ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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世の中いろんな人がいる

タクミ達はマサ先生に連れられ、ゲートへと向かった。

 

「ほら、見えてきたぞ。あれがゲートだ」

「おぉおおおお」

 

子供達の歓声があがる。そこは円形の巨大なホールであった。大きさは野球場以上にあるだろうか。天井は遥か高く、そこを鳥ポケモンが悠々と飛び回っていた。

 

マサ先生はそのホールの中心を指差していた。そこには小さな丘ぐらいはありそうなドーム状の物体が鎮座していた。その表面は黒と白と虹色の絵の具をかき混ぜて渦を作ったような色合いで、見ていると奥に吸い込まれていきそうな錯覚を受ける。遠近感が掴みにくいせいか、真正面から見ればそれはまさに空間を貫くトンネルのようだ。『ゲート』という名前は言い得て妙であった。

 

そのゲートに四方八方から線路が突き刺さり、葉巻状の乗り物であるリニアモーターが次々と出入りしていた。

 

「あれが、ゲートトレインだ。あの電車に乗れば、次に降りる時はポケモン界だぞ」

「おおおおお!すげぇっ!すげぇっ!」

 

ミネジュンは興奮のあまり「すげぇっ」を連呼し続け、タクミは逆に言葉を失っているようだった。

 

タクミ達はマサ先生の引率のもと、カントー地方行きのトレインに乗り込む。

ゲートトレインの中は新幹線と同じような座席が並んでいた。ただ、普通の新幹線と違うのはその重厚なシートベルトだろう。

 

ゲートの安全性は度重なる実験により保障されてはいる。だが、地球界でもポケモン界でも解析不可能なゲート。人間が手を出せない領域に突っ込むのだから安全対策は厳重に執り行われている。

しかし、万が一ゲート移動中に事故でも起きた時、こんなシートベルトなど役に立たないだろうと思う。それがわかっていても、最大限の抵抗をしてみるのが人間というものらしい。

 

そんなゲートトレインに乗り込んでいる小学性はタクミ達だけではなかった。

周囲には同じくオーキド研究所でのポケモンキャンプに参加するのであろう子供達が数多く乗り込んできていた。そのせいで、ゲートトレインの中はちょっとしたお祭り騒ぎのようだ。

 

あちこちでポケモン談義が繰り広げられ、最初にもらうポケモンや最初にゲットしたいポケモンについての話が盛り上がっていた。

 

「いよいよポケモン界だな!ポケモン界だな!!」

「うん。そうだね」

「俺さ、俺さ最初にゲットしたいポケモンがいて、カントー地方ではズバットかディグダをゲットしたいんだよ。それでさ……」

 

既に何度も聞いた話だ。

ヒートアップしていきそうなミネジュンだったが、それを制するようにマサ先生が注意を飛ばした。

 

「おい、峰!ちょっと静かにしなさい。他のお客さんもいるんだぞ」

 

マサ先生の低くてよく通る声がトレインの中に響き渡る。

その瞬間、子供達のざわめきが一気に静まり返った。

 

「あ……」

 

子供達の視線がマサ先生へと注がれる。マサ先生は勉強よりも体育の方が好きな先生だ。特に今は動きやすいジャージ姿。腕まくりをした服の袖からは筋骨隆々の太い腕が伸びていた。

周囲から畏怖と脅威の視線が集中する。それは、ポケモンキャンプに参加する子供達が『逆らってはいけない先生』の枠にマサ先生に名前を書き加えた瞬間であった。

 

だが、マサ先生もそれは慣れたもの。

 

軽く咳払いを挟み、ミネジュンへと注意を続けた。

 

「わかったか!?」

「はいっ!」

 

大人しく座席について、唇を引き締めるミネジュン。

 

マサ先生はゆっくりと周囲を見渡し、十分に睨みをきかせた後で、自分の座席へと腰を降ろした。

ゲートトレインの中の子供達の声は先程より幾分か小さくなっていた。

 

「そんなに怖い先生じゃないんだけどね……」

 

タクミは小さくそう呟いて手元の『プロテクトボール』に視線を落とした。

丁寧に磨かれたプロテクトボールの表面に自分の顔が映り込んだ。

 

反射して見る自分の顔。

 

そこには、涙をこらえて腫れぼったくなったままの瞼がまだ残っていた。

思い出すのは腕の中で力なく横たわるキバゴの姿。

敗北の味は随分としょっぱかった。

 

そんなプロテクトボールの表面に別の顔が映り込んだ。

 

「ねぇ、きみ。さっきバトルしてたでしょ?」

「え?」

 

声をかけられ、顔を上げる。

 

タクミの目の前に見慣れない男子の顔があった。彼は前の座席から背もたれを乗り越えて、身を乗り出してきていた。

彼の顔は彫りが深く、影が全体的に濃く現れた顔立ちをしていた。短めの髪はワックスでもつけているのか、綺麗に整えられており、身だしなみも随分と洒落ている。

 

タクミは『女子にモテるタイプなだな……』と、そんなことを思った。

 

ちなみにタクミの容姿ははどう転んでも『普通』という枠組みに収まる。主に寝癖がついてても気にしないような大雑把な性格が災いしている。

 

「きみ、さっきバトルしてたでしょ!?キバゴのトレーナーの」

「え、あっ、うん」

「俺はハルキ。羽根田 春樹(ハルキ)ってんだ。ポケモンキャンプに参加するんだよな?よろしく!」

「あ、うん。こちらこそ。僕はタクミ、斎藤 拓海」

「よろしくぅ!」

 

差し出された手を握り返すと、ぶんぶんと勢いよく振り回された。

 

「えと、ハネダ君は……」

「ハルキでいいよ。みんなからそう呼ばれてんだ」

「へぇ……それで、ハルキ君もポケモンキャンプに参加するんだよね?」

「もちろん!!」

 

タクミはとりあえず、当たり障りのない話を選ぼうとした。要するに『最初のポケモンは何にする?』である。

だが、それより先にハルキの方から話題を振ってきた。

 

「君の最初のポケモンはキバゴなの?それ誰かからもらったの?最初のポケモンが【ドラゴンタイプ】って珍しいよな?」

「え?ああ……まぁ、そうだよね」

 

正確には最初のポケモンというわけではないのだが、その辺りの事情は話せば長くなる。一々訂正するのも面倒だったので、タクミは適当に話を流した。こういった前のめりで話を進めてくる人の相手はミネジュンで慣れている。

タクミは半ば愛想笑いを浮かべながら、彼に話を合わせようとした。

 

だが、次の一言でタクミの表情が一気に硬直した。

 

「でも、どうせそのポケモンは手持ちに加えないんだろ?」

 

ピクリ、とタクミの身体に力がこもる。

 

「え?なんで?」

「え?使うの?ケロマツに負けるようなキバゴを?もしかしてバトルとかあんま興味ないタイプ?」

「いや、バトルは興味あるけど……キバゴは僕のパートナーだから」

「えぇ?でも、最初にもらったポケモンを使い続ける人って案外少ないらしいんだぜ。さっさと強いポケモンを捕まえて、手持ちに加えた方がいいだろ?」

「そんなの人の勝手じゃないかな?ホウエンチャンピオンのダイゴさんとか、ガラルチャンピオンのダンデさんなんかは最初に手にしたポケモンを今でも手持ちに加えてるってインタビューで言ってたよ」

「でも、それって最初にもらったポケモンが強いポケモンだったからだろ。ケロマツに負けるようなキバゴなんてさっさと手放したほうがいいって。ポケモンバトルで勝つにはやっぱもっと複合タイプを持ったドラゴンポケモンとか……」

 

ピシリとタクミのこめかみに青筋が立った音が聞こえた気がした。タクミは『大きなお世話だ』と言いだしたいのをぐっとこらえる。

 

正直、咄嗟に悪態が口からが飛び出なかっただけ、タクミの自制心は誉められるべきであっただろう。

もし同じことをミネジュンが教室で言っていたら間違いなく喧嘩になっていた。下手したら手が出ていたかもしれない。

 

今ここがポケモンキャンプに向かう電車の中で、相手は他の学校の人。決して問題を起こしてならない環境であることだけがタクミの理性を繋ぎとめていた。

 

ここで喧嘩したらダメだ。ここで喧嘩したらダメだ。

 

タクミは必死に自分に言い聞かせながら、キバゴのプロテクトボールを御守りのように握りしめていた。

 

それからもハルキはポケモンバトルについて色々と語ってくれた。だが、タクミの耳にはその内容のほとんどが届いていなかった。

 

「ってなわけでさ。キバゴにこだわるなら、別の個体を捕まえた方がいいと思うんだ。あんまり知られてないかもしれないけど。ポケモンって個体で力が全然違うんだってさ。だからやっぱ最初からバトル向きの強い奴を捕まえる方がバトルで有利なんだよ」

「へぇ……」

 

相槌が適当なものになる。それは自分が腹の底で何も納得していないからに他ならなかった。

タクミの身体の中は既に冷えきっていた。この人とは友達になりたくないと結論が出ていた。それでもなんとか話を聞く態度ぐらいは保っていられたのは忍耐強いタクミの性格のおかげだ。

 

そうこうしているうちに、席の向こうから誰かが彼の服を引っ張った。

 

「おいっ、ハルキ!先生がこっち見てるぞ!」

「あっ、ヤベ。それじゃあ、ポケモンキャンプでよろしくな」

 

ハルキの顔がすぐさま座席の向こう側へと消えていく。

背もたれの向こうから聞こえる楽しそうな笑い声がこっちを嘲笑しているかのように脳裏に響く。被害妄想だとはわかっていたが、そんなことを冷静に考えられる程にタクミは大人では無かった。

 

タクミは身体に残った熱量を吐き出そうと深く息を吸い込み、息を吐いた。

 

「はぁぁぁっ…………」

 

彼の吐息が火山の噴火のように低く鳴り響いた。

だが、腹の底に残った憤怒の感情はそう簡単には静まりはしない。

 

「タクミ……大丈夫か?」

「……なんとかね……うん、なんとか大丈夫だよ」

 

こめかみの血管が切れかかってはいたものの、なんとか理性でつなぎとめられるぐらいにはタクミは冷静であった。それでも腹の底でそれでも渦巻いている感情は本物だ。歯を食いしばらないように何度も深呼吸を繰り返すタクミ。

 

そんなタクミを横にして、ミネジュンは心配そうに辺りを見渡す。

こんな不穏な表情で喧嘩腰になっているところを先生に見つけられたら面倒なことになる。運の良いことにマサ先生は他の学校の先生と話しており、こっちを見てはいなかった。

 

ミネジュンはひとまず息を吐き出す。

そして、横目にタクミの顔を伺った。

 

ミネジュンにもタクミの気持ちは理解できた。

 

自分だってケロマツのことをあんな風に言われたら我慢できなかったはずだ。

きっと自分なら間違いなく鼻にパンチをお見舞いしていた。それを我慢できてるだけタクミは偉い。

 

ミネジュンは素直にそう思った。

 

だけど、せっかくのポケモンキャンプの出発に親友に嫌な顔をして欲しくはない。

 

ミネジュンはすぐさまタクミの肩に腕を回した。

そして、陽気な声で言った。

 

「やめろ、やめろ~もう、そんな顔するもんじゃないぞ!せっかくのキャンプなんだから、楽しんでいこうぜ。ほれほれ~」

 

ミネジュンはタクミの身体を独特のリズムで左右に揺すりながら、脇腹を指でつっついた。

 

「うぐっ……ミネジュン、今、僕はそんな気分じゃ……」

「だから、そういう気分になっていこうぜ!なぁなぁ!」

 

ミネジュンの言いたいことはわかる。だが、そう易々と気持ちが切り替わるはずもない。タクミはブスッとした顔のまま、前の座席を睨みつけていた。

それでも肩を揺らし続けるミネジュン。反応を見せないタクミにミネジュンは戯けた言葉をかけ続けた。

 

「なぁっ、その顔やめろ!笑え笑え!ほれほれ~」

「ちょっ。もう、やめろって」

 

そうしているうちにタクミの顔から徐々に険がとれていく。

 

「あんなのほっとけって。お前のキバゴが強いってのは俺が一番知ってるからさ」

「ありがと。でも、それは間違いだよ」

 

タクミは最後の一息を大きく吐き出して、唇の端で笑った。

 

「キバゴの強さは『僕』が一番知ってる」

「たしかにそうだな!」

 

ミネジュンに肩を一際強く叩かれた。その痛みが今は妙に心地よかった。

 

その時、ゲートトレインの中に安全事項を確認するアナウンスが流れる。

2人はシートベルトを確認してニヤリと笑う。

 

そして、ついに出発の時が訪れる。少しずつ加速していくゲートトレイン。身体にかかる加速度を味わいながら、タクミはプロテクトボールに視線を落とした。

 

「強くなるさ……一緒にさ」

『キバァ!』

 

キバゴの返事がどこからともなく聞こえてきた気がした。

 

ゲートトレインが動き出す。

行き先はカントー地方、セキエイ高原。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

 

ポケモン界へのゲートを通過し、到着したセキエイ高原。マサ先生に連れられてゲートトレインを降りると、そこは駅の終点のような雰囲気であった。背後にあるゲートは出発前と同様に不思議な色で渦巻いている。周囲の景観も基本的にゲートトレインに乗る前とあまり変わりがない。

目に見える範囲にあるものは地球界のゲートセンターを少し小ぶりにした程度のものであり、真新しいものは何も見当たらない。

それは本当にポケモン界に降り立ったのかどうか疑問を抱いてしまう程であった。

 

タクミの頭に『何かの手違いで地球界に戻ってきてしまったんじゃないか』という疑問が湧いて出ていた。

 

「……なぁ……ここ……ポケモン界なのか?」

 

タクミの後ろに続いてゲートトレインを降りてきたミネジュンが茫然と呟いやく。

 

「うん……多分……」

 

思った以上にあっけなく終わった旅に茫然としながら、タクミ達はゲートトレインの搭乗口を後にする。

やや閑静な雰囲気のゲートセンターを抜け、自動ドアから外に出る。

 

そして、その直後だった。

 

「うおおおおおおおおおお!」

 

マサ先生に連れられて外に出た瞬間に生徒達の間に歓声があがる。

生徒達の声を聞き、マサ先生が小さく呟いた。

 

「俺は何度も来てるからあれだが……やっぱ、この声を聞くとポケモンキャンプに来たなって思うんだよ」

 

ゲートセンターの目の前にあったのは巨大な壁だった。

だが、それはただの壁ではない。

 

それはスタジアムの外壁だった。

 

ここはセキエイ高原。年に一度、カントー地方とジョウト地方を巡って8つのバッチを集めたトレーナーのみが参加できるポケモンリーグ。そのチャンピオンを決めるセキエイスタジアムが目の前にあった。

 

ここは『地方旅』のゴール地点であり、全てのトレーナーのあこがれの地の一つなのだ。

そして、歓声をあげる子供達を見計らったかのように声がかけられた。

 

「ポケモンキャンプにおこしのみなさん!ポケモン界にようこそ!!」

 

メガホンで拡大された声が子供達の頭上を飛んだ。

声の方を向けば、巨大な二台のバスを背に『オーキドポケモンキャンプ』と書かれたスケッチブックを掲げている男性が立っていた。

 

「はい、それでは皆さん。バスの前に学校ごとに並んでください!早く並べばそれだけ早くオーキド研究所につけますよ!!」

 

その言葉は効果絶大であった。

子供達は先導する先生たちの指示にいち早く従い、バスの前に整列する。

 

「はい、みなさん。こんにちは」

 

子供達の全力の「こんにちは」がセキエイ高原に響き、その男性は満足そうに頷いた。

 

「はい。今年も元気なトレーナーが沢山来てくれたようですね」

 

『トレーナー』

 

その響きに子供達はお互いの顔を見合わせた。それは自分達が『子供』ではなく、『一人前』の存在へと認められたかのような気がする魔法の言葉であった。

 

「私は皆さんのポケモンキャンプをお手伝いする。オーキド研究所職員のケンイチと言います。皆さんよろしくお願いします」

 

再び「よろしくお願いします」の大合唱。

ケンイチは挨拶もそこそこに、すぐさま皆をバスへと順に乗せていった。

 

子供達がこれ以上一秒も待つことができないことを重々承知しているようであった。

ケンイチは学校ごとに生徒と先生を順に乗せていく。

 

タクミ達は最初の方にバスに乗り込むことになっていた。

 

タクミはバスに乗り込みながら、横目にハルキの姿を探す。

できれば彼とはこれ以上口を聞きたくなかった。次に顔を合わせれば一度は沈めた炎が再燃することは間違いなかった。

 

運の良いことに、ハルキの学校は別のバスらしく、その姿は遠くにぼんやりと見えるだけであった。

タクミは胸をなでおろしながら、バスへのステップに足をかけた。

バスの後方の席から詰めて座り、補助席も満遍なく埋まる。

 

全員が乗り込み、最後にケンイチがバスに乗り込んだ。

先生が代表して自分達の学校の人数を数え、はぐれた生徒がいないことを確認。

それをケンイチに伝え、ようやくバスは出発の段になった。

 

「はい、それじゃあみんな準備はいいですか?」

 

生徒達は腹の底から「はーい!」と大音量で返事をする。

生徒達の声を聞き届け、エンジンが唸り声をあげる。

 

「それではオーキド研究所へと出発しまーす!!」

 

バスが動き出し、車内に歓声があがる。

 

だが、元気だった子供達のうち数名は出発してからものの30分ですぐさま大人しくなってしまった。

 

セキエイ高原からの下る道。森の隙間を縫うように作られたその道は激しくまがりくねり、バスのスピードは上がらない。

 

バスの中では乗り物に弱い数名がノックアウトされていた。

 

「うぅ……俺も気持ち悪くなってきた」

 

元気だけが取り柄のミネジュンでさえ、窓にもたれて、意気消沈している。

 

「ミネジュンって乗り物弱かったっけ」

「普通は平気なんだけど……この道はダメかも……」

 

青い顔をしているミネジュンに風を送りながら、タクミはエチケット袋を手元に用意していた。

アキの看病をしてきた経験から嘔吐物の処理に対しては割と自信がある。

 

タクミはエチケット袋を握りながら、窓の外に目をやった。

 

森の間を縫うように作られた道をバスが進んでいく。

ふと、その木々の間を大きな猿が飛んだ気がした。

 

「え……」

 

タクミは目を凝らして森の中を見る。

その時、バスがカーブを曲がる為に減速した。

 

「あっ……マンキーだ……」

 

タクミは数匹のマンキーが木々を飛び回りながら、バスを追いかけてくるのを見つけた。

ふと、目を上げれば樹林の隙間から巨大な翼を広げてオニドリルが飛び立った瞬間を目撃した。

 

地球界では専用のバトルフィールドぐらいでしか見かけないポケモン達。

それがここには当たり前のように、手の届く場所に生きている。

 

これがポケモン界。ずっと憧れ続けてきたポケモン界。

 

「本当に……来たんだな……」

 

前の席の人がマンキーを見つけたのか、興奮した声で何かを叫び出す。

タクミもセキエイ高原に到着した時と同じテンションのままであれば似たような反応をしたであろう。

だが、隣に今にも死にそうな顔をしている友人がいるせいか、タクミは地球界に残されたアキのことを思い出していた。

 

アキの青白い肌と無理に元気を演じる顔が浮かんでくる。

 

分厚いポケモンの図鑑をベットの上に何冊も広げて色んなことを話し合った。ポケモン界の世界地図を広げて2人で何度も冒険ごっこをした。

 

『あのね!ニドランって世界で初めて男の子と女の子で進化の仕方とか棘とかの形とかが違うことが発見されたポケモンなんだよ。でね、見分け方なんだけど……』

 

図鑑を隅から隅まで把握しているアキはいつも自慢気にポケモンのことを教えてくれた。タクミもそんなアキの元気な姿が何よりも嬉しかった。

きっと今ここに彼女がいれば、マンキーについて何から何まで教えてくれただろう。

興奮して窓の外を指差す彼女の姿が目に浮かぶようだった。

 

そして、その隣で自分は彼女がまた咳き込んだりしないかハラハラしているのだ。

 

「やっぱり……一緒に来たかったな……」

 

ミネジュンならすぐにアキとも友人になれただろうし、3人でする冒険はきっと面白かった。

 

「うっ……うう……うぷっ!」

 

そんな感慨もミネジュンの胃袋の限界を遠ざけてはくれない。

タクミは嘔吐の気配を悟ってすぐさまエチケット袋を開いた。

ミネジュンの背中をさすりながら、タクミは「ほらほら、全部出しちゃいなー」と気の抜けた声で言ったのだった。

 

そんな時、タクミの目の前に薬が差し出された。

その薬を持ち主を目で追いかけると、隣の補助席に座っていた小柄な女子であった。

 

「……これ……いる?」

「え?」

「酔い止め……飲んだら楽になる……」

 

タクミとは別の学校からの生徒なのだろうが、彼女の雰囲気はどこか日本人離れしていた。

肌は浅黒く、瞳はわずかに青みがかかった灰色だ。髪は絹のように滑らかなストレート。顔立ちは彫りが深くて鼻が高く、立体感が強い。

 

「えと……いいの?」

 

そう尋ねると彼女は小動物のように小さく頷いた。

 

「あ、ありがと」

 

タクミはミネジュンの吐き気が収まったタイミングで水筒の水と一緒に薬を飲ませる。

やはり、こういった介護は手慣れたものだった。

 

「うぅ……きつい……」

「薬が効いてくるまでの辛抱だから、もう少し耐えて」

「うん……薬ありがと」

 

ミネジュンもそう言って補助席の女子に頭を下げる。

ただ、その拍子に酸味のする唾を飲み込んだらしく、更に顔色を悪くさせていた。

 

これは次のエチケット袋が必要になるかもしれないな。

 

タクミはそんなことを思いつつ、薬をくれた女子の方へと目を向けた。

 

「ありがと。えと、僕は斎藤 拓海。こっちの酔ってるのが峰 潤」

「……ミネジュン?」

「峰が苗字、潤が名前。みんなもミネジュンって呼んでるからそれで呼んであげて。ちなみに僕もクラスに斎藤が3人いたから名前の方でいつも呼ばれてる。君もタクミで呼んでくれていいいよ」

「……うん……私……マカナ……江口 マカナ」

「まなか?」

「……違う……マカナ……アローラ地方で……『大切な贈り物』って意味」

 

その言葉を聞き、タクミは目を丸くした。

 

「えっ!アローラ地方!?もしかして、アローラ地方出身なの!?」

「うん……パパがアローラ地方の出身……ママはハワイ生まれの日本人……」

「えぇぇっ!!すごっ!なにそのハイブリッド!?」

 

ポケモン界と地球界のハーフに加え、アメリカ人の血も混じっているってことだ。

 

「でも……育ちは大阪……」

「えっ……えぇぇ……ってことは英語とかは?」

「……無理……でも……アローラの言葉はわかる」

「へぇ……あ、でも関西弁じゃないんだ」

「……うん」

 

マカナは少し独特の間合いで喋る女子であった。

ただ、それ以上に気になるのは彼女の表情があまり動かないことだった。ほとんど無表情と言ってもいい。それに彼女はほとんど身動きをせず、動作もゆっくりとしている。全体的に身体のパーツが小柄なこともあり、彼女はどこか精巧な人形のような印象を受けた。

 

「えと、マカナちゃん?」

「……なに?」

 

『ちゃん』付けでいいのかどうかは少し悩んだところであったが、特に彼女からは反応はなかった。

 

「マカナちゃんはポケモンとか持ってるの?」

「……いる……二匹」

「えっ!本当!!もうゲットしたの!?」

「……ゴールデンウイークにアローラに行って……そこで初めてのポケモンをもらって……そのまま二匹目もゲット……」

「へぇっ!すごい!何ゲットしたの?」

「……ヒドイデ……」

 

ヒドイデ

 

アローラ地方にいる【どくタイプ】と【みずタイプ】を併せ持つポケモンであることを思い出す。

アキと一緒に見ていた図鑑にはサニーゴの天敵だったと書かれていたはずだった。

 

「へぇ、じゃあ最初にもらったポケモンはアローラの初心者用ポケモン?」

「……違う」

「えっ?違うの?」

「……ベトベター……アローラのベトベター……」

「…………」

 

タクミにとってその返答は完全に予想外であった。

 

アローラ地方には環境に合わせて変化を遂げたポケモンがいることが情報誌に載っていた。

アローラのベトベターは普通のベトベターに比べて色が緑がかっていて、体内の毒素が強い。また、タイプも【どくタイプ】と【あくタイプ】の複合タイプになっている。

 

アローラではゴミ箱代わりに人間と共存しているらしいが、それを最初の一匹としてもらうのはどうなのだろうか?

 

「二匹とも【どくタイプ】なんだね」

「……うん……欲しかった」

「へ?」

「……私……【どくタイプ】……好き」

 

そう言ったマカナは今までの無表情の中にほんのりと笑顔を浮かべていた。

 

「【どくタイプ】……いい……見た目とか……可愛らしいし……それでいて……刺激的で……」

 

【どくタイプ】について語りだしたマカナ。

その途端に先程まで人形のように動かなかった彼女の表情に命が宿った。

話し方にこそ大きな変化はなかったが、赤みが刺した頬や、熱のこもった口調が彼女がどれだけ【どくタイプ】が好きなのかを物語っていた。

 

タクミは正直に言えば彼女の話す内容について同意できることは少なかったが、自分の好きなポケモンのことを話している人を見るのは決して苦痛ではなかった。

 

マカナの話をニコニコと聞いていたタクミであったが、マカナは我に返ったかのようにふと黙ってしまった。

 

「……あ……ごめん」

 

その途端、マカナの表情は再び人形のように冷たく、動かないものに戻ってしまう。

 

「え?どうして謝るの?」

「……私……ずっと……喋ってた……つまらないのに」

「そんなことないよ。結構楽しいって」

「……そう?」

「うん」

「……でも」

「でも?」

「……ミネジュンが……」

「え?」

 

振り返ると、放置されていたミネジュンの喉元からかなり危険な嗚咽がこぼれ出ていた。

顔色は既に青を通り越して白くなっており、どう考えても決壊寸前であった。

 

「うわぁっ!ミネジュン!!ちょっと待って!!」

 

タクミは素早く新しいエチケット袋を切り開いてミネジュンの口に当てる。

その直後、ミネジュンの口から黄色い液体が勢いよく吐き出された。

既に胃の中が空っぽになってしまっていて、胃液しか出てこないのだ。タクミはその中に赤い血が混じっていないかを観察しながらミネジュンの背中をさする作業に戻るのだった。

 

「あぶなかった……ミネジュン、吐いちゃえよ~吐くと楽になるぞ~」

 

タクミがそう言うと、再び波がきたのかミネジュンの口から再び胃液が吐き出される。

さっき飲んだ酔い止めは無駄になったかもしれないな、などと思いながらタクミはミネジュンの汗ばむ背中をさすりつづけた。

 

「……タクミ君……慣れてるね」

「まぁ、いろいろあってね。それより、【どくタイプ】ってカントー地方だとどんなのがいるの?」

「……え……」

 

再び【どくタイプ】の話を持ちだされてマカナは驚いたような顔をしていた。

だが、タクミはミネジュンの背中をさすり続けているせいでその顔を見ることはできない。

その背中を見ながら、マカナは恐る恐るといったようにポケモンの名前をあげていく。

 

「……カントーだと……ニドランとか……アーボとか」

「へぇ……じゃあ、その中でマカナちゃんが一番好きなのは?」

「え……」

 

再び【どくタイプ】のことを聞かれ、マカナの息が詰まったように押し黙った。

そして、再び口からこぼれてきたのは砂漠よりも無味乾燥な声だった。

 

「……無理して……話合わせなくていいよ」

 

自分の感情を殺し、人の感情を枯れさせる、砂のような声。

人の言葉を喋るだけの機械のようにマカナはそう言った。

 

ただ、そんなマカナのことなど気づきもせず、タクミはあっけらかんと言ってのける。

 

「別に無理してないよ。1つのタイプを極める人って他の人が見てないポケモンの見方をしている人が多いじゃない?そういう人の話ってけっこう面白いし」

 

タクミはほとんど即答するようにそう言った。

 

「……」

「だからさ、マカナちゃんが好きなポケモンの話を聞かせてよ」

「……いいの?」

「いいもなにも、僕が聞きたいんだよ」

 

タクミはエチケット袋からわきあがってくる酸味を帯びた臭いから気を紛らわせるために話を弾ませようとする。

 

そんなタクミの姿を見ていたマカナの無表情の中に柔らかさが現れた。

それは初対面の緊張感が消えた証でもあった。

 

「……うん……私が好きなのは……ベトベトン……アローラのも好きだし……カントーのも好き」

「へぇ、でも、カントーでベトベトンってどこに生息しているの?」

「それは……進化前のベトベターが……」

 

タクミはマカナの話を清涼剤にしながら、ミネジュンの吐き気が収まるのを待ち続けた。

 

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