ポケットモンスター 夢のカケラを追いかけて   作:からんBit

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キャンプの夜はお喋りがはかどる

フシギダネとキバゴを正式に手持ちに加えたタクミ。

 

他の新人トレーナー達も自分の最初のポケモンを決め、ポケモンキャンプは本格的にスタートした。

とはいえ、初日にすることはそのほとんどが『練習』であった。

 

新人トレーナー達は野宿用の道具を確認し、足りないものを渡され、ひたすらにキャンプの準備を繰り返す。

折り畳み式のテントを組み立て、電気式携帯コンロと鍋セットで簡易の料理を作る。

 

一通りできるようになれば次は講義の時間だった。

 

とはいえ、ポケモンバトルとか育て方の注意とかそういった話は一切出てこなかった。

オーキド博士がホワイトボードで説明していったのは旅の話だった。

 

野宿の場所の選び方、水源の確保の仕方、食料がなくなった時の対処法。

突然の雨に出会った時、方角を見失った時、危険なポケモンや変な人間に出会った時。

そのほとんどはサマーキャンプの栞に書かれていたことであったが、新人トレーナーたちはオーキド博士の話を一語一句漏らさないように聞いていた。

 

「それでは、みんなに渡したホロキャスターを起動してくれ」

 

タクミは言われるがままに左腕に付けたホロキャスターを起動した。

すると、腕の上の空間に3Dで表示されたメニュー画面が浮かび上がった。

 

「カロス地方で開発されたホロキャスターじゃが、みんなに配ったそれには他にも色々な機能がある。君たちの脈拍や体温を計測して、異常が続いた場合や君たちが身動きが取れなくなっている状況になると、SOSが近くのポケモンセンターに届くようになっておる。そのほかにも、危険に出会った場合には自分からSOSのサインも送れるぞ。困ったら遠慮なく押して構わんが、悪戯には使わんようにな」

 

タクミは初めて目にするホログラフィクを利用したデバイスに目を輝かせていた。

 

「ホロキャスターは通常の電話やメールもできるし、マップ機能も備えておる。存分に活用してくれたまえ」

 

タクミはホロキャスターを操作してカントー地方のマップを呼び出した。

カントー地方の地図は日本の関東地方に大まかな地形は似ている。

だが、タクミが覚えている関東地方とは海岸線の位置が僅かに異なる。

 

ポケモン界にはこのように、地球界と似たような地形の場所が何か所か存在している。

ポケモン界と地球界がパラレルワールドなんじゃないかと言われる所以であった。

 

「さて、長々と説明してしまったのう」

 

オーキド博士が時計を見てそう言った。既に日は傾きかけ、もうすぐ夜が訪れる。

 

「先程説明した通り、野宿の場所は明るいうちに決定してもらおう。というわけで、皆はこれから今夜の寝床と食事の準備にとりかかっておくれ。場所はこの研究所の草原エリアの範囲内。ケンタロスの群れが走り回っておる場所もあるからテントの場所選びには注意するように。なにか質問はあるかな?」

 

誰も手をあげない。

 

いくら新人トレーナーになっても日本人は日本人のままである。

 

そんな中、褐色の肌の手が皆の間から上がった。

 

「えーと、君はマカナ君だったね。なにかな?」

「……他の人を手伝ったり……手伝ってもらったり……してもいいですか?」

 

そう言ったのは行きのバスの中で仲良くなった江口 マカナであった。

 

「おう、そうそう。そのことを言うのをすっかり忘れておった」

 

オーキド博士は改めて皆を見渡した。

 

「旅は道連れ世は情けともいう通り、一人で旅をすることに拘る必要はまったくない。仲の良い人達で集まって10人ぐらいの集団で旅する人もいれば、気の合う友人と2人旅をする人もおる。助け合いは大事じゃし、一人では乗り越えられないことも仲間となら越えられることもある。明日からのスタンプラリーでは皆には好きな人と一緒に出発してもらうことにしておる。存分に協力してことにあたってくれ。ただ、今日のところはキャンプの練習なのでな、極力テント張りや炊事は一人で頑張ってくれ」

 

タクミはその言葉を聞き、すぐさま隣のミネジュンと視線を合わせた。

既に、今日のキャンプも明日のスタンプラリーも一緒に移動しようと決めていた。

 

「ポケモンが怪我をしていたり、疲れていると思ったトレーナーはいつでもスタッフの誰かに言っておくれ。ポケモンの体調管理もトレーナーの役目じゃからな。それでは解散じゃ」

 

オーキド博士がそう言うと、周囲の人達が荷物を持って立ち上がった。

 

「タクミ、キャンプの場所どうする?」

「うーん……できればあんまり遠くに行きたくないんだけど……」

 

タクミはそう言って小さくなったモンスターボールを見下ろした。

 

フシギダネは慣れないバトルをした直後で、キバゴは地球界とポケモン界で二度もバトルをしている。

ポケモン達のことを思うなら、あまり研究所から離れたところには行きたくなかった。

 

一回のバトルでポケモン達がどれほど消耗するのかの経験がない以上、安全を優先したかった。

 

「俺はそれでもいいよ」

「え?いいの?」

「うん。だってさ、この草原エリアにいるのって既にトレーナーがいるポケモンが大半なんだろ?野生のポケモンがいないんだった、あんまり遠くに行ってもしょうがないし」

「なるほど」

 

意見がまとまったところで、タクミ達は草原エリアの中でテントを張れそうな場所を探していく。

きのみがある場所はポケモンが集まってくるので避けた方が無難。

水場が近い場所がいいが、あまり近すぎると急な増水に対応できないのでこれも避ける。

 

水場から適度に離れ、ポケモン達の縄張りから少し外れた平地部。

 

タクミ達はオーキド研究所からの明かりがわずかに手元を照らすぐらいの距離にある岩場の陰にテントを張ることを決めた。

 

「フシギダネ!そっちを“ムチ”で抑えてて!」

「ダネダ!」

「キバゴ、そこに降ろして!いいよ!おっけぃ!!」

「キバッ!」

 

フシギダネとキバゴに手伝ってもらいつつ、テントを設置する。タクミは自分達で立てたテントを満足気に眺めた。

このテントは中に二人は眠れるオールシーズンテント。しかも、折り畳み傘ぐらいの大きさにまで畳める優れものだった。これはポケモン界からもたらされた繊維と合材の賜物であった。ポケモン界の『旅』に関連する道具の技術は地球界の数倍も進んでいる。

 

そんなテントを見て目を輝かせているのはなにもタクミだけではなかった。

 

「キバァ」

 

キバゴが瞳を輝かせてテントを眺めていた。綺麗なドーム状をしたテントを熱心に見つめ、キバゴは引き寄せられるように駆け出した。

 

「ダネ!!」

 

そんなキバゴをフシギダネが“ツルのむち”で素早く捕まえた。

 

「キババ!?」

「キバゴ、これから御飯なんだから、テントで遊ぶのは後にして」

「キバァ……」

 

持ち上げられたキバゴは不貞腐れたように腕を組んでいた。

 

「タクミ!水汲んできたぞぉ!」

「ケロロッ!」

「あっ、ありがと!こっちもようやく終わったよ」

 

タクミよりも手際よくテントを設営していたミネジュンはケロマツと一緒に水を汲んできてくれていた。

タクミは自分の水筒を受け取り、電気コンロを取り出して食事パックを加熱していく。

 

ポケモン達は自分達のお皿を持ち出して既に御飯が出てくるのを今か今かと待っている状態。

ケロマツはお皿を叩きながら歌いだし、キバゴもそれに合わせるようにステップを踏んでいた。

フシギダネは目を瞑って身体を伏せながらも、その歌を指揮するように“ツルのむち”を揺らしていた。

 

そんな時だった。

 

「……あ……」

 

岩場の陰から女の子が顔をのぞかせた。

 

「あっ、マカナちゃん。どうしたの?」

 

それはバスの中で仲良くなった【どくタイプ】好きのマカナであった。

 

「……あ…その……」

 

言いよどむ彼女にタクミは軽い笑顔を向ける。

すると彼女の堅かった表情がわずかに緩んだ。

 

「……そこに……テント張ってもいい?」

 

マカナはそう言ってタクミ達のテントから少し離れた場所を指さす。

 

「僕はいいけど、ミネジュンは?」

「いいよ、いいよ。全然OK!って、あっ!薬くれた子じゃん!ん?そういえば自己紹介したっけ?俺、峰 潤!ミネジュンって呼んでくれ。それとそれと、バスの中で薬もらったことのお礼を言ってなかったよな!ほんと、ありがと!あれ飲んでけっこう楽になった気もした。まぁ、ゲェゲェ吐いてたけどさ」

「……もう……お礼……言われた」

「あれ?そうだっけ?まぁ、いいや。お礼なんて何回言ってもいいだろ。というわけでほんと、ありがと。って、もう3回目になったったな。ハハハハハ」

 

マカナは立て板に水を流したように喋るミネジュンに少し面食らっていた。

彼女はバスで気分を悪くしてグロッキー状態のミネジュンの姿しか見てなかったので、その変化に驚いていたのだ。

 

「……よく喋る」

「そう?これぐらい普通じゃない?」

 

そう言って何度も食事パックの温度を確かめるミネジュン。

 

「ミネジュンはこれが普通なんだよ。せっかちでお喋り」

「そんなことないだろ。俺ってけっこう無口な方だと思うよ?ほら、今だって全然喋ってないじゃん」

「……嘘だ……」

「おっ!マカナちゃん、いいツッコミするね!タクミじゃこうはいかないもんな!タクミは一々理屈こねるから面白くないんだぞ!ボケとツッコミはリズムが大事なんだから」

「……それは……同意……」

「おっ、マカナちゃんもわかってるぅ!」

「……私……大阪から来た」

「うそぉ!?マジでマジで!?ちょっと話を……」

 

ミネジュンを放っておけば収集がつかなくなりそうなので、タクミは彼の話をそろそろ切り上げることにした。

 

「マカナちゃん、先にテント張ったら?水は僕らが汲んでくるから」

「……あ……うん」

 

ミネジュンはタクミが空気を区切ってくれた空気を無駄にすることなく、その場の流れに合わせて口を閉じた。

 

「ミネジュン、今度は僕が水を汲んでくるね」

「うーっす」

 

タクミはコンロの火を消して、立ち上がる。

 

「……あ……水は……自分で汲む」

「えっ?いいよ、僕らはもうほとんどテントの準備終わってるからさ。オーキド博士もテント張りと炊事の練習しろとは言ってたけど、水汲みも一人でやれなんて言ってないでしょ?」

「……それは……」

「というわけで水筒貸してくれる?」

「……うん……」

 

マカナはタクミの笑顔に押し切られるようにリュックに固定していた大きめの水筒を渡してくれた。

 

「んじゃ、行ってくるねぇ」

 

タクミは手をひらひらと振りながらその場を離れていく。マカナがまだ何か言いたそうな顔をしていたが、結局彼女の言葉がまとまる前にタクミは水を汲みに歩いて行ってしまった。マカナは諦めたように息を吐き、自分のテントを取り出してキャンプの準備を始めたのだった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

日が落ち、本格的に夜になったオーキド研究所

野原には点々とテントが張られ、ランプの明かりが野原全体を照らしていた。

そんな野原の片隅でタクミ達は岩場に腰かけながら、三人で食事をとっていた。

 

「すげぇ!!マカナってすげぇハイブリッドじゃん!」

「……別に……」

 

驚くミネジュンを前にしてもマカナの表情は変わらない。だが、まるっきりの無表情というわけではなく、ほんのりと口の端に笑顔が乗っている。彼女の言葉足らずの話し方は一見すると冷たくも聞こえるが、それも彼女の個性だと思えば然程気にはならなかった。

 

「いやいやすごいって!いいなぁ、俺もせめて両親のどっちかがポケモン界出身だったらなぁ!!」

「そういえば、ミネジュンの両親ってどこ出身だったっけ?」

「おれんちは産まれも育ちも神奈川県なんだよ。じいちゃんちもすぐ近くにあるし、じいちゃんの家に行っても全然真新しさないんだよな。あっ、でもさ、近くにポケモンバトルのできる場所があってさ……」

 

タクミ達は自己紹介をしながら、友好を深めていた。

 

お喋りなミネジュンと無口なマカナ。放っておけばミネジュンが一方的に質問攻めにしそうな状態であったが、間にタクミが入って緩衝材になることで話題を上手く散らしていた。

 

彼等の足元ではポケモン達がフーズを食べながら、やはり友好を深めていた。

マカナのポケモンはアローラの環境で色の変わったベトベターと同じくアローラに生息しているヒドイデ。

 

「ベトベ……ベトベェ」

 

ベトベターはパクパクとご飯を口に運びながら身振り手振りでキバゴとケロマツになにかを伝えようとしていた。おそらく、アローラ地方のことでも話しているのだろう。

キバゴが時折驚くようなリアクションをとり、ケロマツが興味深そうに話を聞いている。

キバゴとケロマツの食事の手が止まっている隣ではヒドイデがフシギダネの足の傷の様子を見ていた。

 

「ドイデェ?」

 

フシギダネの足の傷に頭の触手でそっと触れるヒドイデ。その様子はとても『ひとでなしポケモン』と呼ばれているポケモンとは思えない。人間にも色んな性格がいるように、ポケモンの中にも色々な性格のものがいるのだ。

 

星の下で穏やかに交流するポケモンとトレーナー達。

 

ポケモン界の始めての夕食を済ませた彼等はゴミをベトベターに食べてもらい、冷え込まないうちにそれぞれのテントの中に入った。

 

とはいえ、彼等のお喋りは止まらない。テントの出入り口を近寄らせ、寝袋に入りながら彼等の夜は続いていく。

自分達の暮らしのことと。捕まえたポケモンのこと。どんな旅をしたいか、どんなポケモンを捕まえたいのか。

 

そして、どんな夢があるのか。

 

「俺は将来!プロトレーナーになってみせる!!」

 

ミネジュンは拳を握りしめてそう宣言した。

 

「……プロトレーナー……日本リーグ?」

「そうそう!俺は将来絶対にどこかのポケモンバトルチームに入ってプロトレーナーになる!!」

 

日本でもポケモンバトルは盛んに行われている。

テレビで放映されれば視聴率に直結し、年末年始に行われる高校生大会の決勝戦などは正月であることも重なって数多くの人が観戦にやってくる。

 

その中でも特に人気なのがプロリーグの試合だった。

 

7人一組のチームでシングルバトル2戦、ダブルバトル1戦、タッグバトル2戦の団体戦。年間を通じて試合を行い、最高のチームを決めるプロリーグ。

ミネジュンの夢はそのリーグに出場して、優勝することであった。

 

「……どこのチームがいいの?」

「断然、『横浜デオキシス』!!」

 

即答したミネジュンを見て、タクミは苦笑いを浮かべた。

 

「ミネジュンは『横浜』の大ファンなんだよ。名前が『スターミー』から『デオキシス』に変わる前の選手とかも知ってるし。今年は年間シート買えたんだっけ?」

「そうそう!父ちゃんがついに今年買ってくれたんだよ!だから、もうほとんど毎日『横浜』の試合を観戦に行ってる!マカナはどう?プロリーグとか好き?」

「……ママが『大阪』のファン……でも、私は……あまり」

「ああっ、やっぱり!『大阪エレブーズ』って向こうでは大人気だもんな。アウェイでの試合の時の応援すごいし、野球と一緒で熱狂的なファンが多いよな!それじゃあさ!甲子園とか言ったことある?」

「…………何回か」

「うわぁっ!いいなぁっ!高校生大会の会場もあそこだしさ!!いつか行ってみたいよなぁ!!」

 

甲子園には野球場に併設して、ポケモンバトルの会場が作られている。

野球とポケモンではオフシーズンが違うため、甲子園周辺は年間通じて人が集まるスポットになっていた。

 

「高校生で甲子園出て、プロリーグにスカウトされて、『横浜』を優勝に導く!それが俺の夢だ!!」

 

握りこぶしを作りながら声高に言い放つミネジュンにマカナは気圧されたような顔をしていた。

タクミはテントの中で横になっているフシギダネを撫でる手を止めた。ちなみにキバゴはタクミの寝袋の奥で丸くなっている。

 

「マカナちゃんは?夢とかあるの?」

「……私は……別に……」

 

マカナはわずかに目を逸らしながらそう言った。

そこにミネジュンが驚きの声をあげた。

 

「えぇっ!?ないの?なんでもいいからさ、なんか目標みたいなのないの?じゃあさ、『地方旅』はどうすんの?」

「……別に……」

「えぇっ!?バッチ集めたりしないの?コンテストとか、トライポカロンとかにも挑戦したりもしないの?それじゃあポケモンたくさん集めたりとかそういう感じ?」

「…………それは……」

 

ミネジュンに質問攻めにマカナは少し困ったように、顔を伏せてしまう。

 

「じゃあ作文とかどうしたの?『地方旅』についての目標とか作文で書かされたりしなかった?」

「…………あった……けど」

「それでいいからさ。ねぇねぇ、何を書いたんだよ。教えてくれよぅ!」

 

押し黙るマカナ。

 

彼女は相変わらずの無表情ではあったものの、本当に困っているようであった。

 

誰に対してもよく喋ってコミュニケーションをとるところはミネジュンの美徳ではあるのだが、それと同時に相手の間合いに深く踏み込んでしまう短所でもある。

今回もミネジュンが前のめり過ぎて、マカナにとっては辛い状態になっていた。

 

「ミネジュン、そろそろやめてあげなよ。マカナちゃんが困ってるだろ」

「えっ?あっ、そうだった?嫌だった?ごめんごめん!!マジごめん!」

 

両手を合わせて素早く頭を下げるミネジュン。

それを見て、マカナは何かに気が付いたかのように、急いで首を横に振った。

 

「……あ……いい……そんな……謝らなくて」

「いや、でもちょっと喋りすぎた。誰にでも言いにくいことってあるよね。うんうん」

「……違う……私が……はっきり言わなかったのが悪い」

「そりゃミネジュンと比べたら誰もがそうだよ。ミネジュンは時々はっきり言いすぎなんだよ」

「ははは、それが俺の長所ってことで」

「相手を困らせてたらそれは立派な短所です」

「てへぺろりん」

 

ミネジュンはペロリと舌を出した。

その仕草が可笑しかったのか、マカナの表情が少し緩んだ。

 

だが、それはほんの一瞬のこと。

 

マカナは何かに思いつめたような顔をして、自分のマグカップを見下ろした。

カップの中のホットミルクはランプの光を反射して、柔らかな色合いの水面となっていた。

マカナはそこに映る無表情の自分の顔を見つめる。

 

「…………ダメ……だよね……」

「え?」

「…………ん」

 

マカナは何かを決意したかのように手の中のホットミルクを一気飲みした。

 

「ぷは……」

 

そして、マカナは堅い表情で話し出した。

 

「……その……笑わないで……聞いて欲しい」

 

その言葉にミネジュンとタクミが身を乗り出す。

 

「うんうん!笑わない!絶対笑わないから!」

「僕も絶対笑わない」

 

だが、そう口にすると逆に笑顔がこみあげてくるのだから不思議なものであった。

マカナはそれを目ざとく見つけて、目を細めた。

 

「……もう笑ってる……」

 

マカナのその一言でミネジュンが堰を切ったように笑いだした。

 

「クハハハハハハハ、いや、だってさ!なんかこう!笑っちゃだめだと思うと、笑ってきちゃうじゃん!しょうがないじゃん!!」

「うん……しょうがないよね……クフフ」

 

タクミも釣られて笑ってしまう。声をあげて笑う二人。

次第にマカナも一緒になって笑い出した。それは日本人形が笑ったかのような不器用な笑顔ではあったが、笑ってくれたことには変わりはない。

 

静かな夜に彼等の笑い声が溶けていく。

 

「それで、マカナちゃんの夢ってなに?」

 

タクミのその問いに、ミネジュンも口を閉じた。

彼等はまだ笑いの残滓を頬に残していたが、真剣に話を聞くつもりである気持ちは伝わってきた。

そんな彼等を前にして、マカナは自分の夢を語りだす。

 

「……その……ジムリーダーになりたい……」

「ジムリーダー?」

「……うん……【どくタイプ】のジムリーダー……」

 

バスの中で【どくタイプ】が好きだと言っていたマカナ。

その夢は非常に納得のいくものだった。

 

「……ジムリーダーになって……それで……カントー地方のキョウさんみたいに四天王にもなれたら……なんて……」

「へぇ……どこの地方でジムを開きたいとかあるの?」

「……アローラに……リーグを作ろうて話があって……もし、リーグができるならそこでジムを開きたい……な……って」

 

マカナが語った夢をタクミとミネジュンは笑わなかった。

だが、その直後にはマカナ本人が再び硬い無表情となって視線を落とした。

 

「でも……無理……」

「え?なんで?」

「だって……ジムリーダーなれるのは……トレーナーの中でもほんの一握り……私は……多分、無理……」

 

タクミとミネジュンはふと顔を見合わせた。

そして、ミネジュンが顎で何かを促す。タクミも自分を指さしてほんのりと笑った。

 

「じゃあさ、僕の夢も笑わないでくれる?」

「……え?」

「僕の夢はね……」

 

タクミの夢。

 

それを語る前に、タクミは隣にいるフシギダネの方に目を向けた。

フシギダネは目を閉じて腹ばいになっているが、耳の動きが『話は聞いてる』と訴えていた。

 

「僕は……ポケモンリーグのチャンピオンになるのが夢なんだ」

「……え?」

 

ポケモンリーグチャンピオン。

 

その名を冠しているのは世界でもほんの数人。それは世界の頂点と言っても過言ではない称号であった。

全てのトレーナーのあこがれであり、あまりにも険しい山の頂。

 

「僕はポケモンリーグの本戦に出場して!四天王を全部倒して!そんでもって、チャンピオンにも勝って!いつか絶対に自分がチャンピオンになる。それが僕の夢なんだ!」

 

声高に言い放ったタクミ。

ミネジュンは何度も聞かされて耳タコであったが、マカナの方は目を丸くしていた。

 

「……チャンピオンって……どうやったらなれるの?」

「えぇーっと、とりあえず、現チャンピオンに公式戦で勝ち越してるのが絶対条件!それと、各地のジムリーダーの賛成多数と四天王が認めてくれることと、他の地方のリーグでベスト4に何回か入ることが必要だったかな」

「へーっ……」

「リーグのチャンピオンってことは、その地方の代表みたいなものだから。自分の地方のことも他の地方のこともよく知らなきゃいけないし、その上で強くなきゃならない。たくさん旅をして、たくさんいろんなポケモンに触れあって、そして、トレーナーの頂点に立って、ようやく『チャンピオン』の名が手に入る」

 

そう言ったタクミの目にはある種の覚悟の色が浮かんでいた。

 

タクミは今年10歳になったばかり。大人とは言えない年齢だが、それでも世間知らずの幼子ではない。

タクミは自分が向かおうとしている道がどれだけ茨の道であるかぐらいは理解していた。

 

そこを目指すトレーナーはたくさんいて、諦めた人間がたくさんいる。

自分もそうやって夢破れるトレーナーの一人になるかもしれないという思いは胸の中にあった。

むしろ、その可能性の方が高いんじゃないかとも思っていた。

人間には才能というものがあり、同じ努力をしたなら才能のある人間が上にいく。

タクミは自分に才能があると思う程には自惚れてはいない。

 

それでも、山に向かって一歩でも踏み出さなければ何も始まらない。

 

タクミのポケモントレーナーとしての人生は今日始まったばかり。

タクミは長年の友人であるミネジュンと、今日できたばかりの友人であるマカナに向けて握りこぶしを向けた。

 

「僕の夢はポケモンリーグチャンピオン!いつか絶対にチャンピオンになってみせる!!」

 

高らかに宣言するタクミ。

『笑うなら笑え!』とでも言いたげな表情だった。

 

だが、そこにいる二人は決して笑わなかった。

 

「なっ?すげぇだろこいつ。昔からずっとこういってるんだよ、『絶対にチャンピオン』になるって。笑われても馬鹿にされても、ずぅぅぅっと言い続けてるんだぜ」

「へぇ……」

 

だからタクミもミネジュンもマカナの夢を笑わなかった。

『ポケモンリーグチャンピオン』と比べれば、『ジムリーダー』も『プロトレーナー』もまだ現実味がある。

 

そして、タクミもまた自嘲するように笑った。

 

「まぁ、笑ってもいいよ。怒ったりしないから」

「……本気?」

「うん」

 

頷いたタクミの横顔をフシギダネが片目を開けて眺めていた。

 

「でも、ポケモンバトルって難しいよね。いきなりミネジュンにも負けちゃったし」

「だよなだよな!チャンピオンになるんだったら、全員に勝たなきゃいけないんだぜ。ホントすげぇよな」

「うん、すごい」

 

タクミ達は頭の中に現チャンピオンの顔を思い浮かべる。

セキエイリーグチャンピオンのワタルを筆頭に、シロナやカルネ、ダイゴなどの名だたるトレーナー達。

彼等と戦うにはまずはリーグ大会を優勝しなければならない。

ジムバッチを8つ集め、予選を潜り抜け、四天王が混じる本戦リーグを勝ち抜き、そして優勝カップの栄光と共にチャンピオンへの挑戦権が獲得できる。

 

タクミの頭の中にはテレビで何度も見たチャンピオンの試合が浮かんでいた。

 

「……なんで?」

 

ふと、マカナがそう言った。

 

「え?」

「……なんで……チャンピオンなりたいの?」

「えっ?そりゃぁ……」

 

一瞬、タクミの目が泳ぐ。

そして、タクミは慌てたようにミネジュンへと視線を向けた。

 

「ポケモントレーナーならみんななりたいじゃない?ねぇ?」

「まぁなぁ。でも、大抵の奴は無理だって思うじゃん。それに、地球界出身のリーグチャンピオンって今までいたことないし。『大統領になる』って言ってるようなもんだぞ」

「まぁ、そんな感じだよね……はははは……」

 

そう言って乾いた笑いをあげるタクミ。

その顔をマカナはじっと見つめていた。

 

「な、なに?」

「……いや……」

 

マカナは小さく首を横に振る。

 

そんな時、フシギダネが途切れた空気を繋ぐように大きな欠伸をした。

フシギダネの欠伸はタクミへと伝染り、そのままミネジュンとマナカにも広がった。

 

時計を見ればまだそう遅い時間でもないのだが、一日の移動で疲れているのもあってタクミ達はもう眠ることにした。

なにせ、明日は夜明けと同時に起きだして、スタンプラリーに出発しないといけないのだ。

3人は早めに寝ることにして、それぞれのテントの中に首を引っ込めた。

 

タクミは眠るタイミングを作ってくれたフシギダネの頭を撫でて、ランプの明かりを消した。

すぐにテントの中が闇に満たされる。だが、星や月の光は思いのほか明るく、うっすらとテントの中を見渡すことができた。

 

タクミは両腕を頭の下で組んで枕にしながら、ため息をついた。

 

「……言えないよね……」

 

それは先程の質問。

 

『どうしてチャンピオンになりたいのか?』

 

言えるわけがなかった。

そう軽々しく口にできるはずがなかった。

 

「……バトルしたい人がいるんだよ……」

 

タクミは誰にも聞こえないような小さな声でそう呟く。

 

タクミの夢。

 

『チャンピオンになる』

 

それはタクミだけの夢ではない。タクミは隣のフシギダネに目を向ける。

足の動かないフシギダネ。そのフシギダネの向こう側に涙を流す少女の横顔が見えていた。

 

『足を治したい……』

 

一人の少女の泣きそうな声が記憶の底から蘇る。

 

『それで、旅をして、ジムを回って、リーグに出て、優勝するのが夢……私の夢……』

 

涙を流してそう言ったアキを前にタクミは茫然としていた。

 

あれはいつのことだったか。

 

タクミが不用意なことを言って、彼女を泣かせたのだ。

 

『願いが一つだけ叶うとしたらなにがしたい?』

 

絵本や御伽噺の世界で話題になるその質問。誰もが子供の頃に時々考えることだ。

タクミは何の考えもなしにその質問をアキにしてしまった。

それがどれだけ残酷な質問なのかもわからずに。

 

そして、アキは『足を治したい』と言って泣いたのだ。

夢を語りながら泣いたのだ。

 

未来に希望なんか見いだせず、幼くしていろんなことを諦めなければならない彼女。

自分の夢が決して叶わないものだと理解しながらも、彼女は絞り出すように夢を語ったのだった。

 

そんな彼女に向かってタクミは言った。

 

『じゃあ、僕はチャンピオンになる!!』

『え?』

『チャンピオンになって、アキがリーグで優勝するのを待ってる!僕はずっと待ってるから!!』

『でも……』

『約束!約束だからね!!僕がチャンピオンになったら、絶対に挑戦しにきてよ!足なんか治して!旅をして!ジムを回って!リーグに勝ち上がって……必ず挑戦しにきてよ!!』

『……うん……うん!!』

『約束だ!』

 

あの日絡めた小指の感触をタクミはまだ覚えている。

 

タクミの夢はタクミだけの夢ではない。

 

タクミとアキの夢。

 

そして、今それはポケモン達との夢にもなった。

 

「フシギダネ……キバゴ……頑張ろう」

「……ダネ……」

「……キバ……」

「夢は……ポケモンリーグのチャンピオンだ!」

 

タクミはテントの天井から透けて見える月に向かって手を握りしめた。

 

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