ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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決着!ジムバトル!!

お互いのポケモンが1体ずつダウンして臨むラストバトル。

その火蓋が切って落とされた。

 

「試合開始!!」

 

審判の旗が掲げられるタイミングを待ちきれなかったようにタクミの指示が飛んだ。

 

「フシギダネ!!“ツルのムチ”!!」

「ダネダ!!」

 

フシギダネは“ツルのムチ”を一気に伸ばす。

だが、ビビヨンは風に揺れるような華麗な動きでその攻撃を回避してみせる。

 

「残念だったわね!ビビヨン!“かぜおこし”!!」

「ビビィ!!」

 

ビビヨンの羽根から放たれる強力な風。舞い上がる砂や氷の粒が風の刃となってフシギダネに襲い掛かる。

ジムの中を吹き荒れる風に照明が揺れ、窓ガラスがガタガタと不穏な音を立てる。

 

その風の中でタクミは笑う。

そして、フシギダネも笑う。

 

全ては予定通りだった。

 

「フシギダネ!飛べぇ!!」

「ダネダ!!」

 

その時、フシギダネがまるで空を駆けるように飛んだ。

 

「ビビッ!!」

 

風や重力を無視してフシギダネがビビヨンめがけて一直線に突進してくる。予想外の“たいあたり”でビビヨンは完全に意表を突かれ、真正面からそれを受けてしまう。ビビヨンに激突したフシギダネはそのまま空を駆け抜け、空中で半回転する。そして、フシギダネは『天井』に『逆さま』に静止した。

 

「えっ!」

 

“ツルのムチ”で身体を支えることもなく、他のポケモンに支えてもらっているわけでもなく、フシギダネが天井に足を付けて真上からビビヨンを見下ろしている。

 

「いったいどうなって……」

 

そして、ビオラは気づいた。そのフシギダネの足の先に白い粘性の物質がついていることに。

 

「そうか……“ねばねばネット”!!」

 

アメタマが放った“ねばねばネット”は先程のバトルで無数に放たれた。その一部は壁や天井に張り付いてネットを形成している。フシギダネはそこに自分を固定しているのだ。

 

「でも、最初に空中を駆け上がったのは……あっ!!」

 

ビオラは周囲を見渡して驚くべき事実に気が付いた。“ネバネバネット”が広がった壁や天井の一部に巨大な土の塊がくっついていたのだ。それは、先程キバゴがフィールドから担ぎ上げて、ビビヨンに投げつけた土塊だ。

 

フシギダネはその土塊をフックショットのポイントにして空中を移動したのだ。

 

「……まさか……」

 

アメタマが“ねばねばネット”を放った時、キバゴは2度も不用意に宙へ飛び上がった。

あれは、“ねばねばネット”を壁や天井に付着させて次のバトルの布石にするためだったのだ。

地面を削って土塊を作ったのも、当たりもしないのに土塊を投げてよこしたのも、全てはこのフシギダネの戦いの為。

 

「やられたわね」

 

フィールドを自分の有利な状況にもっていき、バトルの流れを掴む。それが、ビオラのバトルスタイルだった。だが、今回はそれを完全に利用された。

 

「フシギダネ!“やどりぎのタネ”」

「ダネ!!」

 

フシギダネは天井に張り付いたまま、地面に向けてタネを打ち込んでいく。

氷が張られたフィールドではタネは育たないが、今のフィールドにはキバゴが空けた穴がある。“タネ”はすぐさま成長を遂げ、フックショット用のポイントにある。

空中には土塊が固定されており、地面には“やどりぎ”が成長を遂げた。これだけ揃えばフシギダネは“ツルのムチ”で三次元的に自由自在に移動できる。

 

「行くぞフシギダネ!!」

「ダネェ!!」

 

これは初見殺しの一発技だ。次に同じ戦術を使ってもビオラは確実に対応してくるだろう。そうなれば、こんなに綺麗にフィールドを作れる機会は巡ってこない。このチャンスを逃せば勝利はとんでもなく遠のいてしまう。

 

だからこそ、タクミは今回の1戦に全てを注ぎ込むつもりだった

 

この一戦で絶対にバッチを手に入れる。

 

フシギダネとタクミの目にはその覚悟が燃えていた。

 

「フシギダネ!!“ツルのムチ”!!」

「ダネダ!!」

 

次々とフックポイントを掴み、縦横無尽にフィールドを飛ぶフシギダネ。

 

「ビビッ!ビビッ!」

 

ビビヨンはそのスピードに対応できず、狙いを定めることができない。

 

「フシギダネ!そこだ!!“たいあたり”!!」

「ダネダ!!」

 

ビビヨンの隙を見逃さずタクミの指示が飛ぶ。フシギダネはその指示を信じてビビヨンの懐に飛び込む。

 

「ビビッ!!」

 

ビビヨンの背後からフシギダネが激突した。そのまま重力に従って落下していくフシギダネ。

だが、フシギダネは地面に墜落する前に“ツルのムチ”を伸ばして上昇していく。

 

「ビビヨン!フシギダネの動きに惑わされないで!!まずは動きを止める“ねんりき”!!」

「そうはさせるか!フシギダネ!!“はっぱカッター”」

「ダネッ!」

 

フシギダネが放った“はっぱカッター”は風を舞うようにビビヨンに飛んでいく。だが、その目的はダメージを与えることではない。大量のはっぱを宙に漂わせることによる煙幕だった。

そのせいで、ビビヨンは“ねんりき”に集中することができない。フシギダネは周囲を飛び回りながら“はっぱカッター”をばらまいていく。

 

そしてついにフシギダネの姿が木の葉の陰に消えた。

 

「フシギダネ!そこだ!!飛び込め!!」

「ビビヨン!上よ!!」

「ビビッ!」

 

真上に飛び出したフシギダネ。太陽の光とフシギダネが被り、ビビヨンの動きが一瞬止まった。

 

「フシギダネ!“ツルのムチ”」

「ダネェッ!!!」

 

放たれた2本の“ツルのムチ”がビビヨンの羽根に絡みついた。

 

「ビビッ!!」

「しまった!!」

 

完全に羽根の動きを封じられた。これでは“かぜおこし”を使うどころか空を飛ぶことすらままならない。

 

「フシギダネ!!“たいあたり”!!」

「ダネェ!!」

 

“ツルのムチ”を引き寄せ、全身でもってぶつかっていくフシギダネ。

羽ばたくことのできないビビヨンはそのまま地面に叩きつけられた。フシギダネはその前足でビビヨンの羽根を抑えつける。マウントポジションを取ったフシギダネは素早く“ツルのムチ”を解除し、振り上げた。

 

「そこだぁ!!たたきこめぇぇええええ!!!」

「ダァァァ!ネネネネネネネネネネネネ!!!」

 

“ツルのムチ”の乱打、乱打、乱打。

 

目にも止まらぬ速度で“ツルのムチ”を叩きつけるフシギダネ。

総合格闘家のラッシュのように打ち下ろされる“ツルのムチ”。だが、タイプ相性の問題で1発1発の効果は薄い。

 

そんなことは百も承知だった。

 

だが、今のビビヨンは羽根を動かせず“かぜおこし”を使えない。連打の中では集中力のいる【エスパータイプ】の“ねんりき”も使えない。

 

ビビヨンがワザを使えないこのタイミングこそがフシギダネが勝利をもぎ取る唯一のチャンスであった。

 

だから、ここで勝ちきるしかないのだ。

 

「いけぇえええええええええええ!!」

「ダァァアアアネェエエエエエエ!!」

 

雨あられのように打ち下ろされるフシギダネのラッシュ。

舞い上がる土埃が太陽を覆い隠し、フィールドに影を作った。

 

その時だった。

 

「そこまで!!」

 

審判の声が響き、フシギダネのラッシュが止まる。

 

「ダ、ダネ!?」

「え?なんで……」

 

まだビビヨンの戦闘不能の宣言は出されていない。

 

それなのに試合が止められた。困惑するタクミとフシギダネ。

そんな2人を見て、審判がはにかんだように笑いながらフィールドを指差した。

フィールドの片隅。そこに一枚のタオルが投げ込まれていた。

 

「これ以上バトルを続けてもビビヨンはそのマウントポジションから抜けられないわ」

 

ビオラがそう言いながら、バトルフィールド内に足を踏み入れる。

フシギダネとタクミは『マメパトが豆鉄砲をくらった』ような顔のまま固まっていた。

 

「だから、タオルを投げ込んだの。ふふ、言っている意味がわからないかしら?」

 

そして、ビオラは両手を肩の位置まで持ち上げた。

 

「私達の負けよ。フシギダネ、ビビヨンから足をどけてくれる?」

「ダ、ダネ……」

 

フシギダネがぎこちない仕草で足を上げると、その下でビビヨンが安堵したようにため息を吐きだした。

 

「えと……つまり……その……もしかして……」

 

タクミがまだ信じられないように呟く。

そんなタクミの顔をビオラはパシャリと悪戯のように写真に撮り、微笑んだ。

 

「ええ、そうよ」

 

ビオラは目で審判に合図を送った。それに応え、審判が旗を上げる。

 

「ビビヨン!TKO《テクニカルケーオー》!フシギダネの勝ち!!よって勝者、チャレンジャータクミ!!」

 

タクミはその宣言を聞きながら、茫然とビオラの顔を見つめていた。

その視線は次第にフシギダネの方へと向かう。フシギダネも同じように茫然とタクミの顔を見返した。

 

「……勝った……」

「ダネ……」

「勝ったのか?」

「ダネ?」

 

始めは実感の得られなかったタクミ。だが、それは地の底から吹き上がるマグマのようにタクミの中に膨れ上がった。

 

「……勝った……勝った!……勝ったぞ!!フシギダネ!!」

「ダネダァ!!」

 

フィールドに飛び込み、フシギダネに駆け寄るタクミ。

タクミは飛びかかるようにフシギダネの足元に滑り込み、フシギダネを抱きしめた。

 

「やったぞ!!やったぞ!!フシギダネ!!」

「ダネダ!!ダネダァ!!」

 

右腕でフシギダネを抱き、左腕を振り回し、喜びを爆発させるタクミ。

フシギダネも“ツルのムチ”を勝利の拳だと言わんばかりに天に向かって突き上げていた。

そのうち、キバゴもモンスターボールの中から飛び出してきてタクミの頭の上でガッツポーズを決める。

 

「キバゴ!!やったぞぉ!!お前も頑張ったなぁ!!」

「キバキバァ!!」

 

タクミは空いた左腕でキバゴを胸の中に抱きしめる。

皆で顔を近づけ、満開の笑顔で雄叫びを上げる。

 

ビオラはそんな彼等をパシャリとカメラの中に収めた。

 

「タクミ君。いいバトルだったわ。久しぶりに熱くなっちゃった」

「ありがとうございます!!」

 

タクミはフシギダネとキバゴを降ろし、ビオラの前で直立する。

 

彼が待ち望んでいるものを悟ったビオラ。ビオラが頷くと審判役をしていた職員が専用のトレイに乗せたバッジを持ってきた。それは茶色の甲殻を持つ甲虫の姿を象ったバグバッジ。

 

「さぁ、タクミ君。受け取って」

「はいっ!!

 

タクミは喜びで震える手でそのバッジを掴み取った。

 

「……くぅううううう!!」

 

バッジを胸元に抱き寄せ、言葉にならない声をあげるタクミ。

キバゴがそのタクミの肩に飛び乗り、フシギダネが“ツルのムチ”で背中にくっついた。

 

「キバゴ!フシギダネ!見てくれ、これが俺達の最初のバッジだ」

「ダネ!」

「キバキバ!」

 

タクミは涙で潤む目で顔をあげ、ビオラに向けて腰を90度に腰を曲げるお辞儀をした。

 

「ビオラさん!ありがとうございました!」

 

ビオラは最高の笑顔を浮かべるタクミに向けて、カメラをもう一度構えた。

 

「タクミ君、どう?初バッジの記念に1枚」

「いいんですか!?お願いします……あっ、そうだ!すみません、写真撮るなら一つお願いが……」

「ん?なに?」

「実は……」

 

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

タクミは夕暮れ差し込むポケモンセンターのロビーで大口を開けて眠ってしまっていた。ソファの背もたれに体重を預け、寝息を立てるタクミ。その隣にはフシギダネが寝そべり、膝の上ではキバゴがお腹を丸出しにして眠っていた。タクミもキバゴ達も昨日は十分に睡眠時間は取っていたが、ジム戦前の緊張でその眠りはかなり浅かった。それに加えて全身全霊で一つのバトルに挑んだ後なのだ。疲労困憊で寝落ちしてしまうのもさもありなんという具合だった。

 

ジム戦が終わって、ポケモンセンターに帰ってきたのが14時頃。そこから、キバゴとフシギダネの体調をチェックして貰い、モンスターボールが戻ってきたのが15時半。軽いオヤツを皆で食べている間に寝落ちしてしまい、時刻はもう18時に差し掛かるところであった。

 

その時間になってもまだ鳴ることのないホロキャスター。アキからの連絡はまだない。

もし、タクミが起きていたらヤキモキして非常に長い時間を無為に悩んで過ごすことになっていただろう。そう考えると、睡魔に襲われたこの状況は悪くなかったのかもしれない。

 

ヤヤコマの鳴き声が聞こえ、子供達が帰路につく。

 

そんな時、不意にホロキャスターの着信音が鳴った。

 

その瞬間、タクミはバネ仕掛けの人形のように跳ね起き、ホロキャスターを掴みあげた。まるで最初から起きていたかのような反射神経であった。

 

「もしもし!アキ!?」

「残念でした〜俺で〜す」

 

ミネジュンの最高にムカつく顔がホロキャスターの画面の中に浮かんでいた。

 

「もう、タクミってばそんなにアキのこと好きなの〜?本当、お熱いんだから〜」

 

タクミは無性にホロキャスターごとミネジュンの顔を叩き割りたい衝動にかられたが、すんでのところで思いとどまった。

 

「それで、ミネジュン。なんの用?」」

「あっ、そうそう、実は面白いもん見つけてさ。タクミに見せてやろうと思って。ジャーン!見ろよこの脱け殻!キレイだろ実はこれなんと……」

 

タクミはあまりにどうでもいい話題に反射的にホロキャスターの通話を切った。

 

再度なり響く着信音。

 

「もしもし?」

「なんだよタクミ。これはお気に召さなかったか?じゃあじゃあ、これならどうだ!この光り輝く尻尾を俺がどうやって見つけたかについて……」

 

タクミはもう心底面倒になってホロキャスターの通話を切った。

 

3度目の着信音。

 

タクミはうんざりしながら。電話を繋いだ。

 

「はぁ……もしもし……」

「……あっ……タ、タクミ……その、だ、大丈夫?」

 

聞こえてきた女の子の声にタクミは電流が走ったかのように背筋を伸ばした。

 

「あ、アキ!!」

 

電話の向こうには病院のベットに背中を預けてるアキがいた。

タクミは慌てて首をブンブンと横に振り、今のため息をついた姿の印象を払拭しようとする。

 

「アキ!大丈夫!大丈夫だよ!僕なら全然大丈夫だから!」

 

立ち上がり、両腕を振り、必死に元気であることをアピールするタクミ。

だが、アキは俯いて疲れ切っているタクミの姿を見てしまった。

アキからすれば今のタクミの姿は完全に『ジム戦に負けた後の空元気』にしか見えなくなっていた。

 

「タクミ、その、だ、大丈夫だよ!私との約束なんて、そんな、気にしなくて」

「アキ!違うから!最初のテンションはちょっとミネジュンの相手で疲れただけで……」

「いいのいいの。また、かけ直すよ、えと、30分ぐらい後で」

「違うって言ってるじゃん!勝った!勝ったよ!勝ったから!約束守ったから!待って待って!今、バッチ見せる!あ、あれ、あれ?そうだ!カバンの中だ!ちょっと待ってて!」

「タ、タクミ!いいんだよ。別に今日じゃなくても、その、明日でも、1週間後でも」

「だから違うんだって!切らないで、電話切らないで待っててよ!!」

 

その後、タクミは飛ぶような勢いでバッチを取ってきて、必死の形相で身振り手振りまで加えてバトルの詳細を一手ずつキッチリ説明し、自分がいかにして勝利をしたのかを息を切らしながら話したのだった。

 

「ハァ、ハァ……信じてくれた?」

「うん、うん、わかったわかった。もう、信じたって。疑ってゴメンね」

 

アキは少し困ったように笑いながらそう言った。タクミが約束を守り、バッチを手に入れてきたことは当然嬉しかったが、さすがにこうも滝の如く話を聞かされては食傷になってしまう。

 

なんだか、あんまり感動的とは言えない報告になってしまった。

 

タクミとしては本当はもっとキチンと段取りをして、順序よく話し立てて、お互いに喜びを分かち合いながら発表するつもりだったのに全てが台無しである。タクミは今度ミネジュンに会ったら絶対にぶん殴ると心に決めた。

 

タクミは今日一日の体力を全て絞り出したかのような顔でドスンとソファに腰を下ろす。

そして、タクミはようやくアキの体調のことを切り出すことができた。

 

「アキの方はどう?手術終わったばかりでしょ?体調大丈夫?」

「うん。大丈夫。無事に手術終わったよ。でも、まだ麻酔が効いてて腰から下の感覚がないんだ」

 

アキはそう言いつつ、布団に覆われた左足をさする。布団を被った足の膨らみは反対側に比べて明らかに短い。

本当に足を切断したのだと実感して、タクミは足の裏にムズムズした感覚が走った。

 

「でも、こんなに遅い時間になって。難しい手術だったの?」

「あっ、それは全然関係ないよ。実は緊急手術が先に入っちゃって。私の手術が後回しになっちゃったんだ。スタートが遅くなったぶん、終わるのが遅くなっちゃって。実際、手術にかかった時間は予定よりも早いぐらいだったよ」

「そう……なんだ」

 

タクミは喉の奥で言葉を選ぶように、何度か唾を飲み込む。

そして、一番聞きたかったことを尋ねる。

 

「それで、本当に……病気は取れたの?」

 

問題はそれだった。アキの体を蝕む病。その大元が取れてこそ、本当に手術した意味があったと言えるのだ。

医者の腕を信じないわけではないが、どうしてもそのことを聞かずにはいられなかった。

 

その質問にアキは少し俯きがちに言った、

 

「……わかんない」

「え?」

「まだ、わかんないんだって。これから切った足を顕微鏡でもっと詳しく調べて、それからじゃないとわかんないんだ」

「そう……なんだ」

 

タクミは両手を合わせて強く握りしめる。

 

「でもね……」

 

ふと、アキの病室に光が刺した。雲の切れ目から赤い夕焼けが差し込み、アキの顔を照らす。

陰影のはっきりとついた顔。影と光のコントラストの中、アキの瞳が一際強い力を放ったように見えた。

 

「でも、これで……やっと、タクミと同じスタートに立てた……」

「……」

「タクミはもう先に行っちゃって、バッチも手に入れちゃった……でも、私追いつくから……絶対に追いつくから」

 

そして、アキは画面に向けて拳骨を突き出した。

 

「だから、待ってろよ!タクミ!!私はもう……タクミのライバルだ!」

 

眩しいぐらいのアキの不敵な笑顔。

 

胸の奥がキュッと締め付けられたような気がした。

 

タクミは自分の胸元を握りしめ、俯いた。タクミはそのまま肩を震わせ、かすれたような笑い声をあげる。

 

それを見て、アキは拳を下ろし、不貞腐れたように頬を膨らませた。

 

「な、なにさ、タクミ。私、変なこと言った?」

「ううん、そうじゃないよ。ただ……」

「ただ?」

 

タクミは目尻に溜まった一滴の涙を袖でぬぐい、顔をあげる。その時のタクミは頬が痛くなるぐらいに笑っていた。

 

「ただ……アキが……元気になって良かったなって」

「あ……」

 

アキがハッとしたような顔をした。

 

アキは当然この手術に不安があった。何度も弱音をこぼし、タクミに強さを分けてもらおうとしていた。

タクミもそれに応えるように毅然として、決して涙を見せないように強く振るまっていた。

 

だが、タクミだって怖かったのだ。

 

アキの手術が上手くいかないんじゃないかと、アキの病気は治らないんじゃないかと、ずっと怖かった。

それでも、アキが怖がっているのなら自分が支えないといけないと、少しでも気分を楽にしてあげたいと思ってきた。

 

そんな押し込めてきた不安がようやく軽くなったのだ。

この涙は心の重石をのけて、浮き出てきた上澄みの涙だった。

 

「……タクミ……」

「ん?」

「その……えと……」

 

アキは少し言葉を探すように視線を彷徨わせた。

そして、何かを決心したかのように前を向いた。

 

「……ありがと」

 

たった一言の言葉に込められた万感の思い。

 

だけど、タクミにはその一言で十分に伝わっていた。

 

「どういたしまして。だから、これでチャラだ。これからは、もう、ライバルだ!」

「うん!!」

 

タクミはテレビ電話越しに拳を突き出す。

それに応えるようにアキも拳を突き出した。

 

聞こえないはずのゴツンという音が聞こえた気がした。

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