ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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対策の仕方は人それぞれ

翌日。

 

朝の空気はいつもと変わらなかった。昨日のトレーニングが響いて両腕が重いのも、階段を降りるだけで腿に痛みが走るのもいつものこと。毎日のランニングをして、稽古をして、食事をする。ジム戦前のピリピリとした緊張感を抱いていたのはタクミのみ。他の門下生はもちろん、マカナまでいつもと全く同じなので、タクミの方が逆に浮いているぐらいだった。

 

タクミ達は午後の自主練も適度に切り上げて、マスタータワーの方へと向かった。

他の門下生達は中で撮影機材の準備をしている。タクミとマカナは今日のチャレンジャーと顔見知りということもありバトルフィールドへの案内を頼まれたのだ。

 

そして、約束の時間となり、砂の道を渡って彼がやってきた。

 

相変わらずの鋭い眼光。落ち窪んだ眼窩とやつれた頬は本当に寝ているのかどうかを疑う程だ。肉付きの悪い顔は骨が浮き上がって影を作り、瞳すらも覆い隠す。だが、それすらも眼窩の奥に居座る闇の色にはかなわない。光を灯さない瞳には相応の理由がある。

 

タクミはギリと拳に力がこもるのを感じた。

 

彼を見ると、病室にいる彼の妹の顔が頭をよぎる。

アキと笑顔で話をして、ポケモンのことになると目を輝かせていた1人の少女。

 

あの子の病気のことは何も聞いていない。

アキですら何も聞いていなかった。

ただ、タクミは漠然と察していた。

 

あの子は決して快方に向かっていないのだということが……

 

龍之介がバトルシャトーで身を削るようにしてバトルをしていた姿を見て、タクミはどうしても思わずにはいられないことがあった。

 

自分は何かの歯車が違えば彼と同じ目をしていた。

 

龍之介はタクミとマカナを見つけ、知人に会ったとは思えないような形相をした。眉間の皺が一層深くなり、唇が捲り上がって歯を剥き出しにした。誰がどう見ても威嚇の表情。小さい子が見たら十中八九泣き出すであろう恐ろしさだ。

 

だが、そういうことに一切物怖じしない人がここにいる。

 

「……龍之介……久しぶり」

「……お前……マカナ……」

「……うん……名前覚えてた……凄い」

 

龍之介のこめかみがヒクつく。

 

「お前の名前は忘れねぇよ……ホロキャスターで通話する度に思い浮かんじまう。それと、タクミか……なんだその恰好は?」

「…………」

 

一瞬、なんと答えたものか迷った。

 

『3個目のジムが突破できず、修行中』

 

端的に言えばそうなのだが、それを彼に告げるのは何となく悔しさがあった。

彼のバッジ所持数はタクミと同じ2個。だが、今日抜かされる可能性は多いにあった。その彼に自分がこのジムで足止めされていることを言うのはなかなかに難易度が高い。

 

ただ、そんな感情が渦巻いたのはほんの一瞬。

タクミは一息で胸中のわだかまりを吐きだし、肩をすくめた。

 

「3個目のジムが突破できず、修行中」

「…………」

 

今度は龍之介の方が押し黙った。

彼の僅かに険しくなった目元から、これから挑むジムへの警戒心が現れる。

 

「…………それで入門して、ジムリーダーの近くで研究か……」

「お察しの通りだよ。だから、君がコルニのバトルを少しでも長く見せてくれると僕は嬉しい」

「……ふん」

 

彼は鼻息を吐きだし、マスタータワーの方を顎で示した。

 

「お前らは案内役なんだろ?さっさと連れてけよ」

「押忍!じゃあ、案内させていただきます!」

「……まずは……食堂はこっち……」

「そんなもんは別に案内しなくていい!!」

 

マカナが早速マスタータワーの隣にあるジム施設へと誘導しようとしていた。

声を荒げる龍之介に対してもマカナは本当にいつもと変わらない。

 

人をからかって遊ぶ、いつものマカナであった。

 

「……ちなみに……こっちでは古今東西の格闘技の資料の閲覧もでき……」

「いいからバトルフィールドに連れてけ!!」

 

極めて好意的に解釈すれば、龍之介の緊張をほぐそうとしているように見えなくもない。だが、やっぱりからかって楽しんでいるだけだろうというのがタクミの総評であった。

 

龍之介を案内し、タクミ達はいつもの観覧席へ。

撮影機材は準備済み。クチートはマカナとすっかり仲良くなり、今日は彼女の腕に抱かれていた。

 

タクミはジム戦というものをチャレンジャーではない視線で見るのは初めてだった。もちろん、コルニのジム戦の映像は幾度となく見返してきたが、こうして生の空気を味合ったことはない。

 

眼下に広がるバトルフィールドを眺めるこの場所にはいつもとはまた違った緊張感があった。

ジム戦の張り詰めた空気は間違いなく存在する。だが、触れるものを切り裂くような鋭さはない。

身体の中に走る興奮とは裏腹に頭の中は冷静すぎるほどに冴えている。

 

岡目八目とはよく言ったものだと感心する。

 

ジムリーダーのコルニと龍之介がフィールドに立つ。

タクミは一息入れて、観覧席から龍之介を見下ろす。

 

「……頑張れ」

 

大声で応援してやる程の義理はない。

それでも、同じ夢を持つ者同士だ。

胸に抱える感情も似たようなものを持っている。

 

ライバル

 

「…………」

 

一瞬、アキの全てを諦めたような笑顔が脳裏をよぎった。

 

「龍之介!!!」

 

観覧席の柵に乗り出し、声を張り上げた。

龍之介が何事かと顔を上げる。

彼の薄暗い瞳と目が合った。

 

その奥に沈んでいる何かに向けて呼びかける。

 

「頑張れ!!!」

「…………」

 

迷惑そうな顔をされるのはわかっていた。それでも、叫ばずにはいられなかった。柵を握るタクミの手に汗が滲む。その隣に音もなくマカナが並ぶ

 

「………ガンバ」

 

静かな声がフィールドに反響する。

 

彼からの返事は舌打ちただ一発のみ。

 

彼が一歩前に出る。龍之介の顔がバトルフィールドの照明の光に照らさてハッキリと見えた。顔を上げた証拠だった。

 

「これより、チャレンジャーリュウノスケ対ジムリーダーコルニによるシャラジム、ジム戦を始める。使用ポケモンは3体。どちらかのポケモンが全て戦闘不能になった時点でバトル終了だ。ポケモンの交代はチャレンジャーのみ認められる」

 

そして、間髪入れずにコルニがいきなりボールを投げ込んだ。

 

「お願い!コジョフー!」

「コジョ!」

 

出てきたのはぶじゅつポケモンのコジョフー。タクミの時と同じだ。

それに対して龍之介の表情は変わらない。

 

「行けっ、テッシード」

「テッシ……」

 

龍之介が出したポケモンはとげのみポケモンのテッシードだ。卵型の体型に棘が突き出たテッシードは器用にバランスを取ってフィールドに直立していた。フィールドの真ん中に棒立ちしたテッシードは瞳を細め、コジョフーを見据えていた。

 

「試合開始!!」

 

試合開始の合図と同時にまず仕掛けたのはコルニであった。

 

「まずは牽制!“スピードスター”!」

「コジョ!!」

 

コジョフーがその腕から星型のエネルギー弾を飛ばし、中央のテッシードを狙う。

それに対し、龍之介は動かない。動かないテッシードの狙いを外すコルニとコジョフーではない。

テッシードに“スピードスター”が次々と突き刺さる。

 

「…………」

「…………」

 

だが、【はがねタイプ】を持つテッシードにとってはその程度の攻撃などダメージにすらならない。

打ち込まれた“スピードスター”は僅かな光の粒子となってはじけ飛んでいく。

テッシードは揺るがぬ表情のまま、身体を回転させて走り回るコジョフーを視線で追っていた。

 

テッシードが動かなければコルニはこのまま遠距離から攻撃を当て続けることもできる。コルニとしては【かくとうタイプ】のジムリーダーとして不本意な戦い方であるが、勝負事として割り切っている。

 

もちろん、龍之介が何もしければ、の話だが。

 

「テッシード……“ねをはる”」

「テッシ……」

 

テッシードがその身体から植物の根のようなものを伸ばしだした。根の先は地面に喰いつき、縫い留め、テッシードを固定する。

自ら動くことを止めたテッシード。だが、“ねをはる”というワザはそれらのデメリットを補って余りある効果があった。

 

「……あのバトルフィールドの土って栄養豊富だと思う?」

 

マカナの疑問にタクミは首を捻る。

 

「わかんない……でも、体力の回復はできているみたいだよ」

 

テッシードは“根”から水分や栄養素を吸い上げ、自らの体力へと変えていた。“スピードスター”により多少傷ついた身体がみるみるうちに回復していく。

龍之介は続けざまにテッシードに指示を飛ばした。

 

「……“ミサイルばり”」

「テッシ……」

「コジョフー!!よけて!!」

「コジョッ!!」

 

テッシードのトゲが光りだし、細かい針となって飛んでいく

コジョフーはそれを大きく飛び跳ねて回避した。コジョフーのアクロバティックな動きをテッシードは目線だけで追い続ける。

 

「もう一度だ。“ミサイルばり”」

「コジョフー!撃ち落として!!」

 

もう一度放たれた“ミサイルばり”はコジョフーの動きを先読みするかのように正確な位置に放たれた。

コジョフーはその攻撃を腕の振りでなんとか払いのけ、フィールドに着地する。

 

「コジョフー!止まっちゃダメ!動きまわって!」

「コジョッ!!」

 

動き出したコジョフーの後を“ミサイルばり”の攻撃が追いかける。

 

「“スピードスター”!!」

「コジョ!!」

 

コルニは“スピードスター”で牽制を加えていくも、状況は先程までと大きく異なっている。

テッシードは“ねをはる”で体力を回復しながら攻撃を続けている上に“ミサイルばり”の狙いは間違いなく正確になりつつあった。コジョフーもその全てを回避することはできない。数発の攻撃を受けることは覚悟しなければならず、ダメージは更にコジョフーの動きを鈍らせる。

 

このままではコルニのじり貧だった。

 

ならばコルニの取る手段は1つ。

 

「コジョフー!接近するよ“グロウパンチ”」

「コジョッ!!」

 

コジョフーが地面を強く踏み込んだ。

土がめくりあがる程の脚力。砂浜ダッシュで鍛え上げた足腰の力を存分に生かし、コジョフーが急激に進行方向を変えた。

あまりに激しいステップにテッシードも動きを追い切れない。

 

コジョフーはその後も2度の強烈な切り返しを駆使し、テッシードを一気に射程距離に捉えた。

コジョフーの右腕に赤い光が宿る。

 

「コジョォォッ!!!」

 

コジョフーは雄叫びと共にテッシードに向けて右ストレートを振り抜いた。

 

「テッシッッ!!」

 

テッシードが毬のように跳ね飛ばされた。だが、テッシードは地面に“根”を張っている。地面に張り巡らされた“根”はテッシードを縫い留める強靭な糸だ。その糸がテッシードを元の場所へと引き戻した。

 

「テッシ……」

「コジョフー!畳みかけるよ!!“グロウパンチ”の連打連打連打!!」

「コジョッ!!コジョッ!!コジョッ!!」

 

戻ってきたテッシードを“グロウパンチ”で殴り飛ばし、更に戻ってきたところを殴りつける。テッシードは完全にサンドバッグ状態だ。コジョフーの腕に灯った赤い光はより鮮やかな鮮血の色になり、一線を超えて黒い炎へと変色していく。一撃毎に攻撃が上がる“グロウパンチ”は今や重い黒炎のようになってテッシードを殴りつけた。

 

そして、強く踏み込んだ“グロウパンチ”が一際激しくテッシードを弾き飛ばした。

“根”が千切れんばかりに軋み声をあげる。だが、“根”は決して切れることなくテッシードを再びコジョフーの目の前に引きずり下ろした。

 

「……………………」

「………テッシ……」

 

だが、龍之介は動かない。

 

その様子を観客席で見ていたタクミとマカナ。

2人は同じことを思い出していた。

 

「……ねぇ、タクミ」

「うん。あの時と同じだ」

 

バトルシャトーでタクミと龍之介がバトルした時のことだ。

ワカシャモとキバゴのバトルで、ワカシャモはキバゴに攻撃を確実に当てる為にタクミを懐まで引き入れた。その為にキバゴからの攻撃を無防備に受け入れ、そして強烈な反撃を叩き込んできたのだ。

一方的に攻撃を受けているだけに見える龍之介がこのままで終わるはずがなかった。

 

「コジョフー!!トドメの“とびひざげり”!!」

「コォォッジョッ!!」

 

戻ってくるテッシードに狙いを定め、コジョフーが飛び上がった。

 

その瞬間、テッシードの目がギラリと光った。

 

「テッシード!!“まもる”!」

「テッシ!!」

 

テッシードがトゲを身体の内側に引っ込み、テッシードの身体が1つの鋼色の鉄球となった。

 

「コジョッ!?」

 

コジョフーの攻撃がテッシードの身体を滑るように流れる。テッシードは“根”に引き寄せられるように地面に転がり、コジョフーは自らの勢いを殺すことができぬまま地面へと激突した。

 

「コジョッ!!」

「コジョフー!!」

 

最大火力まで増した攻撃力がそのまま自分の身に帰ってきていた。

傷だらけの身体で身体を起こそうとするコジョフー。

その背後にテッシードが忍び寄った。

 

「テッシード!“アイアンヘッド”!!」

「テッシ……」

 

テッシードは大きく飛び上がり、頭部を下に向けてコジョフー目掛けて落下した。

テッシードの硬化した頭部がコジョフーの背中に突き刺さる。

 

度重なるダメージにコジョフーはそのまま目を回してしまった。

 

「コジョフー!戦闘不能!テッシードの勝ち!!」

「……凄い」

 

タクミは観覧席の縁を握りしめる。

 

その内心では龍之介のバトル運びに舌を巻いていた。

 

テッシードはほぼ1撃でコジョフーを仕留めた。

本来であれば“とびひざげり”の自傷ダメージと“アイアンヘッド”だけではコジョフーは倒せない。だが、テッシードには特性の【てつのトゲ】がある。身体から伸びた無数のトゲ。コジョフーがテッシードの身体を殴る度にそのトゲはコジョフー自身の身体を傷つけていたのだ。

 

当然ながらコルニもそのことは察していた。

 

だが、“グロウパンチ”で火力をあげていけば必ずテッシードを打ち破れると思ったのだろう。

あの“まもる”が無ければ間違いなく“とびひざげり”で決まっていた。

 

いや、違う……

 

「……龍之介……“とびひざげり”を誘導していた」

 

マカナの意見にタクミも頷いた。

 

「おそらくね。テッシードはほとんど動きが取れないように()()()。あれなら“とびひざげり”で決めたくなる気持ちはわかる。でも、龍之介はそれを待ってたんだ」

 

“ねをはる”で伸ばした“根”が逆に妨げとなってテッシードの動きを封じているように見えていたが、あれも誘いだったのだ。実際、テッシードの“根”は随分と融通が利くようだった。

最後の“アイアンヘッド”の際にテッシードは大きく飛び上がったが“根”がその行動を妨げていたようには見えなかった。

 

サンドバッグ状態になっていたのは最初から龍之介の計画の内だったのだ。

 

「……相変わらず……だな……」

 

敢えてポケモンがダメージを負うようなバトルを展開し、肉を切らせて骨を断つ。

龍之介の冷静な瞳が真っすぐコルニを見据え、テッシードが表情を読ませぬ上目遣いでコルニを睨んでいた。

 

「やるね!よっし、それじゃあ次はゴーリキー!!お願い!!」

「ゴリッ!!」

 

華麗なるマッスルポーズを決めて出てきたゴーリキーはポージングを繰り返す。

相変わらず見惚れる程にキレのある筋肉であった。

 

「試合開始!!」

 

龍之介はやはり先手では動かない。

先に動いたのはゴーリキー。

 

「ゴーリキー!!“グロウパンチ”!!」

「ゴリッ!!」

 

ゴーリキーが軽いステップを経て、一気に接敵する。

鋭いダッシュでテッシードの前に飛び込んだゴーリキーは鋭い左ジャブを放った。

 

「テッ……」

 

“グロウパンチ”を宿した赤い拳がテッシードの真芯をとらえる。続いて放たれた右ストレートがテッシードを見事に殴り飛ばした。飛ばされたテッシードは再び“根”に引っ張られてゴーリキーの眼前へと戻ってくる。

 

だが、それが演技だというのは最早一目瞭然であった。

 

コルニも当然それを理解した上で、戦術を考えているはずだ。

 

「ゴーリキー!!もう一度……」

 

再びゴーリキーが拳を構える。

今度はラッシュの構えだ。

 

テッシードに余計なことをされる前に一気に“グロウパンチ”で火力をあげて決めるつもりなのだろう。

コジョフーの時と同じバトルの流れだ。

 

だが、これはある意味仕方がないことでもあった。

 

一切動かず、反撃すらしてこないテッシードに対して、コルニのバトルスタイルが取れる選択肢は少ない。逆に言えばそういった相手には“グロウパンチ”で強引に突破できるのだ。

 

火力をあげ、物理で殴る。

 

シンプルが故に対策が難しい。

タクミはそれに対してフシギダネの変幻自在の攻撃で的を絞らせない戦い方で挑んだ。

 

だが、龍之介の方法はもっとシンプルだった。

 

龍之介はテッシードがゴーリキーに殴られる直前、たった一つ指示を出した。

 

「……だいばくはつ」

「テッシ……」

 

それは予め決めていたのではないかと思える程にスムーズな動きだった。

テッシードはゴーリキーに殴られた瞬間、わずかに身体を沈み込ませた。ゴーリキーの腕をかいくぐり、その懐にもぐりこんだ。次いで、白い閃光と豪快な炸裂音がフィールドを満たした。白い煙があがり、爆風は観覧席にまで届いた。

 

「…………」

 

観覧席にいたタクミ達でさえ、目を覆う程の暴風。

フィールドにいた龍之介とコルニは腰を落として身を庇っていた。

コルニは流石に微動だにしなかったが、龍之介はよろめいてしまう。

 

それ程の爆発だった。

 

「ゴーリキー!!」

 

コルニの声に返事はない。

 

捨て身の大技“だいばくはつ”を超至近距離で受けたゴーリキーは勢いよく吹き飛ばされ、フィールドの壁に叩きつけられていた。

 

「…………ゴリ……」

「…………テッシ……」

 

フィールドの真ん中で目を回すテッシード。

ゴーリキーもまたズルズルと地面に滑り落ち、目を回していた。

 

相打ちだった。

 

「……容赦ない……」

 

マカナがそう呟いた。

タクミもその意見に同意だった。

 

コンコルドが両者のポケモンを見比べ、フラッグを上げた。

 

「両者戦闘不能!!」

 

タクミは自分の息を緩める。

 

ここまで、タクミと龍之介の戦績は同じ。

ポケモン1体でコルニのポケモンを2体戦闘不能にした。

だが、その内容はまるで違う。

 

龍之介のバトルはタクミと比べて試合時間にして半分にも満たない。

まさにあっという間の決着だ。

しかも、その全てが龍之介が想定するままに進んだ。

 

バトルが長引けば長引く程にトレーナーにも当然負担がかかる。

集中力が乱れれば指示が遅れる。指示が遅れればポケモンの不利に繋がる。

短く、テンポの良い勝利というのはトレーナーのコンディションを良好な状態のまま次に繋げられる。

 

龍之介のバトルはまさに理想的な流れといえた。

 

だが、タクミはおそらく同じことはできない。

タクミはマカナに抱かれているクチートをチラリと見た。

 

タクミはバトルで相手を誘いこむことはあっても、あえてポケモンにダメージを受けさせるような戦術は取れない。相手の攻撃をノーガードで受けたり、自滅ワザを指示したり、そういうことはできない。

 

もちろん、そういうバトルスタイルを否定はしない。

 

「否定はしないけど。僕にはできないな……」

「……タクミはそのうちやりそう」

「えっ!?」

 

驚いて振り返る。

だが、マカナの顔色は変わらない。いつもと変わらぬ無表情の中で、瞳だけが西洋人形のように光を反射していた。

 

「……タクミは……きっとそのうちやりだす」

 

彼女の雰囲気は常に変わらない。とはいえ最近は少し彼女の声音を判別できるようになってきた。彼女が冗談を言ったり、からかったりしている時がなんとなくわかるのだ。

 

ただ、今のは彼女が本気で言っているのか冗談で言っているのかがまるでわからなかった。

 

「マカナ……それって……」

「……次……始まるよ」

「えっ!?あっ!!」

 

フィールドには既にルカリオが立っていた。

それに相対する龍之介のポケモンは……

 

「ワカシャモから先に出すのか……」

 

フィールドに立っていたのはワカシャモ。

タクミとバトルシャトーで対戦したあのワカシャモだ。

 

「…………」

 

ふと、龍之介がこちらを見上げた。

 

思った以上に鋭い視線。『睨まれた』という表現が正しい。そこに含まれた敵愾心には覚えがあった。

バトルシャトーでのポケモンバトルの時だ。

 

彼がワカシャモに“フレアドライブ”を指示した時、陽炎立つフィールドの向こうからあの目が見つめていた。

 

タクミは目線から逃げるものかと目尻に力を入れる。

その時、メガ進化の光がフィールドを包み込んだ。フィールドにメガルカリオが立ち、光が収まった時、龍之介の視線は既に真正面を向いていた。

 

VSメガルカリオ

 

誰にとってもやはりここが大一番。

 

その勝負が始まった。

 

「試合開始!」

「ワカシャモ!!ブレイズキック!!」

 

この時、初めて龍之介がバトルの口火を切った。

 

「シャモ!!」

 

ワカシャモが一瞬でトップスピードまで加速する。

対するコルニの戦い方はタクミの時と変わらない。

要するに、正面からの打ち合いだ。

 

「メガルカリオ!!ボーンラッシュ!!」

「バウッ!!」

 

メガルカリオが地を蹴った。

だが、タクミ達には蹴った瞬間に舞い上がった土埃のみしか見えない。

瞬間移動としか思えない程の超加速。

 

メガルカリオはワカシャモが蹴りのモーションに入るより早く、その懐に飛び込んだ。

 

メガルカリオは中段に構えた、ボーンラッシュをそのスピードに乗せて振り切った。

 

「…………っ!!!」

 

ワカシャモが痛烈な打撃を受け、声もあげられずに弾き飛ばされた。

 

「なっ…………」

 

流石の龍之介も目を見開く。

 

その気持ちはタクミにも痛い程わかった。

 

動画で確認しているのと、生のバトルで見るのとではまるで意味が違う。

動画は主に俯瞰の視点で見ており、フィールド全体を幅広く見渡せる。

動画だけなら、メガルカリオが動く瞬間を見定めて回避行動をとれば避けられるように思うのだ。

 

だが、フィールドで真正面にメガルカリオを見据えると、そのタイミングを計ることはほぼ不可能であった。それは視認しにくいというのもあるが、それ以上にコルニのメガルカリオが攻撃の予備動作を極限まで減らしているという理由が大きかった。

 

メガルカリオの基本となる『型』の構えからのダッシュ。非常に単純な動きでありながら、その緩急の動きに素人の目では反応ができない。

 

自分のポケモンにタイミングを伝えるなど、間に合うわけがないのだ。

 

「シャモッ!!!」

「ワカシャモ!相打ちでもいいから蹴りをいれろ!」

「シャモ……」

「行け!もう一度“ブレイズキック”!」

「シャモッ!!」

 

ワカシャモがメガルカリオ目掛けて飛び込む。

 

「ルカリオ!正面からの殴り合いなら受けて立つよ!“ボーンラッシュ”」

「バウッ!!」

 

メガルカリオも前に飛び出る。

再びメガルカリオが瞬間移動と見間違うスピードでワカシャモの眼前に踏み込んだ

 

「バウッ!!」

「シャモ……」

 

ボーンラッシュの一撃がワカシャモの腹に刺さる。

だが、ワカシャモはそこから引かなかった。

足裏で地面を掴み、その場で攻撃を受け止める。

 

“ボーンラッシュ”は【じめんタイプ】。タイプ相性で不利な攻撃だ。ダメージはバカにならないはずなのに、ワカシャモは冷や汗を浮かべながらその場でこらえた。

 

ワカシャモはその“ボーンラッシュ”を掴み、引き寄せて“ブレイズキック”を叩き込んだ。

メガルカリオはそれを『波導』を乗せた掌底で弾き飛ばした。

 

だが、龍之介にはそれで充分。

足が交差するクロスレンジでは“ボーンラッシュ”は使えない。

 

「ワカシャモ!畳みかけろ!」

「距離が近い!ルカリオ!“はっけい”」

「シャァァモッ!!」

「バウワッ!!」

 

お互い足を据えてのインファイト。だが、メガルカリオの方が速い。

メガルカリオの“はっけい”がワカシャモの真芯を捉えた。

 

「っっ!!!」

 

だが、ワカシャモは目を白黒させながらも、決してその場から下がらなかった。

足裏が地面をガッチリと掴んで離さない。ワカシャモの脚力があるからこそできる芸当だった。

 

「……シャモッ!!」

 

ボロボロになりながらも放った“ブレイズキック”。

流石のメガルカリオもワザを放った直後の攻撃を完全に回避することはできない。

 

タクミも、マカナも、龍之介すらそう思っていた。

 

だが……

 

「シャモッ……!」

 

“ブレイズキック”が空を切った。

炎の軌道は宙に火の粉の線を残し、すぐさま消える。

ワカシャモには一瞬、メガルカリオが消えたように見えたであろう。

 

だが、メガルカリオはそこにいた。

メガルカリオはワザを放った直後に大きく上体を屈めて“ブレイズキック”を回避していた。

 

「ルカリオ!水面蹴り!!」

 

メガルカリオはそのまま水面蹴りを放ってワカシャモの足先を地面から突き飛ばす。

バランスを崩したところに、強烈な前蹴り。ワカシャモの顎を跳ね上がった。

 

「……まずい!」

 

タクミが思わず声をあげた。

 

それはこのジムにいる間にも何度も見た動きだった。

顎を蹴り上げ、無防備になった腹部に目掛けて強烈な一撃を見舞う。

コルニの黄金パターンだ。

 

「そこっ!!“インファイト”!!」

「バウワァァッ!!!」

 

メガルカリオの両拳が光を帯びる。踏み込んだつま先が地面を抉り取る。満ち満ちたメガルカリオの波導が赤黒い稲妻となって周囲に飛び散った。

 

掛け値なし。メガルカリオのフルパワーの一撃だ。

 

勝負あった。

 

そう、誰もが思った。

 

だが、龍之介はそう思っていなかった。

 

「…………ワカシャモ」

「シャモっ!!」

 

ワカシャモの眼はまだ死んでない。

度重なるダメージに意識が飛びかけていようとも、その瞳の奥には常に炎が燃えていた。

 

「シャモォォ!!」

 

ワカシャモが突然、炎を纏った。

 

「ワカシャモ!“フレア……ドライブ”!!」

「シャモォォ!!!」

 

炎が翼となり、鎧となって、ワカシャモの身体を包み込む。

その炎の中にメガルカリオが突っ込んだ。

 

メガルカリオの連撃が放たれる。

 

痛烈な打撃音が響き渡り、ワカシャモが炎の中から叩きだされた。

 

「……シャ……シャモ…………」

 

全身に打撃痕を受け、満身創痍。

それでもワカシャモは幾度か立ち上がろうとした末に沈んだ。

 

「ワカシャモ!戦闘不能!メガルカリオの勝ち!!」

 

ワカシャモが残した炎の鎧が消え去り、中からメガルカリオの身体が現れる。

全身に走る黒いライン状の毛並みが『波導』により赤く染まりあがっていた。

 

タクミは息を飲む。

 

このジムで幾度となくルカリオのバトルを観てきたからこそわかる。

ルカリオの纏う『波導』がこれ以上にない程に高まっていた。

燃え盛る炎を錯覚させるような闘気。鋭い刃のように研ぎ澄まされた集中力。

 

それは、コルニのメガルカリオに幾度となく逆転勝利を決めた際に見られた状態だった。

 

だが、逆に言えばメガルカリオはそれだけ追い詰められているということ。

直撃しなかったとはいえ“ブレイズキック”と“フレアドライブ”を受けた。2度の【ほのおタイプ】の攻撃が確実にメガルカリオの体力を削っているのだ。

 

「……龍之介…………まさか……」

 

勝てるのか?勝つのか?

 

だが、龍之介はワカシャモという【ほのおタイプ】の切り札を失った。

 

次の手があるのか?

 

その龍之介はワカシャモをボールに戻した。

そして、次のポケモンを投げ込む。

 

「……あれは……」

「……行くぞ、タツベイ」

「タッツ!!」

 

フィールドに立った青いドラゴン。

“いしあたまポケモン”のタツベイ。

 

磨き抜かれたその頭部が照明の松明の炎を反射して揺らめいていた。

 

龍之介VSコルニ

 

いよいよ最終決戦だった。

 

「試合開始!!」

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