ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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病院に幽霊が出ないのはむしろ不自然?

タクミはアキの車椅子を押して病室へと戻ってくる。

 

「そんなこんなで妊婦さんを病院に連れて行って、迷子を送り届けて、トリミアンを探してたらもう夕方でさ。研究所に行ったらケロマツもフォッコもハリマロンも他のトレーナーが連れていっちゃって。次の初心者用ポケモンが来るのも3日後だし。それで、研究所に残ってたこのヒトカゲを貰うことになったの」

「まったく、アキらしいと言えばアキらしいや。それで、その時に一緒に連れまわしたイーブイがなんで手持ちに?」

「後でわかったんだけど、このイーブイ、研究所から逃げ出したコだったの。懐かれたから貰っちゃった」

「なるほど。あとの1個のモンスターボールにはなにが入ってるの?」

「コイキング!」

「……え?」

「だから、コイキング。私の担当の先生が入院してきたトレーナーの人に配ってるの」

「え?コイキングを?」

「釣りが趣味でいっぱい持ってるんだって」

「へぇ……」

 

医者といっても色んな人がいるらしい。

 

「あっ、そういえばさっきのバトルだけど。ヒトカゲが“ドラゴンテール”を使えることって、もしかしてバレてた?」

 

それは最初にヒトカゲが“ドラゴンテール”を放った場面の話だ。

キバゴに背を向けたヒトカゲは一見すると、隙だらけに見えた。追撃すれば間違いなく大ダメージを与えられるような大きな隙だ。

だが、タクミはキバゴに防御の指示を出していた。

 

「バレてたというか……アキがあの場面であんなに隙の大きい攻撃をさせるのに違和感があってさ。誘っているような気がして防御姿勢を取らせたんだ。正解だったみたいだけど」

「そこでバレてたか」

「でも、尻尾の遠心力を使って攻撃を連打していくバトルスタイルはすごいと思うよ。リズミカルだから反撃はしやすい気はするけど」

「それは今後の課題かなぁ。あっ、そうそう。キバゴの『あれ』も最初から考えてたの?」

「『あれ』って?」

「攻撃をキバで受けて折って、そのキバを蹴り込むやつ」

「ああ、『あれ』ね。さすがにあれは練習できないよ。ほとんど偶然」

「えっ!?あれ、偶然なの!?」

「うん」

「で、でも、かなり自信もって指示してたみたいだけど」

「いやぁ、キバゴならできるかなぁって」

「………」

 

アキは言葉を失う。

彼等はあの一瞬の攻防の間に今まで一度もやったことのない特殊な攻撃の指示を出して、完璧に意思疎通してそれを実行してしまったのだ。やる方もやる方だが、指示する方もする方だ。

タクミとキバゴの間にある信頼関係は最早テレパシーの域に達しているんじゃないかと思えてしまう。そこまでいくと『感心する』を通り越して若干気持ち悪い。

 

アキはそんなことを思い、目を細めた。

 

「アキ、なんか失礼なこと思ってない?」

「そ、そんなことないよ」

 

タクミにジト目で睨まれ、アキは慌ててそっぽを向いた。

アキの下手くそな口笛にタクミはため息を吐いた。

 

タクミはアキの車椅子を押し、静まりかえった病室にアキの車椅子を入れる。

ベッド横で車椅子を止めると、アキは自然な仕草で両腕を突き出した。

 

「んっ」

「はいはい」

 

タクミは流れるようにアキを抱え、ベットに彼女を移した。タクミはアキの身体の位置を整え、薄手のタオルケットを彼女の身体にかける。

 

「アキ、身体は平気?」

「うん。でも、やっぱりちょっと疲れたかな……」

「そりゃそうか」

 

ほとんど寝たきりであったアキにとっては一度のポケモンバトルでも随分と体力を消費したことだろう。

タクミはあまり長居してはアキに悪いと思い、すぐさま立ち上がった。

 

「アキ、ちゃんと休みなよ。また来るから」

「えっ!?タクミ、もういっちゃうの!?」

「『もう』って、大分居たよ?それに、僕がいたらアキも休めないでしょ」

「そりゃそうだけど……私は大丈夫なのに」

「…………」

 

確かにアキの顔色は悪くはない。だが、悪くはないだけで彼女の頬はのぼせあがったように赤くなっている。慣れないバトルでテンションが上がり、自分の不調に気づいていない可能性もある。

 

タクミとしてはアキにはできるだけ休んで欲しかった。だが、拗ねたように唇を尖らせるアキを無碍にするのは少し心苦しい。そんなタクミの葛藤を見抜いたかのようにアキは情に訴えるように拝み手を向けてウィンクをしてきた。

 

「タクミ、もう少しだけお願い。その……えと……スクールの授業でちょっとわからないところがあって……」

 

その仕草にタクミの心臓が不規則に跳ねる。

タクミは声が裏返らないように注意しながら口を開いた。

 

「アキがわからないことが、僕にわかるとは思えないよ。それぐらいアキも知ってるでしょ」

 

タクミは平静を装うために一度呼吸を整え、腰に手を当ててアキを見下ろした。

 

「そんなに話し足りないなら素直に言ってくれていいよ。もうしばらくいるから。だから、嘘なんかつかないで」

「……うん……ありがと……あと、ごめん」

「いいよ。アキの我儘には慣れてる。ただし、あったかくすること。汗が冷えるといけないから」

「うん」

 

アキは促されるまま足元に丸められていた布団を手に取り、それを腰まで引き上げた。

 

その時だった。

 

「うわっ!!!!」

 

アキの声が裏返った。

 

「うわっ!わわっ!わぁーーー!!」

 

アキがバサバサと布団を剥ぎ取る。アキは布団をできるだけ遠くに蹴飛ばし、少しでもそこから離れようと身をよじった。

 

「どうしたの!アキ!!」

「布団の中に何かいる!?虫!?虫かも!!」

「えっ!!ちょっ、アキ!危ない!!」

 

アキは片足を失い、身体の重心がずれている。しかも、彼女は寝たきり生活のせいで筋力がそもそも少なく体幹が非常に弱い。そんな状態で激しく動いたものだから、アキが身体のバランスを崩すのは必然だった。アキの身体がベッドの端に傾き、そのまま重力に従って倒れていく。

 

「あ……」

 

咄嗟にタクミが動いた。

タクミは車椅子をはねのけながらアキの隣に滑り込み、彼女の身体を胸元で抱きとめた。

だが、タクミの姿勢もあまりよくない。仰反るような姿勢になったタクミ。足の踏ん張りがきかない状態ではアキの勢いを殺しきれない。

 

そして、タクミの身体がズルリと滑った。

 

タクミの身体が背中から倒れ込む。自分が転ぶことを覚悟したタクミはアキだけは絶対に守れるように彼女の肩を強く抱きしめた。

 

「ダネェ!!!!」

「コイッ!!!!」

 

タクミのモンスターボールからフシギダネが飛び出す。

アキのモンスターボールからもコイキングが勝手に出てきた。

 

だが、彼等の飛び出した位置では間に合わない。

 

タクミは迫りくる衝撃に備えるように筋肉を硬直させた。

 

その瞬間だった。

 

「モシッ!!!!」

 

タクミとアキの身体が宙で止まった。

 

「えっ?」

 

それより一拍遅れてコイキングがタクミの下に飛び込み、フシギダネのムチがタクミの身体に巻き付いた。

 

「ダネ?」

「コイコ?」

 

ムチに重さを感じないフシギダネが首をかしげる。クッションになる覚悟であったコイキングが何事かと跳ねる。

衝撃に備えていた2人もいつまで経っても床に激突しないことに気づき、恐る恐る目を開けた。

 

「あ、あれ?私達……浮いてる?」

「うん。でも……なんで……」

「もしかして、タクミってサイキッカーだったり……しないか」

「しないよ」

 

ならば他に超能力の発生源があるはず。

タクミとアキは浮かんだ姿のまま、超能力の源を探した。

 

それはすぐさま見つかった。

 

アキのベッドの上。くしゃくしゃになった布団を被った1匹のヒトモシがいた。なぜか頭の炎が灯っていないヒトモシ。そのヒトモシは目を虹色に光らせてその短い手を空に掲げ、タクミ達に念力を送っていた。それは“サイコキネシス”という【エスパータイプ】のワザだ。

 

だが、まだ小さなヒトモシの力では人間2人の体重を支えきれない。

タクミ達の身体は不規則に上下し、風に流されているかのように揺れていた。

 

「モシ……モシ……」

 

ヒトモシは辛そうに顔をしかめながらも、なんとか“サイコキネシス”を保とうと力を振り絞っている。

次第に呼吸が荒くなって行くヒトモシ。

 

その様子にアキが真っ先に気がついた。

 

「タクミ!フシギダネを!」

「そうだった!フシギダネ!しっかり支えて!!」

「ダネッ!」

 

フシギダネはすぐさまムチを一気に引き絞る。

それを見届けたヒトモシは力尽きたかのように“サイコキネシス“を解除した。

 

次の瞬間タクミとアキに重力が戻ってきた。

 

ズンとフシギダネのムチに重量がかかる。

突然の重力にタクミの身体が落ち込む。だが、タクミの尻は地面と激突することなく、コイキングの身体に阻まれた。タクミは手早く立ち上がり、アキをベッドの上に押し上げた。

 

「フシギダネ、コイキング、ありがと!アキ、怪我してない!?どこか捻ったりとかしてない!?」

「うん、平気」

「よかった……」

 

アキの無事を確認したタクミはすぐさま自分のクッション代わりになってくれたコイキングを抱えあげる。

 

「コイキング、平気かい?」

「コイコイッ!」

 

『なんてことはないさ』と言うかのように、コイキングは誇らしげに自分の身体をヒレでぺチンと叩いた。

その隣で、アキがタクミの身体に巻かれていたフシギダネのムチを手に取った。

 

「フシギダネもありがと」

「ダネダ」

 

フシギダネは『たいしたことはしてない』とでも言うようにプイッと横を向き、タクミの身体からムチをほどいた。それでも、アキの手を払い除けないところが、どうも素直ではない。

 

照れるフシギダネは何か気を逸らすものを探すようにあちこちに視線を向ける。

そして、何かに気が付いたかのように声をあげた。

 

「ダネダッ!」

 

その視線をアキが追う。

 

「どうしたのフシギダネ……あっ!タクミ!ヒトモシが!」

「えっ!?」

 

コイキングを車椅子に乗せてあげていたタクミは急いでベッドを振り返った。

 

ベッドの上にいたヒトモシ。

 

そのヒトモシは荒い息でバタリとその場に倒れていた。

 

「モシ……モシ……」

 

呼吸は先程よりも更に荒くなり、蝋のようなその身体は冷や汗をかくようにわずかに溶けている。

タクミは急いでヒトモシを抱きかかえた。

 

「うわっ!なんだこれ!冷たっ!!」

 

そのヒトモシは【ほのおタイプ】とは思えない程に冷え切り、まるで氷の塊のようであった。

 

「そ、そんなはずはないよ!!ヒトモシの身体はいつも40度ぐらいはあるはずだよ!!」

「でも!本当に冷たい!これ、まずいんじゃないのか!?」

 

アキはハッとしてすぐさま自分のタオルケットをタクミに差し出した。

 

「タクミ、これ使って!」

「うん」

 

ヒトモシの身体にタオルケットを撒いてやる。ポケモンでも人間でも体温を保ってあげないと危険なのはきっと変わらない。それに、頭の炎が消えているのも気にかかる。どちらにせよ、人間の病院では対応ができない。

 

「急いでポケモンセンターに……」

「ちょっと待って!ここからならプラターヌ研究所の方が近いよ!!」

「プラターヌ研究所……」

 

それは、カロス地方を代表するポケモン研究家であった。

世界で最初にメガシンカエネルギーの解析に成功した博士の名前はタクミも何度も雑誌で見ていた。

 

「わかった、案内できる!?」

「うん!!私、ちょっと研究所に電話してみる!!」

「フシギダネ!ヒトモシをお願い!!」

「ダネダッ!!」

 

フシギダネはタオルケットでくるんだヒトモシをムチで受け取った。

すると、その一連を見ていたコイキングが素早く飛びはね、器用にベッド脇の戸棚を開いた。

 

「コイコイッ!」

 

コイキングは尻尾でアキの上着をタクミに投げてよこした。

 

「ありがと!お前、気が効くね」

「コイッ」

 

コイキングはそれ以上自分にできることはないと、自分でモンスターボールの中心部を押しこみ勝手にボールに入っていってしまう。

 

真摯な奴だなぁ……

 

タクミはそんな感想を抱いたが、それを口にしている暇はなかった。

タクミはアキの肩に上着をかけ、電話をかけているアキの身体を素早く車椅子に乗せた。

 

ホロキャスターの電話機能で会話するアキは真剣な顔で数度頷き、通話を切った。

 

「タクミ、すぐに来ていいって!」

「よしっ、行こう!ヒトモシは……」

「私が抱いていく。フシギダネ!」

「ダネダ!」

 

足の悪いフシギダネは移動では遅れてしまう。

フシギダネはヒトモシをアキに手渡し、こちらも自分からモンスターボールの中に戻っていった。

 

「タクミ、行こう!」

「わかった!!」

 

タクミは決して走る速度にならない程度のスピードで廊下を急ぎ足で駆けていく。

運の良いことに、ナースステーションにはちょうどアキの主治医がおり、事情を話したらすぐさま外出許可をもらえた。

 

急いで礼を言い、タクミとアキはエレベーターに飛び乗った。

 

「どうやって行く!?タクシー乗る!?」

「車じゃ入れない近道があるの。タクシー捕まえるより歩いた方が速い」

「わかった」

 

タクミはエレベーターが開くと同時に車椅子を押し込み、アキに案内されるまま病院の裏口から外に飛び出した。そのまま職員用駐車場の出口から敷地の外に出て、細い路地を二本抜けると、そこはもうプラターヌ研究所の裏口であった。確かにこれなら車を使うより早い。

アキはインターホンを押すのこともせずに、裏口の戸を叩いた。

 

「博士!!私です!アキです!ヒトモシを連れてきました!!」

 

すると、待っていたかのようにすぐさまドアが内側に開いた。

顔を出したのは中年ぐらいの男性だった。体つきは細く、それでいてやや筋肉質な腕をしていた。あまり手入れされていない無精ひげと芸術的な癖毛も相まって仕事中毒者のような雰囲気がある博士であった。

 

「待ってたよ。さぁ、入って」

 

彼は深味のある優し気な声でそう言った。

タクミは促されるままにアキの車椅子を押し込んだ。

 

「アキくん、連絡のあったヒトモシは?」

「この子です!博士!お願いします!!」

 

アキは胸元に抱えたヒトモシを差し出した。

プラターヌ博士はヒトモシの体温や頭の部分を観察し、すぐさま表情を引き締めた。

 

「すぐに治療に入ろう。2人とも、こっちへ」

「はい!」

 

プラターヌ博士はすぐさま研究所の奥へとタクミ達を案内した。

そこはポケモンセンター並の治療設備の整った部屋であった。

 

そこでは既に半縁のメガネをかけた女性が機器を何時でも使用できるように準備をしていた。

 

「ソフィー!ヒトモシの保温を最優先。それと並行して検査をいくつか出すよ」

「はいっ、博士!」

 

ヒトモシは保温ベッドの上に寝かせられ、ポケモンの治癒能力を高める治療を施される。

その間にも博士はヒトモシの身体の蝋のような部分を少し採取して、検査機にかけて叩き出された数値を怖い顔で睨みつけていた。博士はそのデータをもとに治療方針を変更し、新しい薬を用意してヒトモシの口に含ませる。

 

その様子をタクミとアキはガラスで隔てられた待合室で固唾を飲んで見守っていた。

 

そして、しばらくしてプラターヌ博士が額の汗をぬぐいながら出てきた。

 

「博士!ヒトモシは!?」

 

アキが切羽詰まったようにそう尋ねる。

そんなアキを安心させるかのようにプラターヌ博士は表情を緩めて笑った。

 

「ひとまず、命は危険はないよ」

「本当ですか!?」

「ああ、あのまま放置していれば危険だったけどね。このまま治療していけば、じき回復するだろう」

 

プラターヌ博士はそう言って、2人の視線を誘導するように治療室の方へと目を向けた。

保温室の中のヒトモシは規則的な寝息を立てており、頭の炎も復活していた。

顔色も良くなっており、タクミとアキは安堵の息を吐きだした。

 

「君たちがすぐに連れてきてくれたおかげだよ。良い判断だったね」

 

博士にそう言われ、タクミとアキは笑顔で顔を見合わせる。

 

アキが片手をあげ、タクミはその手に向けて自分の手を振りぬいた。

 

パチンといい音が鳴り響いた。

 

その後、タクミとアキはプラターヌ博士に案内され、応接室へと通された。

そこではショートヘアの白衣を着た女性が既に紅茶の準備を整えていた。

タクミ達は促されるままにソファに座る。

 

プラターヌ博士は白衣のポケットに手を突っ込みながら、ドサリとソファに腰かけた。

 

「さて、アキくんはついこの間ぶりだね。手術が無事にいって何よりだよ」

「ありがとうございます。いただいたヒトカゲは大事にしてます」

「うんうん。それで、君が……」

 

タクミは話を振られ、慌てて自己紹介をした。

 

「は、はい!自分はタクミです。サイトウ タクミです」

 

タクミは背筋を伸ばし、固い声で挨拶をした。あまりに緊張している様子にアキがクスクスと声を殺して笑っていた。

 

「そうか。やっぱり君がタクミくんか。僕はプラターヌ。このカロス地方でポケモンの研究者をやっている。よろしくね」

「はい!よろしくお願いします!!」

 

差し出された手を握ると、プラターヌ博士は思ったよりも強い力で握り込んできた。

タクミがそれに応えるようにしっかりと手を握り返した。

プラターヌ博士はニコニコとしながら手を離し、タクミ達に紅茶を勧めた。

 

「君のことはアキくんから聞いているよ。『地方旅』をしているんだって?」

「はい。とりあえず、パッチは1つゲットしました」

「マーベラス。この時期に最初の1つをゲットしてるとは上出来だ。カロスリーグに君が出場してくることを願っているよ」

「ありがとうございます!!」

 

カロス地方でも1,2を争う研究者にそう言われ、タクミは興奮に顔を赤らめた。

そして、話が一区切りついたのを見計らい、アキが話をヒトモシの方へと戻した。

 

「それで、博士。あのヒトモシはどうしてあんなことになっていたんですか?」

「おっと、そうだった、その話をしていなかったね」

 

博士は口をつけた紅茶を一口飲み、すぐさまカップを置いた。

 

「あのヒトモシは栄養失調さ。単に言えば空腹だったんだ」

「え?つまり……腹ペコ?」

「そういうことだね」

 

タクミとアキは顔を見合わせた。

お互いの顔に疑問符が浮かんでいるのを確認し、タクミはプラターヌ博士に質問した。

 

「えと、つまりあのヒトモシはご飯を食べてなかったってことですか?」

「『ごはん』というよりは『エネルギー』だがね。ヒトモシの頭の炎が消えていたろ?」

「はい」

「あの炎は一説には『人の魂を吸ったエネルギーで燃えている』と言われているんだ『ヒトモシは命を食べて栄養にしている』とね」

 

物騒な話にタクミとアキは息を飲んだ。

 

なにせ、ヒトモシが発見されたのは病院のど真ん中だ。

当然、周囲は病人だらけ。体力の低い人や命の瀬戸際で頑張っている人が大勢いる。

その中にそんなポケモンがいたというのはかなり問題なのではないだろうか。

 

そんなタクミ達の懸念を感じ取ったプラターヌ博士はそれを払拭するかのように両手を広げて笑った。

 

「だが、それはあくまで迷信だ。最近発表された論文ではヒトモシ系列のポケモンを連れていたトレーナーの寿命が減ることはないと結論がついている。現存する記録では幼少期からヒトモシをパートナーにしたトレーナーの最高寿命は115歳だ」

「それはそれですごいですね」

「他にも、ヒトモシを傍に置いて体力測定を行った研究などもあるが、それでも大きく運動能力が下がることはなかった。むしろ、ヒトモシに応援してもらうことで測定結果がよくなったトレーナーもいたぐらいだしね。病院の中であってもヒトモシが周囲に影響を与えることはないよ」

「へぇ……」

 

世の中にはいろんな研究をしている人がいるものである。

 

「でも、それじゃあ、ヒトモシの頭の炎は何を燃やしてるんです?」

「いい質問だ。その答えは『魂』だよ」

「え?でも、いま……」

「研究では『寿命』や『体力』を吸って炎を燃やしているわけではない、としか結論が付けられていない。なにを燃やしているのかは依然謎のままだ。ただ、ヒトモシがなにかしらを燃やすことでエネルギーを得ているのは間違いない。だから、わからないうちは古来よりの言い伝えに従って『魂』という言葉を使っているんだよ」

 

タクミとアキは納得したような、そうでないような表情で曖昧に頷く。

 

「そういう表情になるのも無理はない。なにせ研究者の間でも意見が分かれるところだからね」

 

ならば、そういうものなのだろうか。タクミは無理矢理納得するようにしようとした。

だが、ここでアキが食い下がった。

 

「でも、ヒトモシが野生で生息する場所って、霊園だったり廃墟だったり、基本的には人間がいないところですよね。そんなところでヒトモシは誰の『魂』を吸っているんです?」

「鋭いところをつくね、アキくん。確かに誰もいないところでは人の『魂』は得られない。だが、とある見解がある。ヒトモシが吸っている『魂』とは『感情』のことではないか、とね」

「感情?」

「霊園、廃墟、墓地……どれも様々な人の強い感情が残りやすい場所だ。在りし日の想い、残された人の想い。他にもそう言った場所に立ち入った人の恐怖心なんかも立派な強い感情だ。ヒトモシはそうやってその場に生まれた感情を吸ってエネルギーにしているんじゃないかと考える人もいる。彼らが人間を驚かせようとする理由としても筋が通っている」

「………なるほど」

 

アキはまだ完全には納得していないような顔をしていたが、ひとまずそれ以上の議論を止めた。

なにせ、重要な話はそこではないのだ。アキは今回のヒトモシの件について話題を戻した。

 

「それじゃあ、あのヒトモシが『腹ペコ』っていうのはどういうことです?病院なら、普通にたくさんの人がいますよね」

「その通りだ。だが、あのヒトモシはもしかしたら『感情』を食べるのが下手なのかもしれない」

「え?」

 

アキとタクミの頭に再び疑問符がともる。

 

「さっきも言った通り、ヒトモシは『魂のような何か』を栄養にすることができるというのは間違いない。だが、洞窟や森に生息する野生のヒトモシは普通にきのみや山菜なんかを食べて生活している。そんなヒトモシが突然人間の町に現れたらどうなると思う?」

「……えと……どうなるかな?タクミわかる?」

「え~……う~ん……」

 

頭をひねる2人にプラターヌ博士はヒントを出した。

 

「君たちは目の前にいきなり見たことのない料理がポンと置かれたらどうする?材料もわからない、作り方もわからない、挙句の果てにフォークもナイフも置いてないので食べ方もわからない。そんな食事を食べられるかい?」

「それは、食べたくないですね」

 

タクミはゲテモノ料理ばかりが並ぶ食卓を想像し、渋い顔をした。

そして、アキはそのヒントで答えに気が付いた。

 

「そっか!つまり、ヒトモシは『魂』の食べ方がわからなかった?」

「その通り」

 

プラターヌ博士はそう言ってお茶受けのクッキーを頬張った。

 

「地球界から来た君たちには意外に聞こえるかもしれないが、野生のポケモンが町の中に入ってくることはほとんどないんだ。ゴミを食べるヤブクロンや下水に住むベトベターとかの元々町に住むポケモンを除いてね」

 

タクミとアキは小さく頷いた。

 

町中にイノシシやクマが出没するニュースのある地球界の感覚からすれば、町と森の間に高い壁や掘りがなければ野生のポケモンが迷い込んでくることは普通にありそうだった。

 

「その理由に関しては諸説あるけど。とにかく、野生のポケモンは町という場所にそもそも慣れていないんだ。彼等は町中では食べ物を得ることも、安眠することもできない。だから、たまに野生のポケモンが迷い込んで、栄養失調で倒れて担ぎ込まれるというのはそう珍しい話じゃないんだよ」

「へぇ……」

 

タクミとアキは納得したように頷いた。

 

その時、プラターヌ博士の胸元のPHSが音をあげた。

 

「ソフィーくんか。何かあったか?……うん……わかった、見に行こう」

 

プラターヌ博士は紅茶を更に一口のみ、席を立った。

 

「ヒトモシが目を覚ましたそうだよ。君たちも来るかい?」

「はいっ!」

「もちろんです!!」

 

タクミとアキは紅茶の中身を一気に飲み干す。そして、タクミは更にテーブルの上のお菓子を一口で食べ、数個をハンカチで包んだ。

 

「タクミ?なにしてるの?」

「ん。ちょっとね」

 

タクミはそのお菓子をポケットに入れ、アキの車椅子の持ち手を握る。

プラターヌ博士の後に続きながら、タクミはふと思い出したようにアキに声をかけた。

 

「ところでアキ、プラターヌ博士に僕のこと話してたの?」

「ふぇっ!?な、なんで?」

 

アキの身体が不自然に跳ねた。

 

「いや、博士が僕のこと知ってたみたいだったから……って、なに?その態度?」

「い、いやぁ、その……と、友達がいて、『地方旅』に出てるって話しをしたぐらいだよ?」

「そうなの?」

「そうそう!」

 

なんだか不審な態度のアキであるが、彼女が自分の陰口を話すとは思えない。

失敗談をネタにされた可能性はあるが、その程度で場の笑いが取れているなら別に構わない。

 

それじゃあ何を話したのだろうか?

 

追求すれば多分アキは喋るだろう。なんならプラターヌ博士に直接聞けばいい。

ふと、アキを見下ろすと彼女の耳はなぜか真っ赤に染まっていた。

 

「………」

 

チラチラとタクミの様子を伺うように振り返るアキ。

タクミは渋い顔をして自分の髪を意味もなくかきあげる。

 

そして、タクミはしばらくしてため息を吐き出した。

 

「………ま、そういうことにしとくよ」

「べ、別に何も喋ってないって!」

「はいはい、そうだねそうだね」

 

軽く流すタクミにアキは「うぐぐ……」と言葉を濁した。

疑われたままなのは癪なのだが、追求されないことには感謝している。

そんなところだろう。

 

 

悶絶するアキと苦笑いするタクミ。

そんな2人を振り返りながらプラターヌ博士は『本当に仲がいいんだなぁ』などと感想を抱いていた

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