ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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ライバルを『強敵』と書いても『友』とは読まない

橋の上のカビゴンをマカナと共に起こすことができたタクミ。

タクミとマカナはコボクタウンで1泊し、翌日には応急的に修理された橋を渡って、リビエールラインを歩いていた。

2人の目指す次のジムは別であったが、道が分かれるまでは一緒に旅をすることにしていた。

 

マカナと歩くリビエールラインは昨日と変わらずに心地の良い快晴であり、どこか眠気を誘う。

サイクリングに励むトレーナー達を横目にタクミ達はのんびりと川沿いを歩いて行く。

 

マカナとの旅は彼女がほとんど喋らないこともあり、沈黙が苦にならない。

少し寂しい気持ちもあるが、このまま2日間は一緒に過ごすのだから喋らなくても済むぐらいがちょうどいいのかもしれなかった。

 

そんな時、ふと道の途中に不思議な建物が見えてきた。

 

それは、川の上に建てられた城のような建物だった。

 

「あれが、バトルシャトー?」

「……多分そう……」

 

それは重厚な石づくりの建築物であった。全体的に色褪せたくすみを感じる外観であったが、それはショボンヌ城のような歴史の果てに忘れ去られた遺跡ではない。要所要所には工事を繰り返したような痕跡があり、建物全体がまだ新陳代謝を繰り返して生き続けていることが外観からも伝わってきていた。

 

マカナがタウンマップの情報と照らし合わせながらその施設のネット記事を読み上げる。

 

「……古くは騎士の決闘から始まる伝統ある1対1によるバトルを行う施設……紳士淑女による社交場の意味あいもあり……情報交換の場所でもある……だって」

 

その記事には具体的なバトルの作法などが乗っており、マントを纏ったトレーナーが互いにモンスターボールを合わせて挨拶をする様子などが乗っていた。

 

「うわ!すごいマント!かっこい!」

「……トレーナーのことは『ナイト』って呼ぶって、書いてある……」

「ナイト!?へぇ、いいねいいね!」

 

タクミも10歳の男の子。

ナイトだのマントだのには無条件で目を輝せる年頃である。

そんなタクミをマカナは冷めた目で見上げていた。

 

「な、なに?」

「……ふふん」

「……鼻で笑われた……」

 

なんだか釈然としない気持ちを抱えながらも、タクミとマカナはバトルシャトーの入り口へと向かった。

表のゲートには『バトルシャトー その強さ 爵位で示せ』と書かれており、いかにもバトルを競い合う雰囲気が伝わってくる。

歴史の重さを感じる樫の扉の前に立つと赤外線センサーにより、扉が自動的に開いた。

一歩中に入ると、そこは古びた外観とはうって変わり、真新しい大理石で飾られたロビーが広がっていた。

 

そんなロビーで1人のメイドがタクミ達を出迎えてくれた。

 

「バトルシャトーへようこそ。地球界からいらしたタクミ様とマカナ様ですね。アリー姫よりご連絡はいただいております。ようこそおいでくださいました」

 

正確に45度のお辞儀をキッチリと決めるメイド。

パルファム宮殿にもメイドはいたが、彼女達はどちらかと言えばアリー姫の取り巻き役というか、友人と言った意味合いが強い人達であった。

 

それに対して、目の前にいるのはもっともっと洗練された人物だった。

一挙手一投足に至るまで全てを完璧にこなし、その動きは常に優雅で無駄がない。

近年の『使用人』としてのメイドではなく、かつて『貴族の付き人』として仕えていたメイドの姿そのものであった。

 

アリー姫の話からもっとフランクな場を想像していたタクミとマカナは身体を硬直させて、ぎこちなく頭をさげた。

 

「ど、どうもよろしくお願いします」

「……よろしく……お願いします」

「よろしくお願いいたします。それでは、推薦状をお預かりいたします」

「は、はい!」

 

タクミとマカナは背負っていたリュックからゴソゴソと推薦状を取り出し、そのメイドに手渡した。

こんな高級ホテルのロビーみたいな場所で旅で汚れたリュックを下ろすのには少々恥ずかしい気持ちもあったが、今更そんなことを言いだしてもどうにもならない。

 

タクミとマカナは自分達が場違いなところに迷い込んできてしまったような気がしていた。

 

メイドは推薦状を手に持ち「確かにお預かりいたしました。少々お待ちください」と言って、再び完璧なお辞儀を決めてロビーから出ていってしまった。

タクミとマカナはその雰囲気に気圧されたようにソワソワとした時間を過ごす。

 

だが、メイドはものの数十秒でロビーに戻ってきた。

 

「タクミ様、マカナ様。ご案内いたします。お荷物はこちらでお預かりいたします。お二方はこちらへどうぞ」

 

タクミとマカナはメイドの完璧な微笑に促されるままに荷物を預け、ロビーの奥へと進んでいった。

大理石が続く掃除の行届いた廊下。タクミとマカナはそんな廊下を土で汚れたスニーカーで歩いていることすら罪悪感を覚えてしまう。

長い廊下ではこの施設を利用している他の人ともすれ違ったりもしたが、その誰もが最低でもジャケットと綿パンという恰好で、少なくともドレスコードに引っかからない程度には着飾っていた。

 

対するタクミは動き易く丈夫であることに定評のあるジーンズにTシャツと上着というどう考えても社交場には向かない恰好だ。マカナも7分丈のカーゴパンツとシャツだ。その上からゆったりとしたポンチョのような丈の短い上着を着ているが、フォーマルな場には向いていないのは変わらない。

 

針の筵の上のようなタクミ。マカナはあまり気にしてなさそうな顔をしていたが、タクミはたまらずメイドにそのことを尋ねることにした。

 

「あ、あの……」

「はい、なんでございましょう?」

「あ、いえ、その。僕達……こんな格好でいいんですか?」

「はい。構いませんよ。ここはナイトの方々……つまり、トレーナーの方々の社交場です。よほど常識から逸脱した格好をされては困りますが、『旅装束』というものはむしろ歓迎されるものですよ」

「そうなんですか?」

「はい。タクミ様もマカナ様も立派なお姿と思います」

「…………」

 

逆に誉められてしまった。メイドの人は立派な大人な女性ということもあり、タクミは少し頬を染めてしまう。

 

「……ふふん」

「……また鼻で笑われた……」

 

だが、マカナ相手だとそう腹が立たない。

 

「これからご案内いたしますのはナイトの方々が集まる『サロン』になります」

「『サロン』?」

「はい、そこではポケモンの情報交換をしたり、バトルのお相手を選ぶことができます」

「……誰とでもバトルできるの?」

「いえ、同じ爵位を持つ方とだけとなっております。爵位は下から『バロン』『ヴァイカウント』『アール』『マーキス』『デューク』『グランデューク』となっており、バトルの勝敗によって上の爵位への昇進が決められます」

「なるほど。じゃあ、僕達は一番下の『バロン』ってことなんですか?」

「はい、その通りでございます。ですが、タクミ様は『バロン』、マカナ様は『バロネス』と男女で呼び方が変わります」

「へぇ……」

「不特定多数の方にバトルを挑みたいときは自分の爵位を含めて名乗りをあげてください。『受けても良い』という方がいらしたら。白い手袋が投げられます。それを拾えばバトルが成立です」

「……パンフレットにも書いてた……昔の騎士の作法……」

「はい、その通りです。ここでは古き伝統を重んじ、ポケモンバトルで騎士道の精神を育んできたのです。相手を尊重し、互いに高め合う。そのような極上のバトルを提供できるよう我々は努めております」

 

そのメイドの言葉はどこら誇らしげに聞こえた。

 

洗練された態度も、澱みのない言葉遣いも、一朝一夕で出来るものではない。

彼女がこの施設の雰囲気や伝統を本当に大切にして守ってきているんだというのが伝わってくる。

 

タクミは少しずつここでのバトルが楽しみになってきた。

 

なんとなく流されるように来てしまったバトルシャトーであるが、こういう経験はなかなかできない。

アリー姫には良い施設を紹介してもらったようだった。

 

そして、メイドは廊下の奥の扉の前に立ち、丁寧な手つきで扉を開けた。

 

「こちらが、『サロン』になります」

 

そこは大きな吹き抜けのホールであった。革張りのソファがいくつも並べられ、観葉植物が景観を損ねないように規則的に並べられている。壁際にはカウンター席もあり、裏の棚にはいくつものジュースやコーヒーの瓶が並べられ、太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。2階にもアンティーク調の家具がチラチラと見えており、まるで本当に貴族や騎士のいる世界に入り込んでいるかのようであった。

 

だが、不思議なことにそこには誰一人トレーナーがいなかった。

 

メイドはタクミ達に先んじて一歩中に入り、ふと窓の外に目を向けた。

壁一面に張られた大きな窓が開き、テラス席にギャラリーが立ち並んでいた。

 

「どうやら、今ポケモンバトルの最中のようです。ご覧になりますか?」

「はいっ!」

「……はい」

 

タクミとマカナはメイドに案内されるまま、テラス席へと出た。

人垣の向こうで戦塵があがり、ポケモンバトルをやっている気配が伝わってくる。

タクミ達はポケモンバトルを覗き見ようと、人垣の割れ目からバトルフィールドを見ようとした。

 

その瞬間、一際大きな爆音があがり、感嘆の声と何かを非難するかのようなため息が同時に沸き上がった。

 

その場の空気からバトルが終わったのことが伝わってくる。

 

タイミングが悪かったようだった。できればバトルシャトーのバトルというものを最初から見てみたかった。

肩を落とすタクミであったが、ふと周囲の人達の反応が気になった。

 

ギャラリーからの拍手はまばらだったのだ。

賞賛の声もなく、バトルを称える雰囲気もない。

誰もの目にも困惑の色が浮かんでおり、知人と顔を見合わせては批判的な声音で喋り合っていた。

 

なんだか不穏な空気であった。

 

タクミは周囲のトレーナーの声に耳をそばだてた。

 

「あのトレーナー、これで9戦9勝か……朝から休みなく、とんでもないな」

「次のバトルで勝利すれば『ヴァイカウント』の称号を得られるとはいうが、たった1日で……」

「ですが、あれはもう……『ナイト』ではありませんよ。作法も礼儀も無視して、ただバトルをするためだけにここに来ているような態度で……」

「『地球界』から来たトレーナーはこれだから」

 

他の意見も概ね同じものであった。

 

要するに、滅茶苦茶強いトレーナーがバトルシャトーの趣旨や伝統を守らずに、ひたすらバトルを続けているらしかった。

 

タクミもその話を聞き、眉間に皺を寄せた。

このバトルシャトーがどれだけ大きな想いで守られてきているのかを知ったばかりだ。

それを荒らすなんて、トレーナー以前の問題だ。

 

一体どんな奴だ?

 

タクミはなんと人の垣根をかき分けて、バトルフィールドがよく見える位置まで移動しようとする。

そして、その人物を見つけてタクミは目を見開いた。

 

「……あれは!」

 

見覚えのある顔だった。

 

一度見たら忘れない程の鋭い眼光。落ち窪んだ眼窩とやつれた頬。そして絶望を宿した光を灯さない瞳。

 

「片垣……龍之介……」

 

タクミがアキの病室で出会ったトレーナーであった。

彼は片垣瑠佳という病気がちな妹にアチャモを見せにきていた。

あの時に見た優しく細められた瞳と酷い倦怠感を伴った横顔はあまりに印象的だった

 

タクミはアキを通じて、彼の妹がもう長くはないのではないかという噂を聞いていた。

 

彼はバトルフィールドに立つワカシャモを一瞥し、白いマントを翻した。

 

「次は誰だ……勝負しろ」

 

彼の声はまるで声変わりを終えた青年のように低く、重厚な響きを伴っていた。

その声に反応する人はいない。ここにいる誰もが彼に気圧されたかのように身を引いていた。

 

そんな中、モノクルを付けた初老の男性がスッと前に出て、彼に向けて会釈をした。

 

「リュウノスケさま、差し出がましいようですが、あなたのポケモンは連戦により疲弊しております。ここで少し休憩などを挟んではいかがでしょうか」

 

その人が言う通り、龍之介のワカシャモは既にボロボロであった。

呼吸も荒く、毛並みもボロボロだ。全身から汗が噴き出ており、今にも膝をつきそうな程にダメージが蓄積しているのが傍から見てもわかる。

 

だが、彼はそんな意見をすぐさま一蹴した。

 

「こいつらに休憩など必要ない。それは俺が一番よくわかっている。そもそも、俺はこいつ等を追い込む為にここに来ているんだ。さっさとバトルをさせろ!ここはバトルをする施設だろ」

「……左様でございます、しかし……」

「俺の爵位は『バロン』!名はリュウノスケ!誰かいいないか!!俺とバトルする奴はいないか!!」

 

龍之介は忠告を完全に無視してギャラリーに向けて問いかける。

 

そんな彼の目を見てタクミは自分の息が僅かに止まるのを感じた。

 

殺気を孕んだ目だった。戦うことしか望んでいない目だった。強くなることしか見ていない目だった。

彼の強い意志を宿した目は他者を射抜いて、動きを止めてしまう。

爵位こそ最も下の『バロン』でありながら、その威圧感だけはこの場の誰よりも強かった。

 

「……タクミ……」

 

ふと、服の裾を引っ張られ、タクミは我に帰った。

 

「あ、マカナ。えと、なに?」

「……同じ『爵位』じゃないとバトルできないんだよね」

「え、あ、ああ、うん」

「……私達『バロン』と『バロネス』」

「え、あぁ、まぁ、今日来たばかりだから間違いなく一番下の爵位だし……って、マカナ、まさか、バトルする気?」

「……ダメなの?」

「いや、別にダメってわけじゃないけど……」

 

この場の空気でよくもまぁその発想に至るもんだ。

相変わらずマイペースというかなんというか。

 

感心するような、呆れたような顔をするタクミ。

そんなタクミの反応が理解できずに小首をかしげるマカナ。

 

タクミは自分の全身の筋肉が脱力していくのを感じた。

そして、タクミは大きく息を吐きだし、髪をかき上げた。

 

確かにマカナの考えも間違ってはいない。

相手が誰であろうと、バトルを挑んでくるトレーナーがいるのなら、それに応えるのもまたトレーナーだ。

 

それに……

 

「マカナ、あのトレーナーのこと知ってる?」

「……え?知らない……タクミは……知ってるみたいだね」

「うん。ちょっとね。だからさ……先に僕にやらせて」

「……うん……わかった……じゃあこれ」

「え?」

 

マカナはタクミに白い手袋を渡してきた。染み一つない綺麗な手袋であり、旅の持ち物としてはあまりに綺麗過ぎる。

 

「マカナ、これどうしたの?」

「……さっきメイドさんから借りた」

 

動きの一つ一つは割とゆっくりなのに、行動だけは早いな。

 

タクミ顔を半分程ひきつらせながらその手袋を受け取った。

 

マカナと話していると終始ペースを取られる。

それは決して悪いことではないのだが、これからポケモンバトルを挑もうと思っているタイミングでそれに巻き込まれるとどうもアドレナリンが沸き上がってこない。

 

タクミは大きく深呼吸して気持ちをリセットし、ギャラリーをかき分けて前に出た。

 

テラスより一段低いところにある円形のバトルフィールド。

タクミが龍之介を見下ろすと、彼もまたタクミを見つけて目を細めた。

 

「お前は確か……足の悪いフシギダネの」

 

そう覚えられているのには少々思うところはあるが、タクミは口を挟まなかった。

タクミは白い手袋を彼に向けて投げつけた。

手袋は風に揺られつつも、龍之介の足元にまで飛んでいった。

 

「僕の名はタクミ……斎藤拓海……勝負、受けさせてもらう」

「……ふん」

 

龍之介は手袋を拾い上げ、顎で対面を示した。

『さっさと降りてこい』という意味だろう。

 

だが、タクミはそれに従うつもりは毛頭なかった。

 

タクミは他人に指示されてバトルフィールドに立つつもりはない。タクミは自分の意志で、自分のタイミングでバトルに挑むつもりだった。

 

タクミは自分達を案内してくれたメイドさんに声をかけた。

 

「あの、すいません。これって僕もマントするんですよね?」

「はい。こちらをお召しください」

 

既にメイドさんの手元に準備されていた白いマント。

タクミはそれを羽織り、肩で止める。

マントには様々な称号を示す飾り付けがなされており、随分と重い。だが、重くて当たり前なのだ。このマントの飾りには一つ一つに意味がある。昔の『ポケモントレーナー』の証の意味を持つものや、旅をする身分を示す通行証であったりする。もちろんこれはレプリカだが、だからといって積み重ねられてきた歴史の価値が消えることはない。

 

タクミはその重みを身体で感じ、龍之介を改めて見やる。

 

この歴史を無視するような態度を取る龍之介に対してタクミは少しばかり怒りを覚えていた。それと同時に、自分と同じ地球界のトレーナーがこんなことをしていることが少し悲しかった。

 

だが、タクミには彼の行動に少しだけ同情する気持ちがあった。

 

タクミだってアキの余命が宣告された日には彼のような顔になるだろう。一刻も早く強くなってアキの夢を叶えてやりたいと思うだろう。

 

彼が妹とどんな約束を交わしているのかは知らない。だけど、『地方旅』に出向く兄に向けて、ポケモンが好きな少女がどんな要望を言うのかなんて想像は簡単だった。

 

なぜなら、タクミも似たようなものを抱えて、この『地方旅』に挑んでいる。

 

強くなりたいという気持ちもわかる。焦る気持ちもわかる。

その決意も、覚悟も、タクミにはわかり過ぎる程にわかる。

 

だからこそ、タクミは一度彼とバトルをしたかった。

 

当然、こんなのはただの旅の途中のしがないバトルの一つだ。

日記帳や個人のバトルログに記録として残る程度のバトルだ。

 

だが、いつか、きっといつか雌雄を決めなきゃいけない時が来る。

お互いが同じ目標を抱いているのならタクミと龍之介はその一つの椅子を奪い合う定めになる。

 

タクミは龍之介の目を、龍之介がタクミの目を見る。

 

タクミはマントに身を包み、ゆっくりとバトルフィールドに降りていく。

そして、タクミはトレーナーの待機位置に入り、ボールを構えた。

 

「……早くしろ」

「ちょっと待ってよ。せっかくバトルシャトーに来てるんだよ。一回ぐらいこれやらせてよ」

 

タクミはそう言ってモンスターボールを前に突き出した。

お互いにバトルに使用するポケモンのモンスターボールを突き出し、フィールドの真ん中で突き合わせる。

それがバトルシャトーでのバトルの慣わしであった。

 

「茶番だ」

「そうかもしれない。でも、ここにいる人達にとっては茶番じゃないんだ。だから、少しは周りに合わせる努力を見せてくれてもいいんじゃない?」

 

だが、タクミの言葉は龍之介には届かなかった。

 

「……時間の無駄なんだよ。さっさとポケモンを出せ」

 

龍之介はそう言ってタクミを指差した。

彼から譲歩する気はないらしい。

その頑なな態度にタクミの方が折れた。

 

「……わかったよ。頼むよ!キバゴ!!」

「キバァ!!」

 

ボールから出てきたキバゴは直立し、手刀をレイピアのように構え、必要以上に爪先立ちでシュッとした姿勢を取っていた。

多分、『ナイト』のつもりなのであろう。一瞬で周囲の状況を把握してアドリブ繰り出してくるキバゴの演技力は大したものだが、その場の空気は決してそれを賞賛してくれるものではなかった。

 

キバゴもその雰囲気を察したのか、すぐさま戦闘態勢を取った。

 

「キバゴ、わかってる?」

「キバ」

 

いつも以上に落ち着いた返事。

キバゴは身体の力を抜き、その場で軽く跳ねる。

睡眠も食事も十二分に取って万全の状態のキバゴ。

 

それに対するワカシャモは今にも倒れそうな程に疲弊している。

連戦を経て体力の落ちた相手。普通に考えれば負ける要素はないように見える。

 

だが、なぜかタクミの肌には先程からピリピリとした感覚が走っていた。

まるでジム戦を前にした時のような緊張感。

 

身構えるタクミ。

 

そんなタクミを龍之介は睨み、奥歯を噛む。

 

「……タクミ……だったか?」

「うん」

「お前、チャンピオンになるんだってな」

「…………」

 

『チャンピオン』

 

その台詞にギャラリー達が色めきたつ。

 

新人トレーナーがそれを口にするのは珍しくはないのだが、地球界出身のトレーナーがそれを目標にしているのはやはり珍しいという認識であった。

 

「そうだよ。僕の夢は……ポケモンリーグのチャンピオンだ」

 

なぜ彼がそのことを知っているかを尋ねるつもりはない。

彼の妹はアキと同室だ。アキは人見知りするところはあるが、基本はお喋り好きなのだ。話が伝わっていても何ら不思議ではなかった。

 

「そうか。悪いがそれは無理だ」

「無理で無謀で無茶な夢だってのは僕だってわかってるさ。笑うなら笑っていいよ」

「笑いはしない。でも無理だ。お前のポケモンの育て方ではチャンピオンになんかなれない」

 

タクミは奥歯を噛み締める。

そんなことは知っている。誰よりも日々実感している。

 

だが、言葉にされて突きつけられると嫌なものだった。

 

「それは、君に言われるまでもなく知っている。でも僕はチャンピオンになる!」

「キバァアアア!!」

 

キバゴが同意するように吠えた。

 

そんなタクミとキバゴに龍之介は息をするのも苦痛のような顔をした。

 

「チャンピオンになるのはお前じゃない……行けワカシャモ」

「シャモ」

 

格式も伝統もかなぐり捨てたバトル。

バトルシャトーへの冒涜だとは思う。出禁になるかもしれない。せっかく紹介してもらったアリー姫の顔に泥を塗ることになるかもしれない。

 

そうは思うが、タクミの腹は既に決まっていた。

 

「キバゴ!先制する!“ダブルチョップ”」

「キバァァア!!」

 

“ダブルチョップ”を纏って突進するキバゴ。直線的な突撃に龍之介は素早く指示を出す。

 

「ワカシャモ受けろ」

 

その指示にワカシャモが懐を大きく開いた。

 

その指示にタクミの方が驚いた。

既に満身創痍のワカシャモ。そのワカシャモに回避でも防御でもなく、攻撃を呼び込む選択肢を取るなど完全に想定外であった。

 

「キバァ!」

 

キバゴはワカシャモの懐に飛び込み、腕を振り切った。ワカシャモの腹部に渾身の一撃が突き刺さる。ワカシャモは目を白黒させ、口から火の粉を飛び散らせる。その一発で昏倒してもおかしくない程のダメージだった。

それにも関わらず、ワカシャモはその場から一歩たりとも引かない。ワカシャモは一息で意識を引き寄せ、キバゴに視線を合わせる

 

「“つばめがえし”だ」

「シャモ!!」

 

ワカシャモが素早く足を踏み込み、その爪先が光を放った。だが、初動が遅い。

 

「キバゴ!ガード!」

「キバ!」

 

キバゴが“ダブルチョップ”を眼前に構えた直後、ワカシャモがサマーソルトキックのようにバク転をしながら“つばめがえし”を放った。

 

激しい衝突音が響く。

 

キバゴのガードがわずかに弾かれ、ワカシャモはキックの勢いを利用して後退した。

 

キバゴのダメージは頬に少しのかすり傷。だが、ガードした腕が僅かに痣になっている。

 

タクミはその一撃の重さに戦慄を覚えていた。

 

着地したワカシャモは自分のワザの衝撃で片膝をついて呼吸を荒げている。そんな状態での攻撃なのにキバゴの両腕のガードを弾いたのだ。

もし、ワカシャモが全力だったなら今の一撃で決まっていたかもしれなかった。

 

これは間違いなく一筋縄ではいかない。

 

優勢なはずのタクミの額に汗が滲む。

それに対し、龍之介はワカシャモに向けて叱責の声を飛ばしていた。

 

「何をやっている。何の為に奴を間合いの内側にいれたんだ。今の一撃は当てれたはずだぞ……立て!」

「シャ、シャモ……」

 

ワカシャモが息も絶え絶えになりながら立ち上がる。

 

タクミはその龍之介のバトルに苦虫を噛み潰したかのような顔をした。

 

他人のポケモンとの関係性について何か口を挟む筋合いはタクミにはない。

だけど、心は『もうやめろ!』と叫びたがっていた。

目の前のワカシャモは彼が病院で妹に合わせていたアチャモが進化した姿だ。

 

あの時の無邪気に懐いていた頃を知っているだけに、今のワカシャモへの扱いは余計に許容しずらいものがあった。

 

「ワカシャモ、“にどげり”」

「シャモ!」

 

ワカシャモがキバゴの懐に飛び込んだ。蹴り上げるような一撃がキバゴの腹に突き刺さる。

 

「キバッ!」

 

身体を浮かされたキバゴにさらに二撃目の槍のような鋭い足刀が叩き込まれた。

ガードが間に合わない程の蹴り。

キバゴが吹き飛ばされ、タクミの表情に焦りが浮かんだ。

そんなタクミ達に向け、龍之介が追撃の指示を出す。

 

「畳みかけろ。“かみなりパンチ”」

「シャモ!」

「キバゴ!潜り込め!!」

「キバッ!」

 

キバゴは姿勢を低くして相手の“かみなりパンチ”の下に潜り込もうとした。

タクミはそこからカウンターで“ダブルチョップ”を叩き込むつもりだった。

 

だが……

 

「遅い」

 

ワカシャモの攻撃が予想以上に素早く、鋭かった。キバゴが身を落とすよりも先にワカシャモの拳が届く。

キバゴの顔面に“かみなりパンチ”がクリーンヒットした。

 

「キバァ」

 

キバゴのキバの片方が折れる。

 

「追撃だ“つばめがえし”」

「シャモ」

「キバゴ!『キバ』を蹴り上げろ!」

「キ、キバッ!」

 

回し蹴りのモーションで“つばめがえし”を放ってくるワカシャモ。

そのワカシャモの顔面に向け、キバゴは折れた『キバ』を蹴り上げた。

顔の、特に目に向けて蹴りこまれた『キバ』。眼球への攻撃に対して反射的に庇う姿勢を取るのは人間もポケモンも変わらない。

 

そのはずだった。

 

「無視しろ」

「……シャモ」

 

龍之介の指示にワカシャモの声に覚悟が宿った

ワカシャモはその『キバ』が眼球を掠めそうになるのも構わずに突っ込んだ。

ワカシャモの後ろ回し蹴りがキバゴを再び蹴り上げる。

 

やはり攻撃の回転速度が上がっている。

 

そこでタクミはようやくワカシャモの特性に気づいた。

 

「このワカシャモのスピード……【かそく】か……」

「遅い。何もかも。ワカシャモ、“ストーンエッジ”」

「シャァモ!」

 

ワカシャモが地面を強く踏みしめた。

その瞬間、青く輝く岩が地面から次々と突き上がった。

 

「キバァアア!」

 

“ストーンエッジ”に打ち上げられたキバゴ。その頭上に飛び上がったワカシャモが回り込んでいた。

 

「“つばめがえし”」

「シャモ!」

 

“つばめがえし”を纏った足先を振り上げるワカシャモ。

そして、ワカシャモは強烈なかかと落としをキバゴに叩きつけた。

キバゴは受け止めようとはしたものの、その衝撃を全て殺しきることはできない。打ち下ろされるキバゴ。その真下にはまだ先程の“ストーンエッジ”によって作り出された岩の尖塔がまだ存在している。

 

キバゴは岩の塊に凄まじい勢いで叩きつけられた。

 

「キバァッ……」

 

“ストーンエッジ”が砕け散り、噴煙があがる。

 

「キバゴ!!!」

 

煙の中にキバゴの姿が隠れる。だが、あれだけの連撃を受けてキバゴが立てるとは思えない。

 

着地したワカシャモは少し警戒するようにその噴煙を見つめてはいる。

だが、両腕は膝の上に乗せられ、手足が疲労で震えていた。

バトルの継続も困難な程に疲弊しているワカシャモ。

 

それでも、勝利は勝利だ。

 

「……ふん……」

 

龍之介は不満を吐き出すように鼻を鳴らす。

 

「……この程度で疲労困憊か……まだまだだな……」

 

ワカシャモをボールに戻そうとする龍之介。

 

「お待ちくださいリュウノスケ様」

 

不意にバトルの審判を務めていた初老の男性が龍之介にそう言った。

 

「なんだ?流石にもう次のバトルは要求しない」

「そうではありません。ですが、そのままワカシャモを戻されますと、リュウノスケ様の敗北になりますが、よろしいですか?」

「………なに?」

「バトルはまだ終わっておりませんぞ」

「…………っ!!ワカシャモ!飛べ!!」

「シャモ!」

 

ワカシャモが転がるように身を翻す。

その直後だった。

 

「キバァァァアアアアア!!」

 

地面の中からキバゴが突然飛び出した。

アッパーカットのように突き出した爪はワカシャモをとらえることこそできなかったが、キバゴの目力はまだ健在だった。

 

「これは……“あなをほる”か!!」

「その通り!キバゴ!!ワカシャモは動けない!一気に間合いを詰めろ!」

「キバァアアア!」

 

“あなをほる”は【じめんタイプ】のワザ。ワカシャモに対しては効果抜群だ。

だが、このワザは地面に潜る関係で常に一手遅れてしまう。疲労がたまっているワカシャモに休憩の時間を与えてしまえば不利になると思い、タクミはこのワザをあえて温存していた。

 

タクミは最初からワカシャモの隙をずっと窺っていたのだ。

 

もちろん、キバゴが“あなをほる”を使うまでに倒される可能性もあったが、タクミはキバゴのタフネスに賭けたのだ。

 

そして、タクミは賭けに勝った。

 

“あなをほる”を直撃させることこそ出来なかったが、今度こそキバゴはワカシャモの懐に入り込んだ。

超近距離での打撃戦。しかも、誘い込まれたのではなく、自分から踏み込んだ距離。

 

ここはキバゴの間合いだ。

 

「キバゴ!“だめおし”!」

「キィバァアァア!」

 

相手が【かそく】持ちである以上、時間をかけるのは悪手。

最早“ダブルチョップ”のエネルギーを溜める時間すら惜しみ、威力が低くても最速で出せるワザを連続で繰り出していく。

 

1発目は回避された。2発目は防御された。だが、3発目は頬を掠めた。

 

守勢に回されたワカシャモに龍之介の顔に初めて焦りが浮かぶ。

 

「……くっ……これは……」

 

度重なる連戦がワカシャモの足にきていた。今のワカシャモには蹴りワザである“つばめがえし”や“にどげり”は放てない。“かみなりパンチ”を打つ為の足腰の余力もない。

 

「…………」

 

最早、ワカシャモにこのキバゴを引き離す方法はない。

この状況が続けば間違いなく敗北する。

 

そんなワカシャモだが、勝ち筋はまだ残っていた。

 

だが、龍之介としてはこんな公式戦でもない場所でこのワザを使いたくはなかった。

これはとっておきのワザだ。ましてや相手はポケモンリーグでぶつかる可能性のある相手だ。ここで、手の内を明かす必要性は薄い。

 

「キバァアァア!」

「シャモ……」

 

キバゴの深く踏み込んだ一撃がワカシャモに突き刺さり、大きく後退させた。

 

龍之介の手に力がこもる。

 

ここで切り札を晒す理由はない。

 

龍之介は何度も自問自答を繰り返す。

 

「キバゴ!追撃だ!真正面から最短で突っ込め!」

「キバァァァ!」

 

このワザを使う理由はカケラ程もない。

 

絶対にない。

 

 

 

だけど、自分よりも弱い奴に負ける理由はもっと無い。

 

 

 

 

龍之介は意を決した。

 

「ワカシャモ!“フレア……ドライブ”!!」

「シャモォオオオオオ!」

 

ワカシャモの全身が燃え上がる。ワカシャモは炎を身に纏い、気合の裂帛と共に立ち上がった。

 

それを見て、タクミも覚悟を決める。

 

次の一撃がラストショットだ。

 

「ワカシャモ!一撃で決めろ!」

「キバゴ!カウンターを気にするな!一気に踏み込め!!」

 

キバゴが加速する。ワカシャモの炎が渦を巻く。

 

そして、キバゴが残り数メートルの間合いを一歩で埋めた。

ワカシャモは炎の化身となり、全身全霊の突撃のパワーを跳躍のような一歩に凝縮した。

 

フィールドの中央で双方が激突する。

 

火の粉が舞う。風が吹き荒れる。

 

「キバゴ!」

「………!」

 

しばらくして暴風が収まり、目を庇っていた2人が顔をあげる。

 

フィールドの中央。

 

そこに、キバゴとワカシャモの姿があった。

両者は仰向けに吹き飛ばされて目を回していた。

 

キバゴもワカシャモも起き上がってくる様子がないことを確認し、審判が下される。

 

「両者戦闘不能。よってこの試合、引き分けといたします」

「引き……」

「……分け」

 

タクミと龍之介がお互いに目を合わせる。

 

その時だった。

 

パチ……パチ……パチ……パチパチパチパチ

 

パラパラとした拍手が起きた。その音は次第に大きくなり、そして最後には両者を称えるような盛大な拍手が巻き起こっていた。

 

その拍手に龍之介は眉間に皺を寄せつつも固い仕草でお辞儀をする。

タクミも『ナイト』っぽく、右手を胸の前に置きながらお辞儀をした。

 

タクミと龍之介はそれぞれポケモンをボールに戻す。

そんな2人に審判を務めていた初老の男性が柔らかな笑みを向けていた。

 

「お二人共よいバトルでした」

「ありがとうございます」

「………」

 

元気の良い返事をするタクミに対して、龍之介は言葉を返さず不機嫌な顔のままであった。

 

「リュウノスケ様は今回のバトルで『ヴァイカウント』の爵位の昇進となります。贈呈式を行いますのでどうぞこちらに」

 

龍之介の態度は決して『ナイト』としては相応しいものではないかもしれないが、最後のバトルに対する興奮は間違いなく本物であった。その熱意を見て、他の『ナイト』達も昇進に異論を挟むことはなかった。

 

だが、やはり一番気乗りしていないのは龍之介本人であった。

 

「……そんなものはいらない」

「よろしいのですか?上の爵位となればいくつかの特典が各地の施設で得られることになりますが」

「そのことは知っている……だが、俺には時間がないんだ。特典を利用するつもりはない。それに、ワカシャモはもう今日はバトルができない。俺がここにいる意味は1秒たりともないんだ。失礼させていただく」

 

龍之介はマントを剥ぎ取るように外し、それをメイドに押し付けようとする。

その態度にタクミも眉間に皺を寄せる。

 

「龍之介君……ちょっとそれはあんまりにも、『爵位』は持っていて邪魔になるものでもないんだし、せっかくなんだから」

「俺はお前みたく観光半分で『地方旅』に挑んでるんじゃない」

「僕だって別に遊びでやってるわけじゃない。それはここにいる人達も同じだ。それを汲んでやるやることぐらい……」

 

その時だった。

 

「……待って……」

 

突然、タクミと龍之介の間にマカナが現れた。

その出没っぷりは幽霊か忍者のようであった。

 

「うわっ、マカナ!いつの間に!?」

「……さっきからいた……それより、タクミと……えと、りゅうのすけ君でいいのかな?……昇進式……やって」

 

マカナはいつもの無表情のまま淡々と龍之介に向けてそう言った。

 

「なんだお前……なんで俺がお前の命令を聞かなきゃならない」

「……ごもっとも……私の命令は聞く必要はない」

「…………そうだろ」

「……うん……だから、昇進式やるべき」

「おい、話を聞いていたか」

 

龍之介が眉間に皺を寄せて睨みつけるがマカナはまるで動じない。まぁ、彼女がこの程度で動じるとはタクミは思っていなかったが。

それにしてもなんで突然そんなことを言いだしたのだろうか。

 

話が進まないのでタクミは間に入ることにした。

 

「マカナ、順を追って説明して。なんで龍之介君に昇進式やって欲しいの?」

「……別に私は見なくてもいい」

「『私は』?え?じゃあ、誰が見たいって言ってるの?」

「……アキと瑠佳……」

 

直後、タクミと龍之介は丸々5秒の間固まった。

 

「……は?」と龍之介の目が点になっていた。

「……え?」とタクミの顔が怪訝な表情で固定された。

 

「なんでそこで瑠佳の名前が出てくる!?お前、妹と知り合いなのか!?」

「ちょっと待ってマカナ。なんでそこでアキの名前も出てくるの!?」

「……ホロキャスターで映像送信中……ほら……」

 

そして、マカナがホロキャスターによるテレビ電話の画面をタクミ達に見せた。

 

「やっほー!タクミ!すごいバトルだったね!!マントもかっこいいし、今度は最初から見せてよ、ほら、あの『よきバトルを』ってやつ」

「お兄ちゃん、元気~!?すごいよすごいよ!お兄ちゃんたった1日で『ヴァイカウント』になったんでしょ!これから昇進式なんだって!?ねぇねぇっ、それって何時からやるの!私も見たい!!」

 

直後、タクミと龍之介は丸々2秒の間固まった。

 

そして、タクミはギギギギと錆びついた歯車のようにゆっくりとマカナの方へと顔を向けた。

 

「……マカナ……もしかしてバトル実況してた?」

「……うん……面白そうだったからアキに見せてた……タクミがかっこつけて『よきバトルを』とかキメ顔すると思ったから」

「相変わらずいい趣味してるよね、マカナ」

「……それほどでも……」

 

無表情で小首をかしげるマカナ。タクミは皮肉で言ったのだが、通じていないのか、それとも通じた上でこうなのか。

 

そして、話について行けていないのが龍之介だ。

 

「待て、それでなんで瑠佳が出てくる」

「……アキと瑠佳は病室同じ……たまたま一緒にいて……アキが龍之介君に気づいて一緒に観戦してた……龍之介君の態度の悪さを見せられて妹さん可哀そう」

「……っく!」

 

皮肉を放たれ、図星を刺された龍之介であったが、すぐさまマカナの言い分の違和感に気づいた。

 

「ん?ちょっと待て、それは時系列がおかしいだろ。バトルが始まってから実況してたのなら俺の悪い態度は見てないはずだ」

「……バレた……」

「……コイツは……」

 

こめかみをピクピクとひくつかせる龍之介。

そんな彼を見上げ、マカナはスッと目を細めた。

 

「……君も悪いことしてるとは……思ってるんだね」

「なっ………」

 

龍之介が言葉を失う。

 

彼は口をパクパクと動かすが、言葉にならない。

 

そんな龍之介の手からマカナはマントを奪い取り、再び彼の肩にかけなおした。

 

「……悪いことしていると思っているなら……最後くらい良いことして終わろう」

「…………」

「……瑠佳ちゃんにも……いいとこ見せるべき」

「…………くっ……」

 

龍之介は反論する言葉が見つからなかったのか、大人しくマカナの手でマントの留め金を付けられるままになっていた。

 

そんな龍之介を見てタクミは「おお……」と口の中だけで呟く。

マカナのマイペースはこんな相手にも通用するのかと驚いていた。

 

それから、龍之介はここに集まっていた人達や施設の人達に大きく頭を下げて謝罪し、『ヴァイカウント』への正式な昇進式に出席した。

バトルフィールドの中央で『ヴァイカウント』のマントを授与される龍之介。

マカナはホロキャスターでその様子をアキ達に生中継し、タクミもその龍之介に拍手を送った。

 

正式に『ヴァイカウント』へと昇進した龍之介。

 

彼は式が終わるとすぐさま、マントを返し、テラス席へと上がってきた。

 

彼は憎々しげな表情でマカナを睨みつける。

だが、マカナがチラッとホロキャスターを見せると、すぐさま怯んだ表情になった。

咳ばらいををしてその空気を誤魔化した龍之介はマカナに向けて渋い顔をした。

 

「それは……まだ瑠佳と電話が繋がっているのか?」

「……ううん……さっき、検査があるって言ってたから、通話は切った」

「なっ!!」

 

それじゃあ、ホロキャスターを強調したのは完全なブラフだったわけだ。

 

マカナは本当に精神的なペースを握るのが上手いと思う。

もしかしたら天然なだけなのかもしれないが、どっちにしろ相手をするとなれば厄介なものであった。

 

「……お前、名前は……」

「……人に名前を聞くときは自分から名乗るのが礼儀……」

「……片垣だ……片垣龍之介だ……」

「……マカナ……江口マカナ……」

「まなか?」

「……マカナ……ハワイの言葉」

「…………」

 

龍之介の顔から『なんでハワイの名前なんだ?それにどういう意味の言葉だ?』と質問したがっているような気配が伝わってくる。

だが、これ以上彼女のペースに付き合ってられないと判断したのであろう。彼は自分自身の好奇心を飲み込むことを選んだ。

 

彼は前髪をかき上げるようにして気持ちをリセットし、タクミへと向き直る。

 

「…………」

「…………」

 

2人の間に走る緊張感。バトルは引き分けに終わった。だが、タクミも龍之介もこれが対等な引き分けだとは思っていなかった。

 

「……斎藤……タクミ。お前、本当にチャンピオンを目指しているのか?」

「もちろん」

 

タクミは即答する。

 

「……残念だったな。お前の夢は叶わない」

「…………」

 

そして、龍之介はサロンの出口へと足を向けた。

 

「チャンピオンになるのは俺だ……」

 

タクミはその背中を見送る。

今のタクミには彼に言い返せるだけの言葉の持ち合わせがない。

 

『サロン』の扉を開き、出ていくこうとする龍之介。

 

その足が突然止まった。

 

「……なんだ!!」

 

マカナが彼の腕を掴んで引き留めていた。

 

「……せっかく会ったんだから……ホロキャスターの番号教えて」

「いやだ!だいたい、俺は観光気分やお友達との仲良しこよしで旅をしているわけじゃ……」

「……わかった……瑠佳ちゃんに聞いておく……私とタクミの番号は登録しておいてね……」

「だから話を聞け!!」

 

そんなマカナと龍之介の様子をタクミは『相変わらずだなぁ』と呑気な感想を抱いていた。

 

龍之介が去り、『サロン』の賑わいが戻ってくる。

タクミとマカナはカウンター席でジュースを飲みながら一息ついていた。

 

「それにしても……マカナって結構人見知りするタイプだと思ってたけど、龍之介には凄いグイグイ行くね」

「……そう……かな?」

「自覚なし?」

「……『地方旅』が始まってもうすぐ1か月になる……」

「そうだね」

「……さすがに……初対面の人は怖くなくなってきた……」

「そりゃ……そうか」

 

旅なんて新しい出会いと別れの連続だ。他者とコミュニケーションをとらなきゃならない瞬間なんてごまんとある。そんな中で引っ込み思案な態度など取ってはいられないのだろう。

 

「……私はむしろ……学校の友達の方が……」

「え?」

「……あ……ううん……なんでもない」

 

一瞬、マカナの顔にほんの少し憂いの色が浮かぶ。

だが、彼女の顔色が変化したのは本当に僅かなことで、タクミには多少の違和感程度にしか映らなかった。

 

マカナはオレンジジュースを一口飲み、話題を変える。

 

「……それより……さっきのバトル……凄い良かった」

「そう?僕としては反省点しかないバトルだったけどね」

「反省?」

「……うん」

 

タクミは小さくため息をついてピーチジュースを煽る。

 

「先入観だったな……ワカシャモの特性を読み違えた」

「……え?……どういうこと?」

 

タクミはテーブルの上に指を置き、コップから垂れた雫で円を描いた。

 

「最初にワカシャモがキバゴの攻撃をわざと受けたでしょ。あれで龍之介君は【もうか】を発動させたいんだと思ったんだ」

 

【もうか】とはワカシャモが持つ特性の1つで、体力が著しく落ちると【ほのおタイプ】のワザの威力が格段に上がるものだ。

 

「だから、相手のリズムが加速していってるのに気づかずに対応が遅れた。もっと早く……せめて“にどげり”をくらった時に気づけていれば、あの勝負は、勝ててたかもしれない」

 

この際、ワカシャモが連戦後で疲弊していたことについては正直どうでもいい。

ポケモンリーグのバトルは6対6か3対3だ。ラスト1体同士の戦いになったら、相手のポケモンが疲弊している状況などザラにあるし、その逆もしかりだ。

 

結局、バトルで大事なのは最後の判定の瞬間に勝っているか否かなのだ。

 

「……なるほど……そうだったんだ」

「そう思うと、やっぱり心残りが多いバトルだったよ。でも、次は負けない」

 

タクミはそう言って机の下で握りこぶしを固めた。

 

『チャンピオン』という称号を笑われることは多々あった。

無理だと言われたことも無数にある。

 

だが、ライバル宣言をされたのは始めてだった。

 

同じ夢を追う者。たどり着けるのは誰か1人。

 

タクミはもっともっと強くならなきゃならないことを自覚した。

 

「……タクミ……ついでだから……私のデビュー戦に付き合って」

「デビュー戦?」

「……そう……『バロネス』としてのデビュー戦」

「あっ……」

 

そういえばタクミはバトルをしたが、マカナのバトルシャトーでのバトルはまだであった。

それに、彼女と再会してからまだ一度もバトルをしていない。

 

「いいよ。やろう」

「……うん……ていっ」

 

マカナはタクミのテーブルの上に白い手袋を投げつける。

 

「準備は早いね」

「……うん……最初から付き合ってもらうつもりだった」

「なるほど」

 

タクミはその白い手袋を掴み上げる。

カウンターの裏にいたバーテンダーがそれを見届けて、了承したかのように頷いた。

 

「……タクミ……映像をアキに送っていい?」

「まぁ、いいよ。カロスの伝統行事だもんね。アキも見たいだろうし」

「……うん……あっ、そうだ……私が勝ったらさ……」

「うん」

「……タクミがアキに書いた手紙の内容教えて……」

「ぶふっ!!!ま、マカナ!何で知ってるの!?」

「……私が負けたらアキの手紙で手を打つから……」

「どっちに転んでもマカナの損になってないじゃん!ダメダメダメ!そんな賭けはしない!」

 

タクミとマカナはそんなことを話しながらマントを身に纏い、バトルフィールドに降りる。

 

「それじゃあ……」

「……うん、よきバトルを」

「よきバトルを!」

 

フィールドに繰り出されるゴースとヒトモシ。

ケラケラと笑いながら漂うゴース。威嚇するように頭の炎を猛らせるヒトモシ。

バトルシャトーの真剣な空気が彼等の戦意を高揚させていく。

 

「ゴース、“あやしいひかり”」

「ヒトモシ“おにび”だ」

 

相手を惑わすような光がフィールドを満たしていく。

 

 

そんな日々を過ごしながら、彼等の旅は続く。

まだまだ続く。

 

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