ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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最初じゃないけど最初の相棒

「えっ!いや、ちょっ、ちょっと待ってくれ!あのフシギダネはダメだよ」

 

ケンイチが慌てて首を横に振る。だが、タクミは引き下がらなかった。

 

「どうしてですか!?あのフシギダネ、元々初心者用ポケモンなんでしょ、今もトレーナーもいないし。僕があのフシギダネのトレーナーになってもいいんじゃないんですか!?」

「いや、確かにそうだけど……」

 

ケンイチは「参ったな」と言って、頭をかいた。

 

タクミの顔から引くつもりがないことを読み取ったケンイチはどうすべきか思案する。

単純に『規則だから』で押し通しても良かったが、それでは目の前の少年は納得しないだろう。

 

彼の表情は既に覚悟を決めたトレーナーの顔であった。

 

ケンイチは腰を折り、タクミに目線を合わせた

 

「いいかい?ちょっと厳しいことを言うよ」

 

ケンイチの顔から笑顔が消える。

 

「君はまだポケモンを一度も育てたことがない。当然、バトルだってしたことがない。上手く歩けないポケモンを育てるのはとても大変なんだ。ご飯を食べさせる時だって気を遣う、バトルだって普通のフシギダネなら勝てる勝負で負けることもある。それに、フシギダネは進化するんだ」

「………」

「進化しても、きっと足は動かないままだ。今のフシギダネなら体重もそこまで大きくないし、たいしたことはないかもしれないけど。進化してフシギバナになったらどうなる?それこそ身体を動かすことだけで一苦労になってしまう。そんなポケモンを君は育てていけるのかい?」

 

それだけのことを言われてもタクミの気持ちは揺るがなかった。

 

確かに先のことは不安だった。本当に自分が育てていける自信なんてなかった。ケンイチに鋭いことを言われて実はちょっと泣きそうだった。

 

でも、それでもタクミはそんな表情など一切見せずに頷いた。

 

「……育てます」

 

タクミの後ろにフシギダネがゆっくりと近づいてきていた。

フシギダネは足を引きずりながら、不思議な生き物でも見るかのようにタクミの横顔を見上げていた。

 

「僕が責任を持って、フシギダネを幸せにします!!」

 

これ以上ないぐらいに言いきったタクミ。それでもケンイチはまだ納得していないようだった。

 

彼には初心者トレーナーがこんなハンデを背負ったポケモンを育てられるとはどうしても思えなかったのだ。

確かに今はいいかもしれない。今なら新人トレーナー特有の意識の高さと、気持ちの高揚で乗り切れるだろう。

だが、今後はわからない。タクミが途中で投げ出してしまえばポケモンもトレーナーもどちらも不幸を背負うことになる。

 

ケンイチは渋った様子で他の角度から説得を試みる。

 

「でも、このフシギダネじゃ、他のポケモンをゲットするのにも苦労する。やっぱり最初のポケモンは別のを……」

「その心配はいらんじゃろ」

「は、博士!」

 

研究所から出てきたオーキド博士が片手にスケジュール表を握りながら、笑顔でそう言った。

 

「タクミ君には既にキバゴがおる。すぐには困ることはないじゃろう」

「ですが……」

「それに、どうしてもダメであったなら、パソコンでここに送ってもらえばよい。父親の仕事を知っているタクミ君なら、ポケモンを逃がすことの問題点も理解しているじゃろ?」

 

タクミはケンイチを納得させるためにも何度もうなずいてみせる。

 

「しかし……」

「まぁ、あとは……フシギダネ次第じゃがの?そうじゃろ?」

 

その問いはタクミの方へと向けられていた。

 

トレーナーは一人でトレーナーなのではない。

トレーナーとポケモン。両者が揃ってこそのポケモントレーナーだ。

 

タクミは足元からタクミを見上げてくるフシギダネの為に膝を折った。

 

「フシギダネ……」

「……ダネ……」

 

フシギダネの目が不信感で細められる。

タクミにはそのフシギダネの気持ちがわかるようだった。

 

『どうしてこんな俺を連れていきたいんだよ?』

『俺が足を引きずってるの見ただろ?俺は足手まといなんだよ』

『あんたは俺に何を期待してんだよ?』

 

タクミはそんなフシギダネの頭に手を置いた。

 

「フシギダネ……お前も……旅に行きたいんじゃないのか?」

 

その言葉にフシギダネの目が見開かれた。

 

「旅に行く直前に怪我をして……旅立っていく仲間達をずっと見送って……辛かったよね……」

「……ダネ……」

「でもお前、優しいね。仲間達がちゃんと旅立つために手伝いまでしてさ」

「……」

「その怪我も……仲間達を助けようとしてできたんだろ?フシギダネ……もういいよ……もう、そんな不幸を背負い続けることないよ!」

 

そう言いながら、タクミの頭に浮かんでくるのはアキの顔だった。

 

彼女は歩くことができない。ポケモン界にも行けない。旅なんてもってのほかだ。

それをタクミにはどうすることもできない。何もしてあげられない。

痛みを肩代わりしてあげることも、病気を治してあげることも、彼女を背負って歩いてあげることすらできない。

 

でも、このフシギダネは違う。

 

タクミが手を伸ばせば助けてあげられるのだ。願いを叶えてあげられるのだ。

 

だったら、助けてやりたいじゃないか。

全力を費やしてあげたいじゃないか。

 

だって、僕は『ポケモントレーナー』なんだ。

 

「フシギダネ……僕と一緒に旅をしよう!!」

 

タクミはそう言って突き出すようにフシギダネに手を差し出した。

それを見て、キバゴもタクミの肩を飛び降りてその小さな手をフシギダネに差し出す。

 

「キバァ!」

 

『一緒に行こう』とキバゴもフシギダネに呼びかけていた。

 

「ダネ……」

 

フシギダネは差し出された二つの手を幻でも見ているような顔で見つめていた。

 

タクミの言葉が理解できなかった。キバゴの行動が理解できなかった。

 

だって、自分はこんな足だ。

まともに歩くことなんてできない。

"たいあたり"すらできない。

 

自分を受け入れてくれるトレーナーなんていない。

 

フシギダネはずっとそう自分に言い聞かせてきた。

 

そう思う他なかった。

 

どんなに時間を重ねても、どれだけ人の手を借りても、この足が動くことはなかった。

段差1つ越えるのに苦労するこの身体ではどんな希望を抱いても無駄だった。

 

だから、もう全てを諦めた方が楽だった。

 

だけど……だけど……

 

もし、この目の前の手が本物なら……本当に外の世界を見に行けるのなら……

 

旅立っていく仲間達を見送った後の研究所は驚く程に静かになる。

そんな場所で一人で静かに眠る日々が辛く無いわけがない。

窓から見える空の向こうを望まない日はなかった。遠くに見える山の向こうを憧れない日なんかなかった。

 

フシギダネが奥歯を噛み締める。瞳の奥から熱い塊が沸き上がってきていた。

 

「ダネ……」

 

フシギダネの”ツルのむち”が伸びる。ツルの先が恐る恐るタクミとキバゴの手へと近づいていた。

だが、そのツルはタクミの手のわずか手前で止まってしまった。

それは触れるのを躊躇っているような動きだった。触れたら消えてしまうシャボン玉を前にしているような動きだった。

 

タクミは息を殺し、フシギダネを待ち続けた。

 

フシギダネのツルがタクミの手をタッチした。

そして、キバゴの手にも軽く触れる。

 

そこに現物があるのかを確かめたフシギダネ。

フシギダネは足を引きずりながら近づいていく。

 

手の匂いをかぎ、頬を寄せる。

 

フシギダネはタクミの顔を見上げた。

涙に潤んだフシギダネの瞳とタクミの目線がかち合う。

 

そして、フシギダネの“ツルのむち”がタクミの手に絡みついた。

 

「ダネッ!!」

「うん!!一緒に世界を見に行こう!フシギダネ!!」

「ダネダッ!!」

 

タクミは我慢できず、泣きそうな笑顔のフシギダネの首筋に飛びついた。

 

「フシギダネ!これからよろしくな!!」

「ダネ、ダネフッシー!!」

 

タクミの腕や胴体にフシギダネの”ツルのむち”が絡みついてくる。

それがフシギダネの抱擁のように感じ、タクミはより強くフシギダネの身体を抱きしめた。

 

「キバッ!キババァッ!」

 

キバゴも諸手をあげて歓迎し、一緒になってフシギダネの首筋に飛びついた。

ポケモンと人間が抱き合って喜ぶさまを見て、後ろにいたオーキド博士は嬉しそうな声をあげて笑った。

 

「さて、ケンイチ君。どうするかね?」

「はぁ……こうなっては今更引き離すわけにもいかないでしょう……わかりましたよ」

 

ケンイチは腰を折り曲げて、フシギダネを覗き込む。

 

「フシギダネ……良かったな」

「ダネ!」

 

そう言って頷いたフシギダネの笑顔。

それは、この研究所では一度も見たことのない満面の笑みだった。

 

「さて、タクミ君。それじゃあ、最初のポケモンを手に入れたことだし、キバゴを正式にゲットしてくれんかのう?手続きがまだ残っておるんじゃ。急がせてすまんが、サマーキャンプの方の時間もあるしの」

「あっ、はい。フシギダネ、もういいから離して……離して……ねぇ!ちょっと!嬉しいのはわかったから離してってば!!」

「ダネ」

 

タクミはひたすら絡んでこようとするフシギダネの“ツルのむち”をなんとか引きはがし、肩で息をしながら立ち上がった。

 

「もう!フシギダネ!」

 

そう言うとフシギダネは素知らぬ顔で自分の頬の水滴を”ツルのむち”でぬぐって、生意気にもニヤリと笑ってみせた。

 

「余程嬉しかったんじゃなぁ。さぁ、これがキバゴを捕まえるためのモンスターボールじゃ」

「はいっ」

 

タクミはモンスターボールを受け取る。手に吸い付くように磨かれたモンスターボールの感触。

使い古した『プロテクトボール』とは違う手触りを確かめ、タクミはキバゴに目を向けた。

 

「キバゴ、モンスターボールだ。改めてよろしく」

 

タクミはキバゴに向けてモンスターボールを軽く放り投げた。

 

「キバッ!」

 

それをキバゴは尻尾で打ち返した。

 

「えっ?」

 

弾かれたモンスターボールは放物線を描いてタクミの胸元に帰ってくる。

 

「キバゴ、なにしてるんだよ。ほら」

「キバッ!」

 

タクミは再びモンスターボールを投げたが、またもやキバゴは尻尾で打ち返してきた。

 

「キバゴッ!」

「キバッ!」

 

今度は少し強めに投げつけたが、やはりそれをキバゴは打ち返す。

 

「もう!なにしてんのさ!キバゴ!!」

「キババッ!!」

 

そして、キバゴは何を思ったのか距離をとって相撲取りのように足を大地に叩きつけた。

 

「キバゴ?」

「キバァアアアアア!!」

 

キバゴが咆哮を上げる。

その鳴き方にタクミは覚えがあった。

 

それは、ミネジュンのケロマツとバトルをした時と同じ鳴き方。

 

「もしや、そのキバゴはバトルがしたいんではないのかのう?」

「え?」

 

タクミが振り返るとオーキド博士が興味深そうに顎に手を置いてキバゴを見ていた。

 

「キバゴは戦ってみたいのではないか?そのフシギダネと」

「あ……」

 

タクミがフシギダネを見下ろすと、困ったような顔をしたフシギダネの視線に迎えられた。

 

「……フシギダネ……やってみるかい?」

「ダ、ダネ?」

「大丈夫だよ。勝っても負けても一戦したら満足してゲットされてくれるよ。なっ、キバゴ?」

「キバッ!」

 

片目をつぶり、親指を立てるキバゴ。

 

まったく、どこでそんな仕草を覚えたのやら。

 

「フシギダネ、勇気を出して僕の手を取ってくれたなら、もう一歩踏み出してみようよ。もう一歩、前に進んでみようよ」

 

見つめ合うタクミとフシギダネ。

 

そして、フシギダネは何かを噛み締めるように頷いた。

 

「ダネ!」

「そうこなくっちゃ!!」

 

フシギダネは足を引きずりながらも、タクミとキバゴの間に歩を進めた。

 

「ダネェエエエ!!」

「キバァァアア!!」

 

その鳴き声がフシギダネ対キバゴの開戦の合図だった。

 

「フシギダネ!“ツルのむち”」

「ダネッ!」

 

フシギダネの2本の“ツルのむち”がキバゴを捉えようと左右から迫る。

だが、“ツルのむち”が届く直前、キバゴは横っ飛びに攻撃を回避した。

 

「キバッ!」

 

そのままキバゴは爪を構えてフシギダネへと突っ込んでくる。

 

「フシギダネ!避け……」

 

『避けて』

 

その指示を出そうとしてタクミは咄嗟に口を噤んだ。フシギダネは動けない。

タクミの指示が止まってしまったわずかな時間。その隙にキバゴは一気にフシギダネへと接近した。

 

「キバァァ!」

 

キバゴの爪がフシギダネへと振り切られた。

 

「ダネェェッ!!」

 

“ひっかく”をまともに受け、フシギダネが頬に切り傷をつくりながら吹き飛ばされる。

 

「フシギダネ!」

「ダネェ!!」

 

フシギダネは“ツルのむち”の伸ばして地面を掴み、姿勢を制御しつつなんとか受け身をとった。

 

「大丈夫!?」

「ダネフッシ!」

 

まだ戦意を失う様子の無いフシギダネにタクミはホッと息を吐き出した。

 

「キバァアアアアア!」

 

キバゴが自分の力を誇示するかのように咆哮を上げる。

敵にしてわかるキバゴのパワーの厄介さだった。

ただの“ひっかく”のはずなのに、加速力と体重を乗せられただけで小型のポケモンを軽く飛ばすぐらいの威力が出る。

 

あれを何度も受けるのは危険だった。

 

「フシギダネ!今度は1本だけで“ツルのむち”!!」

「ダネッ!」

 

フシギダネの『タネ』の右側から“ツルのむち”が伸びる。

今度の“むち”は迂回はせず、真っすぐにキバゴに突っ込むような軌道で攻撃した。

 

「キババッ!」

 

キバゴは既に見切っているとでも言いたげに、余裕をもって回避し、再び突っ込んでくる。

 

だが、キバゴはわかっていない。

 

既にバトルフィールドでキバゴが動ける範囲は“ツルのむち”で半分に絞られた。

そして、キバゴには遠距離攻撃はない。

 

キバゴの選択肢はその限られた範囲でフシギダネに真っすぐ突っ込むしかない。

 

だったら、狙いをつけるのは簡単だ。

 

「フシギダネ!足止めしてくれ!」

「ダネッ!」

 

その時、フシギダネの背中の『タネ』の先から大きめの『種』が発射された。

 

「キバッ!?」

「えっ?“やどりぎのタネ”?」

 

それはタクミですら想定していなかったことだった。

タクミは残しておいたもう一本の“ツルのむち”による足止めを指示したつもりだった。

だが、フシギダネは“やどりぎのタネ”をキバゴの足元に発射したのだ。

 

地面に埋まった“やどりぎのタネ”は一気に成長し、細いツタを伸ばした。

それはキバゴに絡みつき、動きを封じる。すかさずフシギダネは“ツルのむち”をキバゴに巻きつけた。

 

「キ、キババッ!」

 

“やどりぎのタネ”と“ツルのむち”に巻きつかれたキバゴは必死にもがく。

だが、動けば動く程にそれらは深く絡みつき、遂にキバゴが膝を折った。

 

自分にできることを果たしたフシギダネは誇らしげに胸を張っていた。

 

「ダネッ!」

「う、うん!よ、よくやったぞ!フシギダネ!」

 

だが、こっちは予想外の技が飛び出てきて困惑が収まらない。

 

とにかく、キバゴの動きは封じた。

“やどりぎのタネ”が体力を吸い取り、“ツルのむち”の締め付けが確実に身に食い込んでいる。

 

もう十分だった。

 

「よし!行けっ!モンスターボール!!」

 

タクミが投げたモンスターボールは今度こそキバゴの額にヒットした。

 

「キバ……」

 

モンスターボールが開き、キバゴが吸い込まれる。

モンスターボールは中でキバゴが暴れているかのように揺れ動き、中央のボタンが何度も赤く点滅を繰り返す。

 

「本当に、往生際の悪い……こういう時ぐらい素直に捕まってくれ」

 

そんなタクミの声が聞こえたかのように、唐突にモンスターボールが静かになった。

 

タクミはフシギダネと目を合わせた。

 

そして、お互いに頷きあう。

 

フシギダネは“ツルのむち”を伸ばして、モンスターボールを掴んでタクミの手元へと持ってきてくれた。

モンスターボールの中に収まっているのは妙なところで意地っ張りなことのある相棒。

 

「……フシギダネ、これからちょっと気苦労が多くなるかもしれないよ」

「ダネ」

 

肩をすくめるフシギダネに向けタクミは笑みを浮かべる。

ゲットできた喜びよりも、初めてのフシギダネとのバトルが上手くいったことの方が何倍も嬉しかった。

 

「ほんと……どこまで考えてるんだか」

 

タクミは手の中の新品のモンスターボールを見下ろす。

ボールの中でキバゴがふんぞり返っている様子が目に浮かぶようであった。

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