ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて 作:からんBit
また少しずつ更新速度を戻していければいいなと思ってますが、できるかな……
午前錬を死ぬ気でこなし、昼食をひたすらに腹の奥に詰め込んだら、もう身体も心も限界だった。
ほとんど
一瞬で眠りに落ちたタクミはそのまま寝息すら立てずに惰眠を貪った。
そして、本来起床予定の15時になってもまだ眠っていた。
タイマーが5分程鳴り続けてもピクリとも動かない。
それ程に深く眠り続けるタクミを起こす者はいなかった。
フシギダネ達はもちろんタイマーに気が付いていたのだが、今のタクミを叩き起こすのは流石に憚られらた。そのまま寝かせてやることが優しさと思い、フシギダネ達はそのまま一緒に昼寝を満喫していた。
結局、タクミが起きたのは4時頃にカケルが様子を見に来てくれた時であった。
タクミは慌てて飛び起き、目覚まし時計とフシギダネに一通り理不尽な文句を垂れてから道着を再び身に付けて飛び出していった。
「す、すみません!わざわざ起こしに来てもらって……」
「いいんですって。最初は僕もそうでしたから」
「え?カケルさんが?」
「はい」
昨日と同じくトレーニング場の片隅で丸太の前に立ち、タクミとカケルは丸太にクッションを巻き付けていく。
「僕もここに来たばかりの時はランニングで一周遅れにされるし、2日目の午前はトイレに逃げ込んで練習サボったし、4日目とか家事当番なのに昼寝で寝過ごして先輩に代わってもらったしで、散々でした。今思えばよく逃げ出さなかったなぁと思います」
「カケルさんも、そうだったんですね」
「はい。でも、今のタクミさんの顔を見て安心しました。ここを辞める人は大体2日目の顔を見ればわかりますから」
「そういうもん……ですか?」
「はい」
カケルはこのジムでは一番の若輩にあたる。
彼の後に入ってきた人がいるとしても、その全てが辞めていったということだ。
「さて、またやりますよ。『たいあたり』」
「押忍……」
タクミは昨日教わった通りに丸太の前に立つ。
朝方とは違い、昼寝して体力はある程度回復した。まだ打撲や筋肉痛はあるが、全てが嫌になるぐらいにキツい程の状況ではなかった。
だが、タクミには少し期待があったのだ
新しいことを教えてもらえるんじゃないかという期待だ。
「あの……これいつまでやればいいんです?他にも型とか、別のトレーニングとかを覚えなくていいんですか?」
昨日は夜も遅かったこともあり『たいあたり』だけしか教えてもらえなかったが、今日は時間もある。皆が朝やっている型やその他のトレーニング方法も教えてもらえるんじゃないかと思っていた。
なのに、やることはやはり『たいあたり』
新しい環境で新しいことを身に付けるつもりで来たのに、教えられているのが丸太にぶつかり続けるだけというのは流石に不満も不安も出てくる。
だが、そんなタクミをよそにカケルはあっけらかんと言い放った。
「さぁ?どうでしょう?」
何の感慨もなく言い放たれた言葉にタクミは言葉を失った。
「……え……『さぁ?』って……」
「残念ですけど」
カケルは丸太を平手でパシンと叩いた。
「このジムではこの『たいあたり』がある程度のレベルに達しないと次はありません。つまり、いつまでやればいいのかは、タクミさん次第ということです。僕から言えるのはそれだけです」
「…………」
「不満ですか?それとも、後悔しています?」
タクミは一瞬胸をよぎった薄暗い感情を素早く振り払う。
『こんなのアキの味わった苦しみに比べればなんてことない』
「ないです。それよりも、そんなことを考えている時間の方が惜しいです。始めます!!」
「あっ、今日は使う丸太は3本にしてくださいね。隣で僕のポケモン達も一緒にやりますから」
「押忍!!」
タクミはキバゴとヒトモシを隣に並べて、丸太の前に立つ。
カケルはリオルとヘラクロスを繰り出した。
そして、タクミ達はカケルの合図と共に再び丸太に向けて『たいあたり』を始めた。
足の裏は肉刺が潰れたばかり。足腰は筋肉痛だか打撲だかわからない痛みで支配されている。全身の身体の重さは今も健在。それでも心持ちが違えば動きも変わる。
根性だけでぶつかった朝の『たいあたり』よりは少しは身体の動きを意識することができている。
だが、タクミはすぐさま自分の未熟さを思い知ることになった。
それは『音』であった。
「リオッ!!リオッ!!リオッ!!」
「ヘラッ!!ヘラッ!!ヘラッ!!」
リオルとヘラクロスが丸太にぶつかる度に空気が裂けたような破裂音が響き渡る。
それに対してタクミやキバゴ達がぶつかってもプロテクターはスポンジを押しつぶした時のような腑抜けた音しか出てこない。
体躯の問題じゃない。
ヘラクロスはまだしもリオルの体躯はキバゴとそう変わらない。
それより遥かに上背も体重もあるタクミでさえそんな綺麗な音を出すことはできなかった。
音が重要とは思わないが、やはり綺麗な音が鳴っている方が威力が高い『たいあたり』ができているような気になるのだ。
「………………」
「ん?どうしました?」
「あっ、いえ……その……いい音が鳴るなって思ってですね……カケルさんの時も強い破裂音がしたのに……何が違うんでしょう?」
タクミはもう一度構えをとり、丸太にぶつかる。
だが、鳴るのはパスンという気の抜けたような音だけだった。
「カケルさん、何かおかしなところがあるなら教えてください」
タクミがそう言うとカケルは何故か小さく笑ったのだった。
「え?何か、僕変なこと言いました?」
「いえいえ、ただ……残念ながら今のタクミさんは『おかしなところ』しかないですよ」
「え?」
「いいですか?もう一度見せますよ」
「あっ、ちょっと待ってください!!」
タクミはすぐさまホロキャスターをヒトモシに向けて放り投げ、動画の撮影をお願いする。
こういう時に思い出すのは『ポケモンキャンプ』のことだ。
ミネジュンやマカナと一緒に一勝するためだけのトレーニングに費やしたあのキャンプ。
キバゴやフシギダネのバトルの動きを確認するのに、動画を取ることでより客観的に判断することができる。こうすれば休憩時間にも見返すことができるし、何よりも比較材料を残すことが大事なのだ。
全てはマカナからの受け売りであったが、こういう時にこそ実践すべきなのだ。
タクミはもう一度カケルの『たいあたり』をつぶさに観察する。
昨日の夜から今日の昼まで、既に3桁は軽くこなした『たいあたり』。カケルから教えられたポイントは実践しているつもりではいたが、それはあくまでも『つもり』でしかない。実際に上手くいっていないのだからやはりどこかが違うのだ。
カケルは半歩の距離で構えを取る。腰を落とし、肩幅に足を開き、上体を起こし、胸を張り、右足を半歩後ろに引く。次の瞬間、カケルは地面を強く蹴り込み、大きく足を踏み出した。蹴り足で産んだ突進力を更に自らの足でその地に縫い留め、体幹の筋肉で支えて丸太に向けて叩き込む。カケルが丸太にぶつかった瞬間に強烈な破裂音が響いた。
「っ!!」
「ふぅ……いいですか、昨日も言いましたが大事なのはインパクトの瞬間です。蹴り足も、踏み込みもそのための準備にすぎません。必要なのは丸太に当たる瞬間に筋肉の駆動の全てを集めることにあります。そうすればこのようにプロテクターの中の空気が一気に抜けて強い音がします」
「なるほど……」
確かに改めてみると自分の『たいあたり』とは全然違う。
足捌きも、踏み込む位置も、身体の動きもまるでなっていない。
まだまだ自分の『たいあたり』が完成形には程遠いことはわかった。
だが、ここで1つ疑問が湧いてくる。
「でも、これって、ヒトモシはどうしたら……」
2足歩行のキバゴやクチートはまだいい。
4足歩行であるがフシギダネやゴマゾウはそもそも『たいあたり』を覚えるから基礎はできている。
だが、ヒトモシばかりはそうはいかない。
そもそも足がないのだ。
蹴り足も踏み込みもどうにもならない。
何か方法がないかとカケルの方に視線を向けたが、その返事は無情なものであった。
「それはタクミさんが教えるんですよ。ヒトモシのトレーナーはタクミさんでしょ」
「…………そう、ですよね」
「それに、僕も自分の修行がありますし、ずっと付きっきりにはなれません。ポケモン達の指導はタクミさんがしなければなりません」
「……押忍……」
それはそうだ。鍛えるべきはあくまでポケモン。そして、ポケモンの指導はトレーナーの仕事だ。タクミが『たいあたり』のやり方を早くマスターしてポケモン達に教える立場にならなければならない。
「…………あ……そっか……だからトレーナーも同じように鍛えるんですね」
そう言ったタクミにカケルは満足そうに頷いた。
「そうです。トレーナーが身体でやり方を覚えれば、ポケモン達に指導するのにも幾分か伝えやすくなります。ポケモンはあくまでポケモン。種類によって筋肉のつき方も動かし方もまるで違う。中にはどうやって動いているのかすらわからないポケモンもいます。そんなポケモン達を指導する時に自分という基準があれば応用をきかせる足掛かりになります」
「……あぁ……なるほど……そして、トレーナーがトレーニングをこなすには最低限の体力がいる。だから早朝マラソンに繋がる……」
「その通り」
言われてみれば確かに納得のいくことばかりだ。
何の説明もないのはいかがなものかとも思うが、逆に言えばこれぐらいは自分で気づいてもらわないといけないということでもあるのだろう。
タクミはジムの隣に聳え立つマスタータワーを見上げた。
石造りの塔は長い年月を潮風に晒されながらも悠然と構えたままの姿を晒している。
その塔の持つ意味をタクミはこの時ようやく理解したのかもしれない。
「このジムは過去に幾人もの著名なトレーナーを輩出してきたカロス地方有数のジムです。そして、ジムという制度が産まれる前からここはルカリオのトレーナーの聖地としてトレーナが日々鍛えあっていた場所……長い年月のなかで磨かれ、練られてきたトレーニングに無駄なことなどありません」
「………そう……ですね……」
タクミは自分の掌を見下ろす。
今朝の『ポケモン組手』の時に掌にも肉刺ができていた。
肉刺を重ねて皮膚が分厚くなるように、この土地には過去のトレーナー達が流した汗が地層のように幾重にも折り重なっている。
それが『伝統』というものなのだろう。
タクミはこのジムの一端に触れたような気がして、すぐさま首を横に振った
たった一日で感じ取れる程ここの伝統は浅くはない。
そんな自分の思い上がりを誤魔化すように、タクミはカケルに笑いかける。
「カケルさんはこのジムが好きなんですね」
「ええ、タクミさんにもここが好きになってもらえると僕も嬉しいです」
「……押忍」
タクミはもう一度カケルの『たいあたり』を動画で確認し、自分の動きを近づけようと意識づける。
「続けます!ヒトモシ!僕の『たいあたり』も動画で撮っといて」
「モッシ!!」
「ヒトモシの代わりにクチート。隣にきて」
「クチ!」
「10回やったらフシギダネとゴマゾウに交代」
タクミは丸太の前に立ち、地面を蹴る。
まだ綺麗な音が出るには程遠いが、今朝よりは少しマシな音が出るようにはなっていた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
丸太を打つ鈍い音はこのジムに新人トレーナーが来た時の風物詩。
身体の力が十全に伝わらなければ強い音は鳴らない。
インパクトの瞬間に筋肉を締めて打撃力を上げなければいい破裂音は鳴らない。
紙袋を潰したような抜けた音が次第に高音に代わっていく過程こそが、このジムの新人の成長具合そのものであった。だが、ここ数年はその心地よい破裂音が聞こえる前に途絶えてしまうのが常であった。
『ついていけません』『自分には合わないみたいです』『こんな時代錯誤なことやってられるか』
中には夜中に海を泳いで逃げ帰った者もいた。
だが、今回は期待できそうであった。
マスタータワーの頂上でルカリオやバシャーモと精神統一をしていたコンコルドは潮風に乗って届くタクミの音を聞きながら、静かに目を見開いた。
「…………ふむ……」
まだ燦々と輝く日輪の下でコンコルドはその音の機微を聞き分ける。
「……これは……ぅうむ……」
瞑想から心を乱すコンコルドに周囲のポケモン達から叱責の視線が突き刺さる。
「そんな目で見るでない、これはこれで大事なことなのじゃ」
「バウッ……」
「わかっておるわい」
コンコルドは「真面目な奴め」と呟き、再び瞑想に戻っていった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
タクミとポケモン達が丸太を撃つ音は日が沈むまで辺りに響き続けた。
カケルは既に自分のトレーニングの為に引き上げており、ここにはタクミ達しかいない。
タクミは自分の動きを動画で確認しながら、幾度となくカケルの『たいあたり』と見比べて修正を繰り返していた。あのあと、やはり感覚がつかめず、カケルに頼み込んで今度は上半身を脱いでやってもらった。それを見ればいかに下半身と上半身の動きが連動しているのかがよくわかる。
タクミは自分の動きを一つ一つ確かめながら何度も丸太へと身体を当てていた。
「っし!!……ふぅ、これで10セット……でも……やっぱり、こう……違うな……どこだろう……やっぱり足の筋肉かな……体幹の筋肉も関係あるかもしれないけど、こればっかりは何度もやって修正しないといけないし……ヒトモシ、また頼むよ」
「モシッ」
「今度はここの筋肉。よくタイミングを見て、お願い」
「モシモシっ」
「よっし、休憩終わり。行くよ」
タクミは他のポケモン達に声をかけ、再び丸太の前に立つ。
10回1セットを10セット。1セットのインターバルはきっちり1分。
これを繰り返して既に何回目かはもう数えていない。20を超えたあたりから数えるのをやめてしまった。
だが、それほど無茶な数をこなしたわけではない。時間にして半日にも満たない。
それにしてはタクミの上達は驚く程に早かった。
「ゃぁっ!!やぁっ!!やぁああっ!!」
別にタクミは武道の経験者ではない。格闘技のセンスがあるわけでもない。
それなのに、タクミの『たいあたり』は今朝と比べものにならない程に良い『音』が出るようになっていた。
タクミの成長が速いのは唯一『たいあたり』のトレーニングから外されたヒトモシが担っていた。
「ヒトモシ、次は、少し、動きを緩めて」
「モシッ!」
ヒトモシはカケルの『たいあたり』の動画を手元にあげて片手をあげる。
その手に集めたサイコパワーが向かう先はタクミの身体であった。
「モシー………」
「よしっ、次っ!!」
1分のタイマーが鳴ると同時にタクミ達が『たいあたり』へと向かっていく。
その瞬間にヒトモシのサイコパワーがタクミの身体を動かした。
その力はそれ程強いものではない。タクミの力でも簡単に抗える程度の弱い力だ。
その弱い力でヒトモシはタクミに『お手本』の動きをなぞらせた。
手足の動き、踏み出すタイミング、丸太に身体を当てる場所。
言葉の指示よりもわかりやすく、身体に覚え込ませるにはこれ以上ないという程に効率的。
タクミはその動きに沿いながら体を動かし、筋肉に意識を集中する。
時には踏み込みの位置をヒトモシに任せ、時には自分の意思で足を蹴り上げ、一回ごとに丸太の放つ音に耳を傾けて修正を繰り返す。
「はぁっ、はぁっ……」
「モッシ!!」
「うん、そう、だね。そろそろ、晩御飯の、時間か……はぁっ、はぁっ……ふぅぅっ……」
尻もちをつき、大の字になって寝っ転がる。
夕焼け空には一番星が輝いていた。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
息を整える為にゆっくり、大きく呼吸をする。
そんなタクミを心配そうにポケモン達がのぞき込んできた。
「大丈夫だよ。それより、みんなごめんね。まずは僕がしっかりと『たいあたり』をマスターしてみせるから……みんなの指導はその後だ」
「キバキバッ!!」
キバゴが代表して返事をして、それに合わせて皆も頷く。
だが、タクミは気づいていなかったが、既にキバゴもクチートも『たいあたり』で良い音を鳴らしだしていた。隣にタクミというお手本に近づいていく存在がいるのだ。それを真似ることで彼等もまた成長を続けていた。
「……疲れたなぁ……」
実質の初日なのに筋肉痛だけは2日目という最悪の一日をなんとか乗り越えることができた。
だが、明日に待っているのはより強い筋肉痛と炎症だろう。
何せ昨日とは『たいあたり』をこなした数が違う。既に胸やふくらはぎの筋肉が熱を帯びている。
「おっと……クールダウン、クールダウン……」
タクミはポケモン達と一緒に筋を伸ばしながら、身体を動かす。
「たくみく~ん!!そろそろ上がらないと晩御飯に遅れますよ~!!」
「わかってま~す!今クールダウン中で、すぐ上がります~!!」
呼びに来てくれたカケルに返事をして、タクミはポケモン達とジムへと戻っていく。
「キバキバッ……」
「はは、僕もお腹すいたよ」
「モッシ」
「あぁ……ごめんね、ヒトモシのトレーニングはまた少し考えるから」
「パオパオ……」
「そっか、転がってないから欲求不満か……うん、後で砂浜に降りよっか」
「クチクチ?」
「え?あぁ、足は少し痛むけど大丈夫」
「ダネフッシ」
「わかってるって。寝る前にもストレッチするよ」
タクミはそのままポケモン達と一緒にシャワーを浴び、夕食へと足を運んだ。
食卓には道着から部屋着に着替えた門下生達が勢ぞろいし、厨房から料理を次々と運び出していた。
タクミもすぐさま手伝いに参加し、皆揃って夕食へと並ぶ。
今日の夕食は玄米ご飯、きのみのスープ、大量のコロッケ、ピクルスサラダであった。
「おっ、タクミ君、2日目はどうだった?続けられそうか?」
「はい、なんとか」
「ははっ、そんだけ食欲があるなら大丈夫そうだな。ほれほれ、食え食え」
「ありがとうございます!」
先輩たちに勧められるがままに夕食をたらふく食べるタクミ。
彼等はタクミを気遣う様子を見せながらも、遠慮なしにタクミに絡んでくる。
上下関係の薄いカロス地方ならではのフランクな雰囲気にタクミもあまり遠慮なく言葉を返していく。
歓迎されているムードを感じるのはタクミとしても悪い気分ではなかった。
だが、タクミとしては言葉の端々に『辞めないよな?』という不可視の圧力がかかっていることは気になった。もちろん、タクミはもう絶対に折れないことを胸に誓った。このジムで修行を積むという決断を覆すつもりはない。
ないのだが、やはりそう圧力がかかるとやはり気になる。
昼間にもカケルが自分の顔色を窺っていることもわかっていた。
タクミはどこか居心地の悪さを感じながら2日目の夕食を終えたのだった。
食後の後片付けを終えて少し一息入れた後、タクミは短パンとシャツというラフな格好にサンダルをつっかけてジムの外へと歩き出す。ゴマゾウが鼻歌を鳴らしながら一歩前を行き、隣にはおやつのきのみを抱えたキバゴが並ぶ。キバゴが落としたきのみはその後ろに続くフシギダネが拾っていき、背中に乗せたヒトモシはホロキャスターの動画を熱心に見ている。クチートはタクミが胸に抱え上げ、向かった先は海岸線だった。
「ゴマゾウ、行ってきていいよ」
「パオパオォオオ!!!」
タクミが言い終わるより前にゴマゾウは元気よく砂浜で“ころがる”に興じにいった。ゴマゾウが通った後が砂浜にわずかなラインとなって残っていく。朝よりも近づいた海岸線を眺めながら、タクミは階段に腰を下ろした。キバゴは隣にペタンと座り、大口できのみを食べ始める。フシギダネはきのみでジャグリングをしながらも他の仲間達に投げ渡していた。
さざ波の音とポケモン達が色々と話し合う声だけが砂浜に流れる。
タクミにはポケモン達の言葉などわからないが、声の調子などからなんとなく何を話しているのかは想像がついた。
フシギダネがキバゴの食べ方が汚いと文句を言い、キバゴが気にすんなよと笑い、クチートが両者をなだめ、ヒトモシは適当に相槌だけを返している。
いつもの野宿の間と変わらないやり取りだ。
「ふぅ………」
タクミは膝の上にクチートを乗せたまま、背中を階段に預ける。まだほんのりと暖かい階段の石からは強い潮の香りと少しばかりのカロス地方の太陽の匂いがした。
「よっ!」
「あっ、コルニさん。すみません!」
「そのままでいいよ。隣いい?」
「はい……じゃなくて、押忍」
「あはははっ、今は普通に返事していいよ」
「押忍……じゃなくて、はい」
「ふふっ、はいこれ。喉乾いたでしょ?」
「あっ、ありがとうございます」
タクミは渡された給水用のボトルに口をつける。入っていたのはスポーツドリンクではなく、ただの水であった。今日一日汗を流し続けたのもあって身体は軽い脱水気味だ。仄かに火照った身体にはその冷たい水がやけに美味しく感じた。
タクミは寝転がったまま、星空を見上げる。
まだ日が沈んで間もないこともあってシャラシティはまだ明るい。
星もそれ程見えないのだが、タクミは別に星を見たかったわけではなかった。
「どう?タクミ君、このジムはやっていけそう?」
「……そうですね……」
タクミは勢いをつけて身体を起こす。その拍子に落ちそうになったクチートを抱えなおし、タクミはその頭に自分の顔を乗せた。
「なんとか……やっていけそうです。まぁ、今日はついていくだけで精一杯でしたけど」
辞めたくなった瞬間が幾度もあったことは口にしない。
「そっかそっか。いやぁ、ごめんね。この質問、いろんな人から何度も聞かれてるでしょ?」
「ええ……はい……」
「うちのジム。最近は入門者がなかなか長続きしなくてね。もって1週間、早い人だと1日でやめちゃうからさ」
「あはは…………」
タクミは明確な返事ができず、愛想笑いをするに留めた。
確かにここのトレーニングの意味を理解できなければ、モチベーションが保てなくなるのもわかる気がした。
ただ、タクミ自身もまだ『たいあたり』を続ける理由はわかっていない。
今は、自分の動きが少しずつ正解に近づいていくのがわかる楽しさがある。『音』という明確な結果も現れてくる。ただ、明日も明後日もこの『たいあたり』を続けさせられたら自分がモチベーションを保てるかどうかは自信がなかった。
とはいえ、そうでなくてもこのジムでタクミにはやるべきことがいくらでもあった。
1つはメガルカリオの研究だ。タクミは食後にコルニのジムバトルの映像を片っ端からホロキャスターへとダウンロードしていた。今、ヒトモシが熱心に見ているのもルカリオのバトルだ。ルカリオ、ひいてはメガルカリオへの対策を練るという意味でもこのジムに居続ける意味はある。
それに、食事に関してもそうだ。キバゴ達が食べているきのみはこのジムでは普段使わない種類のきのみだ。タクミにはポケモン達それぞれにあった食事のレシピの研究も進めるつもりでいた。その為にもキバゴ達には味の好みをより細かく把握してもらっている。今度『おかみさん』の時間が空いた時にポケモンフーズの作り方を教えてもらうことになっている。
一歩ずつじゃ間に合わない。2歩でも3歩でも1日のうちに進まないといけないのだ。
タクミは海岸線のさざ波をみつめながら、決意を新たにする。
「……ふぅん……いい顔してるね」
「え?そうですか?」
「うん。これなら心配いらないかな」
コルニは立ち上がり、腰を伸ばしながら大きく伸びをした。
「さぁて、ストレッチして寝るかなぁ……タクミ君も早く休みなよ。『良く鍛え、良く休め』うちの標語の一つだよ」
「標語?」
「うちのジムの目標みたいなもん。『良鍛良休』、『心技体』、『一心同体』、この3つを収めて免許皆伝の称号が与えられるの。私もそこに至るにはまだまだでさ」
タクミはそれを聞き、渋い顔をした
『心技体』はまだわかる。格闘技とかでも良く耳にする言葉だ。
『一心同体』もわかる。ポケモンとトレーナーのコンビネーションのことだろう。
『良鍛良休』という四字熟語は初めて聞いたが、言っている意味はわかる。
ただ、コルニはそのどれもが高いレベルにあると思う。
それでもこのジムに積み重ねられてきた伝統の中ではまだ先は長いということなのだろう。
タクミの遥か先を行くコルニですらまだ道半ば。
では、自分の前にはどれだけのものがあるのか。
タクミは焦る自分を戒めるように拳を掌に叩きつけた。その音は一周してきたゴマゾウの地響きにより掻き消えた。
「うわぉ、もう一周してきたんだ。流石に“ころがる”と早いね。それじゃあタクミ君お先に」
「お疲れ様です」
タクミはコルニがジムへと戻っていったのを見届け、再び背中を階段につけて夜空を見上げる。
「…………2日目……か……」
タクミはヒトモシに手を伸ばして、自分の胸元に抱え込む。
「ヒトモシ、最初から見ていい?」
「モシ」
タクミはゴマゾウが満足するまでコルニのジム戦の動画を見続けたのだった。
最新作についてタクミのパートナーにインタビュー その2
・ヒトモシさん、頭にろうそくがある者同士、後輩のボチとは仲良くなれそうですか?
「うん!ばっちりいけそうだよ!!なにせ今回はDJまでやる子までいるらしいじゃん!?音楽ってのは僕の考えるステージの中にはなかった要素だし、しかもラップなんて……うぅぅ、なんかインスピレーションが沸いてきそうだよ!!僕もパルデアに行きたかったな!だって、テラスタルだよ!テラスタル!!あの輝きは絶対にステージの上で映えるよ!!!やるなら何タイプがいいかな、真っ赤な炎を灯したほのおテラス、火と水という矛盾を孕んだみずテラス、意外性を生むくさテラス、恐怖をあおるゴーストテラス、新たなキャラ付けとなるフェアリーテラスも選択肢に……」
ヒトモシが自分の世界に入ってしまったのでインタビューはここまで