ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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2週間で身体つきって結構変わるよね

『型』もしくは『形』

 

空手を代表とする格闘技において技を順番に繰り出して動きを練習する一人稽古だ。

もちろん、それはただ闇雲に技を繋げるのではなく、眼前に対戦相手を想像して行う。いわばシャドーボクシングのようなものだ。

 

シャラジムが教えている『型』は全部で数十種類。

 

だが、毎朝ランニングの後にやっている『型』は全部で8種類。

 

タクミが教えられた『型』はその8種類であった。

 

日輪が天頂に輝くシャラジムの練習場。ジリジリと肌を焼く暑さをものともせず、タクミはゆっくりと構えを取った。

 

両足を前後に軽く開き、両脚の踵を浮かせる猫足立ち。背筋を伸ばし、重心は尻の真上に置く。右手は腰の横、左手は前に伸ばして掌を開ける。

 

「イヤァーーーーーッ!!」

 

足を踏み出し、右手掌底を叩きつける“はっけい”の動き。

腕を振り上げ、続けざまに左手の掌底打。

足を振り上げて前蹴りを放ち、直後に大きく踏み込んで右側に1撃。

裏拳のような動きで腕を振り、中段に向けて一発。

 

教わった動きを次々と繰り出すタクミの額には球の汗が浮かんでいた。

 

必死の形相で気合の声を挟みながら身体を動かす。

およそ1分に渡る『型』を終え、タクミは元の構えに戻って残心をとる。

隣ではキバゴとクチートが同じ動きを真似ていた。フシギダネは“ツルのムチ”を掌や足に見立てて付き合っている。ゴマゾウの冷やかしとヒトモシの念力による補助を受けながらタクミは次の『型』へと移っていく。

 

次の『型』は、攻撃よりも受けを重視する動きが中心だ。続いて蹴り技主体の『型』、足運びを多用する『型』と、続けざまに繰り出される技の動きは淀みない。

 

タクミがジムに来てから既に2週間が経過していた。

『たいあたり』を習得した時と同様、ヒトモシのサイコパワーで補助をしてもらいながら、タクミは『型』の動きを既に8割方自分のものにしていた。

 

だが、それはただ全体の形《かたち》が整ってきたというだけだ。動きを真似しただけの型では力の伴わない空っぽの拳を繰り出しているかのような感覚はどうしても拭えなかった。

 

ただ、たった2週間であるが、タクミの身体にも少しずつ変化が出てきていた。

 

相変わらず朝は1週遅れにされる日々だが、それでも少しばかり集団に食らいついていけるようになってきた。

今日の朝はカケルとデッドヒートを繰り広げることができ、初めて『カケルにだけ』は一周遅れにされずに済んだ。

 

旅をするよりも数段激しい運動に手足の筋肉がわずかばかり増し、手足にメリハリがついてきた。タンパク質と炭水化物のバランスの良い食事は余分な肉をそぎ落とし、丸みのあった頬に堀りができている。全体的に見れば僅かな変化であったが、それはタクミの印象をより鋭いものにしつつあった。

 

タクミは次々と『型』を繰り出していき、最後は棒術を搦めた『型』を繰り出して終わりとした。

 

「ーーーーっ……」

 

息をゆっくりと吐きながら最後の残心。

 

『型』とは目の前に対戦相手を想定して行うものであるが、タクミが想定している相手は実のところメガルカリオではなかった。

 

「…………ヒトモシ、もう一回だ」

「モッシ……」

 

タクミはもう一度ヒトモシに頼んで補助をしてもらいながら『型』を繰り返す。

 

ここはメガルカリオ修行の総本山。

 

そんな土地で生み出された『型』というからにはルカリオの動きを元にしていた。ルカリオの動きを人間用の『型』に落とし込み、それを下地にしてコジョフーやカイリキーなどの他の【かくとうタイプ】のポケモン達へと発展させる。

 

それがこのジムのトレーニングの本質であった。

 

今はまだキバゴ達も『型』の動きを真似るだけでその動きを自分達のものにできてはいない。というよりも、【かくとうタイプ】でもないキバゴ達が本当にこの『型』を活かせるとはタクミも思っていなかった。

 

だが、この『型』を覚えることには大きな意味がある。

この型の動きをもとにすれば『タクミ』が『ルカリオ』になれる。

 

2度目の『型』を終え、タクミは自分のポケモン達を振り返った。

 

「よし……キバゴ!」

「キバッ!!」

 

タクミは両腕にプロテクターを巻き、厚めのバンテージを手に巻いている。

 

これからやるのは『ポケモン組手』だ。

 

だが、もうタクミはミットを使っていない。

 

キバゴとタクミが向き合い、視線が交差する。

 

「キバゴ、来い!」

「キバッ!!」

 

キバゴが地面を強く蹴った。

 

そして……

 

「キィィ……バァァ~~……」

 

キバゴがゆったりとした動きでタクミに向けて走り込んできた。

キバゴが踏み込み、突き上げるような動きでタクミの正中線を狙う。それをタクミは脛でブロックして、振り下ろすような掌底を放つ。キバゴがそれを受け、腕の引きに合わせて負けじと反撃を狙う。

 

その全てがスローモーションのようなゆっくりとした動きの中で行われていた。まるでお互いの動きを確認しながら踊る初心者のペアダンスのようであった。

 

「キィ~……バァ~……」

「キバゴ、毎回言うけど、掛け声までスローモーションにしなくていいんだぞ」

「キィ~バァ~」

 

ふざけてるわけではないのだろうが、どうにも締まらない。

とはいえ、2人の表情は真剣そのものであった。

 

タクミは『型』の動きをベースに、時折ヒトモシの念力でより『ルカリオらしい動き』を再現してもらいながら『ポケモン組手』を行っていた。

 

「“ボーンラッシュ”」

 

タクミがそう呟くと、ヒトモシが棒術用の棒をタクミに投げ渡した。両端に砂袋のカバーがついている訓練用の棒だ。

 

タクミは棒術を駆使してキバゴの動きを封じる。

 

キバゴはタクミの動きを見切り、棒を足蹴にして抑え、そのまま懐へと飛び込んだ。だが、その時には既にタクミは迎撃態勢に入っていた。

飛び上がったキバゴの身体に合わせてタクミの掌底打がキバゴの頭へと迫った。

 

「キ~バっ!!」

 

タクミの掌が固い感触に触れる。掌底はしっかりとキバゴの前腕で止められた。

 

ゆったりとした動きの中での攻防なのでキバゴの反応が間に合って当然だが、今までのキバゴであれば回避からのカウンターを狙っていただろう。そこに防御という選択肢が増えたのは純粋に一つの成長であった。

 

このジムでの修行が明確な形になって表れている。

 

キバゴはすぐに距離を取り、再び攻撃の構えを取る。

だが、タクミはもう構えを解いていた。

 

残念ながら時間切れだった。今日はこの後に大事な予定がある。フシギダネとも『ポケモン組手』をするつもりなのでそれ程時間を取ることができないた。

 

「キバキバ……」

「やっぱり“ボーンラッシュ”を相手に懐に入る時はもう少し工夫しないとだめだね。今のままじゃ、むしろ誘い込まれる」

「キバッ!」

「うん、明日また少し別の方法を試そう。次、フシギダネ」

「ダネフッシ!!」

 

フシギダネが“ツルのムチ”を構える。

 

再びゆっくりとした動きでの攻防が始まる。

 

このスピードでの『組手』が実践の練習になるかどうかと言われると、タクミには自信がなかった。メガルカリオの攻撃はこの数倍は素早く、鋭い。現在のスピードで対応できるようになっても意味があるとはあまり思えない。

 

だけど、これ以上のスピードで『組手』をするのはポケモン達はもとより、タクミ自身が対応できない。

 

通常のスピードでルカリオの動きを再現できるほどにタクミはまだ『型』に成熟していなかった。

 

だから、今できる練習はこれが精一杯なのだ。

 

だが、1つ良いこともあった。

 

「次、クチート」

「クチッ!!」

 

クチートのことであった。

 

タクミはクチートと向き合う。

 

「クチッ……クチッ……」

 

クチートは軽く身体を動かしながら筋を伸ばす。

その瞳に揺れはなく、顔色は落ち着き払っている。

 

ここはポケモンバトルのフィールドでもなければ、観客の一人もいない稽古場の片隅。そして、クチートが相対するのは『ポケモン』でなく『人間』だ。付け加えると、通常のバトルとはかけ離れたゆっくりとした動きという制限もある。

 

そんな特殊なバトルを『ポケモンバトル』と呼称することができる人はいないだろう。

 

だからこそ、クチートはいつになくリラックスした様子で首を回した。

 

クチートは頭から伸びる顎を大きく振り、タクミ目掛けてゆっくりと叩きつけた。

 

タクミはそれをガードして、蹴りを放つ。クチートはそれを回避し、踊るような動きで再び顎を別角度から叩きつける。タクミはそれを腕でガードして、“ボーンラッシュ”へと移行する。だが、リーチを稼ぐ動きをしてもなかなかクチートの動きを捉えることができない。

 

まさに縦横無尽だった。

 

その顎はポケモンバトルとなれば“アイアンヘッド”になるし“ほのおのキバ”になる。時折、クチート自身の手足で攻撃してくるのは“ふいうち”になりうる。

 

片目を失い、視野と遠近感を失った上でもその動きは洗練されている。

クチートの動きは明らかにキバゴ達とは一線を画していた。

 

これだけの運動能力を備えているのだから『メガシンカ』できたならどれ程に強力な戦力になるのか

 

タクミはそんな期待を抱かずにはいられなかった。

決して口になどしないし、おくびにも出さないようにしているが、どれだけ自制していてもそう思わずにいられない程にクチートのバトルセンスは抜きんでていた。

 

タクミでさえこうなのだから、元々所持していたトレーナーの期待はそれ以上だったのだろう。

 

だが……

 

「クチッ!!」

「クチート!!大丈夫か!?」

 

クチートは自分の顎の重さに振り回され、バランスを崩した。やはり、長い間洞窟を彷徨っていたことがクチートの運動能力に影を落としている。

 

「クチート、怪我はないか?」

「クチ……」

 

尻もちをつき、はにかむように笑うクチート。

 

「そっか、良かった……」

 

タクミは心から安堵する。

 

怪我がなかったことではない。

 

失敗しても笑うことができるようになったクチートの心に安堵していた。

 

『ようやく』だった。

 

クチートと一緒に旅をするようになって、既に1か月になる。

旅の時も、眠る時も、四六時中傍にいて、根気よくクチートの一つ一つの恐怖に付き合ってきた。そして、ここに来て『ポケモン組手』を繰り返すことで、模擬バトルの経験を重ねていったことがクチートにとって大きなプラスに働いていた。

 

まだ動きは硬い面もある。他のポケモンとバトルをさせると怯えて身体が動かなくなる。緊張の為に余計な力が入り攻撃が大振りになる。

 

だが、クチートは失敗することを怖がらなくなってきていた。

 

バトルの面では前進しているとは言い難いが、それでもクチートの中から『トレーナーに捨てられる恐怖』というのが消えつつあるのは確かだった。

 

このジムに来て得られるもは多数あったが、この『ポケモン組手』によるクチートの変化こそがタクミには一番嬉しいことであった。

 

「ちょうどいいや。今日はここまでにしよう」

「クチ」

 

素直に頷き、当たり前のようにタクミに背負われるクチート。以前だったら、『自分が転んだせいで特訓が終わりになってしまった』と自分を責めていただろう。自分の背中で体重を預けてくれるクチートの体温を感じながらタクミは優しく微笑んだ。

 

例え顔つきが多少変わっても、その笑顔は変わらずタクミ本人のものであった。

 

その時だった。

 

「……頼もう」

 

聞きなれた声にタクミの眉が跳ねる。

振り返れば練習場の片隅に黒髪を潮風なびかせた友人が立っていた。

 

「えっ!?マカナ!!?」

 

青い空と海岸線に彼女の浅黒い肌と頭に乗せた麦わら帽子が予想以上に絵になっており、唐突に彼女の身体が纏うエキゾチックな空気を再認識させられる。

 

だが、そんなことよりもタクミには彼女の先程の第一声の方が問題だった。

 

「って、『頼もう』って言った!?シャラジムに挑戦するの!?」

「……違う……冗談」

「なんだ、そっか。っていうか、なんでここに!?」

 

彼女と最後に会ったのは7番道路から8番道路に向かう途中にある『地つなぎの洞穴』で別れたキリだ。時々、画面越しに近況を伝え合ってはいたが、実際に顔を合わせるのは久しぶりだった。

 

彼女と別れたのはクチートと出会う前だ。たった1ヶ月少しの間ではあったが、マカナは髪が伸びたこともあって随分と大人びて見えた。

とはいえそれは外見だけであり、中身はいつもと変わらぬ彼女であった。

 

彼女は独特の間を置きながら、「武者修行中」と言った。

 

彼女は──感情が声にほとんど乗らないのでわかりにくいが──どうやら今の自分の現状にあまり満足していないようであった。

 

「武者修行……ああ、そう言えば、しばらくトレーニングに専念するって言ってたっけ」

 

彼女は僅かに眉間に皺を寄せ、コクンと頷いた。

 

「……打倒……メガガルーラ」

「ああ……」

 

マカナの今挑戦しているジムは【ノーマルタイプ】のジムなのだが、そのジムリーダーが使ってくるのがメガガルーラだったというのは前に聞いていた。メガガルーラと言ったらカロス地方最強のメガシンカとの言われる程に強力なポケモンだ。そのジム戦はメガガルーラ1体に対して挑戦者が3体のポケモンを使えるシングルバトルだというのにマカナはまるで歯が立たないらしいのだ。

 

マカナは根本的な基礎能力の上昇のため、旅を続けて様々なトレーナーに挑み、武者修行に明け暮れていた。

 

「マカナもキツそうだね……」

「……うん……タクミも……打倒メガルカリオ……調子は?」

「……まぁ、ボチボチかな……手応えはあるんだけど」

 

ゆっくりとではあるが、進んでいる自覚はある。

ただ、シャラジムはゴールではなく、通過点でしかないのだ。

あまりメガルカリオの攻略にだけ躍起になるわけにもいかなかった。

 

「問題は時間だね」

「……そう、いつだってそれが問題になる……学校のテストでも株取引でも……ポケモンバトルにだって時間は常に問題になる……」

「誰かのセリフ?」

「……うん……Black Rocketって漫画のセリフ」

 

聞いたことない漫画であったが、深くツッコムことはやめておいた。

 

「それにしても、シャラシティまで足を延ばしてくるなんて、結構距離あったでしょ?」

「……うん……でも、いいトレーニングになってる……今、18連勝中……ぶい」

「すごっ……」

「……それで……近くに来たついでだからタクミの顔も見に来た……本当に【かくとうタイプ】のジムに入門したのかも確かめたかった」

「え?疑ってたの?」

「……ツッコミ待ちかと……誰もツッコミ入れなくて……オチがつかなくて……逆に驚いた」

 

その辺の思考回路は流石に大阪の育ち故であった。

 

「……でも……その道着……似合ってる?」

「なんで疑問形なのさ。まぁ、まだ馴染んではないよね」

 

タクミは少し頬をかきながら仄かに頬を染めた。

このジムに来て2週間であるが、鏡で見る自分の道着姿は『服に着られている』感じが否めない。他の門下生達と比べても道着から垣間見える筋肉や手足の質感が全然違うのだから仕方ない面はあった。

 

「マカナはその麦わら帽子どうしたの?」

「……これ……くじ引きの景品……別に悪くないから被ってる」

「あ、そうなんだ」

 

言われてみればマカナが自分から麦わら帽子を買い求める姿は想像できなかった。

マカナとタクミの付き合いは時間にしては短いが、時折ホロキャスターで友人達と画面後しに集まる時には常にマカナも顔を出している。彼女の行動パターンをタクミはなんとなく把握しつつあった。

 

「マカナにはよく似合ってると思うよ」

「……私を褒めても……何も出せない」

「いや、別に見返りを求めて言ったわけじゃないって」

「……じゃあ、いらない?」

「何が?」

「アキの自撮り写真」

「え…………」

 

ピシリとタクミが固まった。

 

なんだそれは?自分にはそんな写真などほとんど送られてきたことなんかない。アキは自撮り写真を送るぐらいならテレビ電話で顔を見ながら話しをしたがるタイプだ。でも、マカナにそういうのを送ってるのか?相手がマカナだから?同性だから?それともマカナが会話が苦手なタイプだから自撮り写真でコミュニケーション取ってるの?いや、っていうか、もしそうだとして、だからなんだって話だよ。アキの自撮り写真欲しいかっていう話だし。いや、欲しいか?欲しくないと言えば嘘だけど、マカナに送られてきた写真を本人の許可なく貰うわけには……

 

と、一瞬で悶々とした考えに呑まれたタクミ。

マカナは目を左右に泳がせて同様するタクミを前に満足そうに頷いた。

 

「……欲しい?」

「……ぐっ、ほ、欲し……くない!!!」

 

結局、『アキ本人の許諾なしに受けとるのは良くない』という結論に至ったようであった。

 

「良かった……渡せるのは持ってないから」

「持ってないの!?」

「……うん……でも、タクミを狼狽えさるのは楽しかった」

「……相変わらずだね」

「……それほどでも」

 

相も変わらない無表情の顔の下で何を考えているのか本当に読めない。怒りが沸くよりも先に脱力感が来る。マカナと顔を合わせるといつもペースを握られてしまう。

 

タクミが諦めたようにため息をついたそんな時、背負っていたクチートがタクミの背から飛び降りた。

 

「……クチ……」

 

クチートはタクミの道着の裾を掴み、タクミの後ろからマカナの様子を伺った。

 

「……それが噂のクチート……」

「ああ、うん。そうだよ。何度か話したクチート。クチート、彼女はマカナ。僕のライバルで友達」

「……クチ……」

 

マカナはクチートと目線を合わせるように膝を折り、クチートの左眼をのぞき込んだ。

だが、クチートはそんなマカナの視線を避けるようにタクミの背後に隠れてしまった。

 

「…………クチ……」

「クチート?どうしたの?」

 

タクミの頭に疑問符が浮かんだ。

クチートは確かに色々と精神的に不安定なところはあるが、決して人見知りする性格ではなかった。

むしろ、ポケモン相手よりも人間を相手にする方が緊張が少ないぐらいだ。

そんなクチートが明確にタクミを盾にして、マカナに距離を取ろうとしている。そんなクチート見ることは初めてのことだった。

 

そんなクチートに向け、マカナは相変わらずの無表情のまま右手を差し出した。

 

「……私……マカナ……よろしく」

「…………」

 

それに対してクチートは応えない。タクミの背後から視線だけを向けている。

 

「クチート?」

 

やはりタクミの頭の中に疑問符が浮かぶ。

 

クチートはマカナのことを怖がっているわけではなさそうだった。

それなら、クチートはもっと明確に怯える、もしくは顎を使って威嚇する。今のクチートはそのどちらでもなく、『警戒している』という表現がしっくりくる。

 

「クチート、この人は大丈夫だよ?」

「……クチ……」

 

クチートはタクミを見上げた。その左眼にはやはり怖がっている様子はない。クチートは僅かに目を細め、顎をカチカチ鳴らしながら再びマカナへと目を向けた。

 

そして、渋々といった様子でマカナと握手した。

 

「……うん……よろしく」

「……クチ……」

 

握手を終えたマカナは「よっこいしょ」と言って立ち上がり、タクミを一瞥した。

 

「……ふふんっ」

「えっ!?なんで鼻で笑われたの!?」

「……なるほど……タクミはそのタイプなんだ……」

「何の話!?」

「……うん……こっちの話……クチート」

「…………クチ……」

 

マカナが話しかければ返事をするが、クチートはやはり愛想がよくない。こんなクチートは初めてであった。

 

「……大丈夫……私のことは安心していい」

「クチ?」

「……ライバルは……別にいるから」

「クチッ!??」

「え?え?え?ライバル?何の話!?」

 

タクミそっちのけでクチートとマカナの話が進んでいく。

 

「……クチート……真のライバルについて知りたい?」

「クチクチッ!!」

「……うん……ちょっとこっち来て」

「クチッ!」

「えっ!?ちょっと、クチート!!なんで急にマカナに抱っこされに行ったの!?さっきまでの態度はなんだったの!?」

 

マカナは腕に抱えたクチートにだけ見えるようにホロキャスターの画像を見せ始めた。

 

「……これが……クチートのライバル……」

「……クチー……」

「……見たことある?」

「クチ」

「ちょっとマカナ!!クチートに何見せてるのさ!?クチート!?その殺気のこもった眼はなに!?」

 

小さく頷いたクチートは何かを考え込むように俯き、マカナの腕から飛び降りた。

 

「……クチート……よろしく」

「クチッ!!」

「固い握手してないで何の話しか教えてよ!!」

「……ダメ……女の友情」

 

マカナはそう言って両手でバツ印を作った。その足元でクチートも同じポーズをタクミに向けていた。

 

「えぇぇ……なんか急に仲良くなってるし……」

 

何がなんだかわからないタクミを尻目にマカナとクチートはアイコンタクトを交わして頷き合ったのだった。

 

その後、タクミとマカナはお互いの近況をかいつまんで話しながらジムへと戻っていった。

だが、向かった先はジムそのものではなく、隣のマスタータワーだ。

今日は月に2回の師範かコルニのどちらかと1対1のバトルが挑める日なのだ。

 

タクミが昼寝もせずにトレーニングをしていたのはそれが原因だった。

 

タクミの今日の対戦相手はもちろんコルニ。

ルカリオとキバゴの対戦予定であった。

 

「……勝てるの?」

 

クチートを胸に抱いたマカナがそう言った。

その疑問は至極最もである。

それに対するタクミの答えは決まっていた。

 

「今は無理」

「……えー……」

 

マカナは目を細めながら気の抜けた声を出した。

 

「っていうか、勝つ見込みがあるなら正式にジム戦挑んで次の町に向かってるよ」

「……それもそうか……」

「今日はとにかくどこまで差を詰められたのかを見る。ただ、正直なぁ……」

 

ここに来てから学んだのは『たいあたり』と『型』のみ。

『型』の動きでルカリオ対策を進めてはいるものの今のところ不十分なものでしかない。

 

コルニとの距離が開いているとは思わないが、ちゃんと縮まっているかどうかはわからなかった。

 

たどり着いたマスタータワーのバトルフィールドでは既に門下生達が師範とバトルを進めていた。

上階からの観客席にマカナを案内すると、ちょうど師範のバトルが佳境に差し掛かっているようであった。

フィールドの中央ではコジョンドと師範のバシャーモが激しい音を立てて近接戦を繰り広げていた。

 

「コジョンド!!“とびひざげり”」

 

コジョンドがバシャーモの顔面を狙った“とびひざげり”を放った。回し蹴りのような軌道で放たれた一撃。だが、バシャーモはそれを両腕でガードし、すぐさま反撃に転じた。

 

「バシャーモ!!“ブレイズキック”」

 

足を真上に突き上げるような鋭い前蹴りがコジョンドの顎先を蹴り上げた。強烈な攻撃にコジョンドの顔が跳ね上がったかに見えた。

 

「コジョッ!!」

 

コジョンドの目はまだ生きている。コジョンドは身を反らせることで蹴りの威力を受け流していた。コジョンドはその蹴りの勢いを利用してバク転で距離を取ろうとする。

 

刹那、その上空を怪鳥の影が覆った。

 

コジョンドの着地際。その瞬間を狙ったバシャーモが既に踵落としの要領で“ブレイズキック”を叩き込まんとしていた。コジョンドは受け身を取ることができず、真上から蹴りを打ち込まれた。地響きのような轟音と共に“ブレイズキック”の炎が火の粉を散らす。コジョンドはその強烈な蹴りに目を回し、そのまま試合は終了となった。

 

「……すごい……蹴り」

 

マカナにしては珍しく、声に感情が乗っていた。

だが、タクミにはそんな感想に反応している余裕はなかった。

 

思った以上に試合の順番が進んでいた。おそらく、師範が門下生達を瞬殺していったのだろう。

 

「まずい、もう行かなきゃ。マカナ、クチートをよろしくね!また後で!」

「……うん……行ってらっしゃい」

「クチー」

 

クチートからの『頑張って』という声援を受け、タクミは階段を2段飛ばしで駆け下りていく

そして、下のフィールドにたどり着いた時には既に師範はいなくなっていた。

 

待っているのはタクミの現在の打倒目標

 

タクミは明るいフィールドの一歩手前で立ち止まった。

 

大きく息を吸い、吐きだす。

 

タクミは腰のモンスターボールに触れる。返事をするように揺れたキバゴのボールの動きを指先で感じ取り、タクミはフィールドへと足を踏み入れた。

 

「……来たね!タクミ!」

「押忍!!今日はよろしくお願いします!!」

 

右拳を左手掌に合わせ礼をする。これは「抱拳礼《ほうけんれい》」という相手に強い『敬意』を示す礼の仕方だ。カロス地方のものではなく、シャラジム特有のものらしいが詳しいことはタクミも知らない。ただ、タクミにとって今日この時にこの礼を行うことは最早必然だった。

 

「まだ2週間だけど、修行の成果を見せてよね」

「もちろんです!!行くぞ!キバゴ!!」

 

タクミがボールを投げ込み、キバゴが姿を現した。

キバゴも先程タクミが行った「抱拳礼《ほうけんれい》」の姿勢を取っていた。

 

「……キバ」

 

いい集中力であった。

 

そのキバゴを見てコルニは唇の端に笑顔を乗せる。興奮気味な好戦的な笑み。

 

「いいね。行くよ!ルカリオ!!」

「バゥワァァアアアア」

 

フィールドに飛び出し、気合の裂帛を上げるルカリオ。

 

両者のポケモンが出そろい、観客席から声が上がる。

 

「タクミ!!緊張すんなよ!!緊張は筋肉を強張らせるぞ!!」

「あんまり特別なことをしようとするな!!いきなり『型』を実践に落とし込める奴なんていないからな!!」

「タクミさん!!今日は自分のバトルを心掛けてください!!」

 

タクミへの応援が声高に響き渡る。

その中にマカナの「がんばれ~」という声とクチートの「クチ~」という声援もあったのだが、流石にタクミが聞き取ることはできなかった。

 

「ちょっとみんな!タクミばっかり応援し過ぎじゃない!?」

「コルニはたまには負けろ!この前もチャレンジャーの心へし折りやがって!」

「あれは……あれは……うん、やりすぎたよね~……」

 

つい3日前にやってきたバッジ4つ保持のチャレンジャーを完膚なきまでに叩きのめしたコルニのビデオを思い出し、タクミのこめかみが痙攣する。あまりに一方的すぎる結末は今思い出しても鳥肌が立つ。

 

「はぁ……まぁ、いいや。タクミ、今日はメガシンカ無しってことでいいんだよね?」

「押忍!!……今日は、あの公園でのバトルの再戦です」

 

ジム戦前日のルカリオVSキバゴ戦のリベンジ。

つまりこれは次のジム戦への前哨戦なのだ。

 

その意図を理解したコルニは唇の端で笑う。

 

「なるほど、それじゃあ……」

「よろしくお願いします!!」

 

ルカリオが構えを取る。

 

そして、キバゴもまた構えを取った。

両足を前後に軽く開き、両脚の踵を浮かせる猫足立ち。背筋を伸ばし、重心は尻の真上に置く。右手は腰の横、左手は前に伸ばして掌を開ける。

 

タクミと共に覚えた基本の『型』。

 

それは当然、ルカリオと同じ構えだ。

 

 

「試合開始!!」

 

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