ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて 作:からんBit
コウジンタウンから隣のショウヨウシティまでは然程の距離はない。海沿いに砂浜を歩いていけば割とすぐだ。
クチートを正式に仲間にしたタクミ。クチートは砂浜というのに慣れてないらしく、歩くたびに足の沈んでいく砂浜におっかなびっくり歩いていた。
「クチート、大丈夫?疲れない?」
「クチ」
クチートは真剣な顔で頷き、タクミに遅れないように小走りで付いてくる。
タクミはそんなクチートに微笑みかけながら、砂浜を歩く。
この地域は外洋を流れる温暖な海流のおかげで一年中穏やかな気候が続いている。カントー地方とは違い日が高くのぼっても然程気温も上がらず、何よりカラッとした湿度で過ごしやすい。
波の音をBGMに浜を歩いていくと、太陽が傾く前にはショウヨウシティに到着することができた。
ショウヨウシティはコウジンタウンと町の作りはよくにている。西側に起伏に富んだ岩山があり、東側には海が広がっている。だが、その雰囲気はコウジンシティとは随分と異なる。コウジンシティが研究中心の文科系の町だとするなら、この町は体育会系の町だ。
この町には起伏に富んだ地形を利用したサイクリングコースや、岩山を自分の肉体だけで登るフリークライミングなどが盛んに行われている。
「ゴマゾウが喜びそうなコースだなぁ……」
タクミは町の入り口の案内掲示板でサイクリングコースを確認しながら、そう呟いた。
できるなら思いっきり走らせてやりたいところだが、流石に一般人が走っている中にゴマゾウ1人を放り込むわけにはいかない。やるとするならタクミも自転車で並走してあげるべきなのだろうが、今日は少し勘弁してもらうことにする。
タクミはこの町のポケモンセンターで手早く部屋を確保し、目的の場所に電話をかけた。
「もしもし、自分は地球界から来たタクミと言います。『地方旅』をしているポケモントレーナーです。ジム戦の予約をお願いします」
そう、この町にはジムがある。
【いわタイプ】の使い手。ショウヨウジムリーダー ザクロ
2回目のジムバトルということもあり、少々気持ちは落ち着いているが身体の奥が浮つくような緊張はしょうがない。そう簡単に慣れるものではないのだ。
「はい……わかりました。明日ですね。はい。よろしくお願いします」
タクミはホロキャスターの通話を切り、大きく息を吐きだした。
「クチ……」
「ん?どうした?クチート」
タクミはどこか不安そうな顔をするクチートを膝の上に抱き上げる。
「……クチ……」
「なんだ?バトルが不安なのか?」
「クチ……」
タクミはクチートの頭を優しく撫でる。
だが、クチートの身体の硬さは抜けない。
クチートとはまだ過ごした時間も然程長くない。クチートの感情を十全に感じ取ることはタクミにはできなかった。
そんな時だった。
「キバァ!!」
自分からモンスターボールから飛び出したキバゴが、床の上でスーパーヒーロー着地をきめた。
「キバゴ?何しに来たの?」
「キバキバキバ!!」
キバゴは何事か吠えて、オリジナルのヒーローポーズを決めた。
そんなキバゴにタクミは胡乱気な目を向けた。
どうせ大したことではないだろうなと思いながらタクミは一応聞く姿勢だけは保つ。
「キバッ!」
キバゴは自分の胸元をドンと叩いた。
「クチ……」
「キバ!キバ!!キバッ!!!」
一言毎に自分の胸元を叩くキバゴ。
「クチ?」
「キバッ!」
おそらく、『ポケモンバトルは自分に任せろ!』と豪語している。
クチートが来てから、キバゴは妙に先輩風を吹かせたがっている。
タクミとの付き合いが一番長いキバゴであるが、そのキバゴはタクミのメンバーの中では末っ子感がある。
最初の仲間が少し達観しているフシギダネで、その後加入したゴマゾウもヒトモシもある程度しっかり者であるので、遊び好きで悪戯好きのキバゴの立場が一番下になりやすい。
そこにクチートが来たものだから、先輩っぽく振るまいたくてしょうがないのだ。
だけど、キバゴの案にはタクミも賛成であった。
クチートの視力が回復してまだ数日と経っていない。
昨日の夜もタクミが傍にいないと震えて眠れないような有様だ。
そんな状態のクチートをポケモンバトルには出せないし、出したくない。
「キバァァアアア!!」
「はい、静かにして」
タクミは気合の裂帛をあげるキバゴに容赦なくチョップを振り下ろした。
「キバ……」
「まったく……でも、クチートが明日のことを考えなくていいっていうのには同意するよ」
「クチ?」
見上げてくるクチートにタクミは笑顔を見せた。
「明日はクチートは見学。お前の仲間達がどれぐらい頼もしい奴らなのかよく見てくといい」
「……クチ……」
タクミはそう言いつつ、ザクロのデータを調べる。
ザクロのデータはあまり多くない。ポケモンリーグでの出場はジムリーダーになる以前ばかりだ。その当時から【いわタイプ】の使い手であることは変わりないが、バトルスタイルにあまり一貫性がなく臨機応変な戦い方が目立つ。
ただ、ザクロさんの検索をすると先にボルダリングに関する記事が大量に出てくるのはいかがなものだろう。
ザクロさんは『地球界』でも有名なボルダリングの選手でもあり、オリンピック出場経験もある。
色々な意味で予想ができない相手だった。
タクミは深呼吸して、明日のイメージトレーニングに励んでいた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
翌日
タクミは静かな朝のコウジンタウンで、東側に広がる岩山の中腹に来ていた。
目の前に広がる大きな洞窟の入り口。天然の岩肌と肌を撫でる湿った風。ここが、コウジンジムであった。岩山に自然にできた洞窟の内部を改築して作ったジムだ。
タクミは背中に乗っているクチートに向けて手を伸ばした。
「クチート、今からここに入るけど、平気かい?」
洞窟の中には明かりがともってはいるものの、一応聞いておく。
「クチクチ!」
クチートの返事は元気だ。タクミの後頭部を掴む手にも変な固さはない。
ならば、余計な心配はいらないようだ。
「クチート。今日は応援よろしくね」
「クチ」
クチートに声援をもらえればタクミにも他のポケモン達にも気合が入るだろう。
タクミは自分の緊張をほぐすために唇の端を持ち上げて笑ってみせた。
「よし、行くぞ!!」
「クチ!」
ジムの入り口で職員の人に話しかけ、ジムバトルのフィールドにまで案内してもらう。ジムの内部は自然の洞窟をそのまま使っているためどこか寒々しい印象を受けるが、廊下に置かれている装飾品はどちらかといえばスポーツジムのような雰囲気であった。
そして、長い廊下を抜けて案内されたのは巨大なホールであった。
洞窟の中にできた巨大な空洞。天井は大分昔に崩落したのか、穴が開いて空が見える。その中央に巨大な岩の塔があった。高さは20mはあるだろうか。3段に分けられた岩山は一分がボルダリングコースになっていた。白い壁面に色とりどりの石が張り付けられている。それらを掴んで壁を登っていき、最後の石に手をかけて数秒キープすればゴールになる。それがボルダリングのルールだ。
だが、タクミの目的はあくまでジム戦だ。
それなのに、いきなりそんなものが目前に現れたので、タクミは反応する言葉を失ってしまっていた。
そんなタクミを横目に職員は唐突に声を張り上げた。
「ザクロさん!今日のチャレンジャーが来ましたよ」
タクミはその職員が声をかけた方向へと視線を動かす。塔のようなボルダリングコースの頂上付近。そこで命綱を付けずに壁を登っている男性が1人いた。その彼が声に応じ、片手片足で身体を支えながらタクミを振り返った。
長くスラッとした手足に爽やかな笑顔。身体が動かしやすいような体幹にフィットする服装とハーネスをつけた姿はジムリーダーというより、『クライマー』という称号の方が似合いそうであった。
その彼はタクミの姿を見つけて軽く片手をあげた。
「ショウヨウジムへようこそ。チャレンジャー」
その細身な体躯からは想像できないよく通る声が洞窟内に響いた。
タクミもそれに負けないように声を張り上げる。
「よ、よろしくお願いします!」
「うん。元気な返事だ。さぁ、登ってきてください」
「えっ?」
「ジム戦のフィールドはこの上なのです。このジムに挑戦するチャレンジャーの皆さんにはこの壁を登ってもらうことにしてもらっています。可能であれば、タクミ君も挑戦してみてください」
「壁を……登る?」
「勿論、無理だというのならエレベーターもあります。壁を登らなかったからと言ってジム戦を受けないわけではありませんし、途中でギブアップしても構いません。選択は自由です。タクミ君は挑戦しますか?」
『挑戦』
その言葉に奮い立たないトレーナーはいないだろう。
タクミは今度こそ心の底から湧き上がってきた感情のままに笑った。
「もちろん!登ります!」
その返事にザクロは満足そうに頷いた。
「わかりました。頂上で待っていますよ」
そして、ザクロは残り数mの距離を一気に登り切り、姿が見えなくなった。
「それでは、念のために命綱をつけましょう。こちらへどうぞ」
「はい、お願いします」
ボルダリングの壁は3つの段に分けられ、途中で休憩ができるようになっていた。それぞれのコースの下には分厚いマットが敷かれているが、変な落ち方をしたら怪我をしてしまう。その為の命綱であった。
タクミはリュックを下ろし、上着を脱ぎ、ボルダリング用の靴に履き替え、クチートを頭の上に乗せた。
その様子に職員が目を丸くした。
「タクミさん、もしかしてそのまま登るんですか?」
「はい、そのつもりですけど……あれ?もしかして、ポケモンの同伴はルール違反ですか?」
「いえ、そういうわけではなく……」
クチートの平均体重は11.5kgだ。このクチートはそれと比べるといささか軽そうには見えるが、それでも結構な重量であることには変わりない。
それを頭の上に乗せてこの岩壁を登っていくつもりであるタクミに職員は驚いたのだ。
「重くないんですか?」
「普段からこれより重いポケモンがよく頭の上に乗ってきますので」
タクミはキバゴのことを思い出し、苦笑いを浮かべる。
気の向くままに頭に乗ってくるキバゴは18kg近い体重がある上に好き勝手に動くので非常に首が疲れる。それと比べれば自分である程度バランスを取ってくれるクチートの方がまだ楽であった。
「わ、わかりました。タクミさんがいいのであれば。それでは簡単にボルダリングのコツを教えておきますね」
そう言って、職員は一番低い位置の壁にタクミを連れて行った。
「こちらが初心者用のコースになります。ボルダリングは腕の力だけで登ろうとするとすぐに疲れてしまいます。コツは足で登ることです」
「足?」
「はい。指先はこの石、『ホールド』に引っ掛けるようにして持ち、足で身体を持ち上げていくんです」
「へぇ……」
職員の人はボルダリングの基本を自分で実践しながら教えてくれる。
ジム戦直前ではあるが、真新しいスポーツを教えてもらい、その緊張がどこかへと飛んでいく。
「それでは、頑張ってください。困ったら声をかけていただければお手伝いしますよ」
「わかりました」
タクミは滑り止め用のチョークの粉を手に付けて、最初の『ホールド』に指をかけた。そして、足を一番下の『ホールド』にかけて、言われた通りに足で勢いをつけて次の『ホールド』に手を伸ばす。リズム良く壁を登っていくと、不意に『ホールド』の間隔が伸びた。次の『ホールド』まで手を伸ばしても届きそうにない。勢いをつけて飛びあがれば移れる可能性もあるが、そんな危険な賭けが必要になる壁が『初心者用』なわけがない。
「え、えと……どうしよ……」」
「クチ!」
「え?あっ、あっちなら届くな。よっと!」
クチートに教えられた『ホールド』に手を伸ばし、少し右端に寄りながら壁を登り切る。
「なるほど、闇雲に登っちゃダメなんだな……ふぅん」
タクミは手足をパタパタと振って疲れをほぐしながら次の壁を見上げる。
石と石の間の距離を目測で計り、ルートを決める。
「よしっ……」
タクミは再びチョークの粉をつけて、壁を登っていく。
1段目でコツを掴んだのか、身体の動きはスムーズだ。
それに加えて、登りやすいルートを的確に選ぶことができていたために、楽々と登っていく。
やり方を把握することができれば最後の3段目の壁も然程難しくはない。
タクミは上だけを見据え、自分の目指す石にだけ注意を払う。
次第に頭の中から余計な緊張や不安なんかが抜け落ちていく。
考えるのは目の前の壁だけ。目を向けるのは次の一歩のみ。
そして、タクミは最後の石に手をかけ、一気に身体を壁の上まで持ち上げた。
「………ふぅ」
壁の上にたどり着いたタクミ。目の前にはこれからジム戦を行うバトルフィールドが広がっているが、タクミはそこを見ていなかった。
タクミはそのバトルフィールドに背を向け、自分が登ってきた高さを確かめる。
なかなかの高さだ。高所恐怖症の人なら足がすくむであろう距離はある。だが、その高い壁を自分の力だけで登ってきたのだ。
その達成感は
そんなタクミの隣に壁の上で待っていたザクロが並んだ。
「どうですかタクミ君。壁を登った感想は」
「そう……ですね……」
タクミは今度は下ではなく。周囲を見渡す。
洞窟のホールとはいえ、視線が変わると見える景色の雰囲気も大きく変わる。
下にいた時には巨大に感じてたホールもここまで登ってくれば、天井も意外と低く、何より真上に見える真っ青な青い空が少し近づいたような気がした。
「……何かを乗り越えるって……やっぱり気持ちいいなって思いました」
「そうですか、それは良かったです」
「あの、ザクロさん、一つ聞いていいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「どうして、チャレンジャーに壁を登ってもらってるんです?」
「そうですね……」
ザクロは一呼吸置き、タクミの方へと向き直った。
タクミもそれに応じるようにザクロと面と向かう。
「タクミ君は壁を登る時、何を考えていました?」
「えと……次に掴む石のことと、上に登ること……壁のことを考えていました」
「なるほど、良い答えです」
「え?」
「自分が乗り越える壁に全身を使って向き合い、越えていく。それはチャレンジャーとしての心意気そのものといえるでしょう。タクミ君は今、一つの壁を乗り越えました。そして、次は私という『壁』に立ち向かうことになります。私はチャレンジャーであるトレーナーに今一度、その気持ちに帰ってこのジムに挑戦してもらいたいのです」
「……チャレンジャーとしての心意気」
「はい。といいつつも、実はボルダリングの宣伝も兼ねているんですよ。まだまだ、マイナースポーツの域を出ませんからね。楽しんでいただけてればいいんですが」
そう言って少し苦笑いを浮かべるザクロ。
タクミも釣られて声を出して笑った。
「さて、では、そろそろジム戦と行きましょうか。休憩は必要ですか?」
その問いにタクミは首を横に振った。
「いえ!必要ありません!!」
タクミがそう言うと、ザクロは真剣な顔をして頷いた。
すると、先程までの柔和な表情が消え、天然の巨岩のような物々しい雰囲気が垣間見えた。
その目は『強者』として対戦相手を受け止める目ではない。彼もまた1人のチャレンジャーとして、こちらに挑戦してこようとする目だ。
成る程、とタクミは唇を舐める。
やっぱり彼は間違いなく【いわタイプ】のジムリーダーのようだった。