ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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いろんな炎を燃やして

治療室の窓から中を見るタクミとアキ。

ヒトモシは保温ベットの上に起き上がり、きのみのジュースを美味しそうに吸っているところであった。頭の炎もしっかりと紫色の炎を灯し、幸せそうにチューチューと音を立ててジュース飲むヒトモシは見ているこっちが幸せになりそうな笑顔であった。

 

「元気になってる。良かったね」

 

タクミはそう言ってアキを見下ろす。

アキもタクミを見上げ、フニャッとした笑顔で頷いた。

 

「うん。良かった。タクミがいてくれたおかげだね」

「僕は何もしてないって」

「そんなことない。タクミがいなかったら私だけでプラターヌ研究所には行けないもん」

 

アキはそう言って、包帯が硬く巻かれた自分の足をペチペチと叩く。

 

「ほんと、役立たずなんだから」

 

アキはそう言うが、タクミは自分がいなくてもアキならなんとかしてヒトモシをここに連れて来ただろうという確信があった。ただ、それを指摘してもアキは決して肯定してはくれないだろう。だからタクミは別の方向からアキにフォローをいれることにした。

 

「でも、アキがプラターヌ博士に電話してくれたからスムーズに治療ができたんだから。やっぱりアキがいて良かったんだよ」

「そうかな?」

「そうだよ。アキのおかげさ」

「うーん……でもなー……まぁ、そういうことにしとこうか」

 

そう言いつつも満更でもなさそうに頬を染めるアキ。

 

そんな時、プラターヌ博士が窓をコンコンと叩いた。

 

「2人とも中に入ってきていいよ。ヒトモシに会いたいだろ?」

「はいっ!」

 

2人同時に返事をして、タクミは車椅子を押して治療室へと足を踏み入れた。

 

「モシッ!」

 

ヒトモシはタクミ達を見つけると慌ててジュースをその場に置き、タクミ達に向けて深々と頭を下げた。

 

「モシモシ、モシ」

 

どうやらお礼を言っているらしかった。

そんなヒトモシの態度にタクミ達は柔らかな笑顔を浮かべた。

 

「いいんだよヒトモシ。元気になって良かった」

 

そうタクミが言うと、アキも「うんうん」と頷く。

 

「私達も“サイコキネシス”で助けてもらったしね。ありがとうヒトモシ」

 

アキはそう言ってヒトモシの額の部分を指先でこするように撫でてやる。

ヒトモシは照れたように笑いながらくすぐったそうに身をよじらせた。

 

「モシモシ……」

「ははは、可愛いなぁこのコ。ねぇ、抱っこしていい?」

「モシッ」

 

ヒトモシはそれぐらいお安い御用とでも言うように両手を掲げた。

アキはすぐさまヒトモシを両手で抱え上げ、腕の中に抱き込んだ。

 

「うわぁ、あったかい。湯たんぽみたい」

「モシ?」

 

ヒトモシはアキの様子に少々困惑しながらも、頭の炎を極力小さくしていた。ヒトモシの頭の炎で火傷しないようにしてくれたのだろう。だが、そもそもヒトモシの炎は何かに引火する類の炎ではないし熱も持っていない。だからその炎でアキが火傷することはないので、単なるヒトモシの気遣いなのだろう。

 

最初の態度といい、真面目というか律儀というか。

 

「アキ、僕もヒトモシを撫でていい?」

「あっ、そうだよね。タクミも撫でたいよね。ヒトモシ、いい?」

「モシ」

 

ヒトモシは自分の顎をクイッとあげ自分のおでこを突き出す。『ここを撫でてくれ』という意思表示なのだがろうが、一々仕草が可愛らしい奴だった。

タクミはヒトモシの額の部分に手を置き、サワサワと撫でる。

 

「ヒトモシ、お腹すいてるんだろ?これ食べる?」

 

タクミはそう言ってポケットから先程ハンカチに包んだお茶請けのクッキーを差し出した。

 

「モシ?」

 

ヒトモシは差し出されたそのクッキーをしげしげと眺め、小さな手で1つを掴み上げた。

ヒトモシの身体の大きさと比較するとクッキーが随分と大きく見える。ヒトモシはそのクッキーの端を躊躇いながら一口齧った。

 

クッキーを咀嚼するヒトモシ。

 

そして、ヒトモシは更に一口食べ進む。口の中で頑張ってかみ砕き、飲み込み、またもや一口食べる。ヒトモシはしばらく夢中になってクッキーを齧り続けた。

そして、一個目のクッキーを全て食べ終わると、ヒトモシは目を輝かせながらタクミの方を見上げた。

 

「モシッ!モシモシッ!」

 

両手をあげてタクミにクッキーをせがむヒトモシ。

 

「気に入ったか?」

「モシッ!」

「それはよかった。ほら、お食べ」

「モシモシッ!!」

 

手にしたクッキーを幸せそうに食べるヒトモシ。

 

それを見ているとこっちまで幸せな気分になるようであった。

 

その時、ふとアキが呟いた。

 

「そういえば、このヒトモシはどこから来たんでしょう?」

「あ、確かに……プラターヌ博士、ミアレシティの近くにヒトモシが生息している場所はあるんですか?」

 

タクミがそう尋ねるとプラターヌ博士は少し困ったように頭をかいた。

 

「カロス地方にはヒトモシが生息している地域はいくつかあるが、どこも1日2日で行ける距離にはないんだよ」

「え、それじゃあ誰かがゲットしてるポケモン?」

「いや、一応それも調べたんだが、このヒトモシは間違いなく純粋な『野生』のヒトモシだ」

「そうなんですか……」

 

タクミはクッキーを夢中になって食べているヒトモシへと視線を戻した。

 

「なぁ、ヒトモシ」

「モシ?」

「お前、どこからきたんだ?」

 

するとヒトモシは途端に目尻をハの字に垂れされた。

 

「モシ……」

「……もしかして、わかんないのか?」

「モシ……モシ……」

 

ふと、ヒトモシの頭の炎が大きく揺らいだ。風に揺れるような変化の仕方ではない。ヒトモシの炎が何かの形に変化しようとしていたのだ。ヒトモシの炎は何かの映像作品かのように、道を走る車の姿を見事に再現してしまった。

 

「これは……車?」

 

タクミが首をかしげる。

 

「違う、荷台があるよ。トラックじゃない?」

「えと、つまりトラックでなら帰れる場所に故郷があるってことか?」

「そうじゃないと思う。多分、トラックの荷台かなにかに間違って乗っちゃってここまで運ばれてきたんだよ。そういうことだよね?」

 

アキがそう言うと、ヒトモシは項垂れるように頷いた。

タクミとアキは捨てられた子犬を撫でるようにヒトモシの頭を順に撫でていく。

 

そんなタクミ達の様子を後ろで見ていたプラターヌ博士が小さな声で「マーベラス……」と呟いた。

 

「頭の炎で影絵を作るヒトモシには会ったことがあるが、ここまで明確に炎を操れるヒトモシは初めてみた。ソフィー、記録を撮っておいてくれるかい」

「もう撮ってます」

「相変わらず仕事が早いね」

 

そんなプラターヌ博士のやり取りには気づかず、タクミ達はヒトモシの炎の表現に頭を悩ませていた。

 

「それじゃあどこから来たかなんてわかんないよな……」

 

ヒトモシの頭の炎は形を変え、複数のヒトモシが並んで踊るような姿になっていた。

だが、その炎は涙でぼやけるように朧げになり、そのうちただの炎へと戻っていってしまった。

 

「モシ……」

 

今にも泣き出しそうな声になるヒトモシ。

そんなヒトモシの背中をアキがさする。

 

「ヒトモシも仲間のところに帰りたいよね」

「モシ……」

 

ポロリとヒトモシの瞳から青い色の涙がこぼれ落ちる。

リノリウムの床に落ちたヒトモシの涙は蝋のように固まり、床に雪の花のような模様を作った。

 

涙をこぼして俯くヒトモシを前にタクミとアキはお互いの顔を見合わせた。

『助けてあげたい』と訴えるようなアキの目がタクミの『なんとかしてあげなきゃ』と決断した目とかち合う。

その2人の目が合った時、2人は自分達が同じことを考えていることを悟った。

 

タクミが『わかってるよ』とでも言うように精悍な顔つきで頷き、アキが『お願い』と頼むかのように拝み手を向けた。

 

そして、タクミはヒトモシの前に膝をつき、優しい声で声をかけた。

 

「ねぇ、ヒトモシ」

「モシ?」

「ヒトモシが良ければなんだけど……僕と一緒に来るかい?」

「モシ?」

 

ヒトモシはタクミの言ってることがいまいち理解できなかったのか、炎を操って頭上に疑問符を浮かべた。

 

「ヒトモシ、僕は今『地方旅』の最中なんだ。カロス地方を回って、色んな土地でジムバッチを集める旅をしている」

「……」

「だから、もしかしたら旅の間に君の故郷にたどり着くかもしれない。ヒトモシの仲間達に出会えるかもしれない」

「モシッ!?」

 

ヒトモシの頭の炎が感嘆符に変わる。

 

「それに、ヒトモシの仲間が見つからなくても、僕達がいる」

「モシ?」

「ヒトモシ。僕にはキバゴとフシギダネとゴマゾウって仲間がいるんだ。君の故郷の仲間とは比べられないだろうけど。それでも、みんないい奴らだ。一人でここにいるよりは少しは寂しさも紛らわせられると思う……だから、僕らと一緒に旅をしてみないか?」

 

タクミはそう言ってヒトモシに向けて手を差し出した。

それはまるで、姫をエスコートする王子のような仕草だった。

 

そんなタクミの姿を間近で見て、アキは脇腹にむず痒い感覚が走ったのを感じた。

 

「むぅ…………」

 

アキはタクミを直視できずに、窓の外に目を向けた。

 

多分、タクミ本人はカッコつけているわけではない。

自分の姿をあまり客観視することができていないだけだ。

2年の間、闘病生活に付き合ってもらったアキはタクミのこういった行動を度々目撃してきた。

その度にちょっとドキドキしたり、ドラマのワンシーンみたいでワクワクしたり、ものすごく元気づけられたりしてきた。

 

タクミがこういった行動が自然に出てくるのは、間違いなく自宅で映画を数多く見てきた影響なのだろう。だが、それ以上にタクミ本人の天然さが多分に含まれている気がする。

タクミのキャンプや旅の話を聞いた時も、アキにはタクミがこういうムーブをあちこちでやってきたというのが容易に想像がついていた。

 

「……タクミとキバゴってほんと似てるよね……」

「えっ?どうしたの急に?」

「ちょっと思っただけ。それより、ヒトモシ。どうかな?タクミと一緒に行く?」

「モシ……」

「一応、私と一緒にこの町に残ってもいいんだよ?でも、それだと仲間のところには連れていってあげられないから……」

 

アキがそう言って自分の左足へと目を落とす。

ヒトモシはそんなアキを見上げて、首を横に振った。

 

「モシモシ」

 

ヒトモシは『気にしなくていいよ』とでも言うようにアキの膝をポンポンと叩き、頭の炎を赤十字のマークへと変化させた。『早く良くなってね』と言われたような気がして、アキはクスリと笑った。

 

「ありがと、ヒトモシ」

 

気を遣ったつもりが逆に気を遣われてしまったようだった。

 

そして、ヒトモシはタクミの方を改めて向き直る。

 

ヒトモシはタクミの目を真っすぐ見つめ、身体を90度きっかり曲げて頭を下げた。

 

「モシ!」

「そっか、それじゃあ……」

 

タクミはヒトモシの手を握るために手を近づける。ヒトモシはタクミの指先に触れ、小さな手でキュッと握りしめた。

 

「これからよろしく、ヒトモシ」

「モシモシ!!」

 

握手を交わすタクミとヒトモシ。

ヒトモシの頭の炎が楽しそうなダンスを踊るかのように揺れていた。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

その後、ヒトモシの健康チェックも大きな問題はなく、タクミはアキの膝の上にヒトモシを乗せ、プラターヌ研究所の正面玄関で博士に向けて頭を下げていた。

 

「プラターヌ博士。色々とありがとうございました」

「ああ。タクミ君、旅の間に困ったことがあったらいつでも電話するといい。相談にのるよ」

「はい、ありがとうございます」

「アキ君も今はポケモンの世話は大変だろう。何かあったら遠慮なくここに来ていいからね」

「はい。その時はお世話になります」

 

タクミとアキはプラターヌ博士と助手のソフィーに見送られ、研究所を後にした。

既に外は薄暗く、町の街灯が明かりを灯していた。沈みかけた夕焼けと一番星が輝く夜空が同居する時間帯。紅色と群青色に染まった薄闇の世界にカフェテリアの店内から洩れる光と音楽が新たな太陽のように輝いていた。

 

「お腹すいた……タクミ、どこかで食べていかない?」

「僕はいいけど。病院をそんなに空けていいの?夕飯とかって出るんじゃない?」

「うーん、そうなんだよね。電話で相談してみようかな……」

 

アキが病院に電話をかけている間にタクミはのんびりとミアレシティの夜の街を歩く。

夜のとばりが降りたミアレシティは昼間に比べてストリートミュージシャンの姿が目立ち、仕事終わりの人達がテラス席で軽く一服しながら流れてくる陽気な音楽にチップを投げ渡している。日本ではあまり見ない光景が巡る町並み。タクミはそんな通りを歩きながらギターのリズムに肩を揺らしていた。アキの膝の上のヒトモシも「モシ~モシ~」と鼻歌を鳴らし、タクミも足先でリズムを取りながら歩いて行く。

 

「タクミ、外で食べてくる許可もらったよ」

「そっか。それじゃあどこいく?何食べたい?」

「タクミにお任せ」

「いいの?激辛店行くよ」

「ええっ!それはちょっと……うぅ……で、でもタクミが食べたいなら……」

「冗談だよ。でも、調べながら歩くのは危ないからアキが調べてくれると助かるんだけど?」

「それはそうだね。で、何食べたい?」

「そうだな。せっかくミアレに来たし、この前食べられなかったコース料理が食べれるお店とか」

「いいね!それじゃあドレスコードのいらないファミリーレストラン的なお店で……」

 

そんな時だった。

 

「あれ?アキさんじゃないですか?」

 

ふと声をかけられ、アキが顔をあげる。

そこにいたのは丸眼鏡をかけたタクミ達より少し年上ぐらいの少年であった。

彼は作業着のような空色のツナギを着て、身の丈に合わぬ巨大なリュックを背負っていた。

 

そんな彼を見てアキが驚いたように声を上げた。

 

「あれっ!シトロンさん!?奇遇ですね。今日はユリーカちゃんは一緒じゃないんです?」

「はい。今日は父さんが帰ってきてるので、夕食のお手伝いをしています。僕は足りない材料があったのでその買い出しに」

「そうなんですか」

「はい。アキさんのヒトカゲの様子はいかがです?あれから、バトルしてみました?」

「しましたしました!シトロンさんのアドバイス通りに尻尾の攻撃も試してみて、負けちゃいましたけど、すっごい楽しかったです!」

「それはよかったです」

 

朗らかに笑うツナギを着た少年。

そんな彼に向け、アキは頬を僅かに染め、興奮したように矢継ぎ早に話を進めていく。

 

「あっ、そうそう。ハイスクールの授業もwebで受けられてます。画面も凄い綺麗で。デバイスの調整、本当にありがとうございました!」

「いえいえ、お役に立てて何よりです。それより、ベン先生はお元気でしたか?」

「ベン先生……あっ、あの小太りの先生ですか?授業はいくつか聞きました。まだ、基本だけですけど」

「そうですか。面白い先生なので、ハイスクールに直接赴いた時は話をしてみるといいですよ」

「そうしてみます。それと、この前教えていただいたことなんですけど……」

 

楽しそうにハイスクールの話を進める2人。タクミはアキがここまで他人に積極的に話をしている姿を始めて見ていた。アキとタクミの付き合いはほとんど自宅か病院に限定されていたので、アキが不特定多数の人と喋っている姿などなかなかお目にかかることもなく、アキの知り合いとはタクミとも自然と顔見知りなのである。

 

だから、アキがタクミの知らない男子とこうして話をしているのを見たことがなかった。

 

タクミは少し虚を突かれたような顔をして、アキと丸眼鏡の少年の会話を聞いていた。

 

「それで、シトロンさんの方はどうなりましたか?まだ時間がかかりそうなんですか?」

「はい。申し訳ありません。まだ、改装工事に日数が必要みたいで。もう『地方旅』も始まっているのに非常に心苦しいばかりですが」

「大変ですね。あっ、そうそう、少しデバイスのことで聞きたいことがあって」

「はい、なんですか?」

 

矢継ぎ早に流れていく会話にタクミは入ることができずにいた。

 

とはいえ、これは悪いことではなかった。

 

アキは元々は喋ることが好きなのだ。人見知りするところはあるだけで、一度知り合いになってしまえばよく喋る。

 

それに、今までのアキの交友関係の狭さを憂いていたのはタクミの方だ。このポケモン界に来て知り合いが次々と増えているのは悪いことではない。

 

だから、別に悪いことではない。

 

タクミはそう思いながら、手持ち無沙汰の時間を埋めるように今日の夕食の店を自分の手で探す。

 

だが、その時になってタクミはなぜか自分の指先がわずかに震えていることに気が付いた。

 

「…………あれ?」

 

思ったように指が動かない。やけに手汗が噴き出ている。

タクミは自分のシャツの胸元を握りしめるようにして手汗を拭きとった。

震える指先をなんとか抑え込み、無言でミアレシティのレストランを調べていく。

 

そんなタクミをアキの膝に乗っていたヒトモシが不思議そうに見上げていた。

 

アキと丸眼鏡の少年は随分と話し込んでいたが、ようやく話が一区切りついたのか、アキがタクミの方を振り返った。

 

「タクミ!」

「ん?なに?」

 

アキはテンションが上がっているのか浮かれたような顔をしていた。

それに対してタクミは随分と気分が落ち込んだような顔になっていた。

 

「紹介するね。こちら、シトロンさん」

「シトロン……」

 

タクミはその名前を口の中で反芻する。どこかで聞いたことのある名前だった。だが、なぜか頭の中の記憶領域はまるで仕事をしてくれず、その名前の出元を探すことができない。

思考停止してしまっているタクミに向け、シトロンは小さく会釈をした。

 

「はじめまして、シトロンといいます」

「あ……はい、はじめまして」

 

タクミは遅れて頭を下げる。そして、顔をあげるとシトロンは見るからにお人好しそうな顔でニッコリと笑っていた。その笑顔からはまるで悪意や隔意は感じない。誰から見ても誠実な好青年である。

 

だが、そんなシトロンを前にしたタクミの表情は妙に硬かった。

 

アキはそんなタクミの様子に気が付かず、興奮して早口になりながらシトロンのことを紹介していく。

 

「シトロンさんはハイスクールを卒業してリーグに挑戦したこともあるトレーナーなんだよ。言うなれば私の大先輩」

「いやぁ、そんな、大先輩なんて。自分は家の手伝いが忙しくて『地方旅』が出来なかっただけですから」

「そんなことないですよ!ハイスクール卒業してリーグに挑戦した人は大勢いますけど、ジムリーダーにまでなった人はごく数人なんですから」

 

アキの台詞にタクミの眉が跳ね上がる。

 

「えっ!ジムリーダー」

「そうなの。シトロン大先輩はね。ミアレジムのジムリーダーなの」

 

タクミは喉の奥から溢れそうになった感嘆の声を無理矢理飲み込んだ。

ジムリーダーの強さをタクミは既に経験している。

 

タクミは一応ジムリーダーであるビオラさんに勝利したが、あれは『ジムバッジ0個』のトレーナーを相手する程度に手加減しているポケモンでのバトルであった。ビオラさんの実力はもっと遥か上であることはタクミもわかっていた。

 

そして、目の前のタクミとそう歳の変わらなさそうな人がそれと同等の実力を持っているという。

 

タクミは急に乾きだした口の中を湿らせるかのように生唾を飲み込んだ。

 

「私達とあんまり歳変わらないのにもうジムリーダーなんて、すごいよね!!」

「いえ、そんな大したことでは。それに、自分はまだジムリーダーの中でも弱輩ですし」

「あっ、思い出した。もう一つシトロンさんに聞いておきたかったことがあって。私とタクミの共通の友達で、ジムリーダーを目指してる人がいて……」

 

その後も、しばらく立ち話をしていたが、最後にはシトロンの電話が鳴りだしたことでお開きとなった。

電話の向こう側からは「お兄ちゃん、なにしてるの!?ユリーカお腹すいた!」と甲高い声が聞こえ、シトロンはその相手に向けひたすらに平謝りを繰り返していた。

 

「すみません。お使いのこと忘れてました。僕はこれで」

「あっ、お引き止めしてしまってすみませんでした。ユリーカちゃんによろしく伝えておいてください」

「はい。それでは」

 

シトロンは大きなリュックを背負いなおし、慌てた様子で通りを駆けていった。

そんな彼にアキはニコニコと手を振る。タクミはその後ろ姿をどこか気にくわないところがあるかのように睨みつけていた。

 

そんなタクミに気づかず、アキは早口のままシトロンをまるで自分のことのように自慢した。

 

「シトロンさん、ほんとすごいんだよ。私が初めて学校に行った時に先生とポケモンバトルしてて、先生負かしちゃったんだもん!『もうこの学校で教えられることはないですね』とか言われて、でもシトロンさんも『いえいえ、自分はまだ成長の途中です』って、その目もすっごいキラキラしててさ。ジムリーダーになってもまだまだ努力してるんだなぁって。すごいなぁって」

「へぇ……」

「ハイスクールって講義とテストで『ジムバッチ何個分』ていう資格が手に入るんだけど。ミアレジムのジムバッチとか持ってたら7個分の資格でいいんだ。だから、私も機会があったらシトロンさんに挑むつもり。きっと強いんだろうなぁ」

「そりゃ……強いだろうさ……」

 

淡泊なタクミの返事にアキはようやく違和感を感じた。

アキはタクミを振り返った。だが、タクミはタウンマップに目を落としており、アキの方を見てはいなかった。

 

「タクミ?」

「アキ……晩御飯、ここなんかいいんじゃない?」

「ん?あっ、うん!ここ、お父さんとお母さんと一緒に行ったことあるんだけど、お店の雰囲気も気楽だし、いいと思う」

「そう……じゃあ行こう」

「う、うん……」

 

アキは車椅子をタクミに任せ、背もたれに寄り掛かる。すっかり夜になったミアレの町並み。アキはヒトモシの頭をほとんど無意識に撫でながらタクミの顔色を時折伺う。下から見上げたタクミの瞳はどこか鋭くなっているような気がした。

 

「タクミ……なにか、怒ってる?」

「え?いや、そんなことないけど」

 

途端にすっ呆けたような顔になるタクミ。アキを見下ろすタクミの顔には険はなく、眉間に皺もない。

 

「そう?ごめん、私の気のせいだったみたい」

「うん。だいたい、怒ることなんて何もないでしょ」

「いや……その……私、ちょっと長話しちゃったし」

「何言ってんのさ、ずっとアキの病院生活に付き合ってたんだよ。待つのは慣れてる」

「う、うん……そうだよね。いいの、勘違いならそれで」

「ほんとだよ」

 

タクミはそう言って前を向く、アキも膝の上のヒトモシへと目を落とす。

ヒトモシはタウンマップを広げ、興味深そうに町並みを眺めている。頭の炎がその地図を再現しているのは意識的なのか無意識なのかはわからないが、どちらにせよ器用なものであった。あまり再現度が高くない地図にアキは苦笑いをして、ヒトモシの頭をまた撫でる。

 

だが、どうしてもタクミのことが気になるのか、時折タクミが目の端で見える程度に振り返る。

前を向くタクミの顔は確かに怒っているようではない。それでも、何か思い詰めているような目線の鋭さだけは変わらない。

 

タクミがこんな顔をすることは珍しい。何か悩みでもあるのだろうか?

 

アキとしてはできれば相談に乗ってあげたかった。今まで色々と助けてもらったタクミが困っているのなら、アキとしては全力でできることをしてあげる所存であった。

 

とはいえ、タクミが喋りたがらないことに踏み込んでいいものだろうか?

アキ自身もタクミに相談して楽になったこともあるし、逆に聞かれなかったことで安堵した経験もある。

 

では、今回はどうすべきだろうか。

 

アキはしばらく悩んだ末、1つの答えを出した。

 

「タクミ、そういえば私が初めてハイスクールに行った時のこと話してなかったよね」

「そういえば。あぁ……そうだ、ハイスクールのこと聞きたかったんだよね。どういう感じなの?」

 

アキの答えは『聞かない』であった。

話題を逸らし、タクミを悩みから遠ざけて気分転換させてあげようというものであった。

それは一見上手くいったようだった。アキと話すタクミはすぐにいつもの穏やかな表情に戻り、声音もいつもと変わらない。

 

アキは自分の答えに安堵しつつ、身振り手振りを交えてハイスクールのことを話しだす。

 

「だから、ハイスクールも普通の学校と変わらなくて、算数とか理科とかの授業もあるんだよ。体育は私は無理だし、社会はカロス地方の歴史だったり、国語は聞いたことない本ばっかりだけど」

「へぇ、でも面白そう」

「それで、学校を周っている時にシトロンさんに会ったの」

「……へぇ……」

 

タクミの声のトーンが一段階落ちた。それと同時に目元にピシリと音を立てる程にはっきりと鋭い皺が刻まれた。一瞬でタクミの表情筋が硬直し、彼の身体から威圧感が吹き上がった。

 

アキの笑みが固まる。

 

「……あれ……」

 

それは地雷を踏み抜いたような感覚

アキの額から汗がツゥーと流れ落ちていった。

 

「シトロンさんね……へぇ……そんな凄いトレーナーなの?」

「そ、そうだね……うん……やっぱりジムリーダーだし、【でんきタイプ】のスペシャリストって言われてるぐらいで……」

「へぇ……」

「あっ、でも。ハイスクールに来た時は機械修理の仕事してたの。ハイスクールの審判AIロボット。20台全部の整備をやってたみたい」

「20台!?えっ、ハイスクールってそんなにバトルコートあるの?」

「あ、うん。バトル特進クラスだけじゃなくて、最近はコンテストバトル用のバトルフィールドとかも造設されたとかでコートの数を増やしたんだって」

「コンテストバトルか。ホウエン地方発祥の特殊バトルだよね。あれは流石にあんまり興味ないよね、一度やってみたい気はするけど」

「う、うん……」

 

いつの間にかタクミの眉間の険が消えていた。

 

そんなタクミの様子に今度はアキが眉間に皺を寄せた。

 

浮き沈みするタクミの顔色。

 

アキは今までの会話を思い出していく。

 

タクミが険しい顔をしている時。普通の顔をしている時。それらを頭の中で比較していく。

 

「……………あ」

 

そして、アキは一つのこと察した。

 

「タクミ………もしかしてさ……」

「な、なに?」

「その……シトロンさんともっと話したかった?」

「え?別に……」

 

素の声で即答し、目線を背けるタクミ。

それを見たアキはすぐさま前を向き、タクミから表情を隠した。

 

アキは緩んでいく頬を揉みほぐし、にやけていく口元を抑え込み、ほんのり上気していく顔を両手で覆った。

 

「へぇ……へぇ、へぇ!そうなんだ!タクミ……そうなんだ!」

「ん?なに?」

「別に!さぁ!はやく行こ!!」

「う、うん……」

 

アキはブランコをこぐように足を振り、タクミを催促する。

その顔には心底嬉しそうな笑顔が浮かんでいた。

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