ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて 作:からんBit
御言アキはホロキャスターのメール画面をぼんやりと眺めていた。
ここは、ポケモンスクールの中庭であった。
風通しも日当たりも良好な中庭は天気の良い日には多くの人間がポケモンと一緒に過ごしている。今日の天気は快晴。お昼の鐘が先程鳴り響いたところだ。中庭は多くの人々で賑わいを見せていた。
アキはそんな中庭の片隅にいた。大きな木の下にベンチが設置された休憩所だ。アキはそのベンチの隣に停めた車椅子に座っていた。膝の上にはサンドイッチの入ったランチバスケットを置き、傍のベンチにはイーブイが丸くなって昼寝をしていた。
アキはイーブィの毛並みを無意識に触りながら、メールを流し読みしていく。
メールで送られてきているのはどれもが友人達の近況だった。
ミネジュンは数日程前に3つ目のジムを突破した。傷だらけのゲコガシラと一緒にバッジを掲げている写真は見ているこちらも気持ちよい気分にさせてくれる。マカナも1週間程前にメガガルーラを攻略したそうだ。その2日後には龍之介もジムを突破し、彼はこれでバッジ4つ目である。
彼の仏頂面とマカナの無表情が並んだ写真を眺め、アキは難しい問題を目の前にしたかのような顔をした。
実は、アキは片垣 龍之介のことを良く知らなかった。
彼の妹である片垣瑠佳のことは同じ病室であったこともあり、仲良くしているが、その兄である龍之介とは直接喋ったことはほとんどない。
とはいえ、マカナのジム突破は嬉しいニュースだし、瑠佳にとっては龍之介のジム突破は嬉しいニュースだ。
だから、アキの懸念事項は1つだった。
それは一番の友人でもあるタクミのことであった。
彼がシャラジムに入門してから早くも1か月半の時間が経過した。
だが、タクミはある時を境にほとんど連絡をよこさなくなった。
メールの返事も淡泊なものになり、向こうから電話をしてくれる頻度も減った。時折、こちらからも電話もしてみたがそもそも出てくれないか、出ても酷く疲れている様子のことが多かった。自然、電話をする機会は減り、最近ではマカナとの方が通話することが多くなってきていたぐらいだ。
アキはタクミから送られてきた最後のメールを眺める。もう3週間も前のメールだ。
そこに書かれていたのは『無理しないようにね』という短いながらもこちらを気遣う言葉だった。
それに対してアキは『今が無理のしどころだから』と返事をしておいた。既読はついたものの、タクミからの追加の返事はなかった。
本気でジム戦に向けて特訓を積んでいるのだろう。
タクミがそこまで集中したいのならそれを邪魔したくない。だが、タクミがキツいのなら励ましてあげたい気持ちもある。
ただ、その思いはは本音でもあり、建前だった。
結局のところ、アキの心の根っこににあるのは『寂しい』というネガティブな感情だった。
「私って……束縛系だったのかなぁ……」
アキはイーブイの頭を撫でながらそう呟く。
イーブイは少しばかり耳を震わせたが、返事をくれはしなかった。
アキは小さく溜息を吐き出した。
アキは流し読みしていたメールの中の一通に目を止めた。
「ホントにもう……全部マカナのせいだ……」
渋い顔で開いたのはマカナからのメールだ。
マカナがシャラジムで撮ったタクミやジムの人達とのメールなのだが。
なぜかタクミ単独で写っている写真がない。タクミは常に2人で写っている。ある『女の人』と一緒に写っている。
「シャラジム、ジムリーダー……コルニさん……」
アキは写真の中の溌剌とした女性を見て、唇を真一文字に引き絞った。
【かくとうタイプ】のジムのジムリーダーらしい、健康的で引き締まった手足。女性でも見惚れる程に整ったプロポーション。高揚した頬と輝くような瞳。それに似合う明るい笑顔はまさに真夏の太陽のようだ。
アキは自分の赤毛の先を指先で撚り合わせ、大きく溜息を吐いた。
自分の体つきはお世辞にも健康的とはいえない。皮下脂肪こそないものの、痩せてるというよりは『やつれている』という印象の方が強い。肌は白いがそれは持ち前のものではなく日の当たらない生活が生み出した不健康なものだ。さらに性格に関して言えば決して『明るい』わけではない。こんなことを考えてることからもわかる通り、元気な自分を取り繕ってるだけの陰気な人間なのだ。
自分とコルニでは持っているものが違いすぎる。
「……マカナめぇ……こんな写真ばっかり……」
マカナに悪気はない。
マカナは単にタクミの近況の写真を送ってくれただけだ。別にタクミとコルニさんの間に何かあることを匂わせてる訳ではないし、そのことについて何か言及した訳でもない。
だからこれは単なる八つ当たりである。
別に本気で怒っているわけではない。
ないのだが、こうして気持ちの矛先をズラすというのはメンタルコントロールに重要なのだ。それが長年の闘病生活で得た経験であった。
昔はよくタクミに矛先を向けていた。体調が優れない時、病状が悪化した時、ひどい時はお母さんがお菓子を買ってくれなくてタクミに当たったこともあった気がする。
今にして思えばタクミはよく耐えてくれていた。
もちろん、タクミも怒り返してくることもあったので、そのたびに喧嘩してきた。
何度も、何度も、喧嘩してきた。
だけど、どれだけ喧嘩した後でもタクミは傍に居続けてくれた。
タクミはずっと『耐えて』くれていた。
だからこそ、自分はもうこれ以上タクミの負担にはなりたくなかった。
タクミが連絡来れなくても我慢する。タクミがジムリーダーと仲良くしてても気にしない。
そう、思うことにした。
「はぁ……天罰かなぁ」
前にタクミと一緒に過ごした時。私がシトロンさんと仲良くしているところを見てタクミが少し拗ねたことがあった。私はそんなタクミの嫉妬をわかった上で色々とからかった。あの時と逆の立場になった途端に自分が不機嫌になっていては世話がない。
アキはメールの画面を閉じ、大きく伸びをする。
やめよう。今はそうでなくてもナイーブになっているというのに。
アキはイーブィを撫でる手を止め、タブレット端末を取り出して電子化した参考書に視線を落とした。
そして、ほどなくしてアキが待っていた人達が顔を見せた。
「アキ!!ごめん!待たせた!!」
「ううん、いいよ。どうだった、2人共?」
「私は……まぁまぁだったけど……」
アキがこの場所で待っていたのは、スクールでできた2人の友人であるミーナとナタリーであった。
ミーナは金髪碧眼とソバカスが特徴的な女の子。彼女は眉間に深い皺を寄せたまま隣のナタリーに視線を送る。
ナタリーは長い黒髪を一本に束ねた掘りの深い鼻筋が目立つ女の子。彼女はこの世の終わりだとでも言いそうな顔で俯いていた。
「終わった……もうダメだぁ……」
ナタリーはそう言って力尽きたようにベンチに崩れ落ちた。
その様子から先程の模擬テストの結果は聞くまでもないようであった。
「まぁ、まぁ、ひとまず答えの擦り合わせしようよ。それから復習と対策をね」
「それより飯だ!!めしぃ!!」
ナタリーは胡坐をかき、肩にかけていたウェストポーチからハンバーガーを取り出してかぶりついた。ほとんどやけ食いであった。
ミーナとアキはそんな彼女の様子に顔を見合わせて笑い合い、一緒に昼食へと取り掛かった。
ポケモンスクール
『地方旅』に出れない人たちがポケモンリーグに出場する為の方法の一つだ。
アキが所属しているのは『初年度バトル科』。10歳の少年少女が集うこのクラスはカリキュラムに沿って講義を受け、単位を取得し、テストをクリアすることでジムバッジと同等の力を持つ『スクールバッジ』を取得できる。
そして、今日は3つ目のスクールバッジ取得の試験の為の模擬テストだった。
筆記と実技に分けられる試験だが、今日は筆記のみのテストだった。アキは模擬テストを早々に終わらせたので早めに抜けて昼食で日向ぼっこをしながらテストの復習をしていたのだ。
中庭の一角で昼食を取るアキ達の近くをテストから吐きだされた学友達が通り過ぎていく。
「アキ、午後空いてるか?ちょっとバトルして欲しいんだけど。“あなをほる”の対策を試したくてさ」
「あっ、ごめん。午後はナタリーに付き合う約束で。明日の朝一は講義ないけどそこじゃダメ?」
「OK!約束な。フィールドはまた連絡するよ」
「ミーナ!掲示板に名前張り出されてたよ!なんかやらかした?」
「違う違う。今度、実家帰った時に地元でジム戦するからその手続き」
「ナタリー!落ち込むなよ~俺も3割しか書けてなんだからさ!」
「一夜漬けバカのお前と一緒にするなぁっ!!アタシはこれでもこの日の為に準備をだなぁ……あぁっクソォっ!!」
気さくに声をかけてくれる学友達。
アキはここ数ヶ月の間で多数のクラスメイト達と良好な関係を築けていた。
ただ、その中でも例外というものはある。
その時、アキのクラスメイト達の中のグループの一つがアキ達の近くを通り過ぎていった。
彼等はアキ達のことを親の仇のような憎々しげな視線を叩きつけ、ついでのように片手で品のない仕草をして去っていった。
彼等の中心にいたのは東アジア系の顔をした男子、リヨン。
アキの登校初日。彼等のトップであるリヨンとポケモンバトルで負かしたことで彼等はカースト上位から転げ落ちた。とはいえ、元々クラスを牛耳っていた連中だ。やはりポケモンバトルの実力はあるし、クラスで最大のグループを形成していることは間違いなかった。
だが、クラスの勢力図は大きく変わった。
アキを中心にミーナ、ナタリーが友好の輪を広げ、対等な人間関係を構築していったことでクラス全体からカーストの枠が取り払われていったのだ。それに加えて、リヨングループ内から離れた者も多数いた。彼等の影響力が相対的にも絶対的にも減ったことで、リヨンのグループがグループ外の人間にちょっかいをかけたりすることが激減した。
ただ、負けたリヨンはあいも変わらずグループのトップのままというのはアキからすれば驚きだった。
『他の人達を黙らせるぐらいポケモンバトルが強いというのもありますが、実家が太いという噂もありますからね。少し注意して観察していましたがグループ内で彼を排斥するという動きは見られませんでした』
そんなことを言っていたのはここにいないもう1人の友人であるトマであった。
トマは褐色の肌と薄茶色の短髪をした男子だ。フレームの薄い眼鏡と鋭いブルーの瞳が特徴的な彼は今日この場にいない。模擬テストをアキより先に片付けた彼は多分どこかで1人で勉強しているに違いなかった。
アキはサンドイッチを食べ終え、イーブィを膝の上に移して今日の模擬テストの内容を参考書で確認する。
今回の『ポケモン学』の課題は3つ。
『以下のポケモン相性表を全て埋めよ』
『ポケモントレーナーが所持するポケモンのタイプを統一することの利点を述べよ』
『対戦相手のポケモンはボスゴドラである。現在自身の所持するポケモンで行うバトルでの展開について説明せよ』
後は通常の『算数』『国語』である。
『算数』は日本のものとほとんど変わらないのだが、問題を全て方程式で解くのは驚いた。日本で言う『つるかめ算』とかの文章題も全部方程式で解くのだ。確かに合理的であるのだが、相応に難しい。
『国語』は基本的にポケモン学と同様に論文問題ばかりなのも新鮮だった。
新しい学校での新しい勉強。それそのものは楽しくもあるのだが、テストとなるとやはりプレッシャーの方が大きい。
実際、今回の模擬テストは自信がなかった。
『相性表』と『タイプ統一』に関しては参考書の内容そのままで良いのだが、『バトル』に関してはアキ自身のバトル経験値の低さが露呈していた。
「いやいや、アキ、そのバトル展開は無理あるよ」
ミーナにそう言われ、アキの背に一気に冷や汗が吹き出した。
「えっ!?だって、基本的なボスゴドラの戦い方はこうだし……」
「そうじゃなくて、ボスゴドラが“がんせきふうじ”使ってるのに、後半機動力勝負はダメだよ。だってフィールド岩だらけだよ」
「あ………」
アキはこういった『バトル的視野』が狭くなることがあった。こればかりは実践での経験がものを言う。
「うーん……なかなか難しいね」
「アキ!お前だけが頼りなんだ!頼むから次席の座は守ってくれよ!主席トマ、次席リヨンとか、アタシはやだぜ!」
ナタリーにそう言われたが、こればっかりはどうしようもなかった。
こういう時、実際に色んな場所でバトルを繰り返してるタクミの話を聞きたいと強く思う。
ミネジュンやマカナとも話をするのだが、彼等は戦い方があまりにもアキとかけ離れていて参考にしにくい。
そして、話は最初の話に戻る。
タクミと話がしたいなぁ……
アキは手遊びのようにイーブィの耳を捻り、パシンと尻尾で叩かれたのだった。
―――――― ※ ―――――― ※ ――――――
ポケモンスクールのバトルフィールド。
アキはフィールドに横たわる自分のポケモンに指示を出した。
「コイキング!!“たいあたり”!!」
「コイコイッ!!」
コイキングが反動をつけて地面から飛び跳ねる。大きく飛びあがった身体が日輪に照らされて輝き、ヤンチャム目掛けて急速に落下していった。
「コイコイッ!!」
「チャム……」
「ヤンチャム!“あてみなげ”!!」
「チャム!!」
ナタリーの指示に合わせ、ヤンチャムが動き出す。
ヤンチャムは一歩前に出て、コイキングの打撃を受け止めた。そのままコイキングの身体を両手でつかみ上げ、身体全体を巻き込むように大きく身体を捻り込んだ。
「コイッ!」
その瞬間、ヤンチャムの腕からコイキングの身体がすっぽ抜けた。
「チャム!?」
「コイコイッ!」
コイキングは尾びれでヤンチャムの背中を叩いて跳ね上がる。ダメージはない。ただの“はねる”だ。
コイキングはそのままフィールドへと落ちてくる。コイキングは元気よく左右に跳ねながら、アキに向かってアピールを重ねていた。
「コイキング、ナイス!」
「コイコイッ!」
嬉しそうに瞳を細めるコイキング。
それに対してヤンチャムとナタリーは渋い顔だった。
「ぬぁぁっ!また失敗か!!アキ!もう一回!もう一回頼む!」
「おっけー。コイキング、もう一回お願い」
「コイコイッ!」
ポケモンハイスクールの午後。
アキのクラスは今日の午後に講義がない。
多くの生徒達は自習をしたり、こうしてポケモンのトレーニングに割り当てている。
アキはナタリーの要望で彼女のポケモンであるヤンチャムのトレーニングに付き合っていた。
相手のワザを受け、投げを返す“あてみなげ”。
やや難易度の高いワザであり、タイミングを取るのが難しい。
ナタリーは直近に迫る3つ目のスクールバッジを獲得するためにこのワザの習得を狙っていた。
その為、アキはダメージの低いコイキングの“たいあたり”で練習に付き合っていたのだ。
次の3つ目のスクールバッジ獲得の為のバトルは3対3のバトル。
アキの手持ちは今のところヒトカゲ、イーブィ、コイキング。
バトルに向けてコイキングを進化させたいところなので、こうしてバトルの経験を積ませているのだった。
とはいえ、現状の選択肢が乏しいのは問題だった。
バトルのことはもちろん、『ポケモン学』の論文問題でも自分の手持ちを参照する問題があるので選択肢が多いに越したことはない。
やはり、ポケモンをゲットしたいところなのだが、やはりネックとなるのがこの足だった。
アキは自分の左足をさする。
まだ、歩くことのできない足だ。
車椅子を押しながら、野生のポケモンが襲ってくるフィールドに出るのは危険すぎる。
それは自他共に認める事実だった。
「……やる気はあるんだけどなぁ……」
アキはコイキングが何度も“たいあたり”でヤンチャムに突撃していく様を見ながらそう呟いた。
「コイコイッ!!」
コイキングは今日も元気にフィールドを跳ねまわっていた。
進化の兆しは見えない。
アキとナタリーはそのまま日が傾くまでトレーニングを続け、最終的にはヤンチャムの咥えた葉っぱがしなり、コイキングの跳ねる高さがいつもの半分ぐらいになったところで終わりを迎えた。
「いやぁ、ありがとなアキ」
「私もありがと。ナタリーのおかげでコイキングも順調だし」
アキとナタリーはフィールド脇のベンチでペットボトルの水を飲みながら、大きく息をついた。
ポケモン達はボールに戻り、この場で聞こえるのは方々から聞こえてくるバトルの音だけだった。
「次の試験までに進化できそうなのか?」
「どうだろ。あんまり自信ないな。コイキングは……進化する気満々みたいだけど」
「おいおい、大丈夫なのかよ」
「最悪、2対3でなんとかするしか……あとはコイキングのやる気にかけてみるか……」
これもまたアキが少しばかりナイーブになっている原因の一つだった。
試験にはまだ時間がある。それに、例えここで試験を落としてもリーグに出場できる可能性はまだ残る。試験は計2回までは落とす余裕がある。それに、スクールバッジとは別に普通にジムバッジを得ることができれば試験を落とせる余裕が更に増える。
とはいえ、一発で通っていきたいのも本音だった。
友人達は順調に3つ目のバッジを入手した。それにアキも続きたかった。
何よりも、タクミが手こずっている今でこそ彼に追いつくチャンスなのだ。
「……アキ、やっぱり新しいポケモンをゲットする必要があるとアタシは思うよ」
「そうだよね……でも……」
アキの手に汗が滲む。ペットボトルを握る手に力が入る。
『怖い』
その感情は隠すことができなかった。
車椅子に乗っていれば咄嗟に動くこともできない。野生のポケモンに襲われた時に逃げられない。
自分のポケモンは信頼している。それでも、不測の事態というのはいつだって起こりうるのが『野生』というものだった。
雑誌やテレビ越しに感じるフィールドはアキにとってあまりにも未知の領域だった。
こういう時、タクミがいればきっと付き添ってくれた。タクミがいれば安心してポケモンゲットに出かけられた。
だけど、ここにはタクミはいない。
呼び出すことなんてできるわけがない。
だから、『怖い』
「私……フィールドに出たことなくて……」
アキは消え入りそうな声でそう言った。
ナタリーは「失言だったか」と思ったが、後の祭りだった。
「……そっか……そうだよな……地球界にポケモンは野生で生息してないもんな」
こっちに来る直前まで入退院を繰り返してきたアキが外の世界に出渋るのも無理はない話だ。
それは考えればわかること。わざわざ言わせてしまった自分が恨めしい。
ナタリーは考え無しに条件反射で口を開いてしまった自分の短慮さを反省する。ナタリーは眉をひそめ、自分の髪をかき上げる。
「じゃあさ、アタシと一緒に行くってのはどうよ?」
「え?」
「アキが良ければさ、アタシは付き合うよ。座学みてもらってる礼もしないといけないしな」
「でも……私……その……こんな足だから、迷惑かけるかもしれないけど」
「バァカ……」
ナタリーはそう言って、アキの頭を小突いた。
「他の人だと迷惑かけっからアタシが行くって言ってんだ」
「あ………」
ナタリーはそう言って歯を見せてニカッと笑った。夕焼けに照らされたその顔は堀の深い目鼻立ちと合わさり、随分と様になっていた。
「ありがと、ナタリー」
「いいってことよ……っていうか、せっかくだからアイツらも誘うか。ポケモンゲットって言ったら断らないだろ」
「そうだね。っていうか、ミーナに黙って行ったら後で怒られそう」
「違いないね。トマの奴はぶつくさ言いそうだけどな」
「だね」
アキはナタリーがホロキャスターでメールを送るのを横目に、自分のホロキャスターを見下ろす。
「…………ダメだな……私……」
いつまでもタクミに頼ってばかりでいるわけにもいかない。
タクミも1人で頑張っているんだ。
アキは自分の掌を見下ろす。
幾度となくタクミとハイタッチを繰り返してきた手だった。
ハイタッチの時に響く乾いた音と甘い痺れを思い出し、アキはその手を握りしめる。
「よしっ!!がんばろ……」
「おっ……ミーナはOKだってさ……トマの奴は……うわ、あいつ場所指定してきやがった……」
「トマらしいね。どこ?」
「あぁ……えーと……ったく、座標で送るなよ……えーと……あ、わかった……『21番道路』……げぇ、ここかよ」
「遠いの?」
「ちょっとな……ミアレシティから出てる船で川を下って行ける場所だ。まぁ、逆に言えば船を使えばアキでも行けるってわけ……確かに、アキが一番遠出できる場所はここか……近場は別に今すぐじゃなくていいし……時間に余裕がある今の内に行っておくってのはありか……くっそー……でもトマの奴の意見に従うの癪だなぁ……」
「まぁまぁ……」
アキも調べてみたが、確かに案外遠い。
調べてみると、カロス地方の川は日本の川とは比べ物にならない程に川幅が広く、流れが穏やかなのもあり、宿泊施設を備えた船で行くリバークルーズも人気のようだった。よくよく見ればカロス地方の東側は川のほとりにある町が多く、一週間かけて色んな町を巡る旅行なんかもあるらしい。
2階建ての白い船。豪華な個室とお洒落なレストラン。カロス地方の風を感じながら川を下る優雅な船旅。
そんなお洒落な旅を夢想していたアキの隣からナタリーが端末をのぞき込んできた
「……アキ、そんな高級クルーズ船に乗る気か?」
「えっ!あっ、違うけど……こういうのもあるのかなぁ……って」
「そういうのはボーイフレンドとの旅行にとっとけ。アタシらが使うのはこっち」
そう言ってナタリーが見せてくれたのはビジネスホテルのような狭い客室が並ぶ簡素な船だった。船は随分と縦長の平べったいものであった。川を下る以上、橋を通過しなければならないので高さが確保できず、縦に伸ばす他ないらしい。
昼過ぎに船に乗って、到着は翌朝。そのまま、21番道路で過ごし、夕方に船に乗って翌日の昼に帰ってくる。それが最短コース。週末の休みを利用するなら0泊3日の弾丸旅行になりそうだ。だが、そんな慌ただしいスケジュールでもアキの胸は高鳴った。
アキにとってこれは『冒険』なのだ。
「ほら、この4人部屋を1つ取って行けばアタシらでもアキを手伝えるだろ」
「え、悪いよ。そこまでしてもらわなくても……」
「いいって、いいって。ってか、聞いたことなかったけど、車椅子生活ってどういうとこが不便なんだ?」
「え……えと……そうだな、やっぱり移動の時とか……」
「ふんふん……」
ナタリーは時折相槌を入れながらアキの話を聞いてくれる。
アキはそんな彼女に少しばかり遠慮しつつも、日常生活のことについて話を続ける。
それは初めての経験だった。
アキにとって自分の世界は病院と自宅の2つだけだ。その世界にいる人間は家族と医療関係者、そしてタクミだけだ。
ただ、そんな世界はもう終わったのだ。
アキは閉ざされた世界から飛び出し、新しい場所に踏み出した。
そこでできた新たな友達。その人に自分のことを話し、弱味を晒す。
それは、気恥ずかしくもあり、遠慮する気持ちもあり、そして少しばかり胸の沸く気持ちだった。
自分の存在が他の人に疎まれることなく受け入れてもらえる。
『少し変わった慣習』程度の認識で扱ってもらえる。
人の輪に入っていける。
それはアキにとって心の底から喜ばしいことだった。
「なるほどな……それぐらいならアタシ達がフォローできんな。いよっし、週末は『冒険』だ。へっへ、楽しみになってきた!」
「うん!!」
少しばかりの遠出。子供達だけでの小さな旅。
アキは『地方旅』の一端に触れられたような気がして胸が激しく脈打つのを感じていた。