ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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考えることはだいたい一緒

東の空から太陽が顔を出す。明け方の清涼な空気が日の光を浴びてオレンジ色に輝く。町の人間はまだ大部分の人が温もりのある布団の中にいる時間帯。

 

そんな時間であろうともポケモンセンターのロビーは既に賑わいを見せ始めていた。

 

トレーナーと呼ばれる人達の朝は早い。トレーナーは旅の間、夜明けと共に起きだして活動を開始するのが常だ。例え街中でもその習慣が抜けるわけではない。もちろん、ポケモンセンターに泊まった日は平気で昼まで寝ているトレーナーもいることにはいる。だが、タクミは今のところ寝過ごす予定はなかった。

 

人が行き交うロビーで朝食を食べ終え、部屋で荷物を詰めなおし、靴紐をしっかり結んでリュックを背負う。

いつでも出発できる用意はできている。だが、タクミはロビーの真ん中でソファーに腰を下ろしていた。

数分毎にホロキャスターで時間を確かめ、時間の進みの遅さに苛立つようにパタパタと足を動かす。

 

病院の面会が可能になるのは9時から。

今はまだ8時前であり、アキの迎えに行くにはまだ1時間以上もある。

 

これだけ時間があるのなら、何か別のことでもして有意義に時間を使いたいところであったが、どうにもタクミはその場から動く気がしなかった。

 

タクミは自分のポケットに潜ませているものに服の上から触れる。

 

「……これで良かったのかな……でもな……」

 

少し腫れぼったい瞼を擦りながらタクミはぶつぶつと独り言を漏らす。

昨晩に思いつきで作業を始め、深夜のテンションのままに準備を進めた。

だが、一夜経って頭が冷静になってしまうと、途端に自分の行動があまりにも馬鹿らしく思えてきてしまったのだ。

 

「うう……なんでこんなことしてんだろ……昨日の夜はグッドアイデアのように思えたのになぁ……」

 

タクミはこれから自分のやろうとしていることを頭の中でシミュレートしてみる。

そして、すぐさま悶絶して頭を抱えた。

 

「……あぁ、どうしよ……やっぱりやめようかな」

「なにが?」

「なにって……」

 

タクミは自分の独白に返事があり、驚いて後ろを振り返った。そこにはタクミが今から会いにいくつもりだった少女が車椅子に乗って首をかしげていた。彼女は空色の丈の長いワンピースを着ており、襟元や裾の小さなフリルが彼女の雰囲気によくマッチしていた。肩には小さなポーチをかけ、所謂『よそ行き』の格好である。

 

唐突に現れた彼女にタクミは面食らってしまった。

 

「うえっ!アキ!?」

「おはよ」

「おはよう……じゃなくて!!なんでここに!?」

 

慌てふためくタクミの様子にアキは悪戯が成功したかのように八重歯を見せて笑った。

 

「病院が開くの待ってたら遅くなるでしょ。だから私が迎えに来たの」

「えっ、それって大丈夫だったの!?」

「あんまり大丈夫じゃなかったけど。ちょっと無理言った」

 

アキはそう言って親指と人差し指で何かをつまむ仕草をした。

 

「そんな……時間なんていいのに。っていうか、これ電動車椅子じゃないじゃん。車とか大丈夫だった?」

「もちろん」

 

ピースサインをするアキであるが、タクミは少し怪訝な顔をする。

 

「でも、アキ、やっぱりこういう時は僕が迎えに行くよ。色々と不便だったでしょ?」

「少しね。でも、ミアレエアポートに迎えに行くよりかは全然楽だったよ」

「それは……確かに」

 

思い返せば、あの時、彼女は1人で空港に来てタクミを出迎えてくれた。

そのことを考えればポケモンセンターなど目と鼻の先の距離だ。

 

「でも、僕としては……」

「心配?」

「そりゃね」

「だよね。私も不安だったし」

 

誤魔化すように笑うアキ。タクミはふとその表情に違和感を覚えた。

眉間に僅かにシワが寄っており、目元が強張っている。思えば声もどこか硬い感じがする。

 

「アキ、何か緊張してる?」

「えっ!い、いやいや、そんなことないよ!ないないない!」

 

アキはタクミの視線から逃げるようにその場で車椅子をクルリと反転させた。

 

「タクミ!ほら!行こ!歩きながら話そう」

「え……まぁ、いいけど……」

 

タクミは彼女の車椅子を押してミアレの町並みに出て行く。

ふと、アキを見下ろすと、彼女はしきりにポーチに触れて中身を確認しているようであった。

 

タクミはその彼女の仕草にドキリとする。その様子は今の自分の行動とよく似ているのだ。

タクミはアキへのプレゼントをポケットに忍ばせている。そして、自分も先程からずっと服の上から中身がきちんと入っていることを確かめていた。

 

タクミの胸の中に淡い期待が鎌首を持ち上げる。

 

何かプレゼントをもらえるのだろうか。

 

そのことを自覚した途端に手汗が2割増しになって掌から噴き出た。緊張感は更に倍だ。

タクミは気分を落ち着けようと何度も深呼吸をする。

 

珍しく会話の少ない2人。

 

ポケモンセンターから町の外に出るゲートまでの距離は然程遠くない。すぐに町の出口が見えてくる。

 

町のゲートを見つけ、タクミの歩調が急にゆっくりとしたものになった。

アキも自分の車椅子のペースが落ちたことに気づく。

 

そのことについて、2人は何も言わない。

 

お互いにこのまま永遠にゲートに辿りつけなくても構わないと思っていた。

そして、そんな彼等の願いを叶えるかのように、横断歩道の信号機が赤に変わる。

 

目の前を流れていく車の群れ。

 

そんな時、ふとアキが口を開いた。

 

「タクミ、次にタクミが帰ってくるまでに、私、もっともっと強くなるから」

「え?バトルで強くなるってこと?」

「うん。でも、ポケモンバトルだけじゃなくて、トレーナーとしても、人としても……強くなる。タクミに負けないぐらい」

「え?僕?僕はそんな強くないよ?僕より強い人なんて他にいくらでもいるんだから、そっちを目標にしらたいいじゃん……例えば……」

「シトロンさんとか?」

「う、うん……」

 

卑屈な顔で頷くタクミを視界の隅で捉え、アキは喉の奥で声を殺して笑った。

 

「確かにシトロンさんは強いよ。でも、強すぎて目先の目標にするのは遠過ぎるよ。私の目標はいつだってタクミだよ」

「………」

 

タクミが持つ車椅子の持ち手がわずかに震えた。

その動揺を感じ取り、アキはまた喉の奥で笑う。

 

タクミはきっと今頃顔を真っ赤にしているだろう。振り返ってその茹で蛸みたいになった顔を見たいところであったが、今日のところは我慢しておくことにした。

 

アキの予想通りに耳元まで赤くしたタクミは自分の心臓を落ち着かせる為に何度か深呼吸した。

朝のまだ涼しげな風を吸い込み、タクミはなんとか頭を冷やす。

 

「アキは……」

「ん?」

 

『もう十分強いよ』

 

タクミはそう言おうとして、言葉を口の中で止めた。

 

タクミからすれば手術という大きな決断に踏み切ることができたアキの強さは純粋に凄いと思う。もし、自分が同じ立場であったらきっと決断を誰かに委ねてしまうだろう。両親や医者に任せて言う通りにしてた方が楽だし、その方が自分が直面している問題から目を逸らせるからだ。

 

それでもアキはそれに立ち向かい、自分で道を決めた。

 

その決断力を備えたトレーナーが弱いわけがないのだ。

 

だけど、タクミがそれを話したところで決してアキは首を縦には振らないだろう。彼女は変なところで強情なところがある奴だというのはタクミがよく知っていた。

 

「……やっぱり……なんでもない……」

「えぇ、そこまで言って止めちゃうの?なになに?」

「いいよ、別に、なんでもないって」

 

納得いかなさそうなアキであったが、タクミは飲み込んだ言葉を吐くつもりはなかった。

 

そうこうしているうちに信号が青に変わる。

 

タクミ達はゲート前の横断歩道を渡る。町の出口であるゲートまではもうすぐそこであった。

 

タクミはそのゲートを前にして、車椅子から手を離した。

タクミはアキの車椅子にブレーキをかけ、アキの前に立つ。

 

「それじゃあ。アキ、手術は上手くいったけど。元々病気しがちなんだから無理はしちゃだめだよ」

「わかってるって。お母さんみたいなこと言わなくていいよ。タクミも怪我しないでよ」

「うん」

 

道行く人達が立ち止まった2人を何事かと覗き見ながら通り過ぎていく。

ある人は首をかしげ、ある人はその空気に頬を緩め、ある人は興味を持つことなく歩いていく。

 

そんな周りの視線などまるで存在しないかのように、タクミもアキもお互いの瞳を見つめていた。

 

「こうやってタクミを見送るの。もう3回目だね」

「そうだね……それじゃあ、行ってくるよ」

「うん。行ってらっしゃい」

 

そう言って黙りこくるタクミとアキ。

2人はいつもこういった場面ではハイタッチを交わしていたが、今はお互いに手をかざそうとしない。

タクミはいつまでも歩き出そうとせず、アキも車椅子のブレーキを外そうとしない。

 

まだ、話が終わってないのだ。

 

タクミは手に汗をにじませて、鳥に気を取られたかのように空を見上げた。アキは唇を真一文字に結びながら、アスファルトの砂粒を数えるように俯いて行く。

 

横断歩道が青に変わり、音楽が流れ出す。行きかう雑踏が波の音のように2人の脇を流れていく。

横断歩道が赤に変わり、車が流れ出す。タクシーを含めた車の音が2人を飲み込んで駆け抜けていく。

 

もう一度横断歩道が青に変わり、赤に変わった。

 

そして、遂に2人は意を決したように視線を戻す。

タクミとアキの瞳がかち合う。

 

「アキ!」「タクミ!」

 

ほぼ同時だったが、わずかにタクミの方が声をかけるのが早かった。

2人は苦笑いを浮かべ、お互いに向けて手を差し出した。

 

「あ……アキからでいいよ?」

「いいのいいの。私はたいしたことないから。タクミからでいいよ」

「えっ?あ……う……うう」

 

タクミは身体を縮こまらせ、顔をかくすように自分の前髪に手を突っ込んだ。

もう一度遠慮して、アキに手番を回してみても良かったが、これ以上は自分の心臓が持ちそうになかった。

さっさとやって楽になってしまおう。

 

タクミはそう思い、自分のポケットから一通の便せんを差し出した。

 

「はいっ!これ!」

「え?」

「その、えと、手紙と……プレゼント……」

 

アキはその手紙を受け取る。

確かに便せんの中には指先ぐらいの大きさの品物が入っていた。

 

「これ、読んでいい?」

「だめ!!絶対だめ!後で読んで、後で!!目の前で読まれたら死ぬ!!」

「じゃあ読も」

「アキっ!?」

 

タクミが止めようとする前にアキは素早く便せんを開き、手紙を取り出した。

真っ白な味気の無いレポート用紙にタクミの癖のある字が並んでいる。

少々悪筆ではあるが、決して雑ではなく、相手に読ませようと丁寧な文字で書かれていた。

 

『御言 アキへ

 

 僕とアキが出会ってから随分と時間が経ったと思うけど、こうして手紙を書くのは初めてになるね。直接話せば早いとは思うんだけど、なんとなく自分の言葉を形にしておきたくてこうして手紙を書くことにしました。

 まずは手術の成功おめでとう。アキがこのポケモン界に来て手術をするって話を聞いて最初は驚いた。でも、アキが僕との夢を覚えていて、そこに向かって進んでいこうとしていることを知って、僕はとても嬉しかった。思えば、僕とアキが出会って色んな話をしてきたよね。夢のこと、僕のこと、アキのこと、学校のこと、病院のこと、そしてポケモンのこと。変に意固地になって喧嘩になったこともあったけど、それも全部含めてアキとの時間はとても楽しかった。アキがいたから、僕は自分の夢を見つけられたし、ポケモンバトルで強くなろうと思った。その為にいろんな勉強をして、努力するようになった。僕は君の姿を見てきて、本当に『頑張る』という意味を教えてもらった。今の僕が僕でいられるのはきっとアキがいたからだと思う。

 僕はアキと出会えて本当によかったと思っている。これからもよろしく。次に会う時にはまたバトルしよう。ハイスクールに通っても身体に気を付けて。

 

P.S 旅の途中でダーテングから貰った石を同封します。進化の石とかではないけど、7色に光る綺麗な石です。高価なものじゃないので、適当に飾ってみてください。

 

斎藤 拓海より』

 

アキは手紙に目を通し、「えへへ……」と笑った。

タクミはアキを直視できずにその場で悶絶している。

 

「タクミ……ありがと!!」

「あ……えーと……うん……」

「えへへ……」

 

アキは丁寧に手紙を折り畳み、便せんの中にしまう。

そして、便せんの中にあった石を見つけた。

それは黒曜石のような色合いの固い石だった。だが、その黒い石はあくまで結晶を覆う鎧だ。タクミが真にプレゼントしたかったのはその中身。その黒い石の一部には亀裂が入っており、その中からは7色に輝く鉱石の光が漏れている。

 

綺麗な石だ。だけど、アキにとってはそんな石よりもタクミからの手紙の方が何倍も嬉しかった。

 

「そっか……そっか……私も、タクミの役に立ててたんだ……」

「え?」

「えへへ、いいの!それじゃあ、タクミ。はい、これ」

「え?」

 

そして、アキは一通の便せんを取り出した。

タクミは手汗にまみれた掌をズボンでぬぐい、その便せんを受け取る。

 

若草色の柔らかな色合いの下地に唐草の模様とピンク色の花が彩られた綺麗な便せんであった。

裏はモンスターボールのシールが貼られ、綺麗な文字で『タクミへ』と書かれていた。

そして、中には指先ぐらいの大きさの品物が入っている感触があった。

 

「タクミにお手紙書いてみたの。旅の間に読んでね。ここで読まれると恥ずかしいし」

「えぇ……それ、ズルくない……」

 

目の前で手紙を読まれたタクミからすればあまりにも理不尽な要求だった。

だが、自分の手紙を読まれた直後で心臓がまだバクバクと唸り声をあげているのだ。この状態でアキの手紙なんて読んだらそれこそ心臓が破裂するかもしれない。

 

タクミは要望に従い、その封筒を上着の内ポケットにいれた。

 

「わかった、後で読むよ」

「ありがと。でも、なんか私達、考えること似てるね」

「だね……」

 

今日一番の緊張が抜けた2人は肩の力を抜いて笑い合う。

 

そして、いつものようにアキが手をかざした。いつものようにタクミがそこに掌を打ち付ける。

 

「じゃあ、またね」

「うん。また」

 

タクミが踵を返し、ゲートへと向かう。

アキは最後まで見送ることをせずにすぐにブレーキを外してタクミに背を向けた。

 

旅のゴールはまだ遠い。タクミもアキも振り返ることなく、自分の目の前の道を進んでいった。

 

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

 

『拝啓 斎藤 拓海様へ

 

 タクミ、いつもありがとう。本当に感謝してます。今日はその気持ちを言葉にしたくて手紙を書きました。

 タクミと出会ってから今まで、ずっと私はタクミに助けられてきました。よく思い出すのは私が病院で点滴の薬を使っていた時のことです。副作用が辛くて、治るかどうかもわからなかった時です。あの時に、タクミが毎日のようにお見舞いに来てくれた時のことを私は忘れません。私が辛いときには楽しい話をしてくれて、笑わせてくれて、前向きな気持ちを忘れないようにしてくれました。私の気分が悪い時にはすぐに色々と世話を買ってでてくれました。恥ずかしい時もあったけど、タクミが真剣な顔をしているから私も安心してタクミに色々と任せてしまいました。我儘も沢山言ってしまいました。その時の癖で今も我儘を言ってしまうこともありますが、時々は叱ってくれると嬉しいです。そんな私に辛抱強く付き添ってくれたことはどんな言葉でも感謝しきれません。私がここまで頑張ってこれたのはタクミが傍にいてくれたからだと思います。

 タクミに出会えて本当によかったと思っています。これからも、よろしくお願いします。何かあったら電話してください。私で力になれることがあったらなんでも協力します。また、バトルしましょう。身体に気を付けて。

 

P.S イーブイが拾ってきた綺麗な石を同封します。ポケモンが拾ってきたた石は旅の御守りになるらしいです。

 

御言 アキより』

 

 

 

タクミは便せんの中に入っていた石を取り出し、太陽にかざした。

赤とも青とも黄色ともいえる不思議な色合い結晶。河原から拾ってきたような歪な形状こそしているが、綺麗な石であった。

 

タクミはそれを便せんの中に戻し、リュックの内ポケットの奥深くにしまい込んだ。

 

 

「……よしっ!!」

 

頬を叩いて気合を入れ、タクミは歩いていく。

 

ミアレシティを出てほんの数メートルの地点での出来事であった。

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