ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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風に吹かれながら

ショウヨウシティにはサイクリングコースがある。岩山を駆け上がるような長距離コースからお手軽な短距離コースまで様々だ。その中でも一番過酷なのはサイホーンレースでも使用されることもある街全体を一周するコース。町の北側からスタートし、西に広がる砂浜の中に作られたオフロードコースを走りながら町を半周。後半はオンロードでの山登りセクションだ。幾度の急カーブを繰り返しながら東側の岩山を上っていき、最後は直滑降のロングストレートを経てゴールする。

 

タクミはそのコースをレンタルした自転車で走りながら海から吹き付ける風を感じていた。背中ではクチートが気持ちよさそうに風に揺られ、隣にはご機嫌のゴマゾウが併走していた。

 

「ゴマゾウ、ペース上げなくていいのか?」

「パオパオ~」

 

ゴマゾウは『気にすんな』という感じの返事をしながらタクミとのんびりとしたスピードで走ってくれていた。サイホーンレースのスピードに慣れているゴマゾウからすればタクミの風景を楽しむような走りはいささか『ぬるい』走りに感じるはずだ。なんだか付き合わせているような気がするタクミであったが、ゴマゾウがご機嫌なので気にしないことにした。

 

実のところ、ゴマゾウからすればこのコースはあまり好きではなかったのだ。

 

砂浜が中心のオフロードコースもコーナリングが要求されるヒルクライムも馬力でコースをねじ伏せるサイホーンレースの醍醐味が詰まったコースだ。

ダウンヒルでのテクニカルなレースで馬力の差を補ってきたゴマゾウにとって、このコースはあまりに相性が悪く、いまいち燃えない。

 

レースの進行方向が逆であったならまだ少しは昂ったかもしれないが、それを言っても始まらない。

 

「パ~オパオパオパオ~♪」

 

鼻歌を歌いながら転がっていくゴマゾウ。

今のゴマゾウはジム戦で疲れた体を癒すためのクールダウンで走っている。もともと走ること自体が好きなゴマゾウにしてみればこれで十分であった。

 

タクミはそんなゴマゾウを横目に昨日のジム戦のことをなんとなく思い出していた。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

「はい、これがショウヨウジムに勝った証、ウォールバッジです」

「ありがとうございます」

 

手にしたバッジが空からの光でキラリと輝き、満面の笑みの自分の顔を反射して映していた。

 

「それにしても、最後の“やどりぎのタネ”には驚きましたね。途中、キバゴが“がんせきふうじ”で落ちてきてた岩を砕いて飛ばしてきてたのは、“タネ”をしかけた周囲の邪魔な岩を処理していたんですね」

「はい!あの岩が持ちあがった時に空間が広がらないと意味がないですからね」

 

タクミはバッジケースにウォールバッジをしまいながら、そう言った。

 

「“タネ”を仕掛けたのはフシギダネの最後の瞬間かな。だとすると、細かい指示を出していた様子はなかったけど、最初から予定していたことだったのかい?」

「いえ、その……完全にフシギダネ任せでした」

 

タクミがそう言うとザクロの眉がわずかに跳ねた。

 

「ということは、タクミ君はフシギダネがどんな“タネ”を仕込んだのかわかってなかったのかい」

「ええ、でも、フシギダネがあの状況で“タネ”を使うなら他に選択肢はないとは思っていました。むしろ、問題だったのは『いつ』“タネ”が成長するかってところの方で……思ったよりも時間差があって、結構困りましたけどね」

 

タクミとしてはキバゴ戦ぐらいで発動してくれることを望んでいた。

そのタイミングを決して見逃さないようにキバゴの立ち位置にはかなり注意を払っていた。

 

だが、フシギダネが設定した“タネ”の成長速度は思ったよりも遅かった。多分、とっさのことで上手く調整できなかったのだろう。

 

「そういう意味ではクチートが一旦中断してくれたのは結果的に良かったってことなんですけど……あれは、すみませんでした」

 

タクミは少し苦笑いをしながら頭を下げた。

 

「いえいえ、怪我がなくて良かったです。それにしても……」

 

クチートはタクミが勝利をした後に気絶するように意識を失った。

今はゴマゾウの体を枕にして眠っている。

 

よっぽど気を張り詰めていたのだろう。

 

「クチートのことは心配ですね。このままでは立ち向かう壁に押しつぶされてしまいます。時には壁に背を預けてゆっくり休むことも大事なのですが。そのことをきちんと伝えてあげられれば……」

 

ザクロはそう言い、自分のモンスターボールの表面に手を置いた。

 

「ポケモンと心を通わせる。言葉にしてしまえば簡単ですが、それは風が岩を削り取るような長い時間と根気が必要です。私とて自分のポケモン達と十全に付き合えているとは思っていません。いえ、むしろそんなことはできないのかもしれません。人は……同じ種族の人とすら完璧に心を通わせることなどできないのですから……」

 

そう言ったザクロはどこか遠くを見るような眼をした。

 

タクミにはザクロが何を言わんとしているのか少しわからなかったが、門下生であるジムのトレーナーの顔にはわずかにニヤけ顔が浮かんでいた。ザクロには想いを寄せるトレーナーがいて、きっとその彼女のことを考えているのだろうと誰もがわかっていた。

 

ザクロは一息ついて視線をタクミに戻した。

 

「タクミ君、ポケモンセンターには電子書籍の図書館があります。ポケモンのメンタルケアに関する書籍もあるでしょうから、読んでみるのもいいと思いますよ」

「わかりました。ありがとうございます」

「それと、私が言うのは少し違う気もしますが、クチートのことを大切にしてあげてください」

「もちろんです!」

 

タクミはそれだは絶対に約束ができると思いながら、頷いたのだった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

直滑降の直線に差し掛かり、タクミは頭を目の前のコースのことへと切り替えた。急降下の坂道を一気に駆け下り、平地の直線で減速しながらオフロードコースへと入っていく。さざ波の音がより近くなり、照り付ける太陽の光が波間に反射して揺れている。涼しげな潮風に吹かれ、クチートの顎がポニーテールのように揺れているのを背中越しに感じながらタクミはクチートに声をかけた。

 

「クチート、気持ちいいか?」

「クチ!」

 

肩口に顔をのぞかせているクチートが笑顔で頷く。

その表情からはバトルの時の切羽詰まったような強張りは見えない。

 

ジム戦での勝利がクチートの心の重荷を少しでも軽くしてくれているならそれでいいが、全快というわけには当然いかないだろう。

 

わずかにカーブする道をゴマゾウと一緒に走る。

少しずつ潮が満ちてきているのか、コースの一部が水没している。

引き潮の時と満ち潮の時でサイホーンレースで必要な脚質が変わるのもこのショウヨウシティのレースでの特徴らしいが、ゴマゾウにはあんまり関係なさそうであった。むしろ、走りながら海水浴ができることを楽しんでいるような節まである。

 

コースが波間に入っていく。

その時、タクミの顔にゴマゾウがわざと跳ね上げた水飛沫が飛んできた。

 

「ゴマゾウ!こら!!」

「パオパ~オ~」

 

ゴマゾウは反省する様子もなく、タクミの前を煽るように走る。

 

「こいつ……」

「パオパ~オ」

 

悔しかったら抜かしてみろよ。

 

そんなしたり顔が見えた気もしたが、タクミは軽く笑うにとどめて自分のペースを維持していく。ゴマゾウはそんなタクミに水飛沫を容赦なく浴びせていく。当然、クチートの顔にも水飛沫がかかる。

 

「クチ!」

「パオパオ!」

 

クチートとゴマゾウが楽しそうに鳴き声をあげる。

 

2人がなんと言ったかタクミにはわからない。

 

だが、最後には背中のクチートがクスクスと忍び笑いを漏らしていたので良しとしておく。

 

「越えるべき壁に背を付けて休むことも大事……か」

 

タクミはザクロさんに言われた言葉をつぶやいてみる。

 

そういった考え方はタクミにとって新鮮なものではない。タクミは数多くの壁にぶつかり続けてきた女の子のすぐ傍にいたのだ。こういった状態の時に焦ってもいい結果が出ないことは重々承知している。だが、改めて他者から言葉にしてもらえるといささか心が楽になるのも事実であった。

自分のやり方は間違ってないんだと他者に肯定してもらえている。それは自信を持って足を進めるには大事なことなのだ。

 

タクミは大海原を横目に昨晩夜更かしして読んだポケモンのメンタルケアの本のことを考える。

 

その本の最初の第一節はこうだ。

 

 

『人はポケモンとは言葉を交わすことはできない』

 

 

ポケモンは人の言葉を理解しているし、人もポケモンの仕草や声音で大まかな意思疎通を図ることはできる。

だが、いざ心の問題となると『大まかなに把握』するだけでは足りない。

 

人とポケモンのメンタルケアの一番の問題はそこである。

 

心療内科では患者と1時間でも2時間でも語り合って問題を詳細に突き詰めていく。患者の心を数値化したり、症状を体系化するために心理テストなども使う。治療法に対するある程度のガイドラインというのも存在する。それでも、患者の心の問題を全て浮き彫りにすることはできない。

 

人と人でさえそれなのだ、相手がポケモンとなればその難度は更に跳ね上がる。

 

メンタルケアの本の中には色々な対処法や、治療の体験談なんかが数多く寄せられているが、どの本もその基本は大体一緒だ。

 

トレーナーが寄り添い、ポケモンにとって最善してあげられるように注意深く観察してあげること。

 

タクミに今できることはクチートが少しでも楽しく生きていくことができるように環境を整えてあげることだけだ。

 

ただ、具体的にどうするかについてはまだ模索中であった。

 

クチートが過去の経験で心に負った傷はいくつもある。

 

タクミはその中でもクチートの一番の問題はバトルに対するトラウマだと思っていた。

目隠しされた状態で洞窟を彷徨い、野生ポケモンに襲われ続けてきたのだ。誰かと相対して立ち向かうバトルを怖がってもしょうがないと思っていた。

 

だが、そうではなかった。

 

ザクロさんとのジムバトルでクチートが何よりも恐れていたのは対戦相手のポケモンでもバトルの雰囲気でもない。

 

ゴマゾウがピンチになった時、クチートはバトルに出ようとしていた。タクミの役に立とうとしていた。バトルが本当に怖いならあそこまでバトル中に気を引こうとしない。

タクミの胸に縋り付いていたのも崖から落ちたことが怖かったわけじゃない。あれはタクミに迷惑をかけたことを謝っていた。

 

クチートが過去に受けた壮絶な体験。

 

その中でもクチートにとって一際深い傷になっているのは『トレーナーに捨てられた』という現実なのかもしれないとタクミは考えていた。

 

クチートの心にはトレーナーの役に立たなければならないというある種の強迫観念があるように見える。

役に立たないといけないからバトルに出たがる。バトルに出ようとするからトラウマで心を抉られて失敗する。失敗したからより役に立とうと焦ってバトルに出たがる。

 

完全なバッドスパイラルだ。

 

その負の連鎖を断ち切るには一度完全にその輪から離脱しなければならない。

 

それはわかっている。わかっているのだが。

 

タクミの思考はいつもここで止まってしまう。

 

「クチ!」

「どうしたクチート?」

「クチクチ!」

「ん?あっ、ラブカスの群れか。綺麗だな」

 

沖合で何体ものラブカスが波間から飛び出してはその身体に陽光を煌めかせていた。

その光景はまるで、光るハートが波と一緒に踊っているようであった。

クチートはタクミの頭の上にまでよじ登り、その景色に目を輝かせていた。

 

タクミは少し自転車のペースを落とす。それに気づいたゴマゾウも回転速度を落として並走してくれた。

 

砂浜を抜け、オンロードに戻ってくる。

ポケモンセンターの前を曲がり、再び山道へと差し掛かる。

 

既にタクミはこのコースを8週しており、足にも少しずつ乳酸が溜まってきている。

だが、そうそう根を上げるタクミではない。

 

「しゃおらぁぁ!」

「パォォォオン!」

「クチクチ〜」

 

気合を入れるタクミとゴマゾウ。それを応援するクチート。タクミは青春小説の1ページみたいだと思いながらペダルを漕いでいく。

 

「クチ〜クチ〜」

 

『マスター、頑張ってくださ〜い』

 

そんなクチートの声が聞こえてきそうだった。

 

応援してくれている今のクチートの声に陰りはない。

タクミはクチートにはずっとこんな穏やかなまま過ごして欲しい。

 

ただ、それは無理な話だった。

 

今のクチートに必要なのはバトルをしない環境だ。

 

バトルを想起させれば、クチートは必ず自分の価値について考える。それはクチートの気持ちを急かせてしまう。深く思い詰めてしまえばジム戦の時のようなことも起きるだろう。

 

しかし、そういうわけにもいかないのだ。

 

タクミは旅をするポケモントレーナーであり、ポケモンバトルは日常と言ってもいい。

道端で他のトレーナーに勝負を仕掛けれられることもあるし、ジム戦にだって挑んでいかなければならない。

モンスターボールの中にいればいいのだが、残念ながら今のクチートにとって狭くて暗いモンスターボールの中は地獄とそう変わらない。博士に預けることも考えたが、半ば人間不信のクチートにとって、今のトレーナーであるタクミから離れればまた『捨てられてしまった』と感じてしまうだろう。それは絶対に避けたい。

 

結局、クチートを救うにはバトルをせずに旅をするしかないという結論に至る。

 

 

もちろん、そんな芸当が出来るわけがない。

 

 

クチートのことは大事だ。だが、自分の夢も大事なのだ。

天秤にかけることなどできない。

 

だからこそ、タクミの思考はいつもここで止まってしまう。

 

ただ……そんな堂々巡りの思考を繰り返しているうちに少し見えてきたものがあった

 

「なぁ、クチート……気持ちいいか?」

 

坂を登りきり、少し息を上げながらタクミはクチートに話しかける。

 

「クチ!」

 

嬉しそうに頷くクチート。

その笑顔が嬉しくてタクミも気合を入れてペダルに力を込める。

 

「おっしゃ!ゴマゾウ!あと2周だからな!」

「パオパオ!」

 

海から吹き付ける風を感じながら、タクミは下り坂を駆け下りていく。

 

飛ばされまいとしがみ付くクチートの体温を感じながら、タクミは風の音に自分の溜息を混ぜ込んだ。

 

その瞬間、ゴマゾウが小石でも踏んづけたかのように小さく跳ねた。

 

『ため息がでかいぞ』

 

そんな声が聞こえた気がした。

 

「まったく……」

 

耳ざとい奴だ。

 

どうしてこう、うちのパーティには一癖も二癖もあるポケモンばかりなのだろうか。

 

タクミは今度こそ盛大にため息を吐きだしたのだった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

その夜、タクミは久々に友人達と連絡を取っていた。

 

ミネジュンが全員の近況報告とジム戦の進み具合について聞くために声をかけたのだ。

 

タクミはポケモンセンターのロビーの一角でソファに陣取ってホロキャスターを起動していた。シャワーを浴びた後のわずかに湿った髪が涼しげな夜風に揺られている。タクミの膝の上には自分に寄りかかって眠るクチートの頭が乗っていた。

 

ホロキャスターのテレビ電話には、ミネジュン、マカナ、アキの3人に自分を加えた4人分の顔が映っている。

 

『へぇ、そんなことがあったのか。やっぱいるとこにはいるんだな、そんな悪い奴が』

 

そう言ったミネジュンはタクミと同じくどこかのポケモンセンターのロビーにいるようであった。

遠くでポケモンバトルで盛り上がっているのか、電撃の光が時々画像に映り込んでいた。

 

『でも、ある意味ラッキーだよな。タクミが天気予報見てなかったお陰でそのクチートは助かったんだから』

「おかげでひどい目にあったけどね。嵐の山を駆け下りるなんて二度とやりたくないよ」

『そりゃそうだ。で、クチートの目は治せないのか?』

「うん。クチートの右目は角膜っていう目の一番外側の膜が腐ってたらしい。もう光を感じることぐらいしかできないんだって」

 

タクミはそう言って肩を落とした。

 

『……そんなことするなんて……同じ人間とは思えない』

 

体感気温が2℃程下がりそうな底冷えする声を放ったのはマカナであった。

彼女の背後にはテントの天井が見えており、彼女は野宿中であったようだ。

薄暗いテントの中でギラギラと瞳を光らせるマカナはそのまま邦画のホラー作品に使えそうな迫力があった。

 

『……許せない……犯人は捜せないの?』

「そもそも、クチートがあの洞窟にどれだけの時間いたかもわからない。でもクチートの目を覆ってたハンカチの様子と目の状態を見る限りはここ数ヶ月の話じゃないと思うって、ジョーイさんは言ってた。もし『地方旅』で来てたトレーナーだとしたら去年のトレーナーになる。それぐらい時間が経ってると特定は無理だろうって」

『……そう……残念』

「それに……特定したとしても……それでクチートの目が治るわけでもないしね」

『……でも、それはそれ、これはこれ……報いを受けさせる』

「まぁ、うん、そうだね」

 

マカナの鬼気迫るような怒りにタクミの方がタジタジであった。

そもそも、タクミはあまり復讐については考えていない。今はクチートのことだけで手一杯だ。

 

タクミはのひざ元でクチートが寝返りをうつ。その拍子にクチートの小さな手がタクミの服を掴んだ。

 

「…………」

 

こうなると、クチートは目が覚めるまで服を離してくれない。

タクミはクチートが眠りやすいようにその体を軽く抱き上げた。タクミのホロキャスターにクチートの姿が映り込む。

 

その様子を見て、アキがクスリと笑った。

 

『でも、クチート、安心して眠れてるんだね』

 

アキは病棟の共有スペースで電話をしていた。ナースステーションの蛍光灯の明かりが仄かに映り込んでり。

 

「うん。ただ、僕から離れるとすぐに不安になるみたいで」

『四六時中一緒ってこと?それってタクミの方は大丈夫?』

「まぁ、それほど困ったことはないよ。一回寝ぼけて噛みつかれたことはあったけど」

 

それ以降、クチートは自分の顎にバンドを巻いて眠るようにしてもらった。

 

『それにしても、そうか……難しい問題だね』

 

腕を組んで眉間に皺を寄せるアキ。

そこにミネジュンが口を挟んだ。

 

『なぁ、そういうのってカウンセリングとかしたら治せないのか?』

 

その質問にはアキが答えた。

 

『私も病気のことでカウンセリングは受けたことあるけど、専門家でも話をしただけでその人の心の病気を治せるわけじゃないんだよ』

『そうなのか?えっ?じゃあ、カウンセリングって意味ねぇの?』

『そういうわけじゃなくて、えーと、心の病気ってのもいろいろあって、脳の電気信号の異常とか、ホルモンとかが乱れてたりとか、トラウマによるものだったりとか、自意識の成長過程の問題とか、いろいろ複雑で。薬とかリハビリとか色んな治療を総合的にやっていって、カウンセリングっていうのはその治療の方法の一つにすぎないっていうか、それだけだと意味がないというか、えーと、うーん……』

『あぁ、わかった、とにかく複雑なんだな』

『そうまとめられるのも、なんか違う気がするけど』

 

その時、ふと何かに気づいたかのようにマカナがタクミに声をかけた。

 

『……タクミ……タクミはクチートにもうバトルはさせないの?』

「そこなんだよねぇ、問題は……」

 

溜息を吐くタクミにミネジュンが怪訝な顔をした。

 

『何言ってんだタクミ。クチートはバトルできねぇんじゃないの?っていうか、そんな状態なら、バトルなんてさせない方がいいと思うぞ』

「それもわかってる。だけど、クチートはバトルそのものが怖いわけじゃいんだよ」

『あれ?なんかさっきと言ってること違わねぇか?クチートはバトルができないんだろ?』

「できないとは言ってないよ」

『んん?』

 

納得できなさそうなミネジュン。

その隣の画面ではアキが真剣な顔で頷いていた。

 

『タクミ、クチートは『捨てられるのを怖がってる』って言ってたよね』

「うん」

『じゃあ、やっぱりクチートが怖いのは『役に立たないこと』なんだね』

「そうだと思う。バトルが怖いんじゃなくて、バトルに負けて、失望されるのが怖いんだ。まぁ、イワークにはそれとは関係なくトラウマありそうな気がするけど」

 

クチートに関してタクミの認識がズレた原因はそこであった。

ザクロさんの初手がイワークで、それに対してクチートが過度に怯えたからそう錯覚したのだ。

思い返してみればクチートはチゴラス戦ではあまり怯えた様子はなかった。やはり、イワークが単純に怖いのだろう。

 

「だから、本当に大事なのは、クチートに僕を信頼してもらうことなんだ。『何があっても僕はクチートを見捨てない』そのことをクチートがわかってくれるまで、気長に付き合うしかないんだ」

『なるほど。それじゃあ、クチートはバトルした方がいいね」

「……やっぱり、そう思う?」

『うん』

 

真面目な顔で頷くアキ。その隣の画面でミネジュンが怪訝な顔で首を傾げていた。

 

『ん?ん?どういうことだ?2人だけで納得してないでこっちにも教えてくれよ。なんでクチートにバトルさせた方がいいんだ?』

『簡単な話だよ。クチートが怖いのは『トレーナーに捨てられること』だから、どんなバトルをしても、どれだけ負けても、タクミが絶対にクチートを捨てないトレーナーだってことを心でわかってもらう。その為にバトルをしていくってこと』

『ああ、なるほどな。でもさ、それって結構強引な方法じゃねぇのか?クチートは耐えられるのか?」

「どうだろう。まぁ、ジョーイさんとも少し相談したんだけど。いきなり野生ポケモンや他のトレーナーとバトルするのはやめた方がいいっていうのは言われた。仲間内での練習試合から少しずつ慣らしていくことになるだろうね」

 

クチートは先のジム戦でタクミの苦戦に対して身を乗り出して来た。

勝利に対して自分が貢献できると、自分の価値をアピールしてきた。

 

「きっと、クチートは自分に確固とした居場所が欲しいだ」

『……居場所……』

 

マカナが何かをかみしめるように呟く。

 

「自分の価値が認められる場所が欲しい、自分が誰かの為に貢献することができる場所が欲しい……クチートは……強くなりたいんだと思う……」

 

だから、タクミがいくら口で説明しても、どれだけ行動で示しても、一緒なのだ。

クチートが今の立ち位置に納得しない限りは意味がないのだ。

 

『となると、タクミの責任は重大だね』

 

アキがそう言って微笑みかけてきた。

タクミはその言葉に自嘲するように頷く。

 

「うん。ポケモンの強さを十二分に引き出すのはトレーナーの役目だ。そして、居場所を与えてやるのもやっぱりトレーナーの役目だ」

 

タクミはそう言ってクチートの頭をゆっくりと撫でる。

クチートは鬱陶しそうに眉間に皺をよせ、よりしっかりとタクミの服を引き寄せて丸くなった。

 

『なるほどな。よっしわかった。タクミ!もしクチートのバトル相手が欲しかったらいつでも言え!最悪、八百長でもなんでもしてやるぜ!これはバトルじゃなくて治療だからな!』

「ありがと、まぁ、もう少し地道にやってみるよ」

『……なにかあったら私にも相談して……多分、場所的に私とタクミが一番近い……』

「うん、ありがとマカナ」

 

タクミはもう一度自分の役割を胸に刻み、一呼吸を置いて話題を変えた。

 

「それで、アキの方はどう?学校は慣れた?」

『うん、大分過ごしやすくなったよ。それでね、ジャーン!見て見て!これがこの前ゲットしたスクールバッジ!!これでジムバッジ1個分だよ!』

「おおぉぉおお!!やったじゃん!」

 

窓から緩やかに流れ込む夜風に吹かれながら、その日は随分と夜遅くまでしゃべり続けてしまったのだった。

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