ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて 作:からんBit
多分、まだまだスローペースが続きますが。
ひとまず続きはしますので、よろしくお願いします。
7番道路から8番道路に向かう途中にある『地つなぎの洞穴』
とはいえ『地球界』からもたらされた掘削技術により、今や『洞穴』とは名ばかりのただのトンネルへと変わっている。野生ポケモンとの住処を壊さないように考慮された工事がなされてはいるが、歩きやすいのは非常に助かる。
その洞穴の途中でタクミはマカナと別れることになった。
マカナは8番道路に向かう出口には向かわずに、別の方角に抜けてジムを目指す予定だった。
「それじゃあ、またどこかで」
「……うん……次こそは勝つ」
バトルシャトーでの敗北をまだ引きずっているマカナに苦笑いを返し、タクミとマカナは手を振って洞穴の中で別れた。
『地つなぎの洞穴』は然程の距離もなく、すぐに抜けることができた。
「うわぁ!海だ!!」
『地つなぎの洞穴』を抜けた先は岩山の中腹であった。
薄暗い洞穴を抜けた先には視界一杯に広大な海原が広がっていた。
大きく息を吸いこめば濃厚な潮の匂いが鼻腔に流れ込む。
太陽を反射してキラキラと煌く水面では時折、ポケモンが大きく水面から飛び上がり跳ねる高さを競っているかのようであった。
大きな船が水平線の近くに見え、タクミはなんとなく大きく手を振ってみた。
当然船からタクミが見えるわけではないし、気づいたところでタクミにはわからない。
それでも、なんとなくはしゃいでみたくなったのだ。
タクミはその海を右手に見ながら岩山を下る。
山のふもとにはコウジンタウンが見えている。
日はまだ高く、一泊を決めるにはまだ早い。
かといって水族館や博物館を巡るには少々時間が心許ない。
「……どうしようかな……先に化石発掘所の方を見てこようかな」
旅にも慣れてきたタクミ。食料や水にはまだ余裕があり、コウジンタウンに今日泊まる必要はない。だったら、今日はコウジンタウンを素通りして先にポケモンの化石の発掘現場に向かってみようかと思う。
今日は野宿して、明日は朝一番に化石発掘の見学をする。そのまま引き返してきてコウジンタウンで観光しながらもう一泊。それからショウヨウシティに向かう。
頭の中で今後の予定を立てながら、タクミは岩肌の目立つ道を歩いて行く。
砂利の多い道で足を捻らないように注意しながら、潮風を浴びるタクミ。
タクミは頭の中のプランを反芻し、タウンマップを確認して予定を決めていく。
「よしっ、やっぱり化石発掘の方を先にしよう」
そうと決めたら善は急げであった。
タクミは足を速めて岩山を下山し、その足で化石発掘で有名な9番道路へと向かうことにした。
9番道路は別名『トゲトゲ山道』とも言われる険しい山岳地帯だ。山全体が地盤が隆起してできた山であり、古い地層が地表近くに出ているので古代のポケモンの化石が大量に見つかるという。ポケモン界全体でみても有数の化石発掘現場だ。
『地球界』出身のタクミからすれば、『化石』というのはそれだけで心が躍るワードであった。
テレビで見た『ジュラシックパーク』のワクワク感を体感したことがあるならわかるだろう。
現在では姿を見ることができない、古代の巨大な生き物たちが復活して地表を練り歩いている姿はいつだって鳥肌を誘発する。続編はただのパニック映画になってしまったのは残念だったが、摩天楼とティラノサウルスの1枚絵だけで全てお釣りが来ると思っているので自分は全肯定派である。
というわけで、古代のポケモンの化石なんて聞かされた日にはそりゃ一目見てこなければならないと、タクミはカロス地方を巡ることが決まった時からここに来ることは予定していた。
だが『現実は小説よりも奇なり』と言うように『ポケモン界』は化石からポケモンを復元する技術を確立させつつあるというのだから本当に驚きだ。
その技術が転用されればいつか地球にも本物の『ジュラシックパーク』が現れるのかもしれなかった。
そうやって妄想の翼を開いていたタクミは重要なことを見落としていた。
タウンマップの片隅に描かれたお天気マーク。
旅先の天気予報をチェックしなかったタクミの頭上には文字通りの暗雲が立ち込めていたのだった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
山道を歩いていたタクミはふと頭上に何かが落ちてきた感触を感じて空を見上げた。
そこに横たわる黒い雲をみつけ、タクミは「ヤバっ」と呟いた。
慌ててタウンマップの天気予報を確認すると、ここら一帯は今夜にかけて大雨の予報になっていた。
ただの雨ではなく、雷や海風が吹き荒れる嵐の予報だ。
「うわっ!これヤバいんじゃ……しまったな……」
既に雲行きは非常に怪しくなっており、見上げた空ではゴロゴロと稲光が走っていた。
海辺と険しい山が隣接するこの地域は上空の風が強いせいか、非常に天気の移り変わりが激しい。
雲が外海から一気に流れ込んできて、暴風雨が吹き荒れることも珍しくないのだ。
タクミは今まで歩いてきた道を振り返る。
今すぐここから引き返せば嵐が来る前にコウジンタウンにたどり着けるだろうか。
だが、既に風が強くなってきており、この中で岩山を下っていくのは非常に危険だった。
かといってこんな岩肌にテントを張ろうものなら嵐に吹き飛ばされてしまう。
ポケモンセンターは近くになく、タクミは「ヤバイヤバイヤバイ、どうしよ」と繰り返し呟いていた。
何か近くに雨風を防げる場所はないかとタウンマップを幾度も滑らせるタクミ。
そんな時、タブレットにポタリと雫が落ちてきた。
「あっ……降り出した……」
タクミは雨合羽を素早く羽織り、とにかく下山しようと来た道を戻っていく。
だが、この『行き』と『帰り』というのが非常に問題だった。
道を往復するときに『帰り道』で迷う人は割と多い。
『行き』というのは目的地があり、道順をある程度把握しながら歩く。
逆に『帰り』というのは一度歩いた道と油断する。だが、『行き』と『帰り』では周囲の見える景色がガラリと変わる。ランドマークとしていた目印や曲がり角の雰囲気も大きく変わり、結果的に道を間違えてしまうのだ。
そして、タクミも嵐が近づいてくる焦りと、雨に煙った視界で方向感覚を失い、来た時とは別の道へと迷いこんでしまった。雨で液晶が濡れるのを嫌い、タウンマップを頻繁に確認できなくなったのもその一因であった。
タクミが「おかしい」と気づき、再びタウンマップを取り出したのは道を間違えてかなりの時間が経った後であった。
風は次第に強くなり、時折身体が吹き飛ばされそうになるような突風が吹く。
「……ヤバイな、これ……あっ!!洞窟だ!!」
タクミは岩山にぽっかりと空いた洞窟を見つけ、そこに飛び込んだ。
そこは高さも横幅も十分な洞窟だった。周囲には人の手で補強したような痕跡はあるが、どれも古びて錆びついている。おそらくかつて化石発掘の為に掘られた横穴であろう。タウンマップに載っていないところを見ると、破棄されて大分経っているのかもしれない。
とりあえず、地面は乾燥しており、落盤なんかの危険性もなさそうだった。
なによりも、少なくとも雨風は防げる。
タクミは雨合羽の水滴を払い、ランプを取り出した。
入り口付近では風が少し吹き込んできそうなので、少々奥にテントを張るつもりであった。
ランプを片手に奥へと進んでいくタクミ。その洞窟は奥に行けば行くほど広がりを見せ、思った以上に深そうであった。
途中、横道にイシズマイやテッシード達が固まっているのを見つけた。
野生のポケモン達が生息しているなら、命の危険はないだろう。
だが、これ以上奥に行くとポケモン達の縄張りに入る。
「ごめんね、今日は一緒に過ごさせて」
タクミはポケモン達にそう一声かけ、探検を中止して引き返す。
野生のポケモン達の住処から少し戻り、タクミはその場にテントを張った。
「はぁ、良かったよかった……ひとまず、ここで一晩明かせそうだ……」
タクミはコンロに火をつけ、ポケモン達を呼び出す。
「みんな、出てきて」
キバゴ、フシギダネ、ゴマゾウ、ヒトモシが次々と現れる。
キバゴは登場するや否や大きく欠伸をし、フシギダネは洞窟内にいることに気づいて首をかしげていた。
ゴマゾウはキョロキョロと周囲を見渡して走り回るスペースが無いことに落胆し、ヒトモシはぴょんぴょんとタクミの身体に飛び乗ってきた。
「みんな、今日はここで野宿だ。外が嵐になっちゃってさ、とにかくご飯にしよう」
方々から返事があがり、タクミは皆の為に晩御飯の支度をはじめようとする。
既にフシギダネが“ツルのムチ”を伸ばして器の準備をしたり、ヒトモシが“サイコキネシス”で料理道具を取りだしていた。
最近はこの2人がよく食事の準備を手伝ってくれる。
その間にキバゴとゴマゾウがぶつかり稽古のようなことをして自主トレに励んでいるのが最近のタクミの食事時の光景であった。
そんな時、ゴマゾウがその大きな耳をピクリと動かした。
「パオ?」
「キバキバ?」
ゴマゾウの“ころがる”を受け止める準備をしていたキバゴが疑問の声をあげる。
ゴマゾウは洞窟の奥に向けて鼻を伸ばし、目線を細めた。
「パオ!パオパオ!!」
ゴマゾウは何かを警戒するような足取りで洞窟の奥へと足を進める。
ランプの光が届くギリギリの距離で、ゴマゾウは空中の微かな臭いを嗅ぎ取ろうと鼻をあちこちに向ける。
「キバ……」
ゴマゾウのその様子に何か危険を感じ取ったキバゴ。キバゴはゴマゾウをガードするように前に出る。
キバゴはいつでも戦えるような体勢を取り、洞窟の奥に目をこらしていた。
「ゴマゾウ、キバゴ、ごはんの準備が……あれ?どうしたの2人共」
温めた食事パックの準備を終えたタクミが2人の後ろに立つ。
そんなタクミに向け、ゴマゾウが振り返った。
「パオパオ!パオ!」
「何か危ないポケモンでもいるのか?」
ゴマゾウのその様子に危機感を覚えたタクミはすぐに食事パックを置き、目線を鋭くした。
洞窟の奥を照らそうとランプを取ろうとしたが、それより先にヒトモシが頭の炎を強く輝かせながらタクミの肩に乗ってきた。
「ありがと、ヒトモシ」
懐中電灯の代わりを買って出てくれたヒトモシに礼を言い、タクミは洞窟の奥を凝視する。
外の嵐は更に激しくなっており、ここから外に出ていく選択肢は取れない。
もし、この奥に凶悪なポケモンがいるのなら、何かしら対処をしておかないとおちおち身を休めることもできない。
「フシギダネ!念のためにここに残っておいてくれ!それと、僕に“ツルのムチ”を」
「ダネ!」
フシギダネはタクミの身体に“ツルのムチ”を巻きつけ、テントの傍に腰を下ろした。
この洞窟は一本道だとは思うが、もし複雑な坑道のようになっていたら道に迷ってしまえば本当に出られなくなってしまう。この“ツルのムチ”はそのための命綱だ。もし“ツルのムチ”が伸びきってしまったら、手持ちのロープをそこに繋ぎ、更に奥へと進むつもりでいた。
「ゴマゾウ、何か奥にいるんだな?」
「パオ!」
ゴマゾウは強く頷き、耳をパタパタと上下させた。
タクミはヒトモシの青白い炎で周囲を照らしながら洞窟の奥へと再び足を進めていく。
先程と違い、キバゴが先頭を歩きゴマゾウが周囲に気を巡らせながらの探検。
少し歩き、タクミは先程見かけた小さなポケモン達の姿が見えなくなってることに気が付いた。
やっぱり何かおかしい。
「ゴマゾウ、何か匂うのか?」
「パオパオ……パオ」
ゴマゾウは首を横に振り、耳を再びパタパタと上下させる。
「耳?そうか、音か」
タクミは足を止め、洞窟の中で耳を澄ます。
それと同時にゴマゾウとキバゴも足を止めた。
タクミの耳に届くのは雨の音、風の音。洞窟の外から聞こえてくる音は次第に激しくなってきている。だが、その音に混じって洞窟の奥から岩と岩がぶつかるような破砕音が微かに聞こえてきていた。
「……確かに……なんだろう、バトルか何かしているのかな……」
この洞窟に人の気配はなかった。であれば、野生のポケモン同士の小競り合いかもしれない。
どちらにせよ、一度この目で確認しておくべきだった。
寝てる間にイワークにテントを踏みつぶされたり、バンギラスに襲われるようなことになったりしたら洒落にならない。もし、洞窟の奥にそういう大きなポケモンがいるならテントの場所を移す必要があった。
「……慎重に行くよ」
「パオ!」
「キバ!」
「モシ!」
ヒトモシが頭の炎をより暗く、青い色へと変えた。
しっかりと周囲を照らせるが、目立ちにくい色。
潜入するならもってこいの光源だ。
タクミはヒトモシの頭を撫でつつ、再び歩き出す。
次第に破砕音がハッキリと聞こえるようになってくる。
タクミは警戒心を増し、洞窟の壁に手をつきながら一歩一歩確かめるように進んでいく。
だが、突然キバゴが何かに気づいたかのように走り出した。
「キバッ!」
「キバゴ!僕から離れるな!!」
キバゴはその命令に従わず、一気に洞窟の奥へと走り抜けていく。
そして、一瞬遅れてゴマゾウが身体を丸めた
「ゴマゾウ!?お前も一体何を……」
「パオン!!」
ゴマゾウも一声鳴き、“ころがる”状態で洞窟内を疾駆しはじめた。
「ゴマゾウ!キバゴ!あぁ、もう!ヒトモシ!“おにび”を洞窟の奥に放って!ゴマゾウはともかく、キバゴの感覚は視界頼りだ!光源を確保する!」
「モシっ!!」
もはや、野生のポケモンに見つかるだのなんだの言ってられなかった。
ヒトモシはタクミの指示に従い、青白い“おにび”を数発洞窟の奥に向けて発射した。
青い光に照らされる洞窟内。
先行するキバゴとゴマゾウの頭上を“おにび”が通り過ぎ、唐突に広い空間を照らした。
「モォォォッシッ!!」
“おにび”が空中で炸裂した。
花火のように弾けた“おにび”は小さな炎となってその空間全体を青く染め上げる。
その世界に大きな影が映り込んだ。
「あれは……イワーク!」
いわへびポケモンのイワークだ。そのイワークはその尻尾を洞窟の隅にある岩に何度も何度も叩きつけていた。
「キィバァアァア!」
「パォオオオオオ!」
そのイワークに向け、キバゴとゴマゾウが突撃する。
「パオン!!」
ゴマゾウが丸まったまま飛びはね、イワークの胴体にぶち当たった。
イワークの身体が大きく歪む。
「イワァ!」
イワークがゴマゾウに気づき、標的を変えた。
その直後、キバゴの“ダブルチョップ”がアッパーカット気味にイワークの顎を撃ち抜いた。
「イワァァアア!!」
着地したキバゴ達はそのままイワークが攻撃していた岩を守るように陣取った。
「キバキバ!」
「パオン!」
「イワァァァ!」
イワークが威嚇するように吠え声をあげる。
その時になり、タクミもようやくキバゴ達に追いついた。
“おにび”によって照らされたこの広い空間は複数の横穴に繋がる巨大なホールであった。
方々に散らばった残骸から、ここが化石発掘が去れていた時に荷物運搬の中継地点であったことが伺えた。
そして、その錆びついたトロッコや線路の間には巨大な蛇が這ったような痕跡が続いている。
ここはこのイワークの縄張りなのだ。
「……あいつら、一体何を……」
タクミはキバゴやゴマゾウが野生のポケモンに理由もなく襲い掛かる奴らじゃないことぐらい知っている。
勝手に先行してイワークを攻撃したのなら、相応の意味があるはずだった。
「あっ!ヒトモシ!あの岩の後ろを照らしてくれ!!」
「モシッ!!」
ヒトモシは再び複数の“おにび”を放った。
新しい光源が産まれ、岩の裏の影が消える。
「あれは……」
そこに一匹のポケモンが縮こまっているのが見えた。
小さな身体と頭部から生えた巨大な顎。
タクミは確認のためにポケモン図鑑を取り出す。
「やっぱり、クチートだ!」
そのクチートは身体を小さくして岩陰で震えていた。
イワークは縄張りに入ってきたあのクチートを攻撃していたのだ。
どちらが悪いかと言えば確かにクチートが悪いのだろう。だが、それで震えているポケモンを見殺しにしてやれる程キバゴもゴマゾウも冷血な性格はしていなかった。
「キバァ!!」
「パォン!!」
戦闘態勢を取るキバゴとゴマゾウ。
こうなっては仕方ない。
タクミも腹を決めることにした。
「ゴマゾウ!スピードで攪乱する!!“ころがる”だ!」
「パォン!」
「キバゴ!そこ動くなよ!イワークの攻撃からそのクチートを守れ!」
「キバッ!」
ゴマゾウが本領発揮とでも言いたげにこの空間の中を走りまわりながら、イワークに身体をぶつけていく。
山道で鍛えに鍛えたスピードでヒット&アウェイを行い、ゴマゾウはイワークの体力を確実に削っていく。
「イワ……イワ……イワァアアアア!」
イワークが吠え、その身体から複数の岩石が射出された。
それはフィールドに降り注ぎ、ゴマゾウの行く手を遮る。
「“がんせきふうじ”か!ゴマゾウ!お前ならかわしきれる!コーナリングテクを見せてやれ!!」
「パオパオ!」
「キバゴ!クチートに向けて飛んでくる奴を弾き飛ばせ!“ダブルチョップ”!」
「キバァ!」
「ヒトモシ、ゴマゾウを援護だ“ほのおのうず”」
「モッシィ!」
ゴマゾウが小まめなドリフト走行で“がんせきふうじ”を回避していく。回転速度を維持したままイワークに迫るゴマゾウ。
「パォォン!!」
「イワァアアア!」
イワークが迎撃しようと“アイアンテール”を光らせたその瞬間、ヒトモシの“ほのおのうず”がその視界を覆った。
「イワッ!!」
“うず”の中に閉じ込められたイワーク。巻き上がる炎の壁で周囲が見えない。
その隙に、ゴマゾウが一気に回転数を上げていく。
走り回るゴマゾウ、そしてタクミはここぞというタイミングで指示を出した。
「そこだ!ゴマゾウ!!」
「パォオン!!」
回転が最高潮に乗ったゴマゾウ。その回転力で炎の壁を突破しながら、ゴマゾウはイワークの胴体に強烈な“ころがる”を叩き込んだ。
「イワッ!」
身体を大きくよじりながらのたうつイワーク。
「ヒトモシ!あいつを追い払うよ!“ナイトヘッド”!!」
「モォォォォシィィィ!!」
怨念のこもった幽霊のような声をあげ、ヒトモシが頭の炎の中から黒いエネルギーを飛ばす。
それはイワークの周囲に降り注ぎ、噴煙をあげた。
「モォォォォシィィィ!!」
『うらめしや~~』と聞こえてきそうな程の迫真の鳴き声を加えながら攻撃するヒトモシ。
それがイワークにはさぞ恐怖に映ったのであろう。
「イワッ……イワッ!」
イワークは命あっての物種だと言わんばかりに“ナイトヘッド”に追われて横道へと逃げていった。
イワークの這いずる音が聞こえなくなり、タクミはようやくホッと息をついた。
「ふぅ、とりあえずなんとかなったか……」
タクミは大きく息をつき、ベルトに巻き付いてたフシギダネの“ツルのムチ”をポンポンと叩いた。
心配してくれているフシギダネにきちんと伝わればいいのだが、多分大丈夫だろう。
「ヒトモシもお疲れ様」
「モシモシ」
タクミは岩の上で呪術師のように両腕を広げているヒトモシを抱き上げて、肩に乗せる。
ゴマゾウもタクミの傍にドリフトブレーキで停止し、鼻と耳をパタパタとさせて勝利を喜んでいた。
「うん、ゴマゾウもありがと。お前が最初に気づいてくれたんだろ?」
「パオパオ」
タクミは膝を折り、ゴマゾウを労う。
とにかく危険は去った。後は襲われてたクチートの様子を見るだけだ。
「キバキバ。キバァ!」
キバゴは両腕の“ダブルチョップ”を解除し、岩陰の裏に震えているクチートに声をかけていた。
「クチ……クチ……」
「キバキバ、キバキバ……キバ?」
クチートは岩の後ろから動かない。
そんなクチートをキバゴが覗き込んだ。
タクミはポケモン達を連れ、キバゴ達に近寄る。
「キバゴ、クチートの様子はどう?怪我とかしてる?」
「………キバ………」
「ん?キバゴ?」
キバゴがなぜかその場に固まっていた。
何か、様子がおかしい。
「キバゴ?」
動かないキバゴに業を煮やしたのか、ゴマゾウが軽い足取りでキバゴの肩を小突いた。
「パオパオ!」
「……キバ……キバキバ!キバキバキバ!!」
キバゴは突然我に帰ったように身体を震わせ、慌ててタクミ達に何かを訴えてくる。
そのキバゴの顔色が真っ青だった。
「キバゴ?」
明らかに只事ではない。
嫌な予感がした。
タクミは駆けだし、岩陰を覗き込んだ。
そこにいたのはやはりクチートだ。
そのクチートは岩壁に顔を押し付けてこちらに背中を向け、頭から生えた顎でキバゴやタクミ達を威嚇していた。
だが、その威嚇も口を開けているのがギリギリという様子で顎全体が震えている。
これでは相手を怖がらせるどころか、『近づかないでください』と訴えかけるので精一杯だ。
いくら臆病なポケモンでもこの怯え方は尋常ではない。
「クチート、大丈夫。安心して。ここにはもうお前を傷つける奴はいないから。大丈夫だよ。大丈夫」
「……クチ……クチ……」
タクミはクチートを刺激しないように手を伸ばす。
「クチィ!!!」
途端、大きく開かれていたクチートの顎が強烈な勢いで閉じられた。歯がぶつかり合って赤い火花があがった。
「あっつ……」
「パオン!」
「やめろゴマゾウ!大丈夫だ!火花が掠っただけだ!!」
この熱量は通常の顎の攻撃じゃない。今のは“ほのおのキバ”だ。
確か、通常はクチートが覚えない。このクチート、珍しいワザを覚えてるな。
それにしても……
タクミはチラリとキバゴに目を向ける。
こういう時に真っ先にタクミを庇ってくれるはずのキバゴが微動だにできずにいた。
キバゴは一体何を見たというんだ?
タクミの背筋に冷たい汗が流れ落ちた。
「クチート、大丈夫だからね」
タクミはしゃがんで膝をつき、すり足でゆっくりとクチートの隣に近寄る。
タクミは震えるクチートの顎を手の甲で少しどかそうとする。
「クチッ!」
顎がピクリと動き、タクミはすぐさま腕を引っ込めた。
だが、クチートは再び顎を開いて攻撃してくることはなかった。
「…………」
タクミは改めてクチートの顎に触れ、その頭に触れ、落ち着かせるようにクチートの頭を撫でる
「クチート。大丈夫だよ。大丈夫。お腹すいてない?後で御飯一緒に食べようよ」
柔らかな声でクチートに語り掛けるタクミ。
その声音がクチートをほんの少し安心させたのだろうか。
クチートがわずかにタクミを振り返った。
「……やっとこっちを向いて……ん?あっ、これか」
そのクチートは顔に黒い襤褸布がまとわりついていた。その布はクチートの両目の部分を覆い、ずり落ちた鉢巻きのようになってしまっている。おそらく、襤褸が絡まって取れなくなったのだろう。
これでは周囲が見えずにイワークの縄張りに入ってしまうのも仕方ない。
必要以上に怯えているのもそれが原因だろう。
「待ってろ。今取ってやるからな」
タクミはそうしてその襤褸布に手をかけた。
襤褸布はクチートの顔にピッタリとくっつく程に締め付けられており、よくもこう器用に絡まるものだと感心する。タクミはその襤褸布を外してやろうと布の端に爪を立てる。
「…………」
だが、タクミの爪は襤褸布の端に少し引っかかる程度で上手く力が布に伝わらない。
端っこがペラペラとめくれるばかりで一切ズレない襤褸布。
「……ん?」
タクミは首をかしげ、本格的に力を入れようと腰を据えて両手でクチートの頭を抱えた。
「クチート……ちょっとごめんね」
クチートの襤褸布の端に指をかけ、めくり上げようとする。
だが取れない。
ずらし上げようと力を籠める。
だが取れない。
幾重にも巻かれた布を一枚ずつはがそうとする。
だが、やはり取れない
「……………」
タクミの胸の中に嫌な予感が膨れ上がっていた。
タクミは襤褸布の全体像を視野に入れる。
結び目はどこだ?少しでも隙間があるところはどこだ?
タクミはその襤褸布に掌全体で触れ、そしてその感触に覚えがあることに気が付いた。
「なんだよこれ…………なんだよ……」
タクミの吐息が荒れる。心臓が高鳴り、頭の奥で血流がドクドクと音をあげていた。
「なんだよこれ!!」
洞窟の外で鳴り響いた雷鳴がこの場所まで聞こえてきた。
「こんなの、こんなの……」
あまりのことに言葉が出ないタクミ。
タクミはクチートの襤褸布のわずかな隙間に指をいれ、強引にはがそうとする。
「クチッ!!!」
痛みがあったのか、クチートは強引にタクミを顎で突き飛ばそうとする。
だが、タクミは強引にクチートを胸元に抱き寄せた。殴られようが、歯を立てられようが、まるで気にしなかった。そもそも、最早このクチートにタクミを押しのけるだけの体力は残っていなかった。
「……っ!!クチート……」
タクミは歯を食いしばり、その布切れを外そうと躍起になる。
それでも剥がれない黒い襤褸布。よくよく見ればそれは土で薄汚れたハンカチか何かだった。
それが、クチートの目をべっとりと覆って外れない。
外れるわけがなかった。
その襤褸布に染みついた乾燥したプラスチックのような感触。
それには覚えがあった。
『地球界』で少し複雑なプラモデルに挑戦した時に触れたものだ。
それは……
それは、『瞬間接着剤』の感触だった。
どこの誰かはわからない。
だが、間違いなく言えることがただ一つ。
これは、どこぞの『人間』が『悪意』をもってこのクチートの目を潰したのだ。
「くそがぁっ!!」
タクミの悪態が洞窟の中に響き渡った。