ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて 作:からんBit
ショウヨウシティを後にして北へと向かうタクミ。ショウヨウシティより続く10番道路は通称『メンヒルロード』と呼ばれている。今歩いているのは普通の峠道であるが、あと山を一つ越えれば巨大な石が幾重にも並んでいる光景が見えるはずだった。一つ一つの岩が小さな家ぐらいの大きさがあり、それが規則正しく一定の間隔で並んでいる不思議な場所だ。誰が、何の目的で作ったのかは今も判明しておらず、多くの歴史学者が今も研究にいそしんでいる。その光景を目にすることができれば次の目的地であるセキタイタウンまでもう少しだ。だが、峠にあるポケモンセンターまではまだ距離がある。タクミはそれ以上進むことはせず、今日は野宿することにしていた。
暗闇が怖いクチートを仲間にしてから、タクミは日が傾く前に早めにキャンプを張るようにしていた。
一通りキャンプの準備を整えたタクミは自分の手持ちポケモンを出し、自主トレに励む。
「ゴマゾウ!“こおりのつぶて”!キバゴ!足を止めろ!回避禁止!真正面から叩き落とせ!」
「パオパオ!」
「キバァァァ!」
ゴマゾウは丸くなって転がっている状態では“こおりのつぶて”を放つことができない。走行姿勢を解除して四肢で立つ戦闘姿勢に移るのは当然隙になる。その隙をできるだけ短くするにはとにかく練習しかない。
ゴマゾウはキバゴの周囲を走りつつ、ランダムなタイミングで“こおりのつぶて”放っていく。
「ゴマゾウ!丸くなるまでにもたついてる!ダメならペース落とせ!」
「パオパオ!!」
ゴマゾウは『これ以上のんびり走れるか!』と抗議するかのように声を張り、タクミの指示など聞かずに加速していく。
「こら!ゴマゾウ!!」
「パオッ!!」
そんなスピードでスムーズに回転状態から歩行姿勢に移行できるわけもない。ゴマゾウが“こおりのつぶて”を放とうとした瞬間、ゴマゾウは地面に顔から激突する羽目になった。
「ゴマゾウ!大丈夫か!?」
「パ……パオ……」
「まったく……」
“こおりのつぶて”を使うようになってもゴマゾウの走り屋としての精神はまるで変わらない。
ショウヨウジムで勝利した時に貰った“がんせきふうじ”のワザマシンを使おうとした時も小一時間説得する羽目になった。
ゴマゾウからすれば自分が走るフィールドに障害物を置くなど言語道断であったのだろう。そこでタクミは“がんせきふうじ”は障害物ではなく、コースなのだと力説した。つまり、“がんせきふうじ”でフィールドを自分だけの最高のレース会場に変えるのだと説明したのだ。
それでも納得してもらうのに随分と時間がかかったが、最終的にフシギダネにいくつかコース案を提示してもらってようやく納得してもらった。
本当に妙なところに強い拘りのあるゴマゾウであった。
ただ、そんなゴマゾウが自分の信念を曲げてまでしてジム戦で“こおりのつぶて”を使ってくれたのだから、仲間のことは大事に思ってくれているのだろう。
タクミは練習風景を見学するクチートをチラリと見る。
クチートはフシギダネとヒトモシに挟まれながら、おやつのポフィンを齧りつつリラックスしている様子であった。
練習とはいえ、一応はポケモンバトルだ。
拒否反応が出ないかどうか気がかりではあったが、どうやら大丈夫なようだ。
「これぐらいなら平気なのか……ってことはやっぱりジム戦みたいな本気のバトルの雰囲気が苦手ってことに……」
「パオ?」
「あっ、ごめん。練習を再開しよう」
「パオン!」
「キバァ!」
再びキバゴの周囲を旋回しながら“こおりのつぶて”を放つゴマゾウ。
氷の閃光が夕焼けに照らされて深紅のラインを刻んでいく。
その光を一身に受けるキバゴは先のジム戦で折れたキバが抜け落ちた直後であり、『キバなしキバゴ』の『ゴ』である。
ちょっとのっぺりとした顔になったキバゴは両腕で“こおりのつぶて”を叩き落していく。ただし、今回は“ダブルチョップ”を纏ってはいない。タクミは弾幕を受ける練習中に限って“ダブルチョップ”の使用を禁止していた。
キバゴが近接戦闘での正面突破を望むのなら、殴り合いに耐えうるだけの体力と相手の遠距離攻撃を弾き飛ばせるだけの耐久力が必要になる。その為に成長の伸びしろの高い今の時期に徹底的に鱗の一枚一枚まで鍛え上げるつもりであった。
「キバ……キバ……」
「キバゴ、息があがってるけど、いったん休むか?」
「キバァァァァ!」
「よし、いい気合だ。練習続行!!」
「キバァッ!!」
ゴマゾウとキバゴの特訓は日が沈み、“こおりのつぶて”が完全に視認不可になるまで続いた。
その後、皆で夕食の時間だ。
元々、キャンプの仕事はフシギダネやヒトモシにも手伝ってもらっていたが、最近ではクチートも少しずつ仕事を覚えてきている。食事の準備を色々と手伝ってもらいながらタクミ達は「いただきます」の大合唱と共に夕食を味わう。
今日のタクミの御飯は豆のスープと玄米のおにぎりであった。
ポケモン界で驚きだったのはこちらでは白米よりも玄米の方が好まれるということであった。
よくよく聞けば、玄米とは完全栄養食というもので、一日に必要な食物繊維やビタミン、ミネラルなどが接種できるらしい。旅の食事に好都合ということで多くの人が好んで食べることから随分と普及しているそうだ。社会の勉強で日本の米がポケモン界に輸出されるようになってから、国内の米の生産量が随分と様変わりしたとか習ったのを覚えている。
タクミとしては細かいことはどうでもいい。ただ、ポケモン界でも米が食べられるということに感謝である。
後片付けを終えたタクミはホロキャスターに入っていたゲームを起動した。
「フシギダネ、今日もやるか?」
「ダネフッシ」
タクミは折り畳み式の小型チェアに座り、胸元にフシギダネを抱き上げた。
2人して重なるように座りながら、タクミはホロキャスター内のチェスのゲームを選択する。
「はい、昨日は僕が勝ったから今日はフシギダネ先行どうぞ」
「ダネ……ダネ!」
フシギダネは“ツルのムチ”で器用にホロキャスターを操作して駒を動かしていく。
最近、タクミは夜になるとよくこうしてフシギダネとチェスに勤しんでいた。
ただ闇雲に打つのではなく、相手の手を何手も予想して打つ。
フシギダネの基本的な戦い方は“やどりぎのタネ”による盤面の制圧だ。
“ツルのムチ”による高速移動も、“やどりぎのタネ”を使った罠も結局のところ盤面を操作するための手段の一つに過ぎない。
フシギダネのバトルで必要なのはいかにして相手をこちらの戦略に引き込めるかだ。
その為にタクミとフシギダネは先の展開を読む思考力や視野を広げる意味も兼ね、こういったボードゲームで遊んでいる。まぁ、半分以上は単純にフシギダネと遊びたいだけなのだが。
「……ダネ……ダネ!」
「うっ……うう……そうきたか……」
鋭い位置にビショップの役割をするスリーパーの駒を置かれ、タクミが唸る。
動かすべきはナイトのシュバルゴか、それともここはクイーンのサーナイトで攻めに転じるか。
駒の位置を確認し、2手ぐらい先の動きをなんとなくで予想しつつ駒を動かす。
「ダネ?」
『いいの?』
フシギダネがニヤリと笑って振り返る。
「ダネ!」
「あっ!やばっ!ちょっ、ちょっと待った!」
「ダネダネ~(待ったなし)」
「ちくしょう、あぁっ、えと……」
そんなタクミとフシギダネのやり取りの傍ではヒトモシが“おにび”を操って空中に様々な図形を描いていた。
丸を作ったり、それを放射状に展開させたり、らせん状に回転させたかと思ったら球体に形を整えたり。
それはヒトモシのウォーミングアップであった。
ヒトモシは頭の炎を操って自分の影を大きくみせ、両手を広げた。
「モシ~~~」
そのヒトモシを光り輝かせるかのように“おにび”がヒトモシの周囲に漂う。
「キバキバ!」
拍手をするキバゴ
「パオ~ン!」
足踏みを鳴らすゴマゾウ
「クチ?」
何が始まるのかわからずにキバゴとゴマゾウの間でペタンと座っているクチート
ヒトモシは大きくお辞儀をした。
その直後、ヒトモシの背後から巨大な影が吹き上がった。
「クチッ!」
クチートは驚いて、隣にいたゴマゾウに身体を寄せた。
「パオパオ(“ナイトヘッド”だよ、あいつの舞台さ)」
ゴマゾウはそう言って、クチートの頭を鼻先でポンポンと叩いて安心させようとする。
クチートが驚いている間にヒトモシは“おにび”を操り“ナイトヘッド”で作った暗幕に青い光を投射した。そして、ヒトモシは更に“サイコキネシス”を操って影を生み出すための障害物をくみ上げた。
暗幕の中に巨大な影を浮かび上がる。
それはまさに黒い巨人。
ヒトモシの数倍はあるであろう巨大な影がヒトモシに襲い掛かろうと迫ってくる。
ヒトモシはそれに怯えるように数歩下がる。
だが、次の瞬間ヒトモシの手に無数の“おにび”が群がった。“おにび”はヒトモシの手から一直線に並び、剣のような姿になる。
ヒトモシが腕を振る。それに合わせて“おにび”がムチのように伸びて音を立てた。
ヒトモシが手元で小さく炸裂させた“はじけるほのお”の火花の音だ。
その音に合わせて、影の巨人がのけ反り、怯む。
だが、巨人はその両腕を何度も振り回して反撃してくる。
迎撃、攻撃、追撃、迫撃
殺陣のような攻防の末、ヒトモシのムチが巨人を遂に圧倒した。
巨人はムチに押されて後退し、そして逃げ出した。
「モッシィイイイ」
ヒトモシが威嚇するように吠え、そして観客を振り返った。
「モシ」
礼をするヒトモシに対してキバゴが再度拍手を飛ばす。
ゴマゾウも地面を鳴らして歓声をあげる。
クチートは目の前で行われた一人舞台をポカンとした目で見つめていた。
「クチ~………」
クチートは感心するような、呆けたような声が漏れる。
“サイコキネシス”と“おにび”であそこまでスムーズに影を動かす技術はすごいと思う。
“おにび”を自分の武器にする演出をすると同時に影まで動かして躍動する舞台を作るのもすごい。
ワザを4つも同時に使用して、何の問題もなく進んでいるところも驚異的だ。
舞台全体の流れも割とスムーズで、ところどころのヒトモシの怯えたり、立ち向かったり、勝ち誇ったりする顔芸もいい味を出している。
ただ、そんな全部の感想を吹っ飛ばす程にクチートが思っていたことは一つ。
『ヒトモシ、これ、何の意味があるの?』
何の意味もない。
単なるヒトモシの趣味である。
最初は自分の頭の上の炎を操って色々と絵巻物語のようなものを作っていたが、いつの間にかこんな大仰な影絵の劇まで作るようになっていた。このまま行けば舞台デビューでもするんじゃないだろうかという勢いだ。
とはいえ、タクミだけはそんなヒトモシの器用なワザ使いにニヤリと笑っていたのだった。
「ダネ~」
「…………」
盤面は割と笑えない事態にはなっていたが。
口元を真一文字に結び、唸り声をあげるタクミ。
そんな時だった。
「あ……すみません……」
ガサガサと茂みをかき分けて見知らぬ人の輪郭がヒトモシの青い炎の中に浮かび上がった。
タクミはチェス盤の手を止め、そちらに目を向ける。
そこにいたのは20代ぐらいの男性であった。細身で長身ながらも体つきは随分としっかりとしており、体全体に十分な筋肉がついていることが伺えた。顔つきの立体感が強く、短く切り揃えた髪は暗闇でもわかるほどにブロンドに輝いている。服装は黒い帽子に白い襟のないシャツ、そして黒のコードジャケット。木製の杖を持ち、その先端には巾着袋とモンスターボールが結び付けられている。
その特徴的な装いにタクミは目を見張った。
彼の服装はカロス地方の旅行パンフレットで見たことがある。
それは、とある職業の人間が旅をする時の服装のそのままだった。
「もしかして、『旅職人』の方ですか?」
「はい……私の名前はヴァルツ……手工業の大工を目指して旅をしている者です」
そう言って彼は手にした杖でトントンと地面を突いた。
「申し訳ありません。この辺りで野宿できる場所を探してまして……よろしければ共に一晩過ごしても構わないでしょうか?」
彼の声は長い旅で焼けたようにやや掠れ気味ではあったが、声音そのもに深みがあり、人を安心させる響きがあった。ただ、それ以上に彼の身に纏っている『旅職人』の装束は過去から続く伝統に裏打ちされた『誠実』の証そのものなのだ。
タクミはフシギダネを抱えながら直立し、「どうぞどうぞ」と散らかしていた荷物を一箇所に纏めて場所を開けた。
彼はタクミのテントからある程度の距離を置いたところに遮熱シートを敷き、その上に簡易テントを素早く建てた。ワンタッチで設置と収納ができる高級なタイプだ。珍しいテントを目の当たりにしてタクミは目を見張った。
「あ、あの……よければお水をお貸ししましょうか?水源まで少し遠いですし、もう暗いから危ないですし」
「いいのですか?」
「はい。僕はポケモンが大勢いるのでいつも余分に水を汲んでるんです。遠慮せずに使ってください」
「では、お言葉に甘えて……」
彼はそう言ってタクミが汲んできた水を分けてもらい、食事の準備を始めた。
水を沸かして携帯食料に注ぎ込む。そして、彼はタクミに向けてそのお湯の入ったケトルを掲げた。
「紅茶があるんですが、いかがですか?水のお礼です」
「いいんですか?ではお言葉に甘えて……」
「はい。砂糖とミルクは?」
「両方たっぷりお願いします」
「わかりました」
ヴァルツはニコリと笑い、食事と一緒に紅茶の準備も始めた。
タクミは彼と椅子を並べて座り、紅茶を味わった。
以前、将来喫茶店を開くことを夢見る少年ジャミルからも紅茶をごちそうされたことがあった。今回味わう紅茶はその時に飲んだものよりも香りの種類こそ少なかったが、濃厚な味わいが乗っていた。
「あの、ヴァルツさんは大工さんを目指してるんですよね」
「はい、大工になるにはマイスター試験を通過する必要があるのですが、その為に3年と1日の修行の旅が必要なのです」
「3年も……一度も故郷に帰ってないんですか?」
「ええ、故郷の周囲50kmに戻ることは禁じられています。他にも通信機器の使用は禁止。公共交通機関の使用も推奨されていないんです。ポケモンを1匹だけ連れて旅をして、様々な土地の技術や知識を学ぶ、それが大工の修行の旅なんですよ」
「へぇ、大変ですね……寂しかったりしないんですか?」
タクミがそう聞くと、彼は子供のような顔で楽しそうに笑った。
「君は旅をしてて寂しいことはありましたか?」
「あ……いえ、自分はホロキャスターでいつでも連絡が取れますし、それに、ポケモン達がいますから」
「はい。私も一緒です。私にもパートナーのドテッコツがいます。彼と一緒だったから寂しさを感じたことはありませんでした」
彼はそう言って杖にぶら下げていたモンスターボールに軽く触れた。
そのモンスターボールを見て、タクミの好奇心がゾクリと疼いた。
その視線を感じたヴァルツはクスリと笑った。
「バトルしてみたいですか?」
「えっ、あっ、いえ、その……お疲れなら、全然そんな……」
「いいですよ、バトルしましょう」
「えっ!」
「ここで出会ったのも何かの縁です。バトルもまた修行の一環ですしね」
『バトルをしよう』と言われ、興奮しないトレーナーはいない。
タクミは興奮に目をぎらつかせる。
だが、すぐさま冷静になりクチートの方へと視線を向けた。
「クチ……」
ビクリ、とクチートの体が震えた。
「あっ……」
視線が合ったので、バトルに選ばれると思ったのだろう。
クチートの足が震えている。だが、クチートは右手で大腿の部分をつねって震えを止めようとしていた。
「クチ……」
クチートが覚悟を決めたように前に出る。
どうする?このタイミングで他のポケモンを選べば、クチートはまた『自分は役に立たない』と思うことになる。かといって、バトルに出すわけにもいかないし……
そんな時、唐突にキバゴがタクミに向けてとびかかった。
キバゴの頭突きがタクミの腹にヒットする。
「ゴフッ!」
「キバキバキバッ!キバキバァ!」
吹っ飛ばされたタクミの腹の上に馬乗りになり、キバゴが何度も跳ねる。
バトルに出ようとアピールするキバゴ。タクミはこめかみをひくつかせて立ち上がった。
「お前、バトルしたいの?」
「キバッ!!」
両腕を折り曲げてマッスルポーズを取るキバゴをタクミは一瞥し、容赦なく言い放つ。
「だめ」
「キバァ……」
ガーン、という効果音が聞こえてきそうなキバゴ。
タクミはため息をつき、他のポケモン達が笑い声をあげる。
空気がやわらぎ、クチートの覚悟を決めた顔も戸惑い交じりのものに変わる。
その瞬間を逃さずタクミはクチートに笑いかけた。
「クチート、君もダメ」
「ク、クチ」
「というか、今日の出番はもう決めてる。おいで、ヒトモシ」
「モッシィ!!」
ぴょんぴょんと跳ねてた前に出てくるヒトモシ。
タクミはキバゴを足で小突きながら、フシギダネの方へ押しやる。
「フシギダネ、キバゴをよろしく」
「ダネダ」
「キバ~……」
バトルに向かうタクミ。そのタクミに向け、キバゴから不器用なウィンクが飛んでくる。
タクミはそれを投げ返すような仕草をした。
「ほんと、気の使い方がどんどん上手くなるなあいつ」
「モシモシ」
ヒトモシも同意するように頷いた。
「エースとしての自覚ができてきたってことかな」
「モシ?」
ヒトモシは『そうかな?』と首を傾げた。その頭に灯した炎は昨日キバゴがつまみ食いしたオボンの実の形になっていた。
タクミは喉の奥で笑いながら改めてヴァルツさんの前に立つ。
「よろしくお願いします!」
「ええ、よろしくお願いします。それでは行きますよ、おいで、ドテッコツ」
ヴァルツさんが杖をトンとつくと、杖の先に括りつけられたモンスターボールからドテッコツが飛び出した。
「行くぞヒトモシ!“サイコキネシス”」
「モッシ!」
ヒトモシの目が怪しく光り、超能力が相手を拘束しようと襲い掛かる。
「ドテッコツ、鉄骨を投げつけなさい」
「ドテェェェ!!」
ドテッコツはいきなり携帯している鉄骨をぶん投げた。
「まずい!下がれ!」
「モッシ!」
ヒトモシが後ろに飛び跳ねた直後、先ほどまでヒトモシが立っていた場所に鉄骨が突き刺さる。
「ドテッコツ、“みやぶる”です。そのまま間合いを詰めましょう」
「ドッテ!」
ドテッコツが前に出てくる。投げた鉄骨を拾い、それをそのまま振り下ろした。
通常の打撃攻撃。【ゴーストタイプ】のヒトモシなら回避する必要すらない。だが、今のドテッコツは“みやぶる”で確実にヒトモシの実体を捉えてくる。
「ヒトモシ!もう一度“サイコキネシス”だ!」
「モッシ!!」
“サイコキネシス”で鉄骨を頭上スレスレで受け止めた。
「モッシィイイイ!」
「ドッテェェェェ!」
鉄骨の重量に筋力を上乗せした攻撃。いくらヒトモシの“サイコキネシス”でも相手を止めるのが精いっぱいだった。
「ドテッコツ、“いわおとし”」
「ドッテェィ!」
ドテッコツが足を強く踏み込む。地鳴りのような音と共に巨大な岩が更にヒトモシに向けて降り注いだ。
「くっ……」
畳みかけるような攻撃にタクミの頭の中で思考が一気に巡る。
“サイコキネシス”の範囲を広げるか?
ダメだ。これ以上攻撃範囲を広げれば鉄骨を止められなくなる。
だが、攻撃は【いわタイプ】甘んじて受けるなどもっての他だ。
身をかわすか?だが、“サイコキネシス”は集中が乱れれば危険だ。
どうする?どうする?
その時、タクミの脳裏に先ほどのヒトモシの影絵の劇が浮かんだ。
「ヒトモシ!目の前に“はじけるほのお”!」
「モッシ!」
ヒトモシは“サイコキネシス”を使いながら自分のすぐ傍に“はじけるほのお”を生み出した。
球体に圧縮された炎は炸裂弾のようにはじけ飛び、ヒトモシ諸共吹き飛ばした。
強引に距離を取ってドテッコツの攻撃範囲から離脱するヒトモシ。
振り下ろされた鉄骨が地面をえぐり、落ちてきた岩が障害物となる。
ヒトモシは“はじけるほのお”で顔に付いた煤を払い落とした。
「ほう、肉を切らせて骨を守りましたか」
「今度はこっちの番だ!ヒトモシ!“おにび”」
「モシ!」
ヒトモシの周囲に“おにび”の青い炎が浮かび上がる。
ヒトモシはそれを四方八方からドテッコツに向けて殺到させる。
「…………」
それをドテッコツはまるでそよ風のように受け止める。
火傷を負うことを意に介さない様子。トレーナーであるヴァルツさんもまるで対応する素振りがなかった。
「攻撃を受けた……まさか、しまった!!ヒトモシ!距離を取れ!!“ナイトヘッド”」
「モシ?」
「遅いです。ドテッコツ!もう一度鉄骨を投擲」
「ドッテェェェイ!」
ドテッコツの投擲。だが、その攻撃スピードが先ほどよりも格段に上がっている。
ヒトモシはなんとか回避したものの、地面に突き立った鉄骨が巻き上げた土砂を浴びて怯んでしまった。
「ドテッコツ、“アームハンマー”」
「ドッテェェィ」
再びヒトモシに向けて鉄骨が振り下ろされる。
「モッシ……」
“サイコキネシス”の構えを取るヒトモシ。
「受けちゃダメだ!ヒトモシ!かわすんだ!」
「モッシ!?」
ヒトモシの行動が遅れた。
だが、最初から避ける準備をしていても一緒であったろう。
ドテッコツは目にも止まらぬ速度で鉄骨を振り下ろした。
ヒトモシは回避するこも、防御することもできずにその直撃を受けた。
ズゥン!と重い音がしてヒトモシが叩き潰される。
ドテッコツが鉄骨を持ち上げると、その下ではヒトモシが荒い息を吐いていた。
「ヒトモシ!間合いを開けろ!下がるんだ!」
「モッシ……」
距離を開けるヒトモシ。
ドテッコツは火傷によって負った傷を舐めながらも、その表情は余裕綽々である。
「特性の『こんじょう』だ。忘れてた」
状態異常になると、攻撃力があがる特性だ。
“みやぶる”を覚えていたこともあり、このドテッコツ、交代要員なしで戦うことをある程度前提としている。
「なるほど……手ごわいな……でも!!ヒトモシ!“ナイトヘッド”を打ち下ろせ」
「モッシィィィ!!」
突如、ドテッコツの頭上から“ナイトヘッド”が打ち下ろされた。
ヒトモシが先の攻撃の最中に夜闇の中に潜ませていた“ナイトヘッド”だ。
黒いエネルギー波を受けて膝をつくドテッコツ。
「畳みかけろ!!“はじけるほのお”」
「モッシ!」
「ドテッコツ、鉄骨を盾に」
「ドッティ!」
撃ち込まれた“はじけるほのお”はドテッコツの鉄骨に防がれて霧散する。火の粉が飛び散り、方々に松明のような明かりが生まれた。周囲に強い光が生まれれば、光と影のコントラストがより際立つ。
そして、光が色濃くなればより闇も強くなる。
このフィールドこそ【ゴーストタイプ】の独壇場だ。
ドテッコツが鉄骨の裏から顔を出した時には既にフィールドの状況は一変していた。
「ヒトモシが消えた!?」
「ドテ?ドテ?」
フィールドから姿を消したヒトモシ。
ドテッコツの“いわおとし”により障害物が増えたことで隠れる場所はいくらでもある。
「ヒトモシ!“はじけるほのお”!!」
「モッシ!」
「ドテッコツ!左です!!」
「ドテッ!」
ドテッコツが攻撃を回避しようと飛ぶ。
だが、それを待ち構えていたかのように闇の帳が吹き上がる。
「“ナイトヘッド”」
「モッシ!」
黒いエネルギー波に弾かれたドテッコツ。更にそこに“はじけるほのお”の余波が襲い掛かる。
左右に乱され、ペースを握られたドテッコツ。
そのトレーナーであるヴァルツは敵の位置を探ろうと視線を巡らせた。
「いました。ドテッコツ!右側に岩の影です!!」
「ドッティ!」
ドテッコツは鉄骨を振り回し、右側の岩を吹き飛ばした。
だが……
「えっ!“おにび”!?」
そこにいたのは“おにび”と土塊で作られたヒトモシの擬態人形であった。
「ヒトモシ!“サイコキネシス”!!」
「モッシィイイイ!!」
突如、ヒトモシが光の中に現れる。
完全に不意をついたヒトモシはドテッコツをサイコパワーで拘束し、地面に叩きつけた。
「ドテッ!!」
効果抜群の攻撃。
“ナイトヘッド”と“はじけるほのお”のダメージもあり、ドテッコツはその場で目を回してしまった。
その様子を見て、ヴァルツはため息を吐きだした。
「どうやら、私の負けみたいですね」
「いぉっし!!ありがとうございました!!」
タクミは小さくガッツポーズをして、頭を下げた。
2人は歩み寄り、握手を交わす。
「流石に本職には勝てませんか。お強いですね」
「いえいえ、ドテッコツも強かったです。というか、自分もまだまだ未熟ですね特性のことが頭から抜け落ちるなんて。あっ、キズぐすりありますか?良かったら使います?」
「大丈夫ですよ。ストックはあります」
2人はバトルで傷ついたポケモン達の傷を癒しつつ、焚火を囲む。
「ヴァルツさんはずっとカロス地方をめぐっているんですか?」
「いえ、私はカロス地方のもっと北東の方まで足を延ばしていました。修行の期間も終わり、故郷に帰るところだったんです……今日は先を急ぐあまり、森の中で立ち往生してしまいましたが」
「そうだったんですね。あ、あの、カロス地方の北東ってどんなところでした?どんなポケモンがいましたか?」
「ポケモンの話ですか……私は大工仕事の修行ばかりだったからあまり詳しくありませんが、それでもいいですか?」
「はい!」
「そうですね……」
タクミは彼からカロス地方の北東。雪と森に溢れる土地のことについて興味津々に聞いていた。
旅の語らいは続く。
旅が続く限り続いていく。