ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて 作:からんBit
アキは相手の出方を待つことなく、素早くモンスターボールを投げ込んだ
「行け!ヒトカゲ!」
「カゲェ!!」
同時にポケモンを選ぶことが推奨されるバトル開始。
先にモンスターボールをフィールドに投げ込むのは所謂ハンディキャップとされていた。
対戦相手がそのポケモンを見て相性有利なポケモンを選べるからだ。
アキは当然そんなことを知った上でヒトカゲを繰り出した。
そもそも、イーブイは先のバトルで消耗しているし、もう1体はバトルに不向きなコイキングなので選択肢がないのだ。
だが、例え選択肢があったとしてもアキは同じことをしただろう。
それはミーナやナタリーにはアキの『挑発』と映った。
『自分の方が圧倒的に強い。だからハンディキャップをやる』
そんな意思表示に見えたのだ。
だが、アキを小馬鹿にする彼からすればそれは『無知』に映った。
『ポケモンバトルの基礎も知らない馬鹿』
そんな認識の違いが彼の笑みをより趣味の悪いものに変える。
「んじゃ、ちゃっちゃと片付けるか。行け、ゼニガメ!」
「ゼニィ!」
【ほのおタイプ】と相性の良い【みずタイプ】
奇しくもカントー地方の初心者用ポケモンでのバトルになった。
審判AIがいつもの口上を述べる間、アキはふと気になったことがあってミーナに一つ質問をした。
「ねぇ、ミーナ。彼って名前なんていうの?」
「ああ、あいつ?あいつはリヨン。うちのクラスのカースト頂点だってさ。くだらない」
ミーナは苦虫を10匹程まとめて嚙み潰したような顔をした。
「ポケモンバトルの腕前じゃなくて、人間関係とコミュニケーション能力だけでクラスの中心気取っちゃって、馬鹿みたい。まぁ、そこそこ実力あるみたいだけどさ」
「へぇ……」
そこにナタリーが更に補足を加えた。
「アキ。お前が勝てばあいつの牙城は一瞬で陥落する。リヨンのチームはバラバラになるだろうし。一気に過ごしやすい1年間が手に入るぞ」
「ふふ、それはいいこと聞いた」
「勝算は?」
「どうだろうね。まぁ、見ててよ」
アキはそう言って胸の中に溜まった息を強く吐きだした。
バトル前の程よい緊張感はある。余計な感情はヒトカゲがバトルフィールドに持っていってくれた。
タクミと初めてバトルした時のような高揚感は当然ない。だが、逆にそれがアキに冷静にフィールドを見渡す余裕を生み出していた。
そんな彼女らの遥か後方。観客席でメモ帳を開いていたトマは眼鏡を押し上げ、目を細めていた。
「試合開始!!」
「ゼニガメ!速攻で終わらすぞ!“みずてっぽう”!」
「ガァメェ!!」
口をすぼめた鋭い水流。
確かにヒエラルキーの頂点を自称するだけあり、その鋭さは通常のトレーナーと比べても一線を画するものであった。
「右!」
「カゲッ!」
だが、それをヒトカゲは紙一重で回避する。
通り過ぎた水流はアキの目の前でバリアに阻まれて霧散した。
「…………」
それに対して眉一つ動かさないアキ。
相手の顔を見ればわかる。リヨンはわざとアキを狙ったのだ。
だが、ゼニガメにそんな指示を出していた様子はなかった。
となれば、明白だ。
彼はいつも最初の一発は相手のトレーナーを狙うような軌道にして狙っているのだ。その良し悪しはこのさいどうでもいい。
とにかく、最初の攻撃はデモンストレーションだということだ。
アキは瞬時に相手のワザの威力の想定を更新する。
「ゼニガメ!連射しろ!」
「ゼニィ!!」
“みずてっぽう”の連続攻撃。先ほどより短く、連射するような弾幕。だが、そのスピードもパワーもアキの想定内であった。
この程度、タクミのキバゴなら『正面突破』だろうな……
そんなことを思いながら、アキはクスリと笑った。
「だけど私は……ヒトカゲ!“えんまく”」
「カゲェ」
ヒトカゲの口から黒い煙が噴出される。
一瞬で身を覆い隠すほどの巨大な煙幕。
そこに“みずてっぽう”が次々と突き刺さっていくが、手ごたえはない。
ヒトカゲの放つ“えんまく”はその間も少しずつ広がっていき、フィールドの半分を覆う程になった。
「はん!浅知恵だな!ゼニガメ!“こうそくスピン”で吹き飛ばせ!」
「ガァメメメメメメメ!!!」
ゼニガメがは手足を引っ込め、その場で高速で回転を始める。
その回転が巻き起こす風が竜巻のように吹き荒れる。
「行け!!ゼニガメ!!」
「ガァメェ!!」
ゼニガメは回転をしたまま、“えんまく”へと突っ込んだ。ヒトカゲの放っていた噴煙が瞬く間に風に押されて霧散していく。“えんまく”が晴れ、何もないフィールドにヒトカゲの姿が浮かび上がる。
「そこだ!“みずてっぽう”」
「ガメ!!」
その攻撃は寸分たがわずヒトカゲを捉えた。
真正面から“みずてっぽう”を受けるヒトカゲ。両手を交差させて防御姿勢を取るが、それだけでは相性の悪い攻撃を受けることはできない。
「カゲッ……」
「ヒトカゲ!耐えて!」
「ゼニガメ!畳みかけろ!」
「ガメガメ!」
ゼニガメが放つ水流がヒトカゲの体を傷つけていく。効果は抜群だ。
「うわ、うわ!アキ、ヤバいって反撃しないと!」
「アキ!なんで受けに回る!前に出ろ!」
ミーナとナタリーが焦ったように声をかけるが、アキは動かない。
アキは手に滲んだ汗を拭うこともせずにフィールドを凝視していた。
ヒトカゲは度重なる攻撃に膝をつく。ヒトカゲの尻尾の先の炎が風に吹かれた蝋燭の炎のように弱まる。
「…………」
「はん、やっぱ雑魚だったな。ゼニガメ!とどめだ!」
「ガメェ!」
ゼニガメが大きく息を吸い込んだ。
その瞬間、ヒトカゲは
ヒトカゲの尻尾の炎が一気に吹き上がる。ヒトカゲは地面を“メタルクロー”で掴み、腰を上げ、クラウチングスタートの体勢となる。
そのわずかな立ち位置の変化にリヨンは気づかない。
「ゼニガメ!“みずのはどう”!」
「ガメェェェェ!」
特大の威力の一撃。
自分を誇示したい人間程、見た目が派手なワザを好む。
アキはこの瞬間に全神経を集中させていた。
「……今!!」
「カゲッ!!」
ヒトカゲの足が地面を強く蹴り上げた。
猛禽類を思わせる程に深く沈み込んだ超低空走法。
ヒトカゲの全体重を乗せて、前へ前へと突き進む瞬間的なダッシュ。
長い尻尾によりバランスを保つことができるヒトカゲならではの走り方であった。
ヒトカゲはその一瞬のダッシュで“みずのはどう”の下をくぐり抜けてみせた。
「なっ!?」
リヨンが狼狽えた時にはもう遅い。
ヒトカゲは一気にゼニガメの懐に飛び込んだ。
「“メタルクロー”!」
「カゲェ!!」
突進力そのままにゼニガメの腹部へと“メタルクロー”を叩きつける。
頑丈な甲羅でクローの斬撃は阻むことができても、その衝撃は確実にゼニガメの体を貫いた。
鈍い音がして、ゼニガメの瞳孔が一気に広がった。
「ゼニガメ!“みずてっぽう”で追い払え!」
「ガ、ガメ!」
「無駄!ここはもう、打撃戦の間合い!」
「カゲェ!!」
ポケモンバトルに限らず、遠距離攻撃で大事なのは狙いを正確につけることだ。それは人間だって一緒。例えば、人が拳銃を持つ敵に相対した時の対処法として、狙いをつける前に接近して無力化するというがは各国の特殊部隊で教えられる。
ゼニガメのように口からワザを放つタイプの攻撃は視線と射線がほぼ一致する。それは視認できればほぼ確実に当たるというメリットであるが、この至近距離では話が別だ。ゼニガメがヒトカゲの動きを追いながらワザを当てるのには余程の熟練していなければできない。
それでもなんとかヒトカゲに顔を向けようとするゼニガメ。
「ヒトカゲ!回り込んで!」
「カゲェ!」
ヒトカゲは素早くゼニガメの側面に回り込み、フック気味の“メタルクロー”をゼニガメの顔面に叩きつけた。
「ガメッ……」
ゼニガメの“みずてっぽう”が明後日の方向へと飛んでいく。
そこにヒトカゲは正拳突きに似た鋭い打撃をゼニガメの腹に叩き込んだ。
「ガメッ……」
「“ドラゴンテール”!」
「カァゲェェ!!」
ヒトカゲはその場で鋭く回転する。ヒトカゲは後ろ回し蹴りの要領でその尻尾をゼニガメの顔面に叩きつけた。
なぎ倒され、地面に叩きつけられるゼニガメ。
「ヤバい……ゼニガメ!“こうそくスピン”だ!近づけるな!距離を取れ!」
「ガメッ!」
手足を引っ込め回転を始めるゼニガメ。
「遅い……」
それをするなら最初に接近されたときにするべきだった。
アキは容赦なく次の指示を飛ばす。
「ヒトカゲ!“メタルクロー”」
「カゲッ!!」
回転するゼニガメの甲羅に向け、ヒトカゲは回転を相殺するように“メタルクロー”を叩きつけた。
「なっ!」
「ガメッ!」
回転を殺され、動きが止まる。
隙だらけになるゼニガメ。
ヒトカゲが動き出す。アキの指示を聞く前から次の指示がわかっているかのようにワザの初動に入る。
アキもまた、最初からヒトカゲの次の行動を予測していたかのように指示を出す。
「“ドラゴンテール”」
「カゲッ!」
ヒトカゲの尻尾が青白いエネルギーを帯びる。
ヒトカゲは前方宙返りをし、踵落としのようにその全体重を乗せた一撃をゼニガメの甲羅に叩きつけた。
激しい地鳴りのような音がして、ゼニガメが地面にめり込む。
ヒトカゲは受け身を取りつつ、素早く立ち上がり、残心の姿勢を取る。
もしゼニガメが起きてきたらすぐさま追撃をするつもりであった。
「ゼニガメ!ゼニガメ!起きろ!!!」」
リヨンが額に汗を浮かべながらゼニガメを呼ぶ。
彼は既に自分の背後にいる自分のグループの連中から冷たい視線が突き刺さるのを背に感じていた。
あれだけ大見得を切って負けるわけにはいかないのだ。
「ゼニガメ!まだやれんだろ!“みずのはどう”だ!うてよ!!!うて!!」
「ガ、ガメッ!!」
ゼニガメはまだ動けた。
ゼニガメは身体を回転させ、ヒトカゲから距離を取って起き上がる。
「ガメ……」
「行けぇぇ!!」
起死回生の一発になるはずだあろう、衝撃波が放たれた。
【みずタイプ】のエネルギーを波に変換して撃ち抜く“みずのはどう”は例え“メタルクロー”で防御しても貫通してヒトカゲにダメージを与える。
だが、それはゼニガメが全力でワザを放てた場合に限るのだ。
ヒトカゲの度重なる腹部への攻撃はゼニガメがワザを放つのに必要な体力を明確に奪い取っていた。
「ヒトカゲ、“メタルクロー”」
「カゲ」
放たれた“みずのはどう”をヒトカゲは“メタルクロー”で切り裂いた。
“みずのはどう”は相手を『こんらん』状態に陥らせることもあるものであるが、ワザそのものが霧散してしまえばその限りではない。
「ガ、ガメ……」
「そ、そんな……馬鹿な……」
「ヒトカゲ!トドメ!」
「カゲッ!」
ヒトカゲは先ほど見せた短距離ダッシュを用いて一気に間合いを詰め、棒立ちのゼニガメを“メタルクロー”で切り裂いた。
ゼニガメの脇を走り抜け、振り返って再び残心。
だが、今度こそゼニガメが立ち上がってくることはなかった。
「ゼニガメ!戦闘不能!ヒトカゲの勝……」
「ふざけるなぁぁあぁあ!!」
審判AIの勝利宣言を覆い隠すようにリヨンが叫ぶ。
「そんなわけあるか!まだだ!まだ勝負は続いてる!次だ!次のポケモンで……」
「おい、もうやめろよリヨン」
「うるっさい!このまま引き下がれるか!」
グループの他の奴らに止められるリヨン。
だが、バトルの前と違い、彼等のリヨンに対する扱いは酷く粗雑だった。
なにせ、終わってみれば随分と一方的な試合であった。
アキが行ったバトルを総括すれば『苦手な相性のワザを全て受け切り、その上で勝利した』という結果になった。しかも、先にポケモンを繰り出していたのはアキの方。
誰がどう贔屓目に見ても言い訳の余地のない完全な敗北であった。
試合前に散々煽り散らしていたこともあり、いい面の皮であった。
だが、その原因が誰にあるかといえばやはりリヨン本人であっただろう。
もし、リヨンが最初から油断せずに“みずてっぽう”ではなく、“みずのはどう”をメインに使っていたなら違う展開もあった。当然、その場合はアキも別の対処法を取っていただろうから一概には言えないだろうが、少なくともここまで一方的な試合にはならなかったし、アキが勝ちを拾えたかどうかもわからない。
実際にバトルをしていたアキからすればそう感じる程にゼニガメのポテンシャルはあったのだ。
それはアキの腹の奥をウズウズさせる程のものだ。
『今度は全力のゼニガメとバトルしてみたい』『次はタイプ相性のないイーブィでバトルしてみたい』
アキの本幹にあるトレーナーとしての熱量がそんな想いを抱かせていた。
本当なら、リヨンと握手をして感想戦でもして次のバトルの約束をしたいところであったが、向こうにその余裕はないだろうし、握手などもっての他だろう。
何より両隣の『味方のはずの友人女子2人』がリヨンに左指で下品なポーズを送っているので、そんなことを言いだせる雰囲気ではなかった。
「イェーイ、あぁ~スッキリした!アキ、最高!」
「ありがと」
「っていうか、やっぱ強いね。アキ」
「そうかな?」
「そうだよ、ね、ナタリー」
「ああ、強い。だからこそバトルしがいがある。ちょっと休んだら予定通り『このフィールド』でバトルしような」
「うん」
とりあえず、アキとしてはナタリーが朗らかに笑ってくれていることが一番の安全材料であった。
アキはトテトテと戻ってきたヒトカゲを膝に抱き上げた。
「ヒトカゲ、お疲れ様」
「カゲ」
アキは傷ついたヒトカゲの鱗に触れないように注意しながらヒトカゲの頭を撫でてあげた。そんなヒトカゲの頭を女子2人もヨシヨシと撫でる。
「いやぁ、よくやったよくやったヒトカゲ。はい、私からはオボンの実をあげよう」
「おっ、それじゃアタシからは傷薬を貸してやる。使いな」
「ありがと。はい、ヒトカゲ、腕だして」
「カゲッ!!」
「あっ、こら!逃げようとするな!薬苦手は直さないとダメ!ヒトカゲ!」
じゃれ合う女子3人。
それを観客席で見ていたトマは渋い顔をしながら、自分のメモ帳に視線を落とした。
そして、ブツブツと自分の思考を整理するように言葉を紡ぐ。
「ヒトカゲは強かった……防御に対する反応もいいし、攻撃のセンスも高い……あの格闘技を思わせるワザの振り方はどこから学んだのか……だが、
トマはコンコンコンと自分のこめかみを叩いた。
「なんなんだ……彼女は……」
ミーナとのバトルでもリヨンとのバトルでも見せたギリギリでの回避からカウンターに転じるバトル。
当たり前ながら、トレーナーの指示を聞いてポケモンが行動を開始するにはそれ相応のラグが生じる。
例えトレーナーが完璧なタイミングで指示を飛ばしたとしてもポケモンの行動はコンマ数秒遅れるのだ。しかも、ポケモンは生き物だ。バトルの状況や集中力によってそのラグのタイミングはズレて然るべきだ。
それなのに、彼女はあまりにも的確にカウンターを決める。
「どういう集中の仕方をすればそんな芸当ができるんだ……」
トマは自分の背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
このポケモンスクールでミーナやナタリーを抜いて、一番危険なライバルになるかもしれない。
そんな予感がひしひしとしていた。
「彼女にも……手の内は見せない方がよさそうだな……」
トマはそう言ってパタンとメモ帳を閉じたのだった。