ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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僕は馬鹿なのか

涙を流しきったクチートはどこか身体の強張りが抜けたようになっていた。

目は泣き過ぎて腫れぼったくはなっていたが、固い表情は消えて少しだけ笑顔を見せられるようにもなっていた。

 

とはいえ、それはあくまでも表面上のことだろう。

 

クチートの心に刻まれた傷が一度や二度涙を流した程度で簡単に消えるとは思っていない。

ただ、クチートがそれを見せないようにしているのならそれを尊重してやるのもまた優しさだろう。

 

頑張って耐えてる人間に必要以上に手を貸すのは相手の努力を否定することになるとタクミは知っていた。時には『手を差し出さない』という優しさもある。大事なのは相手が限界が近づく前にキチンとそれに気づいてやれることだ。

 

そして、そのことに関してはタクミはかなりの年月を試行錯誤して過ごしてきている。

 

タクミはアキを相手にしていた時のことを思い出しながらクチートに接することにしていた。

 

時刻は既に昼過ぎ。泣き止んだクチートと一緒に遅めの昼ごはんを食べたタクミとポケモン達。

タクミ達は人もポケモンも今まで食べ損ねた分を取り返すかのように猛烈な勢いで食事を掻っ込んでいった。食べ盛りのタクミは勿論、朝飯を食べ損ねたゴマゾウとキバゴは鬼気迫る形相であった。

そんな中、クチートは少し小食気味なこともあって控え目な量で良かった。

 

だが、ここに予想外の強敵が現れた。

 

ヒトモシである。

 

「モシモッシ!」

「クチ……」

 

ヒトモシがクチートの皿に山盛りの御飯を追加したのである。

タクミのポケモンの面々はフシギダネも含めてやや大食らいなので、平均的食事量が実は多い。

その感覚のままヒトモシはクチートに御飯をよそったのである。

 

「モシモッシ!」

「……クチ……」

 

完全なる善意でニッコリ微笑むヒトモシ。『たぁんとおあがり』という一欠けらの不純物を含まないその笑顔を前にしてクチートは引きつった笑みを浮かべつつ、御飯を食べていった。

 

一通り食べ終え、腹いっぱいで満足そうな面々。

少々辛そうな顔をするクチート。

 

「……クチ……」

「モッシ?」

「クチクチ……」

 

食事の量が多かったのなら残せばいいのに、多少苦しんでも食べきってしまうのはやはりこのクチートの性分だろう。

タクミは世話焼きのヒトモシがお節介になっていたことに後から気づき、少し反省した。今後は注意しようと頭の中のメモ帳に書き留めておく。

 

そして、一息ついたとこでクチートは改めてタクミのポケモン達と顔合わせをすることになった。

 

「キバキバ!キバァ!!」

「……クチ」

「キバキバ!」

 

クチートと握手をしてその手をブンブンと振り回すキバゴ。そのテンションの高さにクチートは困惑しているようであったが、拒絶する程ではなさそうだった。

 

「キバキバキバ!キバァ!!」

 

キバゴは何度も自分の胸をバンバンと叩き、自己アピールを繰り返す。

『困ったらいつでも頼ってくれ!』とでも言っているのだろうが、そんなキバゴをタクミやフシギダネは斜目で見ていた。確かにバトルや咄嗟の時の判断力は優れているキバゴであるが、日常生活で頼りがいがあるかと言われると非常に疑問である。

 

なにせ、キバゴは旅の間にしょっちゅう盗み食いを企み、その度にフシギダネかタクミが制裁を加えている。

そのキバゴがまるでリーダーのように振舞うのを見るのは少々引っかかるものがあるタクミであった。

 

「まぁ、いいや。クチート。とりあえず、ここにいるのが僕の仲間達だよ」

「クチ……」

「まぁ、いきなり仲良くしろとは言わないから。追々ね」

「…………」

 

タクミがそう言うと、クチートは何か困ったことがあるような顔でタクミを見上げてきた。

 

「ん?どうしたのクチート?」

「………クチ……」

 

クチートは何かを言おうと口を開いたが、結局それ以上何かを続けることなく口を噤んで俯いてしまった。

 

「ん?クチート?」

「キバ?」

 

タクミとキバゴがクチートの顔色を窺うが、クチートはやはり何か言いたいことを抱えたままで何も言おうとはしなかった。タクミはゴマゾウやヒトモシにも目線で問いかけてみたが、両者とも首を傾げるばかりでわからない。

 

誰もが疑問符を浮かべる中、フシギダネだけはそのクチートの『悩み』に気づいていた。

ただ、フシギダネは『それを教える必要はない』とでも言うかのように知らんぷりを決め込む。

 

「ダネダ、ダネダネ?」

「ん?何、フシギダネ?」

「ダネ?」

 

フシギダネは“ツルのムチ”で窓の外と部屋の隅に置かれているタクミの荷物を指した。

その荷物は今朝方レンジャーの人が届けてくれたタクミの荷物だ。

中身は既に整理されており、いつでも旅に出発できる用意はある。

 

タクミはフシギダネの質問を察し、首を横に振った。

 

「いや、フシギダネ。今日は旅に出発しないよ」

「ダネ」

「うん。今日は『地方旅』はお休み。だからさ、コウジンタウンの観光に行こうよ」

 

タクミがそう言うと、すぐさまキバゴが目を輝かせてタクミの肩に飛び乗った。

 

「キバキバァ!」

 

握りこぶしを突き上げて『出発進行!』と声をあげるキバゴ。

そんなキバゴにフシギダネが『やれやれ』と首を横に振り、ゴマゾウがケラケラと笑う。ヒトモシはニコニコとした微笑みを浮かべて急いで昼食の片付けに取り掛かっていた。タクミはヒトモシからお皿を受け取り、立ち上がった。

 

フシギダネは『なら今日は休んでる』と言いたげに自分からモンスターボールの中に戻り、ゴマゾウはヒトモシを鼻で掴んで自分の背中に乗せた。

 

そして、タクミはクチートに向けて手を差し出した。

 

「クチート、一緒に行こうよ」

「……クチ」

 

一瞬、何を言われたかわからないという表情をしたクチート。

そんなクチートに向けて、タクミは満面の笑みを向けた。

 

「観光だよ、観光。せっかくのいい天気なんだからさ。部屋に閉じこもってるなんてもったいない。歩くのがきついなら抱えてあげるけど、どうする?」

 

クチートはタクミの言葉の意味を噛み締めるように息を飲む。

 

「……………」

 

押し黙ってしまうクチート。

 

タクミはクチートが答えを出すのを待つ。

 

そして、クチートはほんの少しだけタクミに向けて手を伸ばした。

 

「……へへっ」

 

タクミはそのクチートの手を引き、一気に胸元に抱え上げた。

クチートの平均体重は11.5kgと言われているが、このクチートは明らかにそれより軽かった。

タクミがクチートを向かい合わせになるように抱っこする。クチートを左腕に乗せて腰かけてもらうように体重をかけてもらい、右手でクチートの背中を支えて安定させる。

 

キバゴは肩から飛び降り、タクミが持っていた食器を受け取る。

 

「よし。それじゃあ、しゅっぱーつ!」

「キバァ!」

「パオン!」

「モシッ!」

 

楽しそうに腕を振り上げて声をあげるタクミとポケモン達。

 

そして、タクミ達は何かを期待するかのようにクチートの方に目線を向けた。

 

「…………」

 

困惑した目をするクチート。

 

それはクチートの世界にはなかったものだった。野生の時は常に1人だった。前のトレーナーと一緒に過ごした時にもこんな要求はされたことがなかった。

 

クチートはタクミやポケモン達の行動を1つずつ目で追う。

 

期待に満ちた視線。

 

今までクチートが向けられてきた『期待』と言えば、『やるべきことをやれ』というある種の脅迫を伴うものだった。だが、今クチートに向けられているのは陽だまりの中にいるような温もりだ。

 

クチートはおずおずと小さな腕を持ち上げた。

 

「……クチ……」

 

それを見てタクミ達はより一層笑みを深くする。

 

「よっしゃ!行くぞぉ!!」

「パオン!」

「モッシ!」

「キバァ!」

「……クチ…」

 

タクミ達は行進曲(マーチ)でも唄い出しそうな勢いでコウジンタウンへと繰り出していった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

コウジンタウンは表向きは観光の町だ。だが、その実態は学問の町でもあった。

当初は海に棲むポケモンの研究が始まり、水族館が出来て発展した。だが、調査中にポケモンの化石が見つかり、さらに学問の幅が広がった。訪れる学者の数が大きくなると連鎖的に関わる人間の数も増えていく。町は大きくなり、水族館や博物館に展示されるデータも充実する。

 

そうやって次第に有名になっていったのがこのコウジンタウンである。

 

観光を産業にしているだけあって、町中にはお土産を売る店が目立ち、観光客と思われる人の姿も目立つ。

その中には地球界から来たであろうトレーナーのグループもいるようだった。やけに女子が目立つのは、近々この辺りでトライポカロンが行われるかららしい。

 

道行く人のうわさ話に耳を傾けながら、タクミは名物の化石クッキーを食べ歩きする。

 

「パオパオ!」

「モッシ」

 

ヒトモシが“サイコキネシス”でクッキーの袋を皆の間を行ったり来たりさせ、キバゴやゴマゾウが遠慮なしにそれをつまんでいく。

 

「キバキバ!」

「パオン!!」

「こら、二人共、あんまり食べ過ぎちゃだめだからね!クチートとヒトモシも食べるんだから!」

 

一応、モンスターボールの中にいるフシギダネの分は最初に確保しているが、油断はならない。

タクミにはキバゴがフシギダネの分のクッキーを狙っているような気がしていた。

 

「ったくもう……」

 

溜息を吐きながらもタクミは胸元のクチートをチラリと見降ろした。

クチートは手に取ったクッキーを珍しい食べ物であるかのようにキラキラとした目で見つめていた。クチートはクッキーを小さく齧りながら、その甘さに唇の端を緩めている。

 

『甘いものが好きなのかな……』

 

タクミはそんなことを考えながら町の中の主要な観光名所を巡っていった。

 

化石研究所では復元されたポケモン達が暮らすエリアを見学した。

 

キバゴがアマルルガにちょっかいをかけて怒らせてしまい、凍らされてしまうなんて一幕もあった。タクミ達はヒトモシに溶かしてもらうキバゴを見ながら呆れたように笑った。

 

その後は、化石の復元現場を見せてもらったり、発掘体験をさせてもらったりとなにかとイベントの絶えない時間を過ごした。

 

化石研究所を出る頃には既に夕方になっていたが、日が沈んだら沈んだらで別の楽しみもある。

ここの水族館は夜も遅くまで営業しているのだ。普段はなかなか見ることができない夜間の海の世界。

 

所謂ナイトアクアリウムというやつだ。

 

タクミ達はブラックライトでライトアップされた神秘的な夜の水槽を堪能した。

 

ランターンやチョンチーの幻想的な光に見とれ、メノクラゲ達の神秘的な揺らめきに目を見張り、ネオラント達の人をリラックスさせるような色合いに肩の力を抜く。

いつもは煩いキバゴもその場の空気に呑まれたように感嘆の声を漏らすにとどまっていた。

 

そして、タクミ達はその水族館の最奥へとやってきた。

 

それは、カロス地方最大の水槽。容量500L。深さ7m。一つの水槽に50種類ものポケモンが同居している。

様々なポケモン達が緩やかな流れのある円形の水槽の中で波に揺られていた。

水槽の底の方で眠るポケモン。月明りが届きそうな水面近くで眠るポケモン。夜の方がむしろ自分達の時間だと楽しそうに泳ぐポケモン。

 

圧倒される、というのはこういうことなのだろうと思った。

 

まるで、本当に海の底に足を踏み入れてしまったのではないかと思える程の臨場感。

ブラックライトだけという薄闇の環境がその感覚を更に助長する。

 

タクミは目が後4つ程欲しいという欲求にかられた。見たいものが多すぎて、視界が足りなすぎる。様々なポケモンの動きを追っているうちに瞬く間に時間が過ぎていくようだった。

 

タクミは水面近くを悠然と泳ぐマンタインの影を追いかける。

 

そんな中、タクミは自分の服がギュッと強く握られているのを感じた。

 

「ん?……クチート?」

「………」

 

タクミの服を掴むクチート。タクミはクチートを抱えなおして、その顔を覗き込もうとする。

だが、クチートはタクミの視線を避けるようにその顔をタクミの胸元に埋めていた。

 

どうしたのだろうか?気分でも悪いのだろうか?

 

呑気にそんなことを想っていたタクミだったが、ふとクチートの肩に目をやる。

その肩が何かに怯えるように小刻みに震えていた。

それを見た瞬間、タクミは息を飲んだ。

 

「キバゴ!ゴマゾウ!先に行くよ!」

「キバ?」

「パオン?」

 

タクミは一目散に走り出した。水槽に見向きもせずに水族館の廊下を駆け抜け、向かった先は通路から離れた休憩所。自動販売機が立ち並び、ソファの並ぶ休憩所。白い蛍光灯の明かりの下でタクミはソファに座り、クチートの頭を抱えるように胸元に抱きしめた。

 

「クチート……ゴメンな……」

 

クチートの背中や肩や手は驚くほどに冷たくなり、全身に冷や汗が噴き出ていた。

タクミは自分を戒めるように唇を噛み込んだ。

 

僕は馬鹿か……考えればわかることだろ…

 

「そうだよね……暗いとこは……嫌だよね……」

「………」

 

あれだけのことがあったクチートだ。闇が怖いのは当たり前だった。

 

タクミは自分の考えなしの行動に心の底から反省する。

クチートも普通の小さな水槽が並ぶ通路なら平気だっただろう。他に気を紛らわせられるものもあるし、キバゴやゴマゾウが時折間抜けな声をあげていた。

 

だが、あれだけ深くて大きな水槽だ。タクミでさえ、暗闇の中に吸いこまれそうになる感覚があった。

それをクチートが感じればどうなるかぐらい想像がついても良さそうなものであった。

 

タクミはクチートを安心させようとするかのようにその背中をポンポンと叩く。顔を押し付けてくるクチート。涙こそ流れてはいないようだが、その顔が恐怖に引き攣っていることはクチートの顔を見ずともわかる。

 

そんな時、ポン、と音がしてタクミの腰のモンスターボールからフシギダネが飛び出してきた。

 

「……ダネダ」

 

すぐさまキバゴとゴマゾウも駆けつけてきて、ヒトモシがタクミの傍に飛び移ってくる。

 

「モッシィィィィィィ」

「うん。もうここは明るいから、これ以上照らさなくていいよ」

「モッシ……」

「キバキバキバ!!」

「そうだね、クッキーでも食べようって……それ、フシギダネの分でしょうが」

「ダネダ」

「え?いいの?」

「ダネ」

「パオン?」

「って、ゴマゾウの分も食べていいの?……って、それ、ヒトモシとクチートの分の残り……」

「パオン!」

「まったく……」

 

昼間のクッキーを取り出したポケモン達。静かに賑わいを見せる彼等であったが、その声すらクチートには届いていないようだった。タクミは冷えきったクチートを温めるように、その身体を擦ってあげる。

 

キバゴ達は思い思いにソファの上に登り、いつも通りに過ごしていた。

ゴマゾウと戯れ合うキバゴ。ヒトモシの頭の炎で影絵を作って見せるフシギダネ。

タクミはこんな時でも笑顔を絶やさない仲間達を頼もしく思いながらクチートを待ち続ける。

 

そのうち、クチートの体の震えも落ち着いてくる。

タクミはクチートの体の力が緩んだのを見計らい、声をかけた。

 

「クチート、気分はどう?」

 

クチートはタクミの胸元から少し身体を起こし、小さく頷いた。

だが、その視線の先は虚ろのままだ。目隠しを去れていた時と同じように何も見えていない瞳だ。

それでも、クチートの小さな手はタクミの服の裾を握り込んだままだ。

 

『もう闇の中に置いて行かれたくない』『もう孤独の中に戻りたくない』

 

クチートの痛いほどの気持ちがその手から伝わってくる。

 

あんな体験をした後ではこうなってしまうのも仕方がない気がした。

 

タクミはフシギダネが差し出してくれたクッキーを受け取り、クチートに手渡す。

 

「……クチ……」

「いいんだよ。お食べ。フシギダネもいいって言ってるし」

「ダネダ」

 

渋々、と言ったように頷くフシギダネ。

クチートはその言葉に従うかのようにクッキーを咀嚼する。

 

ただ、それでもクチートは昼間に見せてくれたような仄かな笑みすら見せてくれなかった。

 

タクミは出かかった溜息を鼻息にしてゆっくりと吐き出した。

フシギダネもそんなタクミに同調するように長く、深く鼻息を吐く。

 

クチートの心の傷はタクミが思っていた以上に深く、重くクチートに刻まれているようだった。

 

だけど、焦る必要はない。

 

タクミは自分に言い聞かせるようにして気持ちを切り替える。

 

この『地方旅』の1年だけじゃ足りなくても、そこから先にだって時間はいくらでもある。今はただ、クチートの小さな手を離さないようにしてあげることだけが、大事だった。

 

「クチート、もう帰ろうか?」

 

そう言うと、クチートは小さく息を飲んだ。

『自分のせいで観光が中断になる』とでも考えていそうな顔だった。

実際問題、そろそろいい時間なので切り上げるタイミングであったのだが、クチートからはそう捉えることはできないだろう。

 

何か他に言い訳はないだろうか。

 

そんなことをタクミが考えた次の瞬間だった。

 

キバゴの腹の虫が盛大に悲鳴をあげた。

 

「…………キバ……」

 

顔を赤くして照れた仕草をするキバゴ。言葉を失うクチート。

 

そして、キバゴの腹の虫は2割増しの音量で再度鳴り響く。

 

「はいはい。キバゴが腹ペコなので。帰りますか」

「キバ~」

 

『参ったなぁ~』というキバゴに、ゴマゾウやヒトモシが斜目になってペシペシと張り手を入れる。

先程までクッキーの大半を食べつくしておきながらまだ腹の減るキバゴに呆れているのだ。

 

タクミはクチートを抱えなおして立ち上がる。

 

「さて、帰るか」

 

ポケモン達の返事を聞きながら、タクミはキバゴと目配せをする。

キバゴから不器用なウィンクが飛んできて、タクミもこっそりと親指を立てる。

 

「……ほんと、いい相棒だよ。お前は」

「クチ?」

「気にしない気にない。さっ、帰ろう」

 

そして、タクミ達は夜の水族館を後にしたのだった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

街灯に照らされた街中、星と月の光に照らされながら海沿いの道を行く。揺らめく波に反射して白い煌きが海を彩り、絶え間なく続く波の音がどこか眠気を誘う。

先頭はキバゴ。その後ろにヒトモシを連れたゴマゾウ。

最後にクチートを抱えたタクミが付いて行く。その足元にはどこか不貞腐れたような顔でフシギダネが足を引きずりながら歩いていた。

 

キバゴ達はフシギダネに合わせて歩幅を緩め、じゃれ合いながら道を歩いて行く。

 

「キバキバ!」

「パオン!」

「モシ!モッシモッシ!」

「ダネダ……」

 

何を言っているのかわからないが、キバゴとゴマゾウが馬鹿なことを言って、ヒトモシがツッコミ、フシギダネが頭痛を覚えているのはわかる。

そんな彼等をクチートは不思議な生き物でも見るかのような目で見つめていた。

 

「………クチ……」

「そんなに奇妙かい?クチート」

「クチ」

 

ポケモンを連れ歩き、友人達と近くのコンビニにでも出かけるかのような気安さで戯れる。

そんな関係性はクチートが今まで経験したことのないものだった。

 

「トレーナーとポケモンの間にはいろんな関係性がある。友達だったり、家族だったり。もっと温かな関係も、もっと冷たい関係もある。でもねクチート」

「……クチ」

「結局のところ、相手を尊重するかどうかなんだよ」

 

タクミはキバゴ達のことを下に見たことはない。

 

ポケモンバトルにおいてはキバゴ達は確かに駒の1つであり、勝つための戦術の為には捨て石にすることもあるだろう。だけど、タクミはポケモン達の人格や意志を否定したことはなかった。

 

「相手が何をしたいか、何をしたくないのか、何が嫌いで何が好きか……それを理解して、付き合っていくことが僕はトレーナーとポケモンの最低限のラインだと思っている」

「……クチ……」

 

タクミはアキとの闘病生活でそれを嫌という程に味わってきた。

相手のことを理解しない善意は押し付けでしかなく、相手に理解が及ばない行動は悪意になりうる。

タクミは幾度となく失敗を繰り返し、そのことに思い当たったのだ。

 

「だからクチート。僕は君のことが知りたい。そして、君にも僕のことを知って欲しい」

「……クチ……」

「尊重するってのは、一方的なものじゃダメなんだ。僕がキバゴ達のことを理解して、キバゴ達も僕のことを理解して、そうして僕らは本当に相棒になっていくんだと、僕は思う」

「……クチ……」

 

クチートはその言葉にふと昔のことを思い出した。

 

『あの頃の私はどうだっただろうか?』

『マスターがやりたいことは『メガシンカ』だった。でも、それ以外のことはどうだっただろうか?』

『マスターは負けることが嫌いだった。それはわかる。それ以外は……わかるだろうか』

『マスターは私のこと……何かわかってくれていたのだろうか?』

 

そうやって昔のことに気持ちを引っ張られ、沈んでいくクチート。

そんなクチートの頭にタクミはポンと手を置いた。

 

「クチ」

 

クチートの意識を引き戻したタクミは少し乱暴にクチートの頭を撫でる。クチートの頭がぐらぐらと揺れ、迷惑そうに目が閉じられる。

そして、遂に我慢が限界になったのか、クチートの顎がグワッと開いた。

 

「クチッ!」

「へへっ、ごめんごめん。もうしないから」

「クチッ!」

 

そして、クチートは何かに気が付いたかのようにタクミの顔を見上げた。

 

「うん、そうだよ。怒っていい、文句を言っていい、我儘を言ってくれ、クチート。それで、喧嘩しながら仲良くやろう」

「……クチ……」

 

だが、やはりクチートは困惑した顔のまま。

 

『そう簡単にはいかないか』

 

タクミはそう思いながら、今度は優しくクチートの頭を撫でた。

 

そうこうしているうちにポケモンセンターへとたどり着く。

タクミ達はそのまま食堂に直行し、ヴィッフェ形式の夕食を食べつくす。

 

そして、昨日泊まった部屋に戻ってきた。

 

「なんだかんだ疲れたな~明日からまた『地方旅』だし、さっさと休もうか」

 

ポケモン達から同意の声があがり、タクミは皆のモンスターボールを取り出そうとした。

 

「さてと、それじゃあ……」

 

そして、タクミは上着のポケットに手をいれ、そのまま固まった。

 

「あれ?……ん?……どこいった?」

 

タクミは自分の上着にセットしているモンスターボールを探った。

 

だが、おかしい。

 

「ちょっ、ちょっとゴメン!クチート」

 

タクミはクチートを下ろし、もう一度上着を確認する。

 

だが、何度そこを探してもそこにはモンスターボールが4つしかなかった。

 

タクミの手持ちは今5匹。1個足りない。

 

誰かのモンスターボールを落としたのか?

 

嫌な汗が流れるタクミ。

 

そんなタクミをキバゴ達は不思議そうな顔で見上げていた。

 

「やばい!みんな!モンスターボールがない!誰かの奴がなくなって……」

 

タクミは上着をひっくり返し、もう一度モンスターボールを全部取り出して確認する。

キバゴとゴマゾウも『それは大変だ』とタクミの上着を叩いたり、臭いをかいだりしてモンスターボールを探す。ヒトモシには念のためにリュックの中身を1つ1つ取り出してもらった。

 

そんな中、フシギダネが今日一日の中で最大のため息を吐きだした。

そして、フシギダネはヒトモシがひっくり返した荷物の中から新品のモンスターボールをタクミに投げつけた。

 

「ダネダ!」

「いてっ。フシギダネ、何を……」

 

新品のモンスターボールを見つめるタクミ。

そのボール見つめ、タクミはクチートへと目を向けた。

 

「…………あ」

 

タクミはポカンと口を開けて固まった。

 

「クチ……」

 

クチートが『やっぱり、気づいてませんでしたか?』という顔で苦笑いを浮かべていた。

 

「あぁ……そうか……そういうことか……それでクチートは一日中、ずっと不安そうな顔してたのか……」

「クチ」

「ごめんね。かんぜっんに忘れてたよ……まだ、ゲットしてなかったね」

 

そう、タクミはまだクチートを正式にゲットしていなかったのだ。

 

そりゃ一緒に観光旅行しててもどこか他人行儀にはなるし、これからのこととか話しても微妙な表情になるに決まってる。クチートからしてみれば、タクミと一緒に旅をする保証も理由もなかったのだから。

 

キバゴとゴマゾウが『あれ?そうだったっけ?』という顔になり、ヒトモシがポカンとした表情で炎を左右に揺らした。

タクミはなんだかドっと疲れが出たような気がして、崩れ落ちるように両手をついてクチートに頭を下げた。

 

「クチート。すっごい今更で、すっごい間抜けなんだけど……」

「……クチ……」

「僕と、僕達と一緒に旅をしてくれない」

 

タクミは神棚にでも捧げるかのようにモンスターボールを差し出した。

 

「…………」

 

クチートはそのモンスターボールを自分の手で抱える。

ピカピカに磨かれた新品のボールにクチート自身の顔が映り込んだ。

 

片目が潰れ、目は落ち窪み、痩せ細った顔。

 

それでも、そんなクチートはほんの少しだけ笑えていた。

 

「クチ……」

 

クチートはそのモンスターボールの真ん中に自分のおでこをコツンと当てる。

クチートがモンスターボールの中に吸いこまれ、一度だけ揺れ動いてすぐさま静かになる。

 

「……はぁ、まったく、僕って奴は本当に馬鹿なんだから」

 

タクミがそう呟くとフシギダネがしみじみと頷いた。

 

「クチート、出てきて」

「クチ」

 

モンスターボールから出てきたクチートは少し冷や汗をかきながらも頑張って苦笑いを浮かべていた。

モンスターボールの中は快適とはいえ、暗くて狭いというのは有名な話だ。ほんの一瞬でもクチートにはきつかっただろう。

しばらくはクチートは連れ歩くしかないかなと思いつつ、タクミはクチートに向けて手を差し出した。

 

「クチート、これからよろしくね」

「クチ」

 

握り込んだクチートの手は初めて出会った時と比べて随分と温もりが戻ってきているようであった。

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