ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて 作:からんBit
審判AIは起動しない。トレーナーが2人以上いないと起動しないのだから当然だ。
その代わりを受け持ったヒトモシが“おにび”をフィールドの真上で破裂させた。
その音を合図にフシギダネが仕掛けた。
真正面からの“ツルのムチ”だ。何の捻りもない一直線の攻撃。
「クチート!横っ飛びにかわせ!」
「ク、クチ!」
クチートは素早く“ムチ”の軌道から飛びのいた。
だが、早すぎる。
タクミの声に過剰なまでに即座に反応したせいで、フシギダネには攻撃の軌道を修正する時間が産まれてしまった。
「ダネ……」
フシギダネは容赦なく“ムチ”の軌道を変化させ、“ムチ”をクチートの体の真芯へと叩きつけた。
「クチッ!」
打撃を受けて下がるクチート。
クチートは顎を支えにして膝を折ることなく、耐える。
“ツルのムチ”は【くさタイプ】のワザ。クチートへのダメージは少ない。
そのはずなのだが……
「クチッ……クチ……」
たった一発の攻撃でクチートは息を荒げ、肩を上下させていた。
体力を削られたわけではない。
体に力が入り過ぎていて呼吸が浅くなっているのだ。
「クチート!落ち着いて深呼吸だ」
「ク、クチ……」
クチートは大きく息を吸い込もうとする。だが、それは結局ポーズだけ、全然息を入れることができていない。
「……ダネ……」
フシギダネはクチートの呼吸が整うのを待つように“ムチ”を止める。
フシギダネは指示を求めるかのようにタクミに目線を向けた。
タクミの眉間に皺が寄る
思った以上にクチートの動きが硬い。
精神的負担も目に見えて重そうだ。
継続するか?中止するか?
だが、たった一度の攻防だけで諦めてしまうのは逆にクチートの傷口を抉る結果になりかねない。
タクミはクチートの顔色を伺う。
クチートの左目にはまだ力が入っている。バトルの意志はある。
タクミはもう少し様子を見ることにした。
「クチート!“アイアンヘッド”!」
「クチッ!」
クチートが前に出る。直線的な突進だ。
だが、遅い。
足腰の筋力の問題ではない。足がまともに地面を蹴れていない。
前に出るのを恐れている。
「……ダネ……」
そんなクチートに向け、フシギダネは容赦なく“やどりぎのタネ”を放った。
「クチート!足を止めろ!打ち返せ!!」
「クチ!」
放物線を描いて飛んできた“やどりぎのタネ”をクチートは“アイアンヘッド”で迎撃する。
銀色に光った顎を振り回し、“やどりぎのタネ”を叩き落していく。
戦えているように見えるが、顎の振りが必要以上に大振りだ。強く顎を振ろうとして、逆に身体が振られているのだ。
それでもクチートは“タネ”を全て迎撃してみせた。
「クチート!地面に向けて“アイアンヘッド”」
「クチ?」
「いいから、一発叩き込め!」
「ク、クチッ!」
クチートはその場で軽く飛び上がり、顎を地面に叩きつけた。
その振動で地面に埋まりつつあった“やどりぎのタネ”が浮き上がる。
どさくさに紛れて地雷のようにフシギダネが設置した“やどりぎのタネ”だ。
絶対に仕込んでくると思っていた。
「クチート!“タネ”の場所はわかったか?一気に肉薄する!」
「クチ!!」
場所が把握できた“タネ”なら怖くない。
クチートは正確に“タネ”の場所を回避しながらフシギダネへと迫る。
「ダネ……」
その時、フィールドの四隅から一部のタネが成長を遂げた。
クチートを狙ったものではない。フックショットの座標だ。
フシギダネは“ツルのムチ”を伸ばして成長した“タネ”を掴んで移動を開始した。
距離を開けられたクチートはフシギダネになんとか追いつこうとする。
だが、“ムチ”による三次元的な移動に付いていくのは至難だ。
「ク、クチッ……」
「クチート、落ち着け!まずはフシギダネの移動先を……」
「ダネッ!」
フシギダネが“ツルのムチ”を横なぎに叩きつけた。
しかも右側からの攻撃。そこは右目の視界を失ったクチートの死角となる場所だ。
「クチッ!」
顔を殴られ、クチートの体がぶれる。
そして、踏み出した先には既に“タネ”が埋め込まれている。
「ク、クチッ!!」
クチートが踏み込んだことにより“やどりぎのタネ”が成長し、クチートの手足を絡め取った。
「……フシギダネ……容赦ないな……クチート!“ほのおのキバ”で振り払え!」
「ク、クチッ!」
クチートは顎を打ち鳴らし、火花を散らす。そして赤熱した顎を振り回し、なんとか“やどりぎのタネ”を焼き切った。
「ダネダ!」
だが、その隙を逃すフシギダネではない。
フシギダネは3次元的機動を繰り返しながら、“ツルのムチ”の連打を浴びせてくる。
「ク、クチッ……クチッ……」
攻撃にさらされ、丸くなって縮こまってしまうクチート。
左目を閉じ、頭を抱えて、幼子のように身を守るしかできないクチート。
「……ダネ……」
そのあまりの痛々しさにフシギダネの顔が歪む。
だが、フシギダネは胸を掠める罪悪感を嚙み潰して攻撃を重ねた。
「クチート!目を開けるんだ!クチート!」
「ク、クチ……」
クチートは左目を腕で庇いつつ、顔を上げる。
その瞳には涙の粒が浮かんでいた。
痛みの涙か、バトルに対する恐怖か、それとも今の状況はタクミの知らないクチートの心の傷を抉ってしまっているのだろうか。
わからない。止めるべきか?続けるべきか?
タクミは奥歯を食いしばり、指示を飛ばした。
「クチート!“ムチ”を掴むんだ!フシギダネを引き寄せろ!」
「……クチ……」
クチートは顎を開いて“ムチ”を捕まえようと振り回す。
だが、クチートの大振りな動きではフシギダネの多彩な“ムチ”を捕まえることができない。
それはフシギダネの技術もさることながら、クチートが攻撃に対して身を引いているのが一番の原因だった。クチートは相手の攻撃に過敏に反応し、体が硬直している。あれでは攻撃に対応することなどできはしない。
「……くそっ……」
それはきっと視野を奪われた中で生きていかなきゃならなかったクチートの条件反射なのだろう。視界がなく、すぐに逃げられないクチートにとって、物音や攻撃の気配にすぐさま防御姿勢を取るのは当然の反応だ。その習慣が今も染みついている。
タクミが飛び回るフシギダネに目を向けると、フシギダネもこちらを見ていた。
両者の視線が交差する。
フシギダネは目線でタクミに質問を投げかけていた。
『まだ続けるのか?』
タクミは奥歯を食いしばる。
クチートの臨界点が近いのはわかっている。
だが……
「クチート!地面に向けてもう一度“アイアンヘッド”だ!」
地面を打ち抜く意味はない。
それは、タクミがクチートの体力を推し量る為の行動だった。
ワザを放つ力が残っているのか?
動く気力はまだあるのか?
そして、クチートはそれに応えた。
「クチ!!」
クチートは顔をかばいながらも地面に“アイアンヘッド”を叩きつけた。
地鳴りのような音がした。埋まりかけていた“やどりぎのタネ”が再び浮き上がる程の衝撃。
クチートにはまだ力がある。
タクミはフシギダネに向け、小さく頷いた。
フシギダネは頷き返し、狙いをクチートの右側に集中していく。
死角に対して攻撃を集めるフシギダネ。自分も左足というハンデを背負っているからこそ、クチートに対しても厳しくその弱点を責める。
「……フシギダネなりの愛のムチか……」
滅多打ちになりつつあるクチート。
とはいえ、フシギダネのスタミナだって無限大ではない。
必ず、攻撃が途切れる瞬間が来る。
そのタイミングはタクミが一番よく知っていた。
「クチート!今だ“ほのおのキバ”だ!」
「ク、クチッ!」
フシギダネの“ツルのムチ”の動きが鈍った一瞬。
そこをタクミは逃さなかった。今度はタイミングもバッチリだ。
クチートはようやく“ツルのムチ”捕まえた。
「ダネッ!」
「よし、クチート!そのままフシギダネを叩きつけろ!!」
「クチッ!!」
クチートが大きく顎を振り回そうとする。
「っ……」
タクミは唇を真一文字に固める。
必要以上の大振りの行動。それは十分に大きな隙だった。
フシギダネはそのクチートの大振りの顎に合わせ、“ツルのムチ”を更に伸ばした。“ムチ”をたわませることで、力を逃がしたのだ。
大きく顎を振ったクチートはその力の行く先を無くして、大きくバランスを崩した。フシギダネはその隙に体制を立て直し、もう一本の“ムチ”を伸ばす。
「ダネダ!!」
「クチート!“ムチ”を離せ!!」
「ク、クチッ!」
顎を離そうとするクチートであったが、もう時すでに遅く。フシギダネの“ムチ”に絡め取られてしまった。顎を縛り上げられ、両足を拘束されたクチートはその場に倒れ込むことしかできなかった。
フシギダネはクチートの隣に着地する。
「……ク、クチ!クチ!」
“ツルのムチ”から抜け出そうとするクチート。
そんなクチートにフシギダネはゆっくりと近づく。
「ダネ……」
“ムチ”を振りかぶるフシギダネ。
ギュッと目をつぶって体を強張らせるクチート。
そして、フシギダネは“ムチ”の先端でクチートの額をコツンと突いた。
「……クチ?」
「……ダネダ……」
目を開けたクチートの額をフシギダネは再度コツンと突く。
クチートを叱るように2回、3回と突っつくフシギダネ。
そして、クチートの額が赤くなってきたのを見計らい、フシギダネはクチートを“ムチ”から解放した。
これ以上はバトルを続けることはできない。
フシギダネは左足を引きずりながらフィールド傍の木陰へと歩いていく。
その背中を見送り、タクミはバトルフィールドに入っていく。
起き上がったクチートは意気消沈といった顔で自分の額を抑えていた。
タクミはそんなクチートの傍にしゃがみこむ。
「クチート。お疲れ様」
「……クチ……」
目を伏せるクチート。
攻撃のほとんどが【くさタイプ】であったこともあり、クチートのダメージは大したことはない。
フシギダネも手加減してくれたので怪我らしい怪我もなかった。
唯一目立つのが赤くなったクチートの額ぐらいなもので、クチートはしきりにそこを自分の手でこすっていた。
そんなクチートの頭をタクミは優しくなでる。
「よく頑張ったよ。クチート」
「……クチ?」
涙目になってタクミを見上げるクチート。
そんなクチートの顔に思わずタクミは噴き出した。
「クチート、お前な、なんでそんな不安そうな顔してるんだよ」
「クチ……」
「最初のバトルなんてこれぐらいでいいんだ。気長にやっていこう」
タクミが満面の笑顔でそう言うとクチートの瞳からポロリと雫が落ちていった。
一滴は二滴に、次第にボロボロと涙が次々と溢れだしていく。
右目からも漏れているのか、クチートの眼帯が湿っていく。
「……クチ……クチ……」
俯き、何事かを繰り返すクチート
それが『ごめんなさい』とかいう、つまらない謝罪じゃないことをタクミは祈るばかりだ。
タクミとしてはクチートには『ありがとう』と言って欲しいのだ。
「キバキバァ!」
「パォォオン!」
「モッシモシモシ!」
そんなクチートの周囲に他の仲間達が飛び込んできて、取り囲む。
励ましているのか、慰めているのか、それとも両方か。
タクミはクチートを彼等に任せ、木陰で休んでいるフシギダネの方に向かった。
「……フシギダネもお疲れ様」
「ダネ……」
「それで、はい」
タクミはフシギダネの前に座り込み、手を出す。するとフシギダネは無言で“ムチ”を一本差し出してきた。
その先端にはクチートが“ほのおのキバ”で噛みついた痕が軽い火傷になって残っていた。
「……ありがとね。今回も憎まれ役を任せることになっちゃった」
「……ダネ」
『気にすんな』とでも言うようにフシギダネが肩を揺らす。
タクミは手持ちの軟膏をフシギダネの“ムチ”に塗っていく。
念のために後でジョーイさんに診てもらうつもりではあるが、怪我の治療は初期対応が大事なことはトレーナーにとって常識だ。
「なかなか難しいね……」
「ダネダ」
クチートの先はまだまだ長そうだった。
「クチート自身がバトルを求めなければ、いくらでもやりようはあるんだけどな……」
「……ダネ……」
ポケモンの生きる道はバトルだけではない。
コンテストを始めとした他の道だっていくらでもあるし、それこそタクミとしては旅の仲間が一人増えているだけで十分なのだ。クチートが喜ぶ顔を見るのは純粋にうれしいし、キバゴ達も世話を焼ける相手ができて喜んでいる節がある。
だが、クチートはバトルで活躍したがっている。
今はそれを尊重してやるしかない。
「…………それにしても……」
タクミはフシギダネの“ムチ”についた傷を見つめる。
その視線を嫌うようにフシギダネはパチンとタクミの手を叩いて、“ツルのムチ”をしまい込んでしまった。
「いって……フシギダネ……」
「ダネダ」
ニヒルに笑うフシギダネにタクミは苦笑いを返す。
「……強いは……強いんだろうな」
「ダネダ」
流石は、一度別のトレーナーに育てられているだけのことはあるというわけだ。
フシギダネの“ムチ”についた傷は思ったより深かった。これ程のダメージはタクミの他のポケモンでは決して作り出せない。キバゴでさえここまで深くはフシギダネにダメージを入れられない。
以前のトレーナーは確かにクチートに酷い仕打ちをして捨てた。だが、それまではクチートを一線級にするつもりで鍛えてはいたようだった。今のクチートは体重が戻ってきたばかり。パワーだって全盛期より幾分も落ちている。それでも、一噛みでこれだけの傷を作るのだから、余程しっかり育てていたのだろう。
「あの洞窟を目隠しでも生き抜けたのには理由があるってわけだ……」
「ダネ」
「……でもな……今のクチートに真正面きってのバトルをさせるのはなぁ……」
「ダネダネ」
フシギダネは自分の背中から“やどりぎのタネ”を3発程発射し、それを“ツルのムチ”を2本出してジャグリングしてみせた。
「お前、そんなことできたの?」
目を丸くするタクミにフシギダネは『そうじゃねぇだろ!』とでも言いたげに声を荒げた。
「ダネ!ダネフッシ!」
「わかってるよ、お前みたく搦め手を使った方がいいってことだろ?でもな……手持ちのワザマシンじゃなんとも……」
サイホーンレースの副賞でもらったワザマシンで残っているのは“ほえる”とか“まもる”とか汎用性の高いワザばかりだ。“あなをほる”はキバゴで十分に役立ってもらっているが、他のワザマシンでクチートの戦術の幅を広げるのは難しそうだった。
「……さて……どうするかなぁ……」
タクミはフィールドの真ん中に座り込むクチートに目を向ける。
ヒトモシがその頬の涙をぬぐい、キバゴが背中をさすり、ゴマゾウがよしよしと頭を撫でている。
そんな時、フシギダネは“ムチ”を一本伸ばして時計を示した。
ちなみに、“タネ”は“ムチ”1本で3つを回している。
「ん?あぁ、そろそろハルキ君との試合の時間か。それじゃあ、いっちょやりますか」
タクミはひとまず考えを後回しにして、大きく伸びをした。
クチートに言った通り、時間はあるのだ。
焦らず、一歩ずつ。
まずはクチートのバトルの精神的な硬さを抜いてあげることから始めよう。
そう思っていると、ポケモンセンターの中からハルキが現れて片手をあげた。
彼の友人達の姿はない。一人で来てくれたことにタクミはホッと息を吐く。
ハルキを含めた彼等のことは別に嫌いではないが、どうにも会話のリズムが合いそうにないのだ。話の内容というか、言葉選びがどうにも肌に合わない。
タクミは自分のポケモン達を呼び寄せてフィールドを空ける。
木陰に皆を集めたタクミは予め予定していたメンツに声をかけた。
「キバゴ、ヒトモシ。出番だ」
「キバァァァ!!」
「モッシィィ!!」
キバゴは先程バトルができなかったことでフラストレーションが溜まっているようだった。そんな気持ちを発散するかのように大きくガッツポーズを取る。ヒトモシもそれに合わせるように頭の炎をマッスルポーズのように変化させた。
やる気は十分。
先程のフシギダネVSクチートのバトルがいい具合に彼等の熱量を上げてくれているようだった。
勇み足でフィールドへと飛び出していく2人と一緒にタクミもフィールドへと戻る
トレーナーサークルに入る前にタクミは木陰で休む面々に声をかけた。
フシギダネは変わらず手遊びのように“ムチ”1本でジャグリングを続け、クチートはまた額をさすっていた。ゴマゾウはいざとなれば自分も参加できるのをアピールするかのように地面を前足でかいていた。
タクミはそんな仲間達に片腕をあげる。
クチートにもう一度見せてやるのだ。
自分の仲間がどれだけ便りになる存在なのかを。
「よっし、それじゃあタクミ君。あの時と同じ2対2でいいね!?」
「もちろん!今回も……勝つ!!」
「勝負だ!!」
そして、審判AIが起動し、バトルが宣言されるのであった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
「納得いかない……」
タクミはバトルフィールド傍のベンチに座り、ふてくされたかのように顎に握りこぶしを当てていた。
「……負けは負けだけど……なんか釈然としない……」
タクミは奥歯をギリギリと噛みしめる。
その肩をフシギダネがポンポンとねぎらうように叩き、ゴマゾウが膝に鼻を置いてさすってくれている。
クチートはなんかオロオロとしたようにタクミの前で右往左往して、時折励ますようにガッツポーズを取って見上げてくる。
ハルキとの1戦。
結果は2-0の惨敗だった。
シェルダーから『みずの石』で進化したパルシェンと、『やみの石』で進化したギルガルドが相手だった。
石で進化するポケモンはトレーナーの意志で進化のタイミングを選べる都合上、トレーナーによっては早急に進化させることもある。戦術とか成長能力とか色々と理屈はあるが、決定的な『定石』というのはなく、今も議論が続いている分野だ。
ハルキがこの町に寄った理由を考えればわかることであったが、彼は自分のポケモンをできるだけ早いタイミングで成長させたかったらしい。タクミのポケモンはまだ誰も進化を経験していない。基礎能力が1段も2段も上の相手にタクミのポケモン達は手も足も出なかった。
とはいえ、ヒトモシも3段階目の進化には石が必要なポケモンだ。ギルガルドとは条件としては五分なのだから、それ程理不尽な話でもない。ハルキの育て方がタクミを上回っていたというのが現実だ。
だが、理屈と感情はいつだって別ものなのだ。
頭では自分が負けた理由などわかっているが、どうしても『ズルい』という感情が先んじてしまうのは無理のないことだった。
そんな時、ハルキがポケモンセンターから戻ってくる
「タクミ君、ほい」
「ありがと、ハルキ君」
タクミはハルキから投げ渡されたジュース缶を受け取った。
とりあえず、炭酸爆弾は仕込まれておらず、タクミが開けた炭酸ジュースは「プシュ」という子気味の良い音を立てて開いた。
彼が来たことで、フシギダネがゴマゾウとクチートを連れて先程の木陰へと場所を移していく。
相変わらず気遣いのできる奴である。
「いやぁ、快勝快勝。前回の借りはこれで返したからな」
「何回も言わなくてもわかってるよ。これで1勝2敗だ」
「とりあえず俺の勝ち越し」
タクミは口を真一文字にして、ジュースを半分程一気に飲み込んだ。
「っていうかさ、タクミ君は石で進化するポケモン連れてないのにどうしてこの町に来たの?観光?」
「まぁね。ちょっとお土産を買うためにね」
実のところ、純粋にジムのある町だけを巡るのならこの町はスキップできるのだ。
前回のジムバトルをしたショウヨウシティからもう一度『地つなぎの洞穴』を抜けると川に出る。
バトルシャトーが建っていたあの川だ。
あの川を通る連絡船に乗れば、一番手近にあるジムのある町『シャラシティ』まで一気に進むことができる。
このセキタイタウンに寄るトレーナーの多くは進化の石目当てか、観光か、もしくはトライポカロンの会場になった時にパフォーマーが訪れるか。あとはセキタイタウンとシャラシティを繋ぐ『写し見の洞窟』に用事がある場合ぐらいで、本来なら『地方旅』にはあまり含まれない町なのだ。
タクミはアキのお土産を買うために少々観光目当ての遠回りのルートを通っている。その為、他のトレーナーが『地方旅』で使うルートから外れているのだ。
「ハルキ君たちは石目当てだったの?」
「ああ、俺の仲間達も含めて石で進化するポケモンが全部で8体もいるんだ。次のショウヨウジムのことを考えてもここでポケモンを一気に強化しておきたいからな!そして、その強さはしっかり確認できた」
ニヤリと白い歯を見せるハルキにタクミは渋い顔を隠さず黙り込む。
「タクミ君も相変わらずあのフシギダネで頑張ってるんだ。あのフシギダネ連れてジム戦突破できるなんてすごいよ」
彼にフシギダネを蔑む意味合いない、はず。
ないはずなのだが、どうしても言葉遣いにどこか引っ掛かりを覚えてしまう。
最初の第一印象が悪かったせいもあるのだろうが、タクミは心のどこかでため息をつく。
これさえなければ、彼は社交的だし、明るいし、バトルも強いしで、タクミとしてももう少し愛想笑いを減らして接することができるのだが。
「ありがと。結構、苦戦したけどね。ザクロさんも強かった」
「あっ、その話聞きたい。どうだった?」
「結構ギリギリだったよ、バッジの数が違うから出てくるポケモンは違うんだろうけど、最初のイワークは……」
その後、タクミはハルキと今まで戦ってきたジム戦についての情報交換をする。
タクミが一通り話し、次はハルキの番。
タクミの最初の質問はこうであった。
「それで、ハルキ君が一番苦戦した相手は?」
それに対するハルキの答えはほぼ即答であった。
「そりゃなんといってもシャラジムだよ」
そう言ったハルキの表情は珍しく硬いものであった。
彼は空き缶に力を入れて凹ませようとする。10歳の握力じゃ軽く凹むぐらいしか変化しないが、彼の
「シャラジムのジムリーダーは『メガシンカ』を使うんだ」
「……メガシンカ……」
それはカロス地方で発見された『キーストーン』『メガストーン』と呼ばれる2種類の石を媒介とする新たなポケモンの可能性だった。
『進化を超えた進化』とされる『メガシンカ』は、その限界を超えたポケモンの進化だ。身体が成長し新たな姿となる通常の進化ではなく、バトル中のような極短時間のみで発現し、その後はそれ以前の姿に戻る。そして、メガシンカを遂げたポケモンは、通常の進化ではありえないパワーを発揮することができるようになるという。
「メガルカリオ……強敵だったよ」
彼が生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
「俺達の中でジムバッジを手に入れることができたのは俺だけだった……俺と一緒に旅しててジム戦をやってるのは3人なんだけど、3人とも初戦はボコボコでさ。1か月間、シャラシティで特訓を重ねた。それでも俺以外の2人はメガルカリオを攻略できなかった」
「それ以上粘らなかったの?」
「俺は『いい』って言ったんだけど、2人はこれ以上は旅を遅らせられないって。もし、2人がポケモンリーグを目指すのなら今後は途中で別れることになるかもしれない。それか……」
ハルキは両手で缶を握り潰そうと力を込める。
缶の形が変形した。
「……もう、2人は……諦めてるのかもしれない……」
「え……」
「それだけ、圧倒的だったんだ……もし、この先、ジムリーダーがあれ以上の強さになるんだったら、どこにいっても勝てないんじゃないか……あいつら、そんな感じのことを少し話しててさ……」
「…………」
それは他人事ではなかった。
ジム戦の分厚い壁に阻まれ、心を折られてしまうトレーナーは決して少なくない。
自分や他の友人達がいつその障壁にぶつかるかは誰にもわからないのだ。
「メガルカリオは……スピードもパワーもテクニックも……全てが桁違いだ。俺はヒトカゲが土壇場でリザードに進化してくれて、メガルカリオが対応できないうちに畳みかけてなんとか倒すことができた……だけど、多分もう一回やったら……」
ハルキはもう一度缶に力を込める。
ハルキの力ではそれ以上缶を変形させることはできなかった。
「バッジは3つめが鬼門って言われている……そこでジム戦のレベルが跳ね上がるって……タクミ君は次が3つ目だろ」
タクミは無言で頷いた。
「ライバルにこういうこと言うのもなんだけどさ……」
ハルキは缶をゴミ箱に放り投げた。
空き缶は見事な放物線を描いてゴミ箱に吸い込まれた。
「頑張れよ」
「うん」
タクミはジュースを飲み干し、ごみ箱に投げ込んだ。
缶は一直線にゴミ箱に吸い込まれ、派手な音を立てた。
「ただでさえ、タクミ君はハンデあるポケモンばっかりだから、きっとキツイ勝負になるよ」
「…………うん」
だから、なんでそういうことを言うかな。
タクミはやっぱり一言以上多い彼の会話に奥歯がムズ痒くなるような感覚を覚えるのだった。