ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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金持ちの考えることはわかんね

ミアレシティから然程遠くない町。コボクタウン。

太陽は天高く輝き、陽気は春先のよう。そんな中、タクミは屋台で買ったフランクフルトを頬張りながら、町の中を巡っていた。

 

どこにでもある田舎町。唯一の名所はショボンヌ城という古い城。内装は無料公開されているが、その実態はやる気のない博物館だ。案内板も質素なもので、一度でも行けば二度訪れる必要性は感じなかった。

 

なんだか町興しの残り香のようで、漂う哀愁が一層引き立つ。

 

一通り名所らしきものを見たタクミ。本当ならこの町で一泊していくつもりであったのだが、なんだか時間がもったいない気がして、素通りしようかと考えていた。すぐ近くに大きな農園があり、きのみの直売をやっているそうなのでそっちの方も気になっている。

 

タクミはフランクフルトの串をゴミ箱に投げ入れ大きく伸びをする。

町の真ん中の広場では子供達がポケモン達と遊んでおり、のどかな光景が広がっている。

大通りの端には大きな資材や重機などが並んでいるが、どうやらイベントという雰囲気ではない。

 

どこにでもある普通の田舎町。タクミは町の写真を何枚か収め、そのままコボクタウンを後にした。

 

そして、タクミはそのまま7番道路へと足を踏み入れた。

7番道路は別名リビエールラインとも呼ばれており、川沿いに真っすぐな道が続いている。起伏もなければ、障害物もない。気持ちのよい直線は多くの人がサイクリングを楽しむ場所として有名であった。

 

コボクタウン自体には名所はないのに、その周囲には名所がいくつも固まっているというのもなかなかに皮肉な話であった。

 

タクミは欠伸を噛み殺しながらリビエールラインをのんびりと歩いていく。

こうも気持ちのいい日だと、どこか道の片隅でひと眠りしたいところだった。

タクミはホロキャスターの時計を覗き込む。

 

そろそろ昼食の時間だし、どこかでランチでもして、そのついでに皆で昼寝しようか。

最近、フシギダネのタネの近くで寝ると随分と寝つきが良いのだ。アロマかマイナスイオンでも発しているのかもしれない。

 

タクミは気の抜けた欠伸を繰り返す。

 

そんな時だった。

 

タクミは道の反対側から見知った顔が歩いてくるのを見つけた。

 

「あ……タクミ」

「マカナ?どうしたのこんなとこで」

 

そこにいたのは【どくタイプ】のジムリーダーを目指しているマカナであった。

この陽気の中彼女は褐色の肌に汗一つ浮かべていない。マカナはいつもの無表情のまま小さく片手を上げて挨拶をした。

 

「……久しぶり」

「久しぶり?まぁ、久しぶりになるかな」

「……タクミ、バッジゲットおめでと」

「マカナもね」

 

タクミはマカナとも度々連絡を取り合っていたので、お互いがジムバッジを一つずつ手に入れたことは知っていた。彼女が手に入れたのはカロス地方の【どくタイプ】のジム。彼女もまた2回目のバトルできっちりジムバッジをゲットしており、旅の経過としては順調であった。

 

「それで、マカナはこんなところで何してるの?コボクタウンに用事?それともミアレまで戻るの?」

 

タクミがそう尋ねるとマカナはフルフルと首を横に振った。

 

「……パルファム宮殿に用事」

「パルファム宮殿?観光?」

 

マカナはまたフルフルと首を横に振った。

 

「……この道の先、通れない」

「え?そうなの?」

「……だから、ポケモンの笛を貰ってくる」

「へぇ〜……え?なんで」

「……それじゃあ」

「え?あ?うん。じゃなくて!ちょっと待って!」

 

タクミの脇をスッと通り過ぎて行こうとするマカナの手をタクミは素早く掴んだ。

 

「……タクミ、大胆」

「ちょっと待って。その反応は想定してなかった」

 

タクミは顔色一つ変えないマカナに表情を硬くする。

彼女は確かに魅力的なところもある。だが、残念ながらそういった方面にタクミの感情が揺れ動くことは今のところない。

 

タクミにとって彼女はあくまで友達の位置づけだ。というよりも、タクミの感情の大部分を占拠している相手は既に別にいる。自覚の有無はさておき、そこに割って入れる人間はそうそういないのが現状であった。

 

タクミはマカナが足を止めて振り返ってくれるのを待ち、彼女の手を離した

 

「とにかく少し説明して。僕もこの道の先に行こうとしてるから、通れないのは困るんだから」

「……わかった」

 

マカナは7番道路の先を指さした。

 

「……この先に橋があって、そこにカビゴンが寝てる」

「それで通れないの?」

「……人は通れなくはない……乗り越えていけるし、端っこ歩いて抜けられる」

「え?じゃあなんで?」

「……橋そのものが修理中」

「あっ、そういうこと」

 

そういえばコボクタウンの西側に土木建築用の資材が積まれていた。

あれは橋の修理用のものだったらしい。

 

「……工事の人が簡易の橋をかけてくれるっていってるけど……カビゴンが邪魔で機材が動かせない……だからポケモンの笛がいる」

「それでパルファム宮殿に行くところなのか。でも、なんでマカナが?」

「……私がポケモントレーナーだから」

「ん?それってどういう……」

「……それじゃあ」

「だから待ってって」

 

再びマカナの手を掴んで止めるタクミ。

 

「……タクミ……大胆」

「もう反応しないからね。っていうか、僕の反応見て楽しんでない?」

 

タクミがそう言うと、マカナが唇だけでニヤリと笑った。

目元や顔色は一切動かさないのに、口の端だけが持ち上がる笑み。

 

タクミは一瞬、西洋人形が動いたかのような不気味な雰囲気を感じ取った。

 

「……タクミの反応が楽しかったから……ごめん」

「い、いや。いいけど」

 

小さく頭を下げるマカナ。少し胸がドキドキしているタクミ。断言できるが、間違いなくこの胸の高鳴りは恋ではなかった。

 

マカナはタクミを手招きして、パルファム宮殿へ向けて歩き出した。

 

「……タクミも来てくれると嬉しい……私だけだと不安だった」

「今度はちゃんと説明してくれるんだよね?」

「……うん」

 

マカナの隣を歩きながら、タクミは彼女の話を改めて聞いた。

 

どうやら、このリビエールラインには時々カビゴンが昼寝にくるのだそうだ。日陰のなく、風通しの良い通りは恰好のお昼寝場らしい。だが、サイクリングロードの邪魔になることが多く、カビゴンが来るたびにポケモンの笛で起こすことになっている。

 

そして、そのポケモンの笛が問題なのだ。

 

「……ポケモンの笛はパルファム宮殿の御嬢様が持ってる……」

「御嬢様?」

「……うん……女性だから御嬢様……男性だったら御子息……」

「とにかく、その宮殿のコが持ってるんだね」

「……そう……それで、どうしてかわからないけど、バトルに勝てないと笛を貸してもらえないことになってる」

「それでポケモントレーナーの出番ってわけか」

「……そう……私1人だと、負けたら困る……だからちょうどよかった」

 

確かに、そういうことならタクミとしても付き合うのはやぶさかではない。

パルファム宮殿までは7番道路からそう遠くない。コボクタウンから出て、北の道に進めばすぐに標識が行き先を教えてくれる。

 

最初に出迎えてくれるのはパレの並木道と呼ばれる木立のトンネルだ。木漏れ日が作る幻想的な光の揺らめきの中を涼やかな風が吹き抜けていく。パルファム宮殿へと向かう玄関口であり、この場所だけで随分と念入りに整備がなされていることが伺えた。

 

「……すごい道……」

「だね。カロスでも有名な観光地なだけはあるよね」

「……うん……あっ、見えてきた」

 

タクミ達は並木道を抜ける。

すると、今度は視界が一気に広がった。

 

大きな青空をバックに煌びやかな金と品の良いレンガ色の建物が聳え立っている。その周囲を囲うのはくすみ一つない白色の城壁。見える範囲の芝生はミリ単位で切り揃えられていそうな程にきっちり刈り込まれていた。空の青と芝生の緑を背景に白と赤と金が奇跡的なバランスで同居した宮殿。それは最早一つの芸術作品と言っても過言ではなかった。

 

「…………」

「…………」

 

思っていた以上の絶景に圧倒されて言葉を失うタクミとマカナ。

城壁の周囲には大勢の観光客が城壁の外から写真を撮っていた。

 

「……すげぇなぁ……」

 

タクミはその場で足を止め、ホロキャスターを使ってパシャパシャと写真を撮る。

だが、マカナの方はすぐに衝撃から立ち直り、スタスタと歩いて行こうとする。

 

「……タクミ、行こ」

「あっ、ちょっと待って。とりあえず記念撮影しない?せっかくここまで来たんだし」

「…………」

 

タクミがそう言うと突然マカナの眉間に皺が寄った。

思わぬ表情の変化にタクミの方もギョッとする。

 

「えっ?どうしたの?」

「……写真……苦手」

「え?そうなの?」

 

確かに世の中にはそういう人がいるというのは聞いたことがある。

写真映りが悪かったり、そもそも自分の姿を形に残すのが生理的にうけつけなかったりと色々な理由があるらしい。

 

「なら、しょうがないか」

 

肩を落とすタクミ。それを見たマカナは少し痛みをこらえるような顔をした。

そして、何かを諦めたかのように小さく頷いた。

 

「……でも……まぁいい……撮ろ」

「え?いや、無理しなくていいよ?」

 

マカナは首を横に振る。

 

「……写真は苦手……でも、思い出は大事」

「まぁ、そりゃそうだけど……っていうか、なんで苦手なの?」

 

タクミは首を傾げた。

 

そんなタクミに向け、マカナは一層表情を無くした顔で斜目を向けた。

 

「……知りたい?」

 

ゾクリ、と肌が粟立った気がした。

 

表情を読ませない視線。生気を失った顔。

真昼間だというのに周囲の気温が下がったような錯覚。

マカナはタクミから目を逸らす。彼女の表情が見えなくなる。

 

「……撮ってもいいよ……でも……私……写真に映れないから」

「…………え?」

 

普段より数割増しで会話の間を開けるマカナ。

タクミの額から冷や汗が滴り落ちた。

 

「……昔は映ってた……けど……もう映らない……もう……」

「…………あの……マカナ?冗談だよね?さすがにね」

「…………」

「なんで黙るの!?」

「……タクミ……撮るよ」

「ちょっと待って!ちょっと待って!その雰囲気で写真撮る準備進めるのやめて!怖いの苦手なんだから!!」

 

そんな騒ぎがあり、タクミは少し引き攣った笑顔でマカナと写真を撮ったのであった。

ちなみに、写真にはきちんとマカナの姿が映っていた。

彼女曰く「緊張して無表情になるから苦手」とのことであった。

 

確かに写真の中のマカナはいつも以上に表情がなく、面でも被っているかのような顔になっていた。証明写真でももう少し生気がある。

 

「……タクミ、ホラー苦手なんだ」

「苦手なの!苦手だけど……アキがホラー好きでさ……色々一緒に見せられて余計に苦手に……」

「……悪循環」

「っていうか、ホラー好きな人ってなんでああいう映画で爆笑できるの?本当にあの感性だけはわからない」

「………」

 

マカナは何かを言いかけようと口を開く。

 

マカナの考えでは、おそらくアキはホラーを見て笑っているのではない。

ホラーを見て怖がっているタクミを見て笑っているのだ。

なにせ、タクミはいい反応をしてくれる。

 

だが、マカナはそれを伝えるか吟味する。

そして、結局口を噤むことにした。

 

今のタクミは十分面白いので、変なことを言ってタクミが反応を変えて欲しくなかったのだ。

 

「……とにかく、入ろ」

「うん……」

 

少し消耗しているタクミを連れ、マカナはパルファム宮殿へと入る。

 

だが、その段階でかなり入場料を取られる。こちらは旅を続ける為に宮殿に入るのが必要不可欠だというのに、金がかかるというのはいかがなものかと思う。だが、こればっかりはゴネても変わらない。

 

ポケモンの笛を手に入れなければ話が始まらないのだ。

 

タクミ達は料金を支払った後に、そのことを宮殿の老執事に告げた。

すると、彼は「かしこまりました」とだけ述べて、裏のバトルコートへとタクミ達を案内した。

 

パルファム宮殿のバトルフィールドは迷路のような生垣に囲まれた庭の真ん中に据えられたクレイコートだった。やはりこのコートもしっかり手入れがなされており、ポケモンジム並の整備具合であった。

 

そして、タクミ達が周囲の豪華なベンチや装飾品の像を眺めていると、唐突に笑い声が聞こえた。

 

「おーっほっほっほっほっほ!!!」

 

何事か、と思ってタクミ達がそちらに目を向ける。

 

「あなた達ですのね!わたくしのポケモンの笛を奪おうとする下賤な輩というのは!!」

 

声高にそう叫び、ケバケバしい扇をタクミ達に向けてくるタクミ達より年下そうな女の子。

ヨーロッパの貴族がパーティに着ていそうな大量のフリルの付いたドレスを着て、その頭にはどでかいティアラが乗っている。目鼻立ちは整っている方ではあるが、高慢そうに人を見下す視線がなんとも人の印象を悪くさせる。艶のある赤髪を縦ロールにしている彼女はまさしく『ザ・御嬢様』という人物であった。

 

彼女は4人のメイドを引き連れ、バトルフィールドを見下ろせる場所に威風堂々と立っていた。

 

「わたくしはアリー姫。あの笛はわたくしのものですわ。あなた達に渡すつもりはありませんのよ!」

「えっ!?」

 

それでは話が違う。

 

タクミとマカナは顔を見合わせる。

だが、お互い困惑した顔をするばかりで答えは出てきそうにはなかった。

マカナが不思議そうな顔で首をひねるの。

 

喋るのが苦手なマカナでは話が進まないと判断し、タクミは代表して自分が話をすることにした。

 

「あ、あの。僕らはポケモンバトルに勝てたら笛を貸してもらえるって話を聞いてきたんですけど……違うんですか?」

 

そう言うと、彼女は驚いたように眉を吊り上げ、扇で顔の半分を覆った。

 

「あら!?なんですの?わたくしにポケモンバトルを挑む?この庶民は何言ってるんでしょうね!おーっほっほっほっほっほ。わたくしに勝てるはずないのに、おーっほっほっほっほっほ!」

 

その御嬢様が高らかに笑い、メイド達もそれに合わせて笑いだす。

理由もなく人に笑われるのはあまりいい気分ではない。

だが、タクミは我慢して律儀に話を続ける。

 

「えーと、それで、バトルは受けてくれるんですか?」

「当然ですわ。わたくしちょうど退屈していましたの。遊び半分で付き合ってあげますわ。ほんと、わたくしってなんて慈悲深いんでしょう!」

 

自画自賛する彼女に従い、周囲のメイド達が呼応したように彼女を誉める。

なんというか、見ているだけで腹の底が煮えついてきそうな光景であった。

 

割と我慢強い方であるタクミであるが、それにもある程度の限度がある。

タクミは既にこのアリー姫という御嬢様が嫌いになりはじめていた。

 

険しい表情をするタクミの服の裾をマカナが引っ張った。

 

「……タクミ、どうする?どっちがバトルする?」

「僕が行きたいとこだけど……なんか、荒れたバトルになりそうな気がする」

「……じゃあ、私が行く……」

「お願い。なんか僕が付いてきた意味がかなり薄くなっちゃったけど」

「……話進めてくれただけでも助かる……ああいう人と会話苦手……」

 

マカナの場合、会話が苦手なのはアリー姫相手に限った話ではないような気もするタクミであった。

とにかく、マカナのバトルということでタクミは観客席まで下がることにした。

バトルの審判はAIが務めるかと思っていたが、先程の執事が審判席に立った。

 

「それではご用意はよろしいですか?」

 

老執事は皺に隠れた細い瞳で両者を交互に伺う。

アリー姫は既に隣にトリミアンを準備していた。

 

カロス地方に主に生息しているトリミアンは真っ白な毛深い体毛を持つポケモンだ。その毛皮と凛とした立ち姿が非常に美しく、毎年その体毛をいかに美しくカットするかで品評会が開かれるようなポケモンだった。

 

アリー姫のトリミアンもきっちりトリミングがされており、その佇まいも堂に入っている。

 

「このトリミアンちゃんは今年の品評会で最優秀賞を飾った素晴らしいトリミアンですわ!さぁ、この美しさの前にひれ伏しなさい!!」

 

扇でマカナを指すアリー姫であるが、マカナの方は相変わらずの無反応であった。

タクミから見ればバトル前の少し興奮した顔であることがなんとなくわかったが、初対面の人からすれば流石に判別できないだろう。タクミだってマカナの顔色を完璧に把握できているわけではないのだ。

 

彼女は少し考えた末にモンスターボールをフィールドに投げ込んだ。

 

「……お願い、ヒドイデ」

 

マカナが選んだのはヒトデナシポケモンといわれるヒドイデであった。毒々しい青色の触手に紫色の棘が生えている、ヒトデのような姿のポケモンだだが、タクミはそのヒドイデが見た目に反して心優しいコであることを知っている。

 

タクミはアリー姫の取り巻きメイドに負けないように声を張った。

 

「ヒドイデ!頑張れ!!」

「ドイ……」

 

ヒドイデが照れたように頬を染めながら、パタンと触手でタクミに返事をする。

なかなか()い奴だ。

 

「……ヒドイデ……集中」

「ドイ」

 

ヒドイデは『わかってますよ』と言わんばかりに身体をリラックスさせるように身体を捻る。

ヒドイデの触手がふわりと浮き上がった。

 

「それではこれより、トリミアン対ヒドイデの試合を始めます。双方よろしいですな?」

 

執事に最後の確認を取られ、マカナは小さく頷いた。

 

「それでは……試合開始!!」

 

先制攻撃をしかけたのはトリミアンの方であった。

 

「トリミアン!“たいあたり”ですわ」

「トリッ!!」

 

トリミアンが真正面から突っ込んでくる。その加速力はなかあなかのものであった。

ミネジュンのケロマツなどとは比べる程でもないが、流石に品評会で最高評価を得ただけはあってその筋肉の付き方も半端ではなさそうであった。

 

だが、パワーとスピードに任せた単調な攻撃こそマカナが捌き易い相手の代表格であった。

 

「ヒドイデ。地面に“かみつく”」

「ドイ」

 

マカナの指示に一切の疑問を持たず、ヒドイデはわずかに身を屈めて、全身の触手を地面に噛みこませた。

ヒドイデの身体が完全に触手で覆われ、完全な1個の岩と化す。

そうして、地面にくいついたヒドイデに向け、トリミアンが突撃をかました。

トリミアンが全体重をもってヒドイデにぶつかり、激しい衝突音が鳴る。

 

だが、ヒドイデはその場でびくともしない。

逆にトリミアンの方が弾き飛ばされた。

 

「えぇっ!なんですのそれ!!」

 

驚きの声を上げるアリー姫。傍から見ていたタクミも同じような感想を抱いていた。

 

『そんなのアリか?』と誰もが思うだろう。

 

タクミとマカナが最初にバトルした時にも彼女ベトベターの“かたくなる”を随分と突飛な使い方をしていた。ポケモンバトルの創意工夫に関して言えばマカナの発想力には恐れ入る。

 

「相変わらず、面白いバトルする……」

 

タクミの目はヒドイデのバトルに釘付けになる。最早タクミには彼女を応援する気持ちが吹き飛んでいた。

今のタクミは自分のライバルのバトルを研究しようとするトレーナーでしかなかった。

 

「……ヒドイデ……“どくばり”」

「ドイ」

 

ヒドイデはその場で飛び上がり、触手を花のように開きながら頭の先から毒の棘を飛ばす。

 

「トリミアンちゃん!“コットンガード”!」

「トリィ!!」

 

トリミアンの体毛が一気に増幅して“どくばり”を絡めとった。

あれでは針先が相手の身体にまで届かない。

 

「そのまま“チャージビーム”」

「トォリィ!!」

「まずい!!」

 

タクミが思わず声を張り上げた。“チャージビーム”は【でんきタイプ】のワザだ。【みず】と【どく】を併せ持つヒドイデには効果抜群だ。

 

「……ヒドイデ……準備はいい?」

「ドイドイ」

 

ヒドイデは既に全てを察しているかのように触手をパタパタと振る。

 

「“チャージビーム”発射!」

「トリィ!」

「……今……」

「ドイ」

 

チャージビームの発射に合わせ、ヒドイデが“どくばり”を一本放った。

相手の動きが止まった一瞬を正確に狙ったカウンター。その一本の“どくばり”がトリミアンの首筋に刺さった。そこはトリミングによりトリミアンの体毛が覆っていない場所であった。

 

その直後、ヒドイデにトリミアンの“チャージビーム”が命中した。

攻撃を受けて飛ばされるヒドイデ。

それを見て、アリ―姫は高らかな笑い声をあげた。

 

「おーっほっほっほっほっほ!いかがですか!?わたくしのトリミアンちゃんの“チャージビーム”のお味は!」

 

まるで勝利したかのようなアリー姫。だが、マカナはそう易々と相手のペースには乗らなかった。

というか、マカナのペースを崩せる人などこの世にいないような気もする。

 

マカナは淡々とヒドイデに次の指示を出した。

 

「……ヒドイデ……“じこさいせい”」

「ドイ」

 

あっという間にヒドイデの傷ついた身体が再生する。

 

「くっ、小生意気な。ですが、トリミアンちゃんのパワーはあがっていきますわよ!トリミアンちゃん!もう一度“チャージビーム”ですわ!!」

「……ヒドイデ……もういい、かわして……」

「ドイドイ」

 

真正面からの攻撃をヒドイデはクルリと身体をターンさせて回避した。その動きは海中で漂う海藻のように捉えどころがあく、極めて不規則だ。触手をフワフワと揺らしながら攻撃を回避するヒドイデの動きをトリミアンはとらえられない。

 

「きーっ!!ヒラヒラヒラヒラと!トリミアンちゃん!距離をつめますわ!“たいあたり”!」

「……ヒドイデ……体毛に向けて“どくばり”」

 

その動きは読んでいたとばかりにマカナの指示が飛ぶ。

ヒドイデは“どくばり”を素早くトリミアンに打ち込んだ。

だが、その狙いはトリミアンの本体ではない。

 

ヒドイデは“コットンガード”で肥大化していたトリミアンの体毛を地面に縫い付けた。

 

「トッ、トリッ!!」

「トリミアンちゃん!!」

 

脚の動きを完全に止められ、トリミアンがフィールドの中央で立ち止まる。

 

「……これで反撃はない……時間も十分……ヒドイデ“ベノムショック”」

「ドイドイ!!」

 

ヒドイデの頭の先端から多量の毒液が噴き出た。

その液体がトリミアンの身体を直撃する。吹き上がる紫色の瘴気がトリミアンを包み込み、トリミアンが膝をついた。

 

「ト、トリッ……」

「トリミアンちゃん!?どうしましたの!?まだ、戦えるはずですわよね!」

 

それほどのダメージはないはずだった。トリミアンがこのバトルで受けた有効打は先程の“ベノムショック”一発だけだ。なのに、既にトリミアンの体力は限界のようになっている。

狼狽えるアリー姫やメイド達。だが、タクミは既にこのバトルの行く末がわかっていた。

 

マカナが“チャージビーム”のカウンターで打ち込んだ“どくばり”

あれがトリミアンを毒状態にした。そこからマカナは攻撃を回避して時間を稼ぎ、毒をトリミアンの全身に巡らせた。そして、確実に動きを止めてから、存分に“ベノムショック”を浴びせたのだ。

 

“ベノムショック”は強烈な毒液であるが、それ以上に危険なのは『気化』することであった。その毒の瘴気を吸い込めば、体内の毒が増長してダメージが倍増する。

 

動けないトリミアンにそこから逃れる方法はなく、ものの見事にマカナの術中にはまったのだ。

 

「……ほんと、厄介なバトルをする……さすが【どくタイプ】の使い手だ」

 

タクミはそう呟く。

 

その間にもマカナは無表情にヒドイデに“じこさいせい”を命じて体力を完全な状態にまで戻して万全を期していた。あえて接近してとどめを刺しに行かないところも、マカナらしい戦い方であった。

 

「あぁっ!トリミアンちゃん!!しっかりしてぇ!!」

 

そして、毒に蝕まれたトリミアンがダウンする。

それを見た執事は「うむ」と頷き、ヒドイデに向けて手を向けた。

 

「トリミアン、戦闘不能です。ヒドイデの勝ち」

「……ヒドイデ、お疲れ」

「ドイドイ」

 

まるで疲れていなさそうなヒドイデはピョンピョンと地面を跳ね、マカナの頭の上に乗った。

 

「……ヒドイデ、そこ好きだね」

「ドイドイ」

 

フィールドではトリミアンが担架に乗せられ、アリー姫の指示の下ですぐさま宮殿の中に運び込まれていた。

タクミとマカナはそんなアリー姫に歩み寄る。

 

「……タクミ……交渉よろしく」

「まぁ、そうなるとは思ってたけど。わかったよ」

 

タクミはマカナの代わりに一歩前に出た。

 

「アリー姫でしたよね。ポケモンバトルに勝ちました。約束通りポケモンの笛を貸してください」

「…………フン」

 

アリー姫は鼻を鳴らし、扇で口元を隠した。

 

「……あの。アリー姫?」

 

タクミはその時になり、バトル前にきちんと約束をしていなかったことを思い出した。

アリー姫は『勝ったらポケモンの笛を貸す』とは一言も言っていないのだ。

 

これはマズったかな……

 

タクミがそう思った矢先であった。

 

「アリー姫。ポケモンの笛をお持ちしました」

「ありがと」

 

メイドの一人が素早くアリー姫にポケモンの笛を差し出したのだ。

そしてアリー姫はタクミ達に向けて、丁寧な手つきでポケモンの笛を差し出した。

 

「約束の品ですわ。これを使ってカビゴンを起こしてあげてください。わたくしもリビエールラインが通行止めの状況は憂いておりました。わたくしに勝てるトレーナーであれば起きたカビゴンを御することもできるでしょう」

「へ……え……あ……その、どうも」

 

先程とは打って変わって殊勝で貞淑な態度になったアリー姫。

その変化にタクミは度肝を抜かれていた。

 

「なにか?」

「あっ、いえ……その、随分と態度が先程と違いますので……」

 

アリー姫に釣られて丁寧な言葉遣いになるタクミ。

隣のマカナも同意するように何度も頷いていた。

 

「先程は失礼しましたわね。わたくし、少し訳がありまして、少し高慢で自己中心的な態度を取らせていただいておりましたの。不愉快であったでしょう?」

「はい……あっ、いえ、その……」

 

反射的に同意してしまったタクミは慌てて言葉を否定しようとする。

それをアリー姫はクスクスと上品に笑ってくれていた。

 

「いいんですわ。事実ですもの」

 

そんなアリー姫にさすがのマカナも疑問を口にした。

 

「……なんで……」

「ん?どうかなさいました?」

「……なんでこんなことを?」

「それはですね………『愛』の為ですわ!!」

 

なぜそこで『愛』っ!?

 

タクミとマカナの表情が怪訝に歪められた。

 

「カビゴンがリビエールラインを塞げば、ポケモンの笛が必要になる。そして、多くのトレーナーが私にバトルを挑みに来るのです。そこで私が高慢な態度を取って勝ち続ければ、きっとそんなわたくしを見かねて『ある方』がわたくしを叱りに来てくれるのです!!」

「は、はぁ……」

「あぁ、わたくし忘れませんわ。本当に世間知らずで傲慢だったわたくしを本当の家族のように心配し、叱ってくれたあのお方……シトロン様……」

「しとろんさま……えぇ、シトロンさん!?ミアレジムの!?」

「そうなんですわ!これはわたくしとあの方の『愛』の形なのです!!」

「えぇ……」

 

それで、愛が伝わるのだろうか。

 

「もちろん、ラブレターも毎月欠かさず送っておりますし、夕食に来ていただいた時には成長したわたくしの姿もお披露目しておりますわ。でも、そうではないのです!わたくしの欲しい『愛』は違う!わたくしはまた叱りに来て欲しいのです!その『愛』をわたくしに向けて欲しい!それがわたくしの願い」

「……その考え、わかる……」

「わかるの!?」

 

唐突に同意したマカナにタクミは驚きの声をあげた。

 

「……私も……どちらかといえば『愛されたい』タイプ」

「そうなの?いや、正直、どうでもいいんだけど」

「……タクミは『愛したい』タイプ」

「どうでもいいでしょそこは!!」

 

とにかく、ポケモンの笛を借りることができたので、これ以上この宮殿に用事はなかった。

カビゴンを起こすまではメイドの一人が同行してくれることになり、終わったら彼女に返却すればいいとのことであった。

 

そして、別れ際にアリー姫はマカナに握手を求めた。

 

「マカナさんでしたわね」

「……はい……」

「あなた、お強いですわね。もし、よろしければこの先のバトルシャトーを訪れてはいかがですか?」

「……バトルシャトー?」

「はい。紳士淑女がバトルを楽しむための施設ですわ。トレーナーには爵位が与えられ、位に応じて様々な特権を得ることができますの」

「……ふぅん……」

「興味ありませんか?そちらの……タクミさんでしたね。あなたはいかがです?」

「話は聞いています。でも、僕はどちらかと言えばまずはジム戦の方が大事なので」

「なるほど。ですが、爵位は持っておくに越したことはありませんわ。邪魔になるものでもありませんし。これは推薦状です。よろしければ立ち寄ってみてください」

 

そう言ってアリー姫は2通の推薦状をメイドからタクミ達に渡させた。

 

「いいんですか?」

「一番下の爵位は会員証みたいなものですのでから。ある程度の人格者であるトレーナーであれば十分ですわ」

「……人格者?」

 

マカナは自分がそんな出来た人間だろうか、と首をひねる。

 

そんなマカナにアリー姫はまたクスクスと笑った。

 

「わたくしの最初の態度に我慢して言葉を荒げたりしないお方であるなら立派な人格者ですわ」

「……なるほど」

 

納得しかできない理由であった。

 

タクミとマカナはそういうことなら、と推薦状を受け取った。

 

「それではごきげんよう。お二方の今後のご活躍を期待しておりますわ」

「あ、ありがとうございました」

「……した」

 

タクミとマカナは手を振るアリー姫に見送られ、パルファム宮殿を後にした。

ちなみに入場料はアリー姫の父親が決めたことなのでどうにもならないそうであった。

 

「変わった姫様だったね」

「……金持ちの考えることはわからない」

 

タクミとマカナはお付きのメイドに聞こえないように小声でそんなことを話したのだった。

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