ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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リアルが忙しくて大分間が空いてしまいました。
多分、まだまだ忙しいかも。


幼馴染の関係はいつだってこんな感じ

ミネジュンと別れたタクミはミアレシティへと戻ってきていた。

ミアレシティから『地方旅』を始めてから既に3週間が過ぎていた。ジムバッジを集めるペースとしては順調であるが、タクミはあまり余裕とは感じていなかった。

 

最初のジム戦を突破するのにも随分と苦労した。今後、もっと苦戦するようなジムにぶち当たることを考えたら、バッジを8つ集めるのは結構ギリギリになりそうだった。

 

とはいえ、それでもアキの様子を見に病院に行くぐらいの時間はある。

 

ポケモンセンターで部屋を確保したタクミはその足でアキが入院する病院へと向かっていた。

ただ、そこに向かうタクミの顔には少々渋い顔が張り付いていた。

 

その理由は、つい直前のホロキャスターでの通話のせいであった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

ミアレシティのポケモンセンターで一息ついたタクミはミネジュンとマカナの2人と電話をし、改めて彼女の足の手術のことを話したのだった。

 

『そっか……タクミの『嫁さん』にそんなことがあったのか』

「誰が嫁さんだ!そんなんじゃないって言ってるだろ!!」

『でも、好きなんだろ~ひゅ~ひゅ~!』

「うるさい!」

 

口笛を吹いてからかってくるミネジュンの通話画面を反射で切りたい衝動を抑えるのには苦労した。

そんななか、マカナがいつもと変わらない無表情で尋ねてきた。

 

『……アキちゃん……そんな悪かったんだ……知らなかった』

「うん」

 

わずかに目を伏せるマカナ。

 

『……タクミ……教えてくれてありがとう……』

「いや、そんな」

『……でも、できればもっと早く知りたかった」

「え……」

 

すると、ミネジュンも唇を尖らせて話に入ってきた。

 

『そうだぞ!なんでそんな大事なこと黙ってたんだよ。言って欲しかったぜ』

「……それは……」

 

タクミも旅の間の電話で何度か話を切り出そうとはしていた。

だが、正直なところタクミには彼女のことをなんと伝えればいいのかわからなかったのだ。

 

ミネジュン達にしてみれば、出会ったばかりのアキが『手術をして、足を切り落として、人生の岐路になる選択をした』なんて言っても現実感も実感もわかないだろう。2年間付き合ってきたタクミでさえ『足を切断した』という事実がどこか空虚に聞こえているぐらいなのだ。

 

そんな状態のタクミがミネジュンやマカナに口でいくら説明しても混乱するだけだと思ったのだ。

だけど、手術が無事に終わった今となっては一言ぐらい教えておくべきだったのかもとも思う。

 

そんなタクミの内心を見透かしたようにミネジュンは言った。

 

『タクミは俺達にアキと友達になって欲しかったんだろ?だったら色々教えてくれよ。隠し事するな、とは言わねぇけどさ。何も知らされてねぇのはあんまいい気分しないぜ』

 

マカナも「うんうん」と何度か頷いて同意してくる。

 

『……タクミの気持ちもわかる……けど……あんまり見くびらないで欲しい』

「……それは……」

『……少なくとも私は……知りたかった……」

 

眉間に皺を寄せるマカナ。不満そうに下唇を突き出すミネジュン。

 

「ごめん」

 

そんな二人にタクミは素直に頭を下げたのだった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

そんなことがあったこともあり、タクミは少々複雑な顔でミアレシティの病院を見上げた。

 

タクミもミネジュンも本当にアキのことを親身になって考えてくれている。それが嬉しくもあり、信用しきれていなかった自分が恥ずかしくもあった。友人として彼等を紹介したのは自分なのに勝手に妙な気を遣って距離を置こうとするとはなんとも酷い矛盾だ。

 

タクミは反省の意味も込め、自分の側頭部を小突いた。

 

昼過ぎの病院は入る人より出ていく人の方が多い。タクシーの群れに次々と人が吸いこまれていき、中には町を走るゴーゴートの背中に乗って帰る人もいる。ポケモンに担いでもらって介護用タクシーに乗り込む気品のあるお婆ちゃんを横目に、タクミは病院へと入っていった。

 

総合受付でアキの病室を教えてもらい、病棟のエレベーターに乗って上にあがる。

 

受付の人から伝えられた部屋番は623号室。

それは手術前に彼女が使っていた場所と変わらない。

 

つまりアキは前回と同じようにナースステーションから離れた大部屋にいるということ。それは、急変する可能性が比較的低い患者ということを意味している。 

 

だが、どうしたって嫌な想像が頭を巡るのは止められなかった。

タクミはエレベーターの中で小さくため息を吐き出した。

 

タクミには病院という場所に良い思い出などなかった。

 

病院に寝泊りしているアキに会いに行って、楽しかったことなどほとんどない。

真っ白なシーツの上に横たわるアキはいつも、酷く苦しんでいた。

 

息をするのもダルそうなアキ。

気分が悪くて苛立っているアキ。

死にたくないと静かに泣いていたアキ。

 

彼女のそんな姿が脳裏にフラッシュバックする。

  

病院は『病気を治す場所』として多くの人が考えている。だが、タクミにとって病院というのは『病気が悪化した時に対応できるように見守る場所』としての意味合いが強い。

 

そしてそれと同時に『人が人生の最期を過ごす場所』でもある。

 

タクミは6階にエレベーターがたどり着く電子音を聞き、それらの考えを頭の中から振り払った。

 

だが、それは過去の話だ。

 

アキは手術を乗り越えた。病気は快方に向かっている。そんな後ろ向きな考え方をする必要はもうないのだ。

 

タクミは大病院独特の匂いの無い空気を吸いこんだ。換気と掃除が徹底されている証拠だ。

タクミは病院の廊下を歩いていく、途中で荷物の運搬をするタブンネとすれ違い、ゴチルゼルがエスパーワザを駆使して点滴の準備をしているナースステーションに一声かけてアキの病室へと急ぐ。

 

廊下の突き当りの4人部屋。

 

表の電子版でアキの病室であることを確認し、タクミは表の扉を3回ノックした。

 

「アキ、いる?」

 

そう声をかけた瞬間だった。

 

「タクミ!?」

 

すぐ隣のカーテンがいきなり開いた。

 

彼女の艶のある赤毛がふわりと舞い上がり、袖口の広い寝間着の裾が揺れる。ベットから身を乗り出すようにしてカーテンを開けたアキは今にも走り出していけそうな程に元気な姿をしていた。アーモンド形の瞳には力がみなぎり、以前より少しふくよかになった頬と温もりのある血色は彼女の体調が向上している証拠であった。

 

突然の邂逅に驚いたタクミであったが、彼女のその姿にすぐに表情が柔らかくなる。

 

「元気そうだね、アキ」

「うん!まだ包帯は取れないけどね!でも、こんなに体調がいいの久々!!」

 

少し上ずった声で話す彼女は今まで病院で出会った中で間違いなく一番のハイテンションであった。その声音でタクミには彼女が体調を偽っていないことがわかる。彼女の腕には点滴が繋がれてはいるものの、全身の状態は悪くはないようだった。

 

「タクミ!時間あるでしょ!?」

「もちろん」

「OK!上の階にいこ!レストランがあるの!!話したいことが沢山あるんだ!」

 

アキはそう言いながら何気ない仕草でベッドサイドから自分の足を降ろした。

 

その瞬間、タクミはわずかに自分の身体が硬直したのを感じた。だが、タクミはポーカーフェイスを貫き、ニコニコとした顔を崩さない。

 

タクミが目撃したのは彼女の左足。

 

アキの左足には厳重に包帯が巻かれていた。足の付け根から膝までびっしりと巻かれた包帯は、着ぶくれしたように膨らみ、本来の足より2倍の太さがあるようであった。

 

だが、何よりも目を引くのはその膝から先だ。

 

やはり、というか。当たり前、というか。

 

アキの左膝の下より先。その部分がなくなっていた。

 

それを見た時、タクミが感じたのは痛烈な違和感だった。

本来あるべき場所にあるはずの肉体がない。語弊を恐れずに言えば、それは騙し絵を見ているような非現実感があった。本来の足を何かが覆い隠しているような感覚。まるで目の前のことが虚構の中の出来事のような気がしてしまう。それが率直なタクミの感想であった。

 

タクミはそのアキの姿に多少なりともショックを受けていた。だが、それで取り乱すことはしなかった。タクミはこういった状態の人を見るのは初めてではなかった。地球界でアキのいた病棟には少なからずこういった患者がいた。見慣れているとまではいかないが、ある程度の心構えができるぐらいの経験はあった。

 

タクミは平然とした態度でアキに接する。

 

「アキ、車椅子借りて来るね」

「ありがと!!」

 

タクミは部屋を出て、廊下で仕事をしていたナースに声をかける。

折り畳み式の車椅子を持ってきてもらい、手慣れた手つきで車椅子を開いた。

点滴台やチューブが引っかからないように車椅子をベットサイドに入れると、アキは抱っこをせがむかのように両腕を突き出した。

 

「はいっ!タクミ!!はやくはやく!」

「はいはい」

 

タクミはいつも通りに脇の下から彼女を支えて彼女の体を持ち上げて、車椅子に移す。

身体を密着させる移乗の補助動作も慣れたものだったが、彼女の体重は以前よりも少し軽くなったような気がした。それが、失った足の重さなのかどうかはタクミにはわからない。

 

車椅子に彼女を移動させたタクミはブランケットを渡し、彼女の膝から下を覆った。

 

「さぁタクミ!最上階にレッツゴー」

「おっし!……って、僕に車椅子押させる気?自分で動かしなよ」

「あっ、足がいたい!いたいいたい!いたいよぉ~手術したとこがいたいよ~!!」

 

膝を押さえて悶えるアキに対してタクミは斜目を向ける。

 

アキが自分から「痛い」と訴えているうちはまだ平気というのがタクミの感覚だ。

本当に痛みが激しければ、アキはむしろ黙る。黙って『薬が欲しい』とだけ言ってくる。そして『痛みはどう?』と問いかけると喋るのも億劫そうに『大丈夫』とだけ返してくるのだ。

 

そもそも全く深刻そうじゃない声音で訴えてこられても信じろという方に無理がある。

だが、それで完全に嘘だと言い切れないのも事実であった。

長い付き合いであるが、相手のことを100%理解しているわけではない。

 

タクミは眉間に皺を寄せてアキを見下ろした。

 

「……アキ、本気で言ってる?だったら、レストランは無しにするよ?」

「ごめんごめん、冗談だって。でも、タクミが素直に押してくれないのがいけないんだよ?」

「僕のせいだっての?」

「うん」

「即答するな」

 

そう言いながらもタクミは車椅子の取っ手を握る。

甘やかしている自覚はあるが、アキにせがまれて断れたことなど皆無なので今更な気もする。

タクミは点滴台をアキに支えてもらいながら、車椅子を動かし、病室の外へと向かう。

 

その時、タクミはふと気になったことがあり病室を振り返った。

 

目を向けたのは、アキと同室だった少女。片垣(かたがき)瑠佳(るか)のベット。

タクミは人の気配のない静かなそのベットを一瞥する。

 

「タクミ?どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」

「あ……もしかして……本当に怒った?ご、ごめん」

「あっ、そうじゃないって!!いいよ別にこれぐらい!!」

「あっそう?良かった良かった!それじゃあタクミ、ついでにこれも持ってくれない?」

 

ケロリとした顔で点滴台を渡してきたアキに、タクミは本気で険しい顔を向けながら歩き出した。

 

静かになった623号室。

 

そんな部屋の片隅に青白い炎がポツンと灯る。

 

「モシ……モシ……」

 

ごそごそと蠢く影。部屋の空調に揺れる炎。鬼火のような不確かな光が病室内の闇の中に影を作る。

その小さな火はしばらくの間仄かな光を放っていたが、いつの間にか跡形もなく消えていた。

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

病院の最上階にあるレストラン。テラス席もあるその屋上にはポケモンバトルができるスペースが設けられており、入院患者の娯楽として開放されていた。

 

今日はトリトドン対ラッキーというお互いにひたすら回復をし続けるという、あまりに不毛なバトルが行われていた。そんなバトルよりはタクミの旅の話の方が数倍刺激的であり、アキは目を輝かせてタクミの話を聞いていた。

ハクダンジムの詳しいバトルの話やゴマゾウとのサイホーンレース、旅の間に出会った人達のことなどをタクミはホロキャスターの写真を見せながら話していた。軽食を終えた後もドリンクバーでひたすらに粘り、タクミはせがまれるままに口が疲れるまで喋り続けた。

 

「へぇ、いい旅をしてきたんだ」

「うん。初めてのことばかりだったけど。すごい楽しかった」

「ふぅん。あっ、これ!」

「え?なに?」

「これこれ!タクミ、すごい変な顔してる!」

 

それはタクミがサイホーンに乗る練習をしている時にフシギダネが撮った一枚だ。

サイホーンを全力で走らせているせいで顔は風圧で歪み、半目になり、顔を真っ赤にしていて物凄く間抜けな顔になっていた。

 

「うぇっ!なにこれ!こんな写真あった!?消して消して!!」

「えぇ、やだよ。だってこれもタクミの立派な思い出じゃない!」

「そんな思い出いらないって!」

「だ~め~」

 

アキはその写真にロックをかけて、個別に暗証番号まで設定した。

タクミのホロキャスターだというのにお構いなしである。

 

「あっ!もう!!」

「タクミ、あとでその写真メールで送ってね」

「やだ!!」

 

タクミはアキが設定した暗証番号に当たりをつけ、解除を試みる。思った通り、暗証番号はアキの誕生日であった。

 

「もうばれちゃった……っていうかタクミ解くの速すぎるよ」

「アキが単純なの。はい削除」

 

不細工な写真を消し、タクミは再びホロキャスターの画面をアキに渡した。

アキは少し不服そうな顔をしながら、画像フォルダを次々と流していく。

 

そして、ふとタクミの撮った写真とは別に大量の画像が入ったフォルダを見つけた。

 

「あれ?タクミ?これなに?」

「あ、ああ……それは……えと……その……お土産でいいのかな?」

「お土産?これが?」

「うん、開けてみてよ」

 

アキは言われるがままそのフォルダを開いた。

 

その瞬間、ホロキャスターの画面いっぱいに大量の写真が並んだ。

 

「……え……これ……」

 

その写真のどれもが、森や湖などで過ごすポケモンの写真だった。木漏れ日で昼寝しているポケモン、水浴びをしているポケモン、花の蜜を集めているポケモン。それは、街中では見られない野生のポケモンの自然な姿の写真だった。

 

「ハクダンジムのジムリーダー……ビオラさんなんだけど、有名なポケモン写真家でもあるんだ。その人にお願いして写真集とかに使わない没作品になった写真のコピーを貰ったんだ……」

 

バトルの後にタクミがビオラさんにした『お願い』はこれのことであった。

『病気で旅に出れない友達に野生ポケモンの姿の写真を見せたい』

そして、ビオラさんは快くそれを引き受け、翌日に写真のデータを渡してくれた。

 

「ほら、アキはハイスクールに通うけど。やっぱり、旅がしたかっただろうなって思って……だから、少しでもその気持ちを味わって欲しくて写真を……その……アキ?」

 

タクミは彼女から反応がないことに気づき、チラリと彼女の顔を見る。

アキはタクミのことなど忘れたかのようにその写真に釘付けになっていた。

 

ビオラさんから貰った写真は失敗作とは思えない程に躍動感に満ちていた。そのどれもがポケモン達の生活や挙動をそのまま抜き出してきたかのような作品ばかり。写真の一枚一枚からその場面の風の匂いすら漂ってきそうであった。少し衝撃を与えれば映ったポケモン達が動き出すんじゃないかと思えてしまう。

 

それは、病院の中では決して見ることのできない『野生』という世界。

町の中では感じることのできない『冒険』という空気。

 

アキはすぐさまそれに夢中になっていた。

 

目を見開き、興奮に吐息をわずかに荒くし、わずかに震える手で写真を一つ一つ見ていく。

 

タクミはそのアキの様子に安堵するように息を吐きだした。

どうやら、お土産は喜んでもらえたらしかった。

 

タクミはアキと自分のグラスを持ってそっと席を立った。

ドリンクバーで自分用のコーラとアキの好きなピーチジュースを注いで席に戻る。

アキはタクミの動きに気づかない程にのめり込んでいるいるようであった。

 

タクミはコーラをチビチビとストロー吸いながら、バトルフィールドで“じこさいせい”と“たまご産み”のループを繰り返すバトルを眺めていた。

 

しばらくして、アキが突然顔をあげた。

 

「タクミ」

「ん?」

 

ようやく終わった泥沼の持久戦に見切りをつけ、タクミは空になったグラスから口を放す。

バトルフィールドではそれぞれのトレーナーが2体目のポケモンを繰り出して、グライオン対エアームドとかいう更に不毛なバトルを続けていた。

 

「あの、この写真は?」

「えっ?あっ、それね……」

 

アキが画面いっぱいに映していたのはタクミがハクダンジム戦に勝った時の写真だった。

ジムリーダーのビオラさんが直接撮影してくれたその写真には満面の笑みを浮かべるタクミがキバゴとフシギダネを抱えて映っていた。

 

「ハクダンジム戦に勝った時の写真だよ。そういえば貰ってなかったな。そこに入ってたのか」

「これがタクミのジム戦初勝利の写真なんだ。そっか、これも貰っていいの?」

「えっ、別にいいけど……それいる?」

「いるよ!!」

「そう?別にいいけど、落書きとかしないでよ」

「しないよ。っていうか、私、そんなに信用ない?」

「いや、まぁ……あんまり言葉に信用はないよね……あはは」

「むぅ……」

 

笑って誤魔化すタクミにアキは不服そうに頬を膨らませた。

 

「それより、そのメモリ、アキへのお土産だからさ。ホロキャスターから抜いておいて」

「えっ?いいの?メモリごともらっちゃって。私コピーだけでもいいよ」

「いいのいいの。旅の間に要領満杯のメモリなんて持っててもしょうがないから」

「それもそうだけど……ほんとにいいの?」

「そもそもこれはアキの為にもらってきたんだから。受け取ってよ」

「……あ……」

 

タクミは有無を言わせずホロキャスターからメモリを引き抜き、アキに押し付けるように手渡した。

アキは受け取ったメモリを困ったように見つめていたが、最終的には手の中にギュッと握り込んだ。

 

「その……タクミ、ありがと」

「これぐらいお安い御用さ。って言いたいとこだけど、僕はビオラさんに『写真ください』って頼んだだけだけどね」

「ううん。そんなことないよ。タクミの気持ち、嬉しかった」

「そ、そう?」

「うん!」

 

アキは顔全体をほころばせ、目を細め、頰にエクボを作って笑っていた。

それはまるで、大輪の花が夏の日差しの中で花開いたかのよう。

 

彼女の顔を見てタクミの呼吸が喉の奥で一瞬だけ止まる。今のアキはタクミがこれまで見てきた中でも飛びっきりの笑顔をしていた。

 

「う、うん、まぁ、うん……」

 

タクミはなんだか照れ臭くなって唇を変な形に曲げながら顔を背けたのだった。

 

それからも、タクミのポケモン達の話を続ける2人。

 

コーラに飽きたタクミはミルクたっぷりのコーヒーを持ってきて、ピーチジュースに飽きたアキは砂糖とレモンを入れた紅茶を飲みながらまだまだレストランで粘る。

 

タクミの話が大方終われば次に水を向けられたのはアキの方の話だった。

タクミもポケモンハイスクールの話や、アキが最初にヒトカゲをゲットした経緯とかの話を聞きたかった。

 

だが、その話をする前にタクミには聞いておかなければならないことがあった。

 

「アキ……ちょっと聞きにくいことなんだけど」

「手術のこと?」

 

タクミは神妙な顔で頷いた。正直に言えばそんな話など後回しにして、有耶無耶にしてしまいたかった。

ただ、彼女の病気の話で中途半端なことをして、良い結果になったことなど一度だってないのだ。

 

聞きたくないことは最後には回さない。

 

それがタクミがアキの闘病生活を一緒に過ごして学んだことだった。

 

アキは唇をキュッと結び、自分の失った左脚をさする。

 

「手術のことはあんまり覚えてないよ。手術の部屋に入って、ベットに寝て、マスクの空気吸ってたらだんだん身体がポカポカしてきて、気が付いたら終わってた。手術の後も痛み止めをいっぱい使ったから少し痛いぐらいですんだし」

「少しってどれぐらい?」

「病気が一番ひどい時の1/3ぐらいかな」

 

それはアキの病気が進行し、神経にまで病気が及んでいた時だ。

あの時はアキがあのまま死んでしまうんじゃないかと思えるぐらいに衰弱していた。

その頃のことを思えば、今こうしてレストランに座って同じ目線で話ができるのは本当に奇跡みたいなものだった。

 

「それで、歩けるようになるにはどれぐらいかかるの?」

「うーん、まずはこの傷が良くならないとって言われてる」

 

アキは包帯に包まれた足の先端に触れる。大量のガーゼと包帯でガチガチに固められた足先は触れたところで大して感覚はない。

アキの腕に繋がれた点滴からは今も痛み止めの薬が流されており、傷の痛みはほとんど感じない。それでも、骨を切り落とし、皮膚を切り裂いた手術をしたのだ。今も夜遅くに不意に強い痛みが訪れることがあった。

 

「この傷がよくなって。切った骨が落ち着いて。縫っている糸を取って。病気が残っていないことを確かめて。時間を置いて新しく病気が出てこないことを調べて。それから、少しずつ体重をかけていくんだって」

「そっか……」

 

改めて聞くと本当に険しい道のりだった。

多分、それはタクミがバッジを8個集めることなんかよりもずっと大変なことなのだろう。

だが、アキは手術を乗り越えたのだ。病気も快方に向かっている。

今のアキの顔には辛そうな感情は見えない。

 

タクミはその気持ちを後押しするように、歯を見せて笑った。

 

「それじゃあ、リハビリいっぱいしないとね」

「うん。でも、ほんとキツイんだよ……もう右脚のリハビリは始めてるけどさ。こいつったら本当に役立たずなんだから」

 

アキは残った右脚をぺちぺちと叩く。右脚にまで伸びていた病気は既に消えているが、今まで寝たきりで使ってこなかった足に筋肉などついてるはずもない。そんな骨と皮だけの右脚で彼女はこれから自分の体重の半分以上を支えていかなければならない。

 

そのためには時間をかけて少しずつ筋肉を増やしていくしかないのだ。

 

「でもね、タクミ」

「ん?」

「私は……大丈夫だよ」

 

タクミはその台詞に目を細める。

 

彼女の『大丈夫』はいつも信用がならない。

 

辛い身体で強がる時、酷い体調を隠す時、心配をかけまいと誤魔化す時。

 

いつだって彼女は『大丈夫』と返事をして仄かに笑うのだ。

 

それが彼女なりの優しさであり、それと同時に彼女の意地でもあった。

悲劇のヒロインになりたくない。タクミとは常に対等な友達でいたい。

そんな、気持ちがわかるからこそタクミはずっとその『大丈夫』という言葉に騙されるフリをしてきた。

 

だからタクミは彼女の『大丈夫』に身構えてしまう。

 

だが、今回はそんな心配は不要であった。

 

アキは笑っていなかった。笑って自分や他人を誤魔化そうとしていなかった。

彼女の瞳にはこれから先の道を自分の力で歩いていくんだという強い意志が込められていた。

そんな彼女を見て、タクミは身体の力を抜くように息を吐きだした。

 

「そうみたいだね」

「うん!」

 

タクミは憑き物が落ちたかのように顔の力を緩めて笑う。

それにつられて、アキもバカみたいにヘラヘラと笑う。

 

「じゃあ、この話はおしまいにしよう。それじゃあアキ、最初のポケモンを貰った時のことを教えてよ。なんでヒトカゲにしたの?」

「そのことは私も話したいんだけど。もう少し後にしない?」

「え?」

 

アキは窓の外を指差した。

 

そこではツボツボ対オーロットという迷勝負がようやく終わりを迎えていた。

 

「私のポケモンの話は、私のポケモンがどんなバトルをするのかを見た後の方が良いと思わない?」

 

タクミの顔に力がこもっていく。心臓から流れ出る血がアドレナリンを全身にドバドバと送り込まれる。

身体に熱が入り、鼓動が高まり、タクミは好戦的な笑顔を浮かべた。

 

「へへっ、そうだね、やろう!」

 

八重歯を見せて笑うタクミに向け、アキも不敵な微笑を浮かべる。

 

「タクミはもうバッジをゲットしてるみたいだけど、私が怯むと思わないでよ」

「当たり前さ。アキを相手に油断なんかできるもんか」

 

タクミは彼女がどれだけポケモンの図鑑や雑誌を読み込んできたかを知っている。

彼女のポケモンやバトルに対する知識量を侮れるわけがなかった。

 

「それじゃあ……」

「バトルしよう!!」

 

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