ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて 作:からんBit
適度に身体を追い込み、シャワーを浴びて火照った体を冷やし、温かい食事で腹を満たせば、次に襲ってくるのは睡魔である。古今東西の伝説を紐解いてみてもその悪魔に勝った例は記録されていない。
タクミは与えられた客室に通されるや否や、そこにあったベッドに倒れこみ、スイッチが切れたかのように速攻で夢の中へと旅立っていった
そして、昼寝をはじめて約2時間。時計が14時を指す頃になるとジムのあちらこちらから人が起きてくる気配がしてくる。
タクミもホロキャスターの目覚ましに従い、身体をムクリと起こした。
「ふぁぁ…………」
タクミは寝ぐせのついた髪に手をやりながら、大きな欠伸をした。
周囲を見渡し、自分の状況を確認する。
あまりに爆睡してたので今自分がいる状況を見失っていた。
「あっ、そっか……シャラジムに来てたんだっけ……」
タクミはホロキャスターの時間を確認する。
昼寝は15時までとされていたが、余裕をもって15分前にタイマーをセットしていたのだ。
タクミは喉の渇きを覚え、静かな足取りで部屋を出ていこうとする。
他のポケモン達もまたタクミの傍で爆睡しており、皆目を覚ます気配はなかった。
タクミは階段を降りて、ダイニングの方へと向かった。
ダイニングに備え付けてあるドリンクサーバーから冷たい水を紙コップに注ぎ込む。
ドリンクサーバーには張り紙がしてあり、『紙コップは1人1日1個』との注意書きと共に黒のマジックペンが置いてあった。
タクミは飲み干した紙コップに『タクミ』と名前を書き入れて棚に戻しておく。
そんな時、キッチンから出てきた『おかみさん』と目が合った。
「あら、タクミ君だっけ?ちゃんと昼寝したかい?」
「あっ、はい」
「だろうね。すごい寝ぐせがついてるよ?」
「あはは……」
髪をちゃんと乾かさずに寝てしまったのもあって、タクミの頭には枕の跡がそのままの形で残っていた。
「ちょうどよかった。今、お茶入れたとこなんだ。付き合うかい?」
「いいんですか?」
「構うもんかい……っていうか、他の子達には内緒にしといてくれよ?」
『おかみさん』はそう言って口に指をあててウィンクを飛ばした。愛嬌のある仕草は彼女の体重が20kg程軽かったら世の男達を釘付けにしたはずだった。だが、今の『おかみさん』は頬にも腹にも大量のお肉をつけており、コアなファンにしか受けは良くないだろう。
タクミにもそんな性癖は持ち合わせがないが、とりあえず屈託のない笑顔で「はい」と頷いておいた。
タクミはダイニングの端に座り、出された紅茶とクッキーを頬張る。
「いやぁ、ダイエットしないとは思うんだけど、
「『3時のオヤツ』ですね。うちの母さんも同じこと言ってました」
「へぇ、『地球界』ではそんな言い回しをするのかい?」
「まぁ、大体一緒かと」
そんな取り留めのない話をしながらお茶はすすむ。
そんな折、タクミはふと気になったことを尋ねた。
「そういえば、シャラジム特性ポケモンフーズってどんなのですか?」
「ん?そうさね。使ってるのは豆と小麦粉とミルクをベースにしていくつかのきのみを潰して……」
「え?手作りなんです?」
そんなタクミの疑問を『おかみさん』は笑い飛ばした。
「決まってるじゃないか。ウチは【かくとうタイプ】のジムだよ。力負けしないためにも、身体はしっかり作らなきゃ。そりゃ、市販のポケモンフーズでもいいけど。ウチの子らはみんなリオルかルカリオを連れているだろ。単純に身体を大きくすればいいってもんでもないし、市販のものを調合して調整するぐらいなら、作った方が手っ取り早いんだ」
「…………なるほど……」
「身体が資本のポケモンバトル。そして、身体を作るのは食事。『師範』も言っていたろ。『食事もトレーニング』だってさ」
「そう……ですね……」
タクミも雑誌などでポケモンフーズの作り方や調整の仕方などは知識とは知っていた。
だが、旅の間はポケモンセンターがポケモンフーズを提供してくれている。ポケモンセンターのフーズはバランスのとれた完全食であり、トッププロにも愛用している人が多い。
その為、タクミも『こだわる必要はないか』と考えていた。
だが、それはこの『地方旅』を始める前までの話だ。
「…………」
タクミはクッキーを手に取り、考え込む。
タクミのポケモン達はどう考えても『普通』の枠組みからずれた戦い方をしている。
接近戦にこだわるキバゴにはよりパワーがいる。
フシギダネは自重そのものが負担になることがある。
ゴマゾウは身体のバランスが一番大事だ。
唯一まともなバトルの形をしているのがヒトモシであるのだが、ヒトモシはヒトモシで実のところかなりの小食だ。
ポケモンの食事に対する考え方は改めなければならないのかもしれない。
そんなことを考えているタクミの思考を読み取ったかのように『おかみさん』はほほ笑んだ。
「そうさね。あんたのポケモンこそ、食事には気を使わなきゃらならんねぇ」
「えっ!?なんで知って……僕のバトル見てたんですか?」
そう言うと、『おかみさん』は流れるような仕草でまたウィンクを飛ばしてきた。
「直接は見てないけどね。昨日の夜に皆がここでミーティングしてたんだよ。ジム戦の後はいつもそうさ。録画したビデオで勉強会だ」
「そうなんですか」
「【かくとうタイプ】のジムリーダーってのはどうしても相性の悪いポケモンとバトルすることが多いからね。その中で、コルニのバトルはみんなの勉強になるんだよ。苦手な攻撃の防ぎ方、いなしかた、反撃の仕方。不利な状況でいかに負けないようにするかってのが、ジムリーダーの腕の見せ所だ。コルニが若くしてジムリーダーの資格を手に入れられたのはその辺りが格段に上手いからだねぇ。うちの子らはみ~んなジムリーダーを目指してるから、その為には日々の研究が大事なんだろう」
そして、『おかみさん』は優雅な仕草で紅茶を飲み干し、クッキーをまとめて4個ぐらい一気に頬張った。
「おっと、もうこんな時間だ。見つからないうちに片づけるとしようか。タクミ君は午後の自由時間はどうするんだい?」
「そうですね……皆さんの自主練でも見学しようかな……って」
「そうかい。それなら、マスタータワーのバトルフィールドに行くといい。今日は『師範』が希望者を募って手合わせしてくれる日だ。勉強になるだろよ」
「本当ですか!?」
タクミは自分の紅茶を一気に飲み干し、素早く立ち上がった。
「行ってみます!紅茶ありがとうございました!!」
タクミはそう言うが否や一目散にダイニングを飛び出していった。
「……若いねぇ……」
『おかみさん』はそんなことをつぶやきながら、最後に残ったクッキーを頬張った。
部屋に戻り、キバゴ達をモンスターボールに戻したタクミはクチートを連れてすぐさまマスタータワーのバトルフィールドへと向かった。
タクミが昨日ジム戦をしたバトルフィールド。
昨日は冷たく重い雰囲気に閉ざされているように感じた場所であったが、今日の空気はまた一段と重い。
肩にのしかかるような湿り気を帯びた重鈍な風。稲光のように鋭い緊張感が迸っていた。
立つコンコルドが立っており、腰を動かして準備運動をしているところだった。
「タクミ君、来たか。今呼びに行かせようと思ってところだよ。ここはあれだから、上の観客席に行くといい」
「は、はい!!じゃなくて押忍っ!」
タクミは一度バトルフィールドを出て、マスタータワーの2階へと向かった。
昨日は下から見上げていた観客席。フィールド全体を大きく見渡せる特等席だが、石の壁に囲まれていることもあり随分と寒々しい印象を受ける。そこではコルニがビデオカメラを設置しているところだった。
「おっ、タクミ君、間に合って良かったよ。もうすぐはじまるよ」
「押忍っ!」
タクミはすぐさま手すりに近づき、身を乗り出すようにしてフィールドを見下ろした。
ついてきていたクチートもその背中によじ登り、タクミの頭の上から同じようにフィールドを見下ろす。
コンコルドが立つのはジムリーダー側のトレーナーサークル。
対する挑戦者側には門下生が全員並んで、順番待ちをしていた。
皆が一様に固い顔をしていたが、その中に僅かな興奮が見え隠れしていた。
「コルニさん、バトルのルールはどんなルールなんです?」
「おじいちゃんとのバトルは基本1対1だよ。毎月2回開催してるんだ。一応、この日はジムリーダーの私とも対戦権利があるんだけど、みんなおじいちゃんとばっかりバトルしたがるんだよね~」
「やっぱり、『師範』の方が強いんですか?」
「いやっ!違うよ!今は絶対私の方が強いって……一応……一応、ここ最近の10回の勝敗は6勝4敗で勝ち越しているし……」
コルニがそう言った直後、コンコルドがバトルフィールドから叱責を飛ばした。
「コルニ!1対3の変則バトルで勝ったのを勝利数に加えるな!それを除けばワシとお前の戦績は3勝7敗じゃろ!!それと、トレーニング中はワシのことを『師範』と呼べぃ!」
「押忍っ!!『師範』、失礼しました!」
「ビデオカメラの録画を忘れれるなよ」
「押忍!!」
コルニがやけくそのように叫ぶ。
だが、コルニがその直後に小さく「地獄耳め」と呟いたのをタクミは聞き逃さなかった。
そして、コンコルドと門下生達とのバトルが始まった。
コンコルドが繰り出したのはバシャーモ。
それに対して門下生はルカリオを繰り出した。
両者は同時にメガシンカを行う。
ポケモン達が竜巻のような光の奔流に飲み込まれ、次の瞬間にはフィールドの中央で拳が激突していた。
メガルカリオの波導とメガバシャーモの火炎が渦となってフィールド内に広がる。上階の観覧席にいても両者の闘気が肌を焦がさんばかりだ。
「メガルカリオ“きあいパンチ”!」
メガルカリオが懐に飛び込んだ。地面を踏み抜いた衝撃だけでジム全体が揺れたんじゃないかと錯覚するほどの震脚。大地を踏みしめ、跳ね返ってくる反作用の威力を全て拳に乗せ、アッパーカット気味にメガバシャーモの顎を狙う一撃。
決まる
と、タクミが息を飲んだ瞬間だった。
「メガバシャーモ!! “ブレイズキック”」
メガバシャーモの蹴りがメガルカリオの肘を内側から蹴りぬいた。
拳の威力が死に、メガルカリオの動きが止まる。
メガバシャーモはそのまま相手の身体を支点にして、更にもう一撃“ブレイズキック”を振り抜いた。
その蹴りはメガルカリオの顔面にクリーンヒットした。
ただでさえ相性の悪い【ほのおタイプ】のワザ。
それを最高の角度から最大限の威力で叩き込まれた。
メガルカリオはフィールドの半分程の距離を吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。
試合終了だ。
コンコルドのメガバシャーモのメガシンカが解かれ、トレーナー同士が礼を交わす。
「…………」
タクミはその一連の攻防をつぶさに見ながら、思考を巡らせていた。
タクミが今日の午前中でみつけた『答え』。
タクミのバトルに足りないものの『答え』がそこにあった。
それからも次々に門下生が姿を見せ、コンコルドにバトルを挑んでいく。
だが、最終的に彼等がコンコルドのポケモンに有効打を与えることは一度もなかった。
全てのバトルが終わり、礼が交わされたのを見届け、タクミは大きく息を吐きだした。
「……すごいな……」
流石にジムの『師範』なだけはあった。コルニより強いというのも頷ける。
「タクミ君。おじいちゃ……『師範』とバトルしなくていいの?今日は時間があるから挑戦させてもらえると思うよ」
確かにそれは魅力的な提案だった。強者とのバトルは例え
それはわかっていたが、タクミは静かに首を横に振った。
「ほう、挑戦せんのか、タクミ君」
コンコルドの声が聞こえ、タクミは反射的に背筋を伸ばした。
振り返ると、ちょうどコンコルドが観覧席まで上がってきたところであった。
「ワシはいつでも大歓迎じゃよ」
「あ、いえ……今日は遠慮しておきます……」
「ふむ、昨日までの君なら率先にバトルに挑んできただろう?どういう心境の変化じゃ?」
「そうですね……なんというか……今の僕じゃ得られるものすらなさそうで」
「ほう」
実力差がありすぎるとか、相性が悪いとか、そういう問題ではない。
今、コンコルドとバトルしてもコルニとのバトルのリプレイにしかならないことがわかりきっていたのだ。
もし、コンコルドとバトルを望むのなら、それは今の自分の課題を乗り越えてからだ。
そうでなければいたずらにポケモン達に負担を強いることにしかならない。
タクミはそう考えていた。
その意図を知ってか知らずか、コンコルドは満足そうに頷いた。
「さて、タクミ君。今日のジム体験。どうじゃった?」
「…………勉強になりました」
「その顔だと、何かに気づいたようじゃな」
「…………はい」
今日一日、ジムのトレーニングを経験してわかったことがあった。
その中でも、やっぱりタクミにとって衝撃が大きかったのはやはり『ポケモン組手』だった。
自分のポケモンの攻撃を受け、自分の身体で直接ポケモンを攻撃し、実際に『対戦相手』になってみてはっきりしたことがあった。
『ポケモンバトルに勝つバトル』とは何か。
その答えは……
「僕のポケモンはディフェンスが圧倒的に弱い」
タクミがコンコルドを見上げると、彼は表情の読めない硬い顔でタクミを見据え、頷いた。
「うむ……その通りじゃ……原因はわかっておるかな?」
「……僕のポケモンはかなり個性的です。それは、個性を生かさなければバトルができない程に個性的です。僕は今までその個性を伸ばすようなバトルのトレーニングを積んできました」
「その通りじゃ……じゃが、自分達の得意分野を伸ばすのは決して悪いことではない。バトルにおいては平均的な能力を持つポケモンよりも、突出した能力があるポケモンの方が有利を取れることが多い。しかし、タクミ君はそれにあまりにも特化しすぎている。それゆえに君はポケモントレーナーとしての基礎的な部分を鍛え損ねている」
「基礎的な部分?」
「ポケモンのワザを出し、相手のワザを受け、その中でいかにして有利を取っていくかという『ダメージレース』という考え方じゃ」
「あ………」
「本来なら、そのポケモンバトルの基本中の基本の形をトレーナーは普段のバトルの中から学ぶ。そして、攻め手だけではなく、ダメージを減らす『防御』『受け』の技術を自然と会得していく。じゃが、タクミ君は違う。バトルが個性的すぎてその部分を鍛えることができずにここまで来てしまったのじゃ」
タクミは納得したように頷いた。
タクミのバトルは常に自分達のペースに相手を巻き込むことから始まる。キバゴの超近接戦だったり、フシギダネの盤面制圧だったり。相手を自分の土俵に引きずり込んで強引に得意なバトルスタイルへと持ちこみ、そもそも純粋な殴り合いをさせない。
ポケモンの弱点を補うのではなく、強みを生かす戦い方だ。
それは決して弱いバトルスタイルではないが、それだけでは勝てない相手がいるのも事実だ。
特に真正面から小細工なくぶつかってくる相手には極端に被弾が増えるのは過去のバトルを振り返っても明らかだ。
今のタクミに必要なのは『ポケモンバトルに勝つバトル』。
つまり、『負けないように立ち回るバトル』だ。
「…………」
黙り込み、再び考え込むタクミ。視線は完全に足元の一点で固定され、手足は微動だにしない。
そんなタクミを見下ろし、コンコルドはニヤリと笑った。
「……さて、タクミ君」
「はい」
「今日はもういい時間じゃ。ここでの試合はもうないし、一旦帰るとするかの」
「……あ……はい」
確かに外を見れば太陽はいい具合に傾いていた。
気が付かないうちに随分と時間が経っていたようであった。
タクミはコンコルドやコルニと共に闘技場を後にし、撮影機材の荷物持ちをしながらジムへと戻っていった。
そして、タクミはすぐさまジムを立ち去ることにした。
「えぇ~!!晩ご飯まで食べていけばいいじゃん!!」
「すみません……できるだけ早く頭の中をまとめたいんです」
実際、タクミの頭の中は今も混乱の最中にあった。
今回は単なる『ひらめき』ではない。
今までのバトルに全く新しい『軸』そのものが産まれてしまったのだ。
その為のトレーニングやら、バトルスタイルやら、考えなければならないことは山程ある。
今はとにかく少しでも考える時間が欲しかった。
タクミは道着を返し、いつもの旅装束に着替えなおしてジムの出入り口で頭を深く下げた。
「それでは、コルニさん、ジムのトレーニングに誘ってもらって、ありがとうございました!!」
「ん~……まぁ、しょうがないか。それじゃあ、また挑戦待ってるね」
「それと、コンコルドさん、アドバイスありがとうございました」
「うむ」
コンコルドは言葉少なく頷いた。
タクミは駆け出すようにジムから出ていく、その後をクチートが追いかけていった。
その後ろ姿を最後まで見送っていたコルニとコンコルド。
タクミが『砂の道』を駆けていく様子を遠目に見ながら、コンコルドがふと呟いた。
「コルニ、タクミ君のことどう思う?」
「いいトレーナーだと思うよ。ポケモンとの信頼関係も厚いし、それにあのポケモン達の個性的なバトルスタイルは好きだなって」
「ああ、ワシもそう思う……」
「また挑戦してくるのが楽しみだね。あぁ、もうお腹ペコペコ!!」
大きく伸びをしてジムの中へと戻っていくコルニ。
その時、コンコルドがふと呟いた。
「なぁ、コルニ……もし、『もし』だが……」
「ん?」
振り返ったコルニ。
祖父の目は今もタクミの後姿を追いかけていた。
「もし、彼が――――――――」
その後に続いた言葉にコルニは最初は驚き、目を見開いた。
そして、少しの沈黙の後に呆れたように笑った。
「おじいちゃんったら、そんなことになるわけないじゃん。時間を考えてよ」
「どうかな……ワシは……彼ならやりかねないと思っておるぞ。その時は規則を曲げても良いと思っている」
「えぇっ!?そこまでする!?まぁ……『もし』そうなったら面白そうだし、『ジムリーダー』としても許可しましょう。まぁ、ないと思うけど」
コルニはそう言ってジムの奥へと引っ込んでいく。
わずかに赤く染まりはじめた太陽の下、コンコルドは視線をジムの隣の塔に向ける。
夕焼けの光を受けてそびえ立つ『マスタータワー』。
コンコルドにはその『マスタータワー』がなぜかいつもより輝いているように見えていた。