ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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その頭文字はD!

祭りの朝は全ての物事が慌ただしく過ぎていく。

そんな言葉を体現したかのように、飛び入り参加の大会のスタート時間は瞬く間に訪れた。

 

「さぁー!始まりました!!本日も張り切っていきましょう!スミル村!サイホーンレース、ドリームカップ!!」

 

観客席から歓声があがるが、その大きさは昨日の準決勝と比べると4割減といったところだった。

飛び入り参加の初心者レースだから仕方がないとはいえ、少し寂しい気もする。だが、逆に超満員に見られるというのも恥ずかしいのでこれぐらいでいいのかもしれない。

 

そんなことを思いながらタクミはサイホーンレースのスタート地点でサイホーンに跨っていた。

 

乗っているのは昨日選んだサイホーン。

 

タクミはそのサイホーンの頬を叩いて、声をかけた。

 

「サイホーン、ゴマゾウとレースできるといいな」

「サィッ!!」

 

気合が十分に入っているサイホーンであるが、それと同時に『ゴマゾウの話題を出すな』と言っているような憤怒の感情も読み取れる。あまり煽りすぎるのも逆効果かもしれないと思い、タクミはこの辺で発破をかけるのをやめておくことにした。

 

「ダネダァ~」

「キバキバ!!」

 

観客席では昨日と同じように屋台の食べ物を頬張っているキバゴとフシギダネがいた。

フシギダネには昨日に引き続き、ホロキャスターを預けていた。

タクミは彼等の応援に応えるように片手を振り上げた。

 

会場のスピーカーからは昨日に引き続き、熱心な実況とクールな解説がその場を盛り上げていた。

 

「続いて背番号4番!隣のセモレ村よりの挑戦だ!特殊ルール『ガムテープデスマッチ』にて最強!!ダブクラ選手~!!」

「手綱と右手をガムテープで固めて行う危険なレースですが、片手でサイホーンをコントロールする技術の練習には最適という意見もあります。けっこう健闘するかもしれませんね」

「なるほど!そして、背番号5番!我らがスミル村よりの挑戦者!キラークー選手!」

「キラークー選手ですか。意外ですね、普段の付き合いは悪い方だと記憶していましたが。33歳、独身、仕事はまじめでそつなくこなすが、今ひとつ情熱のない男。悪い奴じゃあないんですが、これといって特徴のない影の薄い男ですね。ちなみに手持ちのポケモンは『マルマイン』『ゴローニャ』『マタドガス』」

「これはこれは“だいばくはつ”が好きそうなレーサーの参戦だぁ!このレースを彼はどう彩ってくれるのでしょうか!!そして、ラスト背番号6番!!地球界出身!『地方旅』にてこのスミル村を訪れてくれた旅のポケモントレーナー!タクミ選手!!!」

 

今度は客席に呼びかけるように手を振ると、意外な程に大きな歓声があがった。

 

「おぉお!!ジムもないこの村によく来てくれたぞぅ!少年!!」

「『地方旅』のトレーナーが来てくれるなんて、宣伝に費用回したかいがあったな!!」

「祭りを楽しんでいってねぇ~!!」

 

ポケモン界のこういう小さな村では外からの旅人が来てくれることは珍しいのだろうか。

だが、確かにサイホーンレースなんていうイベントが無ければタクミもこの村に寄ることはなかった。

こういったイベントに『地方旅』のトレーナーが訪れるというのはそのまま世間の認知度の指標になっているのかもしれない。

 

歓迎ムードの中でタクミは手綱を握りなおし、サイホーンにしっかりと腰を据えた。

 

「サイホーン、ゴマゾウとレースしたい気持ちはわかるけど。まずは目の前に集中だ」

「サイッ!」

 

サイホーンの目がニュートラルな状態であることを確かめ、タクミは腿を締め上げる。

 

そして、レースが始まる。

 

「それでぇわぁああ!!ドリームカップ!飛び入りレース……レディイイイイイイ……ゴォーーー!!!」

 

フラッグが振り下ろされ、一斉にサイホーンが走り出す。

 

「行くぞ!サイホーン!!」

 

スタート直後の横1列の大混戦。最初のコーナーでインコースを制することができるかどうかはレース全体の流れすら決定づける重要なセクションだ。だが、そこで前に出るかどうかは人による。一番前にいることで全開のスピードでコーナリングをする戦い方もあれば、あえて後ろにつき、前の選手を風よけにして体力を温存するという戦術もあ。

タクミはここで先頭に出るつもりであった。タクミのポジションは一番アウトコースの6番目。インからは一番遠い。だが、タクミはこのサイホーンなら行けると踏んでいた。

 

「サイホーン!強引にでもいい!ここで前に出るぞ!!」

「サァイィ!!」

 

サイホーンのピッチがあがる。わずかに前に出たサイホーンは鼻先を内へ内へと差し込んでいく。コース全体を斜めに突っ切るようなライン取り。他のサイホーン達はタクミに進路を塞がれる形になる。

普通のモータースポーツやレース競技ならその時点で他の選手たちは減速を余儀なくされるだろう。だが、これはサイホーンレース。身体全体で進路を塞ごうとするタクミ達に向け、先手を取ろうとしていた他の選手たちが加速した。

 

「外からだと!なめてんじゃねーぞ!外からいかすかよ!」

「このレースのスタートは……ダブルクラッシュと行こうぜ!!」

 

タクミ達の横っ腹に突進してくる他のサイホーン。彼等はタクミ達にたいあたりをかましてでも強引にインコースを狙ってくる。 1人だけレースが始まったばかりだというのにクラッシュを狙ってる奴もいた気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

「サイホーン!ビビるな!!死ぬ気で突っ込め!!」

 

既にコーナーに差し掛かっているサイホーン。

大きくアウトコースからコーナーに侵入したことで完璧なアウトインアウトのライン取りが可能になっている。タクミのサイホーンは他の追随を許さぬ速度でのコーナリングを慣行した。

 

タクミ達につっかけようとしていたサイホーン達の鼻先が、タクミ達の背後を通過する。

タクミ達は地面を滑るようにしてコーナーを曲がり、減速することなく駆け抜けた。

 

「おぉっと!いきなりタクミ選手が前に出たぁ!!サイホーンレース初心者のトレーナーがいきなりトップに躍り出る!波乱の幕開けだ!!」

「いよっし!いいぞサイホーン!!」

「サァイ!!」

 

闘争心が高く負けず嫌いなこのサイホーンのポテンシャルに賭けたタクミであったが、その賭けは見事的中だった。後続はタクミに無理につっかけようとしたために逆にコーナーで減速してしまい、タクミとは距離が離れた。これではタクミの後ろにつき、風よけにすることもできない。

 

他の選手たちがタクミに追いつくためにペースを上げてくる。直線に入り、加速してくる後続の気配を足音で感じながらタクミはニヤリと笑った。

 

最初のコーナリングから完璧に狙い通りだ。タクミはわざと最初に勝負を仕掛けることでこのレースを強引に高速レースへと引き上げたのだ。

 

なんでこんなことをしたかって?

 

理由はない。強いて言えばお祭りだからだった。

 

「サイホーン!さぁ、峠越えだ。一気に行くぞ!!」

「サァイ!!」

 

大地を踏みしめる蹄。躍動する体躯。そのスピード感を一身に感じてタクミは峠を一気に登っていった。それに追いつこうと後続も更に加速していく。1人クラッシュして5人に減ったサイホーンレース。それは本戦でもなかなか見ないようなハイスピードの戦いになりつつあった。

 

そんな過熱した空気を1匹のポケモンが嗅ぎつけていた。

 

「パオン?」

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

タクミを先頭としたレースは折り返し地点である峠を越え、下り道に差し掛かろうとしていた。

タクミと後続達の間にはちょうどサイホーン2匹分の差が開いている。後続のレーサー達はこの距離を保ったままタクミに追いすがる。前半は力を溜め、後半に巻き返しを狙うつもりだろう。

 

「さぁ、サイホーン。ここからが本番だ。なんとか逃げ切るぞ」

「サイッ!」

 

走りながら返事をしてくれたサイホーンの背中の棘を軽く叩く。

下り坂で加速が乗るサイホーンであるが、タクミはもう速度に関しては一切指示を出していなかった。道をほとんど覚えていないタクミよりも、この村でたびたびレースに参加しているこのサイホーンに加減速を任せた方がまだマシだった。その分、タクミはコーナリングに全神経を集中していた。サイホーンのスピードは既に初心者の大会平均を遥かに超える速度に到達している。その分、カーブへの侵入角度やコース取りがシビアになってきており、タクミの手綱捌きがかなり重要になってきていた。

 

手綱と目の前のコースに集中するタクミ。

だからだろうか、タクミの耳にはこの場に混じった不協和音を聞きとることができなかった。

 

タクミはサイホーンが跳ね飛ばす泥に頬を汚しながら、下り坂を疾駆していく。

 

そして、ふと見覚えのある景色にでくわした。

 

それはタクミが初めてこの村を訪れたときにたどり着いた場所だった。加速の乗る直線から右へのカーブ、そしてすぐさまキツイ左のコーナーが待ち受けているS字カーブ。そこでタクミはゴマゾウの華麗なるコーナリングを見たのだった。

 

そんなことが頭をよぎる。意識の中にレース以外の邪念が混じる。それを人は『集中力が切れた瞬間』と呼ぶのだ。

だが、今回はそれがプラスに働いた。タクミは自分の耳にサイホーンとは別の足音が混じっているのに気付いたのだ。

 

リズミカルな4つ足の足音じゃない。重量が軽く、断続的な地鳴りのような足音。

それはまるでタイヤを転がしているかのような音だ。

 

後ろを振り返る。後続達はなぜかペースを落として走っている。先程までの順位と大きく変化があり、コーナーで誰かが勝負を仕掛けた後のようだった。

 

そして、その視界の端に土煙が映り込む。

 

タクミのサイホーンが跳ね上げている土煙とは別の粉塵。

 

タクミの肌に鳥肌が走った。恐れをなしたわけではない。むしろ逆だ。あまりの興奮に全身の毛が逆立ったのだ。

 

「この粉塵は僕のサイホーンが出しているものじゃない……まさか……いるのか……そこに!!」

 

タクミは身体を捻り、視線を右へと滑らせる。

 

そこに、タクミのサイホーンと並走するかのように水色の球体が転がっていた。

 

「ゴマゾウ!!」

「サァァイッ!!」

 

一目見た時からその走りに魅せられていたタクミ。

何度もレースで煮え湯を飲まされたサイホーン。

 

タクミとサイホーンの気持ちが一気に燃え上がった。

そんな彼らの闘志を感じたのか、ゴマゾウは一声吠えた。

 

「パオォオン!!」

 

加速するゴマゾウ。そこに付き合うように速度をあげるサイホーン。

 

ゴマゾウのやり口は知っている。

 

サイホーンにはできない速度でこのS字に侵入し、壁走りで強引に突破していくのだ。

あの時に見た芸術的な走りがタクミの脳裏にフラッシュバックする。

 

ゴマゾウに自由自在に走られては、パワータイプのサイホーンに勝ち目はない。

 

だったら、やることは一つだった。

 

「サイホーン!前を塞げ!ゴマゾウに前に出させるな!」

「サァイ!!」

 

サイホーンは強引にゴマゾウの前に身体を差し込み、コースをブロックする。

体格が倍ほども違うゴマゾウとサイホーン。サイホーンの体躯があれば、相手より体半分が前に出ているだけで動きを封じることができる。

 

タクミは最初の右カーブできっちりゴマゾウを抑え込んだ。

 

「パォッ!パォオオオ!」

 

『前をどけ!』と言わんばかりに吠えるゴマゾウ。

だが、タクミは何度もゴマゾウの位置を確認して、その前をブロックする。

 

カーブを曲がり切り、続いて左カーブへと差し掛かる。

サイホーンは先程と同じようにインコースを塞いだ。

 

サイホーンはコースの端の壁に鼻先を突っ込まんばかりにスレスレの位置を走る。ゴマゾウは砂利を跳ね上げながらその後ろを追随する。

 

ゴマゾウは『壁走り』を使おうとしない。

 

いや、正確には『できない』

 

あの壁走りは最高速度でコーナーに突っ込むことでその遠心力を用いて壁に張り付く技術だ。

タクミは先手を打って最初のカーブでゴマゾウを抑え込んだ。そのせいでゴマゾウはスピードに乗り切れず、壁走りを慣行することができなかったのだ。

 

S字コーナーを越え、前に出ていたのはタクミだった。

 

「よっし!」

「……パォォ……」

 

思ったようなコーナリングができずフラストレーションの溜まった声をあげるゴマゾウ。

それに対してタクミはニヤリと口元で笑ってみせる。

 

「サァイ!!」

 

サイホーンがそんなタクミを窘めるように吠えた。

 

「わかっているよ。油断はしないさ!」

 

タクミは手綱を握りなおし、次のコーナーへと集中していく。それをゴマゾウが追跡する。

ゴマゾウは隙さえあればインコースに頭をねじ込もうと虎視眈々と狙っていた。

 

「サイホーン!絶対にインを開けるなよ!」

「サィ!!」

 

コーナーのインに身体をピッタリと寄せるサイホーン。

ゴマゾウからすれば強引にでも身体をねじ込みたいところだ。だが、ゴマゾウとサイホーンとの体重差は3倍だ。まともに当たればゴマゾウの方がただではすまない。

アウトコースから抜こうにも、大回りするコーナリングではサイホーンは抜けない。直線での速度も互角であり、ゴマゾウは前に出ることはできなかった。

 

ゴマゾウとのバトルに集中しているためタクミのスピードが落ちてくる。だが、正直タクミはもはや後ろのことなど気にしていない。後続に追いつかれようが、追い抜かれようが、今はただゴマゾウとのこのレースに集中していたかった。

 

「パォォ!」

 

ゴマゾウの吠え声がたびたび耳に届く。

 

前に出れない苛立ちのようにも聞こえるが、タクミにはなぜかゴマゾウが笑っているような気がした。

それも最高にこのレースを楽しんでいるような笑い声だ。

 

タクミは全身全霊でコーナーに挑む。ゴマゾウは一瞬でも隙がないかどうか狙い続ける。

この緊張感と身体の奥を浮かせるような興奮には覚えがある。

 

「まるで……ポケモンバトルみたいだ……」

 

タクミはそう呟き、次のコーナーの為に手綱を引いた。

 

森の中のコーナーを抜け、スミル村が見えてくる。

ここからは一気に山道を下っていくヘアピンカーブの連続だ。先程までコースの両脇に切り立っていた土壁はなくなり、山からの景色が一望できるようになる。

 

風が一段と強くなり、タクミの顔から熱を攫っていく。

その風に実況席からの声が届いてきた。

 

「さぁ、先頭はタクミ選手!!その後ろには我がスミル村の暴れん坊!下り最速のゴマゾウがピタリと張り付いている!両者森林エリアを抜けた!続いて挑むのは下りの5連続ヘアピンカーブ、通称『アルベガ坂』!!ドリームカップ終盤!ゴマゾウとの勝負の行方はまだまだわからないぞぉ!!」

 

例えヘアピンカーブでもやることは変わらない。

両側の壁もなくなり、ゴマゾウの『壁走り』もなくなった今、タクミはサイホーンを操ってひたすらにインコースに身体を差し込んでいく。

 

コーナーを一つかわす。二つかわす

 

ゴマゾウは前を行くサイホーンの足跡をたどるように、ピタリと背後についてくる。

 

三つめのコーナーへと差し掛かる。

 

ヘアピンカーブを曲がる瞬間、サイホーンが荒い息を吐きだした。スタートからハイスピードで走ってきたのだ、そろそろ体力的にも厳しい。だが、サイホーンの目はまるで死んでいない。背後のゴマゾウに絶対に勝つんだという意地が気力となってサイホーンの身体を駆動させていた。

 

タクミはその気持ちに応えるべく、手綱を必死に握りしめる。

 

3つ目のコーナーを抜け、ラスト2つ。

 

その瞬間だった。

 

タクミの背筋に電撃のような怖気が走った。

 

タクミは思わず背後を振り返る。一瞬だけ後ろを見て、ゴマゾウの位置を確認し、すぐさま前を向く。

 

ゴマゾウは変わらずタクミ達の後ろにピタリと吸い付いている。

このまま、前をブロックしていけば絶対に負けない。

そのはずなのに、なぜか言い知れぬ不安がタクミに襲い掛かってきていた。

 

そして、そんなタクミに気が付いたかのようにサイホーンが鳴き声をあげた。

 

「サイッ!サイッ!!」

「サイホーン!?どうしたんだ急に?」

「サイサイッ!サイッ!!」」

 

何か警告をするようなサイホーン。だが、タクミはこのサイホーンに昨日会ったばかりだ。鳴き声1つではサイホーンの感情などわからない。

 

だが、1つだけはっきりしていることがある。

 

「なにかが……来る!!」

「パオォオオン!!」

 

背後のゴマゾウから底知れないプレッシャーが放たれた。

 

サイホーンがコーナーに侵入する。身体を横に滑らせながら坂を下り、一気にコーナーを駆け抜ける。ドリフトのようなライン取り。インコースは決して開けないように意識しながらタクミはコーナーを曲がった。

ゴマゾウは常にその横を同じようにドリフトしながらピタリと寄せてきている。

 

だが、突如、ゴマゾウが加速した。

 

「なにっ!!」

 

コーナーを曲がりきる前の加速。明らかにアクセルをかけるタイミングが早すぎる。曲がれるわけがない。

 

そのはずだった。

 

「パォオオオオオオオオ!!」

 

ゴマゾウが小さく跳ねる。

実況の声が響いた。

 

「おおぉおおおおおお!!遂に出たぁぁぁぁあああああ!!!」

 

ゴマゾウが宙を飛ぶ。インコースの更にイン。カーブの内側をショートカットしてゴマゾウの身体が空中を走る。ゴマゾウはそのままサイホーンの鼻先を飛び越え、タクミ達の前へと着地した。

 

タクミは抜かれたのだ。

 

「パオォオオ!!」

 

喜びを爆発させるように叫ぶゴマゾウ。歯を食いしばるサイホーン。

 

タクミには何が起きたのかわからなかった。

 

そのタクミの耳朶にスピーカーで拡大された実況が突き刺さる。

 

「高低差の大きいアルベガ坂特有のヘアピンカーブ。だからこそ実現可能な……」

 

そして、第5コーナー。

 

ゴマゾウが再びコーナーの内側をショートカットするかのように飛んだ。

 

 

 

「掟破りのゴマゾウ走りだぁ!!」

 

 

 

「ゴマゾウの柔らかな身体と、最適なバランスがあってこそのライン取り。通常のサイホーンではあの速度でジャンプなどできない。この走りで、ゴマゾウはこのアルベガ坂で何度も強敵を破ってきました。下り最速の異名は伊達ではないですね」

 

解説を聞きながら、ゴマゾウに遅れて第5コーナーを曲がるタクミ。

 

「くそっ!やられた。あんなワザを持っているなんて!!」

 

前を行くゴマゾウ。ゴマゾウは先程までの意趣返しと言わんばかりにサイホーンの身体をブロックしてくる。

無理にでも鼻先を突っ込んでこじ開けたいところであったが、サイホーンの体力も限界に近い。対してゴマゾウは前半走ってない分だけパワーが有り余っている。ここで身体をぶつけ合うような勝負は不利だ。

 

だが、レースはもう終盤も終盤。

 

あとはスミル村までの直線と、ゴール直前の左カーブしかない。

 

タクミは前かがみになって少しでも空気抵抗を減らしながら、サイホーンに声をかける。

 

「サイホーン!頼む!頑張ってくれ!ここでラストだ!ラストまでに全てをかける!!」

「サイッ、サイッ、サァアアアアイ!!」

 

タクミはサイホーンに預けていたスピード管理も担う。

手綱を握り込み、タクミは最後の賭けに出た。

 

タクミとサイホーンは気力を振り絞るようにしてこの最後の直線でゴマゾウを抜きにかかったのだ。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

スミル村のレース会場にはゴマゾウが出たということで大勢の人が押しかけていた。

しかも、初心者レーサーがいい勝負をしているとあって、なかなかの盛り上がりであった。

 

熱気に包まれる会場に、更に熱を帯びた実況の声が響き渡る。

 

「さぁ、アルベガ坂からの最後の直線。その最後にタクミ選手とゴマゾウが挑むのはゴール直前の左カーブ。2つカーブが合わさったようなこの複合コーナーは、かつて数々の名勝負を生み出してきました!いよいよこのドリームカップもクライマックスだ!!先頭は変わらずゴマゾウ!ゴマゾウです!!サイホーンは全力疾走するが抜けない、抜けないぞぉ!!体力はもう限界か!?タクミ選手が抜けるポイントはもう最後のコーナーしかない!!タクミ選手、ラストの直線でまだ加速する!加速して並ぼうとする!!間もなくこちらの会場からも2人の姿が見えてくる!!!」

 

牧場の端にある小さな雑木林。木々の葉がタクミ達の姿を覆い隠す。2人の姿はここからでは見えない。

何度もサイホーンレースを見てきた観客の注目は一つ。ストレートを抜けたとき、どちらがインコースを取っているかだ。

 

直線での加速はサイホーンに分がある。

 

必ずこの直線でサイホーンはゴマゾウに並んでくる。

 

鼻先をねじ込んで強引にインコースに入るか。それとも、ブロックを抜けられずアウトコースに弾かれるか。

当然、有利なのはインコース。

 

全ての勝敗はこの雑木林を抜けた2人に位置取りにかかっていた。

 

「毎回恒例!!ラスト200m!ドローンロトムが離れます!!現在の先頭は変わらずゴマゾウだ!!さぁ、カメラが離れてからの10秒間、雑木林で波乱が起きるか!?さぁ、どっちだ!?タクミ選手はどちらから出てくる!?インか?アウトか?」

 

 

一瞬の静寂。

 

 

そして、サイホーンとゴマゾウが同時に雑木林から飛び出した。

 

タクミは……

 

「アウトだとぉおおおおおお!!」

 

アウトコースに弾かれていた。

ゴマゾウがぴっちりとインを塞いでいて、入り込むことができなかったのだ。

 

ゴマゾウとサイホーンが並ぶ。コーナー手前。2人は同時にコーナーで身体を横滑りさせていく。

 

両者の速度が同じなら、当然インコース側が前に出る。

 

「ゴマゾウが前に出たぁぁぁ!!コーナーではインコースが有利だ!!」

 

このままコーナーを曲がりきればゴマゾウの勝ち。

 

そう誰もが確信した瞬間だった。

 

「パッ、パォォッ!」

 

ゴマゾウの身体がアウトコースに流れ出したのだ。

 

「おぉぉぉと!!ゴマゾウが外に膨らんでいく!!これは、これは……スピードが乗りすぎているんだ!!!」

 

ゴマゾウのコーナーへの侵入速度が速すぎた。最後のストレートでタクミの速度に煽られ、加速がつきすぎた。そのスピードではドリフトで速度を抑えきることができない。

 

前に出ているゴマゾウがアウトコースへと大きく膨らみ、インが開いた。

 

そこにサイホーンが身体を差し込む。

 

「タクミ選手がインを刺したぁぁ!ラインがクロスするぞぉおおお!!!」

 

サイホーンは度重なる疲労でもうそこまでのスピードは出ない。出ないようにタクミは直前のストレートで最後の体力を使い果たさせたのだ。だからこそ、最後のコーナーを最善のルートで抜けることができる。

 

「いけぇぇえええええええええ!!」

「サァァアアアアアイイイイッ!!」

「パォオオオオオオオオオオオ!!」

 

気力を振り絞り、突っ込んでいくタクミ達。

 

疲れながらも、最短距離を突っ走るサイホーン。

身体が揺れながらも強引に最高速で突っ込んでくるゴマゾウ。

 

そして、両者がコーナーを抜け、ゴールへと走り込んだ。

 

「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオル!!」

 

会場から歓声があがる。指笛が吹き鳴らされ、クラッカーが盛大な音を立てた。

それに負けじと実況がマイクが壊れんばかりに叫び続ける。

 

「勝ったのは、勝ったのは……!!!タクミ選手だぁあああああ!!タクミ選手です!!ついに、ついに、ゴマゾウの無敗神話が破られたぁぁぁあああああ!!」

 

タクミは音割れしている実況を聞きながら、大きく息を吐きだしてサイホーンの上から転がり落ちた。

タクミは疲労困憊で、荒く息を吐きだしながらサイホーンに背中を預ける。

サイホーンもまた四肢を投げ出し、腹ばいになってその場でゼェゼェと喘いでいる。

 

「勝った……勝ったぁぁぁぁ……」

「サィ……」

 

大きく両腕を伸ばすタクミと満足そうに笑うサイホーン。

自然とタクミの顔も笑顔になる。

 

初めてのサイホーンレースであったが、最高に楽しかった。

それは本格的にサイホーンレースを学んでみたいと思える程に楽しかった。

 

「ありがと、サイホーン」

「サィ」

 

タクミがサイホーンの顔に手を伸ばすと、サイホーンがその手をペロリと舐め上げた。

一回のレースで相棒のようになってしまったサイホーンであるが、残念ながらこいつは牧場のポケモンだ。

既に主人がおり、ゲットするわけにはいかない。交換を提案しようにもタクミのポケモンは2体だけで、渡せるようなポケモンもいない。

 

「キバァ~~」

「ダネダネ~」

 

キバゴとフシギダネが観客席から手を振っている。

タクミが手を振り返すと、周囲の観客の歓声が一層高まった。

 

「ははは、すごい、人だな……みんな見てたのかな……」

「パオン!!」

 

ゴマゾウの鳴き声が聞こえ、タクミは驚いて視線を自分の足元に降ろした。

 

「パオン!パオン!!」

 

それは、先程まで熱戦を繰り広げていたゴマゾウだった。

そのゴマゾウががタクミの前で何度もその場で飛びはねて何かをアピールしていた。

 

「え?なんだ?」

 

困惑するタクミ。

 

そんなタクミ達の様子に実況の人達が気が付いた。

 

「おぉっと?これはどういうことだ?ゴマゾウが、タクミ選手に猛烈アピールだ」

「もしかしたら、ゴマゾウはタクミ選手にゲットされたがっているのではないでしょうか?彼はバトルで負けました。負けた野生ポケモンは相手を主人と認めることがあります」

「なるほどぉ!?さぁ、後の決断はタクミ選手にゆだねられたぞ?」

 

その実況を聞きながら、タクミは目を丸くした。

 

「ゴマゾウ、そうなのか?」

「パォン!」

 

ゴマゾウは大きく頷いた。

 

「いいのか?俺達はレースばかりはしてられないぞ。旅をして、バトルをして、目指すはチャンピオンだ。それでも……一緒に来てくれるか?」

「パォン!!」

 

『望むところだ』

 

そう言われた気がした。

 

タクミは勢いよく立ち上がり。空のモンスターボールを取り出した。

 

「よし、ゴマゾウ!これからよろしくな!」

「パォッ!!」

 

タクミはゴマゾウに向けてボールを投げる。

ゴマゾウは自らそのボールに鼻を当て、ボールの中に吸いこまれていった。

ボールの中央が2回程点滅し、そして動かなくなる。

 

その瞬間、観客席から今までとは桁違いの歓声があがった。

 

「おぉっと、びっくりしたぁ……」

 

スミル村の隠れた名物であったゴマゾウの不敗神話。その物語の結末を見届けることができた人達がタクミに応援の言葉を投げかけてくる。

 

「タクミ選手!!ゴマゾウをよろしくなぁ!」

「『地方旅』頑張ってねぇ!!」

「お前、名前覚えたからな!!絶対カロスリーグ出場しろよ!!」

 

タクミは温かな声に応えるようにゴマゾウを捕まえたボールを掲げて手を振った。

 

「ありがとうございます!!頑張ります!!」

 

こうして、タクミはこの村で新たな仲間を迎えたのだった。

 

 

その後も祭りはまだまだ続き、タクミはゴマゾウを含めた皆で様々なイベントを堪能した。

ラストのドリームカップ決勝も観客席の最前列で観戦した。

 

ゴマゾウは大人しくしてくれるかと思ったが、やっぱりラストレースを飾りたかったらしく、飛び入りで参加しにいった。だが、ゴマゾウは下りからの途中参加ではなく最初のスタートからの参戦だったので峠の登りでサイホーンのパワーについていけず、大きく差を開けられてしまった。結局、ゴマゾウは最後までその差を詰めることができず、引退試合としてはこれはこれで良さそうなレースであった。

 

タクミ達は遅れるゴマゾウに苦笑しつつも、ドローンロトムが映すトップ集団の映像にはしゃいだ。

 

「うおお!行け行け行けぇぇええ!!」

「キバキバキバァアアアアア!!」

「ダネフッシィ!ダネダァ!!」 

 

峠を越えてから下りでは1位と2位が5回もポジションを入れ替えるという大激戦だった。

ラストの下りで両者が揃って転びかけるアクシデントもあったが、そのリカバリーが勝敗を分けた。

 

優勝は副業で豆腐作りを営むレーサーが飾った。

 

タクミも飛び入りレースの優勝賞品として技マシンの詰め合わせをもらい、サイホーンレースは大盛況のうちに幕を閉じたのだった。

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