けた。

自分はそこらにいる一般トレーナーの一人であり、物語の主役になどなれないのだと思い知らされている

 

頭の中にはキバゴとフシギダネが敗北したシーンが何度も繰り返される。

 

結果だけみれば2対2のバトルで後一歩のところまでは行った。後はビビヨンさえ倒せればバッチはゲットできるというところまでは進めたのだ。

 

だが、タクミにはそれを『惜しかった』と考えることはできなかった。

 

あのビビヨンを相手に勝利するビジョンがまるで見えてこないのだ。

 

タクミはずっと頭の中で戦術をいくつも組み立てている。

アメタマを攻略し、ビビヨンを攻め落とすイメージを何度も作り上げようとする。

だが、その全てが今日の敗北シーンで締めくくられてしまう。

 

「……はぁ……ほんと……」

 

そして、なによりタクミの心を凹ませていたのはビオラさんが全力ではなかった、ということだった。

 

ジムリーダーは相手のバッジの数に応じて使用するポケモンの練度を変えてくる。バッジ0個の初心者トレーナーが相対するポケモンは相応のレベルのポケモンなのだ。ジムリーダーは本来もっと強い。そしてその上にいる四天王は更に強く、頂点に立つチャンピオンはそれ以上に強い。

 

上を見ればそこに至る為の道のりはあまりにも長かった。

 

最強を目指して旅立つトレーナーの多くが、こうして最初のジム戦で自分と世界の距離をまざまざと思い知らされる。

 

「……はぁ……」

 

最初のジムであるビオラさんでさえこの強さ。

 

ポケモンリーグに挑戦するにはこの壁を8つも越えていかなければならない。

ポケモンリーグ受付開始から予選登録締め切りまでおよそ10カ月。バッジ1つ取るのに1か月かけても2か月は猶予がある計算になるが、それだけの時間があったとしても、トレーナーの半分以上はバッジを8個集められずにその年を終える。地球界から来ているトレーナーに至っては最初のジム戦で心を折られ、リーグ挑戦を諦めて『地方旅』の残り時間を地方を巡る観光旅行に切り替える人もかなりいるぐらいだ。

 

ジム戦という壁はそれだけ高くて分厚い。

 

そして、勝つためには特訓するしかない。

 

だが、ここには『特訓だぁ!』と言って励ましてくれる友人や、的確に『これが足りない、あれが足りない』などと助言してくれる友人はいない。自分で先程のバトルに向き合い、足りないものを見つけださなければならないのだ。

 

だが、それは思った以上に難しいものだった。

 

アメタマが作りだした『氷のフィールド』と“ネバネバネット”によるトラップ。あれはまさにタクミがフシギダネとやろうとしていることの発展型であった。フィールドを自分の有利なものに作り変え、相手に不利な状況を無理やり押し付ける。

本来であれば相手のフィールドを塗り替えてしまうのが最適解なのだが、今のフシギダネにもキバゴにもそれを実行する手札がない。

 

ならば、残された方法はあのフィールドを攻略することだけだ。

そして、それが一番難易度が高い。

 

自分の手札はキバゴとフシギダネ。しかもフシギダネの方は足が悪いこともあり、タイプ以上に相性が最悪だ。“ネバネバネット”にしたって最初の粘液弾の回避は可能だが、壁や床に張り付いた“ネット”にビビヨンの“ねんりき”や“かぜおこし”で叩きつけられたら防ぎようがない。

 

他にもアメタマのスピードや空を飛ぶビビヨンの対策など、考えなければならないことはいくらでもある。課題はたくさんあり、足りないものも多すぎる。

 

もはや、どこからどう手をつければいいのかもよくわからなくなってきていた。

 

「…………」

 

タクミはポケットの中のホロキャスターを握りしめた。

無性に友人達の声が聞きたかった。

 

ミネジュンはポケモンを探し回っているらしく、次の町にまだたどり着いていない。マカナは真っすぐに次の町に向かっても到着するのに時間がかかる。2人が町に着くのはせいぜい明日だ。2人にはまだ時間的にも心理的にも余裕がある。話す時間はあるだろうし、ジム戦について相談することもできる。

 

だが、タクミは友人達に『ジム戦負けました、一緒に対策考えて』と無遠慮に聞けるほどに面の皮が厚くはなかった。

 

ミネジュンやマカナは多分何も気にせずに手伝ってくれるだろうとは思う。

タクミだって2人に頼られたらどんな状況であろうとも力になってやりたいと思う。

だが、タクミももう1人のトレーナーなのだ。プライドもあるし、意地もある。

 

最初のジム戦くらい自分の力だけで突破してみせたかった。

 

だが、考えが行き詰っていることに変わりはない。

 

アメタマの対策とビビヨンの対策。

 

アイディアはいくつか思いつくものの、考えれば考える程に頭の中でこんがらがってしまう。自分の持つ手札を確認するつもりが、いつの間にかただの皮算用になり果てる。しまいには荒唐無稽な計画ばかりが頭に浮かぶようになっていた。

 

「……ふぅ……」

 

タクミはホロキャスターのメモ帳に書き出した策を改めて読み直し、溜息を吐いた。

 

「……ダメだ……」

 

書かれている内容は取り止めのないものから、現実不可能なものまで選り取りみどりだ。

唯一自分の中で有用と思えるのは『基礎体力強化』ぐらいのもので、具体的なものは何も決まってはいなかった。

 

タクミはホロキャスターを机に投げ出すように放り投げ、大きく伸びをする。

 

頭の中をリセットするつもりで目を閉じたが、考えは止まることなく巡っていく。そのうち、『今から町の外に出て、対策になりそうなポケモンを捕まえに行こう』とも考えてしまっていた。アメタマは【みずタイプ】ではあるものの“れいとうビーム”はキバゴにもフシギダネにもきつい。ビビヨンに至ってはフシギダネは相性最悪だ。

新しい手札を加えるというのは決して悪い手ではない。

 

だけど、タクミはどうしてもキバゴとフシギダネでの勝利に拘りたかった。

甘い考えだとも思うし無駄な時間を過ごしているだけな気もする。

だけど、今日は最初で最初のジム戦だったのだ。

まだ時間はあるし、ポケモン達の伸び代は未知数だ。諦めるにはまだまだ早すぎる。

 

それに、新しいポケモンを手持ちに加えたところで、そのポケモンの実力を十全に引き出さない限りはビオラさんには勝てないだろうという現実的な問題もあった。

 

タクミは付け焼き刃に頼るよりも、今の手持ちのポケモンの力をより伸ばしていった方が結果的に近道になりそうな気がしていた。

 

だが、結局のところ、それが本当に正しい選択なのかどうかは誰にもわからない。

 

「……はぁ……」

 

こんな時、誰かからアドバイスが欲しいと心底思うのだ。

 

しばらく、無言でポケモンセンターの天井を眺めていたタクミ。

なにかを考えているようでその実何もアイデアが浮かんではいない。

ぼんやりと過ごすタクミの瞼が次第に下がっていく。旅の疲れやジム戦での心理的疲労もあってか、タクミはそのまま眠り込んでしまった。

 

日は次第に傾いていき、人の出入りも減ってくる。ジョーイさんも裏に引っ込んで出てくる気配はなく、夕刻の町の喧騒もポケモンセンターの中までは届かない。カチコチと時計の秒針が鳴る。人のいなくなったポケモンセンターのロビーにはその音がやけに大きく響いていた。

 

そんな時だった。

 

タクミのホロキャスターから突如呼び出し音が鳴り響いた。

 

「んあっ!!」

 

静寂を突き破る音にタクミはバネ仕掛けの人形のように飛び起きた。

寝ぼけた目をこすり、自分がどこで寝ていたのか数舜で把握し、音の発生源を探す。

 

「電話!?電話!」

 

机の上にあった自分のホロキャスターに飛びついたタクミ。慌てていたタクミは通信相手の名前も見ずに通話の開始ボタンを押す。そしてタクミはホロキャスターに映る相手の顔を見て、目を見開いた。

 

「アキ!」

 

電話先はミアレシティで療養中のアキであった。

彼女は車椅子に乗り、病院のフリースペースと思われる場所からテレビ電話をかけてきていた。

 

「やっほータクミ。電話しちゃった。今いい?」

「う、うん!大丈夫だよ!」

 

タクミは口元の涎を袖でぬぐい取り、急いで姿勢を正した。

だが、充血した瞳と腫れぼったい瞼を隠すことはできない。

 

「あっ、ごめん。もしかしてお昼寝中だった?」

「うん、でもよかったよ。ちょうどそろそろ起きなきゃいけないところだったし」

「そう?」

「うん」

 

タクミの声は不自然な程元気だった。愛想笑いを浮かべ、身振り手振りも多い。

そんなタクミの態度に少し小首を傾げるアキ。

 

「どうしたのタクミ?何かあった?」

「え、いや、その、大丈夫だよ……」

 

どこかバツが悪いタクミは曖昧な言い方をしてしまう。

 

そんなタクミの様子をやはり不審に思いながらも、アキはタクミの後ろにある窓の外にある程度大きな町が映っていることに気が付いた。

 

「あっ、タクミそこポケモンセンター?どこかの町に着いたの?」

「あ……あ、うん……」

 

その話題に至り、タクミは苦虫を数匹噛み潰したような顔をした。

それでもアキを相手に嘘をつくことができないタクミは正直に白状した。

 

「今日、ハクダンシティに着いたんだ」

「えぇっ!ハクダンシティ!!ジムがある町じゃん!タクミ、もうジム戦した!?勝った!?勝ったの!?」

 

画面の向こうで目を輝かせて画面を食い入るように見ているアキ。

その期待に満ちた顔が今のタクミにはかなり堪えた。タクミは奥歯を強く噛み締め、唇の端をギュッと結ぶ。

 

『負けた』

 

たった一言なのにアキを前にするとそれを口にするがどうしても憚られた。

 

負けることは恥ではない、と人は言う。負けて悔しがるのは当たり前だ、と人とは言う。

だけど、やっぱり恥ずかしくて悔しくて、言葉にするのは難しい。

 

それでも、相手はアキだ。自分の最初のライバルで、夢の対戦相手で、大事な友達だ。

そんな彼女を相手に見栄を張ることはできない。

 

タクミは喉の奥から絞り出すように呟いた。

 

「……負けた……ジム戦……負けた」

「あ………」

 

アキの顔色が一気に沈み込んだ。

そんなアキを見て、タクミは掌を握り込んだ。

 

身を乗り出すようにしていたアキは、はしゃぎ過ぎた自分を諫めるように顔をホロキャスターから離し、一言「そっか」とだけ呟いた。

アキはまるで自分が負けたかのように口を真一文字に結び、悔しそうに目を閉じた。

 

どこからか、鳥ポケモンの鳴き声が聞こえてくる。

それが電話の向こう側から流れ込んできたものなのか、すぐ後ろの町並みの中から聞こえてきたのかはわからなかった。

 

「そっか……タクミでも……勝てないんだね」

「僕なんて特別でもなんでもないんだ。そう上手くいかないよ」

「そう……なんだね」

 

タクミの視線が自然と下がっていく。

アキにもそんなタクミの悔しさが手に取るようにわかる。

 

「……ジムリーダー……強かった?」

 

その問いにタクミは無言のまま2回頷いた。

 

「そっか……やっぱり簡単じゃないんだね」

「うん」

 

一緒に誓った夢。やはり、それは果てしなく遠く険しい道のり。

10歳の少年少女にとって、その現実は重い。

 

その重みを実感し吐息が重くなる。目の前の壁の厚さに踏み出す勇気が出なくなる。

 

そんな中、アキはニヘラと笑ってみせたのだった。

 

「でも、良かった!」

「え?」

 

悪戯好きな小悪魔のようにアキは歯を見せて笑う。

 

「タクミに先を越されなくてよかった。だって、私なんてついこの間授業始まったばっかりなんだよ。手術の準備もあるからちょっとバタバタしてるし。タクミがそんなポンポン進んでたら私が追いつけなくなっちゃう。だから良かった」

「……それは……」

 

タクミは何か言葉を続けようとした。だが、上手く言葉が出てこなかった。

『無理に気を遣わなくていい』とか、『自分なんかがそう簡単に先にに行けるわけがない』とか、ネガティブな言葉がついそこまで出かかっていた。だが、やはり明確な言葉としては出てこない。アキの笑顔がそういった後ろ向きの感情を心の中から追い出してしまったかのようだった。

 

何度か口をパクパクとさせていたタクミ。

 

そして、タクミはそんな馬鹿みたいなことをしている自分に気づき、自嘲するように笑った。

 

タクミは大きく深呼吸をして肩の力を抜き、アキと同じようにニヘラと笑ったのだった。

 

「なんだよそれ。僕が負けたのが嬉しいの?」

「嬉しいわけじゃないけど。『良かったな~』って思ってるのは本当」

「それって、やっぱり喜んでるんじゃない?」

「そんなことないって。タクミが負けたのはやっぱり悔しいもん」

「どうだか。アキって結構性格悪いもんね」

「えぇ~~!なにそれ!」

 

唇を尖らせるアキ。タクミはそんなアキの顔を見て顔を綻ばせる。

 

アキは決して本気で言っているわけではない。当然、タクミだってそのことはわかっている。

わかっているからこそ、アキも明け透けに物を言い、タクミも気軽に言葉を返せる。

 

それがたまらなく心地よかった。

 

「……ありがと、アキ」

「え?何か言った?聞こえなかったけど」

「別になんでもないよ……それより、さっき手術の準備って言ってたけど……決まったの?」

「え……」

 

一瞬、アキが怯んだような顔をした。

だが、本当にそれは一瞬だけでタクミでなければ見落としてしまう程の変化だった。

アキは先程と同じようにニヘラとした笑顔を保ちながら言った。

 

 

「3日後だよ。3日後の朝からになった」

「そっか……」

「うん、検査とかお手紙とか色々大変」

「……そっか……」

 

手術で病気と一緒に足を切り落とす。義足をつければ歩けるようになるが、切った足はもう二度と戻ってこない。

一度決断したとはいえ、怖くない訳がない。

でも、アキが我慢をして笑顔でいるのなら、そこに話を向けるのは彼女に悪い。

 

「あっ、そうだ手術で思い出した。私ね、最初のポケモン貰ったんだよ!」

「え?なんで手術で思い出すの?」

「手術の日取りが決まった日に最初のポケモン貰ったの。だから思い出した。それでね……この子が私の最初のパートナーだよ!!」

 

アキが画面外までモンスターボールを投げ上げた。

モンスターボールが開く音がして、白い光と共にポケモンが現れる。

アキの膝の上にチョコンと現れたのは橙色の鱗を持ったポケモンであった。

 

「カゲェ!」

「あっ、ヒトカゲだ。ヒトカゲにしたの?」

「色々と艱難辛苦があってね……結局、この子になったの」

「あ、うん……へぇ……」

 

アキの表情から察するにどうやら自分でヒトカゲを積極的に選んだのではなさそうだった。

カロス地方で初心者用ポケモンを貰うのなら、ハリマロン、フォッコ、ケロマツのどれかのはずだ。なのに、カントー地方のポケモンになること自体が既にイレギュラーだ。

ポケモンを貰いに行くときに何かトラブルにでも巻き込まれて遅れてしまったのだろうか。

他の初心者用ポケモンが既に貰われて、余りもののヒトカゲになったとか、確かにありそうな話だった。

 

「でも、今はヒトカゲに会えて最高だって思ってる。ねっ、ヒトカゲ」

「カゲッ!」

 

無邪気な様子でハイタッチをかわすアキとヒトカゲ。

とにもかくにも、パートナーとの仲が良好なようで何よりだった。

 

「今日はタクミにこの子を紹介したかったんだ。ヒトカゲ、彼がタクミ。私のライバルだよ」

「カゲッ!」

「よろしくヒトカゲ、バトルの時は手加減しないからね」

 

タクミがそう言うと、ヒトカゲは楽しそうに諸手をあげて喜んでいた。

 

「元気なヒトカゲだね」

「うん。タクミのポケモンは元気?」

「あっ、そういえばポケモンセンターに預けたまんまだった。待ちくたびれてるかも」

「アハハ、キバゴがお腹すいて暴れだすんじゃない?」

「かもね。今日はジム戦頑張ってくれたし、御飯は増量かな」

「それがいいかも」

 

そう言うと、ヒトカゲが何故かピシッと手を上げた。

 

「カゲッ!カゲッ!」

「えっ?ヒトカゲもご飯増やして欲しいの?」

「カゲ」

「だ~め。今日は、昼食べすぎたんだから今日の晩御飯はおかわりなしだよ」

「カゲ~~」

「媚びてもだめ」

 

タクミはそんなアキとヒトカゲの様子を微笑ましく見守る。

2人のやり取りがタクミがキバゴとやる掛け合いによく似ていたのだ。

特にご飯攻防戦の時は毎日のように似たような会話をしている。

 

どうやらこのヒトカゲはキバゴと同じぐらい食いしん坊らしかった。

 

結局、今回はヒトカゲの粘り勝ち。ヒトカゲはアキからもらった菓子を味わいながら、膝の上に座りなおしていた。

 

「もう、ヒトカゲったら」

「ハハ、でも、仲良さそうだね」

「うん。まぁね。でもさ、なんか、逆になっちゃったね」

 

アキはそう言いながらヒトカゲのきめ細かな鱗を撫でる。

 

「え?逆?なんのこと?」

「覚えてる?タクミがポケモンキャンプの栞を持ってきてくれた日」

「え?……あっ、思い出した。そういえば、あの時は僕がヒトカゲが欲しいって言ったんだっけ」

「そうそう、それで私がフシギダネがいいって言って」

「そうだそうだ。思い出した」

 

ポケモンキャンプの栞が配られたあの日に2人で最初のポケモンについて語り合ったのだ。

ほんの1か月程度前のことなのに、今となっては遥か昔のことのように感じる。

 

アキはそれが感慨深いことのように視線を落とした。

 

「最初に選んだポケモンはあの時と逆になったし。私はポケモン界に来て手術になったし。ほんとに、あの時のことを考えると信じられないよ」

「そうだね。でも、それは悪いことじゃない。それに………」

 

ふと、タクミの表情が固まった。

突然、会話を止めたタクミにアキに怪訝な顔をする。

 

「タクミ?どうかした?」

「……ちょっと待って……ちょっと待って……今、アキなんて言った?」

「え?『私はポケモン界に来て手術になった』って……」

「違う、その前」

「最初に選んだポケモンは……あの時と逆になった……って、言ったけど……」

「………………………」

 

タクミからの反応はない。タクミはテーブルの上の一点を瞬きすらせずに凝視していた。

目を見開き、顎に手を当てるタクミ。その瞳の奥ではタクミの脳みそがフル回転していた。

今までの考え方が次々と崩れていき、新たな可能性が見えてくる。今までバラバラだったピースが頭の空白地帯に次々と埋まっていく。止まっていた頭の中の神経回路が順に点灯していく。

 

そして、全ての答えが1つの糸で繋がった。

 

「…………そうか!そうだったんだ!逆にすればよかったんだ!」

 

タクミは手を打って立ち上がる。

光明が見えた気がした。

 

耳の奥で拍動が響き、息が無駄にあがる。興奮で頬が高揚し、心臓が馬鹿みたいに高鳴っていた。

そして、タクミはホロキャスターをひっつかみのカメラを限界まで近づけた。

 

「アキ!ありがとっ!!見えた!!見えたよ!!」

「え?私、なんにもしてないけど」

「いや、アキのおかげだ!電話してくれてありがと!本当にありがと!!」

「だから、なんにもしてないって」

 

苦笑いをしながらそう言ったアキだが、その内心では結構嬉しかったりしていた。

 

意図はしていなかったものの、自分の言葉がきっかけになってタクミが何か切っ掛けを掴んだ。そして、タクミが心の底から自信に溢れたように笑っている。それがたまらなく嬉しかった。

 

タクミはじっとしていられずにその場で立ち上がった。

 

そして、タクミは自分の心臓に握りこぶしを押し付けた。

 

浮わついた感情を無理矢理静めるために大きく深呼吸し、タクミは真剣な顔でホロキャスターの向こうにいるアキの顔を見つめた。

 

「アキ、手術は3日後だったよね」

「うん」

「……手術が終わるのって何時頃かわかる?」

「えと、始まるのが10時で。手術自体はそんなかからないんだけど麻酔から覚めるのにも時間がかかるから、3時ぐらいになるって言ってた」

「そっか……」

 

タクミは心臓に当てていた握りこぶしをホロキャスターに向けた。

 

「アキ、僕も、その日に挑戦する。アキの手術の日に僕もジム戦に再挑戦する」

「……え……ほんと?」

「うん!僕は頑張る。頑張って勝つ!だから、アキも頑張って」

「うん!!」

 

アキはタクミを真似るように拳を突き出した。

なぜかヒトカゲもアキを真似て手を突き出していた。

 

「負けんなよ、タクミ」

「負けるもんか!麻酔から起きたら電話してよ。ジムバッチ必ずみせるから」

「うん!楽しみにしてる!!」

「アキ!頑張って!」

「タクミもね!頑張れ!!」

 

そして、2人は頷きあい、突き出していた拳を開いた。

電話越しのハイタッチをかわし、二人はほぼ同時に通話を切った。

 

タクミは一呼吸の間、暗転したホロキャスターの画面を見つめていた。

だが、次の瞬間にはすぐさま行動を開始し、ポケモンセンターの受付でキバゴとフシギダネのモンスターボールを受け取った。

 

「よしっ!出てこい!キバゴ!フシギダネ!!」

 

投げ上げたボールの中からキバゴとフシギダネが飛び出してくる。

 

タクミはその2人を見下ろし、唇の端を持ち上げて言った。

 

「キバゴ!!フシギダネ!!遊ぶぞ!!」

「ダネ?」

「キバ?」

 

小首を傾げるキバゴとフシギダネを前にタクミは不敵に笑っていたのだった。

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