ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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やれることをやるしかない

クチートの襤褸布を外そうとするタクミであったが、すぐにその手を止めた。

その布はべっとりとクチートに接着しており、これ以上強引にはがせばクチートの皮膚や眼球を傷つけてしまいそうだった。

 

タクミは弱々しく暴れるクチートを担ぎ上げる。

 

「ちくしょう……ちくしょうが!!」

 

いつかららだ?いつからこのクチートは暗闇の中でこの洞窟を彷徨っていたんだ?

目を覆う襤褸布の風化具合からしても、昨日今日の話じゃない。こんな状態じゃ、食べ物や飲み水の確保だって簡単じゃなかったはずだ。

 

とにかく、一刻も早くポケモンセンターに連れていかなければならないことは確かだった。

 

「ゴマゾウ!入り口まで走れ!その途中にいる洞窟内の野生ポケモン達は全部追っ払え!!」

「パ、パオン!」

「ヒトモシ、出口まで走る!光源は任せた!」

「モシッ!」

「キバゴ!野生ポケモンが出てきたら勝手に応戦しろ!僕らを守ってくれ!」

「キバッ!!」

 

タクミは両腕でクチートを抱え、フシギダネの“ムチ”を辿るように走り出した。

腕の中のクチートはタクミが走り始めると、突然糸が切れたかのようにぐったりとしだした。

意識を失い、力が抜けたのだろう。眠った赤ん坊のようにズシリと腕にかかる重みが増す。

 

タクミはクチートを抱えなおし、飛ぶようにして洞窟を駆け抜けた。

 

タクミが入り口付近に戻ってくると、ゴマゾウから事情を聴いていたフシギダネが既にタクミの鞄から応急手当に仕えそうな道具をポンポンと地面に並べ立てていた。

 

だが、タクミはそのフシギダネの気遣いを無視して洞窟の出口へと走った。

 

洞窟の外は酷い嵐だった。

 

木々が横殴りの風に激しく揺れ、足元は洪水でも起きたかのように水浸しだ。雷が激しく鳴り響き、この中で岩山を下るなんて自殺行為もいいところであった。

タクミは少しでも山を下れる可能性があるのなら、荷物を捨てて雨合羽だけで雨の中を突撃しようとしていた。

だが、目の前の大嵐はそんなタクミの足を止める程の勢いで世界を荒らしまわっていた。

 

「くそっ……どうする……」

「クチ……クチ……」

 

熱っぽい呼吸をするクチート。それなのに、クチートの身体は徐々に冷たくなっていっている。

体温が下がると危険だということはヒトモシの一件で十分すぎる程にわかっている。

 

「……こうなったら一か八か……」

「ダネッ!!」

 

乾かしていた雨合羽を纏おうとしたタクミ。そのタクミの手をフシギダネの“ムチ”が止めた。

 

「フシギダネ!止めないでくれ!一刻も早く行動しないと!!」

「ダネダ!!!」

 

フシギダネはタクミを制するように吠え、腕を捩りあげた。

 

「いててて、フシギダネ!やめろ!!止めるなって……ぐあっ!!」

 

きっちりと関節を極められたタクミは痛みから逃げる為に地面に倒れ込むしかなかった。

 

「くそっ……フシギダネ!!」

「ダネ!!」

 

フシギダネが再び“ムチ”でタクミの腕を持ち上げた。タクミの視界に強引に腕を持っていくフシギダネ。その行動に疑問を感じたタクミは自分の腕についている道具を見て、ハッとした。

 

「あっ、そうか!ホロキャスターのSOS!!」

「ダネダ」

 

『ようやく気付いたか』と言いたげなフシギダネに一言礼を言い、タクミはすぐさまSOSボタンを押した。

1度の呼び出し音ですぐさま通信が繋がった。

 

「はい、こちらポケモンレンジャーです。事件ですか?救命ですか?」

「救命です!!」

 

タクミは咄嗟にそう言った。

 

「わかりました。治療が必要なのは人間ですか?ポケモンですか?」

「ポケモンです!」

 

だが、タクミが状況を伝えようとする前に、電話の相手は早急にこちらの会話を断ち切ってきた。

 

「わかりました。今、あなたがいる場所を教えてください」

「え、えと……」

 

タクミはタウンマップを開き、自分の正確な位置を把握する。

 

「えと、9番道路から少し外れた山道です……えと、ここはエルンホルンの麓ですかね……」

「わかりました。9番道路ですね。では、最寄の担当官にお繋ぎします。少々お待ちください」

「は、はい」

 

そして、ホロキャスターからの通信が待合音に変わった。

そのわずかな間がタクミの心に落ち着きを取り戻させていた。

 

「はい。こちらポケモンレンジャーです。まずはお名前を教えてください」

「はい!タクミです。斎藤拓海、『地球界』出身です」

「はい、タクミさんですね。いかがしましたか?」

「あ、すいません。えと、そのクチートを見つけたんです。それも顔に接着剤みたいなもので布が張り付けられていて、かなり衰弱しているんです。ポケモンセンターに連れていきたいんですが、この嵐で立ち往生しちゃって」

「わかりました。そのクチートは野生のポケモンですか?」

「野生です」

「はい、それで、あなたは今どこにいますか?」

「今はエルンホルンの麓にある洞窟です。そこでキャンプをしようとしていて、クチートを見つけたんです」

「わかりました。では、これからあなたにクチートの体調のデータを送っていただきます。ポケモン図鑑はお持ちですか?」

「はい!」

「では、これからこちらの手順に従ってください」

 

タクミは通信先から聞こえてくるポケモンレンジャーの指示に従い、クチートの健康状態をポケモン図鑑で調べていく。ポケモン図鑑にはクチートの体温や脈拍、呼吸状態や栄養状態なんかの数値が表示されていく。ポケモン図鑑には様々な機能が内包されていることは知っていたが、こんなこともできることは知らなかった。

 

タクミはその数値を相手に伝え、指示を待つ。

 

「わかりました。タクミさん。落ち着いて聞いてください。現状の嵐の中ではタクミさんのいる場所まで我々が到達するのは非常に困難です」

「……はい」

 

それは半ばわかっていたことだったが、今のタクミにはその言葉は死刑宣告と同等の重さがあった。

だが、無理なものは無理なのだ。

 

「そしてクチートですが。データを見る限りでは栄養失調をきたしています。できるだけ素早い栄養補給が必要です。タクミさん。ポケモンフーズはお持ちですか?」

「はい、あります」

「水やその他の食料はありますか?」

「えと……水は十分あります。それと“きずぐすり”と“どくけし”と“まひなおし”と……」

 

タクミは自分の手持ちの食料や道具、それと一緒に連れているポケモンのことも伝えた。

それらを聞き、通信先のポケモンレンジャーが『よし』と頷く気配があった。

 

「わかりました。それでは、こちらの指示を聞いてください。繰り返しになりますが、クチートに目立った外傷はないのですね?」

「はい!」

「わかりました。それでは、まずはクチートの保温をお願いします。クチートを毛布でくるみ、テントの中で……」

 

その後、タクミはそのポケモンレンジャーにクチートの応急処置的対応を教わった。

意識を失った相手への水分補給の方法や、消化のしやすいポケモンフーズの加工法、危険時のバイタルサインなどなど。

タクミはそれをホロキャスターのボイスメモに記録し、それと同時に『地球界』の学校でもらった“旅のしおり”の緊急時の欄外に簡単なメモとして残しておいた。

 

「それでは、タクミさん。クチートの状態が更に悪化した場合は、いつでもご連絡ください」

「はい」

「嵐は今日の明け方にはやみます。明日、またポケモンセンターへとクチートを連れていってください」

「はい!ありがとうございました」

「わからないことがありましたら、またご連絡ください」

 

その言葉を最後に切れる通信。

 

そして、タクミは意を決したように立ち上がった。

 

毛布でぐるぐる巻きにしたクチートを自分のテントの寝袋の中に寝かせて、保温を行う。

そして、クチートの口元に湿らせたタオルを当てた。口の中は体内の環境に非常に近く、湿らせてあげるだけでも十分な水分補給になる。

 

タクミはついてきたフシギダネにそのタオルと、飲み水を張った鍋を渡した。

 

「フシギダネ、クチートのことを頼む。何かあったらすぐに知らせてくれ」

「ダネ!」

 

フシギダネは“ツルのムチ”をくねくねと躍動させながら、力強く頷いた。

 

「キバゴ、水が大量にいるかもしれない。これを持って雨水をためてきてくれる?風で飛んでくる枝とかに気を付けて」

「キバ!!」

「ヒトモシ、フシギダネと一緒にテントの中に。少しでもクチートを温めてやってくれ」

「モシ!」

「ゴマゾウ!お前は僕を手伝って。クチートの為にきのみのスープを作る」

「パオン!」

 

とりあえず、クチートはすぐすぐ命の危険が訪れる状況ではないらしい。

バイタルサインの細かい数値の意味などわからないタクミには、ポケモンレンジャーの判断を鵜吞みにするしか方法はない。

 

今のタクミにできるのは、その判断を信じてクチートの為に少しでもやれることをやってあげることだった。

 

しかし、クチートの目に布を張り付けるなんて、一体全体誰がやったのだろうか?

何の理由があってこんなことをしたのかなんかわからない。

正直、知りたくもない。どうせ、まともな理由なはずがないのだ。

 

だけど、人間の悪意でポケモンが傷ついたことには変わりがない。

タクミは同じ人間としてこのクチートを救う義務があると感じていた。

 

タクミはゴマゾウにきのみを潰してもらい、その隣で固形ミルクや保存食のチーズを使ってスープを作っていく。

地球界で多少なりとも料理を覚えていて良かったと思う。

人生できることが多いにこしたことはないようだった。

 

「キバキバ!」

「キバゴ、水の確保ありがとう。その器はヒトモシに頼んでお湯にしてもらって。それと、次はそっちの器に雨水をためてきて」

「キバッ!」

「ゴマゾウ!次はこっちのポケモンフーズを細かく砕いて」

「パオパオ!」

「フシギダネ!できれば“ムチ”を一本ちょうだい!これ持ってて!!」

 

タクミはテントの中から伸びてきた“ムチ”に食材を乗せた皿を持ってもらいながら、鍋の中をかき混ぜていく。そのタクミの顔はどこまでも真剣だった。

 

しばらく、コンロのガスの音とスープが煮える音だけが洞窟内を包む。

そして、スープに十分にトロミが出てきたのを確認し、タクミはそのスープを器によそう。

 

「ふぅ……これでよし。ゴマゾウ、フシギダネ、ありがとう。キバゴ!水はもう十分だからもう戻ってきて」

 

手持ちの器の全てに並々と雨水をためてくれたキバゴを労い、タクミはキバゴにタオルを投げ渡した。

キバゴはシャワーを浴びた後のようにずぶ濡れの身体をタオルで拭く。自分で届かない場所はゴマゾウに拭いてもらいながら、キバゴはペタンと尻もちをついていた。

 

タクミがテントの中に入るとフシギダネがチラリとこちらに視線を投げてくる。

 

「フシギダネ、クチートの様子は?」

「ダネダ……」

「モシ……」

 

フシギダネが険しい顔をして、ヒトモシが顔を落とした。

タクミはもう一度ポケモン図鑑を開き、クチートの体調を確認する。

 

「……っ!!」

 

タクミの身体が硬直した。

さっきより状態が悪くなっている。

 

ポケモンレンジャーの人に教えてもらった危険域にはまだ遠いが、それでも悪い方向に進行していることは間違いなかった。

 

タクミは寝袋の傍に膝をつき、クチートの身体に手を置いた。

 

ヒトモシがしっかり温めてくれているので、保温はできているようだがその身体全体にじっとりとした冷や汗が滲んでいる。温めているはずなのに、クチートの身体全体は小刻みに震え続けており、タクミは「くそっ」と小さく吐き捨てた。

 

「クチート……起きれるか?スープを作ったんだ。飲めるか?」

「……クチ…………」

 

クチートの身体がわずかに身じろぎする。それが意識を取り戻したのか、寝返りをうっただけなのかもわからない。タクミはスプーンでスープをすくい、それをクチートの口元へと持っていく。

 

「クチート、食べるんだ。栄養のつくきのみを入れてるんだ。食べてくれ……」

「……………」

 

クチートの口の中にスープを注ぎ込む。だが、スープは入れる傍から口の端からこぼれていき、クチートをくるむタオルに吸いこまれていく。

 

「………クチート……頼む……頼む」

「……クチ……」

 

その時、クチートの喉元が少し動いたような気がした。

 

「クチート!?」

「……クチ……」

「そうだ、食べるんだ。食べれば元気になる」

「……………」

 

タクミがクチートの口元にスープを再び持っていく。

クチートはその香りに釣られるように首を少し動かし、口の先でスープに触れた。

目が見えないから触覚で食べ物を探しているのだ。

 

「………クチ―ト……」

 

タクミは根気強くクチートがスープを飲むのを待った。

そして、クチートが一口スープを飲む。

 

「……いいぞ……クチート……」

 

タクミはもう一度スープをクチートの口元へと持って行った。

だが、クチートは動かなかった。

 

「……………」

「クチート?」

 

タクミはスプーンを更に戻し、クチートの身体に触れる。

クチートの身体の震えが止まっていた。息が先程よりも一段と荒くなっていた。クチートの身体から噴き出す汗が先程とは桁違いに増えていた。

 

「………これは……」

 

タクミはスープの入った皿を乱暴に床に置き、再びポケモン図鑑を取り出してバイタルをチェックした。

そこに表示される数字を見て、タクミの顔が一気に青ざめた。

 

「………ヤバイ!!」

 

タクミは素早くSOSコールを押した。

今度は仲介役を経ることなく、直接先程のポケモンレンジャーへと繋がった。

 

「はい、ポケモンレンジャーです。タクミさんですね?何かありましたか?」

「クチートが!クチートの状態が……!!」

 

そして、クチートの数字を伝えようとしたその瞬間だった。

 

一際大きな雷が落ちた。

 

稲光から音が鳴るまでには非常に時間がかかったが、それでもタクミの臓物に衝撃を与える程の大音量だった。

どこかで雷が落ちたのだ。その落ちた場所はタクミにはわからないし、ここから遠いなら正直どうでもいい。

 

だが、問題はそこじゃなかった。

 

その強烈な雷が周囲の電子機器を一時的に麻痺させたのだ。

 

タクミは通信の切れた画面を絶望的な顔で見下ろした。

その後も何度も通信を試みるが、ホロキャスターは雷の電磁波か何かでバグを起こしたらしく、正常に機能しない。

 

ポケモン図鑑は無事であったが、それでわかることといえば悪化を続けるクチートの体調だけだった。

 

「ちくしょう!!」

 

タクミはホロキャスターを撒いた手を地面に振り下ろした。

ゴッと鈍い音がして、タクミの拳に痛烈な痛みが走る。

だが、タクミにはそんな痛みすら些細なことにすぎなかった。

 

ポケモン図鑑に表示されたバイタルサインが危険域に入り、警告音が虚しく響く。

 

タクミは意を決して、テントを出ていく。

 

「ダネ……」

「モシ……」

 

フシギダネとヒトモシがテントの出入り口からタクミの背中を心配そうに見送った。

 

「キバ?」

「パオ?」

 

キバゴとゴマゾウがタクミのただならぬ気配を察し、その後ろをついていく。

 

タクミは洞窟の外の嵐を見に来ていた。

 

この嵐は明け方には過ぎていくらしい。

タクミは頭の中で小学校の理科の授業で習った天気の話を思い出していた。

 

『台風というのは常に同じ向きで回っています。だから、最初に台風が来たときの風向きと、台風が終わりかけの時の風向きが逆になるんですよ』

 

洞窟の外の風向きは、最初と完全に逆になっていた。

雨脚の強さは変わらないが、雷の頻度自体は減っており、横殴りの風も突風とは呼べない程度に落ち着いてきていた。

 

クチートを見つけて飛び出そうとした時はよりはまだ希望のありそうな空模様。

 

タクミはその嵐を睨みつけ、踵を返した。

タクミはキャンプの前に戻り、クチートの為に作ったスープを5等分する。

きのみやポケモンフーズを使った栄養満点のスープだ。消化もいいし、人間が食べても同じぐらい身体に良い。

タクミはそれを器に注ぎ、自分の前に並べた。

 

「みんな……ちょっと来てくれ」

 

タクミが声をかけると、ポケモン達はゆっくりとした足取りで自分達の器の前に整列した。

彼等にはタクミがこれから何を言い出すかわかっているようだった。

 

「みんな……僕はこれから、この山を下る……」

 

テントの中からポケモン図鑑がバイタルの危機に延々と警告音を鳴らしていた。

 

タクミは自分の大切な仲間達の顔を順に見渡していく。

 

「キバゴ、フシギダネ、ゴマゾウ、ヒトモシ……みんな、力を貸してくれ」

「キバ!」「ダネ!」「パオ!」「モシ!」

 

一斉に頷き返す仲間達。

 

タクミは誓いの盃を飲み干すかのように、自分の目の前のスープを一気に煽る。

それに倣い、ポケモン達もスープを一気に飲み干した。

 

「行くぞ!みんな!」

「キバァ!」

「ダネェ!」

「パオン!」

「モッシ!」

 

タクミ達は僅かに弱まった嵐を前に、覚悟を決めた。

 

タクミは荷物のほとんどをこの場所に置いて行くことにした。

この嵐の中ではクチートを抱えるだけで手一杯だ。余分な荷物を持つ余裕はなかった。

運の良いことにタウンマップは生きており、タクミはそれをビニールで包み、ロープでくくって首から下げる。

夜の森を嵐の中で進んでいくのだ、地図を失えば命取りになる。

 

タウンマップが首から落ちないことを確認したタクミは以前やったようにフシギダネに背中に張り付いてもらった。フシギダネは“ツルのムチ”をタクミの腰や肩に巻きつけてハーネスのようにして身体を固定する。

そして、今回はタクミの胸元に毛布でくるんだクチートを縛り付けてもらった。

クチートを絶対に落ちないように抱え、できるだけ負担の少ない姿勢で固定する。

これならばタクミが少し前傾姿勢を取ればクチートを雨風から守ることもできる。

タクミは胸元にクチートを抱き、背中にフシギダネを背負ったままその上から雨合羽を被った。

 

ヒトモシはキバゴに抱えてもらい、ゴマゾウはいつでも走り出せるように鼻息を荒げている。タクミは緩みかけていた靴紐を結びなおし、目の前の嵐を睨みつける。

 

タウンマップ通りならば、真っすぐに森を抜ければコウジンタウンまでは然程の距離はない。

だが、夜の森の中で道なき道を行くのは流石に危険すぎる。少し迂回路になるが、すぐ近くに森の中に作られた間道がある。そこを通れば希望はある。

 

タクミは胸元の熱を帯びたクチートの吐息を聞き、毛布の上からクチートを撫でる。

 

「クチート……ちょっと我慢してくれよ……すぐにポケモンセンターに連れていってやるからな」

 

そして、タクミは小さく「行くぞ!」と呟き、嵐の中に飛び出した。

 

「パオォオオン!!」

 

ゴマゾウが身体を丸めて転がり、道の上の水たまりを勢いよく弾き飛ばしていく。

ゴマゾウの嗅覚はポケモンの中でもトップクラスだ。雨が降っていても、人間の通り道の匂いを見失うことはない。

タクミはゴマゾウに道を先行してもらい、道案内を頼んでいた。

 

結果は予想以上だった。この嵐の中でもゴマゾウの身体は目立つ。泥を弾きながら転がっていくゴマゾウは良い目印だった。

 

タクミはタウンマップを時折確認しながら、衝撃が胸元にいかないように走る。

風向きは生憎の向かい風。目に飛び込んでくる雨粒を何度も拭いながらひたすらに走る。

途中、ゴマゾウが泥だらけの案内板を見つけてくれたおかげでタクミは迷うことなく森の中の間道へと進むことができた。

 

入り込んだ間道は今までの道と比べても一際酷いものであった。

 

おそらく、この道はタクミがキャンプを張ったあの発掘場所へ向かう道であったのであろう。だが、この道はあそこが閉鎖して完全に役割を失った。昔は踏み固められていた地面は下草が生え放題になっており、タウンマップを見ていなければすぐに道に迷いそうになる。

 

正直、ゴマゾウが先行して下草を踏みつぶして道を作りなおしてくれなかったら、間違いなく迷っていた。

 

「モッシ!!」

 

ほとんど真っ暗な夜道、特に森の中に入ってからは世界の大部分が闇の中であった。その中をヒトモシが次々と“おにび”を飛ばして明るく照らしていく。タクミも予備の懐中電灯は持っていたが、片手はタウンマップで塞がり、もう片方の手はクチートに揺れがいかないように支えている。こんな状況では懐中電灯は使えない。タクミは光源を全てヒトモシに任せることにしていた。

 

【ほのおタイプ】のヒトモシは雨の中は辛い。

それでも、ヒトモシは顔色一つ変えずに数メートル毎に炎を飛ばして道を照らしてくれる。

“おにび”に照らされた森の中の間道はまさに地獄への道案内のような演出であったが、今のタクミとってはそんな恐怖を煽りそうな景色も目に入っていない。

 

今のタクミの頭にあるのは一刻も早くポケモンセンターに駆け込むことだけであった。

 

その時、一際強く風が吹いた。

 

木々が揺れ、タクミの足が止まる。

 

「キバァ!!」

 

その瞬間、何かを察したキバゴが吠えた。

 

先行していたゴマゾウが止まり、ヒトモシが“おにび”を放とうとしていた手を止めた。

 

「キバァ!!(何かに掴まれ!!)」

 

すぐさま、皆が行動に移った。

 

一拍置いた後、強烈な風が吹きすさぶ。

 

森の中だというのに吹き抜ける風がまるで弱まってくれていない。それだけこの嵐が強いのだ。ゴマゾウが近くの木に鼻でしがみつき、キバゴはヒトモシを抱えて少しでも風の影響を落とそうと地面に伏せていた。タクミも腰を落とし、風に耐えようとする。

 

だが、この中で一番表面積が大きいのが人間であるタクミだ。

タクミの身体が風に煽られて浮き上がった。

 

「うっ、うぉっ!!」

「ダネッ!!」

 

その時、フシギダネが“ムチ”を伸ばし、手近な木にしがみついた。

 

「フシギダネ!」

「ダ、ダネ!!」

 

片側の“ツルのムチ”で木にしがみつき、もう片方の“ツルのムチ”でなんとかタクミを支えるフシギダネ。

だが、いくら“ムチ”のパワーが高いからとはいえ、限界はあるのだ。

 

「ダ、ダネ……」

 

フシギダネの身体がタクミの背中からずり落ちていく。それと同時にクチートの身体の固定も緩みそうになる。

タクミはクチートだけは落とすまいと胸元を強く抱きしめた。

 

「モッシ!!!」

 

不意に、タクミの背中にかかる重さが消えた。

一瞬、フシギダネが落ちたのかとも思ったが、すぐにフシギダネの身体が浮遊していることに気づいた。

 

それは、ヒトモシの“サイコキネシス”だった。

 

そして、ヒトモシが【エスパータイプ】のワザに集中できているのは、キバゴがヒトモシの身体をこの暴風の中でもしっかりと支えているおかげだ。

 

「キバゴ!ヒトモシ!ありがと!!」

 

その強風はすぐに止まり、タクミはフシギダネに“ツルのムチ”を巻きなおさせた。

 

その時だった。

 

タクミの頭上でバキバキと木が割れるような大きな音がした。

 

音に釣られてふと上を見上げる。

 

目の前に大きな闇があった。

 

それは、太い木の枝だった。枝葉を大量につけ、視界を覆うぐらいに茂った太い枝がタクミ目掛けて落ちてきていた。

 

「くそっ!!」

 

胸元を庇って丸くなったタクミ。

その枝は他の木々に引っかかりながらも真っすぐに落ちてくる。

直撃する、と思われたその直前。

 

小さな影が飛び上がった。

 

「キバァァァ!!」

 

闇の中を2閃の紫の炎が走り抜けた。十字を切るように放たれた炎がその枝を切り裂く。

キバゴの“ダブルチョップ”がその枝を4つに焼き切り、吹き飛ばした。

 

「キバゴ……助かったよ」

「キバキバ!」

 

キバゴは頷き、再びヒトモシを抱えて走り出す。

ゴマゾウもタクミ達の無事を確認して先導を再開した。

 

コウジンタウンへの道のりももう半分。

タウンマップ通りなら、もうすぐ舗装された道路に出る。

 

タクミは痛む脇腹を殴りつけ、乳酸の溜まりだした足に悪態を吐きながら山道を走り続けた。

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