ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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最初の三匹は誰にとっても特別

バスで4時間の道のりを経て、タクミ達はようやくオーキド研究所へとたどり着いた。

小高い丘の上に立つオーキド研究所には風車が併設され、青い空をバックに白い羽根が景気良く回っていた。ふと遠くに視線を送れば緑の葉を生い茂らせた山々が連なっている。辺りには畑が広がり、その間に(まば)らに家が立っている。良くも悪くも極めて田舎の街並みだった。

 

「やーーっとついたーー・・・」

 

一度ならず二度までも胃袋の中身をぶちまけたミネジュンはバスを降り、青い顔で空を仰いだ。

エチケット袋をゴミ袋に放り込みつつ、タクミはその背中をさする。

 

「大丈夫?」

「平気だけど、疲れた。まだなんか気分悪い・・・」

 

嘔吐はそれだけで体力を消費する。バス移動の疲れもあってミネジュンにいつもの元気はない。

生徒の中には同じように暗い顔をしている人達も見られるが、大半は期待にはち切れんばかりの顔だ。

彼らの多くはこれから初心者用ポケモンをもらい、ポケモントレーナーの第一歩を踏み出すのだ。

タクミも似たような立場なのだが、グロッキーになった友人を心配してそれどころではなかった。

 

なんとも味気ない到着になってしまったが、実際の感動なんてこんなものなのかもしれないとタクミは達観した気持ちでオーキド研究所を眺めた。

 

「薬……きかなかった?」

 

タクミ達より先に降りていたマカナがそう言って、ミネジュンの顔をのぞきこんだ。

 

「いや、でも、二回目吐いてからは大分楽になったから少しは効いたんだと思う。ありがと」

 

疲れた顔で頭を下げるミネジュンにマナカは小さく「そう」とだけ返事をした。

相変わらず口数の少ない女子である。

 

「皆さん!ついて来てください!」

 

ケンイチに連れられて、オーキド研究所へ続く階段を上っていく。

だが、ケンイチはオーキド研究所の入り口には向かわずに、裏手へと回り込んだ。

 

そして連れてこられたのはオーキド研究所の裏手に広がる、広大な緑の敷地であった。

手前に広がる草原エリア。奥には大きな森や池が見え、岩場に囲まれた砂地も顔をのぞかせている。

その中に様々なポケモン達が自由気ままに歩き回っていた。

 

そこでは、一人の白髪の老人が待ち受けていた。

 

「やぁやぁ、みんな!よく来たね!!」

 

朗らかな顔で片手をあげて挨拶してくるその人を前に子供達は元気よく挨拶を返す。

 

だが、その中で数人は圧倒されたように口を噤んでいた。

誰かと紹介されずともわかる。ポケモン研究の第一人者にて、ポケモン図鑑を最初に開発したポケモン界の権威。

彼こそがオーキド博士その人であった。

 

オーキド博士は元気の良い子供達を見渡し、破顔しながら頷いた。

 

「うんうん。今年も良いトレーナーがたくさん来てくれたようだ。さて、みんな、ここまで長い時間をかけてきてくれたのだから、もう待たされるのは嫌じゃろう?さぁ、それじゃあ、まだポケモンを持っておらん子達はケンイチ君についていってくれ。初心者用ポケモン達がいる場所に案内してもらう。もうポケモンを持って居る人はここにいてくれ。なんなら、自分達のポケモンを出しても構わんぞ。バトルがしたい人がいるならぜひやってみるといい。ポケモンバトルは自分のポケモンとの信頼関係を築く良い方法じゃからな」

 

オーキド博士の言葉に従って、引率の先生が自分の生徒を振り分けていく。

見たところ、今日初心者用ポケモンをもらう人は7割ぐらいだ。

既に自分のポケモンを持っている人達が喜々として自分のポケモンを繰り出していく中、タクミはマサ先生と書類について確認していた。

 

「斎藤、悪いがポケモンをもらうより先にこの書類のことをやってしまっていいか?これから先、落ち着けるタイミングがないんだ」

「はい」

 

タクミは横目で『初心者用ポケモンをもらいにいくグループ』を羨ましそうに見ながら、頷いた。

キバゴを無理矢理連れてきてもらった手前、我儘を言える立場ではない。

そんな時、タクミ達のところにオーキド博士がやってきた。

 

「やぁ、マサ君。今年も来たね」

「あっ、オーキド博士。ご無沙汰してます」

 

タクミの体がピシリと音を立てて硬直した。

 

「話は聞いて言るよ。確かキバゴだったね」

「はい、そうです。今回はお手数をおかけします」

 

マサ先生とオーキド博士がなにやら話をしていたが、タクミの耳にはまるで入ってこなかった。

タクミは背中に定規でも入れられたかのように背筋を伸ばし、あまりの緊張で全身を震わせていた。

 

「なるほどなるほど、こっちでの書類の準備はできておる。それじゃあ、斎藤 拓海君」

「は、はい!」

「ワシは君のお父さんとは何度かお会いしたことがあるぞ。地球界でポケモン保護をしてくれているね」

「はい!って、えっ!!と、父さんを知ってるんですか!!」

「うむ。ワシは君のお父さんが保護したポケモンを何度か受け取ったことがある。保護していただいたポケモンは無事にトレーナーに引き取られたと伝えてくれるかい?」

「は、はいっ!!」

「うむうむ。では、一度研究所の中に行くとしよう。そこで君のキバゴが病気を持っていないかどうかチェックさせてもらうよ」

「は、はい!!」

 

オーキド博士は周囲にいる助手の人にこの場を任せ、タクミとマサ先生を連れて研究所内へと向かった。

 

まだ少し緊張があるのかギクシャクと手足を動かすタクミ。

彼は『オーキド研究所』に入ることに対する胸のワクワクはあった。

 

ただ、遠くから聞こえる他の生徒達の悲鳴のような歓声を聞くと、やはりどうしてもそちらに気を取られてしまう。

 

「…………」

 

声のした方に目を向けるとそこでは、一定の囲いの中にフシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメが何匹も群がっていた。

トレーナーはあの中から自分の最初のポケモンを選ぶのだ。

 

「斎藤、なにしてるんだ?」

「あっ、ごめんなさい!」

 

足を止めてしまっていたタクミは後ろ髪を引かれる想いで、オーキド研究所へと入っていった。

 

そして、タクミは研究所の応接室のような場所に通された。

 

タクミはそこで差し出された書類に自分の国籍や住所をひたすら書き続けていく。

その間にも、オーキド博士は研究所の奥でキバゴの健康診断を行っている。

 

タクミとマサ先生は書類を書き終え、出されたお茶とお菓子に舌鼓を打ちつつ、検査が終わるのを待った。

その間にも外からは子供達が騒ぐ声が聞こえてくる。ポケモンバトルの騒音もその中に混じっており、タクミは完全に落ち着きをなくしていた。

 

今すぐにでも飛び出していきたい。すぐにでもカントー地方の初心者用ポケモンをもらいたい。

 

そんな衝動を抑えつつ、タクミはオーキド博士が戻ってくるのを待ち続ける。

応接室に飾られたポッポの鳩時計の秒針が遅々として進まない様子を眺めつつ、タクミは何度も立ち上がっては窓の外を覗き込もうとしていた。

 

そして、しばらくして、扉のドアがノックされた。

タクミが勢いよく振り返ると、ドアが開いてキバゴがトコトコと入ってきた。

 

「キバゴ!」

「キバァ!」

 

跳びついてくるキバゴを抱き上げ、タクミは一緒に入ってきたオーキド博士に顔を向ける。

 

「うむ、いたって健康なキバゴじゃ。手続きもほとんど終わっておる。あとはタクミ君がモンスターボールでこのキバゴをゲットすれば全て終了じゃよ」

「え……あ……はい」

 

オーキド博士から手渡されたボールを見下ろし、タクミは口を閉じた。

 

「ん?どうしたのかい?」

「あ、あの……僕、カントー地方の初心者用ポケモンが欲しいんです。だから、キバゴをゲットするのはそのあとでいいですか?」

 

タクミがそう言うと、オーキド博士は虚をつかれたように目を丸くした。

そして、タクミの言い分に納得したのか大きく頷いた。

 

「なるほどのう、それでキバゴはずっと『プロテクトボール』で過ごしておったのか。うむうむうむ、気持ちはわしもわかるぞ。初心者用ポケモンの三匹は誰にとっても特別じゃからな。うむ、そういうことなら随分と待たせることになってしまったな。ポケモン達のいるところにいこう」

「はいっ!」

 

言うが早いか、タクミはすぐさま応接室の扉に手をかけた。

 

「博士!もう行っていいですか!?」

 

今にも駆け出しそうなタクミにオーキド博士は苦笑いを浮かべて、何度も頷いた。

 

「行こう!キバゴ!!」

「キバキバァ!!」

 

勢いよく飛び出していくタクミを見送り、オーキド博士は顎に手を当て何かを考えるように目を閉じた。

 

「さんさんと……三匹の中から……ポケモンえらび」

 

それを聞いていたマサ先生は書類をまとめながら、小さく笑みをこぼした。

 

「博士、ポケモン川柳ですか?」

「うむ、及第点かのぅ。『さんさんと』というのが3匹の初心者用ポケモンと快晴の天気を意味しており、『三匹のポケモンえらび』というのがトレーナーの旅立ちを暗示して……」

 

マサ先生は長くなりそうだな、と思いながら、窓の外から流れてくる子供達の喧騒に耳を傾けていた。

 

そんなやり取りが後ろで執り行われていることなど露知らず、タクミは研究所の牧場へと戻ってきた。

そこでは多くの新人トレーナーが自分が最初に手にしたポケモンを手に抱き、興奮した顔であちこちで自由に過ごしていた。

 

ひたすら頭を撫で続けてポケモンに少し嫌がられているトレーナー。

どんな技が使えるのかすぐさま試そうとしているトレーナー。

早速バトルに興じているトレーナー。

ヒトカゲの尻尾で少し火傷した人がいて、フシギダネが背中に背負ったタネを覗き込んで花粉を浴びた人がいて、ゼニガメの甲羅で手を挟んだ人がいて、そんな小さな痛みすら大事なポケモンとの出会いの一つの形として各々の記憶に残っていく。

 

タクミはそんな彼等を横目に真っすぐに初心者用ポケモンが囲われている場所へと向かった。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

肩で息をするタクミの目の前ではフシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメが一緒くたに入れられ、思い思いに過ごしていた。

日向ぼっこしているポケモンもいれば、人間に興味津々で近づいていくポケモンもいる。

ただ、既に多くのトレーナーがポケモンを選び終え、柵の中で悩んでいるのはごく数人。

そこに囲われているポケモンの数は最初に遠目で見た時と比べて随分と少なくなっていた。

 

特にヒトカゲの数が少ない。

やはり、初心者用ポケモンの中ではヒトカゲが一番多く選ばれたようだった。

 

それはそれだけ選択肢が狭まってしまっているということ。

 

タクミは別にポケモンの個々の能力で手持ちを選ぶつもりはなかったが、それでも強いポケモンが欲しいという願望は人並みに持ち合わせていた。

 

「まだまだゆっくり選んでいいよ。時間はたっぷりとってるからねぇ」

 

ケンイチのその言葉に囲いの中にまだいた生徒が返事をした。

タクミは急いでケンイチさんのところに走り込んだ。

 

「ケンイチさん!僕も選んでいいですか?」

「えっ、ああ、うんいいよ?どうしたの、そんなに慌てて」

「いえ、中入っていいですか?」

「うん。ってあれ、そのキバゴはどこから・・・」

 

タクミは説明するのも億劫になり、一息に柵を飛び越えて中に入っていった。

キバゴも短い手足で頑張って乗り越えようとしたが、それは事前にケンイチさんに止められてしまう。

 

「こらこら、ダメだよ。悪戯されたら困るんだからね」

「キバキバ!」

「キバゴ!ちょっとそこで大人しくして!」

 

振り返りもせずにそう言ったタクミ。

だが、残念ながら今のタクミにはキバゴのことを気にしている余裕はなかった。

 

「うわぁ!うわぁっ!うわぁぁぁっ!!」

 

タクミが中に入った途端、人懐っこいポケモン達に囲まれてしまったのだ。

タクミは今こそが幸せの絶頂という顔をして、頬を摺り寄せてくるポケモンに次々手を伸ばした。

 

「うわぁっ!やっぱゼニガメの頭ってツルツルだぁ!ヒトカゲって結構あったかいんだねぇっ!さすが炎タイプ!フシギダネ!うわっ!すごっ!甘い匂いする!!」

 

どのポケモンも愛嬌があって可愛らしく、いつでも良いパートナーになってくれそうなポケモン達。

ここにいる中から選べるのが一匹というのはあまりに残酷なんじゃないかと思う程であった。

 

もうヒトカゲもゼニガメもフシギダネも全部欲しい!

なんなら、ここにいる余ってるポケモン全部くれ!!

 

とはいえ、やはり規則は規則なので最初のポケモンを選ばなくてはならないだろう。

タクミは寄ってきたポケモン達をたっぷり堪能した後、腰を上げて囲いの中にいるポケモン達をザっと見渡した。

タクミを見上げてくるポケモン達も十分魅力的なのだが、これから長い時間を過ごすパートナーなのだから慎重に選びたい。

 

とりあえず、タクミのお目当てはヒトカゲであった。最終進化のリザードンに一度も憧れを抱かない男の子はいない。

 

タクミは昼寝をしているヒトカゲやオレンの実を食べているヒトカゲの傍にも寄ってみる。

どのポケモンもタクミが近づくと、人懐っこい仕草をしてくれるのでタクミはその度に足を止めてポケモン達を撫でまわしてしまう。

 

地球界から来た初心者トレーナーの中には異常なまでに最初のポケモン選びに時間をかける人が毎年数人いる。

それは、ポケモンを吟味しているのではなく、近づいてくるポケモンを愛でるのに時間を使っているだけであった。

 

今も柵の中に残ってポケモンを選んでいるトレーナーの多くもそうであり、タクミもそんなトレーナーの一人になってしまっていた。

 

「カゲッ!カゲッ!」

 

タクミは手を上げて自分をアピールしてくるヒトカゲを衝動的にパートナーにしたくなる自分をなんとか抑えつけ、その場からなんとか腰を上げた。

 

そんな時だった。

 

「ああっ!ダメだよ喧嘩しちゃダメだって!!」

 

そんな声と同時にポケモン達の鋭い鳴き声が聞こえてくた。

 

「カゲェ!カゲカゲッ!」

「ゼェニゼニッ!!」

 

ヒトカゲとゼニガメが一つのオボンの実を取り合って睨み合っていたのだった。

きのみを置いてあった棚には既にオボンの実は残っていない。それが最後の一個であったのだろう。

 

ゼニガメとヒトカゲはお互いオボンの実を手にしたまま、引っ張り合って歯を食いしばっていた。

 

「ゼェェニィィィ!」

「カァァゲェェェ!」

「ちょっと、やめてよ!ほ、ほら、こっちにオレンの実が・・・」

 

近くにいた女の子がオレンの実を差し出すも、ヒトカゲもゼニガメも見向きもしない。オボンの実は他のきのみと比べて大きく、食べ応えがあるのでポケモン達にも人気だと聞いたことがあった。

 

そんな喧嘩するポケモン達を見て、タクミの顔色が変わる。

 

もともと、タクミはクラスでも色々なグループの緩衝材として動くことが多かった。

喧嘩に割って入ったり、言い争いの場でお互いの話を聞いたりして両者を諫めてきた。

それはタクミ本来の優しさもあるが、それ以上に10歳にしては随分と落ち着いているせいでもあった。

2年もの間、闘病生活をしている少女と過ごせば精神年齢も上がるというものである。

 

今回もタクミは両者の間に割って入ろうと動き出した。

 

その時だった。

 

「ダネッ!!」

 

鋭い"ツルのむち"がヒトカゲとゼニガメの持っていたオボンの実を叩き落とした。

 

「……あ……」

 

タクミの目の前に転がってくるオボンの実。

 

タクミはその“ツルのむち”の根元を目線で追う。その“ツルのむち”は柵の外側から伸びていた。そこには、フシギダネが不貞腐れたような顔をして寝そべっていた。

 

そのフシギダネを見て怯えたように一歩下がるヒトカゲと言い訳をするかのような態度をとるゼニガメ。フシギダネはそんな彼等を見ても表情を変えなかった。ただ、“ツルのむち”で落としたオボンの実を掴みあげ、そのまま自分の口元へと持って行ってしまったのだ。

 

 

奪ったオボンの実に大きく口を開けてかぶりつくフシギダネ。

ヒトカゲとゼニガメは目の前でオボンの実を食べられて泣きそうな顔で肩を落とす。

それは叱られた直後の子供のようで、タクミには少しだけ気の毒に見えた。

 

「……ダネ」

 

そんなヒトカゲ達の前に"ツルのむち"が伸びてきた。

 

「ダネダ……ダネフッシ……」

 

フシギダネが伸ばしてきた“ツルのむち”の先端にはオレンの実が握られていた。

 

「ダネダネ!」

 

フシギダネはヒトカゲ達にオレンの実を1つずつ渡し、最後に両者の手を取り合って強引に握手させてしまう。

ヒトカゲ達は少し残念そうな顔をしながらも、オレンの実を頬張り、お互い小さく頭を下げあった。

 

「……ダネ」

 

小さくため息を吐きだすフシギダネ。

 

その時になり、タクミはようやくフシギダネのやったことを理解した。

 

フシギダネは喧嘩の元となった食べ物を彼等から奪い取ったのだ。

喧嘩の種がなくなれば、仲直りまでは早い。

そのフシギダネは仲直りした様子を見届けて、『俺の仕事は終わりだ』とでも言いたげに“ツルのむち”をしまい、目を閉じてしまった。

 

「…………」

 

タクミはその一部始終を目を丸くして見届けていた。

ポケモンがポケモンの喧嘩を仲裁するところなんて初めて見た。

 

喧嘩を収めたフシギダネは柵の外にいる。つまり、このフシギダネは『初心者用ポケモン』ではない。

 

だけど、タクミの興味はそのフシギダネの方へと完璧に移っていってしまっていた。

タクミは柵に手をついて、そのフシギダネを見下ろす。

 

「ねぇ、君……なんで柵の外にいるの?」

 

そう言ったタクミにフシギダネはその紅い瞳を向けた。

 

「……ダネ……」

 

フシギダネは小さくそう言って、すぐに目を閉じてしまう。

そんな愛想のない様子はやはり『初心者用ポケモン』とまるで違う。

 

タクミは柵を乗り越え、フシギダネの傍にしゃがみこんだ。

 

タクミはその無愛想なフシギダネに手を伸ばす。

一瞬、手を叩き落とされるかとも思ったが、そのフシギダネは案外すんなりと身体に触らせてくれた。

タクミはフシギダネの少しざらついた手触りを楽しみながら、フシギダネの首の後ろと背中の『タネ』の間を引っかくようにこすってやる。

 

フシギダネはその部分に汚れが溜まりやすく、蒸れて痒みを覚えることが多いのだとアキが言っていたのを思い出していた。

 

タクミの触れ方が気持ちよかったのか、フシギダネの閉じられた瞼の端が少しだけ緩む。

リラックスした様子のフシギダネ。タクミはそんな様子が嬉しく『タネ』の周囲を念入りに擦ってやった。

 

そんな時、キバゴを抱いたままのケンイチがタクミとフシギダネのもとへと近づいてきた。

 

「フシギダネ、いつもご苦労さん。喧嘩止めてくれて助かったよ」

 

彼の腕の中ではキバゴが大人しく抱きかかえられている。

少し気難しいところのあるキバゴを相手に手慣れた様子のケンイチ。

ポケモンの扱いに関しては流石にオーキド研究所の職員だった。

 

「あっ!キバゴのことありがとうございます!ほら、こっちおいで」

「キバ」

 

ケンイチの腕から飛び出したキバゴはそのままタクミに飛びつき、肩へと這い上がった。

小柄ながら18kgもあるキバゴだが、タクミも昔からよく肩や背中に乗せていたので、バランスよく支える方法は身体で覚えていた。

 

タクミはキバゴの頭をポンポンと叩いて、ケンイチの顔を見上げた。

 

「あの……このフシギダネ、なんで柵の外にいるんですか?」

「ああ、それは……こいつは初心者には渡せないからだよ」

「え?」

 

すると、そのフシギダネはケンイチの言葉を聞いて何かを察したかのようにその場から立ち上がった。

 

「あっ、フシギダネ……」

 

フシギダネはわずかにタクミ達の方を振り向いた。

タクミにはその顔がなぜか泣き出しそうに見えた。

 

「フシギダネ、研究所に戻るかい?」

 

ケンイチの呼びかけには何も応えず、フシギダネは一歩、また一歩とタクミ達から離れようと歩いていく。

だが、その動きはどこかぎこちない。

 

「……あ……」

 

そして、タクミはすぐさまそのフシギダネが左の後ろ足を引きずっていることに気がついた。

 

そのフシギダネの後ろ足には酷い傷があった。皮膚を無理矢理抉り取り、肉の塊を縫い付けたような醜い傷跡。

フシギダネの左足は他の身体の動きにまるで同調せず、重石のように引きずられていた。

 

フシギダネはタクミにその足を見せつけるように歩いて行く。

その背中はタクミに『俺に期待するな』と言っているかのようだった。

 

「あのフシギダネ……足が……」

「うん、不幸な事故でね……」

 

ケンイチは喧嘩をしていたヒトカゲとゼニガメの様子を確かめ、あのフシギダネのことについて語りだした。

 

「もう一年になるかな……あのフシギダネは元々新人トレーナーのために送られてきた一匹だったんだ。でも、搬送中のトラックが事故にあって、あのフシギダネは谷底に投げ出されてしまった」

「その時に、怪我を?」

「いや、そうじゃない。谷底に落ちた時、フシギダネはまだボールの中だった。だけど、その谷底にはフシギダネの他にもたくさんの初心者用ポケモンのモンスターボールが転がってしまったんだ。あのフシギダネは自力でボールの外に出て、仲間達を必死にかき集めた。たった一匹で、寄ってきた野生のポケモンを撃退したり、川を流れていくボールを“ツルのむち”で拾いあげたり……そんな時に、更に不幸が重なった」

 

ケンイチはどこか遠くを見つめるような目をして深々とため息を吐き出した。

 

「地震だった。ポケモンが起こしたものではなく、天然の地震だ。カントー地方じゃあまり珍しくもないが、その時のフシギダネにとっては不幸以外のなにものでもない。岩場が崩れ、フシギダネを下敷きにしてしまった。一命はなんとかとりとめたが、あの足はもうどうやっても治らないそうだ」

 

タクミは自分の胸元を咄嗟に握りしめた。

そこに締め付けられるような痛みが走っていた。

 

「……ポケモンセンターや専門の病院でも打つ手がなくてね……それで、この研究所で引き取ったんだけど……今ではああやってポケモン達の喧嘩を止めてくれたり、きのみの補充を手伝ってくれたりしてるんだ……」

「そう……なんですか」

 

ケンイチはそれ以上そのフシギダネのことについては語ろうとしなかった。

タクミの肩を叩き、柵の中の方へと目線を向けさせる。

 

「さぁ、君の初めてのポケモンは決まったかい?といっても、君は本当に初めてではなさそうだけど」

「あ、あはは……」

「キバァ!」

 

キバゴが片手をあげて自分をアピールする。

タクミは調子に乗っているキバゴの頭を抑えた。

 

再び柵を乗り越えて初心者用ポケモン達の群れの中に戻っていくタクミ。すぐさまポケモン達に囲まれるが、その頭からは今のフシギダネのことが離れない。

 

トレーナーと旅立つ前に歩けなくなったフシギダネ。タクミの胸の中がざわついていた。

 

「……」

 

タクミはもう一度去り行くフシギダネを振り返った。

足を悪くしているフシギダネの歩みは遅々としており、研究所へ至る道のりの半分も進めていない。

 

怪我をしたポケモンを見るのは初めてではなかった。

 

地球界で野放しにされたポケモンの中にはそういうポケモンは珍しくなかった。

怪我でバトルが出来なくなって捨てられたポケモン。野良犬や野良猫に襲われたと思われるポケモン。車に轢かれてしまったポケモン。

 

決して『綺麗事』だけで片付けられないポケモン達。

父親の仕事を見学にいった時、タクミの父はそんなポケモン達を保護して言った。

 

『人間がポケモンを不幸にしてしまうこともある。だから、父さん達は同じ人間として、ポケモンに幸せを返してあげなきゃならないんだ。タクミもいつか、誰かの不幸を拭ってあげられるような、そんな大人になるんだぞ』

 

そして、何よりも心の片隅に引っかかることがあった。

 

『やっぱり、行きたかったな~そしたらさ。タクミと一緒にキャンプしたり、ポケモン探したり……バトルしたりできたのにね』

 

足を怪我し、上手く歩けないフシギダネ。その姿に地球界に残してきたアキの横顔が重なる。

 

『一緒に……行きたかったな……』

 

タクミは拳を握りしめた。

 

今、フシギダネに抱いてる気持ちは同情だろうか?

自分の感情は弱った他者に手を差し出したいだけの偽善心だろうか?

それとも、アキの姿を重ねてるだけの気の迷いなのか?

 

それらがタクミの心に含まれている可能性を誰も否定はできない。

だが、それと同時にタクミの優しさを否定することも誰にもできはしなかった。

 

「……キバゴ……」

「キバ?」

 

タクミは肩に乗るキバゴに静かに笑いかけた。

その笑顔でキバゴは全てを察したかのようにタクミに頷き返す。

 

タクミはゆっくりと息を吸い込み、ケンイチへと声をかけた。

 

「あの!ケンイチさん!!」

「ん?どうしたんだ?最初のポケモンを決めたかい?」

「……はい!!」

 

そして、タクミは背を向けて歩いているフシギダネへと真っ直ぐに指を向けた。

 

「あのフシギダネにしたいと思います!」

 

フシギダネが足を止め、振り返った。

フシギダネの驚きに見開かれた紅色の瞳と目が合う。

 

タクミはそのフシギダネに屈託の無い笑みで頷いたのだった。

 

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