ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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GYM体験日記

翌朝、完全に回復したフシギダネ達のモンスターボールを腰に下げ、タクミは潮が引くのを待って『マスタータワー』へと向かった。

 

まだ、朝日が昇って間もない時間帯。

町に人影はほとんどなく、たまにすれ違うのは郵便物を抱えて階段を上り下りしている配達員ぐらいであった。

 

群青色の空に照らされた町に人気《ひとけ》はなく、聞こえるのは波が打ち寄せて砂を攫う音だけ。海へと吹き下ろされる風を受けながら、タクミは砂浜へと降り立つ。

『マスタータワー』へと至る道はまだか細い線のような姿であり、今にも波にさらわれてしまいそうだ。完全に潮が引いてから渡るべきなのかもしれないが、タクミは湿った砂浜を踏みしめて『マスタータワー』へと足を速めた。

 

既に3回目となるこの道。

 

一回目はただの観光でコルニと前哨戦を行った。

二回目はジム戦でコルニに挑戦した。

 

そして、この三回目の来訪。

 

「……何が、待っているのかな」

「クチ……」

 

タクミは隣を歩くクチートと一緒に『マスタータワー』の島へと足を踏み入れた。

 

と、この時までのタクミは僅かな緊張感をもちつつも、少し呑気に構えることができていた。

 

だが、それもコンコルドに見つかって『ジム体験』の名の下に砂浜ランニングに参加させられるまでだった。

タクミは荷物を置く暇もなく、すぐさま道着に着替えさせられ、何がなんだかわからないまま、いきなり砂浜のトレーニングへと駆り出されたのだった。

 

シャラシティの遠浅の海。引き潮の時間には『マスタータワー』の周囲は砂浜に様変わりしていた。朝焼けが照らす道場裏手では門下生が準備体操をしていた。そこには当然コルニも来ており、彼女はタクミの顔を見てニヤリと笑った。

 

「おっ、タクミ君。予定通り来たね」

「あ、は、はいっ!」

「違う!!この場では返事は『押忍!』」

「お、押忍!!」

「よし、それではタクミ君!走れるポケモンは全部出したまえ!!」

「えっ?あっ、はい……じゃなくて、押忍!!」

 

タクミは言われるがままにキバゴとゴマゾウを繰り出した。そこにクチートを加えた3体と走るつもりになっていたタクミ。ただ、フシギダネは足が悪いことを説明したら理解してもらえたが、ヒトモシはお目こぼしをもらえなかった。

 

「えっ!!ヒトモシも走るんですか!?」

「そりゃそうだよ。走れるでしょ?」

「えっと……走れる?」

 

恐る恐るヒトモシに尋ねたタクミであったが、ヒトモシはなぜか一番やる気になっていた。

 

「モッシ!!」

 

頭の炎をメラメラと燃やすヒトモシ。タクミは曖昧な顔で頷くしかなかった。

キバゴは「それでこそ我が同士」という顔でウンウンと頷き、ゴマゾウは“ころがる”の禁止を既に言い渡されており不満顔。その中でクチートだけが、『タクミ』の方を心配そうに見上げていた。

 

とはいえ、タクミは既にいっぱいいっぱいで、そんなクチートの視線に気づくことができなかった。

 

タクミの準備も整い、コルニが皆の注目を集めるようにパンパンと手を叩いた。

 

「さぁさっ!体験生がいるからって、ペース落としちゃだめだよ。それじゃあ、今日も元気に朝ラン行ってみよー!!」

「押忍!!」

 

コルニの掛け声と共に門下生達の返事があがる。

門下生は総勢6人。彼等は皆自分のポケモンを出していた。

流石にメガルカリオの総本山だけあり、全員がルカリオかリオルを連れていた。その他には様々な種類の【かくとうタイプ】ポケモンが並んでいたが、門下生はどれだけ多くても3体までしかポケモンを連れていないようだった。

 

タクミがそんな風に周囲の様子を観察できていたのはいざ走り出す前までだった。

 

「ぜぇ、はぁっ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

「キバッ、キバぁ、キィ……バァ……」

 

ポケモンとトレーナーが同時に走り出してから数分。タクミは荒い息で喘ぐように呼吸しながら、ランニングのペースについていくのに必死だった。その足元にいるキバゴも今にも気絶しそうな呼吸で走っている。

 

そもそも、タクミは持久走は得意ではない。

もちろん、短距離走だって別に得意ではない。

 

運動会でリレーの選手に選ばれたこともないし、学校の持久走大会でも13位とクラスの真ん中よりちょっと上ぐらいだ。タクミは運動は苦手ではないが、別に得意でもないごくごく平均的な10歳だ。

 

そのタクミがいきなりこんな『プロ育成の最前線』みたいな場所のトレーニングについていけるわけがないのだ。

 

「モシ、モシ、モシ、モシ」

「クチ、クチ、クチ、クチ」

 

そんなタクミとキバゴに比べて他のポケモン達の呼吸は乱れない。

クチートは以前に他のトレーナーの下でトレーニングを積んできているので体力の貯蓄がある。ヒトモシの平坦な足が砂浜に沈み込まないので走りやすいのか、その足取りは軽い。

 

とはいえ彼等も全体のペースが速いのもあって、余裕はない。

 

そんな中で一番余裕をかましているのはやはりゴマゾウであった。

 

「パオ、パオ、パオ、パオ」

 

タクミ達の中で一番先頭で走るゴマゾウは“ころがる”がないのだけが不満とでも言うように、砂浜の上を四肢で力強く踏みしめて彼等のスピードについていく。

 

次第に集団から遅れ始めるタクミ。

そんなタクミに気が付き、コルニが声をかける。

 

「タクミ君!!自分のペースでいいから!3週だよ、頑張ってね~!!」

「お、お、押忍……」

 

タクミはこの時、初めて今日のノルマを聞かされた。

1周がどれだけあるかもわからないが、現時点では1週目の半分も終わっていない。

軽い絶望感がタクミを包み込む。

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」

「キバァ……キバァ……」

 

円形の島の周囲を巡るランニングコース。集団との差は少しずつ開いていき、次第に前を行く人たちが見えなくなっていく。

 

「ぜぇ……ぜぇ……なんで……ポケモンのトレーニングで……トレーナーも……走る必要があるのさぁ……」

 

周囲の目がなくなり、基準とする併走相手もいなくなり、次第にペースが落ちていくタクミ。呼吸に余裕ができ、恨み言が口をつく。

砂浜に足を取られるため、身体は全然前に進まない。肺が痛みを覚えて鼻の奥に鉄の臭いが混じる。ふくらはぎは悲鳴をあげており、尻から太腿にかけての筋肉に乳酸が溜まり切っている。

 

「はぁ、はぁっ、はぁっ、っっ!あぁっ!」

 

自分が一緒に走る意味があるのか?

なんでこんな苦しいことしなきゃいけないのか?

 

理不尽なランニングトレーニングに疑問と不満が吹き上がる。

 

そして、1つの誘惑がタクミの頭の中に浮かんだ。

 

それは、この苦しみから解放される最も簡単で、安易な手段。

 

 

 

『……もう歩こうか』

 

 

 

 

その瞬間、タクミは奥歯をガチリと噛みしめた。

 

「ぬぁぁああああああっ!!!!」

「キバッ!?」

 

タクミは声をあげ、身体を前に傾けて無理矢理走り続けた。

倒れこむように身体をつきだし、少しでも足を前に出す力を得ようと地面を蹴る。

 

一瞬だけ加速したタクミの身体。

 

キバゴを置き去りにし、クチート達を抜き、ゴマゾウと併走する。

 

だが、前かがみになることで気道が塞がり、そのペースはすぐに落ちていく。

それでも足を止めることだけはするまいとタクミは走り続けた。

 

「パオ……パオパオッ!!」

 

そんなタクミの姿に呼応するようにゴマゾウがペースをあげて一気にタクミの前に出る。

 

「クチ、クチ、クチッ!!」

「モッシィ!!」

 

クチートとヒトモシも同じくペースをあげてタクミを追い抜いていく。

結局、先頭に立ったのはほんの一瞬。タクミはキバゴの位置まで下がっていき、そのまま最後尾に取り残される。

 

タクミは顔をあげ、声を振り絞った。

 

「先に行けぇっ!!絶対、走り切ってやる!!」

 

その声にゴマゾウが返事をした。

 

「パオッ!!」

 

ゴマゾウはニヤリと笑い、一人だけペースを上げた。

ゴマゾウはタクミ達を置き去りにし、前の集団を追いかけるように走っていく。

あっという間にタクミ達を引き離したゴマゾウの後ろ姿を見ながら、タクミは顔を上げて大きく息を吸い込んだ。

 

「すぅぅ……はぁぁ……ぬあぁぁぁぁっ!!」

 

がむしゃらになって走り続けるタクミ。

酸欠になった脳は次第に考える力を失っていく。

 

このトレーニングに対する疑問も、バトルに負けたことへの悔恨も、これから先の不安も、全部頭から押し出し、タクミは走り続けた。

 

「うぉおおおおおお!!」

「キバァアアアアア!!」

 

最終的にタクミはコルニ達に1週遅れにされながらも島の周囲を走り終えた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」

「キバ…………………」

 

タクミは顔を真っ赤にして砂浜から上がる階段に倒れ込む。息も絶え絶えになりながらなんとかスポーツドリンクを口に運ぶが、味などまるでわからなかった。その隣ではキバゴが横たわり、ゴマゾウに水をぶっかけられている。

 

「クチ……クチ……」

「モシ……モシ……」

 

クチートとヒトモシも肩で息をしながら、ポケモン用のスポーツドリンクをゴクゴクと飲み干していく。

 

息切れで身動きとれないタクミ。そんなタクミの頭上から影が差した。タクミが見上げると、階段の上にとても楽しそうに唇を歪めるコンコルドが立っていた。

 

「さて、タクミ君。早朝ランニングお疲れ様、と言いたいところじゃが、この後はすぐに午前練じゃ。はやくせんと終わってしまうぞ」

「お、押忍……」

 

タクミは震える足に力を込め、歯を食いしばって立ち上がる。タクミは起きる気力のないキバゴの足を掴んで引っ張り上げ、クチート達を連れて階段を上がっていった。

 

「キバゴ、自分で、歩いてよ」

「キ……バ……」

「くそぉ、フシギ、ダネ……」

 

タクミはフシギダネをボールから出し、キバゴを投げ渡した。

 

「フシギ、ダネ、キバゴを、頼む」

「ダネダ……」

 

フシギダネはキバゴを“ツルのムチ”で絡め取って持ち上げ、自分の主人を見上げる。タクミは過呼吸で顔を真っ赤にし、疲労困憊で目を血走らせたままだ。フシギダネはそんなタクミに向けて“ツルのムチ”の左右を合わせて合掌とした。

 

タクミはコンコルドに連れられて『マスタータワー』の隣に併設されている施設へと向かった。

 

古き時代の建築物である『マスタータワー』とは違い、近代的なデザインのその施設は傍から見れば普通のトレーニングジムと変わりない。外見は3階建てのビル。1階の窓から中をのぞき込めば室内のポケモンバトル場や数々のトレーニング施設が並んでいる様子が伺える。だが、タクミは既にそんなことに気を回している余裕はなかった。

 

「ほれ、少しそこで休むといい」

「……は、はい……」

 

タクミが連れてこられたのはジムの裏手にある水道だ。そこにホースをつなぎ、水を頭から浴びる。冷たい水道水が髪の中にこもった熱を洗い出し、首筋から流れ落ちる水流が身体を冷やしてくれた。

びしょ濡れになってしまったが、火照った体にはそれがちょうど良い。

 

荒々しく水浴びをしたタクミは、ついでにキバゴにもホースを向けた。

フシギダネがすぐさまキバゴを投げ捨てる。キバゴは受け身を取りながら転がっていき、大の字になって横たわる。そんなキバゴに向け、タクミは勢いよく放水を開始した。

 

「キバ………」

「ほら、キバゴ!口開けて」

「キバァ…………」

 

大きく顎を開けたキバゴの口の中に水道水を流し込む。

キバゴは喉を鳴らしてゴクゴクと飲み干し、ある程度のところで口を閉じた。頭から放水を堪能し、小さな手で顔を洗う。キバゴの鱗で水飛沫が跳ね、朝焼けの中に虹を作り出していた。

 

そして、ある瞬間を境にキバゴが飛び起きた。

 

「キバッ!」

 

今のキバゴには流石にポーズを決める余裕はない。だが、タフさが売りの【ドラゴンタイプ】。流石の回復力だ。

 

「……キバゴ……行ける?」

「キバッ!」

 

そんなタクミ達を見て、コンコルドが声をかける。

 

「さて、そろそろいいかの?」

「押忍!お待たせしました」

「キバキバッ!!」

 

タクミは腰をほぼ直角に曲げてお辞儀をして、自分の頬を叩く。

 

コルニがどういうつもりでタクミをこの地獄に連れ込んできたのかはわからない。

わからないが、せっかくジムのトレーニングに参加させてもらうのだ。

吸収できるものは全て吸収してやるつもりだった。

 

「うむ、では行こう」

「押忍ッ!!」

 

タクミは道着の帯を締めなおし、コンコルドに連れられて屋外のバトルフィールドへと案内された。

 

そこでは不思議な光景が広がっていた。

 

「…………ーーっ!ハッ!ヤァッ!!…………ーーっ!ハッ!イャァッ!!!」

 

バトルフィールドに横一列にトレーナーが並びになり、その後ろにポケモン達が列を作って並んでいる。

ポケモン達は皆、先頭のトレーナーと同じ動きを繰り返していた。

 

足を踏み込み、掌底を突き出し、上段蹴りを放つ。

腕と脚を盾のように構えて後退し、カウンターのように掌打(しょうだ)を放つ

円を描くように流動的に腕を動かしたと思えば、槍のように鋭い直線的な蹴りを繰り出す。

防御から攻撃へ。攻撃から防御へ。

それらの一連の動きは全てが連動しており、相手の攻撃への対処と次のこちらの攻め手となる動きが1つの流れの中で完結している。

 

それはいわゆる武道の型の動きであった。

 

「やめぃっ!」

 

コンコルドの一声で門下生達は一斉に動きを止めた。

彼等は右拳と左掌を胸の前で合わせ礼を行った。

 

コンコルドは咳ばらいをして、タクミの背中をバシンと叩いた。

 

「朝に言った通り、今日はジムの体験者がおる。トレーニングにも参加させるので、皆よろしく頼むぞ」

「押忍!!」

 

コンコルドも門下生もその声にはピリリとした緊張感が漂っている。

タクミは自分を鼓舞するように拳を握り、頭を下げた。

 

「挨拶が遅くなりました。地球界から『地方旅』でカロス地方を回ってます。タクミといいます。今日はよろしくお願いします!」

 

タクミが礼儀正しく45度に腰を折ると再び「押忍!」と返事があった。

 

「それでは、タクミ君には早速ウチのトレーニングを行ってもらおう。コルニ、教えてあげなさい」

「おっ、押忍!!」

「では、各々!ポケモン組手、はじめ!!」

 

コンコルドの指示と共に、門下生がすぐさまフィールドに散らばっていく。

 

「『ポケモン組手』?」

 

それはタクミにとっても聞きなれない単語だった。

タクミはポケモン界についてある程度調べたし、ポケモンのトレーニング方法の本も何冊か読んだことがある。だが、そんな組手の名前は聞いたことがなかった。

少なくとも一般人が目にするようなパンフレットやサイトに載っているものではないものだ。

 

「タクミ君、こっちこっち」

「え、あ、はい……じゃなくて、押忍っ!!」

 

タクミはコルニに手招きされるまま、フィールドの片隅に移動した。

 

「ランニングお疲れ様。でも、本当に走り切ったんだ」

「え……もしかして、1週か2周で良かったんですか?」

 

馬鹿正直に走る必要なかったのか、とタクミはがっくり肩を落とした。

 

「君が音を上げればそうしてもよかったんだけど。まぁまぁ、走り切れたことに意味があるんだから」

「そうなんですか……でも、最初のトレーニングに参加できなかったし……」

「え?あぁ、型の稽古?それはいいんだよ。どちらかというとここからが本番だしね」

「本番?あ、あの、コルニさん、『ポケモン組手』っていったい……」

「ん?見ればわかるよ。ほら、始まる」

「え……」

 

コルニが他の門下生達へと視線を向けた。

 

次の瞬間だった。

 

「バウワッ!!」

「イヤァァッ!!」

 

激しい打撃音が響いた。肉と肉、骨と骨がぶつかり合う鈍い音。

ルカリオの上段突きを門下生の掌底打が受けていた。

 

だが、彼等の攻防はまだ終わらない。

 

ルカリオが間合いを詰めて門下生の顎を目がけて前蹴りを放った。鋭い風切り音が響く程の蹴りだった。一瞬、直撃したんじゃないかと錯覚したが、相対していた門下生は最小限の動きで上半身を反らして回避した。だが、ルカリオの前蹴りはすぐさまかかと落としに変化して振り下ろされた。門下生はそれを腕でガードして受ける。その直後にすぐさま門下生が踏み込み、中段の正中突きを放った。ルカリオはそれを最小限の動きで捌く。そして、門下生が拳を引くのに合わせてカウンターのようにルカリオの掌底打が叩き込まれた。

 

「ぐッ!!」

 

ルカリオの一撃と共に青い波導がほとばしり、門下生の腕に軽い火傷のような痣を残した。

 

その迫力にタクミの全身に鳥肌が走り抜けた。

 

「今のは“はっけい”……コルニさん……これって」

「ふふん、これがウチのジムの強さの秘密。『ポケモン組手』だよ」

「人間対ポケモンの組手ってことですか?そんな無茶な」

「そう思う?でも、【かくとうタイプ】のトレーニングとしては割とメジャーだよ」

「そうなんですか?」

「うんうん」

 

それはタクミの知らない世界だった。

だが、【かくとうタイプ】のジムリーダーの大半が筋骨隆々だったり、格闘技を習熟しているというのは有名な話だ。

 

ポケモン相手にガチで殴り合うトレーニングをしていても不思議ではないのかもしれない。

 

タクミはそう思い、半分程納得しかけていた。

 

そんなタクミに向け、コルニは茶化すような口調で言い放った。

 

「でもこれが、タクミ君に足りないものだよ」

「…………」

 

タクミは丸々2秒程固まった。

 

そして、目をまん丸に見開いてコルニの方を見上げた。

 

「え?」

 

その反応にコルニは笑い声をあげた。

 

「あはは、そういう反応になると思った」

「えっ!?いや、だって……え?これが?」

 

コルニはここでトレーニングをすれば『ポケモンバトルに勝つバトル』がわかると言っていた。

だが、タクミにはポケモンと本気でぶつかり合うことがバトルの勝利に繋がるという構図がわからない。

例えそれが有効だとしても、それはせいぜい【かくとうタイプ】の話だけなのではないだろうか?

 

絶句するタクミ。

 

そんなタクミにコルニは「まぁ、ものは試しだよ」と言い放った。

だが、タクミからすれば冗談ではなかった。

タクミは格闘技などやったこともない。ルカリオの打撃など受けられるわけがなかった。

 

「いや、でも……僕は、ルカリオも連れていないですし」

「それなら……」

 

コルニが何かを提案しようとしたその時、コンコルドが横から口を挟んできた。

 

「それなら、そのフシギダネでよい」

「え?」

 

コンコルドは大きなかごを持って現れた。その中にはミットのようなものが入っていた。コンコルドはそれをタクミの目の前にドンと置いた。

 

「タクミ君、このミットをつけてフシギダネの“ツルのムチ”を受けてみるといい」

「え……」

「フシギダネはタクミ君のミット目掛けて“ムチ”で攻撃するんじゃ。いわゆるミット打ちじゃな。それならできるだろう」

「それは……それなら……」

 

フシギダネの“ツルのムチ”ならタクミもおおよその動きの癖はわかっている。それこタクミ側が攻撃の場所を指定していいのなら攻撃を受けることもできるだろう。

 

かごの中にはミットの他に腕や足に巻くプロテクターも入っており、タクミは念のためにそれらを全て身に付けた。両手両足に完全武装を施し、最後に自分に手に合いそうなサイズのミットを手にはめ込んだ

 

タクミは映画で見た『ボクシングトレーナー』のようにミットをバシバシと叩く。

 

「タクミ君、ミット打ちでは君が攻撃を受けるだけではいかん」

「え?」

「自分がポケモンになったつもりでフシギダネにも攻撃を仕掛けるんじゃ。寸止めでいいが、しっかり当てるつもりで蹴りやパンチを放ってみるといい」

「……えっ……あっ、押忍!!」

 

コンコルドに睨まれ、声を張って『押忍』と叫ぶタクミ。

そして、タクミはフシギダネと相対する

 

「フシギダネ、準備はいい?」

「ダネダ……ダネダネ」

 

なんだか不満そうな声を出すフシギダネ。

タクミも正直不満を漏らしたかった。

 

タクミは横目でチラリとコルニとコンコルドの2人を確認する。

2人は腕組みをしてタクミとフシギダネを静かに見つめており、止めるつもりは毛頭ないようだった。

 

もう逃げられないことを悟ったタクミは覚悟を決め、両手のミットをもう一度バシバシと叩いた。

 

「とにかく、やるだけやってみよう!だから全力で来て!!」

「…………ダネ」

 

『まぁ、命令ならしょうがない』

 

そんな顔をしながらフシギダネが“ツルのムチ”をニュルリと伸ばした。

タクミはボクシング映画のポーズを思い出しながら、ミットを構える。

フシギダネとの距離はおよそ10m

 

“ツルのムチ”のリーチが一番活かせる中距離戦だ。

 

「右手!!」

「ダネ!!」

 

タクミが身体の正中に構えたミットに向けて、フシギダネの“ツルのムチ”が伸びた。

身体の真芯に叩き込まれる“ツルのムチ”。それをタクミはミットで真正面から受けた。

 

バシンと激しい音がして、腕で受けた衝撃が腹まで響く。

 

「ぐっ……」

 

思ったより一撃が重い。身体が宙に浮きあがるんじゃないかと思う程の衝撃だったが、ミットのおかげもあって痛みは少ない。タクミはすぐさま左腕を構える。

 

「左手!!」

「ダネ!!」

 

もう一本のムチが横から迫った。タクミはそれをミットを掲げて受け止めようとする。

“ムチ”は弧のような軌道でタクミの左手のミットに吸い込まれた。

 

再びバシンと激しい音がして、振動が足まで響く。

 

これも十分に重い一撃だった。

ポケモンのワザをまともに受ける機会はなかなかないが、この一撃なら間違いなく有効打になると確信できる。

 

だが……

 

タクミはジンジンと衝撃を受けた両手を見下ろし、首を傾げる。

 

「……フシギダネ、もう一度だ。今度はもっとペース上げていくよ!」

「ダネ!!」

「右!」

 

フシギダはタクミが構えた正面のミットに“ツルのムチ”を叩き込む。

 

「左!」

 

もう一本の“ムチ”がタクミの左側から迫った。

 

次の瞬間だった。

 

タクミが一気に間合いを詰めた。

 

「ダネ!?」

 

タクミは一番威力の高い“ムチ”の先端の攻撃を外し、間合いの内側へと踏み込む。タクミはダメージらしいダメージを負わないまま、フシギダネの真正面へと滑り込んだ。

 

「おらぁっ!!」

 

そして、タクミは喧嘩慣れしているようなコンパクトな蹴りをフシギダネ相手に振り抜いた。

 

「ダ、ダネッ!?」

 

慌てて飛びのくフシギダネ。蹴りは回避されたが、タクミはすぐさま切り返してもう一度間合いを詰める。フシギダネの左足が悪いのは当然わかっているので、タクミはその弱点を責めるように動き回る。

フシギダネの足のことをこの世で一番気にかけているのはタクミ本人だ。だからこそ、どうすればフシギダネに負担がかかるのかは知り尽くしていた。

 

タクミは左右に動きながらミット打ちの場所を指示していく。

 

「右のミット!!」

「ダ、ダネッ!ダネダッ!!」

「こっちこっち」

「ダネッ!」

「次こっち!」

「ダネッ!」

「ほいっと!!」

「ダッ!!!」

 

タクミはフシギダネの着地と攻撃のタイミングが重なった瞬間、再び蹴りを放つ。

その蹴りはフシギダネの頬に軽く当たった。蹴りは振りぬかれることなく、寸止め気味のものだったのでフシギダネにダメージはない。

 

だが、肉体的ダメージはなくとも、精神的なダメージは別だった。

 

「…………」

 

フシギダネはタクミに攻撃を当てられたことにしばし茫然となっていた。

そして、フシギダネは口の中に溜まっていた唾をペッと吐き捨てた。

 

「……ダネダ」

「……うわ、眼が本気になってる。フシギダネ……その……加減はしてね」

「ダネ」

 

酷く低い声での『ダネ』という返事にタクミの頬がピクピクと痙攣する。

フシギダネは四肢を広げて身体をわずかに沈み込ませた。

 

完全な戦闘態勢だ。

 

それだけ、タクミに蹴られたことがショックだったのだろうが、いくらなんでも殺気を放ちすぎであった。ミットの中でタクミの手に冷や汗が浮かんでいた。

 

「フシギダネ……ミット目掛けて殴ってよ」

「ダネ」

「じゃあ、右!!」

「ダネッ!!」

 

スピードに乗った“ツルのムチ”。先程までのものよりも格段にキレのある攻撃がミットを捉えた。スパン、と子気味のよい音がなり、フシギダネはすぐさま“ムチ”を手元に寄せた。

 

「左!!」

「ダネッ!」

 

再び、スパン、と景気よくミットが鳴る。

フシギダネは再び“ムチ”を素早く手元に戻す。

その引き際を狙って、タクミは再び前に出て蹴りを放とうとする。

 

だが、サポーターで包まれたタクミの足蹴りはフシギダネは“ムチ”に迎撃された。

 

バチン、という激しい音が鳴り、タクミの蹴りが弾き返される。

 

すぐさま、タクミが叫ぶ。

 

「右!!」

「ダネッ!」

 

まだ体勢が整わないタクミ目掛けた一撃。フシギダネの“ツルのムチ”はタクミが顔前に構えたミットに吸い込まれた。再び激しい音が響き、タクミが数歩後退する。

 

「左足!」

「ダネッ!!」

 

フシギダネはすぐさまタクミの足を狙って追撃をする。

だが、今度はフシギダネ側が遅れた。

 

タクミは足を引いて、攻撃を空振らせた。

そして、そのまま軸足を踏みかえて鋭い前蹴りを放った。

その蹴りはフシギダネの眼前でピタリと止まった。

 

「ダ……ダネ……」

 

驚愕に目を見開くフシギダネ。

タクミは足を引き戻しながらまたミットを構えた

 

「………フシギダネ、次行くよ」

「ダ、ダネッ!」

 

タクミとフシギダネの視線が交差する。

彼等は幾度となくミット打ちを繰り返した。

 

バシンバシンと音が鳴り、タクミの声にも熱がこもっていく。

フシギダネ対タクミという奇妙なポケモンバトルはしばらく続き、最後はコンコルドが「やめっ!」と叫んで止めたのだった。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ」

「ダネッ、ダネッ、ダネッ」

 

肩で息をするタクミとフシギダネ。フシギダネとタクミの息も後半には大分合ってきており、最後の方には普通のバトルで行われるスピードに近い動きでの攻防だった。

初めてのトレーニングとしては上々に見える仕上がりだ。

 

ただ、なぜかタクミとフシギダネの表情はどこか暗かった。

 

「さて、タクミ君。どうじゃった『ポケモン組手』は」

「……どう、とは少し言いにくいんですけど」

 

タクミはミットを外しながら、思考を巡らせる。

 

足りないものが見えた気がした。

必要なものが見えた気がした。

 

幾つかの情報が頭の中にはある。

だが、今はそれらは感覚的なものであり、具体的な言葉に繋がらない

 

喉奥まで言葉が出かかっているのに、口にできない。

そんなもどかしさがタクミの中に渦巻いていた。

 

「あ、あの、コンコルドさん……いえ、『師範』」

「ん?なにかね?」

「申し訳ありません。今度はキバゴと『ポケモン組手』をやらせてください」

「よかろう。やってみるがいい」

「押忍!!よしっ、キバゴ!!」

「キバァッ!」

 

そして、タクミとキバゴの『ポケモン組手』が始まった。

 

「キバゴ!!足が下がってるよ、それに遅い!!」

「キバァッ!!」

「次!」

「キバッ!」

 

キバゴが地面から飛び上がっての三連コンビネーションキックを放とうとする。

だが、その蹴りの途中でタクミのミットが素早くキバゴの頭を叩いた。

地面に叩き落されたキバゴが頭を抱えて恨みがましそうな目でタクミを見上げた。

 

「……繋ぎが遅いよ」

「キバァ……」

 

キバゴはキックやチョップ主体の攻防を続けるも、先程のフシギダネと比較して圧倒的にキバゴの被弾が多い。それは、タクミがキバゴの動きを高いレベルで把握しているからでもあったが、それ以上にキバゴの動きに問題がある。

 

「ハァッ……ハァッ……」

「キバァ、キバァ、キバァ」

 

ある程度のところで再びコンコルドの声がかかり、トレーニングが中断される。

他の門下生達が3体目のポケモンとの『ポケモン組手』を始める中、タクミはコンコルドにミットを外すように言われた。

 

「うわ……」

 

ミットを外した掌を見て、タクミは顔をしかめた。

フシギダネやキバゴの攻撃を受け続けて、その掌は赤く腫れあがっていた。

 

「いてて……」

「ほれ、これで冷やすといい」

「あ、ありがとうございます」

 

タクミの前に差し出される水の入ったバケツ。タクミはその中に自分の手を突っ込んだ。

掌が心臓の拍動に合わせてジクジクと疼く。熱を持った手に冷えた水が心地よかった。

 

「キバキバ?」

「ダネフッシ?」

「いや、平気。大丈夫だよ」

 

心配そうに見上げてくるキバゴ達に向け、タクミは苦笑いを返した。

 

そうやってタクミがバケツで手を冷やしている間も、他の門下生達はバシバシと拳をぶつけ、腕を交わし、蹴りを合わせていた。寸止めなどしない、防具もつけないフルコンタクトの組手だ。

 

だが、彼等の手足は遠くから見ても腫れは少ない。

タクミは水の中につけたままの自分の手を見つめる。

 

しばらくして、『組手』が再びコンコルドに止められる。

門下生達は続いて普通のポケモンバトルを始めた。

 

こっちも本気のぶつかり合いだ。

 

ルカリオVSルカリオ

コジョンドVSゴーリキー

リオルVSルチャブル

 

様々なカードが組まれ、【かくとうタイプ】同士のバチバチの肉弾戦が繰り広げられる。

タクミはフィールドの隅に座り込み、バケツの冷たさを味わっていた。

普段であれば率先してバトルに飛び込んでいくのだが、そんな様子は微塵もない。

 

タクミは彼等のバトル、特にルカリオの出てくるバトルを食い入るように見つめていた。

そして、門下生やコルニ達が一通りバトルを終え、午前の練習が終わった。

 

タクミはバケツから手を引き上げた。掌はまだ赤みを帯びていたが、握って閉じることぐらいをできるようには回復していた。

 

そんなタクミに一人の門下生が声をかけてきた。

 

「押忍!タクミ君!自分はカケルと言います!!」

「おっ、押忍!」

「今から昼食なので、自分がシャワールームなどを案内します!」

「あ、ありがとうございます!!」

 

カケルと名乗った彼は門下生の中でも一番若いようであった。『地方旅』を終えたばかりの初々しさがまだ残っており、タクミよりも少し上ぐらいのトレーナーであった。

 

タクミはそのカケルに案内されポケモン達を連れてジムへと戻っていった。

ジムの奥のシャワールームで手早くシャワーを浴び、道着を新しいものに着替える。汗でぐしょ濡れのパンツだけはどうにもならなかったが、脱ぎ捨ててノーパンで過ごすにはタクミの羞恥心が耐えられなかったので履きなおすしかなかった。

 

キバゴ達も水浴びで汗を軽く流し落とし、タオルで拭いてやりながら皆の毛艶や肌の状態を確かめる。

 

「ふぅ、さっぱりしたな、みんな」

 

タクミがそう言って仲間達を見下ろすと元気な返事があがった。

 

そんなタクミはシャワー室を出たところで濃厚な味噌汁と炊き立てのご飯の香りに迎えられた。同時にポケモン達も刺激的なポケモンフーズの香りを嗅ぎ取った。

 

彼等の腹の虫が一斉に泣き出した。

タクミは匂いに誘われるままにタクミ達はジムの2階へと階段をあがっていった。

 

そんな時、ふとタクミの頭上から声が降ってきた。

 

「おっ、ようやくあがってきたね。タクミ君」

 

階段の上。そこにコルニが牛乳瓶を片手に楽しそうに唇を歪めていた。

 

コルニはいつものトライテールをポニーテールに結いなおしていた。

うっすらと汗を浮かべ、紅潮した頬。シャワーあがりのコルニの姿は健康的な美しさと年相応の可愛らしいが同居していた。それはタクミですらドキリとさせるような色気があった。

 

「あっ、そっ、その、今日はありがとうございました」

 

タクミは少し上擦った声になってしまった自分の喉を恨めしく思いながら、頭を下げた。

 

「なんのなんの。これぐらいお安い御用よ……それより、答えは見つかった?」

 

コルニがそう言って小首を傾げる。

 

それは昨日の海岸で話しをした内容

 

「『ポケモンがやりたいバトル』じゃなくて『ポケモンバトルに勝つバトル』」

「うん、それそれ。なんとなくわかった?」

 

コルニが満足そうな笑顔でタクミをのぞき込んでいる。

 

だが、タクミはその視線を避けるように俯き、押し黙ってしまった。

 

「……あ、あれ?……もしかして、全然掴めなかった?」

「あっ、いえ、そうじゃないんです!」

 

タクミは慌ててコルニを遮った。

 

「わからなかったわけじゃないんです。その、なんとなく答えは見えてるんですが……その……なんというか……」

「あっ、もしかして、タクミ君も言葉にできない?わかるよ。私もそういう『言語化』?っていう奴?そういうのすごい苦手で、ルカリオの指示もこう『いけぇーっ!』とか『やちゃえーっ!』ってなっちゃって」

「いえ、そういうわけでもなくて」

「……あ、あれ?……」

 

ことごとく出鼻を挫かれるコルニ。

だが、タクミはそんな彼女を気にする様子もなく、ポツリポツリと自分の言葉を確かめるよう喋っていく。

 

「僕らに足りないものは見えた……と思います。だけど……その……足りないものをどうやって埋めるかって問題があってですね……」

「そっちか。まぁ、それはひとまず置いといて、とりあえずタクミ君の出した『答え』ってのを聞かせてよ。答え合わせしよ?」

「あっ、はい……じゃなくて、押忍!」

「よろしい」

 

コルニが嬉しそうに鼻を鳴らした。なんだか、先輩風を吹かすのを楽しんでるだけのようにも見えるが、タクミは黙っていることにした。

 

「えと……僕らに足りないものは……」

 

そんな時、部屋の奥から恰幅の良い女性が顔を出した。

 

「コルニ!ここにいたのかい!?と、そこにいる子はあれかい?今日の体験者かい?」

 

声量が大きく、よく通る低めの声にタクミの言葉が遮られた。

 

その人は割烹着を身に付け、頭に手拭を巻いていた。

その人の姿はタクミは今朝方チラリと見ている。彼女がこのジムの『おかみさん』だった。

 

タクミは慌てて頭を下げた。

 

「お、押忍!今日はお世話になります!挨拶が遅れました、タクミと申します!今日はよろしくお願いします!」

 

タクミの馬鹿正直な固い挨拶に『おかみさん』は声をあげて笑った。

 

「あはははは!私はジムの関係者だけど、トレーナーじゃないからそんなかたっ苦しくならずに、普通にしていいよ。素直な子だねぇ」

「え……あ……その……は、はい……」

 

タクミは気恥ずかしくなり、頬を染めた。

 

「さぁさ、こんなところで油売ってないで、昼御飯の時間だよ」

 

『おかみさん』がそう言うと、コルニが嬉しそうに拳を突き上げた。

 

「おっすぅ!!『おかみさん』私もう腹ペコ~!」

「あんたはいつも腹ペコだねぇ、体験君もお腹すいてるだろ」

「あっ…………はい……」

「だったらさっさと食卓につきなぁ!御飯はたんまりあるからね!」

「はいっ!!」

 

思えば朝から何も口にしていない。

意識したら急に空腹感が増してくる。

 

『おかみさん』とコルニち連れられてやってきたのは、巨大なダイニングであった。

普通の学校の教室ぐらいはあるんじゃないかと思えるダイニングに20人ぐらいはに座れる長机が置かれていた。その長机は部屋の半分程度のスペースを埋め、残りの半分はポケモン達が食事をとる空間になっている。そこには今朝方一緒に走ったポケモン達が行儀よく座って食事を待っていた。

 

ただ、なんとなくその部屋には空白が目立つ印象だった。

 

これだけの大きさの食堂に対して門下生が6人しかいない。コルニやコンコルド、タクミを含めても長机の席は半分程度しか埋まらない。ポケモン達の為の空間も半分以上は遊ばせているような状況だった。

 

そんなリビングはタクミが顔を出すと、大きな拍手で迎えられた。

 

「おっ、今日の主役のおでましだ!」

「いいガッツだったぞ、新人」

「おい、まだ入門決まってないから新人はないだろ」

 

歓迎ムードのリビングに向け、タクミは慌てて頭を下げた。

 

「あっ、ありがとうございます!午後もよろしくお願いします」

 

タクミが礼儀正しく45度に腰を折ると一際大きな拍手があがった。

 

「うむうむ、タクミ君。今日の君はお客さんだ。こっちに来なさい」

「あっ、はい」

 

タクミは長机の上座にあたる方、コンコルドの隣の席に案内された。

 

「さぁさ、あんたたちはこっちだ」

「キバァ?キバキバ!!」

 

タクミのポケモン達は『おかみさん』がポケモン達のいるスペースに連れていった。

『おかみさん』は山盛りにしたポケモンフーズが乗った大皿をポケモン達の前にドンと置いた。

 

「シャラジム特性ポケモンフーズだ。お口に合うといいんだが……まぁ、ダメでも頑張って食べとくれ」

 

そう言った『おかみさん』にタクミのポケモン達は元気に返事をした。ただ、タクミのポケモン達の中には偏食家はいないので、その辺りの心配は必要なかった。

 

そうこうしている間にタクミとコルニが席につき、コンコルドが咳ばらいをして場が静まる。

 

「さて、タクミ君。シャラジムの食事の基本は『玄米』『味噌』『豆』と決まっておる。とはいえ、地球界出身のタクミ君には馴染み深いかな?」

「お、押忍!!で、でも、これ豆なんですか?」

 

タクミの目の前にあったのは山のように積み上げられたハンバーグであった。

 

その問いに答えたのは『おかみさん』だった。

 

「そうさね。豆とオニオンをメインにした豆のハンバーグだ。たっぷりおあがり」

「食は身体を作る。ポケモントレーナーにとって身体は資本じゃ。食事もトレーニングだと思え」

「お、押忍!!」

 

タクミの返事にコンコルドは鷹揚に頷いた。

そんな祖父を前にして孫娘は『また始まったよ』とでも言いたげに肩をすくめていた。

コンコルドはそんなコルニを黙殺し、両手を打ち合わせた。

 

「では、いただきます!」

 

それに続くように「いただきます」の大合唱がおこり、各々が好きなように大皿から食べ物を奪い取っていく。ただ、地球界出身のタクミからすればそれは少し普通の食事風景とは異なっていた。

 

手づかみで食べられる玄米のおにぎりはライスシートに包まれてバスケットに入っている。味噌汁の具材は玉ねぎとキノコでそれを皆はスプーンを使って口に運んでいた。ハンバーグはナイフとフォークでの食事だ。食事内容は『和』のテイストなのに、ここは間違いなくカロス地方なのだと認識する。なんとも不思議な和洋折衷の中でタクミは他の門下生に負けないようにおにぎりやハンバーグを自分の皿に取り分けては片っ端から口に詰め込んでいった。

 

『食事も……トレーニング……』

 

タクミは頭の中でそう繰り返しながらハンバーグを頬張る。

デミグラスソースがきいた豆ハンバーグは適度な塩加減もあわさり、最高に美味しかった。

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